第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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120.
___現代・ファンダリア領内、軍事基地跡地
ハッとした僕は慌てて周りを見渡す。
しかし、そこには僕が目当てにしていた人物の姿は無かった。
「ゴホッ!なーによ、あの煙!」
「!!」
あの薄紫色の紫煙…。
確か、ハイデルベルグでも見た事のあるものだった。
何故それをエルレインが持っている?
そして何故それが“彼女”の弱点だと知っている?
尽きぬ疑問ばかりで悩みかけたものの、場の空気を感じとり、僕はカイルを振り返った。
そこには明らかに落ち込んでいる甥の姿があった。
「……ごめんなさい、カイル。今まで言えなくて…。」
「ごめん……。今は何も聞きたくない…。」
「「「……。」」」
周りも心配そうにカイルとリアラを見つめている。
僕は一つ溜息をつき、天を仰いだ。
彼女の心配もだが、それよりも先にこちらをどうにかせねばならないようだ。
「カイル。」
「……?」
「エルレインの奴がこの世界を一度壊そうとしているのは確かだ。このまま何もせず手をこまねいていても、何も変わらない。それこそどうしようもない事実だからな。だからこそお前に問いたい。……リアラの英雄であるお前がどうしたいのか。」
「……。」
俯いて何も言わない甥を、僕は静かに見つめた。
「……ジューダスはどうしたら、いい…と思う?」
「僕が決めるんじゃない。お前自身がどうしたいのか、だ。この世界を、そして自身の隣にいるリアラをお前がどうしたいのか。これは僕も…そして他の者でもない。お前にしか出来ないことだ。……かつての僕がそうだったようにな。」
────“「ころ、して……くれ……。」”
かつて、彼女が苦しそうに……辛そうに、悲しそうにそう零したことがあった。
────“「あぁ、違うな?大事な女を自ら手をかけるのと、大事な女に手をかけられるの…どっちがいい?」”
スノウの中に入り込んだ〈狂気の神〉が僕に嘲笑いながらそう言った事もあった。
世界を……彼女をどうするのかを聞かれて、僕はその時あまりにも未熟すぎていて、彼女を救い出す方法を思いつかなかった。
だが、決して“希望”は捨てなかった。
必ず助ける、と誓っていたのもあるが……何より、愛する彼女を助けたい一心であった。
〝何がなんでも助けたい〟
僕は、彼女を助けるために力を身につけた。
そして彼女を救い出せた。
結果論として功を奏しただけだが、聞けば、なんて戦略の欠片もない無謀な挑戦だったことか。
それでも、彼女を助けだせた。
だからこそ僕はここにいて、彼女の隣にいる。
……今は居ない、がな。
「英雄……。そうだ…!英雄だ!」
甥が何か閃いたのか、そう話す。
顔を上げれば、カイルは僕の方を見て決意を新たにしたようだ。
どうもほかの英雄の話を聞いて決めたいというカイルの言葉に、僕はただ否定はせず頷いておいた。
「だからさ、ジューダス。」
「なんだ。」
「最後…にさ。聞かせてもらってもいい?」
「僕にか?」
「だって!ジューダスもスノウもさ!大英雄なんだよ!……今はスノウがいないから、一緒にいる時に聞かせて欲しいんだ!」
「ふん。僕はなんと言われようが意見は変えん。……だがまぁ、アドバイスくらいならしてやる。それはあいつも同じだろうしな。」
「うん!それで良いよ!」
「じゃあまずはハイデルベルグにおわす、ウッドロウ国王だな!」
ロニが腕を擦り、鼻水を垂らしながらそう話すのを思わずおかしくて鼻で笑えば、奴はこっちを少し睨んできていた。
しかしこの中で本来なら居るはずのメンバーが実際にいないことに気付いたのは、修羅の奴だった。
「……そういえば、ハロルドのやつは?」
「「「え?」」」
全員がその言葉に驚き、周りを見渡す。
そう言われてみると確かにハロルドが見当たらない。
もしかして軍事基地を懐かしんで、辺りを散策しているとかだろうか?
「もしかして……ハロルドも違う時間か、違う場所に飛ばされたのかしら…?」
「いやいや…。あいつ何回も時間移動は経験してるだろ?そん時は何も無かったじゃねえか!」
「…いや、ハロルドは確かここに居たはずだ。だからどこかをブラブラとほっつき歩いているんだろう。」
ロニのやつがやれやれと肩を竦めさせ、ハロルドを探そうとしてるのか出口の方へと歩き出していた。
「おーい!ハロルドー!居たら出てこいよー!」
「ハロルドー!」
ナナリーもリアラもロニの後を追いかけて行ったにもかかわらず、やはりカイルだけは動かなかった。
暫く俯いて、拳をグッと握るとようやくといった形でその重い足を動かし始める。
僕はそれを見届けると、修羅の奴が僕の隣に並んだ。
「…相変わらず、優しく説得はしないんだな。」
「それはあいつの為にもならんだろう?こういうのは素直な言葉で説得するのが定石だ。」
「ほう?その素直さがいつもは欠けている気がするが?」
「そうか?これでもかなり素直になった方だぞ?」
「…まぁ、あんたのその遠慮ない喋り方は、誰が聞いてもそうなんだろうな。……ほんと、スノウの奴、こいつのどこが良いんだか…。」
「聞こえてるぞ。」
僕が奴を睨めば、奴は「はっ!」と嘲笑い、外へと歩き出した。
海琉もまた、奴の後を追っていった。
僕は改めて周囲をぐるりと見渡した後、仲間の元へと歩き出す。
無論、考えないといけないことはたくさんある。
〝エルレインが何故あの〈夢のチカラ〉を持つ道具を持っていたのか〟。
それから〝エルレインがスノウを捕えていた理由〟…。
頭が痛くなってくるような難題は今までにあったが…、ここまでの難題にぶち当たる事となろうとは自分でも思いもしなかった。
それくらい、あの空間での出来事は不思議な事ばかりだった。
実際、エルレインやスノウに出会わないと分からない出来事だから今は何も考えずに先に進むが…、必ず解き明かして見せよう。
また愛おしい人の苦しむ姿を見ない為にも。
「ジューダス!ハロルドいたよ!」
「ふん、居てもらわなければ困る。」
「お待たせ~。な~んか、気になったのよねー。ここの現状が。」
「単体行動に移す前に誰かに言ってから離れるようにしろ。お前も元軍人だろうが。」
「分かってるわよー!」
『絶対分かってないですよ…あれ……。』
「どの口が文句を言うのかしらー?」
『ひっ…』
コアクリスタルのシャッターを閉めてしまった愛剣を見て、僕は深いため息を吐いた。
そしてそんな僕をじっと見てくるハロルドを見て、思わず僕は眉間に皺を寄せる。
何故そんなに見られなければならないのか、想像もつかなかったからだ。
「ふ~ん?あんた、意外と元気そうね。」
「どういう意味だ。」
ハロルドの奴が見つかったからか、向こうではこちらの事など気にしていないようで既に出発の準備をしており、出口に向けて移動し始めているのが見える。
僕は目の前のやつの言葉に足を止めて見遣れば、やつは肩まで両手を上げた。
「そのまんまの意味よ。あんた、スノウの奴がいないといっつも元気なくすから、これでも心配してたってわけ。」
「ふん…。無用な心配だな。」
「そこは有難い、と言っておきなさいよ。この天才科学者であるハロルド・ベルセリオス様のお言葉なんだから!」
「じゃあ、その天才科学者さまに分からないことなど無いというのだな?」
「えぇ、何でも聞いてちょうだい。…どうせ、あの子の事でしょうけど。」
聞き飽きたわよ、と口をとがらせるハロルドに僕は遠慮なく疑問を口にした。
こいつで答えられなかったら、別の方法で探ればいいだけの話だからな。
「…スノウの奴の時間移動時の弊害…。あれは、何とかならないものなのか?」
「それについてだけど。あれは私でも難しい分野の話になるわ。治す、とか完治させる、のであれば相当なチカラを持った物質や物体が手に入らない限り無理よ。それこそ、エルレイン…だっけ?あの人が持っていた〝妙な物体〟のような、不可思議なチカラを持つ物よ。」
「…!」
「それについては、アンタの方が詳しいんじゃないの?あの〝物体〟を見て、一番驚いていたのはアンタなんだから。」
「…よく見ているな。」
「当然よ。場の状況を読めなければ軍人なんて出来ないわよ。」
〈夢の神〉から例の物体の回収を頼まれているだけあって、まさかこんな身近な敵で持っているものが居ようとは思わなかった。
だからあの時、驚いたのだ。
それをハロルドの奴がちゃんと見逃さずに見ていたという事か。
『……場の空気は読めませんけどねー…?』
「何か言ったかしら?シャルティエ。」
『い、いえ!!滅相もありません!!!』
腰の方からガチャと再びシャッターが閉まる音がする。
僕はそれを見つめ、そしてハロルドへと視線を固定させる。
「それさえあれば治せるのか?彼女のあの体質は。」
「ま、長い研究期間が必要になるでしょうけど、無理ではないわね。そして絶対出来るとも確約できないわ。…彼女たちの持つ"マナ"というものは、未だに研究がなされていない分野よ。寧ろあの時発見した私に感謝してほしいくらいよ!」
「マナを多量に含む"モルガナ鉱石"…か。」
「さっき探してみたけど、ここにはなさそうねー。〈ホロウ〉だっけ?あの特殊な魔物に通用するアンタ達の武器、神の眼を壊す際に使ってしまったから作っておきたかったんだけど…これなら無理そーね。」
「現代ではまだ発見されてもいないし、マナ研究は進んでもいない。…例のモルガナ鉱石がなければ研究なんて出来やしないからな。」
「出来るわよー?スノウや他の人の血液さえ取れれば。」
「…。」
僕が侮蔑の視線を向けたせいか、ハロルドが憤慨している。
そしてサッサと向こうに合わせて歩こうとしたハロルドは急に立ち止まると、面倒そうな顔のまま僕を振り返った。
それを「何だ」と言ってやれば、奴は視線を一度別の所へ向けて僕の瞳をじっと見つめた。
「…あの〝物体〟は危険よ。アンタも承知の上でしょうけど、扱いには充分に気を付けなさい。」
「……例の煙を出す物体のことか?」
「それ以外に何があるってのよ。」
「……。」
珍しく奴から注意喚起が来たかと思えば、あの紫煙を出す物体の事。
あれは“夢のチカラ”を発現した物体だ。
人間自体に危害が加わるものが故に、あの神が御使いである僕に回収するように言ってきたシロモノでもある。
僕が渋々あいつの為だと自身に言い聞かせ、あの神に頷いたのが遠い過去のように感じてしまう。
時を超えたり、戻ったりしているから遠く感じてしまうのだろうが……それでも、本当ならばついこの間の事件のはずなのだ。
そして、その例の〝物体〟をこの天才科学者は危険だと言う。
……あの〝天才科学者〟が、だぞ?
それ程までに危険な物だという事が、これで確定してしまったな。
「アンタも色々あって大変でしょーけど。でも、仲間になったこの天才科学者様の有り難~~いお言葉なんだから、ちゃんと肝に銘じておくのよ?」
「ふん!分かっている。」
「そ。なら良いわ。……あと、それから。」
「今度は何だ。」
「…やっぱ、やめておくわ。これはスノウに直接言うことにするわ。」
手をヒラヒラさせながら、今度こそ歩き出したハロルド。
それを追いかけるように僕も小走りに駆け出せば、腰にある愛剣がふわふわと光を映し出した。
『何でしょうか?ハロルドがあんなに言い淀むなんて…。』
「さぁな。スノウの奴に直接言うらしいから、あとから聞けば良いんじゃないか?」
『そう…ですね。……変なことじゃなければ良いですが……、なんか、すっごい嫌な予感がするんです!!』
「ほう?その根拠は?」
『いえ…ただの勘ですが……。なんか嫌な感じがするんですよねぇ…?』
ハロルドと共に仲間たちの待つ軍事基地入り口に到着すれば、全員が僕達が来たのを確認し、ハイデルベルグへと向かいだした。
……あぁ、早く彼女に会いたい。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
___現代・ハイデルベルグ
僕達がハイデルベルグへ到着すると同時に、ハイデルベルグの入り口である門の見張りをしていた門番の兵士が慌てて僕達の方へと駆けてくるのが見える。
何が起きているのか分からない僕達からすれば、その兵士達の行動は奇妙に感じた。
無意識に僕は腰にある愛剣に手を置いたが、どうやら杞憂で終わりそうだ。
「み、皆さん!!お待ちしておりました!!」
「「「「は?」」」」
「モネ様が…!モネ様が…!!!」
「…なんだと?」
『え、モネってことは……スノウの事ですよね?!一体何が…』
門番の兵士たちは僕達に碌な説明もせずに、城へと案内をして去って行った。
カイルもまた、ウッドロウに用事があるからまたとない機会ではあるが、この状況に戸惑う気持ちの方が大きかったようである。
あっという間に僕達は城へと通され、あっという間にウッドロウのいる玉座の間へと辿り着いた。
そこには街中や城の中で感じていた暗い空気がここでも蔓延っているのを、僕は感じたのだった。
「おい。一体何事だ。」
「すまないね、リオン君。そしてカイル君たちも…急に呼び出したりして、さぞ驚いただろう?」
「い、いえ…。それよりもモネ……じゃなくて、スノウがどうかしたんですか?」
カイルが重要なことを聞き出してくれた為、僕は大人しく言葉を噤む。
そしてウッドロウの放つ言葉に身を固めた。
「…およそ1ヶ月前のことだ。急に時空の歪みのようなものがこの玉座の間に現れた。」
「時空の…」
「歪み……??」
「そう。そこからスノウ君が落ちてきたんだ。時空の歪みはここの宙に浮いていたからね。」
「「「「!!!」」」」
「最初は打ちどころが悪かったから気絶しているんだ、と誰もが思ったよ。……だが、」
「……1ヶ月間、目を覚まさなかった…と。」
「流石だね。付き合いの長い君達だからこそ、相手の危機がすぐ分かるのかな?」
「…いや。原因は何となくだが分かっている。だからだな。」
時間移動の直前、確かエルレインから例の〈夢のチカラ〉を持つ物体を近くに投げ込まれていたはずだ。
咳き込んでいたのも聞こえていたし、それによってマナの汚染があった事も何となくだが想像がついていた。
だからこそ、心配だった。
前回の様に、雪の中で倒れていて低体温症になってないか。凍傷になっていないか…。
……死んでないか、心配だったのだから。
到着した場所がここで、本当に良かった。
「で、あいつはどこにいる?」
「今、兵士に案内させよう。あとは頼めるかい?リオン君……いや、今はジューダス君だったね。」
「ふん。あいつの事は僕に任せておけ。」
「あぁ。目覚めの時を待ってるよ。」
「カイル。」
僕は兵士を止め、カイルを振り返った。
あいつに大事なことを伝えないといけないことがある。
「僕はこのままスノウの治療に入る。お前は、その心の疑問を解決するためウッドロウと話をつけろ。…決して奴の一言ひとことを聞き逃すな。分かったな?」
「う、うん!オレ、ウッドロウさんと話してみる!ジューダスも!スノウのことお願い!!」
「無論、そのつもりだ。」
僕が兵士に連れ立って行こうとすると後ろからハロルドの奴が追いかけてきているのがわかる。
一瞬ほど後ろを見たが、すぐに前を向いて兵士の後を追うことにした。
何やら、ハロルドの奴も考えがあるようだったからな。
「ここです。モネ様がお眠りになられてるのは…。」
城の衛生室、又は救護室と書かれた扉をくぐり、僕達が中に入ると医者が僕を見て落ち込んだように俯かせた。
…いや、違うな。申し訳ないといった顔か。
「り、リオン様…。申し訳ありません…。」
「息は?」
「息は、ちゃんとしておられるのですが……。一ヶ月…目を覚まされなくて……。」
ベッドに横たわるスノウの側へと寄り、その手をそっと握ればかなり冷たくなっているのが分かる。
思わず顔を顰めた僕に、医者が説明をしてくれる。
「今我々に出来る、最大限の処置は行なっています。…ですが、栄養も取れず、体も動かせず…。日に日に…モネ様の体が…冷たくなってきていまして……。」
スノウの顔を見れば、元々白い肌が白を通り越して青ざめているようにさえ見えてくる。
それほど、この握った手は……冷たかった。
「…すぐに始めよう。こいつの体が持たないんじゃ意味がない。」
固く閉じられた瞼。
ピクリとも動かない体。
呼吸しているのかさえ怪しい、酸素マスクのつけられた口元。
……心配にならないほうがおかしい。
すぐさま僕はシャルを構えて呼吸を整える。
一度彼女の立方体のピアスを確認して僕は〈浄化の鈴〉を鳴らした。
シャンシャンと鳴り響く鈴の音に、周りにいた医者や看護師が驚いた顔でこちらを見る。
そんなこと気にせず、何度も何度も彼女の為に鳴らす。
鈴鳴は、精神を研ぎ澄ませないと成功しないものなのだから。
「────。」
彼女の耳にある立方体のピアスが薄紫色から見慣れた碧へと変わる頃、それはようやく訪れた。
誰もが願ってやまなかった、“眠り姫”の目覚めの時だ。
「……。」
彼女の指がピクリと動き、医者や周りの者が口を押さえ息を呑む。
そしてその光景をただひたすら見つめていると、きれいな海色の瞳がやっと瞼の下から覗かせた。
「ん……、ね……むぃ……。」
「「「…!!」」」
「そろそろ起きろ。いつまで寝ているつもりだ。この寝坊助が。」
「……んー……。もう…ちょっと……だけ……。」
酸素マスクのせいでくぐもって聞こえた声は、ちゃんと彼女の声であった。
彼女の中のマナ汚染を浄化したにも関わらず、相変わらず眠い様子ではあるが、それでもあんな事を言う彼女は珍しかった。
それ程までに濃度の高い〈薄紫色のマナ〉を浴びたのだろうことがそれから分かる。
……彼女にとって、それが“毒”だと分かってるからこそ、僕は内心悔しい気持ちでいっぱいだった。
もしもあの時、自分がスノウの近くにいたなら…煙の中から押し出してやるなり、庇うなり、少しは違っただろうに、と……そう思ったのだ。
「……。」
『辛そうですね…?いつもならすぐ起きるんですが…。』
「ジューダス。もう少し、その鈴を鳴らして頂戴。」
ハロルドがスノウの様子を見てから、そう僕に命令する。
なにかの確信を得たのだろう、と僕は再び〈浄化の鈴〉を鳴らし、鈴鳴を完成させる。
スノウの様子を時折確認しながら、何かの機械を弄るハロルドは無表情のままただひたすら手元の機械を弄り倒す。
僕はハロルドがやめろと言われるまでは鈴鳴を続けようと思っていたが……、果たしてコレはいつまで続くのだろうか。
「…なーるほど?いいわよ、やめて。」
「どうだった?」
「おそらくだけど、栄養不足も相まって体がだるいんじゃないかしら?マナ自体の反応はとても良いわよ?」
「…まぁ。あのピアスも完全に碧色へと戻ったからな。マナが戻ってるのは間違いないだろうな。」
「少ししたら起きるわよ。────それでなんだけど…アンタ、スノウが起きたらどうするつもり?」
「はぁ?そう言う意味だ。」
「私、この子にちょーーーと用事があるのよね~。アンタがいたら邪魔ってわけじゃないけど…。どうせ、カイルのことも心配してるんでしょ?」
「…。」
「なら、少しこの子を借りたいんだけど?」
「…それはスノウ自身が決めることだ。僕が決めることじゃない。」
「屁理屈ね。本当は一緒に居たくてしょうがないくせに。」
何が言いたいのか、ハロルドはじっと僕の目を見て唇を尖らせた。
そして追い払うかのように僕の方へ手をひらひら振った。
「カイルたちによろしく言っといてー。ちょっと二人でやらなきゃいけないことあるから、とでも言っといてくれればそれでいいから。」
「……二人で何をするつもりだ。」
「アンタ、私を信じられないわけー?この子に対して私がバカ正直に向き合うの、何度も見てきてるでしょ?」
『ハロルドだから心配なんですよ、こっちは。』
「シャルティエ。アンタ、後で覚えておきなさいよ。」
『すみませんっっっっ!!!!なんでも無いので、許してくださぁーーーーい!!!!』
身の危険を感じたシャルが、そのままコアクリスタルを守るシャッターを閉じてしまう。
何も喋らなくなった相棒を深い溜息で見つつ、僕はハロルドの言葉にとりあえず頷くことにした。
二人で何をしないといけなかったのか、何をしようとしてるのか。
とてつもなく気にはなるが、僕が居たのではそれが出来ないのだろう。
厄介払いされたのが腹立たしいが、今はこいつの言うことを聞いておくことにする。
「…スノウがどういうかは知らないが。貸しひとつだからな。」
「ふふん♪ それでいいわよ。」
ハロルドが近くにあった椅子に遠慮なく座ったのを見て、僕は玉座の間に歩を進める。
兵士たちが敬礼をして、道を開けるのを見ながら僕は逸る心を抑え、そしてカイルたちの元へと戻った。
…その時、長い旅の時間が始まる予感がした。
またスノウにしばらく会えないのだと、僕は誰にも知られないように肩を落としたのだった。
___現代・ファンダリア領内、軍事基地跡地
ハッとした僕は慌てて周りを見渡す。
しかし、そこには僕が目当てにしていた人物の姿は無かった。
「ゴホッ!なーによ、あの煙!」
「!!」
あの薄紫色の紫煙…。
確か、ハイデルベルグでも見た事のあるものだった。
何故それをエルレインが持っている?
そして何故それが“彼女”の弱点だと知っている?
尽きぬ疑問ばかりで悩みかけたものの、場の空気を感じとり、僕はカイルを振り返った。
そこには明らかに落ち込んでいる甥の姿があった。
「……ごめんなさい、カイル。今まで言えなくて…。」
「ごめん……。今は何も聞きたくない…。」
「「「……。」」」
周りも心配そうにカイルとリアラを見つめている。
僕は一つ溜息をつき、天を仰いだ。
彼女の心配もだが、それよりも先にこちらをどうにかせねばならないようだ。
「カイル。」
「……?」
「エルレインの奴がこの世界を一度壊そうとしているのは確かだ。このまま何もせず手をこまねいていても、何も変わらない。それこそどうしようもない事実だからな。だからこそお前に問いたい。……リアラの英雄であるお前がどうしたいのか。」
「……。」
俯いて何も言わない甥を、僕は静かに見つめた。
「……ジューダスはどうしたら、いい…と思う?」
「僕が決めるんじゃない。お前自身がどうしたいのか、だ。この世界を、そして自身の隣にいるリアラをお前がどうしたいのか。これは僕も…そして他の者でもない。お前にしか出来ないことだ。……かつての僕がそうだったようにな。」
────“「ころ、して……くれ……。」”
かつて、彼女が苦しそうに……辛そうに、悲しそうにそう零したことがあった。
────“「あぁ、違うな?大事な女を自ら手をかけるのと、大事な女に手をかけられるの…どっちがいい?」”
スノウの中に入り込んだ〈狂気の神〉が僕に嘲笑いながらそう言った事もあった。
世界を……彼女をどうするのかを聞かれて、僕はその時あまりにも未熟すぎていて、彼女を救い出す方法を思いつかなかった。
だが、決して“希望”は捨てなかった。
必ず助ける、と誓っていたのもあるが……何より、愛する彼女を助けたい一心であった。
〝何がなんでも助けたい〟
僕は、彼女を助けるために力を身につけた。
そして彼女を救い出せた。
結果論として功を奏しただけだが、聞けば、なんて戦略の欠片もない無謀な挑戦だったことか。
それでも、彼女を助けだせた。
だからこそ僕はここにいて、彼女の隣にいる。
……今は居ない、がな。
「英雄……。そうだ…!英雄だ!」
甥が何か閃いたのか、そう話す。
顔を上げれば、カイルは僕の方を見て決意を新たにしたようだ。
どうもほかの英雄の話を聞いて決めたいというカイルの言葉に、僕はただ否定はせず頷いておいた。
「だからさ、ジューダス。」
「なんだ。」
「最後…にさ。聞かせてもらってもいい?」
「僕にか?」
「だって!ジューダスもスノウもさ!大英雄なんだよ!……今はスノウがいないから、一緒にいる時に聞かせて欲しいんだ!」
「ふん。僕はなんと言われようが意見は変えん。……だがまぁ、アドバイスくらいならしてやる。それはあいつも同じだろうしな。」
「うん!それで良いよ!」
「じゃあまずはハイデルベルグにおわす、ウッドロウ国王だな!」
ロニが腕を擦り、鼻水を垂らしながらそう話すのを思わずおかしくて鼻で笑えば、奴はこっちを少し睨んできていた。
しかしこの中で本来なら居るはずのメンバーが実際にいないことに気付いたのは、修羅の奴だった。
「……そういえば、ハロルドのやつは?」
「「「え?」」」
全員がその言葉に驚き、周りを見渡す。
そう言われてみると確かにハロルドが見当たらない。
もしかして軍事基地を懐かしんで、辺りを散策しているとかだろうか?
「もしかして……ハロルドも違う時間か、違う場所に飛ばされたのかしら…?」
「いやいや…。あいつ何回も時間移動は経験してるだろ?そん時は何も無かったじゃねえか!」
「…いや、ハロルドは確かここに居たはずだ。だからどこかをブラブラとほっつき歩いているんだろう。」
ロニのやつがやれやれと肩を竦めさせ、ハロルドを探そうとしてるのか出口の方へと歩き出していた。
「おーい!ハロルドー!居たら出てこいよー!」
「ハロルドー!」
ナナリーもリアラもロニの後を追いかけて行ったにもかかわらず、やはりカイルだけは動かなかった。
暫く俯いて、拳をグッと握るとようやくといった形でその重い足を動かし始める。
僕はそれを見届けると、修羅の奴が僕の隣に並んだ。
「…相変わらず、優しく説得はしないんだな。」
「それはあいつの為にもならんだろう?こういうのは素直な言葉で説得するのが定石だ。」
「ほう?その素直さがいつもは欠けている気がするが?」
「そうか?これでもかなり素直になった方だぞ?」
「…まぁ、あんたのその遠慮ない喋り方は、誰が聞いてもそうなんだろうな。……ほんと、スノウの奴、こいつのどこが良いんだか…。」
「聞こえてるぞ。」
僕が奴を睨めば、奴は「はっ!」と嘲笑い、外へと歩き出した。
海琉もまた、奴の後を追っていった。
僕は改めて周囲をぐるりと見渡した後、仲間の元へと歩き出す。
無論、考えないといけないことはたくさんある。
〝エルレインが何故あの〈夢のチカラ〉を持つ道具を持っていたのか〟。
それから〝エルレインがスノウを捕えていた理由〟…。
頭が痛くなってくるような難題は今までにあったが…、ここまでの難題にぶち当たる事となろうとは自分でも思いもしなかった。
それくらい、あの空間での出来事は不思議な事ばかりだった。
実際、エルレインやスノウに出会わないと分からない出来事だから今は何も考えずに先に進むが…、必ず解き明かして見せよう。
また愛おしい人の苦しむ姿を見ない為にも。
「ジューダス!ハロルドいたよ!」
「ふん、居てもらわなければ困る。」
「お待たせ~。な~んか、気になったのよねー。ここの現状が。」
「単体行動に移す前に誰かに言ってから離れるようにしろ。お前も元軍人だろうが。」
「分かってるわよー!」
『絶対分かってないですよ…あれ……。』
「どの口が文句を言うのかしらー?」
『ひっ…』
コアクリスタルのシャッターを閉めてしまった愛剣を見て、僕は深いため息を吐いた。
そしてそんな僕をじっと見てくるハロルドを見て、思わず僕は眉間に皺を寄せる。
何故そんなに見られなければならないのか、想像もつかなかったからだ。
「ふ~ん?あんた、意外と元気そうね。」
「どういう意味だ。」
ハロルドの奴が見つかったからか、向こうではこちらの事など気にしていないようで既に出発の準備をしており、出口に向けて移動し始めているのが見える。
僕は目の前のやつの言葉に足を止めて見遣れば、やつは肩まで両手を上げた。
「そのまんまの意味よ。あんた、スノウの奴がいないといっつも元気なくすから、これでも心配してたってわけ。」
「ふん…。無用な心配だな。」
「そこは有難い、と言っておきなさいよ。この天才科学者であるハロルド・ベルセリオス様のお言葉なんだから!」
「じゃあ、その天才科学者さまに分からないことなど無いというのだな?」
「えぇ、何でも聞いてちょうだい。…どうせ、あの子の事でしょうけど。」
聞き飽きたわよ、と口をとがらせるハロルドに僕は遠慮なく疑問を口にした。
こいつで答えられなかったら、別の方法で探ればいいだけの話だからな。
「…スノウの奴の時間移動時の弊害…。あれは、何とかならないものなのか?」
「それについてだけど。あれは私でも難しい分野の話になるわ。治す、とか完治させる、のであれば相当なチカラを持った物質や物体が手に入らない限り無理よ。それこそ、エルレイン…だっけ?あの人が持っていた〝妙な物体〟のような、不可思議なチカラを持つ物よ。」
「…!」
「それについては、アンタの方が詳しいんじゃないの?あの〝物体〟を見て、一番驚いていたのはアンタなんだから。」
「…よく見ているな。」
「当然よ。場の状況を読めなければ軍人なんて出来ないわよ。」
〈夢の神〉から例の物体の回収を頼まれているだけあって、まさかこんな身近な敵で持っているものが居ようとは思わなかった。
だからあの時、驚いたのだ。
それをハロルドの奴がちゃんと見逃さずに見ていたという事か。
『……場の空気は読めませんけどねー…?』
「何か言ったかしら?シャルティエ。」
『い、いえ!!滅相もありません!!!』
腰の方からガチャと再びシャッターが閉まる音がする。
僕はそれを見つめ、そしてハロルドへと視線を固定させる。
「それさえあれば治せるのか?彼女のあの体質は。」
「ま、長い研究期間が必要になるでしょうけど、無理ではないわね。そして絶対出来るとも確約できないわ。…彼女たちの持つ"マナ"というものは、未だに研究がなされていない分野よ。寧ろあの時発見した私に感謝してほしいくらいよ!」
「マナを多量に含む"モルガナ鉱石"…か。」
「さっき探してみたけど、ここにはなさそうねー。〈ホロウ〉だっけ?あの特殊な魔物に通用するアンタ達の武器、神の眼を壊す際に使ってしまったから作っておきたかったんだけど…これなら無理そーね。」
「現代ではまだ発見されてもいないし、マナ研究は進んでもいない。…例のモルガナ鉱石がなければ研究なんて出来やしないからな。」
「出来るわよー?スノウや他の人の血液さえ取れれば。」
「…。」
僕が侮蔑の視線を向けたせいか、ハロルドが憤慨している。
そしてサッサと向こうに合わせて歩こうとしたハロルドは急に立ち止まると、面倒そうな顔のまま僕を振り返った。
それを「何だ」と言ってやれば、奴は視線を一度別の所へ向けて僕の瞳をじっと見つめた。
「…あの〝物体〟は危険よ。アンタも承知の上でしょうけど、扱いには充分に気を付けなさい。」
「……例の煙を出す物体のことか?」
「それ以外に何があるってのよ。」
「……。」
珍しく奴から注意喚起が来たかと思えば、あの紫煙を出す物体の事。
あれは“夢のチカラ”を発現した物体だ。
人間自体に危害が加わるものが故に、あの神が御使いである僕に回収するように言ってきたシロモノでもある。
僕が渋々あいつの為だと自身に言い聞かせ、あの神に頷いたのが遠い過去のように感じてしまう。
時を超えたり、戻ったりしているから遠く感じてしまうのだろうが……それでも、本当ならばついこの間の事件のはずなのだ。
そして、その例の〝物体〟をこの天才科学者は危険だと言う。
……あの〝天才科学者〟が、だぞ?
それ程までに危険な物だという事が、これで確定してしまったな。
「アンタも色々あって大変でしょーけど。でも、仲間になったこの天才科学者様の有り難~~いお言葉なんだから、ちゃんと肝に銘じておくのよ?」
「ふん!分かっている。」
「そ。なら良いわ。……あと、それから。」
「今度は何だ。」
「…やっぱ、やめておくわ。これはスノウに直接言うことにするわ。」
手をヒラヒラさせながら、今度こそ歩き出したハロルド。
それを追いかけるように僕も小走りに駆け出せば、腰にある愛剣がふわふわと光を映し出した。
『何でしょうか?ハロルドがあんなに言い淀むなんて…。』
「さぁな。スノウの奴に直接言うらしいから、あとから聞けば良いんじゃないか?」
『そう…ですね。……変なことじゃなければ良いですが……、なんか、すっごい嫌な予感がするんです!!』
「ほう?その根拠は?」
『いえ…ただの勘ですが……。なんか嫌な感じがするんですよねぇ…?』
ハロルドと共に仲間たちの待つ軍事基地入り口に到着すれば、全員が僕達が来たのを確認し、ハイデルベルグへと向かいだした。
……あぁ、早く彼女に会いたい。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
___現代・ハイデルベルグ
僕達がハイデルベルグへ到着すると同時に、ハイデルベルグの入り口である門の見張りをしていた門番の兵士が慌てて僕達の方へと駆けてくるのが見える。
何が起きているのか分からない僕達からすれば、その兵士達の行動は奇妙に感じた。
無意識に僕は腰にある愛剣に手を置いたが、どうやら杞憂で終わりそうだ。
「み、皆さん!!お待ちしておりました!!」
「「「「は?」」」」
「モネ様が…!モネ様が…!!!」
「…なんだと?」
『え、モネってことは……スノウの事ですよね?!一体何が…』
門番の兵士たちは僕達に碌な説明もせずに、城へと案内をして去って行った。
カイルもまた、ウッドロウに用事があるからまたとない機会ではあるが、この状況に戸惑う気持ちの方が大きかったようである。
あっという間に僕達は城へと通され、あっという間にウッドロウのいる玉座の間へと辿り着いた。
そこには街中や城の中で感じていた暗い空気がここでも蔓延っているのを、僕は感じたのだった。
「おい。一体何事だ。」
「すまないね、リオン君。そしてカイル君たちも…急に呼び出したりして、さぞ驚いただろう?」
「い、いえ…。それよりもモネ……じゃなくて、スノウがどうかしたんですか?」
カイルが重要なことを聞き出してくれた為、僕は大人しく言葉を噤む。
そしてウッドロウの放つ言葉に身を固めた。
「…およそ1ヶ月前のことだ。急に時空の歪みのようなものがこの玉座の間に現れた。」
「時空の…」
「歪み……??」
「そう。そこからスノウ君が落ちてきたんだ。時空の歪みはここの宙に浮いていたからね。」
「「「「!!!」」」」
「最初は打ちどころが悪かったから気絶しているんだ、と誰もが思ったよ。……だが、」
「……1ヶ月間、目を覚まさなかった…と。」
「流石だね。付き合いの長い君達だからこそ、相手の危機がすぐ分かるのかな?」
「…いや。原因は何となくだが分かっている。だからだな。」
時間移動の直前、確かエルレインから例の〈夢のチカラ〉を持つ物体を近くに投げ込まれていたはずだ。
咳き込んでいたのも聞こえていたし、それによってマナの汚染があった事も何となくだが想像がついていた。
だからこそ、心配だった。
前回の様に、雪の中で倒れていて低体温症になってないか。凍傷になっていないか…。
……死んでないか、心配だったのだから。
到着した場所がここで、本当に良かった。
「で、あいつはどこにいる?」
「今、兵士に案内させよう。あとは頼めるかい?リオン君……いや、今はジューダス君だったね。」
「ふん。あいつの事は僕に任せておけ。」
「あぁ。目覚めの時を待ってるよ。」
「カイル。」
僕は兵士を止め、カイルを振り返った。
あいつに大事なことを伝えないといけないことがある。
「僕はこのままスノウの治療に入る。お前は、その心の疑問を解決するためウッドロウと話をつけろ。…決して奴の一言ひとことを聞き逃すな。分かったな?」
「う、うん!オレ、ウッドロウさんと話してみる!ジューダスも!スノウのことお願い!!」
「無論、そのつもりだ。」
僕が兵士に連れ立って行こうとすると後ろからハロルドの奴が追いかけてきているのがわかる。
一瞬ほど後ろを見たが、すぐに前を向いて兵士の後を追うことにした。
何やら、ハロルドの奴も考えがあるようだったからな。
「ここです。モネ様がお眠りになられてるのは…。」
城の衛生室、又は救護室と書かれた扉をくぐり、僕達が中に入ると医者が僕を見て落ち込んだように俯かせた。
…いや、違うな。申し訳ないといった顔か。
「り、リオン様…。申し訳ありません…。」
「息は?」
「息は、ちゃんとしておられるのですが……。一ヶ月…目を覚まされなくて……。」
ベッドに横たわるスノウの側へと寄り、その手をそっと握ればかなり冷たくなっているのが分かる。
思わず顔を顰めた僕に、医者が説明をしてくれる。
「今我々に出来る、最大限の処置は行なっています。…ですが、栄養も取れず、体も動かせず…。日に日に…モネ様の体が…冷たくなってきていまして……。」
スノウの顔を見れば、元々白い肌が白を通り越して青ざめているようにさえ見えてくる。
それほど、この握った手は……冷たかった。
「…すぐに始めよう。こいつの体が持たないんじゃ意味がない。」
固く閉じられた瞼。
ピクリとも動かない体。
呼吸しているのかさえ怪しい、酸素マスクのつけられた口元。
……心配にならないほうがおかしい。
すぐさま僕はシャルを構えて呼吸を整える。
一度彼女の立方体のピアスを確認して僕は〈浄化の鈴〉を鳴らした。
シャンシャンと鳴り響く鈴の音に、周りにいた医者や看護師が驚いた顔でこちらを見る。
そんなこと気にせず、何度も何度も彼女の為に鳴らす。
鈴鳴は、精神を研ぎ澄ませないと成功しないものなのだから。
「────。」
彼女の耳にある立方体のピアスが薄紫色から見慣れた碧へと変わる頃、それはようやく訪れた。
誰もが願ってやまなかった、“眠り姫”の目覚めの時だ。
「……。」
彼女の指がピクリと動き、医者や周りの者が口を押さえ息を呑む。
そしてその光景をただひたすら見つめていると、きれいな海色の瞳がやっと瞼の下から覗かせた。
「ん……、ね……むぃ……。」
「「「…!!」」」
「そろそろ起きろ。いつまで寝ているつもりだ。この寝坊助が。」
「……んー……。もう…ちょっと……だけ……。」
酸素マスクのせいでくぐもって聞こえた声は、ちゃんと彼女の声であった。
彼女の中のマナ汚染を浄化したにも関わらず、相変わらず眠い様子ではあるが、それでもあんな事を言う彼女は珍しかった。
それ程までに濃度の高い〈薄紫色のマナ〉を浴びたのだろうことがそれから分かる。
……彼女にとって、それが“毒”だと分かってるからこそ、僕は内心悔しい気持ちでいっぱいだった。
もしもあの時、自分がスノウの近くにいたなら…煙の中から押し出してやるなり、庇うなり、少しは違っただろうに、と……そう思ったのだ。
「……。」
『辛そうですね…?いつもならすぐ起きるんですが…。』
「ジューダス。もう少し、その鈴を鳴らして頂戴。」
ハロルドがスノウの様子を見てから、そう僕に命令する。
なにかの確信を得たのだろう、と僕は再び〈浄化の鈴〉を鳴らし、鈴鳴を完成させる。
スノウの様子を時折確認しながら、何かの機械を弄るハロルドは無表情のままただひたすら手元の機械を弄り倒す。
僕はハロルドがやめろと言われるまでは鈴鳴を続けようと思っていたが……、果たしてコレはいつまで続くのだろうか。
「…なーるほど?いいわよ、やめて。」
「どうだった?」
「おそらくだけど、栄養不足も相まって体がだるいんじゃないかしら?マナ自体の反応はとても良いわよ?」
「…まぁ。あのピアスも完全に碧色へと戻ったからな。マナが戻ってるのは間違いないだろうな。」
「少ししたら起きるわよ。────それでなんだけど…アンタ、スノウが起きたらどうするつもり?」
「はぁ?そう言う意味だ。」
「私、この子にちょーーーと用事があるのよね~。アンタがいたら邪魔ってわけじゃないけど…。どうせ、カイルのことも心配してるんでしょ?」
「…。」
「なら、少しこの子を借りたいんだけど?」
「…それはスノウ自身が決めることだ。僕が決めることじゃない。」
「屁理屈ね。本当は一緒に居たくてしょうがないくせに。」
何が言いたいのか、ハロルドはじっと僕の目を見て唇を尖らせた。
そして追い払うかのように僕の方へ手をひらひら振った。
「カイルたちによろしく言っといてー。ちょっと二人でやらなきゃいけないことあるから、とでも言っといてくれればそれでいいから。」
「……二人で何をするつもりだ。」
「アンタ、私を信じられないわけー?この子に対して私がバカ正直に向き合うの、何度も見てきてるでしょ?」
『ハロルドだから心配なんですよ、こっちは。』
「シャルティエ。アンタ、後で覚えておきなさいよ。」
『すみませんっっっっ!!!!なんでも無いので、許してくださぁーーーーい!!!!』
身の危険を感じたシャルが、そのままコアクリスタルを守るシャッターを閉じてしまう。
何も喋らなくなった相棒を深い溜息で見つつ、僕はハロルドの言葉にとりあえず頷くことにした。
二人で何をしないといけなかったのか、何をしようとしてるのか。
とてつもなく気にはなるが、僕が居たのではそれが出来ないのだろう。
厄介払いされたのが腹立たしいが、今はこいつの言うことを聞いておくことにする。
「…スノウがどういうかは知らないが。貸しひとつだからな。」
「ふふん♪ それでいいわよ。」
ハロルドが近くにあった椅子に遠慮なく座ったのを見て、僕は玉座の間に歩を進める。
兵士たちが敬礼をして、道を開けるのを見ながら僕は逸る心を抑え、そしてカイルたちの元へと戻った。
…その時、長い旅の時間が始まる予感がした。
またスノウにしばらく会えないのだと、僕は誰にも知られないように肩を落としたのだった。