第二章・第1幕【裏切り者編】
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014.決別
___“悪夢”の後
僕は最悪な目覚めで、目を覚ます。
ゆっくりと開けた目は次第に険しくなり、僕は堪らず体を起こした。
それを見ていたシャルが、僕に気付いて声を掛けてくる。
『?? 坊ちゃん?おはようございます……と言うにはまだまだ早い時間ですよ?』
「……酷い、夢を見た……。」
『……!! まさか…、また未来の夢、というやつですか?』
「……あぁ。」
兎にも角にも、短時間で色々な事が有り過ぎて頭を整理しなければならないようだ。
まずは夢の内容だが……
「……やはり、まだ……僕は未来を変えられてないらしい…。」
『そう…ですか……。』
「あぁ。夢の中の“僕”が言っていたからな。それについては疑う余地もないだろう…。」
『また同じ悪夢だったんですか?』
「そうだな。夢の中の“僕”が、人形姿のあいつを壊す夢だった。……だが、もう一つだけ…夢を見たんだ。」
固唾を呑んで聞き入れるシャル。
良い夢を期待しているだろうが…シャルにとっても最悪な未来の話をしなければならないようだ。
かの、ハロルド・ベルセリオスの事をな。
「ソーディアン・ベルセリオスが復活していた。それも……あいつの武器として、な…。」
『!!?』
「だが、不思議なことに…ソーディアン・ベルセリオスは、先の戦乱時に姿を現した天上人ミクトランの気配が微塵も感じられなかった。寧ろ、ハロルドのやつの人格が上書きされている様な気配すらあったな。」
『げぇっ…!? それ、本当なんですか?!坊ちゃん!!』
千年前の天地戦争で二人の間に何があったのか、僕は知らないが……シャルはどうも、ハロルドを苦手意識していた。
それはカイル達との旅でもその片鱗を見せているし、きっと昔に何かあったのだろうとは思っていた。
だからこそ、シャルのあの反応なのだろう。
『うわ…。もし、ソーディアン・ベルセリオスの人格がハロルドだとして……、ソーディアンだから僕が改造される…というのは無いですよね…!?そうですよね…?!』
「ふん。それは希望的観測過ぎないか?もしかしたら、ハロルドのやつの事だから、スノウに頼んでお前を改造するかもしれん。」
『いやぁぁぁぁ!!?やめてくださいよぉぉぉ!!坊ちゃんっっっ!!!』
ハロルドは何でもかんでも実験や研究したがる傾向にあるし、事実、スノウの血液を取って何かをしていたのも実際に聞いている。
僕も何度、奴の餌食になりかけたことか…。(寝ている時とか、気を休めていて他に気を配ってない時だとかだ。)
「……ともかくだ。夢の中の“僕”曰く、〝ソーディアン・ベルセリオスを探せ〟なんだそうだ。それがあれば…今の僕やあいつを救う事になるんだそうだ。」
『え、えぇ…?本当ですかぁ…?坊ちゃんの夢なので信じてない訳じゃないんですが………………会いたくないと言いますか…。』
「諦めろ、シャル。もうどうしようもない未来なんだ。僕は何がなんでもベルセリオスを探し出すぞ。」
『……分かりました…!!僕は、坊ちゃんの言う事に従います…!!』
その言葉とは裏腹に、声音は明らかに“従いたくない”という感情を孕んでいた気がした。
それに僕が鼻で笑えば、シャルは他に夢を見なかったのかと聞いてくる為、夢の内容を詳細に伝えておいた。
無論、それはスノウの奴が白い服の宗教団体の教会に乗り込んで死を迎えていた事も伝えた。
すると、シャルは深刻そうに告げてくる。
『……僕、思うことがあって。スノウって、例の男を探してるわけじゃないですか。その男に会うこと自体、危ないことなんじゃないかなって思うんですよ。……ほら、さっき坊ちゃんだって“教会でスノウが死んだ”って言ってたじゃないですか?なら、スノウをそこに近付けさせない方がスノウの為にもなると思うんですが……。』
「それを決めるのはあいつだ。言葉が伝わらない僕が今、どうこう言ったところであいつは行くと思うがな。」
『ですよねぇ…?というより、まずはスノウが何故男を探しているのか。そして、何故声が出なくなったのかを突き止める事からじゃないですか?』
「……もしかして、それで夢の中の“僕”がハロルドを探せ、と言っていたのか…?夢の中のスノウの髪色は、まだ“黒”だった。だが…スノウはハロルドを武器として自身に装着させていた。なら…ソーディアンの声が聞こえるスノウがハロルドとは対話出来るなら…!」
『うぇ…。じゃあ…ソーディアン・ベルセリオスのマスターになった可能性大じゃないですか…!!嫌ですよ!?スノウは僕のマスターでもあるんですからね!?…ていうか、それなら何で僕とは会話出来ないんですかぁぁぁ!!』
「……それもそうだな。だが…あながち間違いではあるまい?」
あぁ、少しだが光明が見えてきた。
だが問題は、ソーディアン・ベルセリオスが海底に沈んだことだ。
どうやって海の底の物を海上へと引き上げるか…。
「……はぁ。少し頭を冷やしてくる…。」
『あ、じゃあ僕も連れて行ってくださいよ?何かあってからでは遅いんですからね?』
僕はシャルが何かを言う前に既に手に取ろうとしていたが、それを聞いて改めてシャルを持ち上げる。
そして僕らは夜の散歩と洒落込むことにした。
『────なんか、前を思い出しますね!坊ちゃんが悪夢を見た時って大抵スノウと遭遇してましたよねぇ!』
「そうだったな。だが、今回は見込めないんじゃないか?あいつは今、検査場だろうしな。」
歩きながらそう言う話をしていると、ふと、何処かの扉が薄ら開いていることに気付く。
僕は歩きながらそれを覗き、通り過ぎようとした……のだが、僕は足を止めてその扉へと近付いた。
シャルもその中に居た人物にどうやら気付いたらしい。
コアクリスタルをこれでもか、と嬉々とさせていたのだから。
「……。」
そこは図書室だった。
検査場で検査を受け、そのまま病室にいたはずのスノウがその図書室の中にいた。
図書室の机に向かって真面目に勉強しているかと思いきや、どうやら集中が切れたのか、勉強している本の上ですやすやと寝てしまっているではないか。
まぁ、無理もない。
もう今の時刻は深夜中の深夜なのだから。
そっと僕が近付けば、机の上いっぱいに広げられていた紙には沢山の単語が書かれており、その近くには僕には読めない言語で何かが足されているのが見えた。
勉強家の彼女だが、こんな夜中まで勉強し、そしてこんな場所で寝てしまっているのは感心しない。
少し険しくしていた顔を戻し、彼女の寝顔を覗き込む。
顔を横にして突っ伏していた彼女の横顔は、すやすやと寝てはいるものの、何やら難しい顔で寝ているようだった。
どうやら夢見が悪そうだ、と僕が彼女の頭に触れてそっと瞬いてみたが………すぐに現実に戻ってきた。
何故なら、それは僕の出番ではないと思ったからだ。
彼女にとっては悪夢かもしれないが、今まで悪夢という悪夢を見てきた僕からすれば可愛らしいものだ。
彼女は寝ていてもなお、勉強している夢を見ていたのだ。
この図書室の机に向かい、ひたむきに勉強する彼女。
その机の端には、何故か“あと5日!”と書かれたプレートが置かれていた。
一体何の意味でそこに置かれているのか、とか、5日後なにがあるんだろう、とか……そんなことを思ったが、それでももう一つ微笑ましいことがある。
それは……勉強を教えていたのが、僕だったからだ。
スパルタでやっていたのか、手に持っていたのは鞭だったのが少し笑ってしまった。
僕がこいつ相手に、そんな酷いことをするはずがないのにな。
だから僕は現実に戻ってきた。
夢魔の心配はなさそうだったから。
「────。」
何か喋っているようだが、声が出ない彼女。
やはり、一度死んでも声は治らなかったのか、と少し心配になった。
まぁ、髪色が依然として“黒”なので仕方がないのだが。
それでも声くらい戻って欲しかった。
もうどれほど彼女の声を聞いてないんだろう。
途端に僕は寂しくなった。
『こんなところで寝てたら、風邪引きますよ?スノウ。』
「今夜は冷えるからな。砂漠地帯特有の寒冷だな…。」
研究所の中は常に空調が効いている。
だが、夜になるとエネルギーの節約の為か、空調も切られることが多い。
だから夜には外の寒さが中に入ってくることもあった。
今日は特にその傾向が強いようだ。
「……。」
彼女を起こすのは忍びないし、起こせばまた何をするか分からない。
だが、放っておくというのは良心が痛むし、何より……僕がそんなこと出来るはずも無い。
ゆっくりと起きないように彼女を抱き上げた僕は、彼女の重さが以前よりも軽くなっていることに驚いた。
最近治療ばかり専念していたのもあり、筋力も体力も衰えたのかもしれない。
それに元々食の細い彼女のことだ。
こういった勉強とか、仕事とかで食事を後回しにしているのだろう事などすぐに分かった。
『どうかしましたか?坊ちゃん。』
「……軽すぎる。」
『へ?そんなにですか?』
「……絶対に食事を抜いている。…言葉が分かるようになったら、耳にタコが出来るくらいしつこく言ってやらないとな。」
『もう…スノウったら僕達がいないとすぐにいけないことするんですから…。困ったものですよ。』
僕はシャルの言葉を聞きながら移動する。
この図書室のソファを借り、そこへ彼女を横にさせた僕は、彼女の頭を自身の足の上にやり、膝枕をしてやる。
そしてきつく締めているだろう、胸元のネクタイを緩めてやれば、少しだけ彼女の顔が和らいだ気がした。
更に僕の外套を掛けてやれば、すっぽりと彼女の体を覆ってしまって、それに少しだけ優越感に浸れた。
『……よく寝てますね。気持ちよさそうです。』
「変な夢は見てたがな。」
『あぁ!僕にも見えました!なんか、猛勉強してましたねー…?』
「あと5日、と言うのがなんの意味なのか気にはなったがな。……フッ。」
あとどれくらいで目を覚ましてしまうんだろう。
まだこのままで居たい。
彼女の体温を…香りを……しばらく堪能していたい。
結果、朝までこうしていた僕達の前に、意外な奴が現れた。
「おや?やはり、まだ寝ていましたか。」
「……何の用だ。」
「いえ、いつもの朝食の時間にスノウ・エルピスが来なかったので心配で来ました。探知でここだと分かったので来ましたが……まさか、貴方がいるとは。」
「居たら悪いのか?」
「いいえ、ボクはどちらでも構いませんよ?最後に彼女が頼ってくるのはボクの方ですから。」
「……。」
「クックック…!」
『お前なんかお呼びじゃないんだよー!早くどっか行っちまえー!!』
本当、腹の立つ言い方をする奴だ。
神経の逆撫でされているようで、無意識にこめかみに青筋が浮かぶ。
しかし、そんな僕の気持ちとは裏腹に、奴はスノウに近付くと頭に手をやって、まるで熱を測るような行動を見せた。
そして、少しだけ険しい顔をさせる。
「……。(やはり、死に際だった彼女の回復はまだまだでしたか…。また回復器に逆戻りですかねぇ?)」
「……何かおかしな事でもあったのか?」
「……えぇ、少しだけ。ですが、もう少し待ってみましょう。起き次第、彼女を借りますよ。」
「まさか、あの宗教団体のことか?」
「そういった話ではないのでご安心を。彼女の体調面のことです。」
「!!!」
『余計に聴き逃せない事じゃないですか!!』
「何があった?こいつは無事なのか?」
「クックック…。心配症ですねぇ?ですが、まぁ彼女が起きてから聞くとしましょう。今の段階ではまだ、仮定のお話なので。」
凄く気になるじゃないか。
しかし、奴からそう言われ、考えてみれば……いつも彼女は朝が早いのに今は中々眼を覚ます気配もない。
それは体調が悪いことを指していたのではないか?
「……。」
僅かに身動ぎをした彼女は、ゆっくりと目を開けた。
しかし、まだまだ眠そうな様子で再び目をゆっくりと閉じる。
それを見た僕は、そっと彼女の頭に手を置いて優しく撫でてやった。
すると、どうやらそれが気持ち良かったのか、さっきの険しさが嘘のように可愛く微笑みながら夢の中へと旅立ってしまったではないか。
僕が思わずフッと笑い、口元を緩ませれば、不審にも黙っていた奴は彼女が頑張っていた紙を見て何かを書き込んでいた。
それも一枚一枚、丁寧に。
「何か間違っていたのか?」
「いえいえ。頑張っている、と思いまして。少しだけ悪戯を。」
『え…。何してるんでしょうか…?気になりますねー…!』
今動くと彼女が起きてしまう。
折角気持ち良さそうに寝ているのに、起こすのは可哀想だし、忍びない。
僕はそのまま動かずに奴のその作業を見つめる。
……彼女が起きて、それに気付いたら聞いてみようか。
「クックック…!」
『うわぁ……悪いことしてますねー…?あの笑いかた…。絶対に何かやってるやつの笑い方ですよ。』
「────さて。起こしますかねぇ?」
作業が終わったのか、僕の方へと無遠慮にやって来て彼女の肩を揺すり始める。
すると眉間に皺を寄せながら、彼女がようやく起き始めた。
「────。」
「起きる時間ですよ、スノウ・エルピス。朝食に間に合わなくなります。」
「……?」
まるで、何だとばかりに口を開いて何かを話す彼女の口からは空気音しか出てこなかった。
ようやく体を起こしかけた彼女は、いつもと違う所で寝ているのに気付いたか、ふいに周りをキョロキョロし始めて僕と視線が合う。
すると彼女は何度も何度も目を瞬かせ、状況を整理しているようだった。
「……。(ちょっと待って…?これって…もしかして、もしかしなくとも……レディに膝枕してもらってた…?うわーーーーーーー…!!なんで起きてなかったんだ…!その時の自分…!!少し…ほんの少しだけ悔やまれる…!!)」
「お前、勉強のし過ぎだぞ。こんな所で寝るな。風邪を引くだろう?」
僕が言葉を紡げば、彼女はすぐに奴を頼る。
そして奴も僕の言葉を通訳してくれたので、彼女も納得したようだった。
すぐに退いた彼女に寂しさを覚えながら、それを見ていれば、体にかけていた外套を渡してくれる。
そして彼女は奴の方へと歩き出した。
その手を思わず握ってしまえば、彼女は暫く僕を見ていたがその手を簡単に引っこ抜いてしまった。
拒絶されたようなその行動を見て、僕は思わず彼女を見ようとする。
しかし、彼女は既にアーサーと筆談を試みていた。
「……なるほど、分かりました。伝えておきます。」
「…。」
「“もう私に関わらなくていい。君は君の自由にしていいんだ。あんな約束、忘れてくれ。”だそうです。」
『っ!? スノウ!!!駄目ですよ!!?また悪い癖が出ています!!!モネの時の意志を引きずらないで!!!!』
「それともう一つ。“私と関わることで君が苦しむというのなら、もう二度と君の前に現れるつもりはない。だからここから離れて、幸せに暮らしてくれ。今までありがとう、親友。”だそうですよ?」
それを聞くとスノウは何処かへと歩きだしてしまう。
僕は慌てて追いかけて、彼女の手を掴む。
しかしその手を跳ね除けて、彼女は僕を睨みつけてきた。
今の彼女の顔を見て、弁解の余地がないくらいまずい状況だと分かっている。
だが、僕が離れると彼女がまた死に目にあってしまう。
今度こそ、僕は彼女を助けたいのに…!!
「…こいつに伝えてくれないか?」
「よろしいですよ?最後に何を話しますか?」
「もう一度……、もう一度だけチャンスをくれないか。僕はお前を助けたいだけだ。……と。そう伝えてくれ。」
アーサーの奴がスノウに言葉を伝えれば、彼女は紙に何かを書き足していく。
それをアーサーが見て、通訳をしてくれた。
「“君は私に関わって命を落としかけたんだ。もう二度と、あんな想いはごめんだ。チャンスなんてあるはずないよ。レディ。”」
「…!!」
『やめて!スノウ!!?一人になろうとしないで!!』
「僕だって…。僕だって…もう二度とお前を喪いたくない…!!だから、僕はお前が嫌がったとしても側にいる!絶対に…!」
アーサーが通訳してくれると、彼女は一言紙に書いてすぐに去ってしまった。
「…なんて書いてあるんだ?」
「“無駄だよ。”だそうです。フッ…。彼女はようやく前を向いたんですねぇ?安心しました。」
「貴様…!!」
「貴方も出て行ってもらって構いませんよ。どうせマナを回収出来る機械も壊れてしまいましたし、セルリアンも今はこの研究所にいませんから、どうしようもありません。彼女が別れを告げたのですから男らしく去っていったらどうですか?クックック…!!」
アーサーがそう言って彼女を追いかけていく。
僕は堪らず拳を握り、唇を噛んだ。
……あぁ、どうしていつもこうなるんだ…!!
『また…振り出しなんですね…。』
「…僕は諦めないぞ。絶対に…!!」
『そうですね…!!頑張りましょう!坊ちゃん!!』
────こうして、僕と彼女の譲れない攻防戦が始まった。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
スキット①
【スノウの想い】
「あいつがどう思おうと、僕は絶対にあいつの側にいる…!!何があろうとも…!!」
『その調子ですよ!!坊ちゃん!!何も出来ませんが僕だって役に立ってみせますよー!!』
「あぁ、やってやる。また昔のように…。」
スキット②
【ハロルドのこと】
『はぁぁぁ…。』
「何だ、急に。」
『いやぁ……またハロルド博士と旅をすることになるのか、と思いまして。』
「だが夢の中の通りなら、向こうもソーディアンとして存在しているんだ。下手な事は出来まい。……スノウを使って何かされたなら分からないがな…。」
『うわぁぁぁぁぁ…!!嫌だっっっ!!!やっぱりハロルドには眠っててもらいましょう?!』
「だが、夢の中の“僕”はハロルドのやつがこの状況を好転させる、と言っていたんだ。探す他無いだろう。」
『えぇぇぇぇぇええ?』
「……何としても探し出さなければならないんだ…。何としても…。」
『……坊ちゃん…。』
スキット③
【夢について】
『ひとつ気になったんですが…坊ちゃんが見る夢って、僕も見ている時と坊ちゃんだけしか見ていない時があるじゃないですか?あれって何の違いなんでしょうか?……ハッ!?もしかして、僕にもマナが…?!』
「単純に僕の近くにいるか居ないかだろうな。お前を装着していなかった時は大抵夢の内容を知らなかったことが多い。そういう理由なんだろう。」
『なんだ…。僕にも遂にマナが満ち始めたとかないんですね…。ガッカリです。』
「フッ。マナを使って何かしたい事でもあったのか?」
『そりゃあありますよっ!探知でスノウの居場所が分かるかも知れませんし?もしかしたら、瞬間移動も出来たりして…?!』
「それは便利だな?じゃあお前にマナを流したらどうなるんだろうな?ハロルドの奴じゃないから分からないが、コアクリスタルが耐えられなかったりして壊れたり────」
『なんでもないです!忘れてください!!!』
「フッ…。それは怖いんだな、お前。」
スキット④
【ソーディアン・ベルセリオス】
『しっかし、先の戦乱時に壊されたはずのソーディアン・ベルセリオス…。どうやって復活を遂げたんでしょうか…?少し、装備者であるスノウが心配です。』
「あのハロルドだぞ?何か奇っ怪な技を使ったとしても僕は驚かないがな…。」
『いえ、その復活方法が分からない限りはスノウや他の人間が使うのは危険かと思いまして…。ベルセリオスは、投写されていた本人であるカーレルの人格を失い、ミクトランの人格を上書きされていました……。なのに、更にハロルドの人格を投射させていたなんて…僕には少し疑問で仕方がないんです。』
「…なるほどな。先の戦乱時の事もあるし…使用者をまた、破滅へ陥れる可能性もある訳か…。そうなると心配だが…」
『ですよね?!だから、ベルセリオスを使うのは少し考えません?』
「フッ、いや…それは大丈夫だろう。あの夢の中でのハロルドは、昔のように大層スノウの事を心配していたからな。あれが別の人格だとは思えない。」
『そうですかね…?坊ちゃんが言うなら信じますよ?』
「あぁ。それで良い。ベルセリオスがハロルドじゃない別のやつの声がしたら警戒すればいいだけの話だ。」
スキット⑤
【スノウの体調】
アーサー「体調は如何ですか?あんなに眠そうにしていたので、少々心配になりましてね?」
「《あぁ、確かに……結構眠かったかもしれないね?》」
アーサー「なら、今日の所はマナ回復器で休んで頂きましょうか。」
「《…それが良いだろうね。また2週間あそこか…。》」
アーサー「フッ。今回は短めにしておきます。一週間で起きてみてどうだったか検査しましょう。以降のマナ回復器に入る期間もそれで決めたいと思います。」
「《あぁ、そこら辺は君に任せるよ。》」
アーサー「えぇ、お任せください。貴女の事を誰よりも案じていますから。勿論、彼より…ねぇ?」
スキット⑥
【決断】
アーサー「よくあの時、あそこまでの決断をしましたねぇ?貴女にとって、辛い選択だったでしょうに。」
「《……レディ、じゃなかった。リオンが私のせいで苦しんでると分かった時点で、もう決別の意志はあったよ。覚悟もあった。……言うのは、本当…断腸の思いだったけどね。》」
アーサー「フッフッフ。そうでしょうねぇ?あれ程ずっと側にいたんですから、それくらいの気持ちでないと決別など出来ないはずです。よく、頑張りましたね。」
「《あぁ。私が願うのはただひとつ。“彼の幸せ”だからね。……苦しい想いなんかしなくていい。自由に生きていいんだ、彼も。だから私が枷になっているのいうのなら、それを解き放つだけだ。》」
アーサー「彼の幸せ…ねぇ?(本当、天然というのは怖いものですねぇ?“彼の幸せ”が、貴女に関わらないはずがないのに…。これは高みの見物とさせていだきましょうか。もし彼らの関係が回復するのであれば、また彼を利用させてもらうだけです。……あのマナは貴重ですからねぇ?)」
スキット⑦
【〈薄紫色のマナ〉】
「《そういえば、医者が言ってたんだけど…。》」
アーサー「はい。」
「《私が生き返ったのってさ、リオンのマナのおかげって本当?》」
アーサー「リオン…?あぁ、彼の事ですか。…えぇ。それについては本当ですよ?彼から抜き取ったマナが、まさかこんな所で役に立つとはねぇ?」
「《あ、そっちなんだ。》」
アーサー「そっち、とは?」
「《いや、てっきり彼が体内のマナを他者に分け与える方法を習得出来たのかと思ってね。それって凄いことじゃない?君も出来るけどさ?》」
アーサー「存外、あれも簡単なものですよ?相手に流すイメージをすればいいんですよ。それが相手にとって攻撃性のあるものかによって、効果は違うと思いますがねぇ?」
「《君のやり方は無理やりすぎて痛い。もっと優しく出来ないのかい?》」
アーサー「貴女にとって、ボクに流れるマナは毒ですから、あんな効果が現れるのだと思いますが?」
「《あー……。そういうことか…。それなら仕方ないね。永遠に慣れない。》」
アーサー「フッフッフ。訓練されても良いのですよ?もう貴女は〈赤眼の蜘蛛〉の一員…。〈赤のマナ〉にも慣れる頃でしょうしねぇ?」
「《確かに。それなら少しずつ慣れる練習でもしようかな?》」
アーサー「おや?否定しないのですね?〈赤眼の蜘蛛〉の仲間になったということを。」
「《今更否定したって意味ないよ。皆にバレてるし、彼とも決別した。私がここを抜ける理由は今の所無いってことだからね。》」
アーサー「クックック…!そうですねぇ?少々怪しい言葉が聞こえますが……まぁ、目を瞑るとしましょう。改めまして…、ようこそ〈赤眼の蜘蛛〉へ。スノウ・エルピス?」
___“悪夢”の後
僕は最悪な目覚めで、目を覚ます。
ゆっくりと開けた目は次第に険しくなり、僕は堪らず体を起こした。
それを見ていたシャルが、僕に気付いて声を掛けてくる。
『?? 坊ちゃん?おはようございます……と言うにはまだまだ早い時間ですよ?』
「……酷い、夢を見た……。」
『……!! まさか…、また未来の夢、というやつですか?』
「……あぁ。」
兎にも角にも、短時間で色々な事が有り過ぎて頭を整理しなければならないようだ。
まずは夢の内容だが……
「……やはり、まだ……僕は未来を変えられてないらしい…。」
『そう…ですか……。』
「あぁ。夢の中の“僕”が言っていたからな。それについては疑う余地もないだろう…。」
『また同じ悪夢だったんですか?』
「そうだな。夢の中の“僕”が、人形姿のあいつを壊す夢だった。……だが、もう一つだけ…夢を見たんだ。」
固唾を呑んで聞き入れるシャル。
良い夢を期待しているだろうが…シャルにとっても最悪な未来の話をしなければならないようだ。
かの、ハロルド・ベルセリオスの事をな。
「ソーディアン・ベルセリオスが復活していた。それも……あいつの武器として、な…。」
『!!?』
「だが、不思議なことに…ソーディアン・ベルセリオスは、先の戦乱時に姿を現した天上人ミクトランの気配が微塵も感じられなかった。寧ろ、ハロルドのやつの人格が上書きされている様な気配すらあったな。」
『げぇっ…!? それ、本当なんですか?!坊ちゃん!!』
千年前の天地戦争で二人の間に何があったのか、僕は知らないが……シャルはどうも、ハロルドを苦手意識していた。
それはカイル達との旅でもその片鱗を見せているし、きっと昔に何かあったのだろうとは思っていた。
だからこそ、シャルのあの反応なのだろう。
『うわ…。もし、ソーディアン・ベルセリオスの人格がハロルドだとして……、ソーディアンだから僕が改造される…というのは無いですよね…!?そうですよね…?!』
「ふん。それは希望的観測過ぎないか?もしかしたら、ハロルドのやつの事だから、スノウに頼んでお前を改造するかもしれん。」
『いやぁぁぁぁ!!?やめてくださいよぉぉぉ!!坊ちゃんっっっ!!!』
ハロルドは何でもかんでも実験や研究したがる傾向にあるし、事実、スノウの血液を取って何かをしていたのも実際に聞いている。
僕も何度、奴の餌食になりかけたことか…。(寝ている時とか、気を休めていて他に気を配ってない時だとかだ。)
「……ともかくだ。夢の中の“僕”曰く、〝ソーディアン・ベルセリオスを探せ〟なんだそうだ。それがあれば…今の僕やあいつを救う事になるんだそうだ。」
『え、えぇ…?本当ですかぁ…?坊ちゃんの夢なので信じてない訳じゃないんですが………………会いたくないと言いますか…。』
「諦めろ、シャル。もうどうしようもない未来なんだ。僕は何がなんでもベルセリオスを探し出すぞ。」
『……分かりました…!!僕は、坊ちゃんの言う事に従います…!!』
その言葉とは裏腹に、声音は明らかに“従いたくない”という感情を孕んでいた気がした。
それに僕が鼻で笑えば、シャルは他に夢を見なかったのかと聞いてくる為、夢の内容を詳細に伝えておいた。
無論、それはスノウの奴が白い服の宗教団体の教会に乗り込んで死を迎えていた事も伝えた。
すると、シャルは深刻そうに告げてくる。
『……僕、思うことがあって。スノウって、例の男を探してるわけじゃないですか。その男に会うこと自体、危ないことなんじゃないかなって思うんですよ。……ほら、さっき坊ちゃんだって“教会でスノウが死んだ”って言ってたじゃないですか?なら、スノウをそこに近付けさせない方がスノウの為にもなると思うんですが……。』
「それを決めるのはあいつだ。言葉が伝わらない僕が今、どうこう言ったところであいつは行くと思うがな。」
『ですよねぇ…?というより、まずはスノウが何故男を探しているのか。そして、何故声が出なくなったのかを突き止める事からじゃないですか?』
「……もしかして、それで夢の中の“僕”がハロルドを探せ、と言っていたのか…?夢の中のスノウの髪色は、まだ“黒”だった。だが…スノウはハロルドを武器として自身に装着させていた。なら…ソーディアンの声が聞こえるスノウがハロルドとは対話出来るなら…!」
『うぇ…。じゃあ…ソーディアン・ベルセリオスのマスターになった可能性大じゃないですか…!!嫌ですよ!?スノウは僕のマスターでもあるんですからね!?…ていうか、それなら何で僕とは会話出来ないんですかぁぁぁ!!』
「……それもそうだな。だが…あながち間違いではあるまい?」
あぁ、少しだが光明が見えてきた。
だが問題は、ソーディアン・ベルセリオスが海底に沈んだことだ。
どうやって海の底の物を海上へと引き上げるか…。
「……はぁ。少し頭を冷やしてくる…。」
『あ、じゃあ僕も連れて行ってくださいよ?何かあってからでは遅いんですからね?』
僕はシャルが何かを言う前に既に手に取ろうとしていたが、それを聞いて改めてシャルを持ち上げる。
そして僕らは夜の散歩と洒落込むことにした。
『────なんか、前を思い出しますね!坊ちゃんが悪夢を見た時って大抵スノウと遭遇してましたよねぇ!』
「そうだったな。だが、今回は見込めないんじゃないか?あいつは今、検査場だろうしな。」
歩きながらそう言う話をしていると、ふと、何処かの扉が薄ら開いていることに気付く。
僕は歩きながらそれを覗き、通り過ぎようとした……のだが、僕は足を止めてその扉へと近付いた。
シャルもその中に居た人物にどうやら気付いたらしい。
コアクリスタルをこれでもか、と嬉々とさせていたのだから。
「……。」
そこは図書室だった。
検査場で検査を受け、そのまま病室にいたはずのスノウがその図書室の中にいた。
図書室の机に向かって真面目に勉強しているかと思いきや、どうやら集中が切れたのか、勉強している本の上ですやすやと寝てしまっているではないか。
まぁ、無理もない。
もう今の時刻は深夜中の深夜なのだから。
そっと僕が近付けば、机の上いっぱいに広げられていた紙には沢山の単語が書かれており、その近くには僕には読めない言語で何かが足されているのが見えた。
勉強家の彼女だが、こんな夜中まで勉強し、そしてこんな場所で寝てしまっているのは感心しない。
少し険しくしていた顔を戻し、彼女の寝顔を覗き込む。
顔を横にして突っ伏していた彼女の横顔は、すやすやと寝てはいるものの、何やら難しい顔で寝ているようだった。
どうやら夢見が悪そうだ、と僕が彼女の頭に触れてそっと瞬いてみたが………すぐに現実に戻ってきた。
何故なら、それは僕の出番ではないと思ったからだ。
彼女にとっては悪夢かもしれないが、今まで悪夢という悪夢を見てきた僕からすれば可愛らしいものだ。
彼女は寝ていてもなお、勉強している夢を見ていたのだ。
この図書室の机に向かい、ひたむきに勉強する彼女。
その机の端には、何故か“あと5日!”と書かれたプレートが置かれていた。
一体何の意味でそこに置かれているのか、とか、5日後なにがあるんだろう、とか……そんなことを思ったが、それでももう一つ微笑ましいことがある。
それは……勉強を教えていたのが、僕だったからだ。
スパルタでやっていたのか、手に持っていたのは鞭だったのが少し笑ってしまった。
僕がこいつ相手に、そんな酷いことをするはずがないのにな。
だから僕は現実に戻ってきた。
夢魔の心配はなさそうだったから。
「────。」
何か喋っているようだが、声が出ない彼女。
やはり、一度死んでも声は治らなかったのか、と少し心配になった。
まぁ、髪色が依然として“黒”なので仕方がないのだが。
それでも声くらい戻って欲しかった。
もうどれほど彼女の声を聞いてないんだろう。
途端に僕は寂しくなった。
『こんなところで寝てたら、風邪引きますよ?スノウ。』
「今夜は冷えるからな。砂漠地帯特有の寒冷だな…。」
研究所の中は常に空調が効いている。
だが、夜になるとエネルギーの節約の為か、空調も切られることが多い。
だから夜には外の寒さが中に入ってくることもあった。
今日は特にその傾向が強いようだ。
「……。」
彼女を起こすのは忍びないし、起こせばまた何をするか分からない。
だが、放っておくというのは良心が痛むし、何より……僕がそんなこと出来るはずも無い。
ゆっくりと起きないように彼女を抱き上げた僕は、彼女の重さが以前よりも軽くなっていることに驚いた。
最近治療ばかり専念していたのもあり、筋力も体力も衰えたのかもしれない。
それに元々食の細い彼女のことだ。
こういった勉強とか、仕事とかで食事を後回しにしているのだろう事などすぐに分かった。
『どうかしましたか?坊ちゃん。』
「……軽すぎる。」
『へ?そんなにですか?』
「……絶対に食事を抜いている。…言葉が分かるようになったら、耳にタコが出来るくらいしつこく言ってやらないとな。」
『もう…スノウったら僕達がいないとすぐにいけないことするんですから…。困ったものですよ。』
僕はシャルの言葉を聞きながら移動する。
この図書室のソファを借り、そこへ彼女を横にさせた僕は、彼女の頭を自身の足の上にやり、膝枕をしてやる。
そしてきつく締めているだろう、胸元のネクタイを緩めてやれば、少しだけ彼女の顔が和らいだ気がした。
更に僕の外套を掛けてやれば、すっぽりと彼女の体を覆ってしまって、それに少しだけ優越感に浸れた。
『……よく寝てますね。気持ちよさそうです。』
「変な夢は見てたがな。」
『あぁ!僕にも見えました!なんか、猛勉強してましたねー…?』
「あと5日、と言うのがなんの意味なのか気にはなったがな。……フッ。」
あとどれくらいで目を覚ましてしまうんだろう。
まだこのままで居たい。
彼女の体温を…香りを……しばらく堪能していたい。
結果、朝までこうしていた僕達の前に、意外な奴が現れた。
「おや?やはり、まだ寝ていましたか。」
「……何の用だ。」
「いえ、いつもの朝食の時間にスノウ・エルピスが来なかったので心配で来ました。探知でここだと分かったので来ましたが……まさか、貴方がいるとは。」
「居たら悪いのか?」
「いいえ、ボクはどちらでも構いませんよ?最後に彼女が頼ってくるのはボクの方ですから。」
「……。」
「クックック…!」
『お前なんかお呼びじゃないんだよー!早くどっか行っちまえー!!』
本当、腹の立つ言い方をする奴だ。
神経の逆撫でされているようで、無意識にこめかみに青筋が浮かぶ。
しかし、そんな僕の気持ちとは裏腹に、奴はスノウに近付くと頭に手をやって、まるで熱を測るような行動を見せた。
そして、少しだけ険しい顔をさせる。
「……。(やはり、死に際だった彼女の回復はまだまだでしたか…。また回復器に逆戻りですかねぇ?)」
「……何かおかしな事でもあったのか?」
「……えぇ、少しだけ。ですが、もう少し待ってみましょう。起き次第、彼女を借りますよ。」
「まさか、あの宗教団体のことか?」
「そういった話ではないのでご安心を。彼女の体調面のことです。」
「!!!」
『余計に聴き逃せない事じゃないですか!!』
「何があった?こいつは無事なのか?」
「クックック…。心配症ですねぇ?ですが、まぁ彼女が起きてから聞くとしましょう。今の段階ではまだ、仮定のお話なので。」
凄く気になるじゃないか。
しかし、奴からそう言われ、考えてみれば……いつも彼女は朝が早いのに今は中々眼を覚ます気配もない。
それは体調が悪いことを指していたのではないか?
「……。」
僅かに身動ぎをした彼女は、ゆっくりと目を開けた。
しかし、まだまだ眠そうな様子で再び目をゆっくりと閉じる。
それを見た僕は、そっと彼女の頭に手を置いて優しく撫でてやった。
すると、どうやらそれが気持ち良かったのか、さっきの険しさが嘘のように可愛く微笑みながら夢の中へと旅立ってしまったではないか。
僕が思わずフッと笑い、口元を緩ませれば、不審にも黙っていた奴は彼女が頑張っていた紙を見て何かを書き込んでいた。
それも一枚一枚、丁寧に。
「何か間違っていたのか?」
「いえいえ。頑張っている、と思いまして。少しだけ悪戯を。」
『え…。何してるんでしょうか…?気になりますねー…!』
今動くと彼女が起きてしまう。
折角気持ち良さそうに寝ているのに、起こすのは可哀想だし、忍びない。
僕はそのまま動かずに奴のその作業を見つめる。
……彼女が起きて、それに気付いたら聞いてみようか。
「クックック…!」
『うわぁ……悪いことしてますねー…?あの笑いかた…。絶対に何かやってるやつの笑い方ですよ。』
「────さて。起こしますかねぇ?」
作業が終わったのか、僕の方へと無遠慮にやって来て彼女の肩を揺すり始める。
すると眉間に皺を寄せながら、彼女がようやく起き始めた。
「────。」
「起きる時間ですよ、スノウ・エルピス。朝食に間に合わなくなります。」
「……?」
まるで、何だとばかりに口を開いて何かを話す彼女の口からは空気音しか出てこなかった。
ようやく体を起こしかけた彼女は、いつもと違う所で寝ているのに気付いたか、ふいに周りをキョロキョロし始めて僕と視線が合う。
すると彼女は何度も何度も目を瞬かせ、状況を整理しているようだった。
「……。(ちょっと待って…?これって…もしかして、もしかしなくとも……レディに膝枕してもらってた…?うわーーーーーーー…!!なんで起きてなかったんだ…!その時の自分…!!少し…ほんの少しだけ悔やまれる…!!)」
「お前、勉強のし過ぎだぞ。こんな所で寝るな。風邪を引くだろう?」
僕が言葉を紡げば、彼女はすぐに奴を頼る。
そして奴も僕の言葉を通訳してくれたので、彼女も納得したようだった。
すぐに退いた彼女に寂しさを覚えながら、それを見ていれば、体にかけていた外套を渡してくれる。
そして彼女は奴の方へと歩き出した。
その手を思わず握ってしまえば、彼女は暫く僕を見ていたがその手を簡単に引っこ抜いてしまった。
拒絶されたようなその行動を見て、僕は思わず彼女を見ようとする。
しかし、彼女は既にアーサーと筆談を試みていた。
「……なるほど、分かりました。伝えておきます。」
「…。」
「“もう私に関わらなくていい。君は君の自由にしていいんだ。あんな約束、忘れてくれ。”だそうです。」
『っ!? スノウ!!!駄目ですよ!!?また悪い癖が出ています!!!モネの時の意志を引きずらないで!!!!』
「それともう一つ。“私と関わることで君が苦しむというのなら、もう二度と君の前に現れるつもりはない。だからここから離れて、幸せに暮らしてくれ。今までありがとう、親友。”だそうですよ?」
それを聞くとスノウは何処かへと歩きだしてしまう。
僕は慌てて追いかけて、彼女の手を掴む。
しかしその手を跳ね除けて、彼女は僕を睨みつけてきた。
今の彼女の顔を見て、弁解の余地がないくらいまずい状況だと分かっている。
だが、僕が離れると彼女がまた死に目にあってしまう。
今度こそ、僕は彼女を助けたいのに…!!
「…こいつに伝えてくれないか?」
「よろしいですよ?最後に何を話しますか?」
「もう一度……、もう一度だけチャンスをくれないか。僕はお前を助けたいだけだ。……と。そう伝えてくれ。」
アーサーの奴がスノウに言葉を伝えれば、彼女は紙に何かを書き足していく。
それをアーサーが見て、通訳をしてくれた。
「“君は私に関わって命を落としかけたんだ。もう二度と、あんな想いはごめんだ。チャンスなんてあるはずないよ。レディ。”」
「…!!」
『やめて!スノウ!!?一人になろうとしないで!!』
「僕だって…。僕だって…もう二度とお前を喪いたくない…!!だから、僕はお前が嫌がったとしても側にいる!絶対に…!」
アーサーが通訳してくれると、彼女は一言紙に書いてすぐに去ってしまった。
「…なんて書いてあるんだ?」
「“無駄だよ。”だそうです。フッ…。彼女はようやく前を向いたんですねぇ?安心しました。」
「貴様…!!」
「貴方も出て行ってもらって構いませんよ。どうせマナを回収出来る機械も壊れてしまいましたし、セルリアンも今はこの研究所にいませんから、どうしようもありません。彼女が別れを告げたのですから男らしく去っていったらどうですか?クックック…!!」
アーサーがそう言って彼女を追いかけていく。
僕は堪らず拳を握り、唇を噛んだ。
……あぁ、どうしていつもこうなるんだ…!!
『また…振り出しなんですね…。』
「…僕は諦めないぞ。絶対に…!!」
『そうですね…!!頑張りましょう!坊ちゃん!!』
────こうして、僕と彼女の譲れない攻防戦が始まった。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
スキット①
【スノウの想い】
「あいつがどう思おうと、僕は絶対にあいつの側にいる…!!何があろうとも…!!」
『その調子ですよ!!坊ちゃん!!何も出来ませんが僕だって役に立ってみせますよー!!』
「あぁ、やってやる。また昔のように…。」
スキット②
【ハロルドのこと】
『はぁぁぁ…。』
「何だ、急に。」
『いやぁ……またハロルド博士と旅をすることになるのか、と思いまして。』
「だが夢の中の通りなら、向こうもソーディアンとして存在しているんだ。下手な事は出来まい。……スノウを使って何かされたなら分からないがな…。」
『うわぁぁぁぁぁ…!!嫌だっっっ!!!やっぱりハロルドには眠っててもらいましょう?!』
「だが、夢の中の“僕”はハロルドのやつがこの状況を好転させる、と言っていたんだ。探す他無いだろう。」
『えぇぇぇぇぇええ?』
「……何としても探し出さなければならないんだ…。何としても…。」
『……坊ちゃん…。』
スキット③
【夢について】
『ひとつ気になったんですが…坊ちゃんが見る夢って、僕も見ている時と坊ちゃんだけしか見ていない時があるじゃないですか?あれって何の違いなんでしょうか?……ハッ!?もしかして、僕にもマナが…?!』
「単純に僕の近くにいるか居ないかだろうな。お前を装着していなかった時は大抵夢の内容を知らなかったことが多い。そういう理由なんだろう。」
『なんだ…。僕にも遂にマナが満ち始めたとかないんですね…。ガッカリです。』
「フッ。マナを使って何かしたい事でもあったのか?」
『そりゃあありますよっ!探知でスノウの居場所が分かるかも知れませんし?もしかしたら、瞬間移動も出来たりして…?!』
「それは便利だな?じゃあお前にマナを流したらどうなるんだろうな?ハロルドの奴じゃないから分からないが、コアクリスタルが耐えられなかったりして壊れたり────」
『なんでもないです!忘れてください!!!』
「フッ…。それは怖いんだな、お前。」
スキット④
【ソーディアン・ベルセリオス】
『しっかし、先の戦乱時に壊されたはずのソーディアン・ベルセリオス…。どうやって復活を遂げたんでしょうか…?少し、装備者であるスノウが心配です。』
「あのハロルドだぞ?何か奇っ怪な技を使ったとしても僕は驚かないがな…。」
『いえ、その復活方法が分からない限りはスノウや他の人間が使うのは危険かと思いまして…。ベルセリオスは、投写されていた本人であるカーレルの人格を失い、ミクトランの人格を上書きされていました……。なのに、更にハロルドの人格を投射させていたなんて…僕には少し疑問で仕方がないんです。』
「…なるほどな。先の戦乱時の事もあるし…使用者をまた、破滅へ陥れる可能性もある訳か…。そうなると心配だが…」
『ですよね?!だから、ベルセリオスを使うのは少し考えません?』
「フッ、いや…それは大丈夫だろう。あの夢の中でのハロルドは、昔のように大層スノウの事を心配していたからな。あれが別の人格だとは思えない。」
『そうですかね…?坊ちゃんが言うなら信じますよ?』
「あぁ。それで良い。ベルセリオスがハロルドじゃない別のやつの声がしたら警戒すればいいだけの話だ。」
スキット⑤
【スノウの体調】
アーサー「体調は如何ですか?あんなに眠そうにしていたので、少々心配になりましてね?」
「《あぁ、確かに……結構眠かったかもしれないね?》」
アーサー「なら、今日の所はマナ回復器で休んで頂きましょうか。」
「《…それが良いだろうね。また2週間あそこか…。》」
アーサー「フッ。今回は短めにしておきます。一週間で起きてみてどうだったか検査しましょう。以降のマナ回復器に入る期間もそれで決めたいと思います。」
「《あぁ、そこら辺は君に任せるよ。》」
アーサー「えぇ、お任せください。貴女の事を誰よりも案じていますから。勿論、彼より…ねぇ?」
スキット⑥
【決断】
アーサー「よくあの時、あそこまでの決断をしましたねぇ?貴女にとって、辛い選択だったでしょうに。」
「《……レディ、じゃなかった。リオンが私のせいで苦しんでると分かった時点で、もう決別の意志はあったよ。覚悟もあった。……言うのは、本当…断腸の思いだったけどね。》」
アーサー「フッフッフ。そうでしょうねぇ?あれ程ずっと側にいたんですから、それくらいの気持ちでないと決別など出来ないはずです。よく、頑張りましたね。」
「《あぁ。私が願うのはただひとつ。“彼の幸せ”だからね。……苦しい想いなんかしなくていい。自由に生きていいんだ、彼も。だから私が枷になっているのいうのなら、それを解き放つだけだ。》」
アーサー「彼の幸せ…ねぇ?(本当、天然というのは怖いものですねぇ?“彼の幸せ”が、貴女に関わらないはずがないのに…。これは高みの見物とさせていだきましょうか。もし彼らの関係が回復するのであれば、また彼を利用させてもらうだけです。……あのマナは貴重ですからねぇ?)」
スキット⑦
【〈薄紫色のマナ〉】
「《そういえば、医者が言ってたんだけど…。》」
アーサー「はい。」
「《私が生き返ったのってさ、リオンのマナのおかげって本当?》」
アーサー「リオン…?あぁ、彼の事ですか。…えぇ。それについては本当ですよ?彼から抜き取ったマナが、まさかこんな所で役に立つとはねぇ?」
「《あ、そっちなんだ。》」
アーサー「そっち、とは?」
「《いや、てっきり彼が体内のマナを他者に分け与える方法を習得出来たのかと思ってね。それって凄いことじゃない?君も出来るけどさ?》」
アーサー「存外、あれも簡単なものですよ?相手に流すイメージをすればいいんですよ。それが相手にとって攻撃性のあるものかによって、効果は違うと思いますがねぇ?」
「《君のやり方は無理やりすぎて痛い。もっと優しく出来ないのかい?》」
アーサー「貴女にとって、ボクに流れるマナは毒ですから、あんな効果が現れるのだと思いますが?」
「《あー……。そういうことか…。それなら仕方ないね。永遠に慣れない。》」
アーサー「フッフッフ。訓練されても良いのですよ?もう貴女は〈赤眼の蜘蛛〉の一員…。〈赤のマナ〉にも慣れる頃でしょうしねぇ?」
「《確かに。それなら少しずつ慣れる練習でもしようかな?》」
アーサー「おや?否定しないのですね?〈赤眼の蜘蛛〉の仲間になったということを。」
「《今更否定したって意味ないよ。皆にバレてるし、彼とも決別した。私がここを抜ける理由は今の所無いってことだからね。》」
アーサー「クックック…!そうですねぇ?少々怪しい言葉が聞こえますが……まぁ、目を瞑るとしましょう。改めまして…、ようこそ〈赤眼の蜘蛛〉へ。スノウ・エルピス?」