第二章・第1幕【裏切り者編】
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011.看守と脱獄犯
(*リオン視点)
その日から看守の仕事に勤めた僕は、まずは看守どもの見直しから入った。
僕が仕事に就いたからには、ここの管理の不出来さをどうにかするつもりだった。
明らかに配置ミスな所が目立つ。
……まぁ、そのお陰で僕がこうして居られるので何とも言えないが。
「ここの看守の配備は誰が考えている?」
「あーそれ?それは俺達が勝手にやってんの。流石にアーサー様もそこまで手が回らないから、職員間で話し合って決めたって感じ。」
例のペラペラ喋る看守二人を呼び出し、警備体制を聞いてみれば大したことのない話だ。
顔が引きつるのが分かりながら、僕は全ての話を聞いていた。
シャルもまた呆れながらその話を聞いていたが、時折ツッコミを入れていたのを覚えている。
「ともかく、配備体制の見直しが必要だ。お前らも聞いているだろうが、奴らは脱獄する可能性がある。わざとに逃し、住処を突き止める。そのための配備を見直す!」
「あいあいさー!」
「流石…軍人。言うことなす事、格好までも軍人っぽいな。」
やる気のなさそうな二人に喝を入れて、僕は看守たちを全員呼び出す。
そして作戦会議を簡単に行い、脱獄に向けての準備やわざとに警備に穴を作ったりする工作も行った。
でないと、敵がやってくる可能性が低くなれば何時まで経っても僕がスノウに会えない。
それだけは勘弁だ。
「わざとに警備に穴を作るかぁ…。」
「中々斬新な作戦だな。」
「こんな警備体制で本当に大丈夫なのか?他の奴らが入ってこなきゃいいが…。」
「その為の監視カメラだ。〈赤眼の蜘蛛〉の優れた技術力を持て余してどうする。使える物は使っておけ。」
「りょーかい。」
「まぁ、軍人の言う事の方が正しいだろうしな。俺達は従うさ。アーサー様からも言われてるしな。」
どうやら上司であるアーサーからも何か言われたようで、他の看守は関心無い奴から真面目に従う奴らまで、様々な性格の看守が揃っていた。
こうして、看守となった僕の一日目の仕事は終わった。
二日目からは外の見回りを強化してみて、中にいる囚人の作戦会議がどう変わるのかを試してみる。
寝る間も惜しんでやった甲斐もあり、会話に変化が訪れる。
……どうやら、この囚人どもは外との連絡が上手くいっているらしい。
警備体制が変わった事が既にバレている。
何処から情報を得たのか知らないが、暫くは同じ警備を繰り返してまた油断させる計画を練った。
『…敵の情報は早いですねぇ。まさか、こっちの警備体制が変わった事がバレてるなんて…。』
「何度かやってみてそれでもすぐにバレるというのなら、密偵がいるのかもしれないな。」
『あー…。誰でもやりそうですね…?ここの人達って、妙にやる気がないというか、何というか…。』
「同じ事の繰り返しだからな。気持ちが萎えるのも仕方がない話だ。……だが、あれほどやる気がないのも珍しいものだ。本当にやる気があるのか問いただしたいくらいだな。」
シャルの話を聞きながら、手元の資料を読み、申請書を書き記していく。
念の為に、作戦の方へ多めに人員を割いたほうが良いだろう。
例の“人員要請申請書”とやらを書きながら、僕は再度警備体制を見直した。
そうして何日も、何日も警備に時間を割いていく。
……果たして、僕がスノウに会う日はいつになるのだろうか。
シャルもきっと、同じ事を思っていたに違いない。
だが、僕に気を遣って言葉にしないだけだろう。
こいつだって、スノウの安否が気になっていたはずだからな。
「いやー…。ジューダスさんが来てから早くも1ヶ月が過ぎようとしてますねー…。本当に奴ら、脱獄するんですかねー?」
「いや、この間も脱獄の話を深夜にしていた。恐らく近々やるかもしれない。」
「えー?本当ですか?」
「何を心配しているか知らないが、奴らが脱獄したらお前はすぐに外に出ないといけないからな?分かってるだろうな。」
「へーい。それは分かってますよー。でも、全然動かないじゃないですかー。」
間延びした言葉で話し、その上欠伸までしている看守の頭を叩く。
すると「いってぇー!」と頭を押さえた看守は僕を睨んできた。
しかし隣にいた看守は、「お前が悪いだろ」と正論をかまし、僕を睨んだ看守は悔しそうにしていた。
「早く動いてくれたら楽じゃないですかー。」
「こういうのは時間をかけてやるしかない。急いても事を仕損じるだけだぞ。」
「お、聞いたことのあることわざだ。」
「お前、もう少し勤務態度直さないと、今度減給だってアーサー様が言ってたぞ。」
「えっ!?それ早く言えよ!」
急に身だしなみを整え始める看守に、別の看守と一緒にため息を吐いてしまった。
お互いに苦労するな、と苦々しい顔になれば、途端に周りが騒がしくなる。
そしてシャルもまた、この非常事態に何かを察知したようだった。
『坊ちゃん!奴ら、遂に脱獄してますよ!!』
「……遂に来たか。総員、配置につけ!」
「「「イエッサー!」」」
各自配置についたのを確認した僕は、単独で奴らの後を追う。
すると奴らは、あの砂漠を越えようと囚人達を連れ立ち、歩き始めたではないか。
あまりにも無謀な挑戦だが、今の僕にはそんな事関係ない。
奴らのアジトを見つけ、彼女と関係のある男を炙り出してやるだけだ。
『……坊ちゃん。奴ら、港町の方に向かってます。恐らく船で移動するのかも…。』
「……僕達も乗るぞ。研究所の後片付けや残党は残った奴らに任せる。それがどういう結果になろうが、僕の知ったことでは無いがな。」
僕はチェリクに移動した囚人どもの後を追いかけ、そして船に乗ったことを確認した。
帽子を深く被りながら、僕は奴らを逃さないように監視をする。
……しかし、船旅とは最悪だな。
『大丈夫ですか?坊ちゃん。船酔いしてませんか?』
「……大丈夫だ。」
『(あ…ヤバそうなやつだ…。)』
シャルの奴が何を思ったのかすぐに分かったが、敢えて言葉にはしなかった。
それよりも身体の奥底からやってくるこの気持ち悪さをどうにかしたい気持ちでいっぱいだったが、こういう時は大抵、スノウが酔い止めをくれていたために今はその有り難い援軍も全く期待出来そうにない。
囚人共の監視をしながら僕は、船酔いとも闘う羽目になったのだった。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
___港町スノーフリア
『やっぱり奴ら、ここに来るんですね…。前にスノウが男を探しに来た時もこのファンダリア地方でした。』
「……隠された場所に住処を作っている可能性が高い。そうじゃないと、スノウがあそこまで苦戦しないはずだ。」
『確かに…。スノウってファンダリア地方出身ですから、ここら辺の地形ならお手の物ですしね。そうなると、ちゃんとアジトを見つけた方が良さそうです。』
逃した囚人どもの後を追いかけながら、僕達は小声で会話する。
決して勘付かれてはならない。
奴らのアジトを見つけるまでは。
「────おい、つけられてないだろうな?」
「そんな訳ないですよ。あそこの管理はずさんで、簡単に脱獄出来るようなところなんですから。看守たちも馬鹿ばっかりです。そんなやつらが私達を追いかけてこれるはずがないですよ。」
『……何かバカにされてません?』
「……。」
「で、教祖様はご無事なんだろうな?」
「えぇ。ちゃんと神にお仕えされてますよ。今日も神にお祈りされてました。」
「さすがは教祖様!我々の希望の星ですね!」
「そうは言うが、教祖様がいなかったら我々は集まっていませんよ。神が有られ、そしてその下に教祖様がおられるから我々がいるのです。」
……どうやら、よくある宗教団体のようだな。
聞けば聞くほど、どこにでもありそうな宗教団体ではあるが…?
「さぁ、無事に帰ってこられたことを神にお伝えしましょう。我らが神はきっと喜んでくださる!」
「そうですよね…!神に選ばれし私達なら、きっと神も帰還に喜んでくださるに違いないわ!」
「そうと決まれば早く帰りましょう!我らが教会へ!」
奴らは声高々と会話をしたあと、こちらの気配にも気付かずに堂々と歩いていく。
どうやら奴らの拠点は、宗教団体よろしく教会のようだが……こんな場所に教会なんて建物があっただろうか。
僕の勘違いでなければ、ここら一帯は何もない場所のはずだ。
近くに山があれど、ただそれだけだ。
山の麓には森が広がっていて、迷いやすく、地元の奴らでも迷子になって問題になったことがあった、とスノウが言っていたのを思い出す。
……その上、この近くといえば例のサイリルの町が近い。
夜な夜な町から出ていく人間を食い散らかす魔物が多く存在している町の近くだ。
そんな危険な場所に態々建てるなんて…。
『……坊ちゃん。どうやら奴らのアジトはアレのようです。』
シャルの言葉に思考から現実へと戻る。
後を追いかけた先に見えたのは、森の中にこっそりと建つ教会だった。
そこへと、ぞろぞろと同じ白い服を着た奴らが中へと入っていく。
少数の団体かと思っていたが…どうやら数だけはいるらしく、その教会の中へ入る人間の数は意外にも多かった。
僕達は人が少なくなるのを見計らい、教会の中を覗き込んだ。
そこには椅子に座り、目を閉じて祈りを捧げる白い服の人間たちがいた。
そして……、一番奥に佇む教祖とやらの顔を見て、僕達は言葉を失った。
その教祖は、明らかにスノウが探していた男の容姿と一緒だったからだ。
白髪で、白い服。そして丸い眼鏡をした男だったのだから。
「────我らが神に祈りを捧げましょう!神は私達を救ってくださる!この世から要らない物を排除し、神の力をもってして世界は救われます!」
『……何か、前にも似たような事があったような…?』
「世界が“白”に覆われた時!それこそ、我らが神が世界に力を与えし時です!不必要な人間は“白”をもって浄化され、選ばれし人間は“白の世界”で生き残るのです!“白”は神の力…!“白”に選ばれし人こそ、尊い人間なのです!」
『うわっ…鳥肌が立ってきましたよ…!ああいう人達って、なんでこんな事するんでしょうね…?』
「……。」
歴史は繰り返される。
フォルトゥナの最期に言っていた現実が、またしても起ころうとしているのか。
「さぁ、皆さん!祈りましょう!尊き神に力を与え、悪しき者を倒す力を…!」
教祖がそう言えば、信者たちから何かをブツブツ呟くのが聞こえてくる。
何を言っているのか聞き取ろうとしたが、あまりにも沢山の声でブツブツと呟いているものだから、声の判別も出来ない。
僕達はその異様な光景を目の当たりにし、目に焼き付けた。
そして場所の特定が出来たことで、一時帰還することにした僕達は再び船旅に苦しめられることとなる。
何度蘇ろうとも、結局これは治らないらしい。
僕は船室のベッドの上で苦しみながら、港町チェリクへと辿り着いたのだった。
そこからはひたすら暑い砂漠を乗り越え、レスターシティへと戻ってきた僕達。
急いで研究所の牢獄へと戻り、アーサーへと報告をしたい旨を看守どもに伝えれば、奴らはやる気のなさそうな態度で本館へと向かっていった。
……あの調子では、僕が居ない間は好き勝手していたのだろうな。
「おーい。アーサー様が本館の執務室で報告を聞くと言ってらしたぞー。」
『…と、言う事は!』
「遂に立ち入りを許可されたな。」
これで…、これでようやく念願が叶う…!
スノウに会うことが出来る…!
逸る気持ちを抑え、僕は本館へと足を踏み入れる。
奴の執務室までは他の看守が教えてくれた為、大体の場所の位置は分かっていた。
後は報告をし、スノウに会うだけだ。
しかし、中々気持ちというのは抑えることが難しく、歩く速度は無意識に早くなっていた。
それに周りの気配を疎かにしていたのもあり、廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
その上、相手は大量の資料を運んでいたようで、視界が白い紙一色となり、僕は思わず後ずさった。
そうして紙が地面に落ちて、視界も落ち着いてくる頃、ぶつかった相手がようやく見えたのだが…………相手が悪かった。
「……。」
『わわっ!?スノウ?!大丈夫ですか?!』
「っ、すまない…!大丈夫か?!」
地面に尻餅をついている彼女は、僕を見て唖然としていた。
僕が慌てて近寄り、目線の高さを合わせたあとに唖然とする彼女の頬にそっと触れたが、彼女はピクリとも動かなかった。
『あ、あれ?スノウ?』
「何処か怪我をしたのか…?大丈夫か…?」
「……。」
頭の包帯があるために病人だと思えてしまう彼女にぶつかってしまうなど、やってしまった感が否めない。
相変わらず僕を見て動かない彼女を心配してしばらく声を掛けた。
すると彼女は急に意識を失ってしまったのだ。
慌てて倒れそうになった彼女を支え、僕は余計に焦ってしまった。
何がどうなって彼女は気絶したのだろう、と。
僕は急いで彼女を抱き上げ、執務室の扉を蹴破る。
そして奴に医者を頼んだ。
「急患なんだ!医者を呼んでくれ!」
「…!!」
アーサーの奴がこっちを見て怪訝な顔をさせたが、僕の腕の中で気絶している彼女を見た瞬間、目の色を変えた。
「分かりました。急いで彼女を検査室へ。」
事の重要性が分かっているらしい奴が先導を切って検査室へと向かう。
それを追いかけて行けば、医者らしき人物が待ち構えていて、すぐに彼女を引き渡す。
そうして検査室へと入っていった彼女を僕は終始心配した。
「一体何があったのですか?何処で倒れていました?」
「執務室近くの廊下の曲がり角でぶつかってしまってな…。そうしたらスノウが僕を見て動かなくなって……。」
「………それだけですか?」
「あぁ。それだけだ。」
「(それってもしかしてですが…、ただ貴方の衣装替えに驚いて気絶しただけでは…?)」
オタクという文化に知識もあり、見聞もあるアーサー。勿論そこには偏見もない。
リオンの姿を見て悶えていた彼女を見て、“もしかして”とは思っていたが、どうやらアーサーの予想は当たっていたようである。
やれやれと首を横に振ったアーサーは、リオンを執務室まで誘導する。
そして報告を聞くことにした。
……恐らく、スノウは何も検査で異常が無いと見込んで。
「……では、貴方の報告を聞きましょう。」
「奴らのアジトだが……やはりサイリル近くの森の中に隠されるようにして建てられていた。見た目は教会で、中では祈りの儀式が行われていた。」
「祈りの儀式…ですか?」
「神に祈るミサの様なものだな。信徒を集め、神に信仰を誓わせて何やらおかしな事を言っていた。」
「何と?」
「悪しき者は“白”によって浄化され、選ばれし者は“白の世界”で安寧を手にいれる、といった文言だったな。」
「悪しき者…。そして“白の世界”…ですか。また悪質な宗教団体ですねぇ?」
いつもの顔を少し険しくしたアーサーは、地図を出して場所を確認する。
リオンもまた、アーサーの地図を指差して詳細を伝え、それをアーサーが書き記していく。
「……信者も心酔しきっている。奴らの組織が大きくなるのは、最早時間の問題だろうな。」
「分かりました。そこまで正確に調べて下さったのなら結構。後は我々が調べますので、スノウ・エルピスにはこの事はくれぐれも内密にお願いします。今言えば、追い詰められた彼女が下手な行動に出る可能性がありますから。それを危惧してです。」
「分かった。……それで、これで僕は晴れて自由の身ということで良いんだな?」
「…えぇ。そうですね。館内の〈赤眼の蜘蛛〉の組織員には、貴方の事を伝えておきます。あとは……彼女次第です。くれぐれも言っておきますが、彼女が貴方を嫌煙した場合、すぐに監獄行きだと思いなさい。全ては彼女優先ですから。」
「……あぁ、分かっている。」
「よろしい。それでは貴方の部屋についてですが…しばらくは、以前と同じ場所をお使いください。こちらでの空きが確認出来次第、貴方に部屋を与えましょう。」
そう言ってすぐに仕事に戻った奴を見届け、僕は検査室への道を歩いていく。
コツコツと靴音が響くが、足取りは先程よりも重かった。
……あそこまでスノウの具合が悪いとは思わなかったからだ。
本当にこの研究所から外に出られないんだな、と落ち込んでいた僕を見て、シャルが励ましてくれる。
それに何とか気を保ちつつ、僕は検査中の彼女をずっと待っていた。
そして検査室から出てきた彼女にもずっと、ずっと付いていた。
病室送りになった彼女の手を……ずっと握っていた。
────良くなってくれ、とそればかり願って。
(*リオン視点)
その日から看守の仕事に勤めた僕は、まずは看守どもの見直しから入った。
僕が仕事に就いたからには、ここの管理の不出来さをどうにかするつもりだった。
明らかに配置ミスな所が目立つ。
……まぁ、そのお陰で僕がこうして居られるので何とも言えないが。
「ここの看守の配備は誰が考えている?」
「あーそれ?それは俺達が勝手にやってんの。流石にアーサー様もそこまで手が回らないから、職員間で話し合って決めたって感じ。」
例のペラペラ喋る看守二人を呼び出し、警備体制を聞いてみれば大したことのない話だ。
顔が引きつるのが分かりながら、僕は全ての話を聞いていた。
シャルもまた呆れながらその話を聞いていたが、時折ツッコミを入れていたのを覚えている。
「ともかく、配備体制の見直しが必要だ。お前らも聞いているだろうが、奴らは脱獄する可能性がある。わざとに逃し、住処を突き止める。そのための配備を見直す!」
「あいあいさー!」
「流石…軍人。言うことなす事、格好までも軍人っぽいな。」
やる気のなさそうな二人に喝を入れて、僕は看守たちを全員呼び出す。
そして作戦会議を簡単に行い、脱獄に向けての準備やわざとに警備に穴を作ったりする工作も行った。
でないと、敵がやってくる可能性が低くなれば何時まで経っても僕がスノウに会えない。
それだけは勘弁だ。
「わざとに警備に穴を作るかぁ…。」
「中々斬新な作戦だな。」
「こんな警備体制で本当に大丈夫なのか?他の奴らが入ってこなきゃいいが…。」
「その為の監視カメラだ。〈赤眼の蜘蛛〉の優れた技術力を持て余してどうする。使える物は使っておけ。」
「りょーかい。」
「まぁ、軍人の言う事の方が正しいだろうしな。俺達は従うさ。アーサー様からも言われてるしな。」
どうやら上司であるアーサーからも何か言われたようで、他の看守は関心無い奴から真面目に従う奴らまで、様々な性格の看守が揃っていた。
こうして、看守となった僕の一日目の仕事は終わった。
二日目からは外の見回りを強化してみて、中にいる囚人の作戦会議がどう変わるのかを試してみる。
寝る間も惜しんでやった甲斐もあり、会話に変化が訪れる。
……どうやら、この囚人どもは外との連絡が上手くいっているらしい。
警備体制が変わった事が既にバレている。
何処から情報を得たのか知らないが、暫くは同じ警備を繰り返してまた油断させる計画を練った。
『…敵の情報は早いですねぇ。まさか、こっちの警備体制が変わった事がバレてるなんて…。』
「何度かやってみてそれでもすぐにバレるというのなら、密偵がいるのかもしれないな。」
『あー…。誰でもやりそうですね…?ここの人達って、妙にやる気がないというか、何というか…。』
「同じ事の繰り返しだからな。気持ちが萎えるのも仕方がない話だ。……だが、あれほどやる気がないのも珍しいものだ。本当にやる気があるのか問いただしたいくらいだな。」
シャルの話を聞きながら、手元の資料を読み、申請書を書き記していく。
念の為に、作戦の方へ多めに人員を割いたほうが良いだろう。
例の“人員要請申請書”とやらを書きながら、僕は再度警備体制を見直した。
そうして何日も、何日も警備に時間を割いていく。
……果たして、僕がスノウに会う日はいつになるのだろうか。
シャルもきっと、同じ事を思っていたに違いない。
だが、僕に気を遣って言葉にしないだけだろう。
こいつだって、スノウの安否が気になっていたはずだからな。
「いやー…。ジューダスさんが来てから早くも1ヶ月が過ぎようとしてますねー…。本当に奴ら、脱獄するんですかねー?」
「いや、この間も脱獄の話を深夜にしていた。恐らく近々やるかもしれない。」
「えー?本当ですか?」
「何を心配しているか知らないが、奴らが脱獄したらお前はすぐに外に出ないといけないからな?分かってるだろうな。」
「へーい。それは分かってますよー。でも、全然動かないじゃないですかー。」
間延びした言葉で話し、その上欠伸までしている看守の頭を叩く。
すると「いってぇー!」と頭を押さえた看守は僕を睨んできた。
しかし隣にいた看守は、「お前が悪いだろ」と正論をかまし、僕を睨んだ看守は悔しそうにしていた。
「早く動いてくれたら楽じゃないですかー。」
「こういうのは時間をかけてやるしかない。急いても事を仕損じるだけだぞ。」
「お、聞いたことのあることわざだ。」
「お前、もう少し勤務態度直さないと、今度減給だってアーサー様が言ってたぞ。」
「えっ!?それ早く言えよ!」
急に身だしなみを整え始める看守に、別の看守と一緒にため息を吐いてしまった。
お互いに苦労するな、と苦々しい顔になれば、途端に周りが騒がしくなる。
そしてシャルもまた、この非常事態に何かを察知したようだった。
『坊ちゃん!奴ら、遂に脱獄してますよ!!』
「……遂に来たか。総員、配置につけ!」
「「「イエッサー!」」」
各自配置についたのを確認した僕は、単独で奴らの後を追う。
すると奴らは、あの砂漠を越えようと囚人達を連れ立ち、歩き始めたではないか。
あまりにも無謀な挑戦だが、今の僕にはそんな事関係ない。
奴らのアジトを見つけ、彼女と関係のある男を炙り出してやるだけだ。
『……坊ちゃん。奴ら、港町の方に向かってます。恐らく船で移動するのかも…。』
「……僕達も乗るぞ。研究所の後片付けや残党は残った奴らに任せる。それがどういう結果になろうが、僕の知ったことでは無いがな。」
僕はチェリクに移動した囚人どもの後を追いかけ、そして船に乗ったことを確認した。
帽子を深く被りながら、僕は奴らを逃さないように監視をする。
……しかし、船旅とは最悪だな。
『大丈夫ですか?坊ちゃん。船酔いしてませんか?』
「……大丈夫だ。」
『(あ…ヤバそうなやつだ…。)』
シャルの奴が何を思ったのかすぐに分かったが、敢えて言葉にはしなかった。
それよりも身体の奥底からやってくるこの気持ち悪さをどうにかしたい気持ちでいっぱいだったが、こういう時は大抵、スノウが酔い止めをくれていたために今はその有り難い援軍も全く期待出来そうにない。
囚人共の監視をしながら僕は、船酔いとも闘う羽目になったのだった。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
___港町スノーフリア
『やっぱり奴ら、ここに来るんですね…。前にスノウが男を探しに来た時もこのファンダリア地方でした。』
「……隠された場所に住処を作っている可能性が高い。そうじゃないと、スノウがあそこまで苦戦しないはずだ。」
『確かに…。スノウってファンダリア地方出身ですから、ここら辺の地形ならお手の物ですしね。そうなると、ちゃんとアジトを見つけた方が良さそうです。』
逃した囚人どもの後を追いかけながら、僕達は小声で会話する。
決して勘付かれてはならない。
奴らのアジトを見つけるまでは。
「────おい、つけられてないだろうな?」
「そんな訳ないですよ。あそこの管理はずさんで、簡単に脱獄出来るようなところなんですから。看守たちも馬鹿ばっかりです。そんなやつらが私達を追いかけてこれるはずがないですよ。」
『……何かバカにされてません?』
「……。」
「で、教祖様はご無事なんだろうな?」
「えぇ。ちゃんと神にお仕えされてますよ。今日も神にお祈りされてました。」
「さすがは教祖様!我々の希望の星ですね!」
「そうは言うが、教祖様がいなかったら我々は集まっていませんよ。神が有られ、そしてその下に教祖様がおられるから我々がいるのです。」
……どうやら、よくある宗教団体のようだな。
聞けば聞くほど、どこにでもありそうな宗教団体ではあるが…?
「さぁ、無事に帰ってこられたことを神にお伝えしましょう。我らが神はきっと喜んでくださる!」
「そうですよね…!神に選ばれし私達なら、きっと神も帰還に喜んでくださるに違いないわ!」
「そうと決まれば早く帰りましょう!我らが教会へ!」
奴らは声高々と会話をしたあと、こちらの気配にも気付かずに堂々と歩いていく。
どうやら奴らの拠点は、宗教団体よろしく教会のようだが……こんな場所に教会なんて建物があっただろうか。
僕の勘違いでなければ、ここら一帯は何もない場所のはずだ。
近くに山があれど、ただそれだけだ。
山の麓には森が広がっていて、迷いやすく、地元の奴らでも迷子になって問題になったことがあった、とスノウが言っていたのを思い出す。
……その上、この近くといえば例のサイリルの町が近い。
夜な夜な町から出ていく人間を食い散らかす魔物が多く存在している町の近くだ。
そんな危険な場所に態々建てるなんて…。
『……坊ちゃん。どうやら奴らのアジトはアレのようです。』
シャルの言葉に思考から現実へと戻る。
後を追いかけた先に見えたのは、森の中にこっそりと建つ教会だった。
そこへと、ぞろぞろと同じ白い服を着た奴らが中へと入っていく。
少数の団体かと思っていたが…どうやら数だけはいるらしく、その教会の中へ入る人間の数は意外にも多かった。
僕達は人が少なくなるのを見計らい、教会の中を覗き込んだ。
そこには椅子に座り、目を閉じて祈りを捧げる白い服の人間たちがいた。
そして……、一番奥に佇む教祖とやらの顔を見て、僕達は言葉を失った。
その教祖は、明らかにスノウが探していた男の容姿と一緒だったからだ。
白髪で、白い服。そして丸い眼鏡をした男だったのだから。
「────我らが神に祈りを捧げましょう!神は私達を救ってくださる!この世から要らない物を排除し、神の力をもってして世界は救われます!」
『……何か、前にも似たような事があったような…?』
「世界が“白”に覆われた時!それこそ、我らが神が世界に力を与えし時です!不必要な人間は“白”をもって浄化され、選ばれし人間は“白の世界”で生き残るのです!“白”は神の力…!“白”に選ばれし人こそ、尊い人間なのです!」
『うわっ…鳥肌が立ってきましたよ…!ああいう人達って、なんでこんな事するんでしょうね…?』
「……。」
歴史は繰り返される。
フォルトゥナの最期に言っていた現実が、またしても起ころうとしているのか。
「さぁ、皆さん!祈りましょう!尊き神に力を与え、悪しき者を倒す力を…!」
教祖がそう言えば、信者たちから何かをブツブツ呟くのが聞こえてくる。
何を言っているのか聞き取ろうとしたが、あまりにも沢山の声でブツブツと呟いているものだから、声の判別も出来ない。
僕達はその異様な光景を目の当たりにし、目に焼き付けた。
そして場所の特定が出来たことで、一時帰還することにした僕達は再び船旅に苦しめられることとなる。
何度蘇ろうとも、結局これは治らないらしい。
僕は船室のベッドの上で苦しみながら、港町チェリクへと辿り着いたのだった。
そこからはひたすら暑い砂漠を乗り越え、レスターシティへと戻ってきた僕達。
急いで研究所の牢獄へと戻り、アーサーへと報告をしたい旨を看守どもに伝えれば、奴らはやる気のなさそうな態度で本館へと向かっていった。
……あの調子では、僕が居ない間は好き勝手していたのだろうな。
「おーい。アーサー様が本館の執務室で報告を聞くと言ってらしたぞー。」
『…と、言う事は!』
「遂に立ち入りを許可されたな。」
これで…、これでようやく念願が叶う…!
スノウに会うことが出来る…!
逸る気持ちを抑え、僕は本館へと足を踏み入れる。
奴の執務室までは他の看守が教えてくれた為、大体の場所の位置は分かっていた。
後は報告をし、スノウに会うだけだ。
しかし、中々気持ちというのは抑えることが難しく、歩く速度は無意識に早くなっていた。
それに周りの気配を疎かにしていたのもあり、廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
その上、相手は大量の資料を運んでいたようで、視界が白い紙一色となり、僕は思わず後ずさった。
そうして紙が地面に落ちて、視界も落ち着いてくる頃、ぶつかった相手がようやく見えたのだが…………相手が悪かった。
「……。」
『わわっ!?スノウ?!大丈夫ですか?!』
「っ、すまない…!大丈夫か?!」
地面に尻餅をついている彼女は、僕を見て唖然としていた。
僕が慌てて近寄り、目線の高さを合わせたあとに唖然とする彼女の頬にそっと触れたが、彼女はピクリとも動かなかった。
『あ、あれ?スノウ?』
「何処か怪我をしたのか…?大丈夫か…?」
「……。」
頭の包帯があるために病人だと思えてしまう彼女にぶつかってしまうなど、やってしまった感が否めない。
相変わらず僕を見て動かない彼女を心配してしばらく声を掛けた。
すると彼女は急に意識を失ってしまったのだ。
慌てて倒れそうになった彼女を支え、僕は余計に焦ってしまった。
何がどうなって彼女は気絶したのだろう、と。
僕は急いで彼女を抱き上げ、執務室の扉を蹴破る。
そして奴に医者を頼んだ。
「急患なんだ!医者を呼んでくれ!」
「…!!」
アーサーの奴がこっちを見て怪訝な顔をさせたが、僕の腕の中で気絶している彼女を見た瞬間、目の色を変えた。
「分かりました。急いで彼女を検査室へ。」
事の重要性が分かっているらしい奴が先導を切って検査室へと向かう。
それを追いかけて行けば、医者らしき人物が待ち構えていて、すぐに彼女を引き渡す。
そうして検査室へと入っていった彼女を僕は終始心配した。
「一体何があったのですか?何処で倒れていました?」
「執務室近くの廊下の曲がり角でぶつかってしまってな…。そうしたらスノウが僕を見て動かなくなって……。」
「………それだけですか?」
「あぁ。それだけだ。」
「(それってもしかしてですが…、ただ貴方の衣装替えに驚いて気絶しただけでは…?)」
オタクという文化に知識もあり、見聞もあるアーサー。勿論そこには偏見もない。
リオンの姿を見て悶えていた彼女を見て、“もしかして”とは思っていたが、どうやらアーサーの予想は当たっていたようである。
やれやれと首を横に振ったアーサーは、リオンを執務室まで誘導する。
そして報告を聞くことにした。
……恐らく、スノウは何も検査で異常が無いと見込んで。
「……では、貴方の報告を聞きましょう。」
「奴らのアジトだが……やはりサイリル近くの森の中に隠されるようにして建てられていた。見た目は教会で、中では祈りの儀式が行われていた。」
「祈りの儀式…ですか?」
「神に祈るミサの様なものだな。信徒を集め、神に信仰を誓わせて何やらおかしな事を言っていた。」
「何と?」
「悪しき者は“白”によって浄化され、選ばれし者は“白の世界”で安寧を手にいれる、といった文言だったな。」
「悪しき者…。そして“白の世界”…ですか。また悪質な宗教団体ですねぇ?」
いつもの顔を少し険しくしたアーサーは、地図を出して場所を確認する。
リオンもまた、アーサーの地図を指差して詳細を伝え、それをアーサーが書き記していく。
「……信者も心酔しきっている。奴らの組織が大きくなるのは、最早時間の問題だろうな。」
「分かりました。そこまで正確に調べて下さったのなら結構。後は我々が調べますので、スノウ・エルピスにはこの事はくれぐれも内密にお願いします。今言えば、追い詰められた彼女が下手な行動に出る可能性がありますから。それを危惧してです。」
「分かった。……それで、これで僕は晴れて自由の身ということで良いんだな?」
「…えぇ。そうですね。館内の〈赤眼の蜘蛛〉の組織員には、貴方の事を伝えておきます。あとは……彼女次第です。くれぐれも言っておきますが、彼女が貴方を嫌煙した場合、すぐに監獄行きだと思いなさい。全ては彼女優先ですから。」
「……あぁ、分かっている。」
「よろしい。それでは貴方の部屋についてですが…しばらくは、以前と同じ場所をお使いください。こちらでの空きが確認出来次第、貴方に部屋を与えましょう。」
そう言ってすぐに仕事に戻った奴を見届け、僕は検査室への道を歩いていく。
コツコツと靴音が響くが、足取りは先程よりも重かった。
……あそこまでスノウの具合が悪いとは思わなかったからだ。
本当にこの研究所から外に出られないんだな、と落ち込んでいた僕を見て、シャルが励ましてくれる。
それに何とか気を保ちつつ、僕は検査中の彼女をずっと待っていた。
そして検査室から出てきた彼女にもずっと、ずっと付いていた。
病室送りになった彼女の手を……ずっと握っていた。
────良くなってくれ、とそればかり願って。