第二章・第1幕【裏切り者編】
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010.交渉
(*リオン視点)
結局僕は、壁に伝う鎖で縛られ、毎日毎日似たような飯を食わされながら牢獄の中で過ごしていた。
あれから音沙汰もなく、拘束されて何日が経ったのか想像に及ばない。
「……くっ!!」
毎日毎日、鎖から逃れようとする日々。
しかし強固に縛られている手足の拘束が解けるはずもなく、ただただ時間を浪費していた。
ただ胸にあるのは、スノウの心配だった。
彼女は生きているのか、無事でいるのか。
それだけが心配だった。
最後にあんな死にそうな姿を見てしまってからというもの、心配で心配で仕方がない。
彼女を憂いていた僕だったが、そこへ馬鹿な看守が入口付近で立ち話をしているのが聞こえた。
耳を澄まして何とか聞き取ろうと努力をすれば、それは意外にも簡単に聞き取れる声量であった。
……ある意味、看守に向かない奴らである。
「スノウさん、まだ目が覚めないんだって?」
「あぁ、そうらしいな。…可哀想になぁ?〈星詠み人〉でマナが無いってのは結構辛いもんがあるって聞いたことがあるが……俺なら、あんな状況になれば絶望するしかねぇよ。」
「なんで?」
「お前知らないのか?今のスノウさんはマナがない状態なんだ。なのにマナを使うような……それこそ魔物と戦うだとか、誰かと話すだとかすれば一気にマナが削れる。それこそ死に向かうってやつだよ。」
「そういえばこの間、魔物と戦ったんだって?だからマナが無いのか」
「ちげぇよ。お前ほんと、何にも知らないんだな?今のスノウさんは元々マナがないんだ。だから余計にマナを使えば危ないんだよ。分かったか?」
……元々マナがない?
そんな筈はない。
〈星詠み人〉である彼女はマナが無くなれば生きてはいられない。
なのに元々マナがない〈星詠み人〉など、いると言うのか?
「矛盾してね?マナが無かったら死ぬじゃん?それに〈星詠み人〉でもなくね?」
「……ココだけの話だが、実は────」
あぁ、肝心なところが聞こえないではないか!
ヒソヒソと話す看守に僕が苛立っていると、秘密の話は終わったのか、看守どもは普通の声量へと戻っていた。
「……まじ?そんなやついんの?!俺ら、会ったらヤバくね?」
「スノウさんみたくなりたくなきゃ、外に出ない事だな。……今のスノウさんはこの研究所から出られない。余程のことがない限りな。」
「死ぬから?」
「あぁ。マナを回復する機械が近くにないと咄嗟に助けてあげられないだろ?だからスノウさんはここを離れられない。頭の包帯だって、まだあの怪我が治ってないんじゃないかって噂もあるくらいだし。マナが無いと何かと不便そうだ。」
「うわぁ、嫌だぁ…。俺、ここの看守頑張るわ。外に派遣されないためにも。」
「だな。俺もそう思うぞ。」
例の男が目撃されれば、彼女はアーサーと共にこの研究所の外へ出る。
それが看守どもの言う“余程のこと”なのだろう。
男が見つからなかった時のあのスノウの落ち込みようといい、並々ならぬ関係があると見える。
そして先程の看守の〝スノウさんみたくなりたくなきゃ、外に出ない事だな。〟というのも気掛かりだ。
その上、それは直前の話から“人”か“魔物”であることが分かる。
……ここまで来て、まだ情報が足りない。
噂になっているという頭の包帯の事と怪我。
そしてマナを回復する為に彼女が〈赤眼の蜘蛛〉の技術力を頼ったのだとすれば、彼女が〈赤眼の蜘蛛〉の仲間に入ったのも頷けてしまう。
だが…それだけの理由で彼女は〈赤眼の蜘蛛〉に入ったのだろうか?
他にも何かある気がするのに、うまく頭が働いてくれない。
他にも何か喋ろ、と念じていたが……結局その日は何も収穫が無かった。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
その後も収穫がないまま時間が悪戯に過ぎていく。
一瞬、忘れられてないかと頭を悩ませたが、食事が来ている時点でそれはないか、と考えを改めた。
……ただ、奥の方から毎晩なのかわからないが妙な声が聞こえてくることがある。
あれをどうにかしてほしいくらいだ。
やたらと何かをブツブツ呟いており、気持ちが悪い。
どうやら脱獄計画をしているようだが、それが果たされた試しがないため、ただの戯言だろうと僕は高を括って無視をすることに決めた。
そんな何回夜を繰り返したか分からない日が続くある日、僕の耳に吉報が届いた。
「遂にスノウさん、目を覚ましたんだって?!良かったじゃん!」
「あぁ。スノウさんに助けられてた研究員も多かったみたいだから、これでようやく研究所全体が安心に包まれたって感じだな。」
「この声、またお前らか。」と僕が呆れていると例のペラペラ喋る看守どもがスノウの無事を知らせてくれる。
それに心の底から安堵した。
しかし次の言葉で僕は耳を疑うこととなる。
「スノウさんが目を覚ますまでに2週間だろ?結構長かったな!」
「死にかけてたって聞いてたし、それ程マナを使いすぎたんだろうな。」
「でも、これでアーサー様のご機嫌は戻りそうで良かった~~!」
「まぁ、スノウさんが中々目を覚まさなかった分、待ちわびたことがデカイんだろうしな。」
待て……2週間だと?
そんなに僕はここに幽閉されているのか?
先程思った〝忘れられているのではないか〟という感情が再び沸き上がってきた。
「あーあ、ここにも来てくんないかなぁ?スノウさん。」
「ここには来させられないだろ…。ここにはスノウさんにとって重要な人物たちを閉じ込めてるんだからな。」
「んえ?誰だ?それ。」
「お前……ここにいる奴らの名前と顔くらい覚えておけよ。看守として当たり前だろうが。」
「いやー…。俺って人覚えるの苦手なんだよねぇ?」
「はぁ…一回しか言わないからメモしとけよ?まずは、囚人番号ASD-01。ジューダス…。性別は男で、スノウさんが恐らく一番気にかけている要注意人物だ。絶対にスノウさんと会わせないように、との上からのお達しだ。」
「へい!ジュークね!」
「ジューダスな?」
ここの看守は大丈夫か?
それが心配になるくらい、馬鹿な奴が一人紛れ込んでいることに呆れが出る。
「そのジューダス?ってやつとスノウさんを会わせたらどうなるの?」
「スノウさんが奴を外へ逃がすかもしれない。それだけはされてはならないから要注意人物なんだよ。」
「えぇ?そんなやつ逃してしまえばー?スノウさんもそれなら安心するんだろ?」
「ここに居ない体を出しておかないとマズイんだろうさ。それに……奴は何度もこの研究所に侵入している悪党だ。逃したら最後、また侵入されてスノウさんを攫われてしまうかもしれない。そうなったら……俺らの首が吹っ飛ぶだろうな。」
「げ…!?めっちゃ重要人物だって事は分かったわ!」
悪党、か。
まぁ、こいつらからすれば何度もここへ侵入しているし、大悪党なんだろうが…。
それにしたって危機感がない。
こんな話を普通、囚人のいる場所で話すのか?
元々軍人だったから分かるが、他の国だと絶対にないだろうな。
「そして囚人番号ZK-01から06まで。」
「待て待て!何でそんなにいるんだよ?!6人も?!」
「この間……と言っても、もう1ヶ月も前の話だが、アーサー様が捕らえてきた囚人どもだ。恐らく、スノウさんが探している例の男の仲間と思しき人物達だからここへ捕らえているんだ。」
……何だと?
そんな奴がこの牢獄に閉じ込められているのか?
いや待てよ…この間、奥から聞こえてきた声はそういう事なのか?
「へ?ならそいつらから聞けば良くない?わざわざ、他の街の〈赤眼の蜘蛛〉の組織員に呼びかけなくてもさ?」
「それが…口を割かないんだ。何度拷問しても口を割らない。どうやら何かの集団か組織の一派のようだが……それ以上は不明なんだ。」
「それってさ?スノウさん、何かの組織に狙われてるって事じゃね?」
「そう考えるのが妥当だろうな。だからアーサー様はここから出したくないんだよ。他の組織に盗られる可能性が無くもないからな。」
「そーいえば、奥の白い服を着た連中がいたなぁ?それか?」
「あぁ、そいつらだ。同じ白い服を着ていることから組織に属している可能性があってな。あと、探している男も同じ服を着ていたらしい。」
「あー…例の男かぁ。中々尻尾をつかめないよなー?日に日にスノウさんが焦る気持ちも分かるよ。」
男と同じ服を着た連中…。
それに何かの組織に狙われてる…。
僕の知らない所で彼女はまた狙われていたのか。
今世で生き返ってからも彼女は、苦難の連続だったのだろう事がそれだけでも分かる。
……もう少し早く会えていたなら、彼女を助けられたのだろうか。
それに、早くしないとあの夢のような事になりかねない。
あれだけは……したくない。
「覚えたか?これが、ここにいる囚人どもの名前と番号だ。」
「うへぇ…。もう最初のやつの名前忘れたよ…。なんだっけ?ジュース?」
「ジューダス!……駄目だ、こいつ。」
「でも、重要人物だって事は覚えたから大丈夫だろ!」
「俺は明日の我が身が心配になったよ。何処かの誰かさんのせいでな。」
「誰だ?」
「……お前だよ。」
他に話はないか、と耳を澄ませるとピタリと会話が止んだ事が分かる。
それと同時に、入口付近が緊迫した空気になった事も分かった。
コツコツと靴音を立てる音が二つ……こっちに向かってきている。
僕は来たる来客を睨むつもりで待っていれば、その相手が姿を見せた。
一人はアーサー。そしてもう一人は……
「おやおや…。まだくたばってなかったんですねぇ?クックック…!中々しぶとい人だ。」
「どっかの誰かの事だから、すぐに沙汰があるだろうと思っていたが、とんだ勘違いだったようでな。まだまだ生きてるが…こんなところまで来て何かあったのか?創始者さま?」
「フッ…。相変わらずの減らず口ですねぇ?それでこそ、いじめがいがあるというものです。」
奴は一度話を止めると、横にいた少女を見下ろす。
そしてその少女は僕にも見覚えのある人物だった。
……今回もまた、邪魔しに来たのか。“セルリアン”…!!
「……間違いなくある…。〈薄紫色のマナ〉が…。」
「!!」
「なるほどなるほど?神の〈御使い〉となった事は聞き及んでいましたが……本当にその身にマナを宿しているんですねぇ?…実に興味深い。我が神が言っていた通りです。」
「(狂気の神か…。あの神…こいつに何を吹き込んだんだ。)」
前世でエニグマ…〈夢の神〉の御使いとなったリオン。
勿論、神の御使いともなればマナを与えられる。
そのマナの色は、〈薄紫色のマナ〉である。
多少なりともそのマナを宿しているリオンを、二人は見に来たのだ。
アーサーはパチリと指を鳴らすと、少女の姿が徐々に変わって行く。
その姿は、前世のスノウの姿だった。
澄み渡る空のような蒼い髪色を持ち、海色の宝石のような瞳を持つ、あの姿へと。
無論、偽物だと分かっている。
だが、真似られたものがまさかの彼女だとは思いもしなかった自分からすれば、その姿は息を呑むほど会いたかった姿だ。
当然息を呑んだ僕に、奴は可笑しそうに嗤っていた。
「始めなさい。」
「了解。」
スノウの姿で、そしてスノウの声で……セルリアンは僕に抱き着いてきた。
まるで彼女と同じように愛おしそうに優しく抱きしめられ、思わず鳥肌が立った。
偽物だと分かっているから、余計に寒気がする。
しかしそれだけではなかった。
「っ!?(マナが…吸い取られていく…!?)」
自身の中にある〈薄紫色のマナ〉が偽物のスノウへと流れていくのが分かる。
セルリアンが僕の中のマナを吸い取っているのだ。
貪欲に、しゃぶり尽くすようにしてマナが吸い取られていき、隅から隅まで残すまいとしているようだった。
マナの感覚を覚えた自分からすれば、それは“苦痛”であった。
「うっ、ああァァァァァああっ!!!!?」
「おやおや…。〈星詠み人〉でもない貴方が、マナを吸い取られて苦しんでいるのですか?クックック!!面白いですねぇ!!もっと…もっと苦しみなさい!!!」
嘲笑う奴の声が聞こえ、悲鳴を抑えようと口を引き結ぶ。
しかし、この耐え難い行為が止むのはまだまだ後だと知る。
何故なら、まだ自分の中にはマナがあるからだ。
「うっ、くっ…!!」
次々とマナを吸い取られた僕は酷い目眩を覚え、一瞬気を失いかける。
けれども、今気絶すれば何をされるか分かったものではない。
気を失わないように意識を保てば、それだけで奴の興奮の材料となるようで、相変わらずムカつく嗤い声が聞こえてきた。
……自由になったら覚えていろよ…!
「────っ!!!!」
最後までマナを吸い尽くされた僕は、ようやく解放されて乱れた息を整えようと、荒く呼吸を繰り返す。
酷い冷や汗と目眩、そして脱力感だった。
マナが無くなるというのはこういう事か、と思っていれば、奴は僕の顎を持って上に向かせる。
そして狂気の笑みで話しかけてきた。
「どうです?マナが無くなった感覚は。気持ち悪いですか?死にそうですか?」
「はぁっ、はぁっ、死ぬ…もの、か…!!」
「まぁ、そうですよねぇ?貴方は〈星詠み人〉ではない。マナを失っても死ぬ事はないのだから。」
「そのマナ、を…どう、するつもり、だ…!」
「それは有難く研究材料とさせて頂きます。ご協力ありがとうございました。……あぁ、またあとでマナを取りに来ますので、ちゃんとマナを生成して、永遠に待っていてくださいねぇ?クックック…ハッハッハッ!!!」
アーサーが僕から離れると、奴は声高らかに嘲笑い、僕を見下した。
そしてセルリアンと共に去ろうとした。
しかしそれを見逃す僕ではない。
永遠にこいつらの研究材料になるなど、ごめんだ!!
「────この奥に、スノウの奴が探している男の仲間がいるらしいな?」
その言葉にピタリと足を止めたアーサーは、顔色を変えずに僕を振り返る。
何を知っている、何を言うつもりだ。
そんな顔をしていた奴を僕は嘲笑って、睨んでやる。
「拷問にかけたが、口を割らない。そうなんじゃないのか?」
「……何が言いたいのですか?」
「いや?ただ聞いただけだが……やけに神妙に聞いてくるんだな?相当苦戦していると見える。」
「……。」
「アーサー様。やってしまいますか…?」
「待ちなさい、セルリアン。彼の言い分を聞きましょう。……何が目的ですか?」
「そいつらが夜な夜な話していた事……。気にならないか?」
「…!」
流石に表情を僅かに崩したアーサーを見逃さなかった。
本当に苦戦しているのであろう。
どんなに拷問にかけたところで口を割らないのだから、無理もないだろうが。
これは取引材料として使えそうだ。
「…………。」
何かを思案し、セルリアンを見たアーサーだったが、すぐに面白いとばかりに狂気の笑みを零し、僕を見た。
そして嗤いながら僕に話しかける。
「希望は?」
「スノウが他の組織に狙われていること、そしてマナの回復出来るここではないと生きられないこと…。それくらいは知っている。だから〝僕を自由の身にすること。〟それだけだ。スノウがここにいる限り、僕もここにいる。その時は幾らでもマナなんてくれてやる。」
「……なるほど。元軍人とあって確かに賢い……。こちらにも貴方にもメリットがある。そしてこちらのメリットが明らかに大きいようにも見えますねぇ。ですが…」
アーサーは僕の方に歩み寄ると、力強く僕の腹部を殴った。
猛烈な痛みと呼吸困難が訪れ、僕は息を詰まらせる。
するともう一度同じ場所へ殴ってきた奴を、痛みに耐えながら睨みつけた。
「立ち場というものが分かっていませんねぇ?貴方を拷問して話をさせるという事も出来るんですよ?こちらはねぇ?」
「ふん…。お前ら、は…どうせ、僕を殺すことなど、出来やしない…!スノウがここにいる限りな…!」
「……チッ。中々、地頭がいいと厄介ですね。」
本性が垣間見えたアーサーに僕が嘲笑ってやれば、奴はもう一度殴ってきた。
骨の軋む音がして、僕は痛みを必死に耐える。
「っ、」
「ですが、一つ聞きたい。……今のスノウ・エルピスは貴方と会話など出来やしない。それなのに貴方が彼女といるメリットがまるでない。何故そこまでして自分の命を危険に晒してまで彼女の側に居ようとするのですか?」
「…あいつと、約束を、した…。それを守る、ために……僕は……。」
「フッ。くだらない理由でしたねぇ。……ただ、今の貴方を彼女が受け入れない場合、すぐにまたここへ戻ってくると思いなさい。」
すると鎖が一気に解けて、僕は重力に従って地面に落とされた。
だが、奴は僕を踏みつけて武器を首に当ててきた。
そして冷たく「言え。」と一言を言い放つ。
鎖から解放された僕は、ほくそ笑みながら素直に奴らのことを話した。
夜な夜な作戦会議をし、ここから脱獄すること。
そして奴らの仲間が近くにいて脱獄の手伝いをしようとしていること、全てを伝えた。
……まさか、ここであの嫌な声の情報が役に立つとは思いもしなかったが。
「……。」
それを聞いた奴は、すぐさま奥の方の牢屋を睨み、僕に当てていた武器を仕舞った。
そして足を退かすと、奴は僕を見下ろし、相変わらず冷たく言い放つ。
「……手伝いなさい。奴らのアジトを掴むまで、貴方の待遇は良くならないと思いなさい。」
「ふん。ついでにスノウの探していた男とやらも捕まえてやる。」
「貴方にここの看守を任せます。奴らの脱獄を見たあと、奴らのアジトを突き止めなさい。勿論、ここを任せるからにはこちらの組織員も惜しまずに貸し出します。スノウ・エルピスと会わせるのはその後です。」
「ふん。妥当だな。それくらいならお手の物だ。」
「元軍人としての活躍、期待していますよ。」
そう言って奴は僕の方に紙を投げ渡す。
それを受け取った僕がすぐに紙を見れば、そこにはここの牢獄の詳細な地図が書かれていた。
そして外の地図まで詳細に描かれていた。
これなら、あいつらが何処から来て、何処に逃げようとしているのか分かりやすいだろう。
鼻を鳴らした僕は、先程までいたアーサーの場所を見るも、既に奴らは居なくなっていた。
代わりに〈赤眼の蜘蛛〉の組織員の二人がこちらに来て疑わしい顔を向けながら、服を渡してきた。
それはここの奴らが着ていた、看守の制服だった。
「……アーサー様からお達しだ。それを着て、看守の仕事に努めること。本館への入館は禁ずる。……だってさ。」
「もし人手がいる場合は、“人員要請申請書”を記入して俺らに渡してくれればいい。俺らが本館まで届けに行ってアーサー様に進言する。」
「…なるほどな。流石に奴も考えているな。」
スノウに会わせないように配慮したのだろう。
本館への入館を禁ずる、か。
まぁ、奴らのアジトを突き止められると思えば気も楽になる。
僕は制服を受け取り、看守の休憩室へと通された為そこで看守服へと着替えた。
すると、外から賑やかな声が聞こえてきた。
『ぼぼぼ坊ちゃん!!?その服は…?!スノウは?!ここは何処なんですか?!!』
「…相変わらず煩いな、お前は。」
しかし久しぶりに聞いたその声に、フッと笑ってしまったのは仕方がない。
別の看守がシャルを渡してきた為、礼を言えばギョッとした顔になってすぐに逃げられてしまった。
……僕を魔物か何かと勘違いしているのか?
『坊ちゃん、どういう状況なんですか?!』
「実はかくかくしかじかでな。」
『いやいや!分かりませんって!それじゃあ!!!よく言いますけどね!!?』
他の看守どもが消えたのを確認してから僕は事のあらましを全てシャルに伝えた。
すると感動したようにシャルの声が震えだしたので、思わず可笑しくて笑ってしまう。
そして僕にヒールを自分に掛けるように言ってきたので、シャルを持って自身にヒールをかければ、先程まで奴にやられていた痛みが大分和らいだ。
……思えば殺せはしないくせに、容赦ない攻撃だったな。
『じゃあ、スノウを狙う組織の住処を探し出して報告すればスノウの隣にいられるんですね!』
「……まぁ、スノウの奴が僕を避けたらまた牢獄行きだがな。」
『ええ?!無理じゃないです?!それ!!』
「そうならない為にも、活躍したことをスノウにも知られる様に仕事を頑張らないとな?」
『よーし!頑張りますよぉ!!』
張り切る愛剣を見て、僕は心底ホッとした。
ようやくこれで、安堵が出来るというものだ。
だが、やはり……少しだけ彼女が恋しくなった。
(*リオン視点)
結局僕は、壁に伝う鎖で縛られ、毎日毎日似たような飯を食わされながら牢獄の中で過ごしていた。
あれから音沙汰もなく、拘束されて何日が経ったのか想像に及ばない。
「……くっ!!」
毎日毎日、鎖から逃れようとする日々。
しかし強固に縛られている手足の拘束が解けるはずもなく、ただただ時間を浪費していた。
ただ胸にあるのは、スノウの心配だった。
彼女は生きているのか、無事でいるのか。
それだけが心配だった。
最後にあんな死にそうな姿を見てしまってからというもの、心配で心配で仕方がない。
彼女を憂いていた僕だったが、そこへ馬鹿な看守が入口付近で立ち話をしているのが聞こえた。
耳を澄まして何とか聞き取ろうと努力をすれば、それは意外にも簡単に聞き取れる声量であった。
……ある意味、看守に向かない奴らである。
「スノウさん、まだ目が覚めないんだって?」
「あぁ、そうらしいな。…可哀想になぁ?〈星詠み人〉でマナが無いってのは結構辛いもんがあるって聞いたことがあるが……俺なら、あんな状況になれば絶望するしかねぇよ。」
「なんで?」
「お前知らないのか?今のスノウさんはマナがない状態なんだ。なのにマナを使うような……それこそ魔物と戦うだとか、誰かと話すだとかすれば一気にマナが削れる。それこそ死に向かうってやつだよ。」
「そういえばこの間、魔物と戦ったんだって?だからマナが無いのか」
「ちげぇよ。お前ほんと、何にも知らないんだな?今のスノウさんは元々マナがないんだ。だから余計にマナを使えば危ないんだよ。分かったか?」
……元々マナがない?
そんな筈はない。
〈星詠み人〉である彼女はマナが無くなれば生きてはいられない。
なのに元々マナがない〈星詠み人〉など、いると言うのか?
「矛盾してね?マナが無かったら死ぬじゃん?それに〈星詠み人〉でもなくね?」
「……ココだけの話だが、実は────」
あぁ、肝心なところが聞こえないではないか!
ヒソヒソと話す看守に僕が苛立っていると、秘密の話は終わったのか、看守どもは普通の声量へと戻っていた。
「……まじ?そんなやついんの?!俺ら、会ったらヤバくね?」
「スノウさんみたくなりたくなきゃ、外に出ない事だな。……今のスノウさんはこの研究所から出られない。余程のことがない限りな。」
「死ぬから?」
「あぁ。マナを回復する機械が近くにないと咄嗟に助けてあげられないだろ?だからスノウさんはここを離れられない。頭の包帯だって、まだあの怪我が治ってないんじゃないかって噂もあるくらいだし。マナが無いと何かと不便そうだ。」
「うわぁ、嫌だぁ…。俺、ここの看守頑張るわ。外に派遣されないためにも。」
「だな。俺もそう思うぞ。」
例の男が目撃されれば、彼女はアーサーと共にこの研究所の外へ出る。
それが看守どもの言う“余程のこと”なのだろう。
男が見つからなかった時のあのスノウの落ち込みようといい、並々ならぬ関係があると見える。
そして先程の看守の〝スノウさんみたくなりたくなきゃ、外に出ない事だな。〟というのも気掛かりだ。
その上、それは直前の話から“人”か“魔物”であることが分かる。
……ここまで来て、まだ情報が足りない。
噂になっているという頭の包帯の事と怪我。
そしてマナを回復する為に彼女が〈赤眼の蜘蛛〉の技術力を頼ったのだとすれば、彼女が〈赤眼の蜘蛛〉の仲間に入ったのも頷けてしまう。
だが…それだけの理由で彼女は〈赤眼の蜘蛛〉に入ったのだろうか?
他にも何かある気がするのに、うまく頭が働いてくれない。
他にも何か喋ろ、と念じていたが……結局その日は何も収穫が無かった。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
その後も収穫がないまま時間が悪戯に過ぎていく。
一瞬、忘れられてないかと頭を悩ませたが、食事が来ている時点でそれはないか、と考えを改めた。
……ただ、奥の方から毎晩なのかわからないが妙な声が聞こえてくることがある。
あれをどうにかしてほしいくらいだ。
やたらと何かをブツブツ呟いており、気持ちが悪い。
どうやら脱獄計画をしているようだが、それが果たされた試しがないため、ただの戯言だろうと僕は高を括って無視をすることに決めた。
そんな何回夜を繰り返したか分からない日が続くある日、僕の耳に吉報が届いた。
「遂にスノウさん、目を覚ましたんだって?!良かったじゃん!」
「あぁ。スノウさんに助けられてた研究員も多かったみたいだから、これでようやく研究所全体が安心に包まれたって感じだな。」
「この声、またお前らか。」と僕が呆れていると例のペラペラ喋る看守どもがスノウの無事を知らせてくれる。
それに心の底から安堵した。
しかし次の言葉で僕は耳を疑うこととなる。
「スノウさんが目を覚ますまでに2週間だろ?結構長かったな!」
「死にかけてたって聞いてたし、それ程マナを使いすぎたんだろうな。」
「でも、これでアーサー様のご機嫌は戻りそうで良かった~~!」
「まぁ、スノウさんが中々目を覚まさなかった分、待ちわびたことがデカイんだろうしな。」
待て……2週間だと?
そんなに僕はここに幽閉されているのか?
先程思った〝忘れられているのではないか〟という感情が再び沸き上がってきた。
「あーあ、ここにも来てくんないかなぁ?スノウさん。」
「ここには来させられないだろ…。ここにはスノウさんにとって重要な人物たちを閉じ込めてるんだからな。」
「んえ?誰だ?それ。」
「お前……ここにいる奴らの名前と顔くらい覚えておけよ。看守として当たり前だろうが。」
「いやー…。俺って人覚えるの苦手なんだよねぇ?」
「はぁ…一回しか言わないからメモしとけよ?まずは、囚人番号ASD-01。ジューダス…。性別は男で、スノウさんが恐らく一番気にかけている要注意人物だ。絶対にスノウさんと会わせないように、との上からのお達しだ。」
「へい!ジュークね!」
「ジューダスな?」
ここの看守は大丈夫か?
それが心配になるくらい、馬鹿な奴が一人紛れ込んでいることに呆れが出る。
「そのジューダス?ってやつとスノウさんを会わせたらどうなるの?」
「スノウさんが奴を外へ逃がすかもしれない。それだけはされてはならないから要注意人物なんだよ。」
「えぇ?そんなやつ逃してしまえばー?スノウさんもそれなら安心するんだろ?」
「ここに居ない体を出しておかないとマズイんだろうさ。それに……奴は何度もこの研究所に侵入している悪党だ。逃したら最後、また侵入されてスノウさんを攫われてしまうかもしれない。そうなったら……俺らの首が吹っ飛ぶだろうな。」
「げ…!?めっちゃ重要人物だって事は分かったわ!」
悪党、か。
まぁ、こいつらからすれば何度もここへ侵入しているし、大悪党なんだろうが…。
それにしたって危機感がない。
こんな話を普通、囚人のいる場所で話すのか?
元々軍人だったから分かるが、他の国だと絶対にないだろうな。
「そして囚人番号ZK-01から06まで。」
「待て待て!何でそんなにいるんだよ?!6人も?!」
「この間……と言っても、もう1ヶ月も前の話だが、アーサー様が捕らえてきた囚人どもだ。恐らく、スノウさんが探している例の男の仲間と思しき人物達だからここへ捕らえているんだ。」
……何だと?
そんな奴がこの牢獄に閉じ込められているのか?
いや待てよ…この間、奥から聞こえてきた声はそういう事なのか?
「へ?ならそいつらから聞けば良くない?わざわざ、他の街の〈赤眼の蜘蛛〉の組織員に呼びかけなくてもさ?」
「それが…口を割かないんだ。何度拷問しても口を割らない。どうやら何かの集団か組織の一派のようだが……それ以上は不明なんだ。」
「それってさ?スノウさん、何かの組織に狙われてるって事じゃね?」
「そう考えるのが妥当だろうな。だからアーサー様はここから出したくないんだよ。他の組織に盗られる可能性が無くもないからな。」
「そーいえば、奥の白い服を着た連中がいたなぁ?それか?」
「あぁ、そいつらだ。同じ白い服を着ていることから組織に属している可能性があってな。あと、探している男も同じ服を着ていたらしい。」
「あー…例の男かぁ。中々尻尾をつかめないよなー?日に日にスノウさんが焦る気持ちも分かるよ。」
男と同じ服を着た連中…。
それに何かの組織に狙われてる…。
僕の知らない所で彼女はまた狙われていたのか。
今世で生き返ってからも彼女は、苦難の連続だったのだろう事がそれだけでも分かる。
……もう少し早く会えていたなら、彼女を助けられたのだろうか。
それに、早くしないとあの夢のような事になりかねない。
あれだけは……したくない。
「覚えたか?これが、ここにいる囚人どもの名前と番号だ。」
「うへぇ…。もう最初のやつの名前忘れたよ…。なんだっけ?ジュース?」
「ジューダス!……駄目だ、こいつ。」
「でも、重要人物だって事は覚えたから大丈夫だろ!」
「俺は明日の我が身が心配になったよ。何処かの誰かさんのせいでな。」
「誰だ?」
「……お前だよ。」
他に話はないか、と耳を澄ませるとピタリと会話が止んだ事が分かる。
それと同時に、入口付近が緊迫した空気になった事も分かった。
コツコツと靴音を立てる音が二つ……こっちに向かってきている。
僕は来たる来客を睨むつもりで待っていれば、その相手が姿を見せた。
一人はアーサー。そしてもう一人は……
「おやおや…。まだくたばってなかったんですねぇ?クックック…!中々しぶとい人だ。」
「どっかの誰かの事だから、すぐに沙汰があるだろうと思っていたが、とんだ勘違いだったようでな。まだまだ生きてるが…こんなところまで来て何かあったのか?創始者さま?」
「フッ…。相変わらずの減らず口ですねぇ?それでこそ、いじめがいがあるというものです。」
奴は一度話を止めると、横にいた少女を見下ろす。
そしてその少女は僕にも見覚えのある人物だった。
……今回もまた、邪魔しに来たのか。“セルリアン”…!!
「……間違いなくある…。〈薄紫色のマナ〉が…。」
「!!」
「なるほどなるほど?神の〈御使い〉となった事は聞き及んでいましたが……本当にその身にマナを宿しているんですねぇ?…実に興味深い。我が神が言っていた通りです。」
「(狂気の神か…。あの神…こいつに何を吹き込んだんだ。)」
前世でエニグマ…〈夢の神〉の御使いとなったリオン。
勿論、神の御使いともなればマナを与えられる。
そのマナの色は、〈薄紫色のマナ〉である。
多少なりともそのマナを宿しているリオンを、二人は見に来たのだ。
アーサーはパチリと指を鳴らすと、少女の姿が徐々に変わって行く。
その姿は、前世のスノウの姿だった。
澄み渡る空のような蒼い髪色を持ち、海色の宝石のような瞳を持つ、あの姿へと。
無論、偽物だと分かっている。
だが、真似られたものがまさかの彼女だとは思いもしなかった自分からすれば、その姿は息を呑むほど会いたかった姿だ。
当然息を呑んだ僕に、奴は可笑しそうに嗤っていた。
「始めなさい。」
「了解。」
スノウの姿で、そしてスノウの声で……セルリアンは僕に抱き着いてきた。
まるで彼女と同じように愛おしそうに優しく抱きしめられ、思わず鳥肌が立った。
偽物だと分かっているから、余計に寒気がする。
しかしそれだけではなかった。
「っ!?(マナが…吸い取られていく…!?)」
自身の中にある〈薄紫色のマナ〉が偽物のスノウへと流れていくのが分かる。
セルリアンが僕の中のマナを吸い取っているのだ。
貪欲に、しゃぶり尽くすようにしてマナが吸い取られていき、隅から隅まで残すまいとしているようだった。
マナの感覚を覚えた自分からすれば、それは“苦痛”であった。
「うっ、ああァァァァァああっ!!!!?」
「おやおや…。〈星詠み人〉でもない貴方が、マナを吸い取られて苦しんでいるのですか?クックック!!面白いですねぇ!!もっと…もっと苦しみなさい!!!」
嘲笑う奴の声が聞こえ、悲鳴を抑えようと口を引き結ぶ。
しかし、この耐え難い行為が止むのはまだまだ後だと知る。
何故なら、まだ自分の中にはマナがあるからだ。
「うっ、くっ…!!」
次々とマナを吸い取られた僕は酷い目眩を覚え、一瞬気を失いかける。
けれども、今気絶すれば何をされるか分かったものではない。
気を失わないように意識を保てば、それだけで奴の興奮の材料となるようで、相変わらずムカつく嗤い声が聞こえてきた。
……自由になったら覚えていろよ…!
「────っ!!!!」
最後までマナを吸い尽くされた僕は、ようやく解放されて乱れた息を整えようと、荒く呼吸を繰り返す。
酷い冷や汗と目眩、そして脱力感だった。
マナが無くなるというのはこういう事か、と思っていれば、奴は僕の顎を持って上に向かせる。
そして狂気の笑みで話しかけてきた。
「どうです?マナが無くなった感覚は。気持ち悪いですか?死にそうですか?」
「はぁっ、はぁっ、死ぬ…もの、か…!!」
「まぁ、そうですよねぇ?貴方は〈星詠み人〉ではない。マナを失っても死ぬ事はないのだから。」
「そのマナ、を…どう、するつもり、だ…!」
「それは有難く研究材料とさせて頂きます。ご協力ありがとうございました。……あぁ、またあとでマナを取りに来ますので、ちゃんとマナを生成して、永遠に待っていてくださいねぇ?クックック…ハッハッハッ!!!」
アーサーが僕から離れると、奴は声高らかに嘲笑い、僕を見下した。
そしてセルリアンと共に去ろうとした。
しかしそれを見逃す僕ではない。
永遠にこいつらの研究材料になるなど、ごめんだ!!
「────この奥に、スノウの奴が探している男の仲間がいるらしいな?」
その言葉にピタリと足を止めたアーサーは、顔色を変えずに僕を振り返る。
何を知っている、何を言うつもりだ。
そんな顔をしていた奴を僕は嘲笑って、睨んでやる。
「拷問にかけたが、口を割らない。そうなんじゃないのか?」
「……何が言いたいのですか?」
「いや?ただ聞いただけだが……やけに神妙に聞いてくるんだな?相当苦戦していると見える。」
「……。」
「アーサー様。やってしまいますか…?」
「待ちなさい、セルリアン。彼の言い分を聞きましょう。……何が目的ですか?」
「そいつらが夜な夜な話していた事……。気にならないか?」
「…!」
流石に表情を僅かに崩したアーサーを見逃さなかった。
本当に苦戦しているのであろう。
どんなに拷問にかけたところで口を割らないのだから、無理もないだろうが。
これは取引材料として使えそうだ。
「…………。」
何かを思案し、セルリアンを見たアーサーだったが、すぐに面白いとばかりに狂気の笑みを零し、僕を見た。
そして嗤いながら僕に話しかける。
「希望は?」
「スノウが他の組織に狙われていること、そしてマナの回復出来るここではないと生きられないこと…。それくらいは知っている。だから〝僕を自由の身にすること。〟それだけだ。スノウがここにいる限り、僕もここにいる。その時は幾らでもマナなんてくれてやる。」
「……なるほど。元軍人とあって確かに賢い……。こちらにも貴方にもメリットがある。そしてこちらのメリットが明らかに大きいようにも見えますねぇ。ですが…」
アーサーは僕の方に歩み寄ると、力強く僕の腹部を殴った。
猛烈な痛みと呼吸困難が訪れ、僕は息を詰まらせる。
するともう一度同じ場所へ殴ってきた奴を、痛みに耐えながら睨みつけた。
「立ち場というものが分かっていませんねぇ?貴方を拷問して話をさせるという事も出来るんですよ?こちらはねぇ?」
「ふん…。お前ら、は…どうせ、僕を殺すことなど、出来やしない…!スノウがここにいる限りな…!」
「……チッ。中々、地頭がいいと厄介ですね。」
本性が垣間見えたアーサーに僕が嘲笑ってやれば、奴はもう一度殴ってきた。
骨の軋む音がして、僕は痛みを必死に耐える。
「っ、」
「ですが、一つ聞きたい。……今のスノウ・エルピスは貴方と会話など出来やしない。それなのに貴方が彼女といるメリットがまるでない。何故そこまでして自分の命を危険に晒してまで彼女の側に居ようとするのですか?」
「…あいつと、約束を、した…。それを守る、ために……僕は……。」
「フッ。くだらない理由でしたねぇ。……ただ、今の貴方を彼女が受け入れない場合、すぐにまたここへ戻ってくると思いなさい。」
すると鎖が一気に解けて、僕は重力に従って地面に落とされた。
だが、奴は僕を踏みつけて武器を首に当ててきた。
そして冷たく「言え。」と一言を言い放つ。
鎖から解放された僕は、ほくそ笑みながら素直に奴らのことを話した。
夜な夜な作戦会議をし、ここから脱獄すること。
そして奴らの仲間が近くにいて脱獄の手伝いをしようとしていること、全てを伝えた。
……まさか、ここであの嫌な声の情報が役に立つとは思いもしなかったが。
「……。」
それを聞いた奴は、すぐさま奥の方の牢屋を睨み、僕に当てていた武器を仕舞った。
そして足を退かすと、奴は僕を見下ろし、相変わらず冷たく言い放つ。
「……手伝いなさい。奴らのアジトを掴むまで、貴方の待遇は良くならないと思いなさい。」
「ふん。ついでにスノウの探していた男とやらも捕まえてやる。」
「貴方にここの看守を任せます。奴らの脱獄を見たあと、奴らのアジトを突き止めなさい。勿論、ここを任せるからにはこちらの組織員も惜しまずに貸し出します。スノウ・エルピスと会わせるのはその後です。」
「ふん。妥当だな。それくらいならお手の物だ。」
「元軍人としての活躍、期待していますよ。」
そう言って奴は僕の方に紙を投げ渡す。
それを受け取った僕がすぐに紙を見れば、そこにはここの牢獄の詳細な地図が書かれていた。
そして外の地図まで詳細に描かれていた。
これなら、あいつらが何処から来て、何処に逃げようとしているのか分かりやすいだろう。
鼻を鳴らした僕は、先程までいたアーサーの場所を見るも、既に奴らは居なくなっていた。
代わりに〈赤眼の蜘蛛〉の組織員の二人がこちらに来て疑わしい顔を向けながら、服を渡してきた。
それはここの奴らが着ていた、看守の制服だった。
「……アーサー様からお達しだ。それを着て、看守の仕事に努めること。本館への入館は禁ずる。……だってさ。」
「もし人手がいる場合は、“人員要請申請書”を記入して俺らに渡してくれればいい。俺らが本館まで届けに行ってアーサー様に進言する。」
「…なるほどな。流石に奴も考えているな。」
スノウに会わせないように配慮したのだろう。
本館への入館を禁ずる、か。
まぁ、奴らのアジトを突き止められると思えば気も楽になる。
僕は制服を受け取り、看守の休憩室へと通された為そこで看守服へと着替えた。
すると、外から賑やかな声が聞こえてきた。
『ぼぼぼ坊ちゃん!!?その服は…?!スノウは?!ここは何処なんですか?!!』
「…相変わらず煩いな、お前は。」
しかし久しぶりに聞いたその声に、フッと笑ってしまったのは仕方がない。
別の看守がシャルを渡してきた為、礼を言えばギョッとした顔になってすぐに逃げられてしまった。
……僕を魔物か何かと勘違いしているのか?
『坊ちゃん、どういう状況なんですか?!』
「実はかくかくしかじかでな。」
『いやいや!分かりませんって!それじゃあ!!!よく言いますけどね!!?』
他の看守どもが消えたのを確認してから僕は事のあらましを全てシャルに伝えた。
すると感動したようにシャルの声が震えだしたので、思わず可笑しくて笑ってしまう。
そして僕にヒールを自分に掛けるように言ってきたので、シャルを持って自身にヒールをかければ、先程まで奴にやられていた痛みが大分和らいだ。
……思えば殺せはしないくせに、容赦ない攻撃だったな。
『じゃあ、スノウを狙う組織の住処を探し出して報告すればスノウの隣にいられるんですね!』
「……まぁ、スノウの奴が僕を避けたらまた牢獄行きだがな。」
『ええ?!無理じゃないです?!それ!!』
「そうならない為にも、活躍したことをスノウにも知られる様に仕事を頑張らないとな?」
『よーし!頑張りますよぉ!!』
張り切る愛剣を見て、僕は心底ホッとした。
ようやくこれで、安堵が出来るというものだ。
だが、やはり……少しだけ彼女が恋しくなった。