第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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123.5
(*ジューダス視点)
ノイシュタット名物でもある闘技場。
その名前だけは知っていたが…実際に中へ入ったのは生まれて初めてだった。
前世でも入ったことがないそこは、活気溢れ、熱狂的な場でもあった。
僕が集中するために待機室で神経を研ぎ澄ませていると、隣には不安そうな顔をしたスノウのやつがいた。
それはもう、あからさまに〝不安です〟と言った顔をしていたのを見て、僕はスノウの方へと体を向けた。
無論、奴への怒りも吐露したが……恋愛のハの字も知らない彼女が僕の言葉の意味や真意に気付くこともなかった。(ジョニーのやつは分かっていたようだったが…な。)
「心配なのは分かるが……そろそろ時間だぜ?モネさんよ?」
「……うん。分かってる…けど……。」
「スノウ。」
僕は咄嗟に彼女へとアピールを込めた行動に移す。
彼女へと贈ったネックレスへとキスを送れば、彼女はそれを見て僅かに息を呑んでいた。
「僕は負けない。誰が相手でも、絶対に…だ。だから心配ばかりするお前に、僕から勝利という栄冠を贈ると誓おう。」
そう言えば、彼女は少しだけ苦しそうな顔をさせた後にゆっくりと頷いていた。
そして少しだけ歪な笑顔を僕に見せてくれた彼女は、僕の頬に触れると小首をかしげて僕を見つめていた。
「……無理だけはしないと、約束して?レディ。約束出来ないと言うなら、私は何がなんでも君を止めるだけだ。」
「ふん。18年という月日が経とうが、僕が奴に負けるなど天変地異が起ころうとも有り得ない。……僕の戦闘を間近で見てきたお前なら分かってるんじゃないか?」
「……うん。そうだね…?」
「他に言葉が必要か?」
「ううん。君に元気を貰ったよ。だから……大丈夫だ。」
僕はその言葉を聞いて、フッと笑みをこぼし、そして会場入口へと向かった。
…これ以上振り返れば、彼女が不安に身を焦がしてしまうだろうから、僕はもう振り返らなかった。
今一番にやるべき事は、早く奴を倒して、そして彼女を一刻も早く安心させることだ。
『うわぁ…!すごい観客ですねぇ…!!』
シャルの言う通り、360度のパノラマの観客席は満席の如く人が入っており、聞こえてくる歓声が煩いほどだ。
あまりの五月蝿さに顔を顰めていると向こうの出入口から奴が悠々自適に出てきて、周りの観客へと手を挙げてアピールをする。
ついでに言えば、審判らしき者もコングマンの奴の登場で一気に実況を捲し立てる始末。
……完全に僕にとってはアウェイな状況が出来上がった訳だ。
「オレ様がこいつを倒すのはあたりめぇなことだ!そうだろ!?」
「「「マイティ!マイティ!マイティ!」」」
「きゃー!リオン様~~!」
「頑張ってくださ~~い!♡」
……何処かから聞こえてくる女の声を無視し、長ったらしい口上を述べる奴に呆れているとシャルが話しかけてきた。
無論、それは観客にいるはずの彼女のことだった。
『スノウ、何処でしょうね!こんなに広いと見つけにくいですよねぇ?』
「だがこういうのは大抵、応援してる側に回される方が多い。…という事は、だ。」
僕が後ろを振り返れば、やはりそこには愛しい彼女がこちらを見ていて、彼女が僕が見ていることに気付き手を振ってくれる。
だから僕も手を挙げて応えたと同時に、笑いが込み上げてくる。
腰に手を当ててフッと笑えば、見上げた彼女は優しい笑顔を向けてくれていた。
……隣にいる喧しい音楽家は、何か物言いたげにこちらを見ていたがな。
『しっかし…前口上が長すぎません?よく観客も飽きずに聴けますね?!』
「知らん。……だがまぁ、腹が立つほどに長くはあるな。」
『ですよねぇ?!これは流石に長過ぎますって!』
彼女から目を離して奴を見れば、観客に向けてまだまだパフォーマンス中であった。
呆れと共に溜息をすれば、奴の前口上はどうやらようやく終わりを迎えそうだ。
僕がシャルを持ち、武器を手にすれば奴はようやくその手にナックルを握って臨戦態勢を取った。
審判の声と共に奴へ攻撃を食らわせた僕だったが、奴の膂力は〈赤眼の蜘蛛〉の玄と同じ程重い。
防御をした僕を簡単に押し退けるほどの膂力を持ち合わせているのを見て、舌打ちしながらすぐさま後退する。
『坊ちゃんより力が上ですね…!流石、歴戦の闘技場の主です。』
「ふん。だがあの知能程度では拳を振るうだけで終わるだろうな。何か策を立ててこちらに攻撃する様な感じには思えん。」
『どうしますか?晶術で一掃しますか?』
「ただ晶術を当てただけでは恐らくだが、へこたれないだろうな。もっと更に上の効果を見込まなければ、こちらの勝機が薄くなるだけだ。」
『えぇ?!坊ちゃんがそこまで言うなんて…。それほどやつは強いんですか?』
「仮にも先の戦乱時の英雄だしな…。それに僕達のいなかった18年という年月の経過が、奴にどれほど経験値を積ませたか不確定だ。多く見積っておいて損は無い。」
たかが18年で奴が強くなったとは思えないが……、ここは念には念を入れさせてもらおうか。
僕が防御一方でシャルと話しているのが気に食わなかったのか、奴は頭に血を上らせて攻撃を荒くさせた。
……ふん、やはり単純なヤツだな。
『坊ちゃん!折角ですから晶術昇華を試してみませんか?』
「あぁ。それが妥当だな。……そろそろ、僕も力をつけなければならないしな。」
彼女が魔法のエキスパートならば、僕も更に研鑽を積み、上を目指して彼女の隣に立てる様にならなければ置いていかれてしまう。
それだけは勘弁願いたい。
奴が怒り狂ったように拳を突き出してきたのでそれを双剣で受け止めれば、やはり足が後方へとずらされる。
────その時だった。
「リオンッ!!!負けたら承知しないからっ!!!!」
大歓声の中、そんな声が僕の頭上から降り掛かってくる。
その瞬間、自分でも目を疑うほど腕に力が入るのが分かった。
……いや、寧ろ。彼女の声援が何よりの力となったんだ。
彼女の声で力が湧いてきた僕が奴の拳を一際大きく弾き返すと、奴は体勢を崩し、驚いた顔を一面に出す。
それを見て僕は笑って奴を見上げてやった。
同時にシャルのコアクリスタルも嬉しそうに光り輝く。
「(今ならいける…!)」
〝晶術昇華〟───試そうと思った事は無かったが、この際だ。彼女を安心させる為にもここは一つ大きく出よう。
僕が詠唱の構えをする間に体勢を立て直し、無為無策のままこちらに突っ込んできた。
……やはり、筋肉馬鹿というのは頭が弱いな。
『やりますよ~~!やってやります!スノウにカッコイイ所見せないと!』
「ふん。あいつを安心させる為にもな!」
『「___エアプレッシャー!!」』
『からの~~っ!』
『「グランドダッシャー!!」』
僕が晶術昇華を成功させればあっという間に形成は逆転。
そして観客からの声援もすこぶる大きくなって、周りを否応なしに包んだ。
倒れた筋肉馬鹿を見ながら僕が晶術の構えを解けば、シャルからも賛辞の言葉が聞こえてきて、その上何処からか愛しい彼女の声が聞こえてくる。
僕が背後の入口を振り返れば、感極まった様子でこちらに走ってくる彼女。
それを見た僕は苦笑いをしながら両腕を広げてやれば、僕に突進する勢いで彼女が僕に抱きついてきた。…その勢いは頭の仮面が外れるくらいだった。
それを難なく受け止めれば……
「おめでとうっ…!二人とも…!!」
『スノウ、ちゃんと見てました~~?僕達、晶術昇華も出来るんですよ~?』
得意げに話すシャルの声を聴きながら、僕は頷く彼女の背中を優しく叩いてやる。
思わず笑顔が出てくるほどに、僕は今、幸せの絶頂なんだと思う。
例えるなら……そうだな…。まるでお互いに久しぶりに再会するくらい、喜びがひとしおだった……と言えば分かるだろうか?
いや、何か違うな。
だが、それくらい今の僕は気分がハイなんだと思う。
戦闘後という事もあってだとは思うがな。
それでも喜びに顔を染める彼女を見れば、疲れも怒りも、嫌な事が全て吹っ飛んでいくほどだ。
そう思えば相当だと思わないか?
「まさか、君達がそんな技術を持ってるなんて思わないじゃないか!」
『今まで試そうと思ったことはないんですが、坊ちゃんがアイツのことを結構上に見てたんで、僕が提案したんです!』
「カッコよかったよ、二人とも!」
ようやく離れた彼女に名残惜しさを感じながら離してやれば、彼女は特大の笑顔を向けてくれていた。
それを僕が笑い返してやれば、また彼女は喜びを表すかのように抱きついてきたので、今度こそ僕は声に出して笑った。
上から降る紙吹雪がまるで桜のようで、僕が彼女を抱き締め返しながらそれを見ていれば、ジョニーの奴も降りてきていたことに気付く。
そして背後には筋肉馬鹿の気配も感じた為、彼女を離す。
「……おい!モネの野郎!今度はお前と決闘だ!!」
「え?」
「…やめておけ。こいつは僕より余程難解な攻撃手段しか持ってないし、お前はさっき僕と戦って体力を消費したばかりだろうが。」
「そんなの関係ねぇよ!もうオレ様はピンピンだぜ?」
「…相変わらずの馬鹿さ加減だな。」
『うぇぇぇ…?流石に元気すぎません?坊ちゃんのあの晶術昇華を食らっても元気だとか、最早おかしいですよ…。』
呆れた顔を見せた僕達だが、彼女は憂いた表情を一瞬させ、そしていつもの様に余裕そうな顔へと一瞬にして切り替えていた。
……また、何か考えすぎているのかも知れないと思うと僕は自然と彼女に呼びかけようとしていた。
しかし彼女は一瞬ジョニーを見た後に、クスリと笑って筋肉馬鹿を見上げていた。
「……私でよければ相手になろう。どうせ、さっきの彼との決闘では飽き足らないんだろう?」
「あたりめぇだろ!むしろ、オレ様はお前に怒ってるんだからよ!!?」
『……僕達に負けたのに、まだあんなこと言ってますよ?坊ちゃん。』
「これでは奴と決闘した意味が無いな。」
あぁ、本当に意味が無い。
この決闘は奴が彼女に対して妙な事を口走ったから行ったものだと言うのに。
彼女が相棒を手にして調子を見始めるものだから僕がそれを心配して見ていると、ジョニーの視線がこっちに向き、何か言いたげだ。
それを無視していたが、彼女が先に口を開く。
「で?決闘理由は?君から申し込んで来たんだから、それ相応の何かあってもいいだろう?」
「そりゃおめェ、一つしかねぇ!“モネをボッコボコにして改心させたい!”だ!!」
「(こいつ…!言わせておけばむざむざと…!)」
「……お生憎様。素直にやられるつもりはないよ。」
「寧ろ手加減してみろ。その時はおめェの死だ。」
お互いに位置へつこうとする二人を見ていれば、僕の肩を叩く奴がいてそいつを睨み、僕は彼女の所へと駆けた。
彼女の近くへ行けば不思議な顔をされたが、クスリと笑って僕を見つめるその眼差しは優しかった。
そしてその顔を意地悪そうな顔に変え、彼女は唇に人差し指を当てた。
「勝負を受けたからには完全勝利を目指したいよね?」
「…気を付けろ。あいつの膂力は想像以上だと思え。」
「二人の戦闘を見てたから知ってるよ。君でも押されるくらいなんだ。私が受けたら飛ばされてしまうだろうね。」
「…本当にやるつもりなのか?」
「あれが素直に引き下がると思う?」
呆れた様に、背後にいるコングマンを指す彼女は苦笑いで僕を見ていた。
心配で仕方ないそんな僕へ、彼女は僕と同じようにネックレスへと口付ける。
そして微笑んでは僕の瞳を見つめた。
「このネックレスに誓って、必ず勝ってみせる。……君がしてくれた様に、私も君へ勝利の栄冠を贈ろう。」
「スノウ……。」
『何か勝算はあるんですか?』
「勿論。無かったらこの決闘を端から受け入れてないよ。」
そして彼女は姿勢を正すと再び意地悪そうな顔へと変えた。
そして僕を見上げてクスリと笑って見せた。
「目には目を。歯には歯を、だよ?シャルティエ?」
『え?待って下さいよ!そんな事言ったら、スノウも拳で戦うって事になりますよ?』
「流石に拳では無理だけど…。ちょっとした策を編み出してね?見ててよ、私の勇姿をさ?」
ツーッと相棒の剣脊を指でなぞった彼女は、これまでにないほどの不敵な笑みを浮かべていたし、……何なら、酷く悪い顔をしている。
その策が何かは分からないが、彼女なりの策とやらで勝機はあるのだろう。
僕は渋々といった形で彼女から離れようとすると、誰かに首根っこを掴まれて強制的に移動させられた。
それを手を振って彼女が見送るものだから、僕はムッとした顔でだが…ちゃんと手を振り返しておいた。
……本当に不本意ではあるが。
僕の首根っこを掴んでいるジョニーの奴を睨んでいれば、まだ観客席に辿り着いてないというのに審判の試合開始の前口上が始まるものだから、慌てて駆け出す。
観客席へと落ち着けば、僕の隣の席へとジョニーも座り、それに怪訝な顔で見たが完全に無視された。
……他に座るところは無かったのか。
『スノウ~~っ!!!』
「……必ず勝て。スノウ。」
周りの観客で声は届かないだろうが、それでも僕は呟くように彼女へと声を掛けると、まるでそれが聞こえたとでも言うのか。彼女は僕の方を見て、綺麗な笑顔を見せた。
「んで?お前さんはどっちが勝つと思うんだ?」
彼女が視線を前に戻す頃、隣の煩い音楽家が話しかけてきた事で、僕は顔をムッとさせる。
ただ、視線は前に向けたままにしておいた。
「決まってるだろう?スノウ一択だ。」
『僕もですー!』
「ほう?モネ様とは違う意見だな。」
「……どういう事だ。」
「モネ様はお前さんが決闘をする前、俺が同じ質問をしたが、こう答えたぜ? “正直な所、五分五分だと思っている”とね。」
『えぇ?!スノウ、信じてなかったんですかぁ?!』
「その理由については何か話してなかったのか?」
「聞いたには聞いたんだが……あまりにもすごい解説でねぇ?驚かされてばかりだったよ。……ただ、最後はやっぱりお前さんを信じてはいるようだったぜ?」
「……ふん。当然だ。」
思わず照れてしまったが、彼女の凄い解説とは一体どんなことを言ったのだろうか?
それは少し気になるな。
奴が笑いながら肩を組んできた為、厄介そうなものを見る目で見れば奴は特に気にした様子もなく僕を見ていた。
「……逆に聞いておきたいんだが、お前さんは不安じゃないのか?」
何処か不思議そうな声音を持つそれを聞いて、僕は鼻を鳴らして嗤ってやる。
「無論、不安に決まってる。……あいつは何でもかんでも無理しすぎるきらいがあるからな。それこそ…死に近くても、だ…。」
僅かに顔を俯かせた僕を見て、奴は黙った。
思い出すのは今世での色々な事。
死に近い彼女が無理なことをして、何度彼女が死にかけたことか…。
遠い目をすれば、シャルの奴も遠い目をしたようにコアクリスタルをぼんやり灯した。
「じゃあ何で止めなかったんだ?そんなに不安なら止めれば良かったじゃないか。」
「止められるものなら止めているに決まってるだろうが。……あいつが、あんな事を言わなければ……」
「ふーん?」
────〝「流石に拳では無理だけど…。ちょっとした策を編み出してね?見ててよ、私の勇姿をさ?」〟
あんなこと言われてしまっては口出し出来ない。
それに奴が引き下がらないことも薄々気付いてはいた。
…だが、彼女相手に怒っているらしい奴が、彼女に対して何をするのかと心配するのは当然というか、不安しかない。
ただでさえ膂力での純粋な力は彼女が圧倒的に劣っている。
僕の剣戟でさえも後退するくらいなのだ。
そんな力、彼女にあるはずがない。
『あ!始まるみたいですよ!坊ちゃん!』
シャルの声で顔を上げれば、審判らしき人が旗を大きく振っていた。
そして掛け声と共に始まった試合。
審判のゴングが鳴ると、彼女はすぐに詠唱を唱えていた。
その上、先程もやったように剣の中央……剣脊を指でなぞるようにして剣先にまで指を動かした。
そしてその剣を盾にして彼女が構えていた。
僕達はそれを見て驚く。
『えぇぇぇ?!受け止める気ですか?!!』
「あいつっ…!馬鹿か!?」
心配していた事態となり、頭を抱える僕達とは反対に彼女は不敵な笑みで敵を見据えていた。
「いってええぇぇぇぇ?!!」
「?!」
『な、何が…?!』
「おーーーっと!闘技場の主が!たかだか武器に触れただけで痛がっている~~!!これはどーーしたんだーーー?!」
歓声が大きくなる中、僕達も前のめりになってその試合に惹き込まれてしまう。
一体、彼女はあの武器に何を施したんだ?
「ふふ。だから言っただろう?触れると痛いよ、ってね? 今なら棄権してもいいんだよ?闘技場のキング?」
「テメェ…!やっぱりオレ様の手でぶちのめす…!!!」
スノウの挑発に乗った筋肉馬鹿が、メラメラと闘志を滾らせてスノウの奴を見下ろす。
彼女がその後も防戦一方になってるのを見て、いつもの戦闘パターンを知ってる僕とシャルは疑問を抱いていた。
何故、彼女は攻撃に転じないのか…と。
『何か作戦でもあるんでしょうか?』
「……あれで策があるとは思えないが…。」
『押されてる…って訳でもないですよね?詠唱する隙くらい、今まで幾らでもありましたし…?』
「……あいつ。また何か考え込んでるのか。」
僕の予想は大当たりだったようだ。
何処か上の空の様子の彼女は、筋肉馬鹿が痛みで後退しても何もしなかった。
寧ろ、少しだけ瞳を濁していた気がした。
それを見て妙な胸騒ぎがする。
何かよからぬ事を考えてるんじゃないか、と。
「「「「Booooo!!」」」」
周りの観客が怒り狂って単調な攻撃を続けるコングマンだったり、上の空のスノウに対してつまらない、とブーイングを飛ばす。
それを聞いていた僕も、彼女の事が心配で仕方がなかった。
しかしそのブーイングを聞いた彼女は、我に返ったように空を見上げ、苦笑を零した。
するとそこからは彼女の独壇場だった。
両手を広げ、観客を見上げた彼女はまるで今からショーの始まりだと言わんばかりに堂々と演説を始める。
そして見た事もない術技の応酬が始まれば、周りの観客も大歓喜である。
『うわぁ!綺麗な魔法陣ですねぇ!赤や黄色、青とかあって色とりどりで見た人も楽しめる魔法ですね!』
「…それぞれ対応する魔法が違うのかもしれないな。事実、あの筋肉馬鹿が魔法陣に踏み入った際に飛び出る魔法は、色によって様々だ。」
彼女が相棒の銃を使い、地面に罠の如く魔法陣を至る場所に設置していく。
……本当、魅せる戦い方というものを知ってる奴の技じゃないと、あそこまで完璧な物は仕上がらないだろう。
試合が順調に進んでいけば、彼女は最後にセルシウスを召喚して、特大の秘奥義を奴に浴びせていた。
無論、それに勝てるはずもない筋肉馬鹿はもろにその攻撃を食らって目を回して倒れる始末。
大歓声の中、僕は立ち上がって彼女の元へと急いだ。
『スノウ~~!!!』
「……!」
シャルの声で振り返った彼女は安堵した顔をさせて、笑顔を見せると僕を見つめる。
そしてお互いに労いを兼ねて一度抱き締め合うと、彼女は嬉しそうに声に出して笑っていた。
「あははっ!やっぱり観客がいると盛り上がるねぇ!」
『でもあれはやり過ぎですよー!?マナは大丈夫なんですか~~?』
「私のこの感じを見て大丈夫だと信じてくれないのかい?シャルティエ。」
『僕はちゃんと視認できるもので確認するので、スノウの言葉には信じませーん!』
シャルティエの言葉で、僕も彼女の立方体のピアス…マナ感知器を見る。
そこには三分の二ほどの碧の液体が波のように揺らめいていて安心した。
「ふふ。二人とも、これに夢中だね?」
ピアスに触れた彼女は中身を見ようと耳を引っ張る。
それを阻止した僕は首を横に振った。
……取れたらどうしてくれる、とばかりに。
「おめ~でと~~う♪♪」
「ありがとう、ジョニー。」
「しっかし、その武器……恐ろしいったらありゃしないな?変なものは出てくるし、晶術も出てくるときた。そして触れたら痛みが走る、と?」
「それはこの武器に、ある物を付加させたからだよ。元からある能力じゃない。」
『あ!それどういう原理なんですか?僕も知りたいです!』
「簡単な話さ。この武器に“音属性”を付加させたんだ。武器に触れた瞬間、音が相手に伝わり……無音で痛みを起こさせる。これが拳を得意とする相手じゃなくても効果があるものだから、ちょっと試したかったんだ。……まぁ、彼は拳を武器としてるけどね?」
なるほど。だからあの筋肉馬鹿が痛みを訴えていたのか。
彼女は他の音属性の魔法を使っていたこともあるし、それを応用したのだろう。
その後はあの筋肉馬鹿も会話に入り、煩い時間が過ぎていく。
だが時間は有限だ。
刻刻と時間は過ぎていき、闘技場の王は次の飛び入り参加の相手をしている。
何だかんだまだ和解出来ていない彼女と王だが、それでも決闘をしたことで何かしらの友情は芽生えたのかもしれない。
その証拠に王はもう、彼女へと突っかかることが無くなっていたのだから。
僕達は邪魔にならないよう、闘技場を後にする。
その背後から聞こえる歓声は、意外にも僕たちに向けられたものだった。
「闘技場盛り上げてくれて、ありがとなっ!」
「また来てくれよ!!」
「今度はダブルスでな!!!」
僕達は目を見張って顔を見合わせたが、次の瞬間、笑いが溢れていた。
そして僕と彼女、そしてジョニーは闘技場を後にした。
(*ジューダス視点)
ノイシュタット名物でもある闘技場。
その名前だけは知っていたが…実際に中へ入ったのは生まれて初めてだった。
前世でも入ったことがないそこは、活気溢れ、熱狂的な場でもあった。
僕が集中するために待機室で神経を研ぎ澄ませていると、隣には不安そうな顔をしたスノウのやつがいた。
それはもう、あからさまに〝不安です〟と言った顔をしていたのを見て、僕はスノウの方へと体を向けた。
無論、奴への怒りも吐露したが……恋愛のハの字も知らない彼女が僕の言葉の意味や真意に気付くこともなかった。(ジョニーのやつは分かっていたようだったが…な。)
「心配なのは分かるが……そろそろ時間だぜ?モネさんよ?」
「……うん。分かってる…けど……。」
「スノウ。」
僕は咄嗟に彼女へとアピールを込めた行動に移す。
彼女へと贈ったネックレスへとキスを送れば、彼女はそれを見て僅かに息を呑んでいた。
「僕は負けない。誰が相手でも、絶対に…だ。だから心配ばかりするお前に、僕から勝利という栄冠を贈ると誓おう。」
そう言えば、彼女は少しだけ苦しそうな顔をさせた後にゆっくりと頷いていた。
そして少しだけ歪な笑顔を僕に見せてくれた彼女は、僕の頬に触れると小首をかしげて僕を見つめていた。
「……無理だけはしないと、約束して?レディ。約束出来ないと言うなら、私は何がなんでも君を止めるだけだ。」
「ふん。18年という月日が経とうが、僕が奴に負けるなど天変地異が起ころうとも有り得ない。……僕の戦闘を間近で見てきたお前なら分かってるんじゃないか?」
「……うん。そうだね…?」
「他に言葉が必要か?」
「ううん。君に元気を貰ったよ。だから……大丈夫だ。」
僕はその言葉を聞いて、フッと笑みをこぼし、そして会場入口へと向かった。
…これ以上振り返れば、彼女が不安に身を焦がしてしまうだろうから、僕はもう振り返らなかった。
今一番にやるべき事は、早く奴を倒して、そして彼女を一刻も早く安心させることだ。
『うわぁ…!すごい観客ですねぇ…!!』
シャルの言う通り、360度のパノラマの観客席は満席の如く人が入っており、聞こえてくる歓声が煩いほどだ。
あまりの五月蝿さに顔を顰めていると向こうの出入口から奴が悠々自適に出てきて、周りの観客へと手を挙げてアピールをする。
ついでに言えば、審判らしき者もコングマンの奴の登場で一気に実況を捲し立てる始末。
……完全に僕にとってはアウェイな状況が出来上がった訳だ。
「オレ様がこいつを倒すのはあたりめぇなことだ!そうだろ!?」
「「「マイティ!マイティ!マイティ!」」」
「きゃー!リオン様~~!」
「頑張ってくださ~~い!♡」
……何処かから聞こえてくる女の声を無視し、長ったらしい口上を述べる奴に呆れているとシャルが話しかけてきた。
無論、それは観客にいるはずの彼女のことだった。
『スノウ、何処でしょうね!こんなに広いと見つけにくいですよねぇ?』
「だがこういうのは大抵、応援してる側に回される方が多い。…という事は、だ。」
僕が後ろを振り返れば、やはりそこには愛しい彼女がこちらを見ていて、彼女が僕が見ていることに気付き手を振ってくれる。
だから僕も手を挙げて応えたと同時に、笑いが込み上げてくる。
腰に手を当ててフッと笑えば、見上げた彼女は優しい笑顔を向けてくれていた。
……隣にいる喧しい音楽家は、何か物言いたげにこちらを見ていたがな。
『しっかし…前口上が長すぎません?よく観客も飽きずに聴けますね?!』
「知らん。……だがまぁ、腹が立つほどに長くはあるな。」
『ですよねぇ?!これは流石に長過ぎますって!』
彼女から目を離して奴を見れば、観客に向けてまだまだパフォーマンス中であった。
呆れと共に溜息をすれば、奴の前口上はどうやらようやく終わりを迎えそうだ。
僕がシャルを持ち、武器を手にすれば奴はようやくその手にナックルを握って臨戦態勢を取った。
審判の声と共に奴へ攻撃を食らわせた僕だったが、奴の膂力は〈赤眼の蜘蛛〉の玄と同じ程重い。
防御をした僕を簡単に押し退けるほどの膂力を持ち合わせているのを見て、舌打ちしながらすぐさま後退する。
『坊ちゃんより力が上ですね…!流石、歴戦の闘技場の主です。』
「ふん。だがあの知能程度では拳を振るうだけで終わるだろうな。何か策を立ててこちらに攻撃する様な感じには思えん。」
『どうしますか?晶術で一掃しますか?』
「ただ晶術を当てただけでは恐らくだが、へこたれないだろうな。もっと更に上の効果を見込まなければ、こちらの勝機が薄くなるだけだ。」
『えぇ?!坊ちゃんがそこまで言うなんて…。それほどやつは強いんですか?』
「仮にも先の戦乱時の英雄だしな…。それに僕達のいなかった18年という年月の経過が、奴にどれほど経験値を積ませたか不確定だ。多く見積っておいて損は無い。」
たかが18年で奴が強くなったとは思えないが……、ここは念には念を入れさせてもらおうか。
僕が防御一方でシャルと話しているのが気に食わなかったのか、奴は頭に血を上らせて攻撃を荒くさせた。
……ふん、やはり単純なヤツだな。
『坊ちゃん!折角ですから晶術昇華を試してみませんか?』
「あぁ。それが妥当だな。……そろそろ、僕も力をつけなければならないしな。」
彼女が魔法のエキスパートならば、僕も更に研鑽を積み、上を目指して彼女の隣に立てる様にならなければ置いていかれてしまう。
それだけは勘弁願いたい。
奴が怒り狂ったように拳を突き出してきたのでそれを双剣で受け止めれば、やはり足が後方へとずらされる。
────その時だった。
「リオンッ!!!負けたら承知しないからっ!!!!」
大歓声の中、そんな声が僕の頭上から降り掛かってくる。
その瞬間、自分でも目を疑うほど腕に力が入るのが分かった。
……いや、寧ろ。彼女の声援が何よりの力となったんだ。
彼女の声で力が湧いてきた僕が奴の拳を一際大きく弾き返すと、奴は体勢を崩し、驚いた顔を一面に出す。
それを見て僕は笑って奴を見上げてやった。
同時にシャルのコアクリスタルも嬉しそうに光り輝く。
「(今ならいける…!)」
〝晶術昇華〟───試そうと思った事は無かったが、この際だ。彼女を安心させる為にもここは一つ大きく出よう。
僕が詠唱の構えをする間に体勢を立て直し、無為無策のままこちらに突っ込んできた。
……やはり、筋肉馬鹿というのは頭が弱いな。
『やりますよ~~!やってやります!スノウにカッコイイ所見せないと!』
「ふん。あいつを安心させる為にもな!」
『「___エアプレッシャー!!」』
『からの~~っ!』
『「グランドダッシャー!!」』
僕が晶術昇華を成功させればあっという間に形成は逆転。
そして観客からの声援もすこぶる大きくなって、周りを否応なしに包んだ。
倒れた筋肉馬鹿を見ながら僕が晶術の構えを解けば、シャルからも賛辞の言葉が聞こえてきて、その上何処からか愛しい彼女の声が聞こえてくる。
僕が背後の入口を振り返れば、感極まった様子でこちらに走ってくる彼女。
それを見た僕は苦笑いをしながら両腕を広げてやれば、僕に突進する勢いで彼女が僕に抱きついてきた。…その勢いは頭の仮面が外れるくらいだった。
それを難なく受け止めれば……
「おめでとうっ…!二人とも…!!」
『スノウ、ちゃんと見てました~~?僕達、晶術昇華も出来るんですよ~?』
得意げに話すシャルの声を聴きながら、僕は頷く彼女の背中を優しく叩いてやる。
思わず笑顔が出てくるほどに、僕は今、幸せの絶頂なんだと思う。
例えるなら……そうだな…。まるでお互いに久しぶりに再会するくらい、喜びがひとしおだった……と言えば分かるだろうか?
いや、何か違うな。
だが、それくらい今の僕は気分がハイなんだと思う。
戦闘後という事もあってだとは思うがな。
それでも喜びに顔を染める彼女を見れば、疲れも怒りも、嫌な事が全て吹っ飛んでいくほどだ。
そう思えば相当だと思わないか?
「まさか、君達がそんな技術を持ってるなんて思わないじゃないか!」
『今まで試そうと思ったことはないんですが、坊ちゃんがアイツのことを結構上に見てたんで、僕が提案したんです!』
「カッコよかったよ、二人とも!」
ようやく離れた彼女に名残惜しさを感じながら離してやれば、彼女は特大の笑顔を向けてくれていた。
それを僕が笑い返してやれば、また彼女は喜びを表すかのように抱きついてきたので、今度こそ僕は声に出して笑った。
上から降る紙吹雪がまるで桜のようで、僕が彼女を抱き締め返しながらそれを見ていれば、ジョニーの奴も降りてきていたことに気付く。
そして背後には筋肉馬鹿の気配も感じた為、彼女を離す。
「……おい!モネの野郎!今度はお前と決闘だ!!」
「え?」
「…やめておけ。こいつは僕より余程難解な攻撃手段しか持ってないし、お前はさっき僕と戦って体力を消費したばかりだろうが。」
「そんなの関係ねぇよ!もうオレ様はピンピンだぜ?」
「…相変わらずの馬鹿さ加減だな。」
『うぇぇぇ…?流石に元気すぎません?坊ちゃんのあの晶術昇華を食らっても元気だとか、最早おかしいですよ…。』
呆れた顔を見せた僕達だが、彼女は憂いた表情を一瞬させ、そしていつもの様に余裕そうな顔へと一瞬にして切り替えていた。
……また、何か考えすぎているのかも知れないと思うと僕は自然と彼女に呼びかけようとしていた。
しかし彼女は一瞬ジョニーを見た後に、クスリと笑って筋肉馬鹿を見上げていた。
「……私でよければ相手になろう。どうせ、さっきの彼との決闘では飽き足らないんだろう?」
「あたりめぇだろ!むしろ、オレ様はお前に怒ってるんだからよ!!?」
『……僕達に負けたのに、まだあんなこと言ってますよ?坊ちゃん。』
「これでは奴と決闘した意味が無いな。」
あぁ、本当に意味が無い。
この決闘は奴が彼女に対して妙な事を口走ったから行ったものだと言うのに。
彼女が相棒を手にして調子を見始めるものだから僕がそれを心配して見ていると、ジョニーの視線がこっちに向き、何か言いたげだ。
それを無視していたが、彼女が先に口を開く。
「で?決闘理由は?君から申し込んで来たんだから、それ相応の何かあってもいいだろう?」
「そりゃおめェ、一つしかねぇ!“モネをボッコボコにして改心させたい!”だ!!」
「(こいつ…!言わせておけばむざむざと…!)」
「……お生憎様。素直にやられるつもりはないよ。」
「寧ろ手加減してみろ。その時はおめェの死だ。」
お互いに位置へつこうとする二人を見ていれば、僕の肩を叩く奴がいてそいつを睨み、僕は彼女の所へと駆けた。
彼女の近くへ行けば不思議な顔をされたが、クスリと笑って僕を見つめるその眼差しは優しかった。
そしてその顔を意地悪そうな顔に変え、彼女は唇に人差し指を当てた。
「勝負を受けたからには完全勝利を目指したいよね?」
「…気を付けろ。あいつの膂力は想像以上だと思え。」
「二人の戦闘を見てたから知ってるよ。君でも押されるくらいなんだ。私が受けたら飛ばされてしまうだろうね。」
「…本当にやるつもりなのか?」
「あれが素直に引き下がると思う?」
呆れた様に、背後にいるコングマンを指す彼女は苦笑いで僕を見ていた。
心配で仕方ないそんな僕へ、彼女は僕と同じようにネックレスへと口付ける。
そして微笑んでは僕の瞳を見つめた。
「このネックレスに誓って、必ず勝ってみせる。……君がしてくれた様に、私も君へ勝利の栄冠を贈ろう。」
「スノウ……。」
『何か勝算はあるんですか?』
「勿論。無かったらこの決闘を端から受け入れてないよ。」
そして彼女は姿勢を正すと再び意地悪そうな顔へと変えた。
そして僕を見上げてクスリと笑って見せた。
「目には目を。歯には歯を、だよ?シャルティエ?」
『え?待って下さいよ!そんな事言ったら、スノウも拳で戦うって事になりますよ?』
「流石に拳では無理だけど…。ちょっとした策を編み出してね?見ててよ、私の勇姿をさ?」
ツーッと相棒の剣脊を指でなぞった彼女は、これまでにないほどの不敵な笑みを浮かべていたし、……何なら、酷く悪い顔をしている。
その策が何かは分からないが、彼女なりの策とやらで勝機はあるのだろう。
僕は渋々といった形で彼女から離れようとすると、誰かに首根っこを掴まれて強制的に移動させられた。
それを手を振って彼女が見送るものだから、僕はムッとした顔でだが…ちゃんと手を振り返しておいた。
……本当に不本意ではあるが。
僕の首根っこを掴んでいるジョニーの奴を睨んでいれば、まだ観客席に辿り着いてないというのに審判の試合開始の前口上が始まるものだから、慌てて駆け出す。
観客席へと落ち着けば、僕の隣の席へとジョニーも座り、それに怪訝な顔で見たが完全に無視された。
……他に座るところは無かったのか。
『スノウ~~っ!!!』
「……必ず勝て。スノウ。」
周りの観客で声は届かないだろうが、それでも僕は呟くように彼女へと声を掛けると、まるでそれが聞こえたとでも言うのか。彼女は僕の方を見て、綺麗な笑顔を見せた。
「んで?お前さんはどっちが勝つと思うんだ?」
彼女が視線を前に戻す頃、隣の煩い音楽家が話しかけてきた事で、僕は顔をムッとさせる。
ただ、視線は前に向けたままにしておいた。
「決まってるだろう?スノウ一択だ。」
『僕もですー!』
「ほう?モネ様とは違う意見だな。」
「……どういう事だ。」
「モネ様はお前さんが決闘をする前、俺が同じ質問をしたが、こう答えたぜ? “正直な所、五分五分だと思っている”とね。」
『えぇ?!スノウ、信じてなかったんですかぁ?!』
「その理由については何か話してなかったのか?」
「聞いたには聞いたんだが……あまりにもすごい解説でねぇ?驚かされてばかりだったよ。……ただ、最後はやっぱりお前さんを信じてはいるようだったぜ?」
「……ふん。当然だ。」
思わず照れてしまったが、彼女の凄い解説とは一体どんなことを言ったのだろうか?
それは少し気になるな。
奴が笑いながら肩を組んできた為、厄介そうなものを見る目で見れば奴は特に気にした様子もなく僕を見ていた。
「……逆に聞いておきたいんだが、お前さんは不安じゃないのか?」
何処か不思議そうな声音を持つそれを聞いて、僕は鼻を鳴らして嗤ってやる。
「無論、不安に決まってる。……あいつは何でもかんでも無理しすぎるきらいがあるからな。それこそ…死に近くても、だ…。」
僅かに顔を俯かせた僕を見て、奴は黙った。
思い出すのは今世での色々な事。
死に近い彼女が無理なことをして、何度彼女が死にかけたことか…。
遠い目をすれば、シャルの奴も遠い目をしたようにコアクリスタルをぼんやり灯した。
「じゃあ何で止めなかったんだ?そんなに不安なら止めれば良かったじゃないか。」
「止められるものなら止めているに決まってるだろうが。……あいつが、あんな事を言わなければ……」
「ふーん?」
────〝「流石に拳では無理だけど…。ちょっとした策を編み出してね?見ててよ、私の勇姿をさ?」〟
あんなこと言われてしまっては口出し出来ない。
それに奴が引き下がらないことも薄々気付いてはいた。
…だが、彼女相手に怒っているらしい奴が、彼女に対して何をするのかと心配するのは当然というか、不安しかない。
ただでさえ膂力での純粋な力は彼女が圧倒的に劣っている。
僕の剣戟でさえも後退するくらいなのだ。
そんな力、彼女にあるはずがない。
『あ!始まるみたいですよ!坊ちゃん!』
シャルの声で顔を上げれば、審判らしき人が旗を大きく振っていた。
そして掛け声と共に始まった試合。
審判のゴングが鳴ると、彼女はすぐに詠唱を唱えていた。
その上、先程もやったように剣の中央……剣脊を指でなぞるようにして剣先にまで指を動かした。
そしてその剣を盾にして彼女が構えていた。
僕達はそれを見て驚く。
『えぇぇぇ?!受け止める気ですか?!!』
「あいつっ…!馬鹿か!?」
心配していた事態となり、頭を抱える僕達とは反対に彼女は不敵な笑みで敵を見据えていた。
「いってええぇぇぇぇ?!!」
「?!」
『な、何が…?!』
「おーーーっと!闘技場の主が!たかだか武器に触れただけで痛がっている~~!!これはどーーしたんだーーー?!」
歓声が大きくなる中、僕達も前のめりになってその試合に惹き込まれてしまう。
一体、彼女はあの武器に何を施したんだ?
「ふふ。だから言っただろう?触れると痛いよ、ってね? 今なら棄権してもいいんだよ?闘技場のキング?」
「テメェ…!やっぱりオレ様の手でぶちのめす…!!!」
スノウの挑発に乗った筋肉馬鹿が、メラメラと闘志を滾らせてスノウの奴を見下ろす。
彼女がその後も防戦一方になってるのを見て、いつもの戦闘パターンを知ってる僕とシャルは疑問を抱いていた。
何故、彼女は攻撃に転じないのか…と。
『何か作戦でもあるんでしょうか?』
「……あれで策があるとは思えないが…。」
『押されてる…って訳でもないですよね?詠唱する隙くらい、今まで幾らでもありましたし…?』
「……あいつ。また何か考え込んでるのか。」
僕の予想は大当たりだったようだ。
何処か上の空の様子の彼女は、筋肉馬鹿が痛みで後退しても何もしなかった。
寧ろ、少しだけ瞳を濁していた気がした。
それを見て妙な胸騒ぎがする。
何かよからぬ事を考えてるんじゃないか、と。
「「「「Booooo!!」」」」
周りの観客が怒り狂って単調な攻撃を続けるコングマンだったり、上の空のスノウに対してつまらない、とブーイングを飛ばす。
それを聞いていた僕も、彼女の事が心配で仕方がなかった。
しかしそのブーイングを聞いた彼女は、我に返ったように空を見上げ、苦笑を零した。
するとそこからは彼女の独壇場だった。
両手を広げ、観客を見上げた彼女はまるで今からショーの始まりだと言わんばかりに堂々と演説を始める。
そして見た事もない術技の応酬が始まれば、周りの観客も大歓喜である。
『うわぁ!綺麗な魔法陣ですねぇ!赤や黄色、青とかあって色とりどりで見た人も楽しめる魔法ですね!』
「…それぞれ対応する魔法が違うのかもしれないな。事実、あの筋肉馬鹿が魔法陣に踏み入った際に飛び出る魔法は、色によって様々だ。」
彼女が相棒の銃を使い、地面に罠の如く魔法陣を至る場所に設置していく。
……本当、魅せる戦い方というものを知ってる奴の技じゃないと、あそこまで完璧な物は仕上がらないだろう。
試合が順調に進んでいけば、彼女は最後にセルシウスを召喚して、特大の秘奥義を奴に浴びせていた。
無論、それに勝てるはずもない筋肉馬鹿はもろにその攻撃を食らって目を回して倒れる始末。
大歓声の中、僕は立ち上がって彼女の元へと急いだ。
『スノウ~~!!!』
「……!」
シャルの声で振り返った彼女は安堵した顔をさせて、笑顔を見せると僕を見つめる。
そしてお互いに労いを兼ねて一度抱き締め合うと、彼女は嬉しそうに声に出して笑っていた。
「あははっ!やっぱり観客がいると盛り上がるねぇ!」
『でもあれはやり過ぎですよー!?マナは大丈夫なんですか~~?』
「私のこの感じを見て大丈夫だと信じてくれないのかい?シャルティエ。」
『僕はちゃんと視認できるもので確認するので、スノウの言葉には信じませーん!』
シャルティエの言葉で、僕も彼女の立方体のピアス…マナ感知器を見る。
そこには三分の二ほどの碧の液体が波のように揺らめいていて安心した。
「ふふ。二人とも、これに夢中だね?」
ピアスに触れた彼女は中身を見ようと耳を引っ張る。
それを阻止した僕は首を横に振った。
……取れたらどうしてくれる、とばかりに。
「おめ~でと~~う♪♪」
「ありがとう、ジョニー。」
「しっかし、その武器……恐ろしいったらありゃしないな?変なものは出てくるし、晶術も出てくるときた。そして触れたら痛みが走る、と?」
「それはこの武器に、ある物を付加させたからだよ。元からある能力じゃない。」
『あ!それどういう原理なんですか?僕も知りたいです!』
「簡単な話さ。この武器に“音属性”を付加させたんだ。武器に触れた瞬間、音が相手に伝わり……無音で痛みを起こさせる。これが拳を得意とする相手じゃなくても効果があるものだから、ちょっと試したかったんだ。……まぁ、彼は拳を武器としてるけどね?」
なるほど。だからあの筋肉馬鹿が痛みを訴えていたのか。
彼女は他の音属性の魔法を使っていたこともあるし、それを応用したのだろう。
その後はあの筋肉馬鹿も会話に入り、煩い時間が過ぎていく。
だが時間は有限だ。
刻刻と時間は過ぎていき、闘技場の王は次の飛び入り参加の相手をしている。
何だかんだまだ和解出来ていない彼女と王だが、それでも決闘をしたことで何かしらの友情は芽生えたのかもしれない。
その証拠に王はもう、彼女へと突っかかることが無くなっていたのだから。
僕達は邪魔にならないよう、闘技場を後にする。
その背後から聞こえる歓声は、意外にも僕たちに向けられたものだった。
「闘技場盛り上げてくれて、ありがとなっ!」
「また来てくれよ!!」
「今度はダブルスでな!!!」
僕達は目を見張って顔を見合わせたが、次の瞬間、笑いが溢れていた。
そして僕と彼女、そしてジョニーは闘技場を後にした。