第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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125.
___現代・ノイシュタット
夜のノイシュタットは意外にも明るかった。
勿論、街の灯りも有ることにはあるのだが、一番の明るい理由は…
「う~ん。夜桜も綺麗だね~?」
『そうですね~!まさかライトアップなんて粋なことをしてくれるとは思いもしませんでしたね!』
「現市長が桜をノイシュタットの観光名物にしようと目論んでいるらしい。だからこんな変な時期に咲いた桜でさえライトアップが施されるんだそうだ。」
「…相変わらず君は物知りだね?ノイシュタットの事情通か何かかい?」
「風の噂で聞いただけだ。」
スノウ達は夜の桜を見上げながら話していた。
片手にはアイスキャンディーを持ち、もう片方はお互いの手を握り合っていた。
それは深く、強く握り合うようにして絡めた手は誰が何をしようと離れそうにないほどであり、"これが今世での最後のデートだから"と、お互いに意識を変えたからでもある。
勿論アイスキャンディーは溶ける前に二人で食べてしまった。
そして当たり棒を覗き込めば…
「…またハズレか。」
「ま、そんな都合よくいかないさ。それに、今当たるのも私としては怖いかな?」
『何故ですか?』
「ここで運を使い果たしたくない。」
『あぁ!それもそうですね!』
スノウとシャルティエがお互いに笑えば、ジューダスがスノウの当たり棒を覗き込む。
そこにはやはり"ハズレ"と書かれていて、思わずジューダスはそれを見て鼻で笑っていた。
アイスキャンディー屋のゴミ箱に棒を捨てた二人は、再び夜桜の前にやってきて暫く見つめていた。
そして沈黙に耐えられず、シャルティエが言葉を零す。
『…また三人で来世も一緒にいられますように!!』
「桜に願かけてどうする?」
「じゃあ、私も。…またこの三人でこの桜が見られますように。」
「……。」
『ほら!坊ちゃんも!!』
「…………また来れますように…。」
『ちっさ!!声が小さすぎますって!!』
「う、煩い!」
ジューダスの手がシャルティエのコアクリスタルへ届く前に、シャルティエは危機を感じて咄嗟にコアクリスタルを守るようにしてシャッターを慌てて閉じた。
それを見たジューダスがチッと舌打ちをして、シャルティエを睨んだ。
少しコアクリスタルを覗かせたシャルティエを待っていたかのように忍び寄る指。
それを見たシャルティエがずっとシャッターを閉じると分かると、悪戯な指は離れていった。
その一部始終を見ていたスノウはおかしいとばかりに笑いをこぼしていて、シャルティエがシャッターの内側でコアクリスタルを光らせた。
それはまるで"笑い事じゃないです"とでも言っているように。
「ねえ、今のうちにしておきたいこととかない?レディ。」
「…そう言われてもな。いきなりのことで咄嗟に思いつかん。…逆にお前は何かやっておきたいこととかないのか?」
「私は君の隣に居れるだけで十分だよ。この幸せを噛み締めてたい。」
「…ふん。無欲なやつだな…。」
「君も人のこと言えないでしょ?」
不毛な戦いが始まろうとしていて、お互いにそれに気付いてフッと笑いをこぼした。
そして再び二人の間には沈黙が降りようとしていた。
しかし、思い出したようにジューダスが言葉を紡ぐ。
「…そういえば、お前…さっき新たな使命がどうたらこうたら言ってたな?どういうことだ。」
「ん?…あぁ、君はエニグマから聞いてなかったんだったね。実は私、また新たに命を狙われていてね?」
「はぁ?」
『ちょっとちょっと!そう言うことは早く言ってくださいよ!!?』
「「(復活した…。)」」
コアクリスタルが爛々と光りだしたのが、夜だからとても分かる。
ライトアップの桜の近くでもよく分かるその光は、二人を照らしては点滅する。
「私は〈世界の神〉から聞いた話だから、君はエニグマから直接聞いたほうが良いんじゃない?私のように使命が追加にならないことを祈るけどね。」
『坊ちゃん!急いで願いの叶う店に行かないと!!』
「…いや、あいつが素直に言うとは思えん。それこそ、この間怒らせたからな。」
「え?エニグマを?」
『何して怒らせたんですか?』
「奴の横暴さに頭にきて、胸ぐらを掴んでしまってな。」
『「あぁ…。」』
それは怒ってる、とあからさまに落胆する二人。
ジューダスはそんな二人を見て険しい顔をさせたが、事実は事実なので口に出せずにいた。
するとスノウは口元に手を当てて、彼にどう話すべきか考え込んだ。
そしてゆっくりと言葉を紡いでいく。
「そうだな…?どう言っていいか…私にも分からないんだ。」
『どんな人物なんですか?』
「君達も会ったことがあるよ。ハイデルベルグで会った、あの白い服の女性さ。」
『え?!じゃあ、あの時…狙ってたのって坊ちゃんじゃなくて…スノウだったってことですか?』
「ううん、それは違う。あの時、彼女は私のことを〈世界の神の御使い〉だと認識していなかったから、だからジューダスを目の敵にしてたんだ。君もエニグマの御使いとなって〈薄紫のマナ〉を体の中に保有できるようになったしね?」
「待ってくれ。話の流れが分からない。何故あの女は僕を〈世界の神の御使い〉と認識していた?」
「君を〈世界の神の御使い〉として認識してたんじゃなくて…"マナを保有出来ている〈星詠み人〉"だと彼女は認識していたんだ。だから狙われた…。」
『え?でもスノウも〈碧のマナ〉を持って…』
「う~~~ん…。ちょっと違うんだ…。あの時、私は〈薄紫のマナ〉によって汚染していて苦しんでいたんだ。だから、彼女が助けに来てだね…?」
『「????」』
困ったように言葉を紡いでいくスノウを見て、ジューダスが決意したようにスノウの瞳を見る。
そしてスノウにとある事を頼み込んだ。
「…すまない、スノウ。ハイデルベルグに僕を連れてってくれないか?…今は、一分一秒が惜しい。」
『あ、じゃあ聞きに行くんですね!それが安心かもしれませんね!』
「分かった。それくらいならお安い御用だよ。」
瞬間移動でハイデルベルグに着いた二人は、すぐにエニグマのいる店に行こうとした。
…そう、行こうとしたが…。
「…あれ?」
「奴め…。何処に逃げた?」
店のある場所までやってきたはずの二人だったが、その目当ての店自体がなくなっている。
まるで聞きに来るな、と言ってるかのように。
どうやらまだ怒っているらしいエニグマに、ジューダスは密かに腹を立て、スノウは苦笑いで無くなってぽかんと空いた空間を見つめていた。
「用がないならすぐノイシュタットに戻ってもいいかい?…ここにいたら大変でね。」
『今度は何したんですかー…。』
「脱走したのがバレて指名手配されてるんだよねー、私。」
「『はぁ?!』」
するとジューダスの声で周りを巡回していた兵士がこちらに走ってくるであろう音が聞こえてくる。
雪を踏みしめる音が早く、スノウが肩を竦ませるとすぐに瞬間移動の詠唱を開始した。
そしてノイシュタットに戻ってきた三人だったが、シャルティエとジューダスは脱力したように肩の力を抜いた。
反対にスノウは少しだけ笑っていた。
「いやぁ、有名人って辛いよね~?」
「言ってる場合か…。それにお前の場合、変な方面で有名になってるじゃないか…。」
『もう故郷に帰れないじゃないですか!』
「捕まったら二度と城の外に出してもらえないかもね?一応私、まだ病人扱いだから。」
「…あぁ、そう言うことか…。」
それだけで納得したらしいジューダスが、渋い顔をさせてスノウを見る。
そして肩を竦ませ、首を横に振っていた。
「ともかく…お前を狙う輩がいるのは分かった。それに見た目も分かっているなら対策も取れよう。」
『う~ん…。まぁ、分かったような分からないような、ふわふわした感覚ではありますけどね。』
「しかし…、これではデートの意味がないな。何かに追われたり、考えることが多すぎて…な。」
「確かにそうかも…。何かデートらしいものをしたいけど…。…あ、そうだ。」
いい案が思いついたようで、スノウの顔は明るくなる。
そしてジューダスの頬に手を当てて、優しい笑顔を浮かべた。
すると一瞬にして、周りの景色が変わった。
そこはジューダス達も見覚えのある場所で、周りを見渡しては"ここに何かあっただろうか?"と疑問を浮かべていた。
「さーて、行こうか。」
「何処へ?」
「それは行ってからのお楽しみってことで。」
そうしてスノウはジューダスの手を取って海洋都市アマルフィの街を歩き出す。
何処か分からないまま連れて行かれたジューダス。
しかしそこは、ジューダスには馴染みのない場所でもあり、今までに一度も行ったことのない場所だった。
見上げればこの建物の高い場所には、この街の何処からでも見えるような大きな時計……つまり、この街のシンボルでもある"時計台"だ。
「先に上ってて。」と言った彼女は何処かへと消えていってしまい、ジューダスは困惑したままシャルティエと共に長く上に連なる螺旋階段をゆっくりと一歩一歩踏みしめながら歩く。
下を見て、遥か遠い地面になってきた頃まで上り詰めると、何故かスノウの声が上から聞こえてきて驚いて二人は時計台の中を見上げる。
するとスノウは時計台の出口でこちらに手を振っていた。
「二人共~?こっちだよー。」
「…あいつ自分だけ楽したな…?」
『まぁまぁ、折角呼んでくれたんですから早いところ僕達も行きましょうよ!』
「………そうだな。」
"お前は歩かないだろうが"という言葉は呑み込んでジューダスはひたすら上る。
そして時計台の頂上で待っていたスノウが体を退かして外へ繋がるバルコニーへと案内してくれる。
時計台のそのバルコニーのような場所には、机と椅子、そして暗いと思われていたその場所には火の灯ったランプが置かれていた。
ゆっくりと揺らめく炎がバルコニーを照らしており、そこは幻想的な空間でもあった。
「こちらへどうぞ?レディ。」
そうやって椅子を引いてくれた場所へとジューダスが座れば、スノウは慣れた手つきで机の上に置かれていたポットに触れて、これまた用意されていたティーポットに触れると鮮やかな手並みで紅茶を淹れ始めた。
それをジューダスがじっと見つめていると、湯気の立ったティーカップがジューダスの前へと置かれた。
ティーカップを持ち上げ、優雅に飲んだジューダスはすぐにこの紅茶の銘柄が思い浮かんだ。
「……"ロイヤルシルク"社製の紅茶だな。それも、アイリッシュ茶葉だ。」
「おお…すごいね?流石、紅茶の博士。」
「ふん、これくらい分かって当然だ。」
「じゃあこれは?」
次々と試飲を頼まれてジューダスが渋々と飲んでいると、懐かしい味の紅茶が出てくる。
以前…と言っても、ここ数ヶ月とかではなく、前世でマリアンがいつも淹れてくれていた懐かしの紅茶だ。
僕が好きだと言ったらずっと朝にそれを淹れてくれていたのを思い出して、少しだけ切なくなった。
「これは…。」
「(お、当たり…かな?)」
「………最初と同じ"ロイヤルシルク"社製の"ロイヤルルビー"という銘柄だ。……フッ、懐かしいな。」
「どう?美味しいかい?」
「あぁ…。だがまぁ…流石に淹れ手が違うと、また違った味わいがするな。………これはこれで美味い。」
「もしかして、マリアンさん?」
「そうだな。いつも朝にこれを淹れてくれていた。…毎朝、調理や一日のスケジュールに追われて忙しかっただろうにな。」
ジューダスが過去へ思いを馳せていると、コトリとティーポットを机の上に置いたスノウ。
次々と容赦なくカップに紅茶を淹れていたのに、だ。
それに気付いたジューダスが紅茶から顔を上げスノウを見上げると、彼女は嬉しそうに、だが少し寂しそうに笑った。
それも一瞬の内だったので見落としそうになったジューダスは、ハッとして口を塞ぐ。
スノウはただでさえ、ジューダスがマリアンを好きだと勘違いしているのだ。
それを更に助長させるような言葉を言ってしまったことに自ら気付いたからだ。
「スノウ───」
「…ねえ、レディ。最後にこれ飲んでくれないかな?」
そう言って紅茶を淹れたスノウは最後のティーカップをジューダスの前へと出す。
そこには先程よりも見た目が赤い印象を持つ紅茶が淹れられていた。
強張った顔を戻しながら、出されたティーカップをゆっくりと持ち上げれば今までに嗅いだことのない匂いのする紅茶が淹れられていた。
ジューダスが目を見張り、ゆっくりとそれを口にするが、やはりその紅茶は今までに味わったことのない紅茶の味がして驚かせられる。
何処の会社か、そして銘柄や茶葉など、一切不明なこの紅茶は何故か優しい味がした。
砂糖を入れていないのに甘く、そして同時に大人な味を連想させる香りと、存在を主張するかのようなルビー色の紅茶の色。
一つ言えるのであれば、何故かそれはジューダスにとって、"スノウ"を彷彿とさせる味であった。
まさに"スノウ"────と言ったら、可笑しな奴と言われるかも知れないが…本当のことなのだ。
とても美味しいし、何より紅茶好きなジューダスが今まで飲んできた中で一番と言えるほど好きな味だった。
先程の、前世であれほど好きだと豪語してマリアンが毎朝欠かさず淹れてくれた懐かしさ溢れる紅茶よりも、遥かに味が上だった。
「…これは、何処の銘柄だ? 飲んだことがないが…今までで一番と言えるほど美味しい…。」
「…ふふ、そうか。なら良かった。」
満足した顔で紅茶を淹れたスノウは自身も席につき、先程の紅茶を堪能している。
焦らす彼女に痺れを切らしたジューダスがムッとした顔を見せれば、スノウはそんな彼を見て意地悪な顔を見せる。
その顔にはありありと"絶対に教えない"と書かれていた。
「…教えろ。」
「嫌だね。これは私だけの秘密の紅茶だから。幾ら君でもこればかりは教えられないな?」
「…卑怯者。」
「ははっ。なんとでも言えばいいさ。」
弧を描いた口元に、喜びや嬉しさ、そして満足そうな表情が映し出されていた。
それもそのはず。彼女の淹れた紅茶はそんじょそこらの紅茶とは訳が違う。
彼女自身が必死に選び抜いて、そしてブレンドして作り上げた厳選された茶葉たちだからだ。
それを好きな味だと言われれば、スノウにとってこれ以上に嬉しいことはない。
それも、彼の大好きなマリアンが淹れた紅茶よりも美味しいと言われれば、喜びもひとしおだった。
知らず知らずの内に勝利を感じているスノウは、何故自分がそう思ってるのか分かっていない。
その上、その勝利を噛み締めている事さえも自分で分かっていない為に、スノウの中で「何故か喜ばしい」としか思っていないのだ。
……厄介な事この上ない。
「……。」
銘柄が言い当てられなかった事や、あの美味しさをもう一度飲みたいと思っていたジューダスは、スノウの横に並んでいる茶葉缶を盗み見る。
しかし、そこにはジューダスに馴染みある銘柄ばかりがあり、余計にジューダスが頭を悩ませた。
更に言い連ねようとするジューダスにストップをかけるようにしてスノウが話しかける。
「ねぇレディ。あれを見て?」
そう言われて渋々指差された方向を見れば、それは街を彩るイルミネーションの数々だった。
夜中という事もあり、街の灯りの他にも、観光客向けに飾られたイルミネーションが街を染めている。
それをシャルティエと共に感嘆していたジューダスだったが、ふと机の上を見ると先程まで無かったスコーンやビスケット、そしてプリンが置かれていた。
「折角のお茶会なんだから、景色を楽しみながらのお茶会にしよう?」
ここには派手なイルミネーションは無いけれども、ランプの揺らめく灯りとスノウの優しい微笑みだけでジューダスの心が温かく、そして明かりが灯った様に明るくなった気がしたのだった。
___こうして夜は更けていく。
来るべき時間が刻刻と迫ってくる中、二人……いや三人は、いつまでもお互いの存在を確認するように今世最後のデートを終える。
朝を迎えたその時は……自分達にとって最期の戦いが始まるのだから。
___現代・ノイシュタット
夜のノイシュタットは意外にも明るかった。
勿論、街の灯りも有ることにはあるのだが、一番の明るい理由は…
「う~ん。夜桜も綺麗だね~?」
『そうですね~!まさかライトアップなんて粋なことをしてくれるとは思いもしませんでしたね!』
「現市長が桜をノイシュタットの観光名物にしようと目論んでいるらしい。だからこんな変な時期に咲いた桜でさえライトアップが施されるんだそうだ。」
「…相変わらず君は物知りだね?ノイシュタットの事情通か何かかい?」
「風の噂で聞いただけだ。」
スノウ達は夜の桜を見上げながら話していた。
片手にはアイスキャンディーを持ち、もう片方はお互いの手を握り合っていた。
それは深く、強く握り合うようにして絡めた手は誰が何をしようと離れそうにないほどであり、"これが今世での最後のデートだから"と、お互いに意識を変えたからでもある。
勿論アイスキャンディーは溶ける前に二人で食べてしまった。
そして当たり棒を覗き込めば…
「…またハズレか。」
「ま、そんな都合よくいかないさ。それに、今当たるのも私としては怖いかな?」
『何故ですか?』
「ここで運を使い果たしたくない。」
『あぁ!それもそうですね!』
スノウとシャルティエがお互いに笑えば、ジューダスがスノウの当たり棒を覗き込む。
そこにはやはり"ハズレ"と書かれていて、思わずジューダスはそれを見て鼻で笑っていた。
アイスキャンディー屋のゴミ箱に棒を捨てた二人は、再び夜桜の前にやってきて暫く見つめていた。
そして沈黙に耐えられず、シャルティエが言葉を零す。
『…また三人で来世も一緒にいられますように!!』
「桜に願かけてどうする?」
「じゃあ、私も。…またこの三人でこの桜が見られますように。」
「……。」
『ほら!坊ちゃんも!!』
「…………また来れますように…。」
『ちっさ!!声が小さすぎますって!!』
「う、煩い!」
ジューダスの手がシャルティエのコアクリスタルへ届く前に、シャルティエは危機を感じて咄嗟にコアクリスタルを守るようにしてシャッターを慌てて閉じた。
それを見たジューダスがチッと舌打ちをして、シャルティエを睨んだ。
少しコアクリスタルを覗かせたシャルティエを待っていたかのように忍び寄る指。
それを見たシャルティエがずっとシャッターを閉じると分かると、悪戯な指は離れていった。
その一部始終を見ていたスノウはおかしいとばかりに笑いをこぼしていて、シャルティエがシャッターの内側でコアクリスタルを光らせた。
それはまるで"笑い事じゃないです"とでも言っているように。
「ねえ、今のうちにしておきたいこととかない?レディ。」
「…そう言われてもな。いきなりのことで咄嗟に思いつかん。…逆にお前は何かやっておきたいこととかないのか?」
「私は君の隣に居れるだけで十分だよ。この幸せを噛み締めてたい。」
「…ふん。無欲なやつだな…。」
「君も人のこと言えないでしょ?」
不毛な戦いが始まろうとしていて、お互いにそれに気付いてフッと笑いをこぼした。
そして再び二人の間には沈黙が降りようとしていた。
しかし、思い出したようにジューダスが言葉を紡ぐ。
「…そういえば、お前…さっき新たな使命がどうたらこうたら言ってたな?どういうことだ。」
「ん?…あぁ、君はエニグマから聞いてなかったんだったね。実は私、また新たに命を狙われていてね?」
「はぁ?」
『ちょっとちょっと!そう言うことは早く言ってくださいよ!!?』
「「(復活した…。)」」
コアクリスタルが爛々と光りだしたのが、夜だからとても分かる。
ライトアップの桜の近くでもよく分かるその光は、二人を照らしては点滅する。
「私は〈世界の神〉から聞いた話だから、君はエニグマから直接聞いたほうが良いんじゃない?私のように使命が追加にならないことを祈るけどね。」
『坊ちゃん!急いで願いの叶う店に行かないと!!』
「…いや、あいつが素直に言うとは思えん。それこそ、この間怒らせたからな。」
「え?エニグマを?」
『何して怒らせたんですか?』
「奴の横暴さに頭にきて、胸ぐらを掴んでしまってな。」
『「あぁ…。」』
それは怒ってる、とあからさまに落胆する二人。
ジューダスはそんな二人を見て険しい顔をさせたが、事実は事実なので口に出せずにいた。
するとスノウは口元に手を当てて、彼にどう話すべきか考え込んだ。
そしてゆっくりと言葉を紡いでいく。
「そうだな…?どう言っていいか…私にも分からないんだ。」
『どんな人物なんですか?』
「君達も会ったことがあるよ。ハイデルベルグで会った、あの白い服の女性さ。」
『え?!じゃあ、あの時…狙ってたのって坊ちゃんじゃなくて…スノウだったってことですか?』
「ううん、それは違う。あの時、彼女は私のことを〈世界の神の御使い〉だと認識していなかったから、だからジューダスを目の敵にしてたんだ。君もエニグマの御使いとなって〈薄紫のマナ〉を体の中に保有できるようになったしね?」
「待ってくれ。話の流れが分からない。何故あの女は僕を〈世界の神の御使い〉と認識していた?」
「君を〈世界の神の御使い〉として認識してたんじゃなくて…"マナを保有出来ている〈星詠み人〉"だと彼女は認識していたんだ。だから狙われた…。」
『え?でもスノウも〈碧のマナ〉を持って…』
「う~~~ん…。ちょっと違うんだ…。あの時、私は〈薄紫のマナ〉によって汚染していて苦しんでいたんだ。だから、彼女が助けに来てだね…?」
『「????」』
困ったように言葉を紡いでいくスノウを見て、ジューダスが決意したようにスノウの瞳を見る。
そしてスノウにとある事を頼み込んだ。
「…すまない、スノウ。ハイデルベルグに僕を連れてってくれないか?…今は、一分一秒が惜しい。」
『あ、じゃあ聞きに行くんですね!それが安心かもしれませんね!』
「分かった。それくらいならお安い御用だよ。」
瞬間移動でハイデルベルグに着いた二人は、すぐにエニグマのいる店に行こうとした。
…そう、行こうとしたが…。
「…あれ?」
「奴め…。何処に逃げた?」
店のある場所までやってきたはずの二人だったが、その目当ての店自体がなくなっている。
まるで聞きに来るな、と言ってるかのように。
どうやらまだ怒っているらしいエニグマに、ジューダスは密かに腹を立て、スノウは苦笑いで無くなってぽかんと空いた空間を見つめていた。
「用がないならすぐノイシュタットに戻ってもいいかい?…ここにいたら大変でね。」
『今度は何したんですかー…。』
「脱走したのがバレて指名手配されてるんだよねー、私。」
「『はぁ?!』」
するとジューダスの声で周りを巡回していた兵士がこちらに走ってくるであろう音が聞こえてくる。
雪を踏みしめる音が早く、スノウが肩を竦ませるとすぐに瞬間移動の詠唱を開始した。
そしてノイシュタットに戻ってきた三人だったが、シャルティエとジューダスは脱力したように肩の力を抜いた。
反対にスノウは少しだけ笑っていた。
「いやぁ、有名人って辛いよね~?」
「言ってる場合か…。それにお前の場合、変な方面で有名になってるじゃないか…。」
『もう故郷に帰れないじゃないですか!』
「捕まったら二度と城の外に出してもらえないかもね?一応私、まだ病人扱いだから。」
「…あぁ、そう言うことか…。」
それだけで納得したらしいジューダスが、渋い顔をさせてスノウを見る。
そして肩を竦ませ、首を横に振っていた。
「ともかく…お前を狙う輩がいるのは分かった。それに見た目も分かっているなら対策も取れよう。」
『う~ん…。まぁ、分かったような分からないような、ふわふわした感覚ではありますけどね。』
「しかし…、これではデートの意味がないな。何かに追われたり、考えることが多すぎて…な。」
「確かにそうかも…。何かデートらしいものをしたいけど…。…あ、そうだ。」
いい案が思いついたようで、スノウの顔は明るくなる。
そしてジューダスの頬に手を当てて、優しい笑顔を浮かべた。
すると一瞬にして、周りの景色が変わった。
そこはジューダス達も見覚えのある場所で、周りを見渡しては"ここに何かあっただろうか?"と疑問を浮かべていた。
「さーて、行こうか。」
「何処へ?」
「それは行ってからのお楽しみってことで。」
そうしてスノウはジューダスの手を取って海洋都市アマルフィの街を歩き出す。
何処か分からないまま連れて行かれたジューダス。
しかしそこは、ジューダスには馴染みのない場所でもあり、今までに一度も行ったことのない場所だった。
見上げればこの建物の高い場所には、この街の何処からでも見えるような大きな時計……つまり、この街のシンボルでもある"時計台"だ。
「先に上ってて。」と言った彼女は何処かへと消えていってしまい、ジューダスは困惑したままシャルティエと共に長く上に連なる螺旋階段をゆっくりと一歩一歩踏みしめながら歩く。
下を見て、遥か遠い地面になってきた頃まで上り詰めると、何故かスノウの声が上から聞こえてきて驚いて二人は時計台の中を見上げる。
するとスノウは時計台の出口でこちらに手を振っていた。
「二人共~?こっちだよー。」
「…あいつ自分だけ楽したな…?」
『まぁまぁ、折角呼んでくれたんですから早いところ僕達も行きましょうよ!』
「………そうだな。」
"お前は歩かないだろうが"という言葉は呑み込んでジューダスはひたすら上る。
そして時計台の頂上で待っていたスノウが体を退かして外へ繋がるバルコニーへと案内してくれる。
時計台のそのバルコニーのような場所には、机と椅子、そして暗いと思われていたその場所には火の灯ったランプが置かれていた。
ゆっくりと揺らめく炎がバルコニーを照らしており、そこは幻想的な空間でもあった。
「こちらへどうぞ?レディ。」
そうやって椅子を引いてくれた場所へとジューダスが座れば、スノウは慣れた手つきで机の上に置かれていたポットに触れて、これまた用意されていたティーポットに触れると鮮やかな手並みで紅茶を淹れ始めた。
それをジューダスがじっと見つめていると、湯気の立ったティーカップがジューダスの前へと置かれた。
ティーカップを持ち上げ、優雅に飲んだジューダスはすぐにこの紅茶の銘柄が思い浮かんだ。
「……"ロイヤルシルク"社製の紅茶だな。それも、アイリッシュ茶葉だ。」
「おお…すごいね?流石、紅茶の博士。」
「ふん、これくらい分かって当然だ。」
「じゃあこれは?」
次々と試飲を頼まれてジューダスが渋々と飲んでいると、懐かしい味の紅茶が出てくる。
以前…と言っても、ここ数ヶ月とかではなく、前世でマリアンがいつも淹れてくれていた懐かしの紅茶だ。
僕が好きだと言ったらずっと朝にそれを淹れてくれていたのを思い出して、少しだけ切なくなった。
「これは…。」
「(お、当たり…かな?)」
「………最初と同じ"ロイヤルシルク"社製の"ロイヤルルビー"という銘柄だ。……フッ、懐かしいな。」
「どう?美味しいかい?」
「あぁ…。だがまぁ…流石に淹れ手が違うと、また違った味わいがするな。………これはこれで美味い。」
「もしかして、マリアンさん?」
「そうだな。いつも朝にこれを淹れてくれていた。…毎朝、調理や一日のスケジュールに追われて忙しかっただろうにな。」
ジューダスが過去へ思いを馳せていると、コトリとティーポットを机の上に置いたスノウ。
次々と容赦なくカップに紅茶を淹れていたのに、だ。
それに気付いたジューダスが紅茶から顔を上げスノウを見上げると、彼女は嬉しそうに、だが少し寂しそうに笑った。
それも一瞬の内だったので見落としそうになったジューダスは、ハッとして口を塞ぐ。
スノウはただでさえ、ジューダスがマリアンを好きだと勘違いしているのだ。
それを更に助長させるような言葉を言ってしまったことに自ら気付いたからだ。
「スノウ───」
「…ねえ、レディ。最後にこれ飲んでくれないかな?」
そう言って紅茶を淹れたスノウは最後のティーカップをジューダスの前へと出す。
そこには先程よりも見た目が赤い印象を持つ紅茶が淹れられていた。
強張った顔を戻しながら、出されたティーカップをゆっくりと持ち上げれば今までに嗅いだことのない匂いのする紅茶が淹れられていた。
ジューダスが目を見張り、ゆっくりとそれを口にするが、やはりその紅茶は今までに味わったことのない紅茶の味がして驚かせられる。
何処の会社か、そして銘柄や茶葉など、一切不明なこの紅茶は何故か優しい味がした。
砂糖を入れていないのに甘く、そして同時に大人な味を連想させる香りと、存在を主張するかのようなルビー色の紅茶の色。
一つ言えるのであれば、何故かそれはジューダスにとって、"スノウ"を彷彿とさせる味であった。
まさに"スノウ"────と言ったら、可笑しな奴と言われるかも知れないが…本当のことなのだ。
とても美味しいし、何より紅茶好きなジューダスが今まで飲んできた中で一番と言えるほど好きな味だった。
先程の、前世であれほど好きだと豪語してマリアンが毎朝欠かさず淹れてくれた懐かしさ溢れる紅茶よりも、遥かに味が上だった。
「…これは、何処の銘柄だ? 飲んだことがないが…今までで一番と言えるほど美味しい…。」
「…ふふ、そうか。なら良かった。」
満足した顔で紅茶を淹れたスノウは自身も席につき、先程の紅茶を堪能している。
焦らす彼女に痺れを切らしたジューダスがムッとした顔を見せれば、スノウはそんな彼を見て意地悪な顔を見せる。
その顔にはありありと"絶対に教えない"と書かれていた。
「…教えろ。」
「嫌だね。これは私だけの秘密の紅茶だから。幾ら君でもこればかりは教えられないな?」
「…卑怯者。」
「ははっ。なんとでも言えばいいさ。」
弧を描いた口元に、喜びや嬉しさ、そして満足そうな表情が映し出されていた。
それもそのはず。彼女の淹れた紅茶はそんじょそこらの紅茶とは訳が違う。
彼女自身が必死に選び抜いて、そしてブレンドして作り上げた厳選された茶葉たちだからだ。
それを好きな味だと言われれば、スノウにとってこれ以上に嬉しいことはない。
それも、彼の大好きなマリアンが淹れた紅茶よりも美味しいと言われれば、喜びもひとしおだった。
知らず知らずの内に勝利を感じているスノウは、何故自分がそう思ってるのか分かっていない。
その上、その勝利を噛み締めている事さえも自分で分かっていない為に、スノウの中で「何故か喜ばしい」としか思っていないのだ。
……厄介な事この上ない。
「……。」
銘柄が言い当てられなかった事や、あの美味しさをもう一度飲みたいと思っていたジューダスは、スノウの横に並んでいる茶葉缶を盗み見る。
しかし、そこにはジューダスに馴染みある銘柄ばかりがあり、余計にジューダスが頭を悩ませた。
更に言い連ねようとするジューダスにストップをかけるようにしてスノウが話しかける。
「ねぇレディ。あれを見て?」
そう言われて渋々指差された方向を見れば、それは街を彩るイルミネーションの数々だった。
夜中という事もあり、街の灯りの他にも、観光客向けに飾られたイルミネーションが街を染めている。
それをシャルティエと共に感嘆していたジューダスだったが、ふと机の上を見ると先程まで無かったスコーンやビスケット、そしてプリンが置かれていた。
「折角のお茶会なんだから、景色を楽しみながらのお茶会にしよう?」
ここには派手なイルミネーションは無いけれども、ランプの揺らめく灯りとスノウの優しい微笑みだけでジューダスの心が温かく、そして明かりが灯った様に明るくなった気がしたのだった。
___こうして夜は更けていく。
来るべき時間が刻刻と迫ってくる中、二人……いや三人は、いつまでもお互いの存在を確認するように今世最後のデートを終える。
朝を迎えたその時は……自分達にとって最期の戦いが始まるのだから。