第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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123.
ノイシュタット名物〝闘技場〟────そこは、血気盛んな奴等が様々な強敵へ挑み、自身の力を試す為のコロシアム会場である。
そんな参加者の中には色んな事情を抱えている奴等がごまんと居る。
力試しをしたい者や力をつけたい者、はたまた危険な事に身を置きたい者など様々である。
そんな参加者がエントリーロビーで受付をする中、真剣な表情で体を動かし、試合前の調整がてら身体を温めるジューダスが控え室で時間が来るのを待っていた。
その近くには心配そうなスノウと「やれやれ」といった顔をさせたジョニーの二人がいる。
その中でもジョニーは二人が顔見知りという事もあり、ジューダスやスノウの様子を盗み見ていた。
「(コングマンの奴も悪いが…これはちぃとばかり、熱を上げすぎじゃないかねぇ…?相手は仮にもあの闘技場の王だしなぁ…。下手なパンチを貰わなきゃ良いが…。)」
「……レディ。」
「そんな心配そうな顔をするな、スノウ。僕は今、あいつに対して色々と頭に来ているんだ。……あいつさえあの時居なければ…!!」
「(うわぁ…。告白を邪魔されて、こいつぁ怒り狂ってんなぁ…。)」
『坊ちゃん…!僕は坊ちゃんの気持ちが分かりますよ…!!あの時、コングマンが来なかったら今頃…!!』
「????」
「(そして、こっちはこっちで天然さんと来たか…。こりゃあ苦労してんだろうなぁ、やっこさんはよ…。)」
二人のその様子を見て「こりゃダメだ」と首を横に振り、自身のお気に入りの楽器であるリュートを少しだけ鳴らす。
だが、そんなジョニーもジューダスを応援する気はある様で、スノウを連れて観戦場へと向かおうとするが…、なんと言ってもスノウが動かない。
心配そうにジューダスを見ては、足踏みをしているようにジョニーからすれば見える。
……きっと何か言いたいのだろうが、やっこさんがあの調子だから口を噤んでいるのだろう。
そうジョニーは結論づけた。
「心配なのは分かるが……そろそろ時間だぜ?モネさんよ?」
「……うん。分かってる…けど……。」
「スノウ。」
遂にジューダスが体をほぐすのを止め、スノウを見つめた。
そしてジューダスはスノウの首から下がっているプレート型のネックレスを手に取ると、そこへとそっと口付けた。
まるでそれは、勝利を確信しているかのような余裕そうな行動であった。
「僕は負けない。誰が相手でも、絶対に…だ。だから、心配ばかりするお前に、僕から勝利という栄冠を贈ると誓おう。」
「(……ほぅ? 少し見ない間に、えらくキザな男になったもんだ…。……それもこれも、巷で噂となっているモネの性格そのものが移っちまったみたいにな。)」
感心するジョニーの前でジューダスは真剣な眼差しをスノウへ送る。
そんなジューダスを見てしまえば、流石のスノウももう何も言えない。
少し苦しそうではあったが、それでも決意を言葉にしてくれたジューダスへ表情を柔らかくして笑みを零す。
そしてそのままスノウはジューダスの頬へ触れて、小首を傾げた。
「……無理だけはしないと、約束して?レディ。約束出来ないと言うなら、私は何がなんでも君を止めるだけだ。」
「ふん。18年という月日が経とうが、僕が奴に負けるなど天変地異が起ころうとも有り得ない。……僕の戦闘を間近で見てきたお前なら、分かってるんじゃないか?」
「……うん。そうだね…?」
「他に言葉が必要か?」
「ううん。君に元気を貰ったよ。だから……大丈夫だ。」
その言葉を聞くと、ジューダスは颯爽と参加者入り口へと向かっていく。
その後ろ姿を見送ったスノウはジョニーを振り返り、困った顔をしながら僅かに笑った。
「……では、行こうか。観戦場へ。」
「あぁ、そうするとしますかね。」
ポロンと鳴ったリュートは、何処か不安げに音を揺らしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(*sideジョニー)
____闘技場・観戦場
参加者の知り合いと言うことで通された特別席は、試合会場が良く見える場所だ。
先程まで心配そうに彼を見ていたモネ・エルピスという人物も、今じゃ先程の面影が無いほど普通の顔付きになっていた。どうにも相手さんはポーカーフェイスが得意らしい。
……同じ匂いがする男だと初めは思っていたが、ふと疑問が残る。
例の彼は、同性の男へと告白をしようとしていた────という事になる。
あの彼の性格を俺も直接肌で感じて、知ってはいるが……そんな事をするようなチャレンジャーな精神を持っているとは到底思えない。
俺の見ない間にキザな男になってはいたが、それは今隣にいるモネさんとやらの性格が移ったせいだとばかり思っていたのだが……。
「……。」
……正直、気にはなる。
あの気難しい性格の権化とも言える彼のお眼鏡に叶った、この男の正体が。
そんな事を思い悩んだ俺が視線を意図的に横へ配れば、隣の男は足を組んで姿勢正しく前を見据えていた。
噂程度ではあるが、この男……女という女を誑かし、周りに花を作るという風変わりな噂を持つ男だ。
そんな噂の持ち主だけあって、横目で確認しただけでも確かに見目麗しく感じる。
余裕そうなその横顔は、何処か艶やかというか強かというか…。
「……何かあったのかい?」
どうやらやっこさんは、俺の視線に気付いていたらしい。
顔は真正面に向けたまま、視線だけこちらに向けたその顔は、笑みを浮かべて人当たりが良さそうな顔をしていた。
……その腹の中はどう思っているのやら、聞きたいような怖いような、そんな感情が渦巻く。
俺は否定の言葉を口にしながら首を横に振って、中央を見据える。
……今は、隣の男よりも目の前の英雄たちの礼賛劇を見るとしようか。
「……。」
闘技場の王であるコングマンよりも先に決闘を申し込んだリオンが出てきて、観客たちの歓声は凄まじいものがあった。
元々英雄として名を馳せた彼がここに来て王と戦うというのだから、観客の熱い視線や歓声も納得出来るものだ。
個人的には複雑な気持ちだが…ね。
ここは一つ、会話を試みてみようとしますかね。
「お前さんは、どっちが勝つと思うんだ?」
コングマンも出てきて歓声が最高潮に達する中、隣にいる男に聞けば、彼はコングマンを見つつも少しだけ顔を俯かせた。
しかし声色は至って普通そうではあった。
「……それは希望的観測で言って欲しいのかい?それとも本音を話せ、と?」
「そりゃあお前さん、本音の方に決まってるだろ。希望的観測ならお前さんの場合、リオンの方を応援してるんだろうしな。」
「ふふ、そうだね?」
彼は目を閉じて笑った後、下で口上を述べるコングマンへと視線を移していた。
「……正直なところ、五分五分だと思っている。」
「ほう?その訳は?」
「詳しく言うのであれば、マイティ・コングマンはあの高身長と100kg近い体重という利点を活かし、圧倒的な膂力を見せつけて戦う事を生業としているのに対し、レディの場合、魔物を想定とした実践向き。そして、手数の多い攻撃手段と自身の身軽さを活かしたスピード型の戦闘を得意とする。……果たしてそれが、パワー型のコングマンにどれほど力を見せつけ、勝ちに行けるかで変わってくる。」
「……なるほどな?(この男…、コングマンの戦闘を過去の一回……それも18年前のあの一回だけを見ただけでそこまで把握したと言うのか?…それに体重なんて詳細まで…。)」
「……レディは、何か策を講じないとまず勝てないだろうね。」
「じゃあお前さんは大好きなリオンが負けると、そう思ってるって訳か。」
「それはどうだろう?あんなに自信満々にあそこに行ったんだから何かしらの策は立てたんだろう、と思うんだけどね。」
コングマンの長い口上の最中に暇そうにしていたリオンの視線が彷徨い、そしてこちらに視線を固定させると、腰に手を当てて「フッ」と笑った後に余裕綽々といった様子でこちらを見上げてくる。
それに隣の男が嬉しそうに手を振り、向こうも手を挙げてそれに返す…といったのを見れば、この二人の関係性は並々ならぬものがあると分かる。
……流石告白直前までいった、お熱い二人組なことで。
「逆に聞くけど、君はどっちが勝つと思ってるんだい?参考までに聞かせて欲しいね?」
「俺は~~コングマンが勝つと思ってる~~♪」
わざとにリュートを鳴らしながらそう歌えば、隣の男は苦笑させて俺の歌を聴いていた。
「その訳は?」
「力が~~圧倒的~だ~~か~~ら~~♪」
「そう、彼はコングマンよりも弱い。……でもそれは膂力だけの話。さぁ、お立ち会いだよ?」
モネの言葉に俺が会場を見れば、二人は各々の武器を手にして向かい合っていた。
どうやらあの長ったらしい口上はようやく終わりを告げたようだ。
審判の声一つで動き出した両者。
無論、リオンは両刀遣いということもあり双剣で応戦はしているが……。
「……やはり、か。」
モネの言葉通り、彼は健闘している。
コングマンの攻撃を持ち前の素早さで躱しているが、双剣でその拳を受け止めれば地面に力を入れているはずの足が一歩……いや、二歩ほど後方へと押される。
そんな場面を見てしまえば、優勢なのは闘技場の主だと誰もが思うだろう。
「純粋な力比べで負けるというのなら……」
「お?何か勝つ方法でも見つけたのか?」
「ふふ、そんな大層なものでもないけど。……きっと彼はこう思っているはずだよ?力で負けるなら頭脳で上回ればいい。ってね?」
「そりゃまた…なんつーかな…。」
言うのは簡単だが、実行に移すのは大変だって事を俺は嫌でも分かってる。
あんなにも押されている状況下のリオンが、これ以上良い兆しを見せるとは思いにくいが…。
「すぅー……」
「?? お前さん、何をする気───」
「リオンッ!!!負けたら承知しないからっ!!!!」
耳を塞ぐほどの大声を出したモネは、立ち上がって笑いながら彼を見下ろしていた。
すると、面白いほど形勢が変わっていく。
あれ程コングマンの拳に打ち勝てなかったリオンの力が、僅かではあるがコングマンに勝っていたのだ。
押し戻したリオンはそのまま詠唱の構えを取り、コングマンを牽制したと思いきや……コングマンは何を思ったのか、詠唱の構えをしているリオンへと突進をかまそうと言うのだ。
晶術の詠唱の方が人間の足よりも確実に早いと言うのに、だ。
それもパワー型のコングマンがスピード型のリオンに勝てる訳もない。
…流石にこれは地が出たか……。
『「___エアプレッシャー!!」』
『からの~~っ!』
『「グランドダッシャー!!」』
「!!」
「……こいつぁ驚いた。まさか、こんな局面で晶術昇華をこなしちまうとは…。」
驚いた俺とは裏腹に隣の男はどんな顔をしているだろうと思い、隣をチラリと見れば、感動したような面持ちで首元のネックレスに触れるモネがいた。
するとそのモネは居ても立ってもいられないとばかりに何処かへと駆け出す。
それを追いかけようとしたが……どうやら向こうの決闘が終わる方が早そうだ。
「勝者ー!ジューダス!!」
「「「「うおおおおおおお!!!!」」」」
あのマイティ・コングマンを倒しただけあって、一気に拍手喝采を浴びた彼の男は笑いながら何処かを見ていた。
そして両腕を広げたと思ったら、そこへ先程まで俺の隣にいたモネが勢いよく彼へ抱きついていた。
倒れることなく支えて見せたリオンは、今まで見たことがない穏やかな笑顔でモネを受け入れており、優しく背中を叩いてやる優しさや余裕まである様子だ。
そんな二人を見れば、思わずフッと笑いが込み上げてきて、こちらまで笑顔になってしまった。
何だか、二人のこれからを応援したくなる────そう思わせられたんだ。
「……惨敗だな。闘技場の王よ。」
そう呟いて俺は、負けて不服そうに頭を掻く奴の所へと馳せ参じることにした。
俺が会場へと足を踏み入れれば、コングマンは俺を見て苦虫を噛み潰したような顔をする。
それを俺は歌いながら茶化しておいた。
「闘技場~の~♪主が~~負けて~♪」
「るっせぇ!一々歌わなくていいんだよ!!」
年寄り臭く腰を上げる闘技場の主を呆れながら見れば、反対のお熱いふたりは未だにくっついてはお互いの顔を見つめ何か会話をしていた。
まるでその姿は、うら若い男女のカップルにも見えてしまう。
……そう言えば噂で聞いたが、モネ・エルピスという人物は、相手が男だろうが女だろうが全ての者を言葉巧みに操り、魅了させ、“女”にさせてしまうのだと。そんな話を聞いたことがある。
なんでも、あの妖艶な姿やミステリアスなその存在が男をも惹きつけるらしい。
……末恐ろしい奴だと言うことは分かった。
しかし、だ。年の差がこんなにも違うと違和感が半端じゃないな…。
「……はぁ。あいつのこと、死んじまったって思ってたからよ。つい、熱くなっちまった。」
「だからって、初めにモネ・エルピスに喧嘩を売らなくても良かったんじゃないのか?…結構な腹の立て方だったぞ?」
「知らねぇよ、そんなこと。オレ様はあのいけ好かねぇリオンの奴があのヒョロヒョロした男のせいで死んだのが嫌だったんだよ。……最期のあの瞬間を思い出しただけでも身の毛がよだちやがる…!」
「……まぁ、やっこさんはその現場を直接見てるんだもんな。そりゃあトラウマにもなるさ。」
俺以外の英雄たちは彼らの最期を見届けている。
コングマンがモネ・エルピスを嫌うのは、純粋に、何も出来なかった自分に腹を立て、それをモネ・エルピスのせいだと履き違えているからなのだろうな。
じゃなかったら、良い年したコングマンがあんな喧嘩の仕方をしなかったと、俺は思う。
そう思えば、この男もまだまだ子供だなと思わせられる。……結構な歳いってるけどな。
「……おい!モネの野郎!今度はお前と決闘だ!!」
「え?」
「…やめておけ。こいつは僕より余程難解な攻撃手段しか持ってないし、お前はさっき僕と戦って体力を消費したばかりだろうが。」
「そんなの関係ねぇよ!もうオレ様はピンピンだぜ?」
「…相変わらずの馬鹿さ加減だな。」
『うぇぇぇ…?流石に元気すぎません?坊ちゃんのあの晶術昇華を食らっても元気だとかおかしいですよ…。』
これは俺が何言っても通用しなさそうだが、俺としてはモネ・エルピスの戦い方ってのを見てみたいって気持ちが強いんだよな。
あの英雄たちが何人立ちはだかろうとも、それに耐えてみせた英雄の中でもかなりの強敵だと聞いている。
大衆にも別の形でその話は広まっている。
“他の英雄を先へ連れて行くために犠牲となった大英雄”だと。
だが、当事者たちは色々な感情が渦巻いていたようで、この犠牲となった二人の英雄達の話はあまりしたがらなかった。
だからこそ気になるというもの。
吟遊詩人として後世に遺したい話なのか、どんな強さを持っていたか。どんな武器を使ってどんな戦法を取ったのか……。
知りたいことなど無限に湧いてくる。
だから俺は、コングマンを止めることをしなかった。
自分のその疑問に答えてくれることを期待してしまってな。
「……。」
モネの視線がふとこちらへと来る。
それは何だか俺の何かを見通されてるような眼差しだった気がする。
俺が肩を竦めて見せれば、モネはクスリと一つ笑ってはコングマンを見上げた。
「……私でよければ相手になろう。どうせ、さっきの彼との決闘では飽き足らないんだろう?」
「あたりめぇだろ!寧ろ、オレ様はお前に怒ってるんだからよ!!?」
『……僕達に負けたのに、まだあんなこと言ってますよ?坊ちゃん。』
「これでは奴と決闘した意味が無いな。」
俺が物思いにふけって、決闘前の前口上を聴き逃していた時にそんなやり取りがあったらしい。
呆れるリオンと何やら武器を手にして武器自体の調子を見ているモネを見て、「あぁ、やる気なんだな」と楽器をポロンと鳴らせば、モネが少しだけこっちを見た……気がした。
「で?決闘理由は?君から申し込んで来たんだから、それ相応の何かあってもいいだろう?」
「そりゃおめェ、一つしかねぇ!“モネをボッコボコにして改心させたい!”だ!!」
「……お生憎様。素直にやられるつもりはないよ。」
「寧ろ手加減してみろ。その時はおめェの死だ。」
お互いに決闘始まりの場所へと移動しようとする二人を見て俺も諦めてリオンを観客席に案内しようとしたが……、こいつもまた、モネを心配そうに見て動こうとしない。
俺が肩を叩くが、それを嫌そうに見遣ってリオンはモネの方へと駆け出していってしまった。
……本当、モネ様々にお熱だねぇ…?
後は何か二人の話があるようだから待っていれば、渋々納得したような形でリオンが離れた為、すかさず俺がリオンを引きづりながら観客席へと向かう。
審判の前口上が始まったのが観客席へ向かう最中の話。
リオンは審判の声が聞こえてきた途端、俺の手から逃れると慌てた様子で観客席へと向かっていった。
「さーて……、見させてもらいますかね。モネ様の強さとやらを。」
俺は心做しか、階段を上り、眩しい太陽の光に目を細めさせながら心躍らせていた。
そして階段を上りきった時、周りの観客からはモネコールが絶えず響いていたのを聞いて俺は驚いていた。
身内にはあまり良い感情を持たれないモネ様は、大衆にはこんなにも人気があったのだということに。
『スノウ~~っ!!!』
「……必ず勝て。スノウ。」
その声援は周りの声に掻き消されるほど小さい癖に、どうやらお相手さんには聞こえていたようで、モネはこっちを振り返ると、まるで女のような美人な笑顔を向けてきた。
そして視線を元に戻したモネから俺も視線を外し、お隣さんであるリオンへと問い掛ける。
「んで?お前さんはどっちが勝つと思うんだ?」
「決まってるだろう?スノウ一択だ。」
『僕もですー!』
「ほう?モネ様とは違う意見だな。」
「……どういう事だ。」
「モネ様はお前さんが決闘をする前、俺が同じ質問をしたが、こう答えたぜ? “正直な所、五分五分だと思っている”とね。」
『えぇ?!スノウ、信じてなかったんですかぁ?!』
「その理由については何か話してなかったのか?」
「聞いたには聞いたんだが……あまりにもすごい解説でねぇ?驚かされてばかりだったよ。……ただ、最後はやっぱりお前さんを信じてはいるようだったぜ?」
「……ふん。当然だ。」
少しだけ赤みが刺した頬を見て、俺が笑いながら肩を組めば、厄介そうなものを見る目で見られてしまった。
「……逆に聞いておきたいんだが、お前さんは不安じゃないのか?」
「無論、不安に決まってる。……あいつは何でもかんでも無理しすぎるきらいがあるからな。それこそ…死に近くても、だ…。」
足を組み、腕まで組んでいるお隣さんは、そこまで言うと僅かに瞳を揺らし、僅かに顔を俯かせた。
……きっと、18年前のことを思い出してるんだろうな。
モネが死んだせいで、自分も後を追うように死んでいるこの男。
その時からモネに対して恋慕なんて厄介なものを抱えていたんだろうが……。
「じゃあ何で止めなかったんだ?そんなに不安なら止めれば良かったじゃないか。」
「止められるものなら止めているに決まってるだろうが。……あいつが、あんな事を言わなければ……」
「ふーん?」
何を言われたのか俺にはサッパリだが、どうやら大好きな彼に説得された様子。
……お互いにお互いを説得し合うなんて、な。
全く、似た者同士とはこの事か?
「それでは~~? レディ~~、ファイッ!!」
どうやら前口上が終わったようで、またしても聴き逃してしまったが……まぁ、何も無かったんだろう。
相変わらず周りはモネコールが鳴り響いているし、お隣さんはお隣さんで不安そうに見て────
『えぇぇぇ?!受け止める気ですか?!!』
「あいつっ…!馬鹿か!?」
前のめりになって観戦するお隣さんを見て、俺も急いで前を見る。
すると武器を前へと構え、明らかに防御の姿勢をしているモネへ、コングマンが容赦ない拳を振りかざそうとしている所だった。
そして何をしたのか、コングマンがモネの武器に触れた瞬間、コングマンの野郎がその場に飛び上がっては触れた方の手を押えて大声を出していた。
「いってええぇぇぇぇ?!!」
「?!」
『な、何が…?!』
「おーーーっと!闘技場の主が!たかだか武器に触れただけで痛がっている~~!!これはどーーしたんだーーー?!」
逆に攻撃を食らったモネは、流石にコングマンの拳を受けて後方へ飛ばされていたが、空中で回転し華麗に地面へと足をつけていた。
……なんと鮮やかな手並みだ。
「ふふ。だから言っただろう?触れると痛いよ、ってね? 今なら棄権してもいいんだよ?闘技場のキング?」
「テメェ…!やっぱりオレ様の手でぶちのめす…!!!」
怒りに身を任せ、瞳をメラメラ燃やしているコングマンに呆れを抱く。
……いつになっても単細胞なのは変わらないか。
その後は怒り狂った王が、己の感情を抑えずに拳を気狂い沙汰に振り回し、それをモネ様が華麗に避けていったり武器で防御したりする。
しかし先程と同様、武器に触れた途端にコングマンが飛び上がるものだから、あの武器には何か仕込まれているのだろう。
「なぁ、お前さん。あの武器、どんな仕掛けなんだ?」
「……普段はああならないはずだ。あいつが試合初めに、武器に手を触れていた。その時に何かをした可能性が高い。」
「じゃあ対コングマン用に何か仕掛けを施したって訳かい?」
「だろうな。寧ろ僕には、それしか思いつかん。」
『でも防御だけでは勝てませんよ?どうするんでしょうか?』
「さぁな。今の段階では何とも言えん。」
「……あぁ、シャルティエか。」
俺にはシャルティエの声が聞こえてないが、急に何かと話し出すやっこさんを見て少しだけ驚いてしまった。
だがシャルティエなら話は通じる。
……まだ持っててくれてたんだな。その宝剣を。
「ガァァアアアア!!ウザってぇぇえ!!!」
会場の方からそんな叫び声が聞こえる。
……どうやらキングは有効な手段を見つけられず、悪戦苦闘しているようだな。
ようやく俺も二人の試合を見ようとすれば、キングが頭を抱えており、どうやらモネを掴み、動きを止めようとしているらしいが……流石というべきか。
キングの攻撃が単調すぎてお話にならない。
それは勿論、闘技場の王としての威厳だとかプライドとか欠片も感じさせないものであって、観客がつまらなさそうな顔をして野次を飛ばすほどだ。
それに気付いた様子のモネが僅かに顔を上げてクスリと笑う。
するとその瞬間、モネは不敵な笑みを浮かべては手を前に出して何か詠唱を始める。
「___アブソリュート・コア!」
モネとキングの間に巨大な氷の結晶が出現する。
それはまるで透き通るクリスタルの様な輝きを放ちながらも、鉱石のような硬さを併せ持ったような氷の結晶だった。
無論、それはキングの荒ぶる拳により、簡単に破壊されてしまうのだが……それがまた何とも美しい。
割れた氷の結晶が周りに飛び散っていくと、太陽に反射してキラキラとさせた。
観客が僅かに「おお!」と驚く中、モネが武器を変形させるとキングへとその何かを放っていた。
見たこともない攻撃に俺が首を傾げていると、キングが頭の上にヒヨコを出しており、一瞬気絶させられたようだった。
……なんとも恐ろしい武器だ。
「さぁ、お立ち会い! 新生モネ・エルピスの新技をとくとご覧あれ!!」
「「「「モネ様~~っ!!!!」」」」
観客に見せつける様に両腕を広げ、演説のように声高々と宣言するモネ。
そしてそれを堪らないとばかりに周りの観客がモネコールを強める。
女性なんて黄色い悲鳴を出しては興奮したように手を挙げてアピールするか、卒倒している者もいるほど。
お隣さんはそんな彼を見て「ふん」と鼻を鳴らしてはいたがね。
『もうっ、スノウってば~…。そんな場合ですかぁ?』
「ふん。観客の野次を聞いて、ようやくやる気になったようだな。」
「ほう?今までのあれは様子見だった、と?」
「あぁ。つまらないあの回避劇も何処か上の空だったからな。観客の野次を聴いて、一瞬で我に返った感じはした。…ほら、今からその新技とやらを見せてくれるようだぞ?」
顎で会場を指したリオンにハッとして会場へ視線を向ける俺。
何処かモネの戦闘を楽しみにしている自分がいる事にも驚いた。
「さぁ、踊り狂え!」
モネが武器を例の恐ろしい形へ変えると、地面に向けて何かを放つ。
するとそこには色とりどりの魔法陣が地面に設置される。
……それも、その魔法陣は放たれた複数箇所の場所へ出現して、消えそうな気配がないほどだ。
荒れ狂うキングがその魔法陣に入った瞬間、その魔法陣は光源を強くする。
そして、その魔法陣からはキング目掛けて石柱が突き出してくる。
それを拳で壊したキングは次々とその罠のような魔法陣に引っかかっては回避することなく突出した石柱を壊していく。
その間にモネの方は次の罠を仕掛けようというのか、何かを呟いていた。
「ディフュージョナルドライブ!」
次の術が水属性と来た。
各地の地面から水の球が空へと浮かび上がり、シャワーの様に水が降り注いでくる。
観客が嬉しそうにそのシャワーを浴びようと前の方へと駆けていくのを見ていれば、お隣さんが「見えない…」と嫌そうに呟いているのが聞こえてきた。
そのお隣さんを見れば、こめかみに青筋浮かべて顔を引きつらせている。
思わず苦笑いする位には、その顔に見覚えがありすぎた俺は、黙って前を見る事にした。
「…貴様ら、元の席に戻れ!!!」
怒り心頭のお隣さんの喝で、蜘蛛の子を散らすように観客が戻っていく。
視界の晴れた前方を見れば、モネが何やら術を唱えた様で、キングの体には金色の光る鎖が巻きついていた。
「最後の仕上げ───セルシウス!」
『……待ってた。』
「終焉への囁き…冷たき吐息でその身を氷結させよ!セルシウス・ディマイズ!!」
いきなり現れた"何か"と共に、杖のような物をキングへと向けたモネ。
その先からはきらめく氷が連なって射出されていくのを見て、俺は素直に感心した。
見たこともない技と、見たこともない戦闘技術。
これが世間を魅了するモネの真骨頂なのだろうと感じさせられた。
その上、キングの方も一応仮にも闘技場の王としてここへ君臨しており、"魅せる戦い方"を得意としている。(まぁ本人はそんなこと、露とも考えてもないだろうが。)
それを上回るほど、モネの戦い方は魅了される。
そして"魅せる戦い方"というものが何たるかを知っている。
事実、彼は周りの観客に向けて、まるでショーを見せるかのように演説もしていたし、観客のためにわざとに派手な戦い方をしている。
そう思えば、周りの観客の熱視線や熱い声援の理由もようやく分かった気がした。
「…勝負あり、だな。」
お隣さんの声を聞いて俺も会場を見れば、今度こそ目を回したコングマンが地面に倒れており、近くの審判が赤旗を振っているのが見えた瞬間、観客の歓声がこの場に轟いた。
ホッと息をついたお隣さんに視線を再度向ければ、彼は俺を見て鼻を鳴らした。
そしてモネと同じく席を立ち、下へ向かう階段へと急ぎ気味に向かっていくのを俺も追いかけた。
…え?
その後どうなったか、だって?
そりゃあお前さん…、あの二人のことだから、抱き合って感動を分かち合ってるに決まってるだろ?
紙吹雪がひらひらと舞い散る中、どこから運ばれてきたのか、桜の花びらも彼等の勝利を祝うかのように会場へと舞い降りてきていた。
ノイシュタット名物〝闘技場〟────そこは、血気盛んな奴等が様々な強敵へ挑み、自身の力を試す為のコロシアム会場である。
そんな参加者の中には色んな事情を抱えている奴等がごまんと居る。
力試しをしたい者や力をつけたい者、はたまた危険な事に身を置きたい者など様々である。
そんな参加者がエントリーロビーで受付をする中、真剣な表情で体を動かし、試合前の調整がてら身体を温めるジューダスが控え室で時間が来るのを待っていた。
その近くには心配そうなスノウと「やれやれ」といった顔をさせたジョニーの二人がいる。
その中でもジョニーは二人が顔見知りという事もあり、ジューダスやスノウの様子を盗み見ていた。
「(コングマンの奴も悪いが…これはちぃとばかり、熱を上げすぎじゃないかねぇ…?相手は仮にもあの闘技場の王だしなぁ…。下手なパンチを貰わなきゃ良いが…。)」
「……レディ。」
「そんな心配そうな顔をするな、スノウ。僕は今、あいつに対して色々と頭に来ているんだ。……あいつさえあの時居なければ…!!」
「(うわぁ…。告白を邪魔されて、こいつぁ怒り狂ってんなぁ…。)」
『坊ちゃん…!僕は坊ちゃんの気持ちが分かりますよ…!!あの時、コングマンが来なかったら今頃…!!』
「????」
「(そして、こっちはこっちで天然さんと来たか…。こりゃあ苦労してんだろうなぁ、やっこさんはよ…。)」
二人のその様子を見て「こりゃダメだ」と首を横に振り、自身のお気に入りの楽器であるリュートを少しだけ鳴らす。
だが、そんなジョニーもジューダスを応援する気はある様で、スノウを連れて観戦場へと向かおうとするが…、なんと言ってもスノウが動かない。
心配そうにジューダスを見ては、足踏みをしているようにジョニーからすれば見える。
……きっと何か言いたいのだろうが、やっこさんがあの調子だから口を噤んでいるのだろう。
そうジョニーは結論づけた。
「心配なのは分かるが……そろそろ時間だぜ?モネさんよ?」
「……うん。分かってる…けど……。」
「スノウ。」
遂にジューダスが体をほぐすのを止め、スノウを見つめた。
そしてジューダスはスノウの首から下がっているプレート型のネックレスを手に取ると、そこへとそっと口付けた。
まるでそれは、勝利を確信しているかのような余裕そうな行動であった。
「僕は負けない。誰が相手でも、絶対に…だ。だから、心配ばかりするお前に、僕から勝利という栄冠を贈ると誓おう。」
「(……ほぅ? 少し見ない間に、えらくキザな男になったもんだ…。……それもこれも、巷で噂となっているモネの性格そのものが移っちまったみたいにな。)」
感心するジョニーの前でジューダスは真剣な眼差しをスノウへ送る。
そんなジューダスを見てしまえば、流石のスノウももう何も言えない。
少し苦しそうではあったが、それでも決意を言葉にしてくれたジューダスへ表情を柔らかくして笑みを零す。
そしてそのままスノウはジューダスの頬へ触れて、小首を傾げた。
「……無理だけはしないと、約束して?レディ。約束出来ないと言うなら、私は何がなんでも君を止めるだけだ。」
「ふん。18年という月日が経とうが、僕が奴に負けるなど天変地異が起ころうとも有り得ない。……僕の戦闘を間近で見てきたお前なら、分かってるんじゃないか?」
「……うん。そうだね…?」
「他に言葉が必要か?」
「ううん。君に元気を貰ったよ。だから……大丈夫だ。」
その言葉を聞くと、ジューダスは颯爽と参加者入り口へと向かっていく。
その後ろ姿を見送ったスノウはジョニーを振り返り、困った顔をしながら僅かに笑った。
「……では、行こうか。観戦場へ。」
「あぁ、そうするとしますかね。」
ポロンと鳴ったリュートは、何処か不安げに音を揺らしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(*sideジョニー)
____闘技場・観戦場
参加者の知り合いと言うことで通された特別席は、試合会場が良く見える場所だ。
先程まで心配そうに彼を見ていたモネ・エルピスという人物も、今じゃ先程の面影が無いほど普通の顔付きになっていた。どうにも相手さんはポーカーフェイスが得意らしい。
……同じ匂いがする男だと初めは思っていたが、ふと疑問が残る。
例の彼は、同性の男へと告白をしようとしていた────という事になる。
あの彼の性格を俺も直接肌で感じて、知ってはいるが……そんな事をするようなチャレンジャーな精神を持っているとは到底思えない。
俺の見ない間にキザな男になってはいたが、それは今隣にいるモネさんとやらの性格が移ったせいだとばかり思っていたのだが……。
「……。」
……正直、気にはなる。
あの気難しい性格の権化とも言える彼のお眼鏡に叶った、この男の正体が。
そんな事を思い悩んだ俺が視線を意図的に横へ配れば、隣の男は足を組んで姿勢正しく前を見据えていた。
噂程度ではあるが、この男……女という女を誑かし、周りに花を作るという風変わりな噂を持つ男だ。
そんな噂の持ち主だけあって、横目で確認しただけでも確かに見目麗しく感じる。
余裕そうなその横顔は、何処か艶やかというか強かというか…。
「……何かあったのかい?」
どうやらやっこさんは、俺の視線に気付いていたらしい。
顔は真正面に向けたまま、視線だけこちらに向けたその顔は、笑みを浮かべて人当たりが良さそうな顔をしていた。
……その腹の中はどう思っているのやら、聞きたいような怖いような、そんな感情が渦巻く。
俺は否定の言葉を口にしながら首を横に振って、中央を見据える。
……今は、隣の男よりも目の前の英雄たちの礼賛劇を見るとしようか。
「……。」
闘技場の王であるコングマンよりも先に決闘を申し込んだリオンが出てきて、観客たちの歓声は凄まじいものがあった。
元々英雄として名を馳せた彼がここに来て王と戦うというのだから、観客の熱い視線や歓声も納得出来るものだ。
個人的には複雑な気持ちだが…ね。
ここは一つ、会話を試みてみようとしますかね。
「お前さんは、どっちが勝つと思うんだ?」
コングマンも出てきて歓声が最高潮に達する中、隣にいる男に聞けば、彼はコングマンを見つつも少しだけ顔を俯かせた。
しかし声色は至って普通そうではあった。
「……それは希望的観測で言って欲しいのかい?それとも本音を話せ、と?」
「そりゃあお前さん、本音の方に決まってるだろ。希望的観測ならお前さんの場合、リオンの方を応援してるんだろうしな。」
「ふふ、そうだね?」
彼は目を閉じて笑った後、下で口上を述べるコングマンへと視線を移していた。
「……正直なところ、五分五分だと思っている。」
「ほう?その訳は?」
「詳しく言うのであれば、マイティ・コングマンはあの高身長と100kg近い体重という利点を活かし、圧倒的な膂力を見せつけて戦う事を生業としているのに対し、レディの場合、魔物を想定とした実践向き。そして、手数の多い攻撃手段と自身の身軽さを活かしたスピード型の戦闘を得意とする。……果たしてそれが、パワー型のコングマンにどれほど力を見せつけ、勝ちに行けるかで変わってくる。」
「……なるほどな?(この男…、コングマンの戦闘を過去の一回……それも18年前のあの一回だけを見ただけでそこまで把握したと言うのか?…それに体重なんて詳細まで…。)」
「……レディは、何か策を講じないとまず勝てないだろうね。」
「じゃあお前さんは大好きなリオンが負けると、そう思ってるって訳か。」
「それはどうだろう?あんなに自信満々にあそこに行ったんだから何かしらの策は立てたんだろう、と思うんだけどね。」
コングマンの長い口上の最中に暇そうにしていたリオンの視線が彷徨い、そしてこちらに視線を固定させると、腰に手を当てて「フッ」と笑った後に余裕綽々といった様子でこちらを見上げてくる。
それに隣の男が嬉しそうに手を振り、向こうも手を挙げてそれに返す…といったのを見れば、この二人の関係性は並々ならぬものがあると分かる。
……流石告白直前までいった、お熱い二人組なことで。
「逆に聞くけど、君はどっちが勝つと思ってるんだい?参考までに聞かせて欲しいね?」
「俺は~~コングマンが勝つと思ってる~~♪」
わざとにリュートを鳴らしながらそう歌えば、隣の男は苦笑させて俺の歌を聴いていた。
「その訳は?」
「力が~~圧倒的~だ~~か~~ら~~♪」
「そう、彼はコングマンよりも弱い。……でもそれは膂力だけの話。さぁ、お立ち会いだよ?」
モネの言葉に俺が会場を見れば、二人は各々の武器を手にして向かい合っていた。
どうやらあの長ったらしい口上はようやく終わりを告げたようだ。
審判の声一つで動き出した両者。
無論、リオンは両刀遣いということもあり双剣で応戦はしているが……。
「……やはり、か。」
モネの言葉通り、彼は健闘している。
コングマンの攻撃を持ち前の素早さで躱しているが、双剣でその拳を受け止めれば地面に力を入れているはずの足が一歩……いや、二歩ほど後方へと押される。
そんな場面を見てしまえば、優勢なのは闘技場の主だと誰もが思うだろう。
「純粋な力比べで負けるというのなら……」
「お?何か勝つ方法でも見つけたのか?」
「ふふ、そんな大層なものでもないけど。……きっと彼はこう思っているはずだよ?力で負けるなら頭脳で上回ればいい。ってね?」
「そりゃまた…なんつーかな…。」
言うのは簡単だが、実行に移すのは大変だって事を俺は嫌でも分かってる。
あんなにも押されている状況下のリオンが、これ以上良い兆しを見せるとは思いにくいが…。
「すぅー……」
「?? お前さん、何をする気───」
「リオンッ!!!負けたら承知しないからっ!!!!」
耳を塞ぐほどの大声を出したモネは、立ち上がって笑いながら彼を見下ろしていた。
すると、面白いほど形勢が変わっていく。
あれ程コングマンの拳に打ち勝てなかったリオンの力が、僅かではあるがコングマンに勝っていたのだ。
押し戻したリオンはそのまま詠唱の構えを取り、コングマンを牽制したと思いきや……コングマンは何を思ったのか、詠唱の構えをしているリオンへと突進をかまそうと言うのだ。
晶術の詠唱の方が人間の足よりも確実に早いと言うのに、だ。
それもパワー型のコングマンがスピード型のリオンに勝てる訳もない。
…流石にこれは地が出たか……。
『「___エアプレッシャー!!」』
『からの~~っ!』
『「グランドダッシャー!!」』
「!!」
「……こいつぁ驚いた。まさか、こんな局面で晶術昇華をこなしちまうとは…。」
驚いた俺とは裏腹に隣の男はどんな顔をしているだろうと思い、隣をチラリと見れば、感動したような面持ちで首元のネックレスに触れるモネがいた。
するとそのモネは居ても立ってもいられないとばかりに何処かへと駆け出す。
それを追いかけようとしたが……どうやら向こうの決闘が終わる方が早そうだ。
「勝者ー!ジューダス!!」
「「「「うおおおおおおお!!!!」」」」
あのマイティ・コングマンを倒しただけあって、一気に拍手喝采を浴びた彼の男は笑いながら何処かを見ていた。
そして両腕を広げたと思ったら、そこへ先程まで俺の隣にいたモネが勢いよく彼へ抱きついていた。
倒れることなく支えて見せたリオンは、今まで見たことがない穏やかな笑顔でモネを受け入れており、優しく背中を叩いてやる優しさや余裕まである様子だ。
そんな二人を見れば、思わずフッと笑いが込み上げてきて、こちらまで笑顔になってしまった。
何だか、二人のこれからを応援したくなる────そう思わせられたんだ。
「……惨敗だな。闘技場の王よ。」
そう呟いて俺は、負けて不服そうに頭を掻く奴の所へと馳せ参じることにした。
俺が会場へと足を踏み入れれば、コングマンは俺を見て苦虫を噛み潰したような顔をする。
それを俺は歌いながら茶化しておいた。
「闘技場~の~♪主が~~負けて~♪」
「るっせぇ!一々歌わなくていいんだよ!!」
年寄り臭く腰を上げる闘技場の主を呆れながら見れば、反対のお熱いふたりは未だにくっついてはお互いの顔を見つめ何か会話をしていた。
まるでその姿は、うら若い男女のカップルにも見えてしまう。
……そう言えば噂で聞いたが、モネ・エルピスという人物は、相手が男だろうが女だろうが全ての者を言葉巧みに操り、魅了させ、“女”にさせてしまうのだと。そんな話を聞いたことがある。
なんでも、あの妖艶な姿やミステリアスなその存在が男をも惹きつけるらしい。
……末恐ろしい奴だと言うことは分かった。
しかし、だ。年の差がこんなにも違うと違和感が半端じゃないな…。
「……はぁ。あいつのこと、死んじまったって思ってたからよ。つい、熱くなっちまった。」
「だからって、初めにモネ・エルピスに喧嘩を売らなくても良かったんじゃないのか?…結構な腹の立て方だったぞ?」
「知らねぇよ、そんなこと。オレ様はあのいけ好かねぇリオンの奴があのヒョロヒョロした男のせいで死んだのが嫌だったんだよ。……最期のあの瞬間を思い出しただけでも身の毛がよだちやがる…!」
「……まぁ、やっこさんはその現場を直接見てるんだもんな。そりゃあトラウマにもなるさ。」
俺以外の英雄たちは彼らの最期を見届けている。
コングマンがモネ・エルピスを嫌うのは、純粋に、何も出来なかった自分に腹を立て、それをモネ・エルピスのせいだと履き違えているからなのだろうな。
じゃなかったら、良い年したコングマンがあんな喧嘩の仕方をしなかったと、俺は思う。
そう思えば、この男もまだまだ子供だなと思わせられる。……結構な歳いってるけどな。
「……おい!モネの野郎!今度はお前と決闘だ!!」
「え?」
「…やめておけ。こいつは僕より余程難解な攻撃手段しか持ってないし、お前はさっき僕と戦って体力を消費したばかりだろうが。」
「そんなの関係ねぇよ!もうオレ様はピンピンだぜ?」
「…相変わらずの馬鹿さ加減だな。」
『うぇぇぇ…?流石に元気すぎません?坊ちゃんのあの晶術昇華を食らっても元気だとかおかしいですよ…。』
これは俺が何言っても通用しなさそうだが、俺としてはモネ・エルピスの戦い方ってのを見てみたいって気持ちが強いんだよな。
あの英雄たちが何人立ちはだかろうとも、それに耐えてみせた英雄の中でもかなりの強敵だと聞いている。
大衆にも別の形でその話は広まっている。
“他の英雄を先へ連れて行くために犠牲となった大英雄”だと。
だが、当事者たちは色々な感情が渦巻いていたようで、この犠牲となった二人の英雄達の話はあまりしたがらなかった。
だからこそ気になるというもの。
吟遊詩人として後世に遺したい話なのか、どんな強さを持っていたか。どんな武器を使ってどんな戦法を取ったのか……。
知りたいことなど無限に湧いてくる。
だから俺は、コングマンを止めることをしなかった。
自分のその疑問に答えてくれることを期待してしまってな。
「……。」
モネの視線がふとこちらへと来る。
それは何だか俺の何かを見通されてるような眼差しだった気がする。
俺が肩を竦めて見せれば、モネはクスリと一つ笑ってはコングマンを見上げた。
「……私でよければ相手になろう。どうせ、さっきの彼との決闘では飽き足らないんだろう?」
「あたりめぇだろ!寧ろ、オレ様はお前に怒ってるんだからよ!!?」
『……僕達に負けたのに、まだあんなこと言ってますよ?坊ちゃん。』
「これでは奴と決闘した意味が無いな。」
俺が物思いにふけって、決闘前の前口上を聴き逃していた時にそんなやり取りがあったらしい。
呆れるリオンと何やら武器を手にして武器自体の調子を見ているモネを見て、「あぁ、やる気なんだな」と楽器をポロンと鳴らせば、モネが少しだけこっちを見た……気がした。
「で?決闘理由は?君から申し込んで来たんだから、それ相応の何かあってもいいだろう?」
「そりゃおめェ、一つしかねぇ!“モネをボッコボコにして改心させたい!”だ!!」
「……お生憎様。素直にやられるつもりはないよ。」
「寧ろ手加減してみろ。その時はおめェの死だ。」
お互いに決闘始まりの場所へと移動しようとする二人を見て俺も諦めてリオンを観客席に案内しようとしたが……、こいつもまた、モネを心配そうに見て動こうとしない。
俺が肩を叩くが、それを嫌そうに見遣ってリオンはモネの方へと駆け出していってしまった。
……本当、モネ様々にお熱だねぇ…?
後は何か二人の話があるようだから待っていれば、渋々納得したような形でリオンが離れた為、すかさず俺がリオンを引きづりながら観客席へと向かう。
審判の前口上が始まったのが観客席へ向かう最中の話。
リオンは審判の声が聞こえてきた途端、俺の手から逃れると慌てた様子で観客席へと向かっていった。
「さーて……、見させてもらいますかね。モネ様の強さとやらを。」
俺は心做しか、階段を上り、眩しい太陽の光に目を細めさせながら心躍らせていた。
そして階段を上りきった時、周りの観客からはモネコールが絶えず響いていたのを聞いて俺は驚いていた。
身内にはあまり良い感情を持たれないモネ様は、大衆にはこんなにも人気があったのだということに。
『スノウ~~っ!!!』
「……必ず勝て。スノウ。」
その声援は周りの声に掻き消されるほど小さい癖に、どうやらお相手さんには聞こえていたようで、モネはこっちを振り返ると、まるで女のような美人な笑顔を向けてきた。
そして視線を元に戻したモネから俺も視線を外し、お隣さんであるリオンへと問い掛ける。
「んで?お前さんはどっちが勝つと思うんだ?」
「決まってるだろう?スノウ一択だ。」
『僕もですー!』
「ほう?モネ様とは違う意見だな。」
「……どういう事だ。」
「モネ様はお前さんが決闘をする前、俺が同じ質問をしたが、こう答えたぜ? “正直な所、五分五分だと思っている”とね。」
『えぇ?!スノウ、信じてなかったんですかぁ?!』
「その理由については何か話してなかったのか?」
「聞いたには聞いたんだが……あまりにもすごい解説でねぇ?驚かされてばかりだったよ。……ただ、最後はやっぱりお前さんを信じてはいるようだったぜ?」
「……ふん。当然だ。」
少しだけ赤みが刺した頬を見て、俺が笑いながら肩を組めば、厄介そうなものを見る目で見られてしまった。
「……逆に聞いておきたいんだが、お前さんは不安じゃないのか?」
「無論、不安に決まってる。……あいつは何でもかんでも無理しすぎるきらいがあるからな。それこそ…死に近くても、だ…。」
足を組み、腕まで組んでいるお隣さんは、そこまで言うと僅かに瞳を揺らし、僅かに顔を俯かせた。
……きっと、18年前のことを思い出してるんだろうな。
モネが死んだせいで、自分も後を追うように死んでいるこの男。
その時からモネに対して恋慕なんて厄介なものを抱えていたんだろうが……。
「じゃあ何で止めなかったんだ?そんなに不安なら止めれば良かったじゃないか。」
「止められるものなら止めているに決まってるだろうが。……あいつが、あんな事を言わなければ……」
「ふーん?」
何を言われたのか俺にはサッパリだが、どうやら大好きな彼に説得された様子。
……お互いにお互いを説得し合うなんて、な。
全く、似た者同士とはこの事か?
「それでは~~? レディ~~、ファイッ!!」
どうやら前口上が終わったようで、またしても聴き逃してしまったが……まぁ、何も無かったんだろう。
相変わらず周りはモネコールが鳴り響いているし、お隣さんはお隣さんで不安そうに見て────
『えぇぇぇ?!受け止める気ですか?!!』
「あいつっ…!馬鹿か!?」
前のめりになって観戦するお隣さんを見て、俺も急いで前を見る。
すると武器を前へと構え、明らかに防御の姿勢をしているモネへ、コングマンが容赦ない拳を振りかざそうとしている所だった。
そして何をしたのか、コングマンがモネの武器に触れた瞬間、コングマンの野郎がその場に飛び上がっては触れた方の手を押えて大声を出していた。
「いってええぇぇぇぇ?!!」
「?!」
『な、何が…?!』
「おーーーっと!闘技場の主が!たかだか武器に触れただけで痛がっている~~!!これはどーーしたんだーーー?!」
逆に攻撃を食らったモネは、流石にコングマンの拳を受けて後方へ飛ばされていたが、空中で回転し華麗に地面へと足をつけていた。
……なんと鮮やかな手並みだ。
「ふふ。だから言っただろう?触れると痛いよ、ってね? 今なら棄権してもいいんだよ?闘技場のキング?」
「テメェ…!やっぱりオレ様の手でぶちのめす…!!!」
怒りに身を任せ、瞳をメラメラ燃やしているコングマンに呆れを抱く。
……いつになっても単細胞なのは変わらないか。
その後は怒り狂った王が、己の感情を抑えずに拳を気狂い沙汰に振り回し、それをモネ様が華麗に避けていったり武器で防御したりする。
しかし先程と同様、武器に触れた途端にコングマンが飛び上がるものだから、あの武器には何か仕込まれているのだろう。
「なぁ、お前さん。あの武器、どんな仕掛けなんだ?」
「……普段はああならないはずだ。あいつが試合初めに、武器に手を触れていた。その時に何かをした可能性が高い。」
「じゃあ対コングマン用に何か仕掛けを施したって訳かい?」
「だろうな。寧ろ僕には、それしか思いつかん。」
『でも防御だけでは勝てませんよ?どうするんでしょうか?』
「さぁな。今の段階では何とも言えん。」
「……あぁ、シャルティエか。」
俺にはシャルティエの声が聞こえてないが、急に何かと話し出すやっこさんを見て少しだけ驚いてしまった。
だがシャルティエなら話は通じる。
……まだ持っててくれてたんだな。その宝剣を。
「ガァァアアアア!!ウザってぇぇえ!!!」
会場の方からそんな叫び声が聞こえる。
……どうやらキングは有効な手段を見つけられず、悪戦苦闘しているようだな。
ようやく俺も二人の試合を見ようとすれば、キングが頭を抱えており、どうやらモネを掴み、動きを止めようとしているらしいが……流石というべきか。
キングの攻撃が単調すぎてお話にならない。
それは勿論、闘技場の王としての威厳だとかプライドとか欠片も感じさせないものであって、観客がつまらなさそうな顔をして野次を飛ばすほどだ。
それに気付いた様子のモネが僅かに顔を上げてクスリと笑う。
するとその瞬間、モネは不敵な笑みを浮かべては手を前に出して何か詠唱を始める。
「___アブソリュート・コア!」
モネとキングの間に巨大な氷の結晶が出現する。
それはまるで透き通るクリスタルの様な輝きを放ちながらも、鉱石のような硬さを併せ持ったような氷の結晶だった。
無論、それはキングの荒ぶる拳により、簡単に破壊されてしまうのだが……それがまた何とも美しい。
割れた氷の結晶が周りに飛び散っていくと、太陽に反射してキラキラとさせた。
観客が僅かに「おお!」と驚く中、モネが武器を変形させるとキングへとその何かを放っていた。
見たこともない攻撃に俺が首を傾げていると、キングが頭の上にヒヨコを出しており、一瞬気絶させられたようだった。
……なんとも恐ろしい武器だ。
「さぁ、お立ち会い! 新生モネ・エルピスの新技をとくとご覧あれ!!」
「「「「モネ様~~っ!!!!」」」」
観客に見せつける様に両腕を広げ、演説のように声高々と宣言するモネ。
そしてそれを堪らないとばかりに周りの観客がモネコールを強める。
女性なんて黄色い悲鳴を出しては興奮したように手を挙げてアピールするか、卒倒している者もいるほど。
お隣さんはそんな彼を見て「ふん」と鼻を鳴らしてはいたがね。
『もうっ、スノウってば~…。そんな場合ですかぁ?』
「ふん。観客の野次を聞いて、ようやくやる気になったようだな。」
「ほう?今までのあれは様子見だった、と?」
「あぁ。つまらないあの回避劇も何処か上の空だったからな。観客の野次を聴いて、一瞬で我に返った感じはした。…ほら、今からその新技とやらを見せてくれるようだぞ?」
顎で会場を指したリオンにハッとして会場へ視線を向ける俺。
何処かモネの戦闘を楽しみにしている自分がいる事にも驚いた。
「さぁ、踊り狂え!」
モネが武器を例の恐ろしい形へ変えると、地面に向けて何かを放つ。
するとそこには色とりどりの魔法陣が地面に設置される。
……それも、その魔法陣は放たれた複数箇所の場所へ出現して、消えそうな気配がないほどだ。
荒れ狂うキングがその魔法陣に入った瞬間、その魔法陣は光源を強くする。
そして、その魔法陣からはキング目掛けて石柱が突き出してくる。
それを拳で壊したキングは次々とその罠のような魔法陣に引っかかっては回避することなく突出した石柱を壊していく。
その間にモネの方は次の罠を仕掛けようというのか、何かを呟いていた。
「ディフュージョナルドライブ!」
次の術が水属性と来た。
各地の地面から水の球が空へと浮かび上がり、シャワーの様に水が降り注いでくる。
観客が嬉しそうにそのシャワーを浴びようと前の方へと駆けていくのを見ていれば、お隣さんが「見えない…」と嫌そうに呟いているのが聞こえてきた。
そのお隣さんを見れば、こめかみに青筋浮かべて顔を引きつらせている。
思わず苦笑いする位には、その顔に見覚えがありすぎた俺は、黙って前を見る事にした。
「…貴様ら、元の席に戻れ!!!」
怒り心頭のお隣さんの喝で、蜘蛛の子を散らすように観客が戻っていく。
視界の晴れた前方を見れば、モネが何やら術を唱えた様で、キングの体には金色の光る鎖が巻きついていた。
「最後の仕上げ───セルシウス!」
『……待ってた。』
「終焉への囁き…冷たき吐息でその身を氷結させよ!セルシウス・ディマイズ!!」
いきなり現れた"何か"と共に、杖のような物をキングへと向けたモネ。
その先からはきらめく氷が連なって射出されていくのを見て、俺は素直に感心した。
見たこともない技と、見たこともない戦闘技術。
これが世間を魅了するモネの真骨頂なのだろうと感じさせられた。
その上、キングの方も一応仮にも闘技場の王としてここへ君臨しており、"魅せる戦い方"を得意としている。(まぁ本人はそんなこと、露とも考えてもないだろうが。)
それを上回るほど、モネの戦い方は魅了される。
そして"魅せる戦い方"というものが何たるかを知っている。
事実、彼は周りの観客に向けて、まるでショーを見せるかのように演説もしていたし、観客のためにわざとに派手な戦い方をしている。
そう思えば、周りの観客の熱視線や熱い声援の理由もようやく分かった気がした。
「…勝負あり、だな。」
お隣さんの声を聞いて俺も会場を見れば、今度こそ目を回したコングマンが地面に倒れており、近くの審判が赤旗を振っているのが見えた瞬間、観客の歓声がこの場に轟いた。
ホッと息をついたお隣さんに視線を再度向ければ、彼は俺を見て鼻を鳴らした。
そしてモネと同じく席を立ち、下へ向かう階段へと急ぎ気味に向かっていくのを俺も追いかけた。
…え?
その後どうなったか、だって?
そりゃあお前さん…、あの二人のことだから、抱き合って感動を分かち合ってるに決まってるだろ?
紙吹雪がひらひらと舞い散る中、どこから運ばれてきたのか、桜の花びらも彼等の勝利を祝うかのように会場へと舞い降りてきていた。