第二章・第1幕【裏切り者編】
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009.怪我
(*リオン視点)
弱々しいスノウを連れて、アーサーとリオンは近くにあったサイリルの町へと入る。
心配そうに肩を寄せながらリオンがスノウの顔色を窺う。
その顔色はあまり芳しくないように見えた。
頭の包帯も相まって余計に病人なのではないか、と思わせるほど弱々しかった。
『スノウ…。』
「……。」
心配そうな愛剣の声を聞き、リオンも辛そうに顔を歪める。
そしてアーサーの方を見て、口を開く。
「……これからどうする気だ。」
「取り敢えず、宿へ行きます。彼女もお疲れの様ですし、一人で悩みたい事もあるかもしれませんからねぇ。」
「……。」
「貴方は早く帰ってもらえると助かるのですが?幾ら彼女に優しくした所で、現状は変わりませんよ?彼女は〈赤眼の蜘蛛〉から抜けることはありませんから。」
アーサーの奴のその言葉を聞いてか、スノウが僕から離れて一人で宿へと向かっていく。
それを追いかけて、そっと手を握れば彼女からも少しだけ力を入れられた。
ただ、呆然としている彼女だったから無意識だったのかもしれないがな。
「……。」
「……。」
『…こうなると、スノウの為にも絶対に見つけてあげたいですね。白髪の男の人を。』
「あぁ…そうだな。だが…僕達が連れていったあの男では無かった。……白髪、白い服、そして丸い眼鏡の男……。あれほど抽象的な人物像だと、ハズレも多いんだろう。だからこんなにも目撃情報が多いのかもしれないな。」
『その男とスノウ、どういう関係なんでしょうか?こんなにもスノウが落ち込むなんて…。』
確かにそうだ。
前世や前前世での彼女なら諦めなかったのだろうに、今回ばかりは元々の期待値が大きいのか、男がいなかっただけでこの落ち込みようだ。
並々ならぬ関係性だというのが分かるが……だとしたら、一体どんな関係だと言うんだろう。
奴に聞こうとするが、肝心の奴は無線機とやらで連絡が忙しいようで先程から僕達の会話に入ってくる兆しもない。
その上、彼女がこうして落ち込んでいても何のアプローチもないし、僕が彼女に何かした所で咎めないのが何よりの証拠だろう。
このまま連れ去ってしまいたいが…そうすれば、また彼女からの反感を買ってしまう。
そして僕をまた睨んでくるのだろう。
……あんなにも苦しそうに、そして助けてほしそうな顔をしているのに、な。
『適当に宿取りますか?あいつがあの状態じゃ聞けませんよね?』
「…そうだな。あとはそれをどうやってこいつに伝えるか…だな。」
落ち込んだ様子でトボトボと歩くスノウを見て、僕は気を惹かせる為に繋いでいた手を少しだけ引く。
すると立ち止まり、ぼんやりとこちらを見るスノウ。
僕は言葉を口にしかけて、すぐに口を噤んだ。
僕の言葉が聞こえない彼女に無意味に言葉を放って、それが彼女のストレスになってもいけない。
僕は少し思案した挙句、ジェスチャーで宿を指し、眠る仕草をすれば彼女はぼんやりと宿を見て素直に頷いてくれた。
そのまま奴を捨て置いて宿へ彼女を連れていき、部屋の予約を取る。(無論、奴の宿など取っていない)
店主曰く、あと一つしか残っていなかった宿の部屋は二人部屋で、他の宿も今日は空いていなさそうだ、と聞かされる。
だが先程店主が言うように、他に宿は空いてなさそうな事も相まって、仕方がないと僕はその部屋を予約してしまう。
そして僕は店主から部屋の鍵を貰い、彼女を連れて同じ部屋のベッドの一つへ彼女を座らせる。
何か思案している様子の彼女を、僕はもう一つのベッドに座ってジッと見守る。
シャルティエもそんな彼女をジッと見ているのか、何も話さなかった。
「……。」
……この沈黙が痛い。
それにこういう時に限って何を話せばいいのか、僕には分からない。
どちらにせよ、彼女は僕の言葉が聞こえない。
だから話す行為も、今は無意味だと分かってはいる。
でも…少しでも、今の彼女の憂いを晴らしたくて。
「……。」
話す以外で彼女に何か伝えられるものは無いだろうか。
そう思った時に、“筆談”という手を思いつく。
彼女はよく奴にやっている手法だし、それならば会話も可能だろう。
思い立ったら早いもので、僕は部屋に備え付けられていた紙とペンを使い、彼女に筆談を試みた。
「《これならお前に言葉が伝えられるか?》」
その紙を見せてみれば、彼女は険しい顔をしながらその紙の文字をじっと見つめた。
そして、僕の文字の横へと彼女はペンを走らせた。
「《☆$*:〒%》」
『うぇえぇぇぇ…。相変わらずよく分からない文字を使いますねぇ…!!』
シャルが苦々しくそう話す。
僕もその文字を見て顔を思わず険しくさせる。
しかし、彼女はそんな僕を見て少し思案したあとに、別の場所へと文字を書き始める。
それは僕達にも分かる文字だった……のだが。
「《きみ、ごめん、不明、文字》」
『???? 何かの暗号でしょうか?』
「……。」
流石に僕でもその文字の羅列は理解出来そうに無かった。
必然的に僕の険しくなった顔を見たスノウは、その紙をそのままぐしゃりと握り潰してしまった。
そして彼女は立ち上がると、ゴミ箱に紙を捨てて部屋から出ようとしたので、僕は慌てて扉の前に立ち外に出させないようにした。
……やはり、コミュニケーションを取ろうとして、余計な事をしてしまったようだ。
シャルの奴も緊張した光をコアクリスタルに灯して、彼女の行動を注視しているようだった。
「……。」
僕を睨む彼女だったが、僕は彼女を刺激しないようにゆっくりと首を横に振った。
すると彼女は反対の方へ向かい、窓を開け放って外に出ようと足を窓にかけるものだから、慌てて僕は彼女の体へしがみつき、中の方へと強く引いた。
そしてそのまま僕達は、体勢を崩してベッド上で何故か向かい合わせになっていた。
するとあまりの顔の近さから、僕が顔を無意識に赤くしてしまう。
彼女はそんな僕を見て驚いたように目を大きくさせた後、前世でも見たあの意地悪な顔になって僕へ抱きついてきた。
無論、急に好きな人からそんな事をされれば僕だって顔が余計に赤くなる。
心臓が激しく鼓動をするし、動揺して何処にやっていいか分からない手が宙に彷徨う。
それでも僕は揶揄われた事が悔しくて、僕から抱きしめて反撃してやれば、彼女の体がまるで笑っているかのように震えた。
それはそれは、可笑しそうにだ。
彼女の顔が見えていない手前、本当にその顔をしているかなんて予想でしかないが、彼女が笑ってくれて嬉しい反面、悔しさも持ち合わせて複雑な気持ちだった。
彼女がこうやってやり返して今まで照れるなんて事が無かったし、逆に揶揄われてしまう始末だ。
だが、今はそれでも……こうして自分に身を寄せてくれることが嬉しくて、本当に複雑な気持ちにさせられるんだ。
「……。」
「……。」
散々僕を揶揄っていた彼女だが、暫くすれば何を考えているのか分からないが静かになって、僕に黙って抱きしめられていた。
すると僕の背中に回している彼女の手が、グッと僕の服を掴む。
同時に彼女の身体は、震えだした。
まるでそれは、泣きそうな時の彼女の震えのようで、僕は堪らず驚きに目を丸くする。
しかし僕はすぐに彼女を余計に抱きしめ、頭や背中を撫でてやる。
……僕には分からない苦しみや辛さが、彼女自身にはあるのだろう。
声の無い嗚咽が聞こえてきた所で、腰に着けたままの愛剣がハッと息を呑んだのが聞こえた。
『……。』
物言いたげにコアクリスタルを光らせていたが、今は何か言えば大変な事になることが分かっているのだろう。
ただひたすら彼女が落ち着くのを僕らは待った。
次第に胸元が湿り始めるのが分かり、それは同時に彼女が涙を流している証拠である。
僕は堪らず彼女を抱き締めた。
何もしてあげられない空虚感や、その辛さを分けてほしいという願望が胸を占めて、僕を苦しめる。
どうしてお前は何も話してくれない?
何故一人で抱え込もうとするんだ?
僕を頼ってくれれば、何でもしてやるというのに…。
何故……〈赤眼の蜘蛛〉なんかに…。
「……。」
歯を食いしばれば、無意識に腕に力を入れていたようだ。
彼女が僅かに身動ぎをしたので、僕は少しだけ腕の力を緩めてやった。
どうやらいつの間にか彼女の涙は止まっていたようで、身体の震えも止まっていた。
それでも動かない彼女を不審に思い、そっと顔を覗き込めばそこには泣き腫らした顔で寝ている彼女の姿があった。
どうやら、泣き疲れたようだ。
寝ている彼女の邪魔にならないように僕が離れようとしたが…、彼女の指は僕の服をまだ掴んでいて離れられそうになかった。
だから僕も今日の所は彼女の横で寝ることにした。
今は他の事を考えないようにして、僕はゆっくりと目を閉じた。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
___その日の深夜。
腰につけられたまま寝てしまったマスター二人を心配そうに見つめるシャルティエの姿がそこにはあった。
先程スノウが泣いているのが分かって、息を呑んだシャルティエだったが、同時にシャルティエも泣きそうになっていたのだ。
何故、スノウは自分たちを頼ってくれないのか。
そればかり胸を突いて、痛みとしてやってきたからだ。
流せない涙に明け暮れていると、突如、スノウが動き出す。
驚いたシャルティエがコアクリスタルを激しく明滅させる。
『スノウ!』
「……。」
体を動かし、リオンを見下ろしたスノウの顔は浮かなかった。
しかしリオンの頭を撫でる手は優しく、次第に愛おしそうに表情を変えていく。
それを見てホッとしたシャルティエだったが、暫くすればスノウはベッドから抜け出して相棒が腰にあるのを確認し始めた。
慌てたシャルティエは必死にリオンを起こしにかかる。
しかし、リオンが起きる気配はない。
そしてスノウは備え付けられた紙に何かを書き記した後、それをリオンの近くに置き、扉の外へと出て行ってしまった。
シャルティエの静止も虚しく、ただ部屋の中にはシャルティエの必死な声が響いていた。
何とかしてマスターを起こしたいシャルティエが必死になってコアクリスタルを激しく明滅させたり、声を大にして叫んだりしてみる。
その効果のおかげか、リオンが身動ぎをし、そしてハッとしたように体を起こす。
無論そこにはスノウは居ない。
動揺したリオンがスノウを探して周りを見渡すが、シャルティエは紙の存在をリオンに伝えた。
『坊ちゃん!スノウが何か書き残してるんです!なんて書いてあります?』
「………………読めん。」
リオンが紙を呆然と見るも、そこに書かれていたのはスノウの故郷で使われていた“日本語”と言うやつだ。
この世界の人間であるリオンに、それが読めるはずもない。
ベッドから降りたリオンは紙をポケットにしまい、急いで彼女を探しに外へと飛び出す。
雪が降る寒い町中は、深夜ともあって人影もなく静かだ。
町中を探そうとしたリオンの目に、新雪を踏んだ足跡が目についた。
それは町の外に続いており、足跡の大きさからしてスノウのそれに近しいことからリオンはすぐにその足跡を追うことにした。
『ま、まずいですよ…?!足跡が町の外に繋がってます!』
「……よりにもよって、夜のサイリルの町の外に出るとは…。あいつはあの情報を知らないのかもしれないな。」
先日とある街で聞いた話だ。
〝サイリルという町の近くは、夜になると強い魔物が多く潜んでおり、町の外に出た人間を食い散らかす。〟
その話は他の町にも伝わっていた。
前世ではそんな噂聞かなかったが、今世ではどうやら常識とまでなっているらしく、夜にサイリルの町を抜けることは死を意味するとまで言われていたのだ。
そんな話を知らなかった彼女が、町の外に抜け出したのだ。
心配にならない方がおかしい。
「スノウっ!!」
『スノウ!!返事をしてください!!!』
必死に僕達は彼女を探した。
すると、どこからか激しい戦闘音が聞こえてくる。
僕達がそこに向かうと既にそこは戦場と化していた。
しかし目を疑う光景もあった。
彼女の髪色が、前世のそれと同じだったことと、目の色も海色に変わっていたことだ。
だが戦闘は何処か不安定さを帯びており、何故か強い魔物に対して初級の術しか使わない彼女。
不審に思わないほうがおかしいというものである。
だがそんな事を考えている暇などないことは一目瞭然だ。
今まさに、彼女が押されているのだから。
「スノウ!!」
「っ!!」
彼女が僕の声を聞いて驚いたように顔を染める。
すぐに彼女へ攻撃しようとする魔物へ攻撃した僕は、いつもの癖で彼女を叱咤する。
それを聞いた瞬間、いつものように真剣な顔で魔物へと向かっていく彼女を見て少し安心していた。
……だがそれがいけなかった。
やはり彼女の戦闘は不安定で、いつもの調子が出ていなかった為、何度も何度も彼女がピンチにまで追い込まれていく。
それを僕が助けてやるが、魔物の数が数だ。
ここは引いたほうが身の為だ、とスノウに声を掛けた瞬間、彼女の髪色と瞳の色が真っ黒に変わった。
同時に彼女の顔が絶望へと変わっていく。
それを見逃さなかった魔物が、彼女へと爪を閃かせる。
僕は急いで足を動かした。
彼女に届く前に僕が魔物を攻撃したが、別の魔物までもが彼女に攻撃していたのが見えてしまい、咄嗟に体が彼女をかばうように動いた。
「────!!!!」
声無き悲鳴がその場を埋め尽くす。
魔物から彼女を庇った僕は、魔物の攻撃を許してしまったのだ。
激しい痛みが襲い掛かってきて、思わずうめき声をあげてしまう。
そのまま痛みで座り込んだ僕に駆け寄ってきた彼女は顔を真っ青にさせていた。
しかしその後ろでは魔物が彼女に襲いかかろうとしている。
動け、と自身を叱咤するも、出血が酷いようでピクリとも動けない。
逃げろ、と彼女に伝えるも今の僕の声が届いていないようで、僕の怪我の止血をしようと試みている。
魔物が彼女の真後ろに立ち、爪を閃かせた。
流石にもう駄目だ、と僕が歯を食いしばると聞きたくもない奴の声がした。
「こんな所に居たんですか。探しましたよ、スノウ・エルピス。」
〈赤眼の蜘蛛〉のアーサーだった。
その瞬間、周りの魔物たちが一斉に倒れていく。
魔物たちが倒れていくのを僕とシャルが唖然と見ていると、スノウがアーサーに何かを伝えようとしていた。
「《────》」
「いいえ。それは出来ません。そのまま彼は見捨てなさい。どうせそのままにしておけば勝手に命を落とすでしょう。」
「《────》」
「……はぁ。全く貴女という人は…。彼よりも自分の心配をしてください。……さっき、〈碧のマナ〉を使いましたね?戦闘を行った証が残っていますよ。」
「《────》」
「ですから、このままでは先に貴女が死ぬと言っているんです。今の貴女の状態で激しい戦闘をすればどうなるか、前に教えたでしょう?彼は回復魔法でも使っておけば生き延びます。しかし…貴女は違う。そんな簡単な話ではないのです。」
「《────》」
「……分かりました、分かりましたから。」
アーサーが困った顔で僕の方へ回復術を使う。
温かい光が僕を包み、痛みを和らげる。
あぁ、これで動ける。
そう思った瞬間、隣にいた彼女が力なく倒れたのを見てしまった。
『「っ!?」』
僕達が息を呑んだのは同時だった。
奴は分かっていたようにため息をつきながら彼女へ近付く。
僕は痛みの無くなった体で彼女の体を起こす。
焦点の合わない瞳が何処かを映し、それは同時に彼女が危ないことを表していた。
「スノウっ…!!なんで、どうして…!?」
「早く彼女を。死なれると困るのはこちらも同じですから。」
『一体何が起きてるんですか?!』
「どういう事だ!?何故、こいつが死にかけてる?!」
「話は後です。早く彼女を回復器に入れなければ本当に死にますよ?」
「っ、」
奴に彼女を渋々渡せば、奴は転送魔法を使おうとしていた。
咄嗟に奴を掴めば、一瞬にして視界は変わり、レスターシティの研究所へと戻っていた。
僕が同時に来たことに嫌そうな顔をしたアーサーだったが、すぐに彼女を連れて何処かへと行こうとする。
それを追い掛ければ、そこは前世で来たことのある場所だった。
「最大出力で回復を。このままでは間に合いません。」
「了解しました!」
奴の言葉を研究員らしき人物が聞き、目の前の機械を弄り始める。
恐らくこれは前にも見た、マナ回復器というやつなのかもしれない。
奴は優しく彼女を機械の中に入れると機械を操作し、蓋を閉めてしまう。
同時に機械から何かが駆動する音が鳴り響き、同時にその機械が作動したのが分かる。
僕は彼女の様子を見ようと中を覗こうとしたが、その前に奴によって僕は後ろ手に拘束され、そのまま体を地面に打ち付けられた。
「ぐっ!?」
『坊ちゃん!!?』
「全く…。彼女が何故あなたを贔屓するのか理解に苦しみますねぇ?自分の命の方が危ないというのに。」
「どういう事だ…!?あいつの身に何が起こってる…!?」
僕の上に乗って、手錠で僕の手を拘束した奴を睨みながら僕が問えば、奴はいつもの顔を崩さずに僕を見た。
「今の状況を見て、ボクが貴方に教えるとでも思ったんですか?…クックックッ…!馬鹿ですねぇ?敵に塩を送るなんて愚かな事はしませんよ。えぇ、絶対にねぇ?寧ろここで貴方を始末した方が効率が良い。そう思いませんか?」
「くそっ…!」
僕の周りを〈赤眼の蜘蛛〉の奴らが囲い、武器を構える。
僕の上に乗っているアーサーが周りの奴らに指示をし始める。
僕は〈赤眼の蜘蛛〉の奴らに強制的に立たせられ、それを奴が狂気の笑みで僕を見下ろす。
僕が負けじと睨み返せば、奴は余計に笑みを深くした。
「追って沙汰を下します。精々それまである命に感謝することですねぇ?」
嘲笑う奴の声を聞かせられながら、僕は何処かへと移動させられた。
そこは以前にも居たことのある牢獄だった。
シャルや武器たちを腰から全て引き抜かれ、牢屋の中へ突き飛ばされた僕は、そのまま床に倒れてしまう。
それに〈赤眼の蜘蛛〉の奴らが嘲笑って立ち去っていくのを、僕はジッと睨んでいた。
「くそっ…。一体何が起こってる…?何故、怪我していないはずのスノウが…」
いや、奴は確か〈碧のマナ〉がどうたら、と言っていたはずだ。
激しい戦闘をすれば、スノウの命が危ないとも言っていた。
もしかしてあの時感じた違和感はそういう事なのか?
強い魔物に対して、出し惜しみするように初級の術しか使わなかった彼女。
もしかして、強い術を使えば自分が死ぬことが分かっていたから出し惜しみしたのだとすれば…全ての辻褄が合う。
それに魔物と戦闘をしていた時に、彼女の瞳の色や髪の色が一時的にとはいえ、元の色に戻っていたのが気にかかる。
結局、黒に戻ってしまったが……その時、絶望的な表情をさせたのは何故だ?
考えれば考えるほど、謎が深まっていく。
彼女の中で一体全体、何が起こっているのか。
これが僕が彼女に歩み寄る為の重要な鍵なのだ、とそう感じた。
(*リオン視点)
弱々しいスノウを連れて、アーサーとリオンは近くにあったサイリルの町へと入る。
心配そうに肩を寄せながらリオンがスノウの顔色を窺う。
その顔色はあまり芳しくないように見えた。
頭の包帯も相まって余計に病人なのではないか、と思わせるほど弱々しかった。
『スノウ…。』
「……。」
心配そうな愛剣の声を聞き、リオンも辛そうに顔を歪める。
そしてアーサーの方を見て、口を開く。
「……これからどうする気だ。」
「取り敢えず、宿へ行きます。彼女もお疲れの様ですし、一人で悩みたい事もあるかもしれませんからねぇ。」
「……。」
「貴方は早く帰ってもらえると助かるのですが?幾ら彼女に優しくした所で、現状は変わりませんよ?彼女は〈赤眼の蜘蛛〉から抜けることはありませんから。」
アーサーの奴のその言葉を聞いてか、スノウが僕から離れて一人で宿へと向かっていく。
それを追いかけて、そっと手を握れば彼女からも少しだけ力を入れられた。
ただ、呆然としている彼女だったから無意識だったのかもしれないがな。
「……。」
「……。」
『…こうなると、スノウの為にも絶対に見つけてあげたいですね。白髪の男の人を。』
「あぁ…そうだな。だが…僕達が連れていったあの男では無かった。……白髪、白い服、そして丸い眼鏡の男……。あれほど抽象的な人物像だと、ハズレも多いんだろう。だからこんなにも目撃情報が多いのかもしれないな。」
『その男とスノウ、どういう関係なんでしょうか?こんなにもスノウが落ち込むなんて…。』
確かにそうだ。
前世や前前世での彼女なら諦めなかったのだろうに、今回ばかりは元々の期待値が大きいのか、男がいなかっただけでこの落ち込みようだ。
並々ならぬ関係性だというのが分かるが……だとしたら、一体どんな関係だと言うんだろう。
奴に聞こうとするが、肝心の奴は無線機とやらで連絡が忙しいようで先程から僕達の会話に入ってくる兆しもない。
その上、彼女がこうして落ち込んでいても何のアプローチもないし、僕が彼女に何かした所で咎めないのが何よりの証拠だろう。
このまま連れ去ってしまいたいが…そうすれば、また彼女からの反感を買ってしまう。
そして僕をまた睨んでくるのだろう。
……あんなにも苦しそうに、そして助けてほしそうな顔をしているのに、な。
『適当に宿取りますか?あいつがあの状態じゃ聞けませんよね?』
「…そうだな。あとはそれをどうやってこいつに伝えるか…だな。」
落ち込んだ様子でトボトボと歩くスノウを見て、僕は気を惹かせる為に繋いでいた手を少しだけ引く。
すると立ち止まり、ぼんやりとこちらを見るスノウ。
僕は言葉を口にしかけて、すぐに口を噤んだ。
僕の言葉が聞こえない彼女に無意味に言葉を放って、それが彼女のストレスになってもいけない。
僕は少し思案した挙句、ジェスチャーで宿を指し、眠る仕草をすれば彼女はぼんやりと宿を見て素直に頷いてくれた。
そのまま奴を捨て置いて宿へ彼女を連れていき、部屋の予約を取る。(無論、奴の宿など取っていない)
店主曰く、あと一つしか残っていなかった宿の部屋は二人部屋で、他の宿も今日は空いていなさそうだ、と聞かされる。
だが先程店主が言うように、他に宿は空いてなさそうな事も相まって、仕方がないと僕はその部屋を予約してしまう。
そして僕は店主から部屋の鍵を貰い、彼女を連れて同じ部屋のベッドの一つへ彼女を座らせる。
何か思案している様子の彼女を、僕はもう一つのベッドに座ってジッと見守る。
シャルティエもそんな彼女をジッと見ているのか、何も話さなかった。
「……。」
……この沈黙が痛い。
それにこういう時に限って何を話せばいいのか、僕には分からない。
どちらにせよ、彼女は僕の言葉が聞こえない。
だから話す行為も、今は無意味だと分かってはいる。
でも…少しでも、今の彼女の憂いを晴らしたくて。
「……。」
話す以外で彼女に何か伝えられるものは無いだろうか。
そう思った時に、“筆談”という手を思いつく。
彼女はよく奴にやっている手法だし、それならば会話も可能だろう。
思い立ったら早いもので、僕は部屋に備え付けられていた紙とペンを使い、彼女に筆談を試みた。
「《これならお前に言葉が伝えられるか?》」
その紙を見せてみれば、彼女は険しい顔をしながらその紙の文字をじっと見つめた。
そして、僕の文字の横へと彼女はペンを走らせた。
「《☆$*:〒%》」
『うぇえぇぇぇ…。相変わらずよく分からない文字を使いますねぇ…!!』
シャルが苦々しくそう話す。
僕もその文字を見て顔を思わず険しくさせる。
しかし、彼女はそんな僕を見て少し思案したあとに、別の場所へと文字を書き始める。
それは僕達にも分かる文字だった……のだが。
「《きみ、ごめん、不明、文字》」
『???? 何かの暗号でしょうか?』
「……。」
流石に僕でもその文字の羅列は理解出来そうに無かった。
必然的に僕の険しくなった顔を見たスノウは、その紙をそのままぐしゃりと握り潰してしまった。
そして彼女は立ち上がると、ゴミ箱に紙を捨てて部屋から出ようとしたので、僕は慌てて扉の前に立ち外に出させないようにした。
……やはり、コミュニケーションを取ろうとして、余計な事をしてしまったようだ。
シャルの奴も緊張した光をコアクリスタルに灯して、彼女の行動を注視しているようだった。
「……。」
僕を睨む彼女だったが、僕は彼女を刺激しないようにゆっくりと首を横に振った。
すると彼女は反対の方へ向かい、窓を開け放って外に出ようと足を窓にかけるものだから、慌てて僕は彼女の体へしがみつき、中の方へと強く引いた。
そしてそのまま僕達は、体勢を崩してベッド上で何故か向かい合わせになっていた。
するとあまりの顔の近さから、僕が顔を無意識に赤くしてしまう。
彼女はそんな僕を見て驚いたように目を大きくさせた後、前世でも見たあの意地悪な顔になって僕へ抱きついてきた。
無論、急に好きな人からそんな事をされれば僕だって顔が余計に赤くなる。
心臓が激しく鼓動をするし、動揺して何処にやっていいか分からない手が宙に彷徨う。
それでも僕は揶揄われた事が悔しくて、僕から抱きしめて反撃してやれば、彼女の体がまるで笑っているかのように震えた。
それはそれは、可笑しそうにだ。
彼女の顔が見えていない手前、本当にその顔をしているかなんて予想でしかないが、彼女が笑ってくれて嬉しい反面、悔しさも持ち合わせて複雑な気持ちだった。
彼女がこうやってやり返して今まで照れるなんて事が無かったし、逆に揶揄われてしまう始末だ。
だが、今はそれでも……こうして自分に身を寄せてくれることが嬉しくて、本当に複雑な気持ちにさせられるんだ。
「……。」
「……。」
散々僕を揶揄っていた彼女だが、暫くすれば何を考えているのか分からないが静かになって、僕に黙って抱きしめられていた。
すると僕の背中に回している彼女の手が、グッと僕の服を掴む。
同時に彼女の身体は、震えだした。
まるでそれは、泣きそうな時の彼女の震えのようで、僕は堪らず驚きに目を丸くする。
しかし僕はすぐに彼女を余計に抱きしめ、頭や背中を撫でてやる。
……僕には分からない苦しみや辛さが、彼女自身にはあるのだろう。
声の無い嗚咽が聞こえてきた所で、腰に着けたままの愛剣がハッと息を呑んだのが聞こえた。
『……。』
物言いたげにコアクリスタルを光らせていたが、今は何か言えば大変な事になることが分かっているのだろう。
ただひたすら彼女が落ち着くのを僕らは待った。
次第に胸元が湿り始めるのが分かり、それは同時に彼女が涙を流している証拠である。
僕は堪らず彼女を抱き締めた。
何もしてあげられない空虚感や、その辛さを分けてほしいという願望が胸を占めて、僕を苦しめる。
どうしてお前は何も話してくれない?
何故一人で抱え込もうとするんだ?
僕を頼ってくれれば、何でもしてやるというのに…。
何故……〈赤眼の蜘蛛〉なんかに…。
「……。」
歯を食いしばれば、無意識に腕に力を入れていたようだ。
彼女が僅かに身動ぎをしたので、僕は少しだけ腕の力を緩めてやった。
どうやらいつの間にか彼女の涙は止まっていたようで、身体の震えも止まっていた。
それでも動かない彼女を不審に思い、そっと顔を覗き込めばそこには泣き腫らした顔で寝ている彼女の姿があった。
どうやら、泣き疲れたようだ。
寝ている彼女の邪魔にならないように僕が離れようとしたが…、彼女の指は僕の服をまだ掴んでいて離れられそうになかった。
だから僕も今日の所は彼女の横で寝ることにした。
今は他の事を考えないようにして、僕はゆっくりと目を閉じた。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
___その日の深夜。
腰につけられたまま寝てしまったマスター二人を心配そうに見つめるシャルティエの姿がそこにはあった。
先程スノウが泣いているのが分かって、息を呑んだシャルティエだったが、同時にシャルティエも泣きそうになっていたのだ。
何故、スノウは自分たちを頼ってくれないのか。
そればかり胸を突いて、痛みとしてやってきたからだ。
流せない涙に明け暮れていると、突如、スノウが動き出す。
驚いたシャルティエがコアクリスタルを激しく明滅させる。
『スノウ!』
「……。」
体を動かし、リオンを見下ろしたスノウの顔は浮かなかった。
しかしリオンの頭を撫でる手は優しく、次第に愛おしそうに表情を変えていく。
それを見てホッとしたシャルティエだったが、暫くすればスノウはベッドから抜け出して相棒が腰にあるのを確認し始めた。
慌てたシャルティエは必死にリオンを起こしにかかる。
しかし、リオンが起きる気配はない。
そしてスノウは備え付けられた紙に何かを書き記した後、それをリオンの近くに置き、扉の外へと出て行ってしまった。
シャルティエの静止も虚しく、ただ部屋の中にはシャルティエの必死な声が響いていた。
何とかしてマスターを起こしたいシャルティエが必死になってコアクリスタルを激しく明滅させたり、声を大にして叫んだりしてみる。
その効果のおかげか、リオンが身動ぎをし、そしてハッとしたように体を起こす。
無論そこにはスノウは居ない。
動揺したリオンがスノウを探して周りを見渡すが、シャルティエは紙の存在をリオンに伝えた。
『坊ちゃん!スノウが何か書き残してるんです!なんて書いてあります?』
「………………読めん。」
リオンが紙を呆然と見るも、そこに書かれていたのはスノウの故郷で使われていた“日本語”と言うやつだ。
この世界の人間であるリオンに、それが読めるはずもない。
ベッドから降りたリオンは紙をポケットにしまい、急いで彼女を探しに外へと飛び出す。
雪が降る寒い町中は、深夜ともあって人影もなく静かだ。
町中を探そうとしたリオンの目に、新雪を踏んだ足跡が目についた。
それは町の外に続いており、足跡の大きさからしてスノウのそれに近しいことからリオンはすぐにその足跡を追うことにした。
『ま、まずいですよ…?!足跡が町の外に繋がってます!』
「……よりにもよって、夜のサイリルの町の外に出るとは…。あいつはあの情報を知らないのかもしれないな。」
先日とある街で聞いた話だ。
〝サイリルという町の近くは、夜になると強い魔物が多く潜んでおり、町の外に出た人間を食い散らかす。〟
その話は他の町にも伝わっていた。
前世ではそんな噂聞かなかったが、今世ではどうやら常識とまでなっているらしく、夜にサイリルの町を抜けることは死を意味するとまで言われていたのだ。
そんな話を知らなかった彼女が、町の外に抜け出したのだ。
心配にならない方がおかしい。
「スノウっ!!」
『スノウ!!返事をしてください!!!』
必死に僕達は彼女を探した。
すると、どこからか激しい戦闘音が聞こえてくる。
僕達がそこに向かうと既にそこは戦場と化していた。
しかし目を疑う光景もあった。
彼女の髪色が、前世のそれと同じだったことと、目の色も海色に変わっていたことだ。
だが戦闘は何処か不安定さを帯びており、何故か強い魔物に対して初級の術しか使わない彼女。
不審に思わないほうがおかしいというものである。
だがそんな事を考えている暇などないことは一目瞭然だ。
今まさに、彼女が押されているのだから。
「スノウ!!」
「っ!!」
彼女が僕の声を聞いて驚いたように顔を染める。
すぐに彼女へ攻撃しようとする魔物へ攻撃した僕は、いつもの癖で彼女を叱咤する。
それを聞いた瞬間、いつものように真剣な顔で魔物へと向かっていく彼女を見て少し安心していた。
……だがそれがいけなかった。
やはり彼女の戦闘は不安定で、いつもの調子が出ていなかった為、何度も何度も彼女がピンチにまで追い込まれていく。
それを僕が助けてやるが、魔物の数が数だ。
ここは引いたほうが身の為だ、とスノウに声を掛けた瞬間、彼女の髪色と瞳の色が真っ黒に変わった。
同時に彼女の顔が絶望へと変わっていく。
それを見逃さなかった魔物が、彼女へと爪を閃かせる。
僕は急いで足を動かした。
彼女に届く前に僕が魔物を攻撃したが、別の魔物までもが彼女に攻撃していたのが見えてしまい、咄嗟に体が彼女をかばうように動いた。
「────!!!!」
声無き悲鳴がその場を埋め尽くす。
魔物から彼女を庇った僕は、魔物の攻撃を許してしまったのだ。
激しい痛みが襲い掛かってきて、思わずうめき声をあげてしまう。
そのまま痛みで座り込んだ僕に駆け寄ってきた彼女は顔を真っ青にさせていた。
しかしその後ろでは魔物が彼女に襲いかかろうとしている。
動け、と自身を叱咤するも、出血が酷いようでピクリとも動けない。
逃げろ、と彼女に伝えるも今の僕の声が届いていないようで、僕の怪我の止血をしようと試みている。
魔物が彼女の真後ろに立ち、爪を閃かせた。
流石にもう駄目だ、と僕が歯を食いしばると聞きたくもない奴の声がした。
「こんな所に居たんですか。探しましたよ、スノウ・エルピス。」
〈赤眼の蜘蛛〉のアーサーだった。
その瞬間、周りの魔物たちが一斉に倒れていく。
魔物たちが倒れていくのを僕とシャルが唖然と見ていると、スノウがアーサーに何かを伝えようとしていた。
「《────》」
「いいえ。それは出来ません。そのまま彼は見捨てなさい。どうせそのままにしておけば勝手に命を落とすでしょう。」
「《────》」
「……はぁ。全く貴女という人は…。彼よりも自分の心配をしてください。……さっき、〈碧のマナ〉を使いましたね?戦闘を行った証が残っていますよ。」
「《────》」
「ですから、このままでは先に貴女が死ぬと言っているんです。今の貴女の状態で激しい戦闘をすればどうなるか、前に教えたでしょう?彼は回復魔法でも使っておけば生き延びます。しかし…貴女は違う。そんな簡単な話ではないのです。」
「《────》」
「……分かりました、分かりましたから。」
アーサーが困った顔で僕の方へ回復術を使う。
温かい光が僕を包み、痛みを和らげる。
あぁ、これで動ける。
そう思った瞬間、隣にいた彼女が力なく倒れたのを見てしまった。
『「っ!?」』
僕達が息を呑んだのは同時だった。
奴は分かっていたようにため息をつきながら彼女へ近付く。
僕は痛みの無くなった体で彼女の体を起こす。
焦点の合わない瞳が何処かを映し、それは同時に彼女が危ないことを表していた。
「スノウっ…!!なんで、どうして…!?」
「早く彼女を。死なれると困るのはこちらも同じですから。」
『一体何が起きてるんですか?!』
「どういう事だ!?何故、こいつが死にかけてる?!」
「話は後です。早く彼女を回復器に入れなければ本当に死にますよ?」
「っ、」
奴に彼女を渋々渡せば、奴は転送魔法を使おうとしていた。
咄嗟に奴を掴めば、一瞬にして視界は変わり、レスターシティの研究所へと戻っていた。
僕が同時に来たことに嫌そうな顔をしたアーサーだったが、すぐに彼女を連れて何処かへと行こうとする。
それを追い掛ければ、そこは前世で来たことのある場所だった。
「最大出力で回復を。このままでは間に合いません。」
「了解しました!」
奴の言葉を研究員らしき人物が聞き、目の前の機械を弄り始める。
恐らくこれは前にも見た、マナ回復器というやつなのかもしれない。
奴は優しく彼女を機械の中に入れると機械を操作し、蓋を閉めてしまう。
同時に機械から何かが駆動する音が鳴り響き、同時にその機械が作動したのが分かる。
僕は彼女の様子を見ようと中を覗こうとしたが、その前に奴によって僕は後ろ手に拘束され、そのまま体を地面に打ち付けられた。
「ぐっ!?」
『坊ちゃん!!?』
「全く…。彼女が何故あなたを贔屓するのか理解に苦しみますねぇ?自分の命の方が危ないというのに。」
「どういう事だ…!?あいつの身に何が起こってる…!?」
僕の上に乗って、手錠で僕の手を拘束した奴を睨みながら僕が問えば、奴はいつもの顔を崩さずに僕を見た。
「今の状況を見て、ボクが貴方に教えるとでも思ったんですか?…クックックッ…!馬鹿ですねぇ?敵に塩を送るなんて愚かな事はしませんよ。えぇ、絶対にねぇ?寧ろここで貴方を始末した方が効率が良い。そう思いませんか?」
「くそっ…!」
僕の周りを〈赤眼の蜘蛛〉の奴らが囲い、武器を構える。
僕の上に乗っているアーサーが周りの奴らに指示をし始める。
僕は〈赤眼の蜘蛛〉の奴らに強制的に立たせられ、それを奴が狂気の笑みで僕を見下ろす。
僕が負けじと睨み返せば、奴は余計に笑みを深くした。
「追って沙汰を下します。精々それまである命に感謝することですねぇ?」
嘲笑う奴の声を聞かせられながら、僕は何処かへと移動させられた。
そこは以前にも居たことのある牢獄だった。
シャルや武器たちを腰から全て引き抜かれ、牢屋の中へ突き飛ばされた僕は、そのまま床に倒れてしまう。
それに〈赤眼の蜘蛛〉の奴らが嘲笑って立ち去っていくのを、僕はジッと睨んでいた。
「くそっ…。一体何が起こってる…?何故、怪我していないはずのスノウが…」
いや、奴は確か〈碧のマナ〉がどうたら、と言っていたはずだ。
激しい戦闘をすれば、スノウの命が危ないとも言っていた。
もしかしてあの時感じた違和感はそういう事なのか?
強い魔物に対して、出し惜しみするように初級の術しか使わなかった彼女。
もしかして、強い術を使えば自分が死ぬことが分かっていたから出し惜しみしたのだとすれば…全ての辻褄が合う。
それに魔物と戦闘をしていた時に、彼女の瞳の色や髪の色が一時的にとはいえ、元の色に戻っていたのが気にかかる。
結局、黒に戻ってしまったが……その時、絶望的な表情をさせたのは何故だ?
考えれば考えるほど、謎が深まっていく。
彼女の中で一体全体、何が起こっているのか。
これが僕が彼女に歩み寄る為の重要な鍵なのだ、とそう感じた。