第二章・第1幕【裏切り者編】
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008.足跡
___ハイデルベルグ二日目
昨日の夜にリオンと修羅が押し掛けて来た、という事件があったもののそれ以降現れなかった奴らに、アーサーが溜息を零しながら呆れていた。
まさか、修羅とリオンだけこの街に来れているとは思わなかった。
そう、思ったからだ。
以前の修羅であれば、リオンと行動する事も無かっただろうし、何より彼の瞬間移動の距離数はアーサーも熟知していた。
なのに、今回ばかりはそれもアテが外れてしまったのだ。
困った顔をさせたアーサーはスノウが起きてくるだろう時間に宿屋の食堂へと向かった。
しかし、そのスノウが起きてこない。
不審に思ったアーサーが探知をして、彼女の身の安全を確認するが、ちゃんと部屋の中に存在している。
そしてもう一つ、気付いたことがある。
彼女はベッドの中から一歩も動いていない、という事だ。
流石にアーサーもそれには驚いて、少しだけ歩幅を大きくして歩き、スノウの部屋の前へと立つ。
ゆっくり丁寧にノックをした後、扉を開けてみるが彼女からの反応は無かった。
「……入りますよ。スノウ・エルピス。」
反応が無いまま中へと入ったアーサー。
そしてベッドの前に立って彼女を見たアーサーは、その後納得した顔でベッドの中の彼女を見つめる。
……どうやら昨日の戦闘が響いているようだった。
彼女の中の隠されたマナを使いすぎたのか、スノウの顔色が今ひとつであった。
固く閉ざされた瞼と、その顔色の悪さでアーサーはすぐにレスターシティへと戻ることを決意する。
すぐに救護班に彼女を診せる必要があったからだ。
アーサーがスノウをそのまま抱き上げると、そこへ丁度タイミングの悪いことにあの二人組がやってきた。
堂々と不法侵入よろしく扉を乱暴に開け放ち、スノウを抱き上げた自分を睨む二人組にアーサーも呆れながら体を向けた。
「スノウっ!?」
「貴様っ…!そいつに何をした!?」
「何もしていませんよ。ただ、彼女の具合が芳しくない。…そう言っておきましょうか。」
「あんたがスノウに何かをしたからじゃないのかよ?!」
「誤解ですねぇ?ボクは何もしていませんよ。ですが…このままだと彼女は悪化するばかりです。ここは早めに退散させてもらいましょうか。」
「「待てっ!!!」」
二人の静止の声を無視して、一瞬にしてアーサーはレスターシティへと戻った。
そしてその足はすぐに救護班の方へと向けられ、歩き出した。
こうしてスノウはまたしてもマナ回復器に入れられて、意図せずマナを回復させる期間に入ったのだった。
……しかし、何より誤算だったのはそこから毎日のように研究所へ襲撃してくるカイルたちの存在だった。
アーサーもこれには溜息をつかずにはいられず、追い出してもまたやってきて、最早お手上げ状態であった。
その上、数日すれば修羅やリオンまでもその襲撃に加担するようになり、作戦がより濃厚になっていく。
アーサーからすれば、面倒なことこの上ない。
そんな状態が数日続いたが、流石に幹部クラスの壁を突破されることはなく、スノウのいる検査場まで侵入されることもなかったのが唯一の救いであった。
「……また来ましたか。」
今日もまた、侵入者を報せる警報が鳴り響く。
辺りを染める赤い警告色のランプを見ながらため息をついたアーサーは、仕方なく彼らへと条件を出すことにしてみた。
内容は…〝白髪で白い服を着て、丸いメガネをした男を捕獲し、ここまで連れてきたらスノウと少しの間話をさせても良い〟といったものだ。
彼らの目的はスノウただ一人。
しかし〈赤眼の蜘蛛〉としては、彼女を渡す訳にはいかないし、かと言って毎日不法侵入されるのも困りものだ。
ならば、当面の悩みの種である男の捕獲を向こうでして来てくれさえすればアーサーも満足する。
そこまで思い至って、アーサーは彼らへとそう告げた。
最初は疑われたものだが、その提案は向こうとしても魅力的で良かったのか、次の日からの襲撃がなくなりアーサーも安堵した。
そうしてスノウが目覚めたのは、マナ回復器に入って一週間後の話……。
……
………………
………………………………
「……。」
目覚めたスノウは、マナ回復器の中で目覚める。
一瞬ここが何処か分からなかったスノウだが、見慣れた光景であったのですぐにここがレスターシティの研究所の中であることが分かった。
ただ、何故ここに戻ってきていたのかは謎ではあるが……。
「???」
何故自分はこの中に入れられていたのだろう?
マナが底を尽きて、死にかけたのだろうか?
そんなスノウの疑問に答えてくれる人物など、近くにいない。
この回復器の中から操作できるはずもなく、スノウは回復器の中に閉じ込められたまま暫くそのままで過ごす羽目になった。
中から叩いてみても、なんの反応もない。
体を起こそうにも、回復器の蓋が邪魔になって体を起こすことも不可能だ。
誰か来てくれ、とスノウが静かに願っていれば、回復器の中を覗き込む二人の存在がいた。
……医療班の人とアーサーである。
これは好機だ、とスノウが中から叩けばすぐに蓋が開き、体を起こせる状態となった。
すぐに体を起こしたスノウは、浮かんでいた疑問をアーサーにぶつけてみた。
するとアーサーもすぐにスノウの顔を見て、無き言葉を察して答えを言ってくれた。
「先日、ハイデルベルグの外で戦闘を行い、宿で寝たところまでは覚えていますね?」
「…。」
コクコクと頷いたスノウにアーサーは頷き、続きを話す。
「その戦闘のせいで貴女の中のマナが無くなっていたようです。次の日、目を覚まさずここへ戻ってきたのですよ。」
「《そうだったのか。ありがとう、助けてくれて。》」
「いえいえ。感謝には及びませんよ。」
医療班から受け取った紙に感謝を書き記しながら、スノウは事態を把握する。
なるほど、そういう事ならば仕方ない。
スノウが納得をしていれば、医療班の人から検査の勧めを受け、渋々また検査に入ったスノウを見て、アーサーが笑っていた。
そうして一日を費やした検査も、何の異常もなく終わってしまった。
……
………………
………………………………
結局スノウは、次の日からは普通通りに過ごし、仕事を手伝う傍ら、勉学にも励み、戦闘シミュレータで戦闘を行って体がなまらないようにしていた。
そんなある日、いつものように研究所内の廊下を歩いているとアーサーともう1人、見知らぬ人物が横に並んで歩いていた。
どうやら男の人のようだが、人見知りするタイプなのかスノウを見た瞬間に、頭を下げるだけに留まった。
「《えっと……そちらの方は?》」
「あぁ、紹介していませんでしたね。こちらは〈赤眼の蜘蛛〉の幹部の一人、【ジョシュア】。一応人形師、というやつですね。」
「《こんにちは、ジョシュアさん。……と書いてみたは良いけど、日本語読めますか?》」
「あぁ、彼は英語圏の人なんです。日本語は少し出来るそうですが、ボクが居ない時にはなるべく英語でお願いします。今はボクが翻訳しますので、ご安心を。」
「《分かった。気をつけるよ。》」
優男、というか物憂げな表情の男というか……なんて言うんだろう?
もっと自分に自信があれば女性にも受けそうな容姿をしているし、何よりアーサーとはまた違った金髪で綺麗である。
鼻も高いことから、日本人であるスノウから見れば所謂、ザ・外国人という顔つきである。
見目麗しいのに、その見た目の性格のせいでスノウには残念だと思わせた。
そんなスノウを見て、ジョシュアは手に持っていた人形をスノウの目の高さに合わせると人形師らしく、人形を動かした。
それも、ちゃんと腹話術である。
『こんにちは、お嬢さん。』
「(え?)」
この格好を見て、一発で女性だと判別出来るのは凄いことだ。
今のスノウはスーツ姿で、胸も潰しているし、見た目では男と間違えられる方が確実に多いのに。
彼はそんなスノウを見て、ちゃんと〝お嬢さん〟と言ったのだ。
驚きでスノウが言葉を失えば、横にいたアーサーが可笑しそうに笑っていた。
「《えっと、こんにちは。ジョシュアさん…?》」
『いいえ。私の事はフランチェスカと呼んで?』
お人形を喋らせていることから、もしかしたらフランチェスカという名前はこの子の名前なのかもしれない。
スノウはすぐに訂正して名前を呼ぶと、心做しかお人形であるフランチェスカが喜んだ顔をした……気がした。
その元となるジョシュアは、フランチェスカと同じで嬉しそうな顔をしていたが。
「《よろしく、フランチェスカ。》」
『こちらこそ、よろしくお願いしますわ。スノウさま?』
「《さま付けはよしてくれ。堅苦しいのは苦手なんだ。》」
『えぇ、分かったわ!スノウ。』
……しっかし、このお人形は女の子で可愛らしい見た目であり、その人形の声まで可愛らしく出来るとは…恐るべし、ジョシュアさん。
まさに虹色の声を持つお人だ。
そんな感想を抱きながら、挨拶を終えればもの珍しそうにアーサーがジョシュアを見ていたので、スノウは首を傾げる。
しかし何故アーサーがそんな顔をさせたかは、スノウでは分からなかった。
「ジョシュア。彼女が例の〈星詠み人〉ですよ。何か困ったことがあったら力を貸してあげてください。彼女もれっきとした〈赤眼の蜘蛛〉の一員ですから。」
「………………Sure…。」
「(長…。)」
受け答えするまでの間が長い…。
その上驚かされるのは、実物はかなり声が低く、先程フランチェスカの声を出していた本人とは到底思えないような低い声だった。
“両声類”とはこの事だろうな、とふと思った。
『体調が芳しくない状態だと聞いたわ?体の方、大丈夫?』
「《あ、うん。今の所は大丈夫だ。どうもマナを使うと回復が遅くて体調が悪くなるみたいなんだ。》」
マナの回復を上回るマナの消費量らしく、魔法を使えば容赦なくマナ回復器のお世話になりかねない事が最近分かってきた。
そもそもマナの回復が今の自分は遅いようなのでどうしようもないが、アーサーから定期的にマナ回復器に入るよう言われた手前、検査室から指示があればその度に回復器に入っているので最近の調子はよろしかった。
『そう。それなら安心だわ!私もこの人も心配性だから気を付けてくださいませ!』
「………………気を付けて…。」
「《ありがとう。フランチェスカ、ジョシュアさん。》」
「………………呼び捨てで構いません…。」
「《分かった。これからは呼び捨てで呼ぶよ、ジョシュア。》」
『これで皆、仲良しですわね!』
フランチェスカがスノウの手を握ってきたので、反射的にその小さな手を握り返せば、今度は上下に激しく振られてしまった。
…ここまで激しいと、この人形の手が取れないか心配になる。
不安そうな顔をしていたからか、ジョシュアがスノウを見てフッと笑った。
それをまた物珍しそうに見遣るアーサー。
「彼がここまで心を開くのは、中々無いことなんですよ。」
「《あ、そうなんだ?なら、彼とも仲良くなれたって事なのかな。》」
「えぇ。彼が言わずともそうでしょう。彼の人見知り具合は海琉に続いて2番目でしたからねぇ?」
「《それって…結構な人見知り具合だと思うけど…?》」
海琉でさえ、まだ修羅の事を名前で呼んだのを見たことがない。
彼もけっこうな人見知り具合だと思っていたが故に、この大人な男性が人見知りだというのは中々想像し難い。
スノウが目を向けると、その綺麗な赤い瞳は物憂げだった瞳に優しさを灯してスノウを映す。
どうやら友好的ではあるらしく、スノウの視線に嫌な顔一つせずにジッと見つめ返してくれた。
『そんなに見られると恥ずかしいわ。』
「《あ……ごめん。》」
『フフフッ!それ程ジョシュアに夢中って事でしょ?それなら別に構わないわよ?存分に見て頂戴?』
「…………フランチェスカ…。流石にそれは……。」
『良いじゃないのよ!ジョシュアにとって、大事な大~事な思い出の1ページになるかもしれないのよ?喜ばしいじゃない!』
「???」
まるで二人で会話をしているみたい。
スノウがそう思いながら、話す二人を見つめれば、それにいち早く気付いたのは人形のフランチェスカだった。
『なーに?スノウ。私の体に何か付いてるかしら?』
「《ううん。違うよ。……何だか、二人は仲が良いんだなって思ってね?》」
『「……。」』
スノウがそう言うと、目を瞬かせたながらお互いを見るフランチェスカとジョシュア。
そしてプッと吹き出して、可笑しそうに笑いだした。
それを見ていたスノウには、その光景でさえ不思議で堪らなかった。
お互いに声を発している今の状況がとても不思議で、不思議で。
遂には涙が溢れそうになるジョシュアを見て、アーサーもクスリと笑う。
そしてスノウを見て、いつものニコニコとした顔を向けた。
「……貴女の魅力は底知らずですねぇ?」
「??????」
「いえ、こちらの話です。お気になさらず…。」
アーサーが「天然は怖いですねぇ」なんて呟いていたが、結果、アーサーの言葉に更にスノウの頭にはハテナが浮かぶ羽目になるだけだった。
そんなスノウへフランチェスカが笑いながら話し掛ける。
それをアーサーの通訳を通して、暫く会話する4人。
しかし、そんな4人の話の途中……辺りに赤い警告ランプの点滅が目を刺激する。
同時に危険を報せるサイレンも鳴り始め、警戒したのはスノウ一人だけだった。
『またですの?何度彼らはここに来たら気が済むのかしら?』
「それはこっちが聞きたいくらいですよ。全く……休む暇もない。」
「《一体何が…?》」
「スノウ・エルピス。貴女は例の場所まで避難を。もしかしたら呼ぶ事になるかもしれないのでカードキーを常に持っていてください。呼ぶ際は放送致します。」
「《あ、うん。分かった。》」
スノウのその返事を見ずにアーサーが歩き出してしまう。
それを不思議そうに見つめたスノウを見て、フランチェスカが説明をしてくれた。
『スノウを狙う不届きな輩が、先日ずっと毎日のように来ていたのですわ!最近は大人しかったのに、またこれですのよ!?全く…お相手さんは何がしたいのかしら?』
「(毎日来る…輩……?もしかして…リオン達だったりする、のか…?)」
「………………スノウ。It's better to hide quickly. Because you never know what will happen.(早く隠れた方が良いですよ。いつ何が起こるか、分かりませんから。)」
「《Sure.(了解)》」
アーサーがいなくなった為、英語での会話となった二人だが、スノウ自身が英語に精通しているのもあり、苦労は無かったようだ。
何事もなく移動するスノウをジョシュアとフランチェスカが見送ったのだった。
……
………………
………………………………
足早に例の避難場所まで駆けていくスノウ。
辺りのサイレンや警告ランプが消える事はないところを見れば、まだ侵入者が帰らないのだろう。
アーサーがいれば何とかしてくれそうな物だが……。
『……緊急放送、緊急放送。…スノウ・エルピス。至急、ロビー付近までお願いします。繰り返します。スノウ・エルピスは至急、ロビー付近までお願いします。』
館内放送が流れ、ピタリと足を止めたスノウは、その放送を聞いてすぐに今来た道を引き返す。
そしてアーサーがいるだろうロビー付近に姿を表せば、途端に周りが騒がしくなった。
「¥✕>!」
「☆$*:〒%!?」
知らない言語でスノウに話し掛ける“仲間たち”。
……否、もう仲間ではなかったのだった。
罰が悪そうに視線を逸らせたスノウだったが、その視線を逸らせた先が悪かった。
白髪で丸い眼鏡、そして白い服を着た男が彼らの近くにいて、困惑した表情を周りに向けていたからだ。
思わず目を疑って駆け出したスノウは、慌てて男の袖を掴む。
しかし、よくよく見れば同じ服装をした別の男性だということが分かる。
それに残念そうな顔をしたスノウは、掴んでいた手を離し、その場で俯いては強く唇を噛んだ。
「……どうやら、違ったようですねぇ?」
「……。」
「態々ご足労かけたのに申し訳ありません。もう一度確認しますが……本当にこの人ではないんですね?」
スノウはアーサーの方を向き、大きくしっかりと頷いた。
それに「ふむ。」と口元に手を当てたアーサーだったが、カイル達がまた何やら騒ぎ出したので、若干眉間にシワを寄せていた。
珍しい、とスノウがアーサーのその顔を見ていれば、アーサーは黒いフードの中の表情をいつもの顔へと戻していた。
『アーサー様!スノウ!!』
そんな二人へ今度はフランチェスカとジョシュアのお出ましだった。
慌てた様子の二人に、アーサーとスノウも怪訝な顔で見る。
しかしその言葉を聞いて、二人はまたハッとすることとなる。
『緊急事態よ!!例の男がファンダリア地方のサイリルで発見されたらしいわ!!!』
「「!!!」」
今度こそ、とスノウがアーサーを見た。
しかし、そのスノウとアーサーの間に入り込んできた人物に目を丸くさせることになる。
「¥✕>。」
『¥✕>!』
しっかりと紫の瞳にスノウを映し、彼女の肩に手を置くリオン。
まるでそれは逃さない、と言っているようにも思えた。
「…^\・+€。」
「……。」
スノウにとってはとてつもなく破壊的なあの衣装を身に纏い、見目麗しき事だが……言葉は全く通じなかった。
瞳を揺らすスノウにリオンは優しく話し掛ける。
しかし、スノウは顔を俯かせてグッと指に力を入れていた。
そしてリオンの肩を押し、強く彼を睨んだ。
……本当は、そうすること自体、心が痛いのに……そうせざるを得なかった。
「だから言っているでしょう?スノウ・エルピスはもう〈赤眼の蜘蛛〉の仲間なのだと。」
アーサーの声が聞こえてきて、スノウは顔を上げる。
するとそこにはリオンの背後に武器を持ったアーサーがいた。
咄嗟にリオンを押し出して、アーサーの攻撃を回避させればリオンの瞳が強い意志を宿す。
そしてリオンはスノウの腕を掴み、走り出そうとした。
しかしそう上手くはいかない。
スノウもまた、その手から腕を引き抜こうとし、足を踏ん張らせて連れて行かれないようにしていた。
「~~~~っ!!」
しかし流石は男の力である。
強い力で引っ張られ、そのままスノウは引きづられるようにして連れて行かれそうになっていたが、間髪入れずにアーサーがそれを止めに入った。
そしてアーサーがスノウを見て頷けば、スノウはリオンの方ではなく、アーサーの方へと手を伸ばし、彼の手を掴む。
その瞬間、アーサーは瞬間移動を使った。
……使ったのだが…。
『◯✕◯✕!!』
「°°◯=☆→:!!」
スノウの手を掴んでいたリオンまで連れてきてしまったのだ。
アーサーがしまった、と顔を僅かに崩し、スノウは戸惑いの表情を浮かべてリオンから遠ざかろうとした。
しかしリオンは諦めてなかったのだ。
優しく…しかし強くスノウを抱きしめて、優しい声色で話し掛ける。
例え、言葉が分からなくても。それでもリオンは諦めたくなかった。
「(…この匂い……レディのだ。)」
抱きしめられたことにより、鼻を擽る香りは前前世から全く変わらないものだった。
安心するその香りを嗅いで、思わずスノウの体の緊張も解けてしまう。
それが伝わったのか、リオンは更に強く抱きしめた。
〝想いよ、伝われ。〟
その気持ちだけを感じ取れるように、強く、強くスノウを抱き締めた。
すると突然、リオンが大きく動き、スノウが慌ててリオンにしがみつく。
その理由は、アーサーがリオンに容赦ない攻撃を浴びせようとしたからだ。
スノウを抱き締める力を弱めずに、片方だけで武器を手に取ったリオンはアーサーを睨みつけ、スノウを取られないようにと腕の力を強くする。
アーサーもまた、煩わしそうにリオンを睨み、武器を構えた。
「……何度も言っているでしょう?スノウ・エルピスはあなたがたの所へは行きません。彼女だって自分の意志で我らのところにいます。それを否定する気ですか?」
「☆$*:〒%」
強く信念を持ったリオンの声音を聞き届けたスノウ。
あれほど、自分が裏切る行為をしてもまだ彼は自分を信用するというのか。
そこまで自分との約束を守ってくれるのか、と心が揺れ動こうとして……しかし、彼女の心が許さなかった。
何度も彼の前に裏切り者として現れた自分。
それを彼が許しても、自分は当然許せなかった。
もう嫌われても仕方ないと思えるほど、彼を傷つけたのだ。
取り返しのつかないことだと分かって、スノウは今まで行動してきた。
だから────
「!!!」
リオンの胸を強く押し、相棒に手をかけてリオンを睨んだスノウ。
それにリオンが悔しそうに口を引き結んだ。
『#+✕<*:→♪¥$…?』</span>
シャルティエの恐る恐る言った言葉で、リオンが立ち止まり、アーサーはそんなリオンを相変わらず睨みつける。
そして武器をしまったリオンに二人は驚いた。
「……〒+¥☆%<」</span>
「……ふむ。それは一理ありますね。…では一時休戦と致しましょう。スノウ・エルピス。武器を下ろしてください。先に例の男の捜索に行きますよ。」
「……。」
アーサーの言葉に従い、武器に手をかけていたスノウはゆっくりと手をおろした。
そしてアーサーの言葉で気付いたのだ。
咄嗟にシャルティエが男を追いかけなくていいのか、と発したのだと。
シャルティエを見ていたスノウをリオンが見つめ、不思議そうな顔をさせたが、すぐにシャルティエを外しスノウに渡そうとしてきた。
ただシャルティエが言ったんだろう、と見当つけて、シャルティエ自身を見つめていただけだったので首を振って丁重に断ったスノウは、すぐにアーサーの横へと走り出し、並ぶ。
それを恨めしそうにリオンが見つめていたことは気づいていなかった。
「向こうから提案してきたのですよ。男を探さなくていいのか、と。」
「《なるほどね?早くしないとまた見失ってしまうかもしれないね。》」
「えぇ。ですから一時休戦としたのです。」
「《というか、あの男の人はファンダリア地方にばかり出現するね。今の所、高確率だよ。》」
「……確かに。やはりこの地方に、何かあるのでしょうねぇ?」
アーサーと話していたスノウだが、その隣にリオンが並んだことで話が一時止まる。
するとリオンの顔が不貞腐れていることが分かり、スノウが思わず目を丸くさせる。
そんな表情を見て、フッと笑ってしまったが、スノウはすぐにアーサーとの会話に戻っていってしまった。
暫くそんな状態が続いていたが、アーサーが雪に残る足跡を見つけたことによって話が中断する。
そしてスノウが慌てて足跡を追うように駆け出していったのを見た二人もまた、スノウのあとを追いかけていった。
「(今度こそ…お願い…!!居てくれ…!!)」
切実な願いを抱きながら走るスノウ。
雪国での歩き方も、走り方も熟知しているスノウはあっという間に二人を引き離し、足跡だけを追っていく。
……しかし、
「(そんな…。)」
またしても足跡が途切れていた。
草木に紛れ込んだ可能性もあり、周りを見渡したり、足跡を探すために草木を掻き分けてみたが、それも無駄骨で終わってしまった。
脱力するかのようにその場で崩れ落ちたスノウの元へ、アーサーとリオンも駆けつける。
しかしそんな落ち込んだスノウの様子を見て、二人も察したのだ。
足跡が無かったのだろう、と。
「……。」
悔しそうに拳を雪にぶつけるスノウを見て、流石に二人も同情の眼差しを寄せる。
そしてリオンはスノウの側に寄ると、雪の中にあったスノウの手を救い出し、その冷たくなった手を温め始めた。
スノウの表情は俯いていて計り知れなかったけど、今自分の出来ることをしよう。
そう思って、スノウの手を温めた。
拒みもしないスノウから、ひとしずくの涙が雪の上に落ちたのを見て、リオンは僅かに目を見張った。
そして、リオンもまた辛そうに顔を歪めてスノウを今度は優しく抱き締めた。
……今度は彼女の体ごと、冷たくなっていた。
「……。……例の男は見つかりませんでした。引き続き捜索をお願いします。」
その後ろでアーサーが無線機で連絡事項を伝えていた。
遠ざかる足音を聞きながら、スノウは目の前の温もりに少しだけ縋りたくなったのだった。
___ハイデルベルグ二日目
昨日の夜にリオンと修羅が押し掛けて来た、という事件があったもののそれ以降現れなかった奴らに、アーサーが溜息を零しながら呆れていた。
まさか、修羅とリオンだけこの街に来れているとは思わなかった。
そう、思ったからだ。
以前の修羅であれば、リオンと行動する事も無かっただろうし、何より彼の瞬間移動の距離数はアーサーも熟知していた。
なのに、今回ばかりはそれもアテが外れてしまったのだ。
困った顔をさせたアーサーはスノウが起きてくるだろう時間に宿屋の食堂へと向かった。
しかし、そのスノウが起きてこない。
不審に思ったアーサーが探知をして、彼女の身の安全を確認するが、ちゃんと部屋の中に存在している。
そしてもう一つ、気付いたことがある。
彼女はベッドの中から一歩も動いていない、という事だ。
流石にアーサーもそれには驚いて、少しだけ歩幅を大きくして歩き、スノウの部屋の前へと立つ。
ゆっくり丁寧にノックをした後、扉を開けてみるが彼女からの反応は無かった。
「……入りますよ。スノウ・エルピス。」
反応が無いまま中へと入ったアーサー。
そしてベッドの前に立って彼女を見たアーサーは、その後納得した顔でベッドの中の彼女を見つめる。
……どうやら昨日の戦闘が響いているようだった。
彼女の中の隠されたマナを使いすぎたのか、スノウの顔色が今ひとつであった。
固く閉ざされた瞼と、その顔色の悪さでアーサーはすぐにレスターシティへと戻ることを決意する。
すぐに救護班に彼女を診せる必要があったからだ。
アーサーがスノウをそのまま抱き上げると、そこへ丁度タイミングの悪いことにあの二人組がやってきた。
堂々と不法侵入よろしく扉を乱暴に開け放ち、スノウを抱き上げた自分を睨む二人組にアーサーも呆れながら体を向けた。
「スノウっ!?」
「貴様っ…!そいつに何をした!?」
「何もしていませんよ。ただ、彼女の具合が芳しくない。…そう言っておきましょうか。」
「あんたがスノウに何かをしたからじゃないのかよ?!」
「誤解ですねぇ?ボクは何もしていませんよ。ですが…このままだと彼女は悪化するばかりです。ここは早めに退散させてもらいましょうか。」
「「待てっ!!!」」
二人の静止の声を無視して、一瞬にしてアーサーはレスターシティへと戻った。
そしてその足はすぐに救護班の方へと向けられ、歩き出した。
こうしてスノウはまたしてもマナ回復器に入れられて、意図せずマナを回復させる期間に入ったのだった。
……しかし、何より誤算だったのはそこから毎日のように研究所へ襲撃してくるカイルたちの存在だった。
アーサーもこれには溜息をつかずにはいられず、追い出してもまたやってきて、最早お手上げ状態であった。
その上、数日すれば修羅やリオンまでもその襲撃に加担するようになり、作戦がより濃厚になっていく。
アーサーからすれば、面倒なことこの上ない。
そんな状態が数日続いたが、流石に幹部クラスの壁を突破されることはなく、スノウのいる検査場まで侵入されることもなかったのが唯一の救いであった。
「……また来ましたか。」
今日もまた、侵入者を報せる警報が鳴り響く。
辺りを染める赤い警告色のランプを見ながらため息をついたアーサーは、仕方なく彼らへと条件を出すことにしてみた。
内容は…〝白髪で白い服を着て、丸いメガネをした男を捕獲し、ここまで連れてきたらスノウと少しの間話をさせても良い〟といったものだ。
彼らの目的はスノウただ一人。
しかし〈赤眼の蜘蛛〉としては、彼女を渡す訳にはいかないし、かと言って毎日不法侵入されるのも困りものだ。
ならば、当面の悩みの種である男の捕獲を向こうでして来てくれさえすればアーサーも満足する。
そこまで思い至って、アーサーは彼らへとそう告げた。
最初は疑われたものだが、その提案は向こうとしても魅力的で良かったのか、次の日からの襲撃がなくなりアーサーも安堵した。
そうしてスノウが目覚めたのは、マナ回復器に入って一週間後の話……。
……
………………
………………………………
「……。」
目覚めたスノウは、マナ回復器の中で目覚める。
一瞬ここが何処か分からなかったスノウだが、見慣れた光景であったのですぐにここがレスターシティの研究所の中であることが分かった。
ただ、何故ここに戻ってきていたのかは謎ではあるが……。
「???」
何故自分はこの中に入れられていたのだろう?
マナが底を尽きて、死にかけたのだろうか?
そんなスノウの疑問に答えてくれる人物など、近くにいない。
この回復器の中から操作できるはずもなく、スノウは回復器の中に閉じ込められたまま暫くそのままで過ごす羽目になった。
中から叩いてみても、なんの反応もない。
体を起こそうにも、回復器の蓋が邪魔になって体を起こすことも不可能だ。
誰か来てくれ、とスノウが静かに願っていれば、回復器の中を覗き込む二人の存在がいた。
……医療班の人とアーサーである。
これは好機だ、とスノウが中から叩けばすぐに蓋が開き、体を起こせる状態となった。
すぐに体を起こしたスノウは、浮かんでいた疑問をアーサーにぶつけてみた。
するとアーサーもすぐにスノウの顔を見て、無き言葉を察して答えを言ってくれた。
「先日、ハイデルベルグの外で戦闘を行い、宿で寝たところまでは覚えていますね?」
「…。」
コクコクと頷いたスノウにアーサーは頷き、続きを話す。
「その戦闘のせいで貴女の中のマナが無くなっていたようです。次の日、目を覚まさずここへ戻ってきたのですよ。」
「《そうだったのか。ありがとう、助けてくれて。》」
「いえいえ。感謝には及びませんよ。」
医療班から受け取った紙に感謝を書き記しながら、スノウは事態を把握する。
なるほど、そういう事ならば仕方ない。
スノウが納得をしていれば、医療班の人から検査の勧めを受け、渋々また検査に入ったスノウを見て、アーサーが笑っていた。
そうして一日を費やした検査も、何の異常もなく終わってしまった。
……
………………
………………………………
結局スノウは、次の日からは普通通りに過ごし、仕事を手伝う傍ら、勉学にも励み、戦闘シミュレータで戦闘を行って体がなまらないようにしていた。
そんなある日、いつものように研究所内の廊下を歩いているとアーサーともう1人、見知らぬ人物が横に並んで歩いていた。
どうやら男の人のようだが、人見知りするタイプなのかスノウを見た瞬間に、頭を下げるだけに留まった。
「《えっと……そちらの方は?》」
「あぁ、紹介していませんでしたね。こちらは〈赤眼の蜘蛛〉の幹部の一人、【ジョシュア】。一応人形師、というやつですね。」
「《こんにちは、ジョシュアさん。……と書いてみたは良いけど、日本語読めますか?》」
「あぁ、彼は英語圏の人なんです。日本語は少し出来るそうですが、ボクが居ない時にはなるべく英語でお願いします。今はボクが翻訳しますので、ご安心を。」
「《分かった。気をつけるよ。》」
優男、というか物憂げな表情の男というか……なんて言うんだろう?
もっと自分に自信があれば女性にも受けそうな容姿をしているし、何よりアーサーとはまた違った金髪で綺麗である。
鼻も高いことから、日本人であるスノウから見れば所謂、ザ・外国人という顔つきである。
見目麗しいのに、その見た目の性格のせいでスノウには残念だと思わせた。
そんなスノウを見て、ジョシュアは手に持っていた人形をスノウの目の高さに合わせると人形師らしく、人形を動かした。
それも、ちゃんと腹話術である。
『こんにちは、お嬢さん。』
「(え?)」
この格好を見て、一発で女性だと判別出来るのは凄いことだ。
今のスノウはスーツ姿で、胸も潰しているし、見た目では男と間違えられる方が確実に多いのに。
彼はそんなスノウを見て、ちゃんと〝お嬢さん〟と言ったのだ。
驚きでスノウが言葉を失えば、横にいたアーサーが可笑しそうに笑っていた。
「《えっと、こんにちは。ジョシュアさん…?》」
『いいえ。私の事はフランチェスカと呼んで?』
お人形を喋らせていることから、もしかしたらフランチェスカという名前はこの子の名前なのかもしれない。
スノウはすぐに訂正して名前を呼ぶと、心做しかお人形であるフランチェスカが喜んだ顔をした……気がした。
その元となるジョシュアは、フランチェスカと同じで嬉しそうな顔をしていたが。
「《よろしく、フランチェスカ。》」
『こちらこそ、よろしくお願いしますわ。スノウさま?』
「《さま付けはよしてくれ。堅苦しいのは苦手なんだ。》」
『えぇ、分かったわ!スノウ。』
……しっかし、このお人形は女の子で可愛らしい見た目であり、その人形の声まで可愛らしく出来るとは…恐るべし、ジョシュアさん。
まさに虹色の声を持つお人だ。
そんな感想を抱きながら、挨拶を終えればもの珍しそうにアーサーがジョシュアを見ていたので、スノウは首を傾げる。
しかし何故アーサーがそんな顔をさせたかは、スノウでは分からなかった。
「ジョシュア。彼女が例の〈星詠み人〉ですよ。何か困ったことがあったら力を貸してあげてください。彼女もれっきとした〈赤眼の蜘蛛〉の一員ですから。」
「………………Sure…。」
「(長…。)」
受け答えするまでの間が長い…。
その上驚かされるのは、実物はかなり声が低く、先程フランチェスカの声を出していた本人とは到底思えないような低い声だった。
“両声類”とはこの事だろうな、とふと思った。
『体調が芳しくない状態だと聞いたわ?体の方、大丈夫?』
「《あ、うん。今の所は大丈夫だ。どうもマナを使うと回復が遅くて体調が悪くなるみたいなんだ。》」
マナの回復を上回るマナの消費量らしく、魔法を使えば容赦なくマナ回復器のお世話になりかねない事が最近分かってきた。
そもそもマナの回復が今の自分は遅いようなのでどうしようもないが、アーサーから定期的にマナ回復器に入るよう言われた手前、検査室から指示があればその度に回復器に入っているので最近の調子はよろしかった。
『そう。それなら安心だわ!私もこの人も心配性だから気を付けてくださいませ!』
「………………気を付けて…。」
「《ありがとう。フランチェスカ、ジョシュアさん。》」
「………………呼び捨てで構いません…。」
「《分かった。これからは呼び捨てで呼ぶよ、ジョシュア。》」
『これで皆、仲良しですわね!』
フランチェスカがスノウの手を握ってきたので、反射的にその小さな手を握り返せば、今度は上下に激しく振られてしまった。
…ここまで激しいと、この人形の手が取れないか心配になる。
不安そうな顔をしていたからか、ジョシュアがスノウを見てフッと笑った。
それをまた物珍しそうに見遣るアーサー。
「彼がここまで心を開くのは、中々無いことなんですよ。」
「《あ、そうなんだ?なら、彼とも仲良くなれたって事なのかな。》」
「えぇ。彼が言わずともそうでしょう。彼の人見知り具合は海琉に続いて2番目でしたからねぇ?」
「《それって…結構な人見知り具合だと思うけど…?》」
海琉でさえ、まだ修羅の事を名前で呼んだのを見たことがない。
彼もけっこうな人見知り具合だと思っていたが故に、この大人な男性が人見知りだというのは中々想像し難い。
スノウが目を向けると、その綺麗な赤い瞳は物憂げだった瞳に優しさを灯してスノウを映す。
どうやら友好的ではあるらしく、スノウの視線に嫌な顔一つせずにジッと見つめ返してくれた。
『そんなに見られると恥ずかしいわ。』
「《あ……ごめん。》」
『フフフッ!それ程ジョシュアに夢中って事でしょ?それなら別に構わないわよ?存分に見て頂戴?』
「…………フランチェスカ…。流石にそれは……。」
『良いじゃないのよ!ジョシュアにとって、大事な大~事な思い出の1ページになるかもしれないのよ?喜ばしいじゃない!』
「???」
まるで二人で会話をしているみたい。
スノウがそう思いながら、話す二人を見つめれば、それにいち早く気付いたのは人形のフランチェスカだった。
『なーに?スノウ。私の体に何か付いてるかしら?』
「《ううん。違うよ。……何だか、二人は仲が良いんだなって思ってね?》」
『「……。」』
スノウがそう言うと、目を瞬かせたながらお互いを見るフランチェスカとジョシュア。
そしてプッと吹き出して、可笑しそうに笑いだした。
それを見ていたスノウには、その光景でさえ不思議で堪らなかった。
お互いに声を発している今の状況がとても不思議で、不思議で。
遂には涙が溢れそうになるジョシュアを見て、アーサーもクスリと笑う。
そしてスノウを見て、いつものニコニコとした顔を向けた。
「……貴女の魅力は底知らずですねぇ?」
「??????」
「いえ、こちらの話です。お気になさらず…。」
アーサーが「天然は怖いですねぇ」なんて呟いていたが、結果、アーサーの言葉に更にスノウの頭にはハテナが浮かぶ羽目になるだけだった。
そんなスノウへフランチェスカが笑いながら話し掛ける。
それをアーサーの通訳を通して、暫く会話する4人。
しかし、そんな4人の話の途中……辺りに赤い警告ランプの点滅が目を刺激する。
同時に危険を報せるサイレンも鳴り始め、警戒したのはスノウ一人だけだった。
『またですの?何度彼らはここに来たら気が済むのかしら?』
「それはこっちが聞きたいくらいですよ。全く……休む暇もない。」
「《一体何が…?》」
「スノウ・エルピス。貴女は例の場所まで避難を。もしかしたら呼ぶ事になるかもしれないのでカードキーを常に持っていてください。呼ぶ際は放送致します。」
「《あ、うん。分かった。》」
スノウのその返事を見ずにアーサーが歩き出してしまう。
それを不思議そうに見つめたスノウを見て、フランチェスカが説明をしてくれた。
『スノウを狙う不届きな輩が、先日ずっと毎日のように来ていたのですわ!最近は大人しかったのに、またこれですのよ!?全く…お相手さんは何がしたいのかしら?』
「(毎日来る…輩……?もしかして…リオン達だったりする、のか…?)」
「………………スノウ。It's better to hide quickly. Because you never know what will happen.(早く隠れた方が良いですよ。いつ何が起こるか、分かりませんから。)」
「《Sure.(了解)》」
アーサーがいなくなった為、英語での会話となった二人だが、スノウ自身が英語に精通しているのもあり、苦労は無かったようだ。
何事もなく移動するスノウをジョシュアとフランチェスカが見送ったのだった。
……
………………
………………………………
足早に例の避難場所まで駆けていくスノウ。
辺りのサイレンや警告ランプが消える事はないところを見れば、まだ侵入者が帰らないのだろう。
アーサーがいれば何とかしてくれそうな物だが……。
『……緊急放送、緊急放送。…スノウ・エルピス。至急、ロビー付近までお願いします。繰り返します。スノウ・エルピスは至急、ロビー付近までお願いします。』
館内放送が流れ、ピタリと足を止めたスノウは、その放送を聞いてすぐに今来た道を引き返す。
そしてアーサーがいるだろうロビー付近に姿を表せば、途端に周りが騒がしくなった。
「¥✕>!」
「☆$*:〒%!?」
知らない言語でスノウに話し掛ける“仲間たち”。
……否、もう仲間ではなかったのだった。
罰が悪そうに視線を逸らせたスノウだったが、その視線を逸らせた先が悪かった。
白髪で丸い眼鏡、そして白い服を着た男が彼らの近くにいて、困惑した表情を周りに向けていたからだ。
思わず目を疑って駆け出したスノウは、慌てて男の袖を掴む。
しかし、よくよく見れば同じ服装をした別の男性だということが分かる。
それに残念そうな顔をしたスノウは、掴んでいた手を離し、その場で俯いては強く唇を噛んだ。
「……どうやら、違ったようですねぇ?」
「……。」
「態々ご足労かけたのに申し訳ありません。もう一度確認しますが……本当にこの人ではないんですね?」
スノウはアーサーの方を向き、大きくしっかりと頷いた。
それに「ふむ。」と口元に手を当てたアーサーだったが、カイル達がまた何やら騒ぎ出したので、若干眉間にシワを寄せていた。
珍しい、とスノウがアーサーのその顔を見ていれば、アーサーは黒いフードの中の表情をいつもの顔へと戻していた。
『アーサー様!スノウ!!』
そんな二人へ今度はフランチェスカとジョシュアのお出ましだった。
慌てた様子の二人に、アーサーとスノウも怪訝な顔で見る。
しかしその言葉を聞いて、二人はまたハッとすることとなる。
『緊急事態よ!!例の男がファンダリア地方のサイリルで発見されたらしいわ!!!』
「「!!!」」
今度こそ、とスノウがアーサーを見た。
しかし、そのスノウとアーサーの間に入り込んできた人物に目を丸くさせることになる。
「¥✕>。」
『¥✕>!』
しっかりと紫の瞳にスノウを映し、彼女の肩に手を置くリオン。
まるでそれは逃さない、と言っているようにも思えた。
「…^\・+€。」
「……。」
スノウにとってはとてつもなく破壊的なあの衣装を身に纏い、見目麗しき事だが……言葉は全く通じなかった。
瞳を揺らすスノウにリオンは優しく話し掛ける。
しかし、スノウは顔を俯かせてグッと指に力を入れていた。
そしてリオンの肩を押し、強く彼を睨んだ。
……本当は、そうすること自体、心が痛いのに……そうせざるを得なかった。
「だから言っているでしょう?スノウ・エルピスはもう〈赤眼の蜘蛛〉の仲間なのだと。」
アーサーの声が聞こえてきて、スノウは顔を上げる。
するとそこにはリオンの背後に武器を持ったアーサーがいた。
咄嗟にリオンを押し出して、アーサーの攻撃を回避させればリオンの瞳が強い意志を宿す。
そしてリオンはスノウの腕を掴み、走り出そうとした。
しかしそう上手くはいかない。
スノウもまた、その手から腕を引き抜こうとし、足を踏ん張らせて連れて行かれないようにしていた。
「~~~~っ!!」
しかし流石は男の力である。
強い力で引っ張られ、そのままスノウは引きづられるようにして連れて行かれそうになっていたが、間髪入れずにアーサーがそれを止めに入った。
そしてアーサーがスノウを見て頷けば、スノウはリオンの方ではなく、アーサーの方へと手を伸ばし、彼の手を掴む。
その瞬間、アーサーは瞬間移動を使った。
……使ったのだが…。
『◯✕◯✕!!』
「°°◯=☆→:!!」
スノウの手を掴んでいたリオンまで連れてきてしまったのだ。
アーサーがしまった、と顔を僅かに崩し、スノウは戸惑いの表情を浮かべてリオンから遠ざかろうとした。
しかしリオンは諦めてなかったのだ。
優しく…しかし強くスノウを抱きしめて、優しい声色で話し掛ける。
例え、言葉が分からなくても。それでもリオンは諦めたくなかった。
「(…この匂い……レディのだ。)」
抱きしめられたことにより、鼻を擽る香りは前前世から全く変わらないものだった。
安心するその香りを嗅いで、思わずスノウの体の緊張も解けてしまう。
それが伝わったのか、リオンは更に強く抱きしめた。
〝想いよ、伝われ。〟
その気持ちだけを感じ取れるように、強く、強くスノウを抱き締めた。
すると突然、リオンが大きく動き、スノウが慌ててリオンにしがみつく。
その理由は、アーサーがリオンに容赦ない攻撃を浴びせようとしたからだ。
スノウを抱き締める力を弱めずに、片方だけで武器を手に取ったリオンはアーサーを睨みつけ、スノウを取られないようにと腕の力を強くする。
アーサーもまた、煩わしそうにリオンを睨み、武器を構えた。
「……何度も言っているでしょう?スノウ・エルピスはあなたがたの所へは行きません。彼女だって自分の意志で我らのところにいます。それを否定する気ですか?」
「☆$*:〒%」
強く信念を持ったリオンの声音を聞き届けたスノウ。
あれほど、自分が裏切る行為をしてもまだ彼は自分を信用するというのか。
そこまで自分との約束を守ってくれるのか、と心が揺れ動こうとして……しかし、彼女の心が許さなかった。
何度も彼の前に裏切り者として現れた自分。
それを彼が許しても、自分は当然許せなかった。
もう嫌われても仕方ないと思えるほど、彼を傷つけたのだ。
取り返しのつかないことだと分かって、スノウは今まで行動してきた。
だから────
「!!!」
リオンの胸を強く押し、相棒に手をかけてリオンを睨んだスノウ。
それにリオンが悔しそうに口を引き結んだ。
『#+✕<*:→♪¥$…?』</span>
シャルティエの恐る恐る言った言葉で、リオンが立ち止まり、アーサーはそんなリオンを相変わらず睨みつける。
そして武器をしまったリオンに二人は驚いた。
「……〒+¥☆%<」</span>
「……ふむ。それは一理ありますね。…では一時休戦と致しましょう。スノウ・エルピス。武器を下ろしてください。先に例の男の捜索に行きますよ。」
「……。」
アーサーの言葉に従い、武器に手をかけていたスノウはゆっくりと手をおろした。
そしてアーサーの言葉で気付いたのだ。
咄嗟にシャルティエが男を追いかけなくていいのか、と発したのだと。
シャルティエを見ていたスノウをリオンが見つめ、不思議そうな顔をさせたが、すぐにシャルティエを外しスノウに渡そうとしてきた。
ただシャルティエが言ったんだろう、と見当つけて、シャルティエ自身を見つめていただけだったので首を振って丁重に断ったスノウは、すぐにアーサーの横へと走り出し、並ぶ。
それを恨めしそうにリオンが見つめていたことは気づいていなかった。
「向こうから提案してきたのですよ。男を探さなくていいのか、と。」
「《なるほどね?早くしないとまた見失ってしまうかもしれないね。》」
「えぇ。ですから一時休戦としたのです。」
「《というか、あの男の人はファンダリア地方にばかり出現するね。今の所、高確率だよ。》」
「……確かに。やはりこの地方に、何かあるのでしょうねぇ?」
アーサーと話していたスノウだが、その隣にリオンが並んだことで話が一時止まる。
するとリオンの顔が不貞腐れていることが分かり、スノウが思わず目を丸くさせる。
そんな表情を見て、フッと笑ってしまったが、スノウはすぐにアーサーとの会話に戻っていってしまった。
暫くそんな状態が続いていたが、アーサーが雪に残る足跡を見つけたことによって話が中断する。
そしてスノウが慌てて足跡を追うように駆け出していったのを見た二人もまた、スノウのあとを追いかけていった。
「(今度こそ…お願い…!!居てくれ…!!)」
切実な願いを抱きながら走るスノウ。
雪国での歩き方も、走り方も熟知しているスノウはあっという間に二人を引き離し、足跡だけを追っていく。
……しかし、
「(そんな…。)」
またしても足跡が途切れていた。
草木に紛れ込んだ可能性もあり、周りを見渡したり、足跡を探すために草木を掻き分けてみたが、それも無駄骨で終わってしまった。
脱力するかのようにその場で崩れ落ちたスノウの元へ、アーサーとリオンも駆けつける。
しかしそんな落ち込んだスノウの様子を見て、二人も察したのだ。
足跡が無かったのだろう、と。
「……。」
悔しそうに拳を雪にぶつけるスノウを見て、流石に二人も同情の眼差しを寄せる。
そしてリオンはスノウの側に寄ると、雪の中にあったスノウの手を救い出し、その冷たくなった手を温め始めた。
スノウの表情は俯いていて計り知れなかったけど、今自分の出来ることをしよう。
そう思って、スノウの手を温めた。
拒みもしないスノウから、ひとしずくの涙が雪の上に落ちたのを見て、リオンは僅かに目を見張った。
そして、リオンもまた辛そうに顔を歪めてスノウを今度は優しく抱き締めた。
……今度は彼女の体ごと、冷たくなっていた。
「……。……例の男は見つかりませんでした。引き続き捜索をお願いします。」
その後ろでアーサーが無線機で連絡事項を伝えていた。
遠ざかる足音を聞きながら、スノウは目の前の温もりに少しだけ縋りたくなったのだった。