第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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121.
(スノウside)
私が目を覚ます頃、近くに居たのはいつものレディの姿じゃなかった。
それに私が思わず目を丸くさせれば、ハロルドは顔を険しくさせて私を見下ろした。
「悪いわね。あいつじゃなくて。」
「いや…それは別にいいんだけど…。どうかしたのかい?」
「用事があるからここにいるのよ。それ以外に何があるってのよ。」
「あ、うん…。まぁそうだよね…?」
何がなんだか分からないまま、そして何を聞けば正解なのか不明瞭なまま私は取り敢えず体を起こした。
若干の怠さはあるものの、動けないほどじゃない。
起きたときに酸素マスクなんてしているから、驚いたけど…どうやら思ってたよりも体に異常はないよう────
「ちなみに。アンタが寝ていた期間は約一ヶ月と少し。」
「…え?」
「そしてジューダスが鈴を鳴らしてアンタのマナを浄化させたのが昨日のこと。」
「え、えっと…。ごめんね…?」
「謝るならこの城の主に言いなさいよ。アンタのこと、酷く心配してたわよ?」
そう言われて私が周りを見渡してみれば、なんと懐かしい景色か。
この肌に刺さる寒さと言い、壁の模様と言い……、ここは恐らくハイデルベルグなんだろう。
そしてその城主といえば…ウッドロウ国王か。
「レディは?」
「アンタら、離れたらすぐそれね。馬鹿の一つ覚えみたい。……はぁ。いーい?私が言えることはただ一つ。あの仮面が鬱陶しいジューダスもカイルも、皆無事よ。一人だけ、思い悩んでるようだけどねー。」
「??」
「世界をどうするのか。そして自分の大事な人をどうするのか。……世界の命運を握らせられてるかわいそーな少年の話よ。」
「……そっか。もうそこまで話が…。」
「今はアンタをここに置いといて、皆は他の英雄と呼ばれる人達のところに巡回中よ。」
それならば話は早い。
でも…それなら尚更物語がもう終わってしまう。
レディと────リオンと過ごす時間も、残された時間も……あと僅か。
「……レディの言ってた黒髪には、結局ならなかったなぁ…?」
「なんの話よ?」
「ジューダスが予知夢を見たんだ。私が黒髪になる時、それは私が君達の敵になる時だって。そう言ってたけど…ただの夢そうで良かったよ。」
「分からないわよ?未来なんて誰にも分からない。だからジューダスの言ってる事が間違ってるとも否定は出来ないわ。……科学的根拠なんて何一つないけどね。」
口を尖らせた彼女を見て、少し笑ってしまった。
──── 確かにレディとの時間はもう残り少ない。
でもレディは私に“来世でも一緒”だと言ってくれたのだ。
その事を胸に秘めていれば、とても体がポカポカとしてくる。
こんなにも寒い地で、だよ?
本当、不思議に思うよ。
「しっかし……アンタが敵になるなんて、ゾッとする夢ね。近い未来だったとしたら余計にアンタには私の手伝いをしてもらわないとダメね。」
「手伝い?」
「今からアンタは、この“天才科学者ハロルド様”の助手よ!」
ビシッと指つきで宣言されたその言葉に、私は目を何度か瞬かせたが、ハロルドの思い付きはいつも突然だからこれでも慣れたほうだ。
私は手を差し出して、笑顔を一つ零した。
「それはそれは…。くれぐれもよろしくお願いしますよ?ハロルド博士?」
「だーかーら!博士は止めてって言ってるでしょ!」
「はははっ!そこは繊細だなぁ?」
私が言った言葉に余計に拗ねてしまった可愛い上司は、私の顔を見て少しだけ顔を緩めた。
そして私の差し出した手を握るのではなく、私の背中をこれでもかとバシバシ叩き、何処かを指差した。
「あの子達の用事が全部終わってしまう前に、私達も用事を済ませてしまうわよ!」
「分かったよ、ハロルド。」
しかし思いの外、ここからが大変だった。
私の今までの様子を知っていた医師達が慌てて私を引き止めて、ベッドへと縛り付けようとする。
何がなんでも安静にしてないと駄目だと言う医師の反対を振り切り、私はハロルドと共に夜のハイデルベルグを駆け抜ける。
後ろからは武器を持った兵士達が何人も追いかけてきており、同じく横を走るハロルドは何故か楽しそうにしていた。
「はぁ、はぁ、流石に……この人数相手はキツくないかな…?!」
「なら、ぶっ飛ばしちゃう?」
「それはやめようか…!?カイルやリアラが一番困ると思う!!」
この先また、ウッドロウ国王陛下に尋ねる機会があるのなら、この事が原因で取り合ってくれなさそうである。
そんなシャレにならないことは流石に勘弁だ、と私が口にすれば、ハロルドはつまらなさそうに「ふーん?」と言っていた。
「悪い…けどっ!少し数を減らそう!___グラビデ!」
重力を操る魔法を使い、兵士たちの動きを止めた私達はすぐさまハイデルベルグの出口へと再び駆け出す。
しかしそこにも回り込んだ兵士達が武器を持って、緊張した面持ちで私達を見ている。
「と、止まってください!!モネ様!!」
「まだ治療が終わってませんよ?!!」
「ドクターストップです!!」
「人気者ねー?アンタ。」
「ははっ!少し…いや、かなり困ったね?」
「ていうか、今更だけどアンタ、一ヶ月も寝てて急に体を動かして大丈夫なわけ?」
「息切れはするけど、それ以外はっ、大丈夫さ!」
流石一ヶ月休んだだけあって、すぐに息切れをする。
研究の為に日々研究施設に篭っていて、絶対的に運動不足であるはずのハロルドがあんなにも余裕そうなのに、これじゃあ自分の運動不足が目に見えているではないか。
私は縄を持って襲い掛かってきた兵士の横へと身を滑らせ、サラリと躱した後そのまま走り続ける。
「ちょっと行ってくるよ!皆!」
「「「「だからそれが駄目なんですってー!?モネ様ーーーー!!!!!」」」」
笑いながら手を挙げ、兵士達を振り返りながらそう言えば同じ言葉が返ってくる。
それに私が堪らず笑ってしまうと、ハロルドもご機嫌そうに私の横を走る。
こうして大変な脱走劇を果たした私達はハイデルベルグを出て、とある場所まで辿り着く。
そこはもう何度も訪れた軍事基地の跡地であった。
「乗って。」
イクシフォスラーを見上げていた私の横を通り過ぎて、ハロルドがさも当たり前かのようにイクシフォスラーへと乗り込んでいく。
……まぁ、これは正真正銘彼女が作った乗り物だからあの表情は当然っちゃ、当然か。
お言葉に甘えてイクシフォスラーへと乗ると、ハロルドは既に運転席の方のコントロールパネルを触っている。
ジューダスもイクシフォスラーの操作に慣れていたが、こちらは製作者なだけあって迷いもなければ私の知らないパネルも動かしていた。
「…千年経っても流石に動くようね。」
そして正面のガラスに映し出されたのはこの世界の地図。
そこには一つだけ赤い点が表示されていた。
「で?君の助手は何を手伝えばいいんだい?」
「今じゃないわ。アンタは後ろで大人しく座って、少しでも休んでなさいよ。どうせしばらくは飛行移動するわよ。」
どうやらあの赤い点に向かって飛行する様で、イクシフォスラーがエンジン音を立てて浮かび始める。
……あのハロルドのことだ。きっと荒い運転に違いない、と私は足早に席へと座ることにした。
しかしそんな私の予想は大きく外れる事になる。
何故ならば、なんとも安定した飛行を見せたからだ。
「さっすがハロルド先生。安定した飛行を見せるね?ここら一帯は、雪や吹雪のせいで視界が悪い上に機体も安定しないのに。」
「私を誰だと思ってんのよ。これ作った本人よ?これくらい出来なくてどーすんのよ。」
「……お見逸れしましたよ。」
肩を竦めながらその様子を見ていれば、次第に機内の温かさからか、欠伸が出てしまい口元を押さえる。
そんな私に気付いたのか、ハロルドが気を使ってくれた。
「眠いなら寝てていいわよ。このあと、嫌でもアンタには手伝ってもらうから。」
「ははっ。それじゃあ少しだけ寝させてもらうよ。」
ハロルドのお言葉に甘えて、機内席に座ったまま私は目を閉じて夢へと旅立った。
…どうか、今回見る夢は平穏な夢でありますように。
なんて思っていたのに、結局私は夢を見ずに叩き起こされる羽目になる。
起きて早々、目の前に見えた地図はちゃんと赤い点だった所へと無事到着した模様。
しかし窓から見る景色は、辺り一面“海”だけであった。
「……ちょいとハロルドさんや? 場所間違ってないかな?」
「何言ってんのよ。私が間違えるはずがないでしょ!アンタの言い分も分かるけど、ここに反応があるのよねー?」
「何の反応?」
「ソーディアンよ☆」
ニヤリと笑ったハロルドは、そのままイクシフォスラーのパネルを操作させる。
すると、イクシフォスラーが海に向かって勢い良く突っ込んで行ってしまう。
私が慌てて椅子にしがみつくとハロルドはそれを見て可笑しそうに腹を抱えて笑っていた。
「ま!普通はその反応よね!!アンタが寝てる間にこのイクシフォスラーに改造を施したから、アンタがこの機能を知らなかったのも無理はないけど…ぷぷっ!!」
「……び、びっくり…なんだけど……?イクシフォスラーが…海の中を飛べるようになるなんて……。」
「正確には“泳ぐ”だけどねー?」
窓の向こうは魚やサメ、イルカやシャチなどの海に生息する生き物たちばかり。
僅かに私がそれを見て目を輝かせれば、ハロルドは忙しそうにパネルを操作し始める。
するとイクシフォスラーはどんどん海の底の方へ目掛けて潜っていき、徐々に太陽の光さえ届かない場所まで潜っていく。
少しだけ不気味に映るその光景は、誰もが身震いをするのかもしれないのに、私はハロルドが近くにいるからと何故か心から安心しきっていたんだ。
逆にこの天才科学者が近くにいるなら、万事何とかなりそうだからだ。
「ソーディアンは神の眼を壊す際に全て壊れたものだと思ってたよ。まさか、こんな海の底に沈没していたなんて……。」
「ディムロスやアトワイト、イクティノスにクレメンテはアンタの言うとおり、神の眼を砕く際に力を使い果たし、その役目を終えたわ。」
「?? なら、何でこんな海の底なんかに…。」
「シャルティエはジューダスが持っているのは知ってるわね?なら、ここまで言って分からないなんて言わせないわよ?」
「……もしかして。ソーディアン・ベルセリオス…?」
「えぇ、そうよ。ミクトランの奴に乗っ取られた悲劇のソーディアン────そして、この現代にまだ現存しているソーディアンでもあるわね。」
「……。」
ソーディアン・ベルセリオスは人格こそハロルドの人格を宿していた。
通常であれば、ソーディアンは使い手の人格を転写させて戦う武器だが……かのカーレル・ベルセリオスが使っていたソーディアンは違う。
カーレルの人格ではなく、ハロルドの人格を宿したソーディアンを使っていたのだ。
しかしそこは兄妹である。
ハロルドの人格を宿してもなお、カーレルはそのソーディアンを使いこなし、遂には最後のミクトランとの戦いで命を賭して憎き天上人を道連れにした────はずだった。
その際にソーディアン・ベルセリオスのコアクリスタルへと人格を……いや、自身をコアクリスタルへと転写させたのが、天上人と恐れられていたミクトランだった。
だから今のソーディアン・ベルセリオスの人格は既にハロルドのものでも、ミクトランのものでもなく、18年前のスタン達によって破壊され、人格破綻しているはず…。
何故今更そのソーディアンが必要になったのだろうか。
原作において、そんな場面一度も訪れなかったはずなのに。
「あったわよーん。」
こうして私が考えてる合間にも、ハロルドは呑気な声を出してソーディアンが見つかった事を知らせてくれる。
私は一度、思考を頭の隅へと追いやり、目の前のことに集中することにしたのだが……何と言っても今ここは深海になる訳で、窓の外は最早太陽の光が届かないほど暗い。
ソーディアンを確認しようにもまるで見えない。
「ハロルドの腕は買ってるから、これはただの私の純粋な疑問なんだけど。……どうやってソーディアンを回収するつもりかな?」
「そこはぬかりないわよ。もう既にソーディアンの位置を捉えて捕獲したわ。」
「おぉ……。」
きっと私にはまだ理解出来ない分野でソーディアンを回収したのだろうと結論づけた私は、そのまま暗い海の中をじっと見つめる。
そうしてようやく海面へと上がったイクシフォスラーを見て、幾ばくか安心した。
「さーて!お次はソーディアン研究所よ。」
「今度は何が始まるのかな?」
「そこでアンタにも手伝ってもらうから。」
…彼女に私の声が届いていないのだろうか?
質問したつもりが、返ってきた答えは全くの別物だった。
私が肩を竦めれば、ハロルドはそれを気にするでもなくそのままイクシフォスラーを操り、また何処かへと飛行移動を開始していた。
私はそれを見ながら、折角の飛行旅行を楽しむことにした。
……隣に、彼が居ないことが非常に残念ではあるが。
「(ソーディアン研究所かぁ…。ソーディアン・ベルセリオスをどうする気だろう?使えるようにするとか?……でも今更?)」
考え事なら幾らでも浮かんでくる。
それこそ、ハロルドがソーディアンをどうしたいのか言わないから余計にいらない事まで考え込んでしまう。
私は何もすることもないので、椅子の肘置きに肘を置きながら頬杖をついてハロルドを見た。
そこには余裕そうな顔でイクシフォスラーを操作する彼女がいる。
……決して彼ではない。
「(…いやいや…。幾ら何でも、我が親友のこと考え過ぎじゃない?私。さっきハロルドにも似たような事言われたじゃん…?)」
だから別の事まで考え出してしまってるんだ。
そう考えて、私は向こうに聞こえないようにそっと溜息をついた。
「ふっふ~ん。着いたわよー?」
「了解。」
椅子から立ち上がり出口へと向かおうとすると、いきなりの衝撃。
思わず片膝を床につく位には激しい衝撃だったので、ハロルドの方を見れば彼女は呑気に頭を掻いていた。
「あっちゃー。燃料切れね。」
「は? ね、燃料切れ…?マジで?」
「私が嘘苦手なの知ってるでしょーが。」
「まぁ、知ってるけど……、それにしたってちょっと待って?今、到着したんだよね?ソーディアン研究所に。」
「えぇ、そうね。」
「……なるほど。全て理解したよ……。了解だ……。」
「話が早くて助かるわ!」
キュルンとした顔になったハロルドに私が苦笑いを零して外に出る。
ソーディアン研究所はファンダリア地方でも南東に位置する。
そしてファンダリア地方は、誰もが知ってる雪国である。
そんな場所で燃料切れということは……そういう事である。
「取り敢えずハロルド?私は近くのスノーフリアから燃料を貰ってくるから、継ぎ足しは頼んでもいいかな?」
「えぇ!それくらいはやるわよ!」
……正直、ハロルドの事だからてっきり燃料も入れろ、なんて言い出すかと思ってたが…そこまで酷な人ではない事に少し安心した。
「何安心してんのよ。こいつの燃料タンクの大きさ、知らないっしょ?」
「……え、そんなに?」
「燃料缶20個くらいはいるんじゃない?」
「………………わぉ。」
テレポーテーションで飛ぶにしても、その数は驚きだ。
何回往復が必要だ…?
「取り敢えず行ってくるよー。」
「えぇ!」
私はその後何度も何度もスノーフリアとソーディアン研究所を往復し、燃料缶をハロルドへと届けた。
ついでにソーディアン研究所の電力供給の為の燃料分も合わせると……約40缶ほど。
燃料を空いている缶へと汲んでくれる店員さんを待ちながら何度往復したことか。
それでもハロルドがご機嫌良さそうなので、そこだけが救いだった。
往復する際に何度も声かけられたし、それだけで気力も湧いてくるというもの。
燃料を継ぎ足し終わったハロルドを振り返り、今度は燃料を研究所へと運んでいく。
そのまま私が電力供給の機械へと燃料を流し込めば、その隣でハロルドが巨大な機械を動かす為に何やら忙しなく手を動かしていた。
同時に研究所内もブーンという音を立てながら明かりがついて、次第に他の機械も電源がついていく。
……あぁ、やっと何かが始まるんだろうな。
その何かが分からないけれども。
「良し!いいわね。」
「で?そろそろ何をするか教えてくれたっていいんじゃないかな?」
「言ってなかったかしらん?今からこのソーディアンを復活させるのよ。」
「何故?」
「未来のアンタのためよ。」
「私……?」
これは驚いた。
以前も私の為に力を尽くしてくれたハロルドではあるが、まさかここまでしてくれるとは。
それにソーディアン・ベルセリオスの復活が未来の私の為…とは……?
「一応ソーディアンの生みの親である私が、現存しているシャルティエと……その相棒であるジューダスを見てきて、何も思わない訳ないじゃない。」
「……。」
なるほど、そういうことか。
ディムロス達は神の眼を壊す為に役割を果たし、今はもう姿形さえない。
そして彗星の強大なエネルギーを蓄えてしまったせいで神の眼を壊すという役目を喪ってしまったシャルティエは今もまだジューダスと共にあり、相棒のような存在となっている。
だが、あんなにも恐れられたベルセリオスはミクトランの死と共に海の底に沈み、時代と共に民衆の記憶からも消えてしまうだろう。
それこそ存在自体を忘れられるかもしれない。
そして……ハロルドは羨ましかったんだ。
シャルティエがジューダスと共にあって、楽しそうに、そして愛おしそうに一緒に居るのが。
ただ、何故ソーディアン・ベルセリオスが自分の為になるのかは、私の頭じゃあ想像もつかないけども。
彼女らしい、何か考えがあるのだろう。
それを考えた後、私はハロルドの背中をジッと見つめた。
今はたくましい、その背中を見て私は悟られないようにクスリと笑った。
「(あぁ、前に見た背中よりも、もっと頼もしくなったなぁ…? 何故か、彼女に任せていれば大丈夫とさえ、心の底から思えてくるよ。)」
「スノウー? 何してんのよー? ちょっと手伝ってちょーだい!」
「はいはい。」
ハロルドが私に研究所の機械の扱い方を教えてくれたお陰で、何とか理解出来るまでにはなった。
それなのにハロルドはそんな私を省みずに、サッサと機械の中へと自身の体を入れてしまう。
そして機械の中で目を閉じたハロルドを見て、私は慌てて機械を操作する。
ソーディアンの人格をコアクリスタルのユニットへ転写するには、本人とソーディアンを一時的に繋げる必要がある。
そんな危険な事を平然と彼女は今していて、更にその操作をこんな初心者に任せようとするハロルドなのだから、どうかしている。
必死に教わった事を思い出しながら手元のパネルを寸分の狂い無く操作していく。
……後は、ハロルドがあの機械から出てくるのを待つだけだ。
そんな所まで作業が終わった頃、外は既に明るさを失っていた。
機械の中に閉じ込められているハロルドを心配しながら外の様子を確認しに行くと、外は大荒れ。そして、闇夜である。
「……ハロルド。」
後ろを振り返ればいつ出てくるか分からない天才科学者が固く目を閉じている姿。
それに不安を覚えない訳がない。
でもやり方を教えてくれた彼女を信用して、そしてそれを実行した自分を信じて、ただ彼女が戻ってくるのを待つ。
……寒さも、今は研究所内の暖房器具で暖かくなっていた。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
___数刻後。
待ちに望んだ彼女が機械から出て来たのを見て、私は思わず駆け寄る。
そして体調の事など心配していた私の顔色を見て、ハロルドは額へとデコピンをしてくる。
それに目を瞬かせれば、彼女はニヤリと笑っていた。
「なーにしけた面してんのよ。アンタへ直々に操作を教えた私が、こんな所でドジる訳ないじゃない。それとも何? 一生出てこないとでも思った?」
「…ちょっとね?」
「信用ないわねー。ま、成功したし何でもいいけどー?」
そう言ってハロルドは踵を返して機械のパネルへ触れる。
そして私へ近くへ来るように言い放ったハロルドは、その手を止めることなく操作し、同時に私へ説明をしてくれる。
「今からアンタの血液をユニットに流し込むわよー。」
「……は? 今…なんて?」
「だーかーら!アンタの血を、このソーディアンに覚えさせるのよ!いつでもアンタの血で起きれるようにねー?」
「物騒過ぎる…。」
「何年か経った後でもアンタの為に役に立つなら、ソーディアン自体を起こさないといけないでしょーが! その為の記憶媒体よ。」
「私の血をあらかじめ記憶させておいて、ソーディアン・ベルセリオスを呼び起こす為に使う……ってこと?」
「その説明じゃ不十分だけど…ま、そんなところよ。」
ハロルドが目の前の機械から顔を上げずに私にナイフを持たせる。
そして一緒に中身の無いシリンジも持たせてきたので、仕方なく私は持たされたナイフで指先を少しだけ切り、シリンジの中へと血を流し入れる。
蓋を閉め、中の血液が固まらないようにシリンジごと振っていたら、ハロルドが遠慮なく手のひらをこちらに差し出してきたのでそれにシリンジを乗せる。
するとハロルドはソーディアンの近くへそれを持っていき、近くの機械へと私の血を流し込んでいった。
それを複雑な気持ちで見つめていたが、どうやらそれで全ての工程が完了したみたいで、シリンジをポイとその辺に捨てると簡単にボタンを操作して彼女は手を止めた。
「……終わったかい?」
「えぇ。後は、アンタがこれを起動させる為の操作を覚えれば完璧よ☆」
「……ねぇ、ハロルド?」
「なに?」
「どうして、ここまでしてくれるんだい?」
「それなら言ったはずよ。シャルティエ達を見て、何も思わない訳じゃないって。そう言ったでしょ?」
「でも、何故私を選んでくれたのか、それくらい気になるじゃないか。ソーディアンの素質があるなら、別の誰かでも良いのに。」
「アンタ、簡単に言ってくれるわね。……ソーディアンの適正の厳しさは、アンタもよく知ってるでしょ? だから私はアンタを選ぶのよ。」
「……ふふ、そっか。」
「そーよ。だから、未来でもし困った事があったら…それか、とんでもない事が起きたなら。遠慮なく私を起こしなさい。ここに来て、私を起こしてくれたなら、絶対に後悔はさせないわよ?」
「楽しみにしてるよ。…ま、何も起きないのが本当は良いんだけどね?」
「何言ってんのよ。この世界で一番神にこき使われてるアンタが言えるセリフじゃないでしょ?」
私がハロルドの近くへ寄れば、ハロルドは私へとソーディアンを固定する鍵の解錠方法を教えてくれる。
そして私の血を認識させる機械の使い方も教わり、一先ずはハロルドの用事も終わった様子。
興味を失ったかのように視線を彷徨わせる彼女を見て、私は外の事を彼女に伝えれば、彼女はパネルを操作して奥の扉を開かせた。
「取り敢えずここで休みましょ。そんで、明日になったらあの子達と合流しましょ!」
「うん、分かった。そうしようか。」
ハロルドの提案で、二人で一つのベッドを使う。
……と言うより、それしかベッドが無かったからだ。
お互いに体を密着させるようにして、ゆっくりと目を閉じる。
明日を夢見て、そして明日という未来へ思いを馳せて、お互いに身を寄せ合う。
────残された時間など、私は考えないようにした。
(スノウside)
私が目を覚ます頃、近くに居たのはいつものレディの姿じゃなかった。
それに私が思わず目を丸くさせれば、ハロルドは顔を険しくさせて私を見下ろした。
「悪いわね。あいつじゃなくて。」
「いや…それは別にいいんだけど…。どうかしたのかい?」
「用事があるからここにいるのよ。それ以外に何があるってのよ。」
「あ、うん…。まぁそうだよね…?」
何がなんだか分からないまま、そして何を聞けば正解なのか不明瞭なまま私は取り敢えず体を起こした。
若干の怠さはあるものの、動けないほどじゃない。
起きたときに酸素マスクなんてしているから、驚いたけど…どうやら思ってたよりも体に異常はないよう────
「ちなみに。アンタが寝ていた期間は約一ヶ月と少し。」
「…え?」
「そしてジューダスが鈴を鳴らしてアンタのマナを浄化させたのが昨日のこと。」
「え、えっと…。ごめんね…?」
「謝るならこの城の主に言いなさいよ。アンタのこと、酷く心配してたわよ?」
そう言われて私が周りを見渡してみれば、なんと懐かしい景色か。
この肌に刺さる寒さと言い、壁の模様と言い……、ここは恐らくハイデルベルグなんだろう。
そしてその城主といえば…ウッドロウ国王か。
「レディは?」
「アンタら、離れたらすぐそれね。馬鹿の一つ覚えみたい。……はぁ。いーい?私が言えることはただ一つ。あの仮面が鬱陶しいジューダスもカイルも、皆無事よ。一人だけ、思い悩んでるようだけどねー。」
「??」
「世界をどうするのか。そして自分の大事な人をどうするのか。……世界の命運を握らせられてるかわいそーな少年の話よ。」
「……そっか。もうそこまで話が…。」
「今はアンタをここに置いといて、皆は他の英雄と呼ばれる人達のところに巡回中よ。」
それならば話は早い。
でも…それなら尚更物語がもう終わってしまう。
レディと────リオンと過ごす時間も、残された時間も……あと僅か。
「……レディの言ってた黒髪には、結局ならなかったなぁ…?」
「なんの話よ?」
「ジューダスが予知夢を見たんだ。私が黒髪になる時、それは私が君達の敵になる時だって。そう言ってたけど…ただの夢そうで良かったよ。」
「分からないわよ?未来なんて誰にも分からない。だからジューダスの言ってる事が間違ってるとも否定は出来ないわ。……科学的根拠なんて何一つないけどね。」
口を尖らせた彼女を見て、少し笑ってしまった。
──── 確かにレディとの時間はもう残り少ない。
でもレディは私に“来世でも一緒”だと言ってくれたのだ。
その事を胸に秘めていれば、とても体がポカポカとしてくる。
こんなにも寒い地で、だよ?
本当、不思議に思うよ。
「しっかし……アンタが敵になるなんて、ゾッとする夢ね。近い未来だったとしたら余計にアンタには私の手伝いをしてもらわないとダメね。」
「手伝い?」
「今からアンタは、この“天才科学者ハロルド様”の助手よ!」
ビシッと指つきで宣言されたその言葉に、私は目を何度か瞬かせたが、ハロルドの思い付きはいつも突然だからこれでも慣れたほうだ。
私は手を差し出して、笑顔を一つ零した。
「それはそれは…。くれぐれもよろしくお願いしますよ?ハロルド博士?」
「だーかーら!博士は止めてって言ってるでしょ!」
「はははっ!そこは繊細だなぁ?」
私が言った言葉に余計に拗ねてしまった可愛い上司は、私の顔を見て少しだけ顔を緩めた。
そして私の差し出した手を握るのではなく、私の背中をこれでもかとバシバシ叩き、何処かを指差した。
「あの子達の用事が全部終わってしまう前に、私達も用事を済ませてしまうわよ!」
「分かったよ、ハロルド。」
しかし思いの外、ここからが大変だった。
私の今までの様子を知っていた医師達が慌てて私を引き止めて、ベッドへと縛り付けようとする。
何がなんでも安静にしてないと駄目だと言う医師の反対を振り切り、私はハロルドと共に夜のハイデルベルグを駆け抜ける。
後ろからは武器を持った兵士達が何人も追いかけてきており、同じく横を走るハロルドは何故か楽しそうにしていた。
「はぁ、はぁ、流石に……この人数相手はキツくないかな…?!」
「なら、ぶっ飛ばしちゃう?」
「それはやめようか…!?カイルやリアラが一番困ると思う!!」
この先また、ウッドロウ国王陛下に尋ねる機会があるのなら、この事が原因で取り合ってくれなさそうである。
そんなシャレにならないことは流石に勘弁だ、と私が口にすれば、ハロルドはつまらなさそうに「ふーん?」と言っていた。
「悪い…けどっ!少し数を減らそう!___グラビデ!」
重力を操る魔法を使い、兵士たちの動きを止めた私達はすぐさまハイデルベルグの出口へと再び駆け出す。
しかしそこにも回り込んだ兵士達が武器を持って、緊張した面持ちで私達を見ている。
「と、止まってください!!モネ様!!」
「まだ治療が終わってませんよ?!!」
「ドクターストップです!!」
「人気者ねー?アンタ。」
「ははっ!少し…いや、かなり困ったね?」
「ていうか、今更だけどアンタ、一ヶ月も寝てて急に体を動かして大丈夫なわけ?」
「息切れはするけど、それ以外はっ、大丈夫さ!」
流石一ヶ月休んだだけあって、すぐに息切れをする。
研究の為に日々研究施設に篭っていて、絶対的に運動不足であるはずのハロルドがあんなにも余裕そうなのに、これじゃあ自分の運動不足が目に見えているではないか。
私は縄を持って襲い掛かってきた兵士の横へと身を滑らせ、サラリと躱した後そのまま走り続ける。
「ちょっと行ってくるよ!皆!」
「「「「だからそれが駄目なんですってー!?モネ様ーーーー!!!!!」」」」
笑いながら手を挙げ、兵士達を振り返りながらそう言えば同じ言葉が返ってくる。
それに私が堪らず笑ってしまうと、ハロルドもご機嫌そうに私の横を走る。
こうして大変な脱走劇を果たした私達はハイデルベルグを出て、とある場所まで辿り着く。
そこはもう何度も訪れた軍事基地の跡地であった。
「乗って。」
イクシフォスラーを見上げていた私の横を通り過ぎて、ハロルドがさも当たり前かのようにイクシフォスラーへと乗り込んでいく。
……まぁ、これは正真正銘彼女が作った乗り物だからあの表情は当然っちゃ、当然か。
お言葉に甘えてイクシフォスラーへと乗ると、ハロルドは既に運転席の方のコントロールパネルを触っている。
ジューダスもイクシフォスラーの操作に慣れていたが、こちらは製作者なだけあって迷いもなければ私の知らないパネルも動かしていた。
「…千年経っても流石に動くようね。」
そして正面のガラスに映し出されたのはこの世界の地図。
そこには一つだけ赤い点が表示されていた。
「で?君の助手は何を手伝えばいいんだい?」
「今じゃないわ。アンタは後ろで大人しく座って、少しでも休んでなさいよ。どうせしばらくは飛行移動するわよ。」
どうやらあの赤い点に向かって飛行する様で、イクシフォスラーがエンジン音を立てて浮かび始める。
……あのハロルドのことだ。きっと荒い運転に違いない、と私は足早に席へと座ることにした。
しかしそんな私の予想は大きく外れる事になる。
何故ならば、なんとも安定した飛行を見せたからだ。
「さっすがハロルド先生。安定した飛行を見せるね?ここら一帯は、雪や吹雪のせいで視界が悪い上に機体も安定しないのに。」
「私を誰だと思ってんのよ。これ作った本人よ?これくらい出来なくてどーすんのよ。」
「……お見逸れしましたよ。」
肩を竦めながらその様子を見ていれば、次第に機内の温かさからか、欠伸が出てしまい口元を押さえる。
そんな私に気付いたのか、ハロルドが気を使ってくれた。
「眠いなら寝てていいわよ。このあと、嫌でもアンタには手伝ってもらうから。」
「ははっ。それじゃあ少しだけ寝させてもらうよ。」
ハロルドのお言葉に甘えて、機内席に座ったまま私は目を閉じて夢へと旅立った。
…どうか、今回見る夢は平穏な夢でありますように。
なんて思っていたのに、結局私は夢を見ずに叩き起こされる羽目になる。
起きて早々、目の前に見えた地図はちゃんと赤い点だった所へと無事到着した模様。
しかし窓から見る景色は、辺り一面“海”だけであった。
「……ちょいとハロルドさんや? 場所間違ってないかな?」
「何言ってんのよ。私が間違えるはずがないでしょ!アンタの言い分も分かるけど、ここに反応があるのよねー?」
「何の反応?」
「ソーディアンよ☆」
ニヤリと笑ったハロルドは、そのままイクシフォスラーのパネルを操作させる。
すると、イクシフォスラーが海に向かって勢い良く突っ込んで行ってしまう。
私が慌てて椅子にしがみつくとハロルドはそれを見て可笑しそうに腹を抱えて笑っていた。
「ま!普通はその反応よね!!アンタが寝てる間にこのイクシフォスラーに改造を施したから、アンタがこの機能を知らなかったのも無理はないけど…ぷぷっ!!」
「……び、びっくり…なんだけど……?イクシフォスラーが…海の中を飛べるようになるなんて……。」
「正確には“泳ぐ”だけどねー?」
窓の向こうは魚やサメ、イルカやシャチなどの海に生息する生き物たちばかり。
僅かに私がそれを見て目を輝かせれば、ハロルドは忙しそうにパネルを操作し始める。
するとイクシフォスラーはどんどん海の底の方へ目掛けて潜っていき、徐々に太陽の光さえ届かない場所まで潜っていく。
少しだけ不気味に映るその光景は、誰もが身震いをするのかもしれないのに、私はハロルドが近くにいるからと何故か心から安心しきっていたんだ。
逆にこの天才科学者が近くにいるなら、万事何とかなりそうだからだ。
「ソーディアンは神の眼を壊す際に全て壊れたものだと思ってたよ。まさか、こんな海の底に沈没していたなんて……。」
「ディムロスやアトワイト、イクティノスにクレメンテはアンタの言うとおり、神の眼を砕く際に力を使い果たし、その役目を終えたわ。」
「?? なら、何でこんな海の底なんかに…。」
「シャルティエはジューダスが持っているのは知ってるわね?なら、ここまで言って分からないなんて言わせないわよ?」
「……もしかして。ソーディアン・ベルセリオス…?」
「えぇ、そうよ。ミクトランの奴に乗っ取られた悲劇のソーディアン────そして、この現代にまだ現存しているソーディアンでもあるわね。」
「……。」
ソーディアン・ベルセリオスは人格こそハロルドの人格を宿していた。
通常であれば、ソーディアンは使い手の人格を転写させて戦う武器だが……かのカーレル・ベルセリオスが使っていたソーディアンは違う。
カーレルの人格ではなく、ハロルドの人格を宿したソーディアンを使っていたのだ。
しかしそこは兄妹である。
ハロルドの人格を宿してもなお、カーレルはそのソーディアンを使いこなし、遂には最後のミクトランとの戦いで命を賭して憎き天上人を道連れにした────はずだった。
その際にソーディアン・ベルセリオスのコアクリスタルへと人格を……いや、自身をコアクリスタルへと転写させたのが、天上人と恐れられていたミクトランだった。
だから今のソーディアン・ベルセリオスの人格は既にハロルドのものでも、ミクトランのものでもなく、18年前のスタン達によって破壊され、人格破綻しているはず…。
何故今更そのソーディアンが必要になったのだろうか。
原作において、そんな場面一度も訪れなかったはずなのに。
「あったわよーん。」
こうして私が考えてる合間にも、ハロルドは呑気な声を出してソーディアンが見つかった事を知らせてくれる。
私は一度、思考を頭の隅へと追いやり、目の前のことに集中することにしたのだが……何と言っても今ここは深海になる訳で、窓の外は最早太陽の光が届かないほど暗い。
ソーディアンを確認しようにもまるで見えない。
「ハロルドの腕は買ってるから、これはただの私の純粋な疑問なんだけど。……どうやってソーディアンを回収するつもりかな?」
「そこはぬかりないわよ。もう既にソーディアンの位置を捉えて捕獲したわ。」
「おぉ……。」
きっと私にはまだ理解出来ない分野でソーディアンを回収したのだろうと結論づけた私は、そのまま暗い海の中をじっと見つめる。
そうしてようやく海面へと上がったイクシフォスラーを見て、幾ばくか安心した。
「さーて!お次はソーディアン研究所よ。」
「今度は何が始まるのかな?」
「そこでアンタにも手伝ってもらうから。」
…彼女に私の声が届いていないのだろうか?
質問したつもりが、返ってきた答えは全くの別物だった。
私が肩を竦めれば、ハロルドはそれを気にするでもなくそのままイクシフォスラーを操り、また何処かへと飛行移動を開始していた。
私はそれを見ながら、折角の飛行旅行を楽しむことにした。
……隣に、彼が居ないことが非常に残念ではあるが。
「(ソーディアン研究所かぁ…。ソーディアン・ベルセリオスをどうする気だろう?使えるようにするとか?……でも今更?)」
考え事なら幾らでも浮かんでくる。
それこそ、ハロルドがソーディアンをどうしたいのか言わないから余計にいらない事まで考え込んでしまう。
私は何もすることもないので、椅子の肘置きに肘を置きながら頬杖をついてハロルドを見た。
そこには余裕そうな顔でイクシフォスラーを操作する彼女がいる。
……決して彼ではない。
「(…いやいや…。幾ら何でも、我が親友のこと考え過ぎじゃない?私。さっきハロルドにも似たような事言われたじゃん…?)」
だから別の事まで考え出してしまってるんだ。
そう考えて、私は向こうに聞こえないようにそっと溜息をついた。
「ふっふ~ん。着いたわよー?」
「了解。」
椅子から立ち上がり出口へと向かおうとすると、いきなりの衝撃。
思わず片膝を床につく位には激しい衝撃だったので、ハロルドの方を見れば彼女は呑気に頭を掻いていた。
「あっちゃー。燃料切れね。」
「は? ね、燃料切れ…?マジで?」
「私が嘘苦手なの知ってるでしょーが。」
「まぁ、知ってるけど……、それにしたってちょっと待って?今、到着したんだよね?ソーディアン研究所に。」
「えぇ、そうね。」
「……なるほど。全て理解したよ……。了解だ……。」
「話が早くて助かるわ!」
キュルンとした顔になったハロルドに私が苦笑いを零して外に出る。
ソーディアン研究所はファンダリア地方でも南東に位置する。
そしてファンダリア地方は、誰もが知ってる雪国である。
そんな場所で燃料切れということは……そういう事である。
「取り敢えずハロルド?私は近くのスノーフリアから燃料を貰ってくるから、継ぎ足しは頼んでもいいかな?」
「えぇ!それくらいはやるわよ!」
……正直、ハロルドの事だからてっきり燃料も入れろ、なんて言い出すかと思ってたが…そこまで酷な人ではない事に少し安心した。
「何安心してんのよ。こいつの燃料タンクの大きさ、知らないっしょ?」
「……え、そんなに?」
「燃料缶20個くらいはいるんじゃない?」
「………………わぉ。」
テレポーテーションで飛ぶにしても、その数は驚きだ。
何回往復が必要だ…?
「取り敢えず行ってくるよー。」
「えぇ!」
私はその後何度も何度もスノーフリアとソーディアン研究所を往復し、燃料缶をハロルドへと届けた。
ついでにソーディアン研究所の電力供給の為の燃料分も合わせると……約40缶ほど。
燃料を空いている缶へと汲んでくれる店員さんを待ちながら何度往復したことか。
それでもハロルドがご機嫌良さそうなので、そこだけが救いだった。
往復する際に何度も声かけられたし、それだけで気力も湧いてくるというもの。
燃料を継ぎ足し終わったハロルドを振り返り、今度は燃料を研究所へと運んでいく。
そのまま私が電力供給の機械へと燃料を流し込めば、その隣でハロルドが巨大な機械を動かす為に何やら忙しなく手を動かしていた。
同時に研究所内もブーンという音を立てながら明かりがついて、次第に他の機械も電源がついていく。
……あぁ、やっと何かが始まるんだろうな。
その何かが分からないけれども。
「良し!いいわね。」
「で?そろそろ何をするか教えてくれたっていいんじゃないかな?」
「言ってなかったかしらん?今からこのソーディアンを復活させるのよ。」
「何故?」
「未来のアンタのためよ。」
「私……?」
これは驚いた。
以前も私の為に力を尽くしてくれたハロルドではあるが、まさかここまでしてくれるとは。
それにソーディアン・ベルセリオスの復活が未来の私の為…とは……?
「一応ソーディアンの生みの親である私が、現存しているシャルティエと……その相棒であるジューダスを見てきて、何も思わない訳ないじゃない。」
「……。」
なるほど、そういうことか。
ディムロス達は神の眼を壊す為に役割を果たし、今はもう姿形さえない。
そして彗星の強大なエネルギーを蓄えてしまったせいで神の眼を壊すという役目を喪ってしまったシャルティエは今もまだジューダスと共にあり、相棒のような存在となっている。
だが、あんなにも恐れられたベルセリオスはミクトランの死と共に海の底に沈み、時代と共に民衆の記憶からも消えてしまうだろう。
それこそ存在自体を忘れられるかもしれない。
そして……ハロルドは羨ましかったんだ。
シャルティエがジューダスと共にあって、楽しそうに、そして愛おしそうに一緒に居るのが。
ただ、何故ソーディアン・ベルセリオスが自分の為になるのかは、私の頭じゃあ想像もつかないけども。
彼女らしい、何か考えがあるのだろう。
それを考えた後、私はハロルドの背中をジッと見つめた。
今はたくましい、その背中を見て私は悟られないようにクスリと笑った。
「(あぁ、前に見た背中よりも、もっと頼もしくなったなぁ…? 何故か、彼女に任せていれば大丈夫とさえ、心の底から思えてくるよ。)」
「スノウー? 何してんのよー? ちょっと手伝ってちょーだい!」
「はいはい。」
ハロルドが私に研究所の機械の扱い方を教えてくれたお陰で、何とか理解出来るまでにはなった。
それなのにハロルドはそんな私を省みずに、サッサと機械の中へと自身の体を入れてしまう。
そして機械の中で目を閉じたハロルドを見て、私は慌てて機械を操作する。
ソーディアンの人格をコアクリスタルのユニットへ転写するには、本人とソーディアンを一時的に繋げる必要がある。
そんな危険な事を平然と彼女は今していて、更にその操作をこんな初心者に任せようとするハロルドなのだから、どうかしている。
必死に教わった事を思い出しながら手元のパネルを寸分の狂い無く操作していく。
……後は、ハロルドがあの機械から出てくるのを待つだけだ。
そんな所まで作業が終わった頃、外は既に明るさを失っていた。
機械の中に閉じ込められているハロルドを心配しながら外の様子を確認しに行くと、外は大荒れ。そして、闇夜である。
「……ハロルド。」
後ろを振り返ればいつ出てくるか分からない天才科学者が固く目を閉じている姿。
それに不安を覚えない訳がない。
でもやり方を教えてくれた彼女を信用して、そしてそれを実行した自分を信じて、ただ彼女が戻ってくるのを待つ。
……寒さも、今は研究所内の暖房器具で暖かくなっていた。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
___数刻後。
待ちに望んだ彼女が機械から出て来たのを見て、私は思わず駆け寄る。
そして体調の事など心配していた私の顔色を見て、ハロルドは額へとデコピンをしてくる。
それに目を瞬かせれば、彼女はニヤリと笑っていた。
「なーにしけた面してんのよ。アンタへ直々に操作を教えた私が、こんな所でドジる訳ないじゃない。それとも何? 一生出てこないとでも思った?」
「…ちょっとね?」
「信用ないわねー。ま、成功したし何でもいいけどー?」
そう言ってハロルドは踵を返して機械のパネルへ触れる。
そして私へ近くへ来るように言い放ったハロルドは、その手を止めることなく操作し、同時に私へ説明をしてくれる。
「今からアンタの血液をユニットに流し込むわよー。」
「……は? 今…なんて?」
「だーかーら!アンタの血を、このソーディアンに覚えさせるのよ!いつでもアンタの血で起きれるようにねー?」
「物騒過ぎる…。」
「何年か経った後でもアンタの為に役に立つなら、ソーディアン自体を起こさないといけないでしょーが! その為の記憶媒体よ。」
「私の血をあらかじめ記憶させておいて、ソーディアン・ベルセリオスを呼び起こす為に使う……ってこと?」
「その説明じゃ不十分だけど…ま、そんなところよ。」
ハロルドが目の前の機械から顔を上げずに私にナイフを持たせる。
そして一緒に中身の無いシリンジも持たせてきたので、仕方なく私は持たされたナイフで指先を少しだけ切り、シリンジの中へと血を流し入れる。
蓋を閉め、中の血液が固まらないようにシリンジごと振っていたら、ハロルドが遠慮なく手のひらをこちらに差し出してきたのでそれにシリンジを乗せる。
するとハロルドはソーディアンの近くへそれを持っていき、近くの機械へと私の血を流し込んでいった。
それを複雑な気持ちで見つめていたが、どうやらそれで全ての工程が完了したみたいで、シリンジをポイとその辺に捨てると簡単にボタンを操作して彼女は手を止めた。
「……終わったかい?」
「えぇ。後は、アンタがこれを起動させる為の操作を覚えれば完璧よ☆」
「……ねぇ、ハロルド?」
「なに?」
「どうして、ここまでしてくれるんだい?」
「それなら言ったはずよ。シャルティエ達を見て、何も思わない訳じゃないって。そう言ったでしょ?」
「でも、何故私を選んでくれたのか、それくらい気になるじゃないか。ソーディアンの素質があるなら、別の誰かでも良いのに。」
「アンタ、簡単に言ってくれるわね。……ソーディアンの適正の厳しさは、アンタもよく知ってるでしょ? だから私はアンタを選ぶのよ。」
「……ふふ、そっか。」
「そーよ。だから、未来でもし困った事があったら…それか、とんでもない事が起きたなら。遠慮なく私を起こしなさい。ここに来て、私を起こしてくれたなら、絶対に後悔はさせないわよ?」
「楽しみにしてるよ。…ま、何も起きないのが本当は良いんだけどね?」
「何言ってんのよ。この世界で一番神にこき使われてるアンタが言えるセリフじゃないでしょ?」
私がハロルドの近くへ寄れば、ハロルドは私へとソーディアンを固定する鍵の解錠方法を教えてくれる。
そして私の血を認識させる機械の使い方も教わり、一先ずはハロルドの用事も終わった様子。
興味を失ったかのように視線を彷徨わせる彼女を見て、私は外の事を彼女に伝えれば、彼女はパネルを操作して奥の扉を開かせた。
「取り敢えずここで休みましょ。そんで、明日になったらあの子達と合流しましょ!」
「うん、分かった。そうしようか。」
ハロルドの提案で、二人で一つのベッドを使う。
……と言うより、それしかベッドが無かったからだ。
お互いに体を密着させるようにして、ゆっくりと目を閉じる。
明日を夢見て、そして明日という未来へ思いを馳せて、お互いに身を寄せ合う。
────残された時間など、私は考えないようにした。