第二章・第1幕【裏切り者編】
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006.悲しき運命
___レスターシティ・研究所
〈赤眼の蜘蛛〉の拠点の一つでもある、研究所を囲う工業と温泉の街〈レスターシティ〉。
そこでは今日もモクモクと湯けむりが色々な場所から立ち上っていた。
そんな中、レスターシティの中央に大きく佇む研究所の中では、いつものようにスノウが他の人たちから頼られて仕事を任せられる。
勿論、言語学の勉強も欠かさずに。
「……。」
もし、リオン達と合流しなくとも。この世界の言葉を使えて損はないだろう、とスノウが図書室の一角で勉強を頑張る。
そこでは飛龍と麗花の二人も勉強を頑張っていた。
二人もまた、スノウと話したいという理由で日本語の勉強を始めていた。
めずらしくその近くではアーサーが双子の勉強を見ていた。
「(…この人、いつも仕事が忙しいイメージだったけど……やっぱりこんな事もしてあげるんだなぁ…?子供には優しいのか…?)」
時折指摘しながら双子の勉強を見る傍ら、自分の仕事なのかパソコンらしき機械を使って何かを打ち込んでいた。
完全に地球製のパソコンとは形状が違っていたが、それでもパソコンに近しき何かではある。
スノウはパソコンに向けていた視線をもとに戻して、勉強に再び勤しむ。
辞書を片手に、文法と単語の練習。
それの繰り返しだ。
「(…あれ。これって文法がいつもの奴と当てはまらない…。また違う文法があるのか…?)」
「こちらは最後の名詞をここへ持ってきて見てください。小説や漫画でよく使われる崩された文法なので、貴女が混乱するのも無理はありません。」
「《あぁ。そういうことか。どうりでおかしな文法だと思ったよ。ありがとう、アーサー。》」
「いえいえ。分からないことがあれば遠慮なくどうぞ。」
どうやら、難しい顔をしていたスノウを見兼ねて教えてくれたようだ。
単語に指を置きながら懇切丁寧に教えてくれたアーサーへ、スノウが素直にお礼を言えばひとつ笑ってまた仕事に戻って行った。
そして沈黙が訪れて、またアーサーが双子に日本語の勉強を教える。
無論、向こうは中国語というやつで教えているのでスノウがその内容を理解することは無かったが。
暫く辞書と格闘していたスノウだったが、ふいに袖を引かれて意識を現実へと戻す。
すると双子が、書いた紙をスノウへと渡してきたのでそれを見る。
するとスノウの目が丸くなった。
“だいすき”
その4文字が紙の中央にデカデカと書かれていて、とても微笑ましい。
日本語を学び始めたのだろうな、と分かるほど拙いひらがなだったが、それでもスノウの心にジーンと来るほどは感動したようだった。
すぐにスノウはノートを一枚破っては、そこへ文字を書き始める。
そこにはなけなしの中国語の知識で“謝謝”と書いて、お礼を伝えていた。
そして“我爱你”とも書いたスノウに、双子が同時に口元に手を当てて驚いた顔をさせた後、頬を赤く染める。
どうやらその言葉は愛の言葉らしく、スノウはそれを分かって使ったようだった。
双子が途端に嬉しそうに机の下で隠れている足をバタバタとさせる。
そして子供特有の笑顔で、スノウへと満面の笑みを見せていた。
それを見たアーサーが頬杖をつきながら、フッと笑う。
「罪な人ですねぇ?まだまだ子供な彼らに愛の言葉を囁くなんて。」
「《愛の言葉なんて言われて悪い気はしないだろう?》」
「だから罪な人だ、と言ったんですよ。相手が本気にしたらどうするおつもりで?」
「《それは無いよ。本気にさせないように冗談交じりで伝えるんだから。……口だったらね。》」
「フッフッフ…。そうですか。いつか後ろから刺されないことを祈ってますよ。」
「《そんな事されるくらいだったら、それは私が悪いよ。だから諦める。》」
「諦めるくらいなら端からやらないでください。」
そう言ってパソコン仕事に戻ったアーサーに、スノウがクスリと笑う。
そしてスノウもまた、勉強へと戻って行った。
「アーサーよ。」
図書室に似つかわしくない山男……もとい、玄が姿を現す。
ガタイが良い体格のせいで山男と見間違えられるらしい玄がちらりと双子とスノウを見るが、すぐに視線をアーサーへと戻していた。
「どうされましたか?玄。」
「少々厄介なことが起こった。お主に判断願いたい。」
「……分かりました。今行きます。」
どうやら玄もまた、日本人のようで、話す言葉は日本語のそれだった。
その為、スノウでもその会話の内容が分かったのだ。
パソコンを閉じて玄と共に図書室の外へと向かっていったアーサーを見届け、双子が不安そうにスノウを見る。
しかしスノウは安心させるように双子の頭を撫でてあげ、勉強に向かうようジェスチャーするも……元々彼らはアーサーに勉強を見てもらっていた身だ。
これでは勉強も捗らないだろう、とスノウは休憩を提案することにした。
流石に中国語で休憩という言葉は知らないので、スノウは立ち上がると何処かへと消える。
そして次に戻ってきた時には、その手にカップを2つ持ってきていた。
それを双子の前に置き、また去っていく。
そしてその手に沢山のお菓子を持って現れたのだ。
流石に双子もその意味が分かったようで、目を輝かせながらスノウの休憩に従うことにしたのだった。
「「嗯,好吃!(うーん!美味しい!)」」
恐らく、美味しいのだろう。
顔を綻ばせ、せっせと菓子を食べていく双子を見て、束の間の休息を得たスノウは頬杖をつきながらそれを優しく見守る。
前世であった出来事がどうであれ、今は仲間なのだから妙な事を言って仲間割れ、というのもおかしな話だ。
それに今は何もしていない双子に当たるというのもおかしな話。
だから今はただの子供として接しているのだ。
子供だからこそ貰える特権を彼らには体験してほしいから。
次々と無くなっていくお菓子を見つめながらスノウも自分で淹れた紅茶を飲み干す。
それは、前世で彼が好きだったブレンドのお茶だった。
懐かしむようにそれを飲み干したスノウは、少しだけ遠い目をして過去に思い馳せる。
彼は今頃、旅を楽しんでいるかな。と感傷に浸りながら。
「おまたせしました。」
「《大丈夫だったのかい?》」
「えぇ。少々……いえ、大分厄介なことになっていますが、許容範囲内です。」
アーサーが戻ってきて、双子もピタリとお菓子を食べる手をやめてしまう。
そして一気に紅茶を飲み干すと、また勉強へと向かっていった。
それを見たスノウとアーサーも、呆れながらその光景を見つめる。
まだまだ子供な彼らに、勉強を強いるつもりはどちらもなかったからだ。
それでもアーサーは彼らの意見を尊重するようで、双子の勉強を再び見てあげていた。
それを見たスノウは双子のカップやお菓子を片付けようとして、その手を双子によって止められる。
その双子の目にはありありと“まだ食べたい”という意思が見え隠れしているようだった。
流石にそこは子供だった双子に、二人が思わずといった具合にフッと笑いを零した。
スノウは紅茶を入れ直すついでに退席し、アーサーにも同じものを淹れてあげていた。
それにお礼を伝えたアーサーは紅茶を口にして、目を丸くさせた。
「……美味しいですね。これはどこのメーカーで?」
「《これは私が独自にブレンドしたものなんだ。だから、特定のメーカーのだけを使ってる訳じゃないよ。》」
「ふむ…興味深い。貴女、ブレンドを自らするということは紅茶がお好きなんですね?」
「《どこかの誰かさんが好きでね?それで自然と知識を身に着けたんだよ。》」
「愛しい彼の為に、ですか…。まぁ、それも今回では存分に発揮出来ないようですがねぇ?」
「《言わないでくれ。悲しくなってくる。》」
「フッ。それはすみませんでした。それでもこの手の話題をすれば貴女が怒るかと思ってましたが……いよいよ覚悟を決めたんですか?」
「《揺らぐに決まってる。まだまだ覚悟なんて、いくつあっても足りないくらいだ。》」
そう言って、先程入れたばかりの自分の紅茶へと目を伏せるスノウ。
紅茶の表面が赤い水面で揺らいで、それはまるでスノウ自身の心を表しているようだった。
そんなスノウを紅茶を飲みながら様子を窺うアーサーだったが、フッと口元を緩ませる。
「《これが私の道だ。私の選んだ道……。彼と交わらない運命だとしてもやめられない。……止まれないんだ。自分の使命を果たすためにも。》」
「えぇ、その意気ですよ。スノウ・エルピス。貴女の選んだ道は間違ってはいません。いずれ男を捕まえて、貴女のマナとその声を取り戻しましょう。」
「《あぁ。そうだね。》」
「……因みに貴女にお尋ねしますが。彼ら……ジューダスと呼ばれる彼やカイル・デュナミスと再会した覚えはありますか?そしてここに居るという事を伝えた記憶は?」
「《え?無いよ。彼らとは今世では会ってない。見かけてはいるけど、君が止めたじゃないか。》」
「フッフッフ。愚問でしたね。すみませんでした。(……なら、何故彼らは彼女が〈赤眼の蜘蛛〉にいることを知っている…?先程の玄の報告では確実に奴らは彼女を狙っている。そしてここに居ることを知っていた……。一体どこから情報が漏れた…?)」
「???」
何か妙な質問だ。
そう思わせられる何かがスノウの中にはあった。
しかし、彼が素直に話すとは思えないしそれに労力を費やすのも面倒な気がした。
主に、また説教じみたことを言われそうで。
スノウはまた紅茶を飲み、勉強へと向き直ることにした。
その横では未だに頭を悩ませるアーサーがいたとは知らずに。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
____翌日
アーサーに呼ばれたスノウは、急ぎ足で彼の執務室へと向かっていた。
急に館内放送で呼び出されて驚いたのもあるが、一番は早く行かないといけない気がしたからだった。
到着した執務室の扉をノックし、カードキーを当てる。
すると音を立てて扉が開かれた。
「お待ちしておりました。」
「《要件は?》」
「えぇ、早めにお伝えしましょう。実は例の男がこの近くの拠点で目撃されました。今から向かいますので準備を───」
「《もう出来てるよ。すぐに行こう。》」
「流石です。では、私の近くへ。」
スノウが言われた通り、アーサーの近くに寄ればすぐに景色は変わった。
そこは砂漠の真ん中に出来た〈赤眼の蜘蛛〉の新しい街……〈サファイアヴィラ〉。
砂漠のオアシスに佇む、青い宝石のような美しい街だった。
街の至る所に噴水があり、街並みも青を貴重とした建築物が多いからか観光客や見る者へ涼しいイメージを持たせた。
しかし、なんと言ったってスノウは暑いのが苦手である。
到着した途端、膝に手を当ててゼーゼーと息を吐き出していた。
「(あっつ…!)」
「あぁ、貴女は暑いのが苦手でしたねぇ?忘れていました。」
「《この暑さ……尋常じゃないけど…ここは?》」
「ここは〈サファイアヴィラ〉。オアシスの近くに出来た〈赤眼の蜘蛛〉の新たな街であり、拠点です。貴女は通ったことがあるかどうかは知りませんが…〈無景の砂漠〉の真ん中に作った街です。どうも、〈星詠み人〉であってもここの砂漠の厳しさには耐えられませんから、ここに拠点を一つ作って港町チェリクからの利便性を上げたのです。」
なるほど、とスノウが周りを見渡してみる。
青い建物が確かに目立つが、それ以上に大きな噴水が街の至るところにあるのも目立っていた。
キレイな街並みのお陰で観光客も多いのか、噴水近くには人がたくさん集まっていてこの酷い暑さを凌いでいる。
良いな、と羨やむ反面、ここには探し人のために来ているんだと気を引き締めて姿勢を正す。
だが、すぐにまた背中が丸くなっていったスノウを見たアーサーが堪らず声に出して笑っていた。
「クックックッ…!本当に苦手なんですねぇ?」
「《早く探そう……。干からびて死にそうだ……。》」
「それはいけませんねぇ。早く行くとしましょうか。」
アーサーの軽快な足取りを恨むと同時に、はぐれないようにすぐに彼の背中を追っていった。
暫し街並みを見つつ、たまに降りかかる噴水の水で癒やされていれば、急にアーサーが立ち止まるものだからその背中に容赦なくぶつかってしまう。
鼻を押さえながら恨めしそうに睨んだスノウだったが、すぐにその理由を察してしまった。
「%¥€〆→♪☆&」
「!!!」
アーサーの背中で大人しくすることにしたスノウは、その声の主に反射的に心のなかで謝っていた。
何故なら、この声は"彼ら"で間違いなかったから。
「(もうこんなところまで来ていましたか…。)何用です?こちらは急いでいるので、手短にお願いしますよ。ボクを呼び止めたからにはそれ相応の質問があるのでしょうねぇ?」
「=×°#○*」
「(やばい…。本当に分からない…。)」
いくら勉強しているとはいえ、相手は流暢な言葉で話す。
その上、リスニングや会話などの勉強をしているわけでもない。
あくまでも、ただ単語が書けたり読めたりするだけなので、彼らの言葉はスノウにとって宇宙語に近かった。
黙って後ろに隠れていれば、アーサーが僅かに身じろぎをするのが見えた。
そして後ろにいるスノウに話しかけてくる。…あくまでも〈赤眼の蜘蛛〉の組織員として。
「行きますよ。もう話は終わりました。」
そう言って歩き出したアーサーに倣って、スノウも歩き出す。
無論、勘付かれないように頭のフードを深く被り直して、俯いた状態で彼らに悟られないように平静に歩く。
そうして何事もなく通り過ぎようとしたスノウたちだったが、不意に誰かに腕を掴まれた。
それはまさかの"彼"だった。
「€〆○*%¥?」
彼がその謎の言葉を放った瞬間、アーサーがスノウを抱きしめて剣を振り回す。
牽制するようなその攻撃にたまらずリオンが大きく後退した。
そしてアーサーを強く睨みつけていた。
「¥€〆→×°#?!」
「これはボクの大事な人なので、触らないで頂けますか?」
「(大事な人って…。嘘でもなんか嫌だなぁ…?)」
アーサーが自身を隠す黒いローブの頭部分を外してリオンを睨む。
そうしてスノウも必然的にリオンを見ることになったのだが……。
「!!!!!!」
なんと…、なんと可愛い格好だ!!!!
彼の横髪の右側は紫色のリボンで三つ編みに結ばれており、全体的に白い服でチャームポイントの赤いスカーフのようなものがとてもお洒落である。
その上、左側の横髪は耳にかけられて、更にこれまた紫色のヘアピンで留められている。
これが可愛くなくて何だというのだろう。
それにそれに!腹部なんてとてもエッッッッッロイ!
ちら見せするかのような腹部にエロさを感じるのは仕方がないと思う!!!
思わず顔を真っ赤にさせて両手で顔を覆ったスノウに気にした様子もない周りは、それぞれ武器を手にして相対していた。
何やら怒号が飛んでしまっているが、そんな事今のスノウの耳に届くはずもない。
前前前世で培ってきたオタクというやつが全面に出てしまっていて、もうどうしようもない状態に陥っていた。
「(おいおい、誰が選んだあの衣装…!!神すぎる…!!もう最高っ!!あれが見れただけでもうお腹いっぱいなんですけど?!!!何、あのチラ見せのお腹!!それにあの三つ編み!!!やばいって!!もう、今なら死ねるわ~~!!!)」
この間のときは遠目で見ただけだったし、何より彼らは防寒具を着ていて中が見えなかった。
こんな時にお披露目して欲しくなかった、と心のなかで叫んだスノウの横にアーサーが飛んでくる。
そしてちらりとスノウを見て、驚いた顔を見せる。
それを見た向こうさんも、武器を持って立ち止まってしまう始末。
全員がスノウに注目する中、スノウは未だに地面に手を叩きつけて悶えていた。
これは一体何をしているのだろう、と周りが固まる中、本人は至って真面目に自分の中の興奮を抑えようと必死になっていた。
しかしそれは"彼"を見てしまえば、再び興奮の嵐となってしまい、収まる気配がない。
「────!!!」
「……何をしているんですか、貴女は…。」
呆れた声を出したアーサーだったが、次の瞬間、リオンがアーサーを攻撃したことで緊迫した空気へと戻る。
咄嗟に剣を構えて防御をしたアーサーはチラッとスノウを見て、リオンを睨む。
「……少し嫉妬してしまいますねぇ?」
「*#&/$%+?!」
「いえ、こちらの話です。お構いなく。さて…そろそろ行きますよ?────スノウ・エルピス。」
「「「「『「!!!?」』」」」」
「《はぁーーー…。いやぁ、良いものを拝ませてもらったね…?》」
「変なことを言ってないで、ボクの近くへ。」
そうはさせるか、とリオンがアーサーへの攻撃を激化させる。
カイルたちもスノウを説得しようと言葉を連ねるも、その言葉は今のスノウに通用しない。
そんなこと微塵も知らない仲間たちは必死にスノウへと声を掛け続けていた。
「無駄です。貴方がたの言葉は彼女に効きませんよ。」
「《なんて言われてる?》」
「そうですねぇ?"貴女がとても憎い"そうですよ?」
「*#-$%~^!!?」
「《本当に?そうだったら傷つくなぁ?》」
「ええ。彼らはそう言っていますよ?ほら、怒鳴り声が聞こえるでしょう?全て、貴女に対しての怒号ですよ?」
「《そっか…。まぁ私がそれくらいのことをしてしまっているから仕方ないね。…もう、後戻りはできない。》」
「そうですね。これで決心がつきましたね?では戻りましょうか。"我々の帰る場所"へ。」
「《あぁ…。そうだね。あの人も見当たらないし。》」
そんな時、スノウの耳に別の声が聞こえてくる。
それはスノウやアーサーと同じ〈星詠み人〉である修羅の声だった。
「スノウ!!なんで、なんであんたが〈赤眼の蜘蛛〉なんかに入ってるんだよ!!?」
「!!」
「……なるほど。あなたも〈星詠み人〉でしたねぇ?修羅。」
「何を言っている!?テメェが初めに〈赤眼の蜘蛛〉に俺をスカウトしたんだろうがよ!」
「少々あなたが厄介ですね…。スノウ・エルピス。早いところ帰りますよ。修羅の言葉に耳を傾けないように。」
「《気になるんだけど?》」
「気にしなくて大丈夫です。どうせ、碌なことは言いませんし…貴女の目的のためには彼らは不必要でしょう?」
「《その言葉、あまり好きじゃないね。それに彼らには、彼らを必要とする人がちゃんといるはずだよ。……今の私じゃない。》」
「クックックッ…!!!よく分かっていらっしゃいますねぇ?では…。」
アーサーが空間移動の魔法を使おうとする。
しかし、どうしても逃したくないリオンが咄嗟にスノウの肩を掴んだ。
その瞬間、スノウの頭のフードが取れてリオンが絶望の表情を宿す。
その格好は………夢の通り、黒髪に黒目の彼女だったからだ。
彼が贈ったアクセサリーも一つたりとも見当たらない事に、言葉が出なかったリオン。
その隙に二人は空間移動を成功させていた。
リオンが呆然と立ち尽くすその場には、絶望の空気しか漂っていなかった。
…
…………
…………………………
「《酷いなぁ。あの時、名前を呼ぶなんて。》」
「ああでもしないと、貴女の決意が揺らぎそうでしたので。強硬手段を取らせてもらっただけです。」
「《罪悪感が半端ないよ。…本当、申し訳ないことをした。本当ならマナがもとに戻った状態で弁解したかったけどね。》」
「弁解なんて必要ありません。先程も言いましたが、今の貴女に彼らは不必要です。我々さえいれば、貴女は目的を達成させられる。なのに、彼らに頼るのはあまりにも愚策ですねぇ。」
「《分かってるよ。…だからこそ、決別したじゃないか。》」
「えぇ。そうですね。」
男も見つからず、昔の仲間たちには〈赤眼の蜘蛛〉に入ったことがバレた。
もう後戻りは出来ないことなんて、火を見るより明らかで。
それにスノウが少し悲しんだ。
でも何処かで決意をしてしまっていたのかもしれない。
それこそ……あのスノーフリアでの一件以降かもしれない。
「《…もう休むよ。疲れた…。》」
「クックックッ。えぇ、そうしてください。おやすみなさい?スノウ・エルピス。」
「《おやすみ。アーサー。》」
あぁ、裏切ることは慣れた。
前前世でモネとして存在していた時にたくさんやってきたじゃないか。
……スノウはそのまま部屋のベッドに倒れ込んで、ひとつだけ涙を流した。
■□゚o。゚o。◆◇゚o。゚o。■□゚o。゚o。◆◇゚o。゚o。■□
スキット①
【男】
「《しっかし、見当たらないんだけど?あの男の人。〈赤眼の蜘蛛〉の総力を持ってしても中々じゃないんだね?》」
「申し訳ありません。似たような風貌の男が見つかった事例もあり、現在鋭意捜索中と言った感じでしょうか。」
「《まぁ、そうだよねぇ。でもあのスノーフリアでの出来事は驚いたね。あの男と同じ格好の人がたくさん捕まったんだから。》」
「えぇ。今、彼らに拷問中です。なんとしても吐き出させて、例の男の詳細を聞き出したいところです。」
「《…程々にしてあげなよ?》」
「手加減はいりません。ああいったものに同情など必要ないのですから。」
「《……相変わらずだね。君は。》」
「フッ。お褒めいただきありがとうございます。」
「(褒めてないんだけどね…。)」
スキット②
【仲間】
「……。」
「彼らのことを気にしているんですか?」
「《まぁね。もうどうしようもないと分かっているけど、考えてしまうものは考えてしまうよね。》」
「ふむ…。忘れられるほど何か他に没頭できるものでも探してみますか?」
「《はは。それは難しいかな。一応これでも、昔は仲間だったんだから。》」
「今は我々という強い仲間がいるではありませんか。それでは物足りないと?」
「《そうじゃないよ。そういう意味じゃない。》」
「クックックッ。分かっていますよ。ですが過去にばかり囚われるのは宜しくないですねぇ?」
「《今は、あの男にだけ集中しなくちゃね?……他に気を取られちゃ駄目だ。》」
スキット③
【新たな拠点】
「《あの街は綺麗で良かったね。……もう少し暑さをなんとかして頂ければ更に良かったんだけど…。》」
「フッフッフッ。貴女の忠告に耳を傾けることにしましょう。もう少しどうにか出来ないか、考えてみます。」
「《なんであんな青い建物にしようと思ったのか聞いても?》」
「あぁ、あれは暑さを少しでも和らげるためです。視界的にも涼しいほうが人は涼しく感じる効果が大きいそうなんです。ですから青い建物を基調として建てたんですよ。」
「《まるで外国風のお洒落さがあったね。涼しくなったらまた行きたいとは思うよ。》」
「そうですか。なら、早めに手を付けますか…。」
___レスターシティ・研究所
〈赤眼の蜘蛛〉の拠点の一つでもある、研究所を囲う工業と温泉の街〈レスターシティ〉。
そこでは今日もモクモクと湯けむりが色々な場所から立ち上っていた。
そんな中、レスターシティの中央に大きく佇む研究所の中では、いつものようにスノウが他の人たちから頼られて仕事を任せられる。
勿論、言語学の勉強も欠かさずに。
「……。」
もし、リオン達と合流しなくとも。この世界の言葉を使えて損はないだろう、とスノウが図書室の一角で勉強を頑張る。
そこでは飛龍と麗花の二人も勉強を頑張っていた。
二人もまた、スノウと話したいという理由で日本語の勉強を始めていた。
めずらしくその近くではアーサーが双子の勉強を見ていた。
「(…この人、いつも仕事が忙しいイメージだったけど……やっぱりこんな事もしてあげるんだなぁ…?子供には優しいのか…?)」
時折指摘しながら双子の勉強を見る傍ら、自分の仕事なのかパソコンらしき機械を使って何かを打ち込んでいた。
完全に地球製のパソコンとは形状が違っていたが、それでもパソコンに近しき何かではある。
スノウはパソコンに向けていた視線をもとに戻して、勉強に再び勤しむ。
辞書を片手に、文法と単語の練習。
それの繰り返しだ。
「(…あれ。これって文法がいつもの奴と当てはまらない…。また違う文法があるのか…?)」
「こちらは最後の名詞をここへ持ってきて見てください。小説や漫画でよく使われる崩された文法なので、貴女が混乱するのも無理はありません。」
「《あぁ。そういうことか。どうりでおかしな文法だと思ったよ。ありがとう、アーサー。》」
「いえいえ。分からないことがあれば遠慮なくどうぞ。」
どうやら、難しい顔をしていたスノウを見兼ねて教えてくれたようだ。
単語に指を置きながら懇切丁寧に教えてくれたアーサーへ、スノウが素直にお礼を言えばひとつ笑ってまた仕事に戻って行った。
そして沈黙が訪れて、またアーサーが双子に日本語の勉強を教える。
無論、向こうは中国語というやつで教えているのでスノウがその内容を理解することは無かったが。
暫く辞書と格闘していたスノウだったが、ふいに袖を引かれて意識を現実へと戻す。
すると双子が、書いた紙をスノウへと渡してきたのでそれを見る。
するとスノウの目が丸くなった。
“だいすき”
その4文字が紙の中央にデカデカと書かれていて、とても微笑ましい。
日本語を学び始めたのだろうな、と分かるほど拙いひらがなだったが、それでもスノウの心にジーンと来るほどは感動したようだった。
すぐにスノウはノートを一枚破っては、そこへ文字を書き始める。
そこにはなけなしの中国語の知識で“謝謝”と書いて、お礼を伝えていた。
そして“我爱你”とも書いたスノウに、双子が同時に口元に手を当てて驚いた顔をさせた後、頬を赤く染める。
どうやらその言葉は愛の言葉らしく、スノウはそれを分かって使ったようだった。
双子が途端に嬉しそうに机の下で隠れている足をバタバタとさせる。
そして子供特有の笑顔で、スノウへと満面の笑みを見せていた。
それを見たアーサーが頬杖をつきながら、フッと笑う。
「罪な人ですねぇ?まだまだ子供な彼らに愛の言葉を囁くなんて。」
「《愛の言葉なんて言われて悪い気はしないだろう?》」
「だから罪な人だ、と言ったんですよ。相手が本気にしたらどうするおつもりで?」
「《それは無いよ。本気にさせないように冗談交じりで伝えるんだから。……口だったらね。》」
「フッフッフ…。そうですか。いつか後ろから刺されないことを祈ってますよ。」
「《そんな事されるくらいだったら、それは私が悪いよ。だから諦める。》」
「諦めるくらいなら端からやらないでください。」
そう言ってパソコン仕事に戻ったアーサーに、スノウがクスリと笑う。
そしてスノウもまた、勉強へと戻って行った。
「アーサーよ。」
図書室に似つかわしくない山男……もとい、玄が姿を現す。
ガタイが良い体格のせいで山男と見間違えられるらしい玄がちらりと双子とスノウを見るが、すぐに視線をアーサーへと戻していた。
「どうされましたか?玄。」
「少々厄介なことが起こった。お主に判断願いたい。」
「……分かりました。今行きます。」
どうやら玄もまた、日本人のようで、話す言葉は日本語のそれだった。
その為、スノウでもその会話の内容が分かったのだ。
パソコンを閉じて玄と共に図書室の外へと向かっていったアーサーを見届け、双子が不安そうにスノウを見る。
しかしスノウは安心させるように双子の頭を撫でてあげ、勉強に向かうようジェスチャーするも……元々彼らはアーサーに勉強を見てもらっていた身だ。
これでは勉強も捗らないだろう、とスノウは休憩を提案することにした。
流石に中国語で休憩という言葉は知らないので、スノウは立ち上がると何処かへと消える。
そして次に戻ってきた時には、その手にカップを2つ持ってきていた。
それを双子の前に置き、また去っていく。
そしてその手に沢山のお菓子を持って現れたのだ。
流石に双子もその意味が分かったようで、目を輝かせながらスノウの休憩に従うことにしたのだった。
「「嗯,好吃!(うーん!美味しい!)」」
恐らく、美味しいのだろう。
顔を綻ばせ、せっせと菓子を食べていく双子を見て、束の間の休息を得たスノウは頬杖をつきながらそれを優しく見守る。
前世であった出来事がどうであれ、今は仲間なのだから妙な事を言って仲間割れ、というのもおかしな話だ。
それに今は何もしていない双子に当たるというのもおかしな話。
だから今はただの子供として接しているのだ。
子供だからこそ貰える特権を彼らには体験してほしいから。
次々と無くなっていくお菓子を見つめながらスノウも自分で淹れた紅茶を飲み干す。
それは、前世で彼が好きだったブレンドのお茶だった。
懐かしむようにそれを飲み干したスノウは、少しだけ遠い目をして過去に思い馳せる。
彼は今頃、旅を楽しんでいるかな。と感傷に浸りながら。
「おまたせしました。」
「《大丈夫だったのかい?》」
「えぇ。少々……いえ、大分厄介なことになっていますが、許容範囲内です。」
アーサーが戻ってきて、双子もピタリとお菓子を食べる手をやめてしまう。
そして一気に紅茶を飲み干すと、また勉強へと向かっていった。
それを見たスノウとアーサーも、呆れながらその光景を見つめる。
まだまだ子供な彼らに、勉強を強いるつもりはどちらもなかったからだ。
それでもアーサーは彼らの意見を尊重するようで、双子の勉強を再び見てあげていた。
それを見たスノウは双子のカップやお菓子を片付けようとして、その手を双子によって止められる。
その双子の目にはありありと“まだ食べたい”という意思が見え隠れしているようだった。
流石にそこは子供だった双子に、二人が思わずといった具合にフッと笑いを零した。
スノウは紅茶を入れ直すついでに退席し、アーサーにも同じものを淹れてあげていた。
それにお礼を伝えたアーサーは紅茶を口にして、目を丸くさせた。
「……美味しいですね。これはどこのメーカーで?」
「《これは私が独自にブレンドしたものなんだ。だから、特定のメーカーのだけを使ってる訳じゃないよ。》」
「ふむ…興味深い。貴女、ブレンドを自らするということは紅茶がお好きなんですね?」
「《どこかの誰かさんが好きでね?それで自然と知識を身に着けたんだよ。》」
「愛しい彼の為に、ですか…。まぁ、それも今回では存分に発揮出来ないようですがねぇ?」
「《言わないでくれ。悲しくなってくる。》」
「フッ。それはすみませんでした。それでもこの手の話題をすれば貴女が怒るかと思ってましたが……いよいよ覚悟を決めたんですか?」
「《揺らぐに決まってる。まだまだ覚悟なんて、いくつあっても足りないくらいだ。》」
そう言って、先程入れたばかりの自分の紅茶へと目を伏せるスノウ。
紅茶の表面が赤い水面で揺らいで、それはまるでスノウ自身の心を表しているようだった。
そんなスノウを紅茶を飲みながら様子を窺うアーサーだったが、フッと口元を緩ませる。
「《これが私の道だ。私の選んだ道……。彼と交わらない運命だとしてもやめられない。……止まれないんだ。自分の使命を果たすためにも。》」
「えぇ、その意気ですよ。スノウ・エルピス。貴女の選んだ道は間違ってはいません。いずれ男を捕まえて、貴女のマナとその声を取り戻しましょう。」
「《あぁ。そうだね。》」
「……因みに貴女にお尋ねしますが。彼ら……ジューダスと呼ばれる彼やカイル・デュナミスと再会した覚えはありますか?そしてここに居るという事を伝えた記憶は?」
「《え?無いよ。彼らとは今世では会ってない。見かけてはいるけど、君が止めたじゃないか。》」
「フッフッフ。愚問でしたね。すみませんでした。(……なら、何故彼らは彼女が〈赤眼の蜘蛛〉にいることを知っている…?先程の玄の報告では確実に奴らは彼女を狙っている。そしてここに居ることを知っていた……。一体どこから情報が漏れた…?)」
「???」
何か妙な質問だ。
そう思わせられる何かがスノウの中にはあった。
しかし、彼が素直に話すとは思えないしそれに労力を費やすのも面倒な気がした。
主に、また説教じみたことを言われそうで。
スノウはまた紅茶を飲み、勉強へと向き直ることにした。
その横では未だに頭を悩ませるアーサーがいたとは知らずに。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
____翌日
アーサーに呼ばれたスノウは、急ぎ足で彼の執務室へと向かっていた。
急に館内放送で呼び出されて驚いたのもあるが、一番は早く行かないといけない気がしたからだった。
到着した執務室の扉をノックし、カードキーを当てる。
すると音を立てて扉が開かれた。
「お待ちしておりました。」
「《要件は?》」
「えぇ、早めにお伝えしましょう。実は例の男がこの近くの拠点で目撃されました。今から向かいますので準備を───」
「《もう出来てるよ。すぐに行こう。》」
「流石です。では、私の近くへ。」
スノウが言われた通り、アーサーの近くに寄ればすぐに景色は変わった。
そこは砂漠の真ん中に出来た〈赤眼の蜘蛛〉の新しい街……〈サファイアヴィラ〉。
砂漠のオアシスに佇む、青い宝石のような美しい街だった。
街の至る所に噴水があり、街並みも青を貴重とした建築物が多いからか観光客や見る者へ涼しいイメージを持たせた。
しかし、なんと言ったってスノウは暑いのが苦手である。
到着した途端、膝に手を当ててゼーゼーと息を吐き出していた。
「(あっつ…!)」
「あぁ、貴女は暑いのが苦手でしたねぇ?忘れていました。」
「《この暑さ……尋常じゃないけど…ここは?》」
「ここは〈サファイアヴィラ〉。オアシスの近くに出来た〈赤眼の蜘蛛〉の新たな街であり、拠点です。貴女は通ったことがあるかどうかは知りませんが…〈無景の砂漠〉の真ん中に作った街です。どうも、〈星詠み人〉であってもここの砂漠の厳しさには耐えられませんから、ここに拠点を一つ作って港町チェリクからの利便性を上げたのです。」
なるほど、とスノウが周りを見渡してみる。
青い建物が確かに目立つが、それ以上に大きな噴水が街の至るところにあるのも目立っていた。
キレイな街並みのお陰で観光客も多いのか、噴水近くには人がたくさん集まっていてこの酷い暑さを凌いでいる。
良いな、と羨やむ反面、ここには探し人のために来ているんだと気を引き締めて姿勢を正す。
だが、すぐにまた背中が丸くなっていったスノウを見たアーサーが堪らず声に出して笑っていた。
「クックックッ…!本当に苦手なんですねぇ?」
「《早く探そう……。干からびて死にそうだ……。》」
「それはいけませんねぇ。早く行くとしましょうか。」
アーサーの軽快な足取りを恨むと同時に、はぐれないようにすぐに彼の背中を追っていった。
暫し街並みを見つつ、たまに降りかかる噴水の水で癒やされていれば、急にアーサーが立ち止まるものだからその背中に容赦なくぶつかってしまう。
鼻を押さえながら恨めしそうに睨んだスノウだったが、すぐにその理由を察してしまった。
「%¥€〆→♪☆&」
「!!!」
アーサーの背中で大人しくすることにしたスノウは、その声の主に反射的に心のなかで謝っていた。
何故なら、この声は"彼ら"で間違いなかったから。
「(もうこんなところまで来ていましたか…。)何用です?こちらは急いでいるので、手短にお願いしますよ。ボクを呼び止めたからにはそれ相応の質問があるのでしょうねぇ?」
「=×°#○*」
「(やばい…。本当に分からない…。)」
いくら勉強しているとはいえ、相手は流暢な言葉で話す。
その上、リスニングや会話などの勉強をしているわけでもない。
あくまでも、ただ単語が書けたり読めたりするだけなので、彼らの言葉はスノウにとって宇宙語に近かった。
黙って後ろに隠れていれば、アーサーが僅かに身じろぎをするのが見えた。
そして後ろにいるスノウに話しかけてくる。…あくまでも〈赤眼の蜘蛛〉の組織員として。
「行きますよ。もう話は終わりました。」
そう言って歩き出したアーサーに倣って、スノウも歩き出す。
無論、勘付かれないように頭のフードを深く被り直して、俯いた状態で彼らに悟られないように平静に歩く。
そうして何事もなく通り過ぎようとしたスノウたちだったが、不意に誰かに腕を掴まれた。
それはまさかの"彼"だった。
「€〆○*%¥?」
彼がその謎の言葉を放った瞬間、アーサーがスノウを抱きしめて剣を振り回す。
牽制するようなその攻撃にたまらずリオンが大きく後退した。
そしてアーサーを強く睨みつけていた。
「¥€〆→×°#?!」
「これはボクの大事な人なので、触らないで頂けますか?」
「(大事な人って…。嘘でもなんか嫌だなぁ…?)」
アーサーが自身を隠す黒いローブの頭部分を外してリオンを睨む。
そうしてスノウも必然的にリオンを見ることになったのだが……。
「!!!!!!」
なんと…、なんと可愛い格好だ!!!!
彼の横髪の右側は紫色のリボンで三つ編みに結ばれており、全体的に白い服でチャームポイントの赤いスカーフのようなものがとてもお洒落である。
その上、左側の横髪は耳にかけられて、更にこれまた紫色のヘアピンで留められている。
これが可愛くなくて何だというのだろう。
それにそれに!腹部なんてとてもエッッッッッロイ!
ちら見せするかのような腹部にエロさを感じるのは仕方がないと思う!!!
思わず顔を真っ赤にさせて両手で顔を覆ったスノウに気にした様子もない周りは、それぞれ武器を手にして相対していた。
何やら怒号が飛んでしまっているが、そんな事今のスノウの耳に届くはずもない。
前前前世で培ってきたオタクというやつが全面に出てしまっていて、もうどうしようもない状態に陥っていた。
「(おいおい、誰が選んだあの衣装…!!神すぎる…!!もう最高っ!!あれが見れただけでもうお腹いっぱいなんですけど?!!!何、あのチラ見せのお腹!!それにあの三つ編み!!!やばいって!!もう、今なら死ねるわ~~!!!)」
この間のときは遠目で見ただけだったし、何より彼らは防寒具を着ていて中が見えなかった。
こんな時にお披露目して欲しくなかった、と心のなかで叫んだスノウの横にアーサーが飛んでくる。
そしてちらりとスノウを見て、驚いた顔を見せる。
それを見た向こうさんも、武器を持って立ち止まってしまう始末。
全員がスノウに注目する中、スノウは未だに地面に手を叩きつけて悶えていた。
これは一体何をしているのだろう、と周りが固まる中、本人は至って真面目に自分の中の興奮を抑えようと必死になっていた。
しかしそれは"彼"を見てしまえば、再び興奮の嵐となってしまい、収まる気配がない。
「────!!!」
「……何をしているんですか、貴女は…。」
呆れた声を出したアーサーだったが、次の瞬間、リオンがアーサーを攻撃したことで緊迫した空気へと戻る。
咄嗟に剣を構えて防御をしたアーサーはチラッとスノウを見て、リオンを睨む。
「……少し嫉妬してしまいますねぇ?」
「*#&/$%+?!」
「いえ、こちらの話です。お構いなく。さて…そろそろ行きますよ?────スノウ・エルピス。」
「「「「『「!!!?」』」」」」
「《はぁーーー…。いやぁ、良いものを拝ませてもらったね…?》」
「変なことを言ってないで、ボクの近くへ。」
そうはさせるか、とリオンがアーサーへの攻撃を激化させる。
カイルたちもスノウを説得しようと言葉を連ねるも、その言葉は今のスノウに通用しない。
そんなこと微塵も知らない仲間たちは必死にスノウへと声を掛け続けていた。
「無駄です。貴方がたの言葉は彼女に効きませんよ。」
「《なんて言われてる?》」
「そうですねぇ?"貴女がとても憎い"そうですよ?」
「*#-$%~^!!?」
「《本当に?そうだったら傷つくなぁ?》」
「ええ。彼らはそう言っていますよ?ほら、怒鳴り声が聞こえるでしょう?全て、貴女に対しての怒号ですよ?」
「《そっか…。まぁ私がそれくらいのことをしてしまっているから仕方ないね。…もう、後戻りはできない。》」
「そうですね。これで決心がつきましたね?では戻りましょうか。"我々の帰る場所"へ。」
「《あぁ…。そうだね。あの人も見当たらないし。》」
そんな時、スノウの耳に別の声が聞こえてくる。
それはスノウやアーサーと同じ〈星詠み人〉である修羅の声だった。
「スノウ!!なんで、なんであんたが〈赤眼の蜘蛛〉なんかに入ってるんだよ!!?」
「!!」
「……なるほど。あなたも〈星詠み人〉でしたねぇ?修羅。」
「何を言っている!?テメェが初めに〈赤眼の蜘蛛〉に俺をスカウトしたんだろうがよ!」
「少々あなたが厄介ですね…。スノウ・エルピス。早いところ帰りますよ。修羅の言葉に耳を傾けないように。」
「《気になるんだけど?》」
「気にしなくて大丈夫です。どうせ、碌なことは言いませんし…貴女の目的のためには彼らは不必要でしょう?」
「《その言葉、あまり好きじゃないね。それに彼らには、彼らを必要とする人がちゃんといるはずだよ。……今の私じゃない。》」
「クックックッ…!!!よく分かっていらっしゃいますねぇ?では…。」
アーサーが空間移動の魔法を使おうとする。
しかし、どうしても逃したくないリオンが咄嗟にスノウの肩を掴んだ。
その瞬間、スノウの頭のフードが取れてリオンが絶望の表情を宿す。
その格好は………夢の通り、黒髪に黒目の彼女だったからだ。
彼が贈ったアクセサリーも一つたりとも見当たらない事に、言葉が出なかったリオン。
その隙に二人は空間移動を成功させていた。
リオンが呆然と立ち尽くすその場には、絶望の空気しか漂っていなかった。
…
…………
…………………………
「《酷いなぁ。あの時、名前を呼ぶなんて。》」
「ああでもしないと、貴女の決意が揺らぎそうでしたので。強硬手段を取らせてもらっただけです。」
「《罪悪感が半端ないよ。…本当、申し訳ないことをした。本当ならマナがもとに戻った状態で弁解したかったけどね。》」
「弁解なんて必要ありません。先程も言いましたが、今の貴女に彼らは不必要です。我々さえいれば、貴女は目的を達成させられる。なのに、彼らに頼るのはあまりにも愚策ですねぇ。」
「《分かってるよ。…だからこそ、決別したじゃないか。》」
「えぇ。そうですね。」
男も見つからず、昔の仲間たちには〈赤眼の蜘蛛〉に入ったことがバレた。
もう後戻りは出来ないことなんて、火を見るより明らかで。
それにスノウが少し悲しんだ。
でも何処かで決意をしてしまっていたのかもしれない。
それこそ……あのスノーフリアでの一件以降かもしれない。
「《…もう休むよ。疲れた…。》」
「クックックッ。えぇ、そうしてください。おやすみなさい?スノウ・エルピス。」
「《おやすみ。アーサー。》」
あぁ、裏切ることは慣れた。
前前世でモネとして存在していた時にたくさんやってきたじゃないか。
……スノウはそのまま部屋のベッドに倒れ込んで、ひとつだけ涙を流した。
■□゚o。゚o。◆◇゚o。゚o。■□゚o。゚o。◆◇゚o。゚o。■□
スキット①
【男】
「《しっかし、見当たらないんだけど?あの男の人。〈赤眼の蜘蛛〉の総力を持ってしても中々じゃないんだね?》」
「申し訳ありません。似たような風貌の男が見つかった事例もあり、現在鋭意捜索中と言った感じでしょうか。」
「《まぁ、そうだよねぇ。でもあのスノーフリアでの出来事は驚いたね。あの男と同じ格好の人がたくさん捕まったんだから。》」
「えぇ。今、彼らに拷問中です。なんとしても吐き出させて、例の男の詳細を聞き出したいところです。」
「《…程々にしてあげなよ?》」
「手加減はいりません。ああいったものに同情など必要ないのですから。」
「《……相変わらずだね。君は。》」
「フッ。お褒めいただきありがとうございます。」
「(褒めてないんだけどね…。)」
スキット②
【仲間】
「……。」
「彼らのことを気にしているんですか?」
「《まぁね。もうどうしようもないと分かっているけど、考えてしまうものは考えてしまうよね。》」
「ふむ…。忘れられるほど何か他に没頭できるものでも探してみますか?」
「《はは。それは難しいかな。一応これでも、昔は仲間だったんだから。》」
「今は我々という強い仲間がいるではありませんか。それでは物足りないと?」
「《そうじゃないよ。そういう意味じゃない。》」
「クックックッ。分かっていますよ。ですが過去にばかり囚われるのは宜しくないですねぇ?」
「《今は、あの男にだけ集中しなくちゃね?……他に気を取られちゃ駄目だ。》」
スキット③
【新たな拠点】
「《あの街は綺麗で良かったね。……もう少し暑さをなんとかして頂ければ更に良かったんだけど…。》」
「フッフッフッ。貴女の忠告に耳を傾けることにしましょう。もう少しどうにか出来ないか、考えてみます。」
「《なんであんな青い建物にしようと思ったのか聞いても?》」
「あぁ、あれは暑さを少しでも和らげるためです。視界的にも涼しいほうが人は涼しく感じる効果が大きいそうなんです。ですから青い建物を基調として建てたんですよ。」
「《まるで外国風のお洒落さがあったね。涼しくなったらまた行きたいとは思うよ。》」
「そうですか。なら、早めに手を付けますか…。」