第二章・第1幕【裏切り者編】
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007.[幕間]侵入者(リオンSide)
(*リオンside)
翌日にレスターシティへと辿り着いた僕たち。
覚悟を決めて研究所に入り込めば、意外にも警備は手薄だった。
「な~んだ。誰もいないじゃん。」
「阿呆。気を抜くな。」
「そうだぜ?仮にも〈赤眼の蜘蛛〉の本拠点だしな。以前よりも警備が手薄になっているからって気を緩ませたら、後悔しか残らないぞ?」
「う、うん…。気をつける。」
修羅の指摘に頷き、カイルも静かに気を張りながら中へと進んでいく。
誰もが警戒をする中、修羅の探知でスノウの場所を特定した僕たちは難なくスノウの元まで辿り着くことが出来た。
何故かそこら中にいるオタオタを捕まえて、嬉しそうに頬ずりをする彼女。
可愛い物好きの彼女の性格そのものを見ているようで僕としては微笑ましかったが、その瞬間、赤いランプが辺りを照らす。
そして警告音とともに放送が流れた。
『……緊急放送です。侵入者あり…侵入者あり…。スノウ・エルピスは直ちに避難を開始してください。繰り返します。侵入者あり、スノウ・エルピスは直ちに避難を開始してください。』
ハッとしたような彼女の顔を見て、僕は思わず彼女の名前を呼んでいた。
「スノウっ!!」
「っ、」
こっちを見て、僕たちを視認した彼女はオタオタを抱きしめる力を強め、こちらを睨んでいた。
同時に、修羅も彼女の名前を呼ぶ。
しかし逃げようとする彼女を誰もが逃さないように周りを囲えば、彼女は余計に警戒をしてこちらを睨みつけてきた。
…あぁ、そんな顔が見たいわけじゃないのに。
「スノウ。あんた、俺の言葉は分かるよな?」
「……。」
「色々言いたい事はあるけど…。まずはこれだけ言わせてくれ。俺達はあんたと敵対するつもりは無い。だから…こんな所から抜け出して俺達と行こうぜ?〈赤眼の蜘蛛〉なんかに依存する必要なんてないんだ。ここは…地獄だ。」
それでも彼女は声を発しなかった。
そして、僕達を警戒するその姿勢も崩すようなことはしなかった。
ゆっくりと首を横に振った彼女にカイルとリアラが泣きそうになっているが、僕はまだ説得を試みようと強い意志を宿して彼女を見つめた。
シャルも彼女に必死に呼びかけているが、全くと言っていいほど動じない。
『スノウ!戻ってきてくださいよ!?その頭の怪我だって、あいつらにやられたものなんじゃないんですか?!!』
「…。」
確かに、彼女は昨日も頭に包帯をしたままだった。
頭に怪我をしていることなど明らかで、シャルが心配になるのも無理はない。
僕だって、彼女のあの怪我を見て心が痛いのだから。
暫くどっちも譲らない状態が続いていると、スノウの腕の中にいたオタオタが僕達に向かって襲いかかってこようとする。
しかし、彼女が慌ててまた抱き寄せてしまうものだから、武器に手をかけたまま止まらざるを得なかった。
オタオタを抱き寄せて、唇を噛み、苦々しい顔をする彼女に修羅が更に言い連ねようとした────その時。
「────遅くなりました。助けに来ましたよ、スノウ・エルピス。」
「!!」
まるで救世主が来た、と言わんばかりに彼女の顔に僕は悔しさが沸き起こった。
それと同時に、不敵な笑みをするアーサーに僕達は武器を向けた。
しかしそれを見た奴が、何を思ったのか、彼女の頭をなでて安心させているのを見て沸き起こった気持ちにグッと蓋をする。
彼女を守るのは僕の役目だと言うのに、何故、そんな奴を頼りにするんだ…スノウ。
「なるほど、囲われていましたか。これは逃げられないはずですねぇ?」
「────。」
「えぇ、分かっていますよ。貴女が避難場所に向かわないのを不思議に思っていましたが、急いで来てみて正解でしたねぇ?危うく、貴女を誘拐されそうになりましたよ。」
「誘拐なんてしないよ!!」
「スノウ!そいつを信用するな!こっちに来るんだ!!」
「……喧しいですねぇ。修羅、あなたの言葉が一番厄介だと何回言えば分かりますか。」
「今のスノウには〈星詠み人〉の言葉しか聞こえない…。あんたがヒントを残したんだぜ?」
「!!」
思わずといった感じで修羅を見たスノウに、僕達は確信を得た。
やはり、彼女は何かをされているんだ。
だから僕達の声が聞こえていなかったんだ。
そうと分かれば、彼女を余計に助けなければならなくなってしまった。
助けを求められなくとも、その状態を脱してあげたい。
だから僕は、ここに居るんだ。
「「アーサー様っ!!」」
「アーサーよ!緊急事態だ!」
例の双子に、玄…そして花恋といった幹部クラスのお出ましで僕達は緊張感を強くした。
しかし僕達がここにいるのに緊急事態とは…?
「例の男が発見された!!場所はハイデルベルグだ!!」
「「!!!」」
彼女と奴が同時に息を呑む。
だから僕は余計に疑問を持った。
…例の男?
一体、誰のことを言っている?
奴らにとっての敵である僕達はここに居るというのに。
すると彼女と奴はお互いを見て、大きく頷きあう。
まるで何かを確信したようにだ。
「玄!花恋!それから麗花と飛龍!ここは任せました!!……スノウ・エルピス、準備は良いですね?」
「────。」
スノウが大きく頷き、それをアーサーが見て不敵に笑う。
黒いローブを羽織り直した彼女を見て、僕は急いで彼女の腕を引こうとした。
しかしそれよりも早く、向こうが瞬間移動を成功させてしまったのだ。
空を切った指が虚しく掴み損ねて、僕はそのまま手を握りしめた。
あと少し…あと少しだったのに…!!
「キャハハッ!!あんたたちはここで終わりよ!!」
花恋が魔物を呼び、玄も戦闘態勢になったのを確認した僕は仲間たちに叫んだ。
もうここには用がない。
急いでここから逃げるべきだ、と。
仲間たちもそれを聞いて逃げる体勢になったが、それを許してくれる敵でもないらしい。
双子が何かをしようとしているのが見え、修羅が警戒を強めたのを横目に、僕は周りを見る。
何か……なにか使えるものはないか、と。
『坊ちゃん!あれです!!』
シャルが指し示す方向には、スプリンクラーがあり、それで気を紛らわせることくらいは出来るだろう。
それに今はスノウのやつがいない。
水を怖がる奴もいないなら好機だ、とシャルを構えて僕は晶術の詠唱を唱える。
…目指すは上のスプリンクラーだ。
『「___グレイブ!」』
巨大な岩石が天井を貫き、思ったとおりに激しい水が敵の方へと降り掛かってくる。
僕達はその隙をついて、その場から逃げ出した。
追ってこようとしていた奴らだったが、スプリンクラーの水を被る敵へ更に追撃するようにリアラの晶術を食らっていたため、僕達は気にせずに走り続けた。
レスターシティを抜けて、一つ前の街まで移動をした僕達は体力の限界を感じて宿屋へ向かうことにした。
…今後のことと、今日の反省を振り返るためだ。
「ゼーゼー…。」
「さ、流石に…あそこからここまで、逃げるのはっ…大変、ね…!」
「俺ぁ…もう歩けね~…。」
「はぁ、はぁ…。流石に俺もキツイな…。」
全員が全員、息を切らしながら体調を整えようとする。
宿屋の店主が不思議そうな顔をしていたが、それも数秒だけだった。
すぐに新聞に視線を戻した店主を横目に、僕は仲間たちに言葉をかけた。
「……取り敢えず、今日のところは休もう。今後のことはまた夕方に話そう。」
「「「はーい…。」」」
『お疲れ様です、坊ちゃん。大丈夫ですか?』
「僕は大丈夫だ。…僕は、な。」
『…スノウですよね?』
「あの頭の包帯のことも気になるが、"例の男"と聞いた瞬間のスノウの表情も気になっている…。」
僕はカイル達から離れながらシャルと対話する。
シャルの奴もスノウの頭の包帯には心配していたようで、結局僕達の話題はその方向になった。
『頭に包帯…ですかぁ…。…まさか!洗脳されてるとか?!』
「有り得なくはないな。だが…それにしては、スノウの奴に自我がありすぎるというか…。」
『自我、ですか?』
「あぁ。あいつは、修羅の言葉で驚いた様子も見せていた。洗脳されているんだったら、もう少し反応しないだとか、洗脳に抗う様子を見せてもおかしくはないだろうな。」
『あ、そっか…。じゃあ、あれはスノウの意志なんですね…。』
確かに今は彼女の意思のように思える。
だが、彼女を説得して、そして彼女を助けたい。
前世からの約束を守るためにも、僕は彼女と共に有りたい。
なのに…僕はまた彼女と離れてしまう運命なのか?
『坊ちゃん。僕は…、僕は諦めませんよ~っ!絶対に僕達の元に戻ってきてもらうんですから!!』
「あぁ、そうでなくては困る。」
『それで、明日はどうするつもりですか?』
「……ハイデルベルグか…。」
『例の男がハイデルベルグにいるって事は分かりましたが……例の男の人相や人柄が分からないので探しようがないですね?』
一番の問題はそこだ。
何故スノウとアーサーは玄の言った“男”という単語にあそこまで反応を示したのか。
そして侵入者であるはずの僕達よりも、その“男”を優先させた。
となると、その男とやらは、あの二人にとって非常に優先度の高い人物だと言うことになる。
……気になるが、知れる経緯も無い…か。
「…ともかく明日、他の面々と相談しよう。どうやら今日はそれどころじゃない様だからな。」
『??』
僕がまだ宿屋のカウンター近くで休んでいる仲間たちを見る。
それにつられてシャルもあいつらの様子を見たのだろう。
納得したような声を出して、コアクリスタルもピカピカと光らせていた。
『そうですね!明日にしましょう!』
「ふん…。まぁ、彼奴等にしては頑張った方だ。あそこからここまで休憩無しで走ってきたんだからな。」
僕はその日、誰とも会うことなく一日を過ごした。
そして翌日…。
問題の今日の行動をどうするか、という話について他の仲間達に聞くことにしたのだが…一人起きてこないではないか。
前世から分かっていたことだが…、やはり何時まで経ってもその癖は治らないらしい。
全く…我が甥ながら親の嫌な所にばかり似たものだな。
「私が起こしてくるわ。」
そう言って、フライパンとお玉を持っていったリアラを見て僕達は次に鳴る音に対して身構えた。
そしてその時は訪れた。
グアン、グアン、グアン…!!
まるでドラが鳴っているかのような強烈な死者の目覚めを、耳を塞ぐことで回避した僕らは思わずため息を吐く。
流石…本家から伝授されているだけあって、凄まじい響き方をするな…。
『あ、頭がぁ…。』
「頭なぞ、お前に無いだろうが。」
『それでも頭がグアングアン鳴ってます…!!こんな起こし方されたら、僕だったら怒ってますよ!』
「例え、愛する人であってもか?」
『う~ん、その時によると思います。』
「ふん…。なら良いではないか。」
『良くないですよ!?何が良いんですか!!』
その後もぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる腰の剣を持ち、コアクリスタルというソーディアンにとって重要な箇所へと僕は思いっきり爪を立てる。
すると別の意味で騒ぎ始め、そして穏やかになる。
同時に向こうからは、寝惚けた顔で起きてきた甥がいた。
「ふわぁ……みんな…おはよう…。」
「まだ寝てんな、これ。」
「その内、寝落ちするんじゃないのか?」
ロニと修羅が、カイルを見てそう呟く。
僕だって同じ事を思ったが、敢えて言葉にはせず、視線だけでそう言ってやった。
そんなカイルの横でニコニコとお玉を持つリアラを見て、僕達は思わず顔が引き攣った。
もうやるな、と念を込めながら。
「しっかり目を開けろ、カイル。」
『またあの煩いおたま攻撃は勘弁ですからね!?』
「ジューダスの言う通りだぞ!またあの技を食らいたいのか?!」
ロニが慌ててそう告げると、カイルは「何かヤバいものでもあった?」といった顔でロニを見返していた。
それを見ていたリオンも修羅も呆れながらため息をつく。
リアラは相変わらず何を考えているか分からない顔でニコニコとして、肝心のお玉やフライパンは離さなかった。
「…ともかくだ。お前ら、今日の予定を話すぞ。」
「お、その話なんだがよ?」
ロニがポンと手を叩きながらリオンを見る。
修羅もこの話を知っているようで、横槍を入れる事もなくそれを聞き届ける。
そして昨日、リオンが去って行った後に皆で話していたことが明らかになる。
「修羅の奴がこの中で唯一、瞬間移動を持っているんだが…。お前、修羅と一緒にハイデルベルグの方に行く気ないか?」
「…どういう風の吹き回しだ?」
『なーんか怪しいですよねぇ?』
「アーサーと一緒に行動するスノウ…。そして、謎の男を追いかける二人。この二つが揃っているのが、今はハイデルベルグなんだ。」
修羅が一つひとつ説明をする。
その彼らの言い分は…こうだ。
修羅とリオンが一緒にハイデルベルグへ行き、スノウを説得する。
その間、カイル、リアラ、ロニ、海琉の4人はレスターシティの中に潜入し、情報を集める。
何故なら、修羅の瞬間移動は一人しか連れて行けないからだ。
スノウは何人も遠くへ連れて行けるが……あんな芸当はスノウだから出来たことであって、通常の人がそんな凄い術を持っているはずもない。
だから一人だけ連れていくなら誰がいいか、という話になって、満場一致でリオンが候補に選ばれたのだ。
そんな訳でロニと修羅がリオンに対して、あんな提案をしたのだ。
無論、それはリオンにとっても願ってもないことだった。
すぐに快諾したリオンに仲間たちは声援を送る。
スノウを説得出来たなら、彼女の助けにもなれるし、何より状況も分かる。
これ以上に良い手など、誰も思い浮かばなかった。
「頑張れよ!お前ら!」
「ふん…。お前らこそヘマはするなよ?奴らに捕まったとしたら、それこそ助けに行くのも難しいだろうしな。」
「そう言いながらも、ぜってぇあんたは助けに行くだろ?仲間なんだから。」
『坊ちゃんは優しいですから当たり前じゃないですか!!』
何だかんだ言われたリオンだが、その口元が緩く弧を描いているのは一目瞭然だった。
昔なら言い返していたのだろうに、今回はそれをしなかった。
それほど、彼らと長い付き合いをしたと思えば当然なのかもしれない。
長く辛い旅路を共にしてきた仲間たちなのだから。
「じゃあ、行くぞ。」
「あぁ、頼む。」
「ひとつ言っておくが……俺は、スノウみたいに優秀な瞬間移動の術を持っていない。一回、チェリクに行ってから徐々にハイデルベルグへと向かう。近くでの瞬間移動を繰り返して、普通よりは早いハイデルベルグへの到着を目指すんだ。」
『なるほど。それはそれで理にかなってますよね。』
「……分かった。移動はお前に任せる。」
「早くて今日の昼頃にハイデルベルグに到着予定だな。ちょっと別の場所の経由もするからな。」
「それは何の意味がある?」
「単純に直線距離で向かう方が早いからだ。だから瞬間移動出来るギリギリの位置へ飛んで、少ししてからまた瞬間移動を繰り返す。知らない所に辿り着くのはそういうことだから、文句は言うなよ?」
「あぁ。」
リオンの返事を聞いた修羅は、リオンの肩に手を置くとすぐに真剣な顔つきになって瞬間移動をした。
まずは目下の目的地であったチェリクへ。
「……次、アルメイダという村だ。」
修羅が間髪入れずに瞬間移動をする。
そこは、ストレイライズ大神殿前にある村であり、以前モンスターの襲撃もあった小さな村だ。
よくぞ、外殻大地が崩落した際に被害が無かったものだ。
そう思いながらリオンが周りを見渡していれば、修羅の顔つきが険しくなっていたのが分かった。
『流石に辛そうですねぇ。瞬間移動は、結構体力を使うと言いますし……以前、スノウを助けてくれと言っていた修羅の瞬間移動も、かなり体力を消耗させていましたから…。』
「……おい。」
「何だ…。今話しかけるな……。」
「この村で少し休憩するぞ。」
「は?何言ってんだ…。すぐにもう一つの村に向かうぞ。そうしたら…ハイデルベルグまであと少しだ。」
「スノウの奴を説得するのに言葉の分かるお前が必要なんだ。お前が倒れたら元も子もないだろうが。」
「…!」
修羅が驚いた顔をさせてリオンを見る。
するとリオンはそれを鼻で笑って、何処かへと行こうとする。
しかしそれは、リオンなりの優しさであった。
それを分かった修羅は調子が狂ったように頭を掻きながら、口をへの字にさせた。
そして少しだけ休憩するつもりで、近くにあった建物の壁に寄りかかったのだった。
___1時間後
戻ってきたリオンの気配で修羅が閉じていた目を開けて、寄りかかっていた壁から背中を離す。
そしてリオンに向けて大きく頷くと、すぐに瞬間移動を再開させた。
続いての町は、サイリルの町だ。
ようやく雪国らしい景色に変わり、ハイデルベルグまであと少しという所である。
カルバレイス地方中央の〈無景の砂漠〉から1時間という時間でここまで来れたのなら、断然早い方である。
船を介して移動しようものならスノーフリアまで行かなくてはならず、その上、一日掛かってしまうであろう。
そう思えば、何と便利の良い魔法だ。
リオンが修羅の顔つきを確認しながら目を閉じれば、今度は何処かの山小屋に移動していた。
しかしそこは、リオンが知らないだけで知り合いのいる山小屋である。
そんな事を露とも知らないリオンは修羅の顔が思ったよりも良かったのを視認し、すぐに視線を逸らした。
念の為に休憩を挟むか聞こうとすれば、すぐに周りを何かに囲われてしまった。
二人はすぐに武器を手にして周りの敵を警戒する。
そこに居たのはこの周辺を縄張りにしている魔物たちだった。
それを見たリオンは煩わしそうに魔物たちを見たが、背中の方にいる修羅へ声をかける。
「お前は何もするな。ここは僕がやる。……お前は瞬間移動の事だけ考えていろ。」
「はっ!素直じゃねえな!だが、まぁ……有難くその気持ちを受け取っといてやるよ。」
そうして修羅が疲れた顔で雪の上に座る。
すると魔物がたちまち油断している修羅へと向かっていく。
しかし、そこはリオンの方が何枚も上手である。
すぐに反応したリオンによって魔物が倒されていくのを、修羅は何もせずにポカンと見ていた。
ただ今は休憩出来るのが有難い、程度にしか思っていなかったのは秘密だが…。
それでもあれほど居た魔物たちを短時間で倒してしまうリオンに僅かな感心をしていたのは言うまでもない。
「ふん。他愛もないな。」
『結構魔物が居ましたねぇ?ここら辺を縄張りとしてるんでしょうか?』
「だろうな。こんな辺鄙な地を通る人間は、中々いないだろうしな。」
「悪かったな。こんな辺鄙な地を通ってな。」
修羅が座り込んだまま、そう声を張り上げる。
それを再び鼻で笑ったリオンは、修羅の手を掴み立ち上がらせる。
そして修羅も立ち上がった瞬間、例の瞬間移動を使った。
そうして二人はようやくハイデルベルグへと到着したのだった。
「はぁ……。ほら、言っただろ。到着するのは昼頃だってな?」
「いや、この調子なら早いものだ。通常であれば一日と少し掛かるからな。」
『本当、そうですよね。悔しいですけど早かったです。』
「あんたに素直に感謝されると身の毛がよだつ。」
そう言って本当に身震いさせた修羅を睨んだリオンだったが、すぐに辺りを見渡してスノウの姿を探した。
しかし早々見つかるはずもなく、歩き出そうとしたリオンに修羅が声を掛ける。
「おいおい。待てって。まだ位置の特定もしてないんだぞ?」
「どうせ疲労でそれどころでは無いだろう?お前は黙って今日の宿を探してろ。」
『スノウを見つけたら知らせますから、精々それまで休んでて下さーい。』
意地悪そうにそう言ったシャルティエの声が聞こえないはずなのに、修羅は2人の話でフッと笑った。
そしてリオンと別れ、彼は今日の宿を探してくれたのだった。
「……さて、しらみ潰しでもするか。」
『確か…独特な反応があるって言ってましたよね?僕でも見極められないですかね?』
「そうだな…。一応やってみるか。」
『はい!……確か、バグのような反応って修羅は言ってましたけど……どんな感じなんですかね?』
話しながら目でも、探知でも、スノウを探す二人だったが、結局その日の夕方になっても見つからず、宿を探しに行った修羅と合流する形で報告する事となった。
すると修羅が口元に手を当てて何かを思案し始める。
「…アーサーの奴とスノウが一緒に居るなら……もしかしたら、〈赤眼の蜘蛛〉の宿に泊まってるかもしれねぇ。」
そう呟いた修羅に、なるほどと納得するリオンとシャルティエ。
確かに〈赤眼の蜘蛛〉は何処にでも潜んでいるし、こんな街の一つや二つくらい〈赤眼の蜘蛛〉の手先が忍び込んでいてもおかしくは無い。
そうなると、やはり修羅の言った通り、狙いの人物たちは〈赤眼の蜘蛛〉の息がかかっている宿に泊まっている可能性が高いのだろう。
とにかくスノウの説得もしたいリオン達だが、まずは情報収集からである。
本当にその宿に泊まっているのか、そして二人が一緒にいるのかの確認は必要である。
話し合いの結果、深夜に行動を移すことに決めた二人はそれまで自由時間にした。
そうして早くも深夜となった時刻────
「……。」
『遂に来ましたね…。』
緊張した面持ちでいるシャルティエに対して、リオンは修羅の探知待ちである。
ジッと目を閉じて頭に手を置き、探知をしているだろう修羅の姿を見て、リオンも辛抱強く待つことにした。
ことを急いたって、何にも良い事など無いのだから。
「……大当たりだな。〈赤眼の蜘蛛〉の組織員が経営している宿にアーサーの反応と……おかしな反応がひとつある。この間の反応と同じだ…!」
「場所の特定も出来るか?」
「もう探知済みだ。ついてこい。」
そうして夜のハイデルベルグ内を駆け回る二人。
闇夜に紛れながら移動すれば、城下町を巡回中の兵士たちに見つかることも無かった。
修羅に案内されて止まったのは、とある建物の窓の下。
ジェスチャーを混じえながら、修羅が小声で説明をした。
「……この部屋の中に、スノウがいる。反応が動かない所を見れば、もう寝てるのかもな…。」
「……そうか。」
『まぁ……もう深夜ですからねぇ…。場所が分かっただけでも収穫ですよ。』
恐る恐る修羅とリオンが窓から中を覗いて確認する。
すると、一人部屋のベッドの中でスヤスヤと眠るスノウが見えた。
スノウの姿が見えただけでホッとした二人は、どうするか話し合おうとした……その瞬間。
「女性の眠る部屋を覗くとは、いい度胸ですねぇ?」
「「!!」」
咄嗟に武器を構えた二人の前に居たのは、アーサーだった。
黒いローブのせいで顔は見えないが、その声といい、立ち居振る舞いといい、手に持つ見慣れた武器といい、彼しかいない。
睨む様にしてアーサーを見る2人だったが、女性の部屋を覗き見たことは事実だったので、少し罪悪感を感じつつも相手へ言葉を放つ。
「やっぱりここに居たんだな…!」
「まぁ、そうですが……これは計算違いですねぇ?修羅…、あなたの瞬間移動の距離ならば今日くらいはここへ来られないと思っていましたが?どうやってこの街まで一日足らずで来れたのですか?」
「ハッ!計算違いもいい所だな!!俺も成長してんだよ!!」
修羅が手始めにアーサーを攻撃したが、すぐに身を翻して躱されてしまう。
その隙にリオンがシャルティエを持って、晶術で応戦する。
しかし、それも魔法で相殺されてしまう。
「!!」
実は、それが二人の狙いだったのだ。
魔法で相殺させた後、二人を見たアーサーだが、そこには夜の街へと消えていく二人の姿があったのだ。
どうやら交戦するつもりは初めから無かったらしいことにアーサーが肩を竦めさせる。
そして逃げられた方向を見ながら、アーサーは窓の中のスノウがちゃんと寝ていることを確認する。
そして自分も彼らと同じことをしている、と分かると喉奥で笑うような声で、しかし、スノウを起こさないようにと声を出さないよう堪えながら笑ったのだった。
それと同時に今夜は寝られない、と分かってアーサーはひとつ溜め息を吐いたのだった。
(*リオンside)
翌日にレスターシティへと辿り着いた僕たち。
覚悟を決めて研究所に入り込めば、意外にも警備は手薄だった。
「な~んだ。誰もいないじゃん。」
「阿呆。気を抜くな。」
「そうだぜ?仮にも〈赤眼の蜘蛛〉の本拠点だしな。以前よりも警備が手薄になっているからって気を緩ませたら、後悔しか残らないぞ?」
「う、うん…。気をつける。」
修羅の指摘に頷き、カイルも静かに気を張りながら中へと進んでいく。
誰もが警戒をする中、修羅の探知でスノウの場所を特定した僕たちは難なくスノウの元まで辿り着くことが出来た。
何故かそこら中にいるオタオタを捕まえて、嬉しそうに頬ずりをする彼女。
可愛い物好きの彼女の性格そのものを見ているようで僕としては微笑ましかったが、その瞬間、赤いランプが辺りを照らす。
そして警告音とともに放送が流れた。
『……緊急放送です。侵入者あり…侵入者あり…。スノウ・エルピスは直ちに避難を開始してください。繰り返します。侵入者あり、スノウ・エルピスは直ちに避難を開始してください。』
ハッとしたような彼女の顔を見て、僕は思わず彼女の名前を呼んでいた。
「スノウっ!!」
「っ、」
こっちを見て、僕たちを視認した彼女はオタオタを抱きしめる力を強め、こちらを睨んでいた。
同時に、修羅も彼女の名前を呼ぶ。
しかし逃げようとする彼女を誰もが逃さないように周りを囲えば、彼女は余計に警戒をしてこちらを睨みつけてきた。
…あぁ、そんな顔が見たいわけじゃないのに。
「スノウ。あんた、俺の言葉は分かるよな?」
「……。」
「色々言いたい事はあるけど…。まずはこれだけ言わせてくれ。俺達はあんたと敵対するつもりは無い。だから…こんな所から抜け出して俺達と行こうぜ?〈赤眼の蜘蛛〉なんかに依存する必要なんてないんだ。ここは…地獄だ。」
それでも彼女は声を発しなかった。
そして、僕達を警戒するその姿勢も崩すようなことはしなかった。
ゆっくりと首を横に振った彼女にカイルとリアラが泣きそうになっているが、僕はまだ説得を試みようと強い意志を宿して彼女を見つめた。
シャルも彼女に必死に呼びかけているが、全くと言っていいほど動じない。
『スノウ!戻ってきてくださいよ!?その頭の怪我だって、あいつらにやられたものなんじゃないんですか?!!』
「…。」
確かに、彼女は昨日も頭に包帯をしたままだった。
頭に怪我をしていることなど明らかで、シャルが心配になるのも無理はない。
僕だって、彼女のあの怪我を見て心が痛いのだから。
暫くどっちも譲らない状態が続いていると、スノウの腕の中にいたオタオタが僕達に向かって襲いかかってこようとする。
しかし、彼女が慌ててまた抱き寄せてしまうものだから、武器に手をかけたまま止まらざるを得なかった。
オタオタを抱き寄せて、唇を噛み、苦々しい顔をする彼女に修羅が更に言い連ねようとした────その時。
「────遅くなりました。助けに来ましたよ、スノウ・エルピス。」
「!!」
まるで救世主が来た、と言わんばかりに彼女の顔に僕は悔しさが沸き起こった。
それと同時に、不敵な笑みをするアーサーに僕達は武器を向けた。
しかしそれを見た奴が、何を思ったのか、彼女の頭をなでて安心させているのを見て沸き起こった気持ちにグッと蓋をする。
彼女を守るのは僕の役目だと言うのに、何故、そんな奴を頼りにするんだ…スノウ。
「なるほど、囲われていましたか。これは逃げられないはずですねぇ?」
「────。」
「えぇ、分かっていますよ。貴女が避難場所に向かわないのを不思議に思っていましたが、急いで来てみて正解でしたねぇ?危うく、貴女を誘拐されそうになりましたよ。」
「誘拐なんてしないよ!!」
「スノウ!そいつを信用するな!こっちに来るんだ!!」
「……喧しいですねぇ。修羅、あなたの言葉が一番厄介だと何回言えば分かりますか。」
「今のスノウには〈星詠み人〉の言葉しか聞こえない…。あんたがヒントを残したんだぜ?」
「!!」
思わずといった感じで修羅を見たスノウに、僕達は確信を得た。
やはり、彼女は何かをされているんだ。
だから僕達の声が聞こえていなかったんだ。
そうと分かれば、彼女を余計に助けなければならなくなってしまった。
助けを求められなくとも、その状態を脱してあげたい。
だから僕は、ここに居るんだ。
「「アーサー様っ!!」」
「アーサーよ!緊急事態だ!」
例の双子に、玄…そして花恋といった幹部クラスのお出ましで僕達は緊張感を強くした。
しかし僕達がここにいるのに緊急事態とは…?
「例の男が発見された!!場所はハイデルベルグだ!!」
「「!!!」」
彼女と奴が同時に息を呑む。
だから僕は余計に疑問を持った。
…例の男?
一体、誰のことを言っている?
奴らにとっての敵である僕達はここに居るというのに。
すると彼女と奴はお互いを見て、大きく頷きあう。
まるで何かを確信したようにだ。
「玄!花恋!それから麗花と飛龍!ここは任せました!!……スノウ・エルピス、準備は良いですね?」
「────。」
スノウが大きく頷き、それをアーサーが見て不敵に笑う。
黒いローブを羽織り直した彼女を見て、僕は急いで彼女の腕を引こうとした。
しかしそれよりも早く、向こうが瞬間移動を成功させてしまったのだ。
空を切った指が虚しく掴み損ねて、僕はそのまま手を握りしめた。
あと少し…あと少しだったのに…!!
「キャハハッ!!あんたたちはここで終わりよ!!」
花恋が魔物を呼び、玄も戦闘態勢になったのを確認した僕は仲間たちに叫んだ。
もうここには用がない。
急いでここから逃げるべきだ、と。
仲間たちもそれを聞いて逃げる体勢になったが、それを許してくれる敵でもないらしい。
双子が何かをしようとしているのが見え、修羅が警戒を強めたのを横目に、僕は周りを見る。
何か……なにか使えるものはないか、と。
『坊ちゃん!あれです!!』
シャルが指し示す方向には、スプリンクラーがあり、それで気を紛らわせることくらいは出来るだろう。
それに今はスノウのやつがいない。
水を怖がる奴もいないなら好機だ、とシャルを構えて僕は晶術の詠唱を唱える。
…目指すは上のスプリンクラーだ。
『「___グレイブ!」』
巨大な岩石が天井を貫き、思ったとおりに激しい水が敵の方へと降り掛かってくる。
僕達はその隙をついて、その場から逃げ出した。
追ってこようとしていた奴らだったが、スプリンクラーの水を被る敵へ更に追撃するようにリアラの晶術を食らっていたため、僕達は気にせずに走り続けた。
レスターシティを抜けて、一つ前の街まで移動をした僕達は体力の限界を感じて宿屋へ向かうことにした。
…今後のことと、今日の反省を振り返るためだ。
「ゼーゼー…。」
「さ、流石に…あそこからここまで、逃げるのはっ…大変、ね…!」
「俺ぁ…もう歩けね~…。」
「はぁ、はぁ…。流石に俺もキツイな…。」
全員が全員、息を切らしながら体調を整えようとする。
宿屋の店主が不思議そうな顔をしていたが、それも数秒だけだった。
すぐに新聞に視線を戻した店主を横目に、僕は仲間たちに言葉をかけた。
「……取り敢えず、今日のところは休もう。今後のことはまた夕方に話そう。」
「「「はーい…。」」」
『お疲れ様です、坊ちゃん。大丈夫ですか?』
「僕は大丈夫だ。…僕は、な。」
『…スノウですよね?』
「あの頭の包帯のことも気になるが、"例の男"と聞いた瞬間のスノウの表情も気になっている…。」
僕はカイル達から離れながらシャルと対話する。
シャルの奴もスノウの頭の包帯には心配していたようで、結局僕達の話題はその方向になった。
『頭に包帯…ですかぁ…。…まさか!洗脳されてるとか?!』
「有り得なくはないな。だが…それにしては、スノウの奴に自我がありすぎるというか…。」
『自我、ですか?』
「あぁ。あいつは、修羅の言葉で驚いた様子も見せていた。洗脳されているんだったら、もう少し反応しないだとか、洗脳に抗う様子を見せてもおかしくはないだろうな。」
『あ、そっか…。じゃあ、あれはスノウの意志なんですね…。』
確かに今は彼女の意思のように思える。
だが、彼女を説得して、そして彼女を助けたい。
前世からの約束を守るためにも、僕は彼女と共に有りたい。
なのに…僕はまた彼女と離れてしまう運命なのか?
『坊ちゃん。僕は…、僕は諦めませんよ~っ!絶対に僕達の元に戻ってきてもらうんですから!!』
「あぁ、そうでなくては困る。」
『それで、明日はどうするつもりですか?』
「……ハイデルベルグか…。」
『例の男がハイデルベルグにいるって事は分かりましたが……例の男の人相や人柄が分からないので探しようがないですね?』
一番の問題はそこだ。
何故スノウとアーサーは玄の言った“男”という単語にあそこまで反応を示したのか。
そして侵入者であるはずの僕達よりも、その“男”を優先させた。
となると、その男とやらは、あの二人にとって非常に優先度の高い人物だと言うことになる。
……気になるが、知れる経緯も無い…か。
「…ともかく明日、他の面々と相談しよう。どうやら今日はそれどころじゃない様だからな。」
『??』
僕がまだ宿屋のカウンター近くで休んでいる仲間たちを見る。
それにつられてシャルもあいつらの様子を見たのだろう。
納得したような声を出して、コアクリスタルもピカピカと光らせていた。
『そうですね!明日にしましょう!』
「ふん…。まぁ、彼奴等にしては頑張った方だ。あそこからここまで休憩無しで走ってきたんだからな。」
僕はその日、誰とも会うことなく一日を過ごした。
そして翌日…。
問題の今日の行動をどうするか、という話について他の仲間達に聞くことにしたのだが…一人起きてこないではないか。
前世から分かっていたことだが…、やはり何時まで経ってもその癖は治らないらしい。
全く…我が甥ながら親の嫌な所にばかり似たものだな。
「私が起こしてくるわ。」
そう言って、フライパンとお玉を持っていったリアラを見て僕達は次に鳴る音に対して身構えた。
そしてその時は訪れた。
グアン、グアン、グアン…!!
まるでドラが鳴っているかのような強烈な死者の目覚めを、耳を塞ぐことで回避した僕らは思わずため息を吐く。
流石…本家から伝授されているだけあって、凄まじい響き方をするな…。
『あ、頭がぁ…。』
「頭なぞ、お前に無いだろうが。」
『それでも頭がグアングアン鳴ってます…!!こんな起こし方されたら、僕だったら怒ってますよ!』
「例え、愛する人であってもか?」
『う~ん、その時によると思います。』
「ふん…。なら良いではないか。」
『良くないですよ!?何が良いんですか!!』
その後もぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる腰の剣を持ち、コアクリスタルというソーディアンにとって重要な箇所へと僕は思いっきり爪を立てる。
すると別の意味で騒ぎ始め、そして穏やかになる。
同時に向こうからは、寝惚けた顔で起きてきた甥がいた。
「ふわぁ……みんな…おはよう…。」
「まだ寝てんな、これ。」
「その内、寝落ちするんじゃないのか?」
ロニと修羅が、カイルを見てそう呟く。
僕だって同じ事を思ったが、敢えて言葉にはせず、視線だけでそう言ってやった。
そんなカイルの横でニコニコとお玉を持つリアラを見て、僕達は思わず顔が引き攣った。
もうやるな、と念を込めながら。
「しっかり目を開けろ、カイル。」
『またあの煩いおたま攻撃は勘弁ですからね!?』
「ジューダスの言う通りだぞ!またあの技を食らいたいのか?!」
ロニが慌ててそう告げると、カイルは「何かヤバいものでもあった?」といった顔でロニを見返していた。
それを見ていたリオンも修羅も呆れながらため息をつく。
リアラは相変わらず何を考えているか分からない顔でニコニコとして、肝心のお玉やフライパンは離さなかった。
「…ともかくだ。お前ら、今日の予定を話すぞ。」
「お、その話なんだがよ?」
ロニがポンと手を叩きながらリオンを見る。
修羅もこの話を知っているようで、横槍を入れる事もなくそれを聞き届ける。
そして昨日、リオンが去って行った後に皆で話していたことが明らかになる。
「修羅の奴がこの中で唯一、瞬間移動を持っているんだが…。お前、修羅と一緒にハイデルベルグの方に行く気ないか?」
「…どういう風の吹き回しだ?」
『なーんか怪しいですよねぇ?』
「アーサーと一緒に行動するスノウ…。そして、謎の男を追いかける二人。この二つが揃っているのが、今はハイデルベルグなんだ。」
修羅が一つひとつ説明をする。
その彼らの言い分は…こうだ。
修羅とリオンが一緒にハイデルベルグへ行き、スノウを説得する。
その間、カイル、リアラ、ロニ、海琉の4人はレスターシティの中に潜入し、情報を集める。
何故なら、修羅の瞬間移動は一人しか連れて行けないからだ。
スノウは何人も遠くへ連れて行けるが……あんな芸当はスノウだから出来たことであって、通常の人がそんな凄い術を持っているはずもない。
だから一人だけ連れていくなら誰がいいか、という話になって、満場一致でリオンが候補に選ばれたのだ。
そんな訳でロニと修羅がリオンに対して、あんな提案をしたのだ。
無論、それはリオンにとっても願ってもないことだった。
すぐに快諾したリオンに仲間たちは声援を送る。
スノウを説得出来たなら、彼女の助けにもなれるし、何より状況も分かる。
これ以上に良い手など、誰も思い浮かばなかった。
「頑張れよ!お前ら!」
「ふん…。お前らこそヘマはするなよ?奴らに捕まったとしたら、それこそ助けに行くのも難しいだろうしな。」
「そう言いながらも、ぜってぇあんたは助けに行くだろ?仲間なんだから。」
『坊ちゃんは優しいですから当たり前じゃないですか!!』
何だかんだ言われたリオンだが、その口元が緩く弧を描いているのは一目瞭然だった。
昔なら言い返していたのだろうに、今回はそれをしなかった。
それほど、彼らと長い付き合いをしたと思えば当然なのかもしれない。
長く辛い旅路を共にしてきた仲間たちなのだから。
「じゃあ、行くぞ。」
「あぁ、頼む。」
「ひとつ言っておくが……俺は、スノウみたいに優秀な瞬間移動の術を持っていない。一回、チェリクに行ってから徐々にハイデルベルグへと向かう。近くでの瞬間移動を繰り返して、普通よりは早いハイデルベルグへの到着を目指すんだ。」
『なるほど。それはそれで理にかなってますよね。』
「……分かった。移動はお前に任せる。」
「早くて今日の昼頃にハイデルベルグに到着予定だな。ちょっと別の場所の経由もするからな。」
「それは何の意味がある?」
「単純に直線距離で向かう方が早いからだ。だから瞬間移動出来るギリギリの位置へ飛んで、少ししてからまた瞬間移動を繰り返す。知らない所に辿り着くのはそういうことだから、文句は言うなよ?」
「あぁ。」
リオンの返事を聞いた修羅は、リオンの肩に手を置くとすぐに真剣な顔つきになって瞬間移動をした。
まずは目下の目的地であったチェリクへ。
「……次、アルメイダという村だ。」
修羅が間髪入れずに瞬間移動をする。
そこは、ストレイライズ大神殿前にある村であり、以前モンスターの襲撃もあった小さな村だ。
よくぞ、外殻大地が崩落した際に被害が無かったものだ。
そう思いながらリオンが周りを見渡していれば、修羅の顔つきが険しくなっていたのが分かった。
『流石に辛そうですねぇ。瞬間移動は、結構体力を使うと言いますし……以前、スノウを助けてくれと言っていた修羅の瞬間移動も、かなり体力を消耗させていましたから…。』
「……おい。」
「何だ…。今話しかけるな……。」
「この村で少し休憩するぞ。」
「は?何言ってんだ…。すぐにもう一つの村に向かうぞ。そうしたら…ハイデルベルグまであと少しだ。」
「スノウの奴を説得するのに言葉の分かるお前が必要なんだ。お前が倒れたら元も子もないだろうが。」
「…!」
修羅が驚いた顔をさせてリオンを見る。
するとリオンはそれを鼻で笑って、何処かへと行こうとする。
しかしそれは、リオンなりの優しさであった。
それを分かった修羅は調子が狂ったように頭を掻きながら、口をへの字にさせた。
そして少しだけ休憩するつもりで、近くにあった建物の壁に寄りかかったのだった。
___1時間後
戻ってきたリオンの気配で修羅が閉じていた目を開けて、寄りかかっていた壁から背中を離す。
そしてリオンに向けて大きく頷くと、すぐに瞬間移動を再開させた。
続いての町は、サイリルの町だ。
ようやく雪国らしい景色に変わり、ハイデルベルグまであと少しという所である。
カルバレイス地方中央の〈無景の砂漠〉から1時間という時間でここまで来れたのなら、断然早い方である。
船を介して移動しようものならスノーフリアまで行かなくてはならず、その上、一日掛かってしまうであろう。
そう思えば、何と便利の良い魔法だ。
リオンが修羅の顔つきを確認しながら目を閉じれば、今度は何処かの山小屋に移動していた。
しかしそこは、リオンが知らないだけで知り合いのいる山小屋である。
そんな事を露とも知らないリオンは修羅の顔が思ったよりも良かったのを視認し、すぐに視線を逸らした。
念の為に休憩を挟むか聞こうとすれば、すぐに周りを何かに囲われてしまった。
二人はすぐに武器を手にして周りの敵を警戒する。
そこに居たのはこの周辺を縄張りにしている魔物たちだった。
それを見たリオンは煩わしそうに魔物たちを見たが、背中の方にいる修羅へ声をかける。
「お前は何もするな。ここは僕がやる。……お前は瞬間移動の事だけ考えていろ。」
「はっ!素直じゃねえな!だが、まぁ……有難くその気持ちを受け取っといてやるよ。」
そうして修羅が疲れた顔で雪の上に座る。
すると魔物がたちまち油断している修羅へと向かっていく。
しかし、そこはリオンの方が何枚も上手である。
すぐに反応したリオンによって魔物が倒されていくのを、修羅は何もせずにポカンと見ていた。
ただ今は休憩出来るのが有難い、程度にしか思っていなかったのは秘密だが…。
それでもあれほど居た魔物たちを短時間で倒してしまうリオンに僅かな感心をしていたのは言うまでもない。
「ふん。他愛もないな。」
『結構魔物が居ましたねぇ?ここら辺を縄張りとしてるんでしょうか?』
「だろうな。こんな辺鄙な地を通る人間は、中々いないだろうしな。」
「悪かったな。こんな辺鄙な地を通ってな。」
修羅が座り込んだまま、そう声を張り上げる。
それを再び鼻で笑ったリオンは、修羅の手を掴み立ち上がらせる。
そして修羅も立ち上がった瞬間、例の瞬間移動を使った。
そうして二人はようやくハイデルベルグへと到着したのだった。
「はぁ……。ほら、言っただろ。到着するのは昼頃だってな?」
「いや、この調子なら早いものだ。通常であれば一日と少し掛かるからな。」
『本当、そうですよね。悔しいですけど早かったです。』
「あんたに素直に感謝されると身の毛がよだつ。」
そう言って本当に身震いさせた修羅を睨んだリオンだったが、すぐに辺りを見渡してスノウの姿を探した。
しかし早々見つかるはずもなく、歩き出そうとしたリオンに修羅が声を掛ける。
「おいおい。待てって。まだ位置の特定もしてないんだぞ?」
「どうせ疲労でそれどころでは無いだろう?お前は黙って今日の宿を探してろ。」
『スノウを見つけたら知らせますから、精々それまで休んでて下さーい。』
意地悪そうにそう言ったシャルティエの声が聞こえないはずなのに、修羅は2人の話でフッと笑った。
そしてリオンと別れ、彼は今日の宿を探してくれたのだった。
「……さて、しらみ潰しでもするか。」
『確か…独特な反応があるって言ってましたよね?僕でも見極められないですかね?』
「そうだな…。一応やってみるか。」
『はい!……確か、バグのような反応って修羅は言ってましたけど……どんな感じなんですかね?』
話しながら目でも、探知でも、スノウを探す二人だったが、結局その日の夕方になっても見つからず、宿を探しに行った修羅と合流する形で報告する事となった。
すると修羅が口元に手を当てて何かを思案し始める。
「…アーサーの奴とスノウが一緒に居るなら……もしかしたら、〈赤眼の蜘蛛〉の宿に泊まってるかもしれねぇ。」
そう呟いた修羅に、なるほどと納得するリオンとシャルティエ。
確かに〈赤眼の蜘蛛〉は何処にでも潜んでいるし、こんな街の一つや二つくらい〈赤眼の蜘蛛〉の手先が忍び込んでいてもおかしくは無い。
そうなると、やはり修羅の言った通り、狙いの人物たちは〈赤眼の蜘蛛〉の息がかかっている宿に泊まっている可能性が高いのだろう。
とにかくスノウの説得もしたいリオン達だが、まずは情報収集からである。
本当にその宿に泊まっているのか、そして二人が一緒にいるのかの確認は必要である。
話し合いの結果、深夜に行動を移すことに決めた二人はそれまで自由時間にした。
そうして早くも深夜となった時刻────
「……。」
『遂に来ましたね…。』
緊張した面持ちでいるシャルティエに対して、リオンは修羅の探知待ちである。
ジッと目を閉じて頭に手を置き、探知をしているだろう修羅の姿を見て、リオンも辛抱強く待つことにした。
ことを急いたって、何にも良い事など無いのだから。
「……大当たりだな。〈赤眼の蜘蛛〉の組織員が経営している宿にアーサーの反応と……おかしな反応がひとつある。この間の反応と同じだ…!」
「場所の特定も出来るか?」
「もう探知済みだ。ついてこい。」
そうして夜のハイデルベルグ内を駆け回る二人。
闇夜に紛れながら移動すれば、城下町を巡回中の兵士たちに見つかることも無かった。
修羅に案内されて止まったのは、とある建物の窓の下。
ジェスチャーを混じえながら、修羅が小声で説明をした。
「……この部屋の中に、スノウがいる。反応が動かない所を見れば、もう寝てるのかもな…。」
「……そうか。」
『まぁ……もう深夜ですからねぇ…。場所が分かっただけでも収穫ですよ。』
恐る恐る修羅とリオンが窓から中を覗いて確認する。
すると、一人部屋のベッドの中でスヤスヤと眠るスノウが見えた。
スノウの姿が見えただけでホッとした二人は、どうするか話し合おうとした……その瞬間。
「女性の眠る部屋を覗くとは、いい度胸ですねぇ?」
「「!!」」
咄嗟に武器を構えた二人の前に居たのは、アーサーだった。
黒いローブのせいで顔は見えないが、その声といい、立ち居振る舞いといい、手に持つ見慣れた武器といい、彼しかいない。
睨む様にしてアーサーを見る2人だったが、女性の部屋を覗き見たことは事実だったので、少し罪悪感を感じつつも相手へ言葉を放つ。
「やっぱりここに居たんだな…!」
「まぁ、そうですが……これは計算違いですねぇ?修羅…、あなたの瞬間移動の距離ならば今日くらいはここへ来られないと思っていましたが?どうやってこの街まで一日足らずで来れたのですか?」
「ハッ!計算違いもいい所だな!!俺も成長してんだよ!!」
修羅が手始めにアーサーを攻撃したが、すぐに身を翻して躱されてしまう。
その隙にリオンがシャルティエを持って、晶術で応戦する。
しかし、それも魔法で相殺されてしまう。
「!!」
実は、それが二人の狙いだったのだ。
魔法で相殺させた後、二人を見たアーサーだが、そこには夜の街へと消えていく二人の姿があったのだ。
どうやら交戦するつもりは初めから無かったらしいことにアーサーが肩を竦めさせる。
そして逃げられた方向を見ながら、アーサーは窓の中のスノウがちゃんと寝ていることを確認する。
そして自分も彼らと同じことをしている、と分かると喉奥で笑うような声で、しかし、スノウを起こさないようにと声を出さないよう堪えながら笑ったのだった。
それと同時に今夜は寝られない、と分かってアーサーはひとつ溜め息を吐いたのだった。