第二章・第1幕【裏切り者編】
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013.夢の時間。
___“事故”直前
〈薄紫色のマナ〉を吸収し、研究に使うためにシリンダーへと入れていく実験の最中の事だった。
リオンの苦痛の声と電気ショックの激しい音が辺りに響き渡る中で突如、〈薄紫色のマナ〉が暴発したかのようにシリンダーから逆流していき、機械を攻める。
そして機械自体を爆発させるという荒技を見せたことによって、研究員たちが大きな悲鳴を上げる。
大きなシリンダー2本に満たされていた〈薄紫色のマナ〉が徐々に逆流していくのを、アーサーは信じられない物を見る目で見つめていた。
そうして、その爆発のお陰で実験は失敗に終わった上に機械も破損し、使い物にならなくなってしまった。
「……こうなると、やはりセルリアンから彼のマナを搾取する方が効率的で、文句もなさそうですねぇ?機械相手ですと、こうして……反抗を見せるのは流石に予期していませんでしたが…。」
アーサーが冷静に分析している傍ら、研究員達は大慌てで消火に奔走したり、機械の部品を拾い集めたり、損壊した機械の動作確認をしたりと、現場は混沌としていた。
アーサーは倒れて気絶していたリオンに近付くと、首根っこを掴み、持ち上げた。
それから医療班へと引き渡そうと歩き出した────その瞬間。
「!!!」
あの激しい爆発の音で、慌ててやってきたスノウと鉢合わせてしまう。
思わず目を丸くさせたアーサーだが、スノウがリオンを見た瞬間に顔を青ざめさせて彼を起こそうと体を揺するのを見ていた。
「────!!」
「少々爆発事故に彼が巻き込まれてしまいましてねぇ。今、医療班に明け渡すつもりです。」
すると彼女は、気絶したリオンを必死に背負い、検査場まで歩き出した。
急ぎ気味のその歩幅を見ながら、後をついていったアーサーは、健気な彼女を見て少しだけ笑った。
どれほど嫌煙していても、やはり最後には気遣う様子を見せる彼女にアーサーも可笑しくなったのだろう。
思わず、といった微笑みで笑ったアーサーなど今の彼女の目につくはずもない。
必死な顔で急ぐ彼女は周りの音など気にしていられないのだろう。
後ろで再び起きた爆発音と研究員の悲鳴を聞きながらアーサーは、また可笑しくて笑っていたのだった。
「────爆発による怪我と、マナが無くなったことによる気絶でしょう。」
医者の診断結果は大変素晴らしかった。
適切な診断にアーサーは心の中で拍手を送ったが……聞かれた相手がまずかった。
「《……どういう事?何で、彼のマナが無くなったのか…聞かせてもらおうか。アーサー。》」
「(まずいですねぇ…?相当怒ってらっしゃる。)」
「《やましい事が無いなら答えられるはずだよね?さぁ、答えて。》」
恐ろしい視線を貰って、アーサーが口元に笑みを浮かべる。
これは大人しく言ったほうが身の為かもしれない。
彼女はいやに勘が鋭い時がある。
下手に嘘をついて誤魔化すよりは、実際にあったことを伝えたほうが良いと判断出来た。
「それもこれも…全て、貴女の為ですよ?スノウ・エルピス。」
「《どういう事だ。》」
「彼と交渉したのですよ。彼の持っている情報をこちらに渡し、とある条件を飲めば彼を自由の身にする、という交渉ですよ。……そして、彼は条件を満たし、貴女の側にいるという願いを叶えた。だから最近、彼がずっと貴女の側にいたでしょう?そういう事なんですよ。」
「《そんな話、私は聞いてないんだけど?》」
「えぇ。言ってませんからねぇ?」
「《……それについては分かったよ。でも、それだけじゃあ何故彼のマナが無くなったか証明出来ていない。ちゃんと答えてくれないかな?》」
真剣な彼女にアーサーもつい意地悪したくなる。
いつものようにニコニコとした顔を崩さずに、アーサーは話を続ける。
「その“とある条件”……。それが彼のマナを頂く、という事だったんですよ。それも……定期的に、ねぇ?」
「!!!」
スノウがアーサーの胸ぐらを掴み、アーサーの瞳を強く睨んだ。
それをアーサーは軽く流し、喉奥で嗤う。
まさに今、アーサーはこの顔が見たかったのだから。
「貴女の隣に居たい、という彼の願いをボクが叶えてあげたんですよ?お礼を言って欲しいくらいですがねぇ?」
「《だからといって、マナを定期的に搾取するなんて横暴すぎる!!!》」
「あのままボクが手を下しても良かったんですが、彼も元軍人……。交渉が上手くてですねぇ?こうなった訳ですよ。ですから……スノウ・エルピス。全て、貴女の為だった…という訳ですよ。どうです?全貌を聞いて絶望しましたか?」
「……。」
悔しそうに、次いで苦しそうに顔を俯かせたスノウに、アーサーは嘲笑う。
けれどもその声音は至って落ち着いていて、スノウを宥めるような声音だった。
「良いではありませんか。彼の裏の努力の結晶がこうして分かって…。まぁ、それでもこれからもマナを搾取させては貰いますが。」
「!!!」
スノウが冷たい視線でアーサーを睨む。
しかし、そこへ間抜けな声をした人物が二人の間に割って入り、空気を壊していった。
「……あのー。」
「何です?これ以上何かあるのですか?」
「いやぁ…爆発して出来た怪我を治したいのでそろそろ治療の方針を話しさせてもらっても…?」
「そんなに悪かったのですか?彼の状態は。」
「えぇ。爆発の怪我もですが…どうやら他の何かのせいでかなり体がボロボロになっていまして…。すぐに治療を始めないと目覚めない可能性があるんですよ。ですから早めに治療の方針を────」
「《────その必要は無いよ。》」
「「??」」
スノウは懐から小銃を取り出すと、それを自身の頭に撃ち込んだ。
すると一瞬にして髪と瞳の色が変化する。
「────。」
明らかに長い詠唱を唱え始めたスノウに、アーサーが目を見張り、止めようとする。
ところが今のスノウには周りが見えていなかった。
その視線は真っ直ぐ彼にだけに向けられ、真剣な表情は近くにいたシャルティエが思わず身震いするほどだった。
後ほど詠唱が終わった彼女が放った術は、回復術の中でも最高峰のものだった。
その場を包み込むような光が溢れ、気絶しているものを蘇生するほどの強力な光……。
「(____フルレイズデッド。)」
明らかにマナを使う量が多いことなど、この場にいた全員がわかった。
張り詰めたマナが融解する頃、突如、スノウは口から血を吐いた。
それを絶望した光を灯し、見つめるシャルティエ。
アーサーも流石にそれを見て急いで止めに入る。
「やめなさいっ!!死にたいのですか?!スノウ・エルピス!!!」
「(レディを救って死ねるなら本望。彼を苦しめているのが私だというのなら、私はこの世界から消える。この命をもってして。……使命なら……また今度にさせて欲しいな…?私の神様……。)」
術が切れて、倒れゆくスノウの顔からは生気が喪われていた。
慌てて抱きとめたアーサーが、愕然とスノウの顔色を窺い、必死に声を掛け続ける。
その場にいた医者が他の医療班を呼び、そして……リオンが目覚めたのだ。
シャルティエが動転したように叫び、アーサーが必死になって指示を飛ばした、あの状況だった。
……
………………
………………………………
「……。」
口元に手を当てて、顔を真っ青にさせるリオン。
聞いていたシャルティエも当時の事を思い出したのか、すすり泣く声が聞こえていた。
「これが、貴方が知りたがっていた事故の全貌です。……まさか、スノウ・エルピスが自暴自棄に走るとは思いもしませんでした。やはり、彼女にとって貴方は……特別なんでしょうねぇ?」
「じゃあ……あいつは、本当にあのとき死んでいたのか…?」
「呼吸が一時的にでも止まっていたのを確認したので、少しの間ですが“死んでいた”事にはなりますねぇ…?それでも息を吹き返したので死亡判定にはなりませんでしたが。いやぁ……危なかったですねぇ。」
「……。」
起こってしまった事の重大さに、リオンが己を責めていると、緊急放送が流れる。
どうやらアーサーを呼んでいるらしい、その放送にひとつため息をついた彼はすぐに執務室の椅子から立ち上がってリオンの横を通り過ぎる。
そして立ち止まって、口元を愉悦に歪めた。
「さて……貴方はどうしますか?これを聞いて貴方がどうするのか……行動で示してくださいね。」
そう言って、アーサーはようやく立ち去っていった。
立ち尽くすリオンを不安そうに見つめたシャルティエだが、どうやら心配はいらないようだ。
リオンの瞳は既に何かを決意した色を映し出していたのだから。
『坊ちゃん…。今だから言いますが……本当にご無事で何よりです。』
「あぁ。すまなかったな、シャル。迷惑をかけた。」
『………全く、本当ですよ!僕があんなにも止めてたのに!!坊ちゃんったら全然聞いてくれないんですからっ!!』
わざとに明るく冗談を言い放つシャルティエ。
その声を聞きながらフッと笑いを零したリオンは、先程まで悔いていた様子から一変していた。
スノウの様に追い詰めなくて良かった、とシャルティエも安堵してその様子を見る。
そして二人は、文句なしにある場所へと向かっていく。
それは勿論……スノウがいる場所だった。
『……これからどうしましょうか。スノウ……結構、追い詰めてるんじゃないかって…僕は心配です…。』
「まぁ…あいつの性格からしても追い詰めてはいそうだからな。フォローが肝心…と言いたいが、言葉も伝わらないからな。これからが大変だな…。」
簡単な単語では伝わっていたが…、それは口から出す言葉ではなく、紙に書いて伝わるものだった。
そうなると、彼女とのコミュニケーションはより狭く、難しいものとなる。
この間見た言語学の勉強も、まだまだ先は長そうではあった。
彼女がどこまでを目指しているのかも分からないが、あれは当分、普通のコミュニケーションは難しいだろう。
そうなると、今追い詰められている彼女に対するアプローチの仕方も困難になってくる。
それ故に、今後のリオンの行動で変わってしまう可能性が大きいことを意味していた。
「……難しいな。」
どうすれば彼女の納得の行く方法が取れるだろう。
彼女を安心させるには何が足りないんだろう。
マナ回復器の中ですやすやと眠る彼女を見ながら、僕はひたすら考えていた。
残された時間は彼女がマナを完全に回復させるまで。
それまでには答えを見つけなければならない。
もう、彼女を無駄死にさせる訳にはいかないのだから。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
____2週間後
あまりにも長い回復期間に、僕らは焦りを感じていた。
ところが、他の組織員曰く、彼女がマナ回復器の中に入ればいつもこんなものだとの事。
長い時で2週間は掛かるというのだから驚きだ。
これこそ、〈機械の神〉の神域であるあの回復器に入れて回復させた方が何倍も早い気がしてきた。
それか、彼女がとても良いと言っていた〈元素の森〉の方が良いのか…。
どちらにせよ、今の彼女を動かす事は出来ないと言われているため、僕達は見守ることしか出来ない。
彼女の回復を待ちつつ、僕達は例の男の捜索にも乗り出していた。
サイリル近辺の森の中、そこにあった教会にスノウが探していた男がいる。
あいつを捕まえれば、彼女が何かしらの行動に移すのは明白だ。
だが、一体彼女と男に何の因果関係があるのか。未だにそこは不明瞭であった。
『うーん…。こういう時にこそ、坊ちゃんが夢みたいなやつを見てくれたら…楽なんですけどねぇ?』
「見ようと思って見れる物でもないらしいしな。……それに先日まで、マナが貯まればすぐに採取されていたからな…。マナが無くて見れない、というのも原因かもしれないな。」
あの事件以降、奴が僕のマナを奪い取る行為に及ぶことがなくなっていた。
肝心の機械も大破して使い物にならないらしいから、奪いたくとも奪えないのかもしれないが…。
「……いずれにせよ、僕もこいつも…マナを貯めなければ何も始まらないな。」
予知夢を見るには、〈夢の神〉のマナでもある〈薄紫色のマナ〉を僕自身の中に溜め込む必要がある。
夢の力を持つマナがなければ、他人の夢の中に入ったりすることも出来ないのだから。
『……ひとつ思ったんですが…。スノウがマナを貯める為に、繋ぎとして坊ちゃんのマナを注ぎ込んだんですよね?』
「そうだな。……だが、それがどうした?」
『いや、もしかしてなんですけど……今のスノウって坊ちゃんのマナに汚染されてるから起きられないんじゃないかって思いまして。』
「……なるほど、一理あるな。」
〈薄紫色のマナ〉の効能は夢の力を使える、といった物だが、彼女に至っては訳が違う。
彼女が〈薄紫色のマナ〉を体の中に入れてしまうと、すぐに眠くなって、耐え難い睡魔に誘われるようにしてその場で寝てしまうのだ。
今のすやすやと眠る彼女の状態を見ても、シャルの言う事が正しい気がしてきて僕はシャルにつけた〈浄化の鈴〉を見遣る。
神経を研ぎ澄ませ、〈浄化の鈴〉を鳴らせば彼女の中の汚染されたマナを排除することが出来る鈴。
それさえ鳴らせば、もしかしたら起きる可能性もある。
だが、彼女が待ち遠しいと同時に怖くもあった。
起きたらまた彼女は自己を犠牲にするのではないか、とそればかりが心配で……。
『試してみます?』
「あぁ。覚悟は…出来た。」
僕はシャルを持ち、大きく息を吐いた。
そして〈鈴鳴〉を完成させようとシャルを大きく振る。
すると清廉なる鈴の音が辺りに響いた。
「……。」
ピクリと彼女の指が動く。
それを視認した僕は、更に〈鈴鳴〉をする。
何度も…何度も……。
「……………。」
『!!』
シャルが何かを察知したようで、反応を示す。
コアクリスタルをピカピカと光らせ、今か今かと彼女が起きるのを待っているようだった。
僕は目を閉じ、必死に〈鈴鳴〉を成功させる。
すると、どれくらい鳴らしたのか分からない頃になってようやく、彼女がゆっくりと目を開けた。
それに気付いたのか、医療班が集まってきて彼女の周りを囲い、機械の操作を行っていた。
僕は〈鈴鳴〉を止め、足を踏み出した。
医療班の合間を潜り抜け、彼女の近くに寄れば彼女は寝起きのように呆然としていて、必死に頭を働かせようと頑張っている様子だった。
「……スノウ。」
優しく声を掛ければ、彼女はゆっくりと視線をこっちに向ける。
前世の様な優しい微笑みで、愛おしいものを見つめるような目で僕を見つめて、僕は思わず泣きそうになった。
今世でそんな顔を見たのは今日が初めてだった。
頼りなく手を伸ばしたのを見て、直ぐに僕も手を伸ばし彼女の弱々しい手を握る。
すると、笑み崩れた笑顔を見せてくれた。
「────。」
「スノウっ…!僕は…!」
この日までに沢山シミュレーションしてきたのに。
彼女に会ってどうするか、なんて色々考えて来たはずだったのに。
彼女のその笑顔を見て、全て吹き飛んでしまった。
手を握って、僕が涙ぐんでしまうと彼女は口を開く。
まるで「泣かないで。」と言ってくれているようで、余計に泣ける。
あぁ、お前はいつもそうだ。
決して怒らず、そして優しく僕に声をかけてくれる。
それが…僕は大好きなんだ。
「……!!」
急に彼女が僕から手を引き抜き、夢が覚めたかのような顔をさせる。
それから僕を見て、暫く固まっていた。
しかし涙を流す僕を見てか、彼女は動揺したように瞳を揺らす。
どうするか迷った様に顔を強張らせ、手が宙を漂う。
その手がグッと握られると、彼女は決心した顔を見せて僕をそっと抱きしめる。
そのまま僕の背中を優しく叩いてくれた。
「────。」
口が動いて何かを話しているが、抱きしめられている僕にはその言葉も分からなかった。
でも、僕を抱き締めてくれているその事実が嬉しいんだ。
暫く彼女が抱きしめてくれて、涙も止まる頃。
彼女が体を離し、頭を撫でてくれる。
だがそうなると邪魔になるのが周りの医療班どもだ。
急に彼女に検査だの病室への移動だの話しかけて、僕と彼女の邪魔をする。
彼女はそんな医療班の指示に従って検査室へと行く様で、あっという間に姿を消してしまった。
伸ばしかけた手を引っ込め、僕は堪らず拳を握った。
『行っちゃいましたね、スノウ。』
「……あぁ。」
『あのまま…僕達を受け入れてくれてたら…良いんですけど…。』
先程までの彼女の様子を思い出す。
夢が覚めたような顔をした後、僕を見て固まっていた彼女。
それがどういう感情だったのか、僕には分からない。
でも“希望”を持っても…良いだろうか?
そう思いたくて、僕は胸に拳を当て、今はもう居ない彼女に思いを馳せた。
____その日の夜。
僕は夢を見た。
それも…………酷い“悪夢”をだ。
真紅のドレスを身にまとい、金髪碧眼の麗しいドール。
その瞳は固く閉じられていて、碧眼かどうかは計り知れないが……僕は知っている。
この…ドールを。
「また…か……。」
やはり、この夢を見てしまうのか…?
いまだに、僕は運命を変えられてないというのか…?
「れ、でぃ…?どう…して……」
床に靴で押さえ込まれ、動揺したように声を出す“彼女”。
僕はその光景に、堪らず目を背けた。
そして、その後すぐに人形の壊れる音が耳に響いた。
「……相変わらず、運命を壊すのが下手だな。…“僕”。」
「………。」
「未来は変わらない。……あいつは死ぬ。変えなければならない未来なのに、お前は変えようとしない。何故だ?」
「変えようと頑張っている所だ。」
「嘘だな。」
「何故そう言い切れる?」
「……なら、何故僕がまた……こいつを壊さなければならない…?壊したくないのに…未来がそうだと言っている…!僕に何度、こいつを破壊させる気だ…!!!」
静かに憤りを含めた声で“僕”が僕に話し掛ける。
僕は、夢の中の“僕”をしっかりと見て、そして睨んだ。
夢の中の“僕”は、苦しそうに、辛そうに、悲しそうに……涙を流していた。
紫水晶の瞳から零れ落ちる涙が、大粒の涙となって頬を濡らす。
「言っただろう…?!彼女から離れるな、と…!何故っ…、そんなことも出来ない…?!」
「……。」
耳の痛い話だ。
僕はなるべく彼女に寄り添うつもりだった。
……だが、結果……彼女を殺しかけたんだ。
「僕はもうっ、壊したくない…!!こいつを…殺したくなんか…!!!」
「……分かっている。」
足元の壊れた人形を大事そうに抱える夢の中の“僕”。
泣きながら必死に願う、夢の中の“僕”……。
……そんなの、言われなくたって分かってる。
だが、彼女が許してくれないんだ。……そばに居ることを。
「……もう一つ。現実の“僕”に見せてやる。最悪なシナリオを…。」
「まだあるのか…!?」
僕が睨もうとすれば、場面は既に変わっていた。
そこはいつだったか、白い服を着た囚人どもを態々逃がした先に駆け込まれた場所……あの教会だ。
こんな所に何の用だ、と僕が眉間に皺を寄せた瞬間……“僕”が悲鳴を上げていた。
そこには“僕”の腕の中で力なく横たわっている彼女がいた。
僕が息を呑んでその光景を見ていたが、おかしな事もある。
『────早くマナを入れるのよ!ジューダス!!』
「……この声…?」
驚く事に、あのハロルドの声がしたのだ。
僕が周りを見てみるが、どこにもあの派手なピンク髪は居ない。
一体何処だ、と警戒しているとその声は、明らかに人が発するような声では無いことに気付く。
シャルと同じような……それこそ頭に直接響く様な声だ。
まさか、と僕が彼女を見れば……彼女の腰にはいつもの相棒と一緒に、あのソーディアン・ベルセリオスが装着されていたのだ。
何故…スタン達が倒したはずのベルセリオスがまだあるのか。
それに、そのベルセリオスがハロルドの声で、僕をジューダスと言っていたこと。
全てが疑問にしかならないが、結局、夢は彼女の死で終わっていた。
「……。」
「…これも予知夢、か……。」
「僕は…何度もこいつを喪う…。何度も…何度も……。何故…、何故こいつばかり死ななければならない…?僕はどうして生き延びているんだ…?」
「……。」
「……現実の“僕”…。これで分かっただろう…?運命は、こいつの死を決して逃さないと…。どうしても…彼女を殺したいらしい…。」
「……どうすればいい?」
「お前の居た“現実”と先程見た“予知夢”の差異は何だ?何が起こっていた…?」
「……ソーディアン・ベルセリオスの復活…。そして、例の宗教団体に乗り込んでいたことくらいだ。」
「そうだ。ソーディアン・ベルセリオスは何故、現代で復活したのか。それがこいつを救う“鍵”となる。……そして、苦悩している今のお前の助けとなるはずだ。よって、ソーディアン・ベルセリオスを探せ。」
「だが、ベルセリオスは……海の底のはずだ。スタン達が神の眼を壊し、そのまま地上に落ちた際、海底へと沈んだはず…。そんなもの、どうやって見つけろと言うんだ…!」
「それを見つけなければ、未来は変えられない。こいつを助けたければ、死ぬ気で探せ。……じゃないと、こいつは……いつまでも死に際にいる…。」
夢の中の“僕”が息をしていない彼女を抱えて、強く抱き締める。
そして静かに泣いていた。
……もう、何度この光景を見ただろうか。
夢の中の“僕”は、毎回彼女の死を嘆いて、そして涙を流す。
どうしたって未来では、彼女が死んでいる。
その事実に、僕は胸が押し潰されるかのような感覚を覚えた。
息苦しく、そして泣きそうなほど悲しい事実だ。
「頼むから…!こいつを助けてくれ…!!!」
「言われなくとも分かっている。」
僕は、最後に夢の中の“僕”を見てから目を瞬いて“現実”へと戻っていったのだった。
___“事故”直前
〈薄紫色のマナ〉を吸収し、研究に使うためにシリンダーへと入れていく実験の最中の事だった。
リオンの苦痛の声と電気ショックの激しい音が辺りに響き渡る中で突如、〈薄紫色のマナ〉が暴発したかのようにシリンダーから逆流していき、機械を攻める。
そして機械自体を爆発させるという荒技を見せたことによって、研究員たちが大きな悲鳴を上げる。
大きなシリンダー2本に満たされていた〈薄紫色のマナ〉が徐々に逆流していくのを、アーサーは信じられない物を見る目で見つめていた。
そうして、その爆発のお陰で実験は失敗に終わった上に機械も破損し、使い物にならなくなってしまった。
「……こうなると、やはりセルリアンから彼のマナを搾取する方が効率的で、文句もなさそうですねぇ?機械相手ですと、こうして……反抗を見せるのは流石に予期していませんでしたが…。」
アーサーが冷静に分析している傍ら、研究員達は大慌てで消火に奔走したり、機械の部品を拾い集めたり、損壊した機械の動作確認をしたりと、現場は混沌としていた。
アーサーは倒れて気絶していたリオンに近付くと、首根っこを掴み、持ち上げた。
それから医療班へと引き渡そうと歩き出した────その瞬間。
「!!!」
あの激しい爆発の音で、慌ててやってきたスノウと鉢合わせてしまう。
思わず目を丸くさせたアーサーだが、スノウがリオンを見た瞬間に顔を青ざめさせて彼を起こそうと体を揺するのを見ていた。
「────!!」
「少々爆発事故に彼が巻き込まれてしまいましてねぇ。今、医療班に明け渡すつもりです。」
すると彼女は、気絶したリオンを必死に背負い、検査場まで歩き出した。
急ぎ気味のその歩幅を見ながら、後をついていったアーサーは、健気な彼女を見て少しだけ笑った。
どれほど嫌煙していても、やはり最後には気遣う様子を見せる彼女にアーサーも可笑しくなったのだろう。
思わず、といった微笑みで笑ったアーサーなど今の彼女の目につくはずもない。
必死な顔で急ぐ彼女は周りの音など気にしていられないのだろう。
後ろで再び起きた爆発音と研究員の悲鳴を聞きながらアーサーは、また可笑しくて笑っていたのだった。
「────爆発による怪我と、マナが無くなったことによる気絶でしょう。」
医者の診断結果は大変素晴らしかった。
適切な診断にアーサーは心の中で拍手を送ったが……聞かれた相手がまずかった。
「《……どういう事?何で、彼のマナが無くなったのか…聞かせてもらおうか。アーサー。》」
「(まずいですねぇ…?相当怒ってらっしゃる。)」
「《やましい事が無いなら答えられるはずだよね?さぁ、答えて。》」
恐ろしい視線を貰って、アーサーが口元に笑みを浮かべる。
これは大人しく言ったほうが身の為かもしれない。
彼女はいやに勘が鋭い時がある。
下手に嘘をついて誤魔化すよりは、実際にあったことを伝えたほうが良いと判断出来た。
「それもこれも…全て、貴女の為ですよ?スノウ・エルピス。」
「《どういう事だ。》」
「彼と交渉したのですよ。彼の持っている情報をこちらに渡し、とある条件を飲めば彼を自由の身にする、という交渉ですよ。……そして、彼は条件を満たし、貴女の側にいるという願いを叶えた。だから最近、彼がずっと貴女の側にいたでしょう?そういう事なんですよ。」
「《そんな話、私は聞いてないんだけど?》」
「えぇ。言ってませんからねぇ?」
「《……それについては分かったよ。でも、それだけじゃあ何故彼のマナが無くなったか証明出来ていない。ちゃんと答えてくれないかな?》」
真剣な彼女にアーサーもつい意地悪したくなる。
いつものようにニコニコとした顔を崩さずに、アーサーは話を続ける。
「その“とある条件”……。それが彼のマナを頂く、という事だったんですよ。それも……定期的に、ねぇ?」
「!!!」
スノウがアーサーの胸ぐらを掴み、アーサーの瞳を強く睨んだ。
それをアーサーは軽く流し、喉奥で嗤う。
まさに今、アーサーはこの顔が見たかったのだから。
「貴女の隣に居たい、という彼の願いをボクが叶えてあげたんですよ?お礼を言って欲しいくらいですがねぇ?」
「《だからといって、マナを定期的に搾取するなんて横暴すぎる!!!》」
「あのままボクが手を下しても良かったんですが、彼も元軍人……。交渉が上手くてですねぇ?こうなった訳ですよ。ですから……スノウ・エルピス。全て、貴女の為だった…という訳ですよ。どうです?全貌を聞いて絶望しましたか?」
「……。」
悔しそうに、次いで苦しそうに顔を俯かせたスノウに、アーサーは嘲笑う。
けれどもその声音は至って落ち着いていて、スノウを宥めるような声音だった。
「良いではありませんか。彼の裏の努力の結晶がこうして分かって…。まぁ、それでもこれからもマナを搾取させては貰いますが。」
「!!!」
スノウが冷たい視線でアーサーを睨む。
しかし、そこへ間抜けな声をした人物が二人の間に割って入り、空気を壊していった。
「……あのー。」
「何です?これ以上何かあるのですか?」
「いやぁ…爆発して出来た怪我を治したいのでそろそろ治療の方針を話しさせてもらっても…?」
「そんなに悪かったのですか?彼の状態は。」
「えぇ。爆発の怪我もですが…どうやら他の何かのせいでかなり体がボロボロになっていまして…。すぐに治療を始めないと目覚めない可能性があるんですよ。ですから早めに治療の方針を────」
「《────その必要は無いよ。》」
「「??」」
スノウは懐から小銃を取り出すと、それを自身の頭に撃ち込んだ。
すると一瞬にして髪と瞳の色が変化する。
「────。」
明らかに長い詠唱を唱え始めたスノウに、アーサーが目を見張り、止めようとする。
ところが今のスノウには周りが見えていなかった。
その視線は真っ直ぐ彼にだけに向けられ、真剣な表情は近くにいたシャルティエが思わず身震いするほどだった。
後ほど詠唱が終わった彼女が放った術は、回復術の中でも最高峰のものだった。
その場を包み込むような光が溢れ、気絶しているものを蘇生するほどの強力な光……。
「(____フルレイズデッド。)」
明らかにマナを使う量が多いことなど、この場にいた全員がわかった。
張り詰めたマナが融解する頃、突如、スノウは口から血を吐いた。
それを絶望した光を灯し、見つめるシャルティエ。
アーサーも流石にそれを見て急いで止めに入る。
「やめなさいっ!!死にたいのですか?!スノウ・エルピス!!!」
「(レディを救って死ねるなら本望。彼を苦しめているのが私だというのなら、私はこの世界から消える。この命をもってして。……使命なら……また今度にさせて欲しいな…?私の神様……。)」
術が切れて、倒れゆくスノウの顔からは生気が喪われていた。
慌てて抱きとめたアーサーが、愕然とスノウの顔色を窺い、必死に声を掛け続ける。
その場にいた医者が他の医療班を呼び、そして……リオンが目覚めたのだ。
シャルティエが動転したように叫び、アーサーが必死になって指示を飛ばした、あの状況だった。
……
………………
………………………………
「……。」
口元に手を当てて、顔を真っ青にさせるリオン。
聞いていたシャルティエも当時の事を思い出したのか、すすり泣く声が聞こえていた。
「これが、貴方が知りたがっていた事故の全貌です。……まさか、スノウ・エルピスが自暴自棄に走るとは思いもしませんでした。やはり、彼女にとって貴方は……特別なんでしょうねぇ?」
「じゃあ……あいつは、本当にあのとき死んでいたのか…?」
「呼吸が一時的にでも止まっていたのを確認したので、少しの間ですが“死んでいた”事にはなりますねぇ…?それでも息を吹き返したので死亡判定にはなりませんでしたが。いやぁ……危なかったですねぇ。」
「……。」
起こってしまった事の重大さに、リオンが己を責めていると、緊急放送が流れる。
どうやらアーサーを呼んでいるらしい、その放送にひとつため息をついた彼はすぐに執務室の椅子から立ち上がってリオンの横を通り過ぎる。
そして立ち止まって、口元を愉悦に歪めた。
「さて……貴方はどうしますか?これを聞いて貴方がどうするのか……行動で示してくださいね。」
そう言って、アーサーはようやく立ち去っていった。
立ち尽くすリオンを不安そうに見つめたシャルティエだが、どうやら心配はいらないようだ。
リオンの瞳は既に何かを決意した色を映し出していたのだから。
『坊ちゃん…。今だから言いますが……本当にご無事で何よりです。』
「あぁ。すまなかったな、シャル。迷惑をかけた。」
『………全く、本当ですよ!僕があんなにも止めてたのに!!坊ちゃんったら全然聞いてくれないんですからっ!!』
わざとに明るく冗談を言い放つシャルティエ。
その声を聞きながらフッと笑いを零したリオンは、先程まで悔いていた様子から一変していた。
スノウの様に追い詰めなくて良かった、とシャルティエも安堵してその様子を見る。
そして二人は、文句なしにある場所へと向かっていく。
それは勿論……スノウがいる場所だった。
『……これからどうしましょうか。スノウ……結構、追い詰めてるんじゃないかって…僕は心配です…。』
「まぁ…あいつの性格からしても追い詰めてはいそうだからな。フォローが肝心…と言いたいが、言葉も伝わらないからな。これからが大変だな…。」
簡単な単語では伝わっていたが…、それは口から出す言葉ではなく、紙に書いて伝わるものだった。
そうなると、彼女とのコミュニケーションはより狭く、難しいものとなる。
この間見た言語学の勉強も、まだまだ先は長そうではあった。
彼女がどこまでを目指しているのかも分からないが、あれは当分、普通のコミュニケーションは難しいだろう。
そうなると、今追い詰められている彼女に対するアプローチの仕方も困難になってくる。
それ故に、今後のリオンの行動で変わってしまう可能性が大きいことを意味していた。
「……難しいな。」
どうすれば彼女の納得の行く方法が取れるだろう。
彼女を安心させるには何が足りないんだろう。
マナ回復器の中ですやすやと眠る彼女を見ながら、僕はひたすら考えていた。
残された時間は彼女がマナを完全に回復させるまで。
それまでには答えを見つけなければならない。
もう、彼女を無駄死にさせる訳にはいかないのだから。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
____2週間後
あまりにも長い回復期間に、僕らは焦りを感じていた。
ところが、他の組織員曰く、彼女がマナ回復器の中に入ればいつもこんなものだとの事。
長い時で2週間は掛かるというのだから驚きだ。
これこそ、〈機械の神〉の神域であるあの回復器に入れて回復させた方が何倍も早い気がしてきた。
それか、彼女がとても良いと言っていた〈元素の森〉の方が良いのか…。
どちらにせよ、今の彼女を動かす事は出来ないと言われているため、僕達は見守ることしか出来ない。
彼女の回復を待ちつつ、僕達は例の男の捜索にも乗り出していた。
サイリル近辺の森の中、そこにあった教会にスノウが探していた男がいる。
あいつを捕まえれば、彼女が何かしらの行動に移すのは明白だ。
だが、一体彼女と男に何の因果関係があるのか。未だにそこは不明瞭であった。
『うーん…。こういう時にこそ、坊ちゃんが夢みたいなやつを見てくれたら…楽なんですけどねぇ?』
「見ようと思って見れる物でもないらしいしな。……それに先日まで、マナが貯まればすぐに採取されていたからな…。マナが無くて見れない、というのも原因かもしれないな。」
あの事件以降、奴が僕のマナを奪い取る行為に及ぶことがなくなっていた。
肝心の機械も大破して使い物にならないらしいから、奪いたくとも奪えないのかもしれないが…。
「……いずれにせよ、僕もこいつも…マナを貯めなければ何も始まらないな。」
予知夢を見るには、〈夢の神〉のマナでもある〈薄紫色のマナ〉を僕自身の中に溜め込む必要がある。
夢の力を持つマナがなければ、他人の夢の中に入ったりすることも出来ないのだから。
『……ひとつ思ったんですが…。スノウがマナを貯める為に、繋ぎとして坊ちゃんのマナを注ぎ込んだんですよね?』
「そうだな。……だが、それがどうした?」
『いや、もしかしてなんですけど……今のスノウって坊ちゃんのマナに汚染されてるから起きられないんじゃないかって思いまして。』
「……なるほど、一理あるな。」
〈薄紫色のマナ〉の効能は夢の力を使える、といった物だが、彼女に至っては訳が違う。
彼女が〈薄紫色のマナ〉を体の中に入れてしまうと、すぐに眠くなって、耐え難い睡魔に誘われるようにしてその場で寝てしまうのだ。
今のすやすやと眠る彼女の状態を見ても、シャルの言う事が正しい気がしてきて僕はシャルにつけた〈浄化の鈴〉を見遣る。
神経を研ぎ澄ませ、〈浄化の鈴〉を鳴らせば彼女の中の汚染されたマナを排除することが出来る鈴。
それさえ鳴らせば、もしかしたら起きる可能性もある。
だが、彼女が待ち遠しいと同時に怖くもあった。
起きたらまた彼女は自己を犠牲にするのではないか、とそればかりが心配で……。
『試してみます?』
「あぁ。覚悟は…出来た。」
僕はシャルを持ち、大きく息を吐いた。
そして〈鈴鳴〉を完成させようとシャルを大きく振る。
すると清廉なる鈴の音が辺りに響いた。
「……。」
ピクリと彼女の指が動く。
それを視認した僕は、更に〈鈴鳴〉をする。
何度も…何度も……。
「……………。」
『!!』
シャルが何かを察知したようで、反応を示す。
コアクリスタルをピカピカと光らせ、今か今かと彼女が起きるのを待っているようだった。
僕は目を閉じ、必死に〈鈴鳴〉を成功させる。
すると、どれくらい鳴らしたのか分からない頃になってようやく、彼女がゆっくりと目を開けた。
それに気付いたのか、医療班が集まってきて彼女の周りを囲い、機械の操作を行っていた。
僕は〈鈴鳴〉を止め、足を踏み出した。
医療班の合間を潜り抜け、彼女の近くに寄れば彼女は寝起きのように呆然としていて、必死に頭を働かせようと頑張っている様子だった。
「……スノウ。」
優しく声を掛ければ、彼女はゆっくりと視線をこっちに向ける。
前世の様な優しい微笑みで、愛おしいものを見つめるような目で僕を見つめて、僕は思わず泣きそうになった。
今世でそんな顔を見たのは今日が初めてだった。
頼りなく手を伸ばしたのを見て、直ぐに僕も手を伸ばし彼女の弱々しい手を握る。
すると、笑み崩れた笑顔を見せてくれた。
「────。」
「スノウっ…!僕は…!」
この日までに沢山シミュレーションしてきたのに。
彼女に会ってどうするか、なんて色々考えて来たはずだったのに。
彼女のその笑顔を見て、全て吹き飛んでしまった。
手を握って、僕が涙ぐんでしまうと彼女は口を開く。
まるで「泣かないで。」と言ってくれているようで、余計に泣ける。
あぁ、お前はいつもそうだ。
決して怒らず、そして優しく僕に声をかけてくれる。
それが…僕は大好きなんだ。
「……!!」
急に彼女が僕から手を引き抜き、夢が覚めたかのような顔をさせる。
それから僕を見て、暫く固まっていた。
しかし涙を流す僕を見てか、彼女は動揺したように瞳を揺らす。
どうするか迷った様に顔を強張らせ、手が宙を漂う。
その手がグッと握られると、彼女は決心した顔を見せて僕をそっと抱きしめる。
そのまま僕の背中を優しく叩いてくれた。
「────。」
口が動いて何かを話しているが、抱きしめられている僕にはその言葉も分からなかった。
でも、僕を抱き締めてくれているその事実が嬉しいんだ。
暫く彼女が抱きしめてくれて、涙も止まる頃。
彼女が体を離し、頭を撫でてくれる。
だがそうなると邪魔になるのが周りの医療班どもだ。
急に彼女に検査だの病室への移動だの話しかけて、僕と彼女の邪魔をする。
彼女はそんな医療班の指示に従って検査室へと行く様で、あっという間に姿を消してしまった。
伸ばしかけた手を引っ込め、僕は堪らず拳を握った。
『行っちゃいましたね、スノウ。』
「……あぁ。」
『あのまま…僕達を受け入れてくれてたら…良いんですけど…。』
先程までの彼女の様子を思い出す。
夢が覚めたような顔をした後、僕を見て固まっていた彼女。
それがどういう感情だったのか、僕には分からない。
でも“希望”を持っても…良いだろうか?
そう思いたくて、僕は胸に拳を当て、今はもう居ない彼女に思いを馳せた。
____その日の夜。
僕は夢を見た。
それも…………酷い“悪夢”をだ。
真紅のドレスを身にまとい、金髪碧眼の麗しいドール。
その瞳は固く閉じられていて、碧眼かどうかは計り知れないが……僕は知っている。
この…ドールを。
「また…か……。」
やはり、この夢を見てしまうのか…?
いまだに、僕は運命を変えられてないというのか…?
「れ、でぃ…?どう…して……」
床に靴で押さえ込まれ、動揺したように声を出す“彼女”。
僕はその光景に、堪らず目を背けた。
そして、その後すぐに人形の壊れる音が耳に響いた。
「……相変わらず、運命を壊すのが下手だな。…“僕”。」
「………。」
「未来は変わらない。……あいつは死ぬ。変えなければならない未来なのに、お前は変えようとしない。何故だ?」
「変えようと頑張っている所だ。」
「嘘だな。」
「何故そう言い切れる?」
「……なら、何故僕がまた……こいつを壊さなければならない…?壊したくないのに…未来がそうだと言っている…!僕に何度、こいつを破壊させる気だ…!!!」
静かに憤りを含めた声で“僕”が僕に話し掛ける。
僕は、夢の中の“僕”をしっかりと見て、そして睨んだ。
夢の中の“僕”は、苦しそうに、辛そうに、悲しそうに……涙を流していた。
紫水晶の瞳から零れ落ちる涙が、大粒の涙となって頬を濡らす。
「言っただろう…?!彼女から離れるな、と…!何故っ…、そんなことも出来ない…?!」
「……。」
耳の痛い話だ。
僕はなるべく彼女に寄り添うつもりだった。
……だが、結果……彼女を殺しかけたんだ。
「僕はもうっ、壊したくない…!!こいつを…殺したくなんか…!!!」
「……分かっている。」
足元の壊れた人形を大事そうに抱える夢の中の“僕”。
泣きながら必死に願う、夢の中の“僕”……。
……そんなの、言われなくたって分かってる。
だが、彼女が許してくれないんだ。……そばに居ることを。
「……もう一つ。現実の“僕”に見せてやる。最悪なシナリオを…。」
「まだあるのか…!?」
僕が睨もうとすれば、場面は既に変わっていた。
そこはいつだったか、白い服を着た囚人どもを態々逃がした先に駆け込まれた場所……あの教会だ。
こんな所に何の用だ、と僕が眉間に皺を寄せた瞬間……“僕”が悲鳴を上げていた。
そこには“僕”の腕の中で力なく横たわっている彼女がいた。
僕が息を呑んでその光景を見ていたが、おかしな事もある。
『────早くマナを入れるのよ!ジューダス!!』
「……この声…?」
驚く事に、あのハロルドの声がしたのだ。
僕が周りを見てみるが、どこにもあの派手なピンク髪は居ない。
一体何処だ、と警戒しているとその声は、明らかに人が発するような声では無いことに気付く。
シャルと同じような……それこそ頭に直接響く様な声だ。
まさか、と僕が彼女を見れば……彼女の腰にはいつもの相棒と一緒に、あのソーディアン・ベルセリオスが装着されていたのだ。
何故…スタン達が倒したはずのベルセリオスがまだあるのか。
それに、そのベルセリオスがハロルドの声で、僕をジューダスと言っていたこと。
全てが疑問にしかならないが、結局、夢は彼女の死で終わっていた。
「……。」
「…これも予知夢、か……。」
「僕は…何度もこいつを喪う…。何度も…何度も……。何故…、何故こいつばかり死ななければならない…?僕はどうして生き延びているんだ…?」
「……。」
「……現実の“僕”…。これで分かっただろう…?運命は、こいつの死を決して逃さないと…。どうしても…彼女を殺したいらしい…。」
「……どうすればいい?」
「お前の居た“現実”と先程見た“予知夢”の差異は何だ?何が起こっていた…?」
「……ソーディアン・ベルセリオスの復活…。そして、例の宗教団体に乗り込んでいたことくらいだ。」
「そうだ。ソーディアン・ベルセリオスは何故、現代で復活したのか。それがこいつを救う“鍵”となる。……そして、苦悩している今のお前の助けとなるはずだ。よって、ソーディアン・ベルセリオスを探せ。」
「だが、ベルセリオスは……海の底のはずだ。スタン達が神の眼を壊し、そのまま地上に落ちた際、海底へと沈んだはず…。そんなもの、どうやって見つけろと言うんだ…!」
「それを見つけなければ、未来は変えられない。こいつを助けたければ、死ぬ気で探せ。……じゃないと、こいつは……いつまでも死に際にいる…。」
夢の中の“僕”が息をしていない彼女を抱えて、強く抱き締める。
そして静かに泣いていた。
……もう、何度この光景を見ただろうか。
夢の中の“僕”は、毎回彼女の死を嘆いて、そして涙を流す。
どうしたって未来では、彼女が死んでいる。
その事実に、僕は胸が押し潰されるかのような感覚を覚えた。
息苦しく、そして泣きそうなほど悲しい事実だ。
「頼むから…!こいつを助けてくれ…!!!」
「言われなくとも分かっている。」
僕は、最後に夢の中の“僕”を見てから目を瞬いて“現実”へと戻っていったのだった。