第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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119.
___10年後の未来・カルバレイス地方
ようやく船で到着したカルバレイス地方は相変わらずの暑さを誇っており、全員が汗だくとなって船を下りた。
「あちぃ……。」
「流石に……こたえるな…。」
ロニも天を仰ぎながら呆然とそう呟く。
その間にも修羅が探知を行っているが、スノウの反応はない。
暑さという過酷な環境も相まって、苛立ちを隠しもせず舌打ちする修羅を海琉が心配そうに見ていた。
「…ここには居なさそうだな。」
『本当にカルビオラで待ってるんでしょうか?少し心配になってきましたね…。』
そんな会話をしている二人の様子に気付いていない仲間達は、カルビオラへの道へと向かっていく。
ジューダスもまた、不安そうな顔を引き締めさせて仲間たちの元へと歩き出した。
変わらず修羅は時折目を瞑り、探知をしているのか頭に手を置いている。
カイル達もスノウの姿がないか、辺りを見ながら歩いていた……のだが。
「はいはーい。ストップよ、あんた達ー。」
間の抜けた声と共にハロルドが手を挙げて主張する。
仲間たちは何だ何だと、足を止めてハロルドを振り返った。
「こーんな暗い空気の中、あの子を探すなんて無謀すぎ!絶望的すぎ!」
「つっても…なぁ? 他に方法なんてねぇじゃねえか。」
「ふっふーん!こんな事もあろうかと!」
そう言ってハロルドが手を空へと掲げる。
その指には、およそ3cmほどの小さい何かを持っていた。
「……それは?」
「以前、あの子の血液を取った際に作ったものよー?」
「「「血……?」」」
全員がその言葉で身震いをし、腕を擦る。
次は自分かもしれない、そう感じながら各々、鳥肌が立った。
『で。それは一体何なんですか?ハロルド博士?』
「よくぞ聞いてくれたわね!シャルティエ! これは〈星詠み人〉であるスノウの居場所を突き止めるのに必要なカケラなの!」
『えぇ?!そんな事が出来るんですか?!』
「ちなみに。あんたにこの機能を装着しようと思ったけど、大分重量が重くなっちゃって武器としての機能を為さないから、やめておくわ。」
『うえぇ…。それはやめてほしいです…。これ以上の改造は…ちょっと……。』
「ま、あんたならそう言うと思ってたわ。」
ハロルドがその“カケラ”と呼んでいた物を見ながらシャルティエとそう話す。
そしてカバンから小型の機械を手にすると、その“カケラ”をその機械へと装着する。
「あまりにもあんた達が辛気臭いから仕方なくよー?ホントはこれ、もっと違う方法で使う予定だったんだから!……そうなったら、またあの子の血を取らなくちゃね…!グフフフ…!」
「……。」
『……多分、あれ本気ですよ…?絶対、スノウの血をもう一回取ると思います…。』
「あいつの苦悩も、まだまだ続きそうだな。」
暫く機械と格闘していたハロルドだったが、機械から顔を上げて真っ直ぐを見つめる。
その方向はカイル達が向かおうとしていたカルビオラの方向であった。
「なんか、この向こう側って言うの?建物の中にいるみたいよ?」
「この向こうって……」
「丁度、カルビオラの方向だな。」
「じゃあ先に着いてたんだね!」
「……。」
修羅が何かを考え込むようにして、口元に手を置く。
それは不安げな表情で、海琉がそれを見て修羅の服を掴んだ。
「……大丈夫?」
「…何事もなく、無事なら良いけどな。」
「……?」
小さな声を聞き逃さなかったジューダスが不穏な声音を聞き取る。
途端に胸を占める“心配”という感情が溢れてきて、胸が締め付けられるようだった。
「……。」
「さ、行きましょ。こんな所で燻っていてもなんにも変わらないもの。」
ハロルドが機械をカバンの中へと仕舞う。
それを見届けたジューダスは、暫くそのカバンを見つめていたが他の人達がカルビオラへと歩き出したことで、自身も動き出す。
この不安な気持ちを何処にも吐き出せずに。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
____カルバレイス地方・首都カルビオラ
到着したカルビオラの聖地は、しんと静まり返っていた。
まるで、嵐の前の静けさとでも云わんばかりに。
そんな皆の不安を感じ取ったように、再びハロルドがカバンから例の機械を取り出した。
ピロピロと不思議な音を奏でながらその機械を弄ること、早数分。
ハロルドはカルビオラの神殿内を指差しながら、何も飾ることなく皆へと伝える。
その────“不穏な言葉”を。
「あの子、弱ってるわね。中で大分、私達の知らない何かがあったみたいよ?」
「それって…スノウのやつ、大丈夫なのかよ…?!」
「正直、ここまで反応が悪いと嫌な予感しかしないわよ?私達も覚悟を決めて行ったほうが良さそう。」
「…。」
グッと指に力を込めたジューダス。
それを彼の愛剣が心配そうに見つめる。
「行こう!皆!エルレインと…スノウのところへ!」
カイルの言葉にリアラを始めとした全員が頷く。
神殿の中へと駆け出した仲間たちだったが、すぐに前回との違いが分かってしまう。
あまりにも警備が薄い。
そして奥にあった大きなレンズも失くなっている。
「あ、あれ?ここに確か…大きなレンズがあった気がするんだけど…。」
「…いーや?合ってるぜ?カイル。俺もその記憶があるからな。」
「私もよ?」
「僕もだ。」
「なに?ここに神の眼でもあったわけ?」
「あの神の眼ほどの強力なエネルギーを有した物体じゃない。ただのレンズだったはずだが…。」
「ねぇ!奥に隠し通路があるよー?」
ナナリーがレンズのあった場所の近くでそう叫ぶ。
よく見ればナナリーの近くには奥に繋がる道が見える。
カイルが我先にそこの道を進んで行けば、その兄貴分も慌ててその怪しい道を辿っていく。
次にナナリーが続いて、不安そうなリアラまで続けば残りも行くしかない。
修羅が足早にと続くその横では、海琉が警戒しながら歩き出す。
ジューダスが動けずにいると、その背中をハロルドが叩いた。
「そんな不安そうな顔しないの。あの子が見たら心配するわよ?」
「……分かってる。」
『坊ちゃん…。』
「シャルティエまでそんな声したら、誰もが暗くなるじゃない。先に行った人達はあんたの声が届かないかもしれないけど、“聞こえてる人”が聞いたら…どう思うかしらね?」
『…!! そう…ですよね!』
「…さっきの話だが。」
「事実を言ったまでよ。私が、嘘が苦手なことは未来には伝わってないようね。」
「あぁ…そうだな。……そうか。」
「あー!暗い暗い!!ジメジメして雑草が生えそう!」
『それを言うならキノコじゃ…?』
「どっちも草よ。」
『括りが…雑すぎません?』
そんな二人の会話に少しだけ笑みを零したジューダスを見て、二人も笑う。
そして伏し目がちだったジューダスの瞳が、あの怪しい道を映し出す。
もう何も言わない。
ジューダスはその一歩を踏み出せたから。
ハロルドもヤレヤレと肩を竦めながら、彼の後を追う。
そこには困った顔をし尽くした仲間たちと、相変わらずの憂いを帯びた顔をした神の御使いとやらを名乗る女がいた。
「なーにやってんの?」
『ちょ、ハロルド…!空気を壊さないで下さいよ!』
「はぁ?」
ハロルドが辺りを見渡すとそこにはカイル達の言っていた大きなレンズと例の女しかいない。
肝心のスノウがいない事に僅かに目を見開いた。
……果たしてどこに行ったのか、と。
そんなハロルドを置いてけぼりにしながら、どうやらちゃんと話は進んでいるようである。
未来がなくなりかけていること、そしてエルレインの目的の話を仲間たちがしてくれている。
しかしながら、あとに来たハロルドのすぐ目の前にいる仮面の男はそれどころではないようで、頻りに頭をいろんな場所へと忙しく動かしていた。
それを見て、カバンの中から機械を取り出したハロルドはその機械を操作する。
すると面白いことが分かる。
「(確かにこの空間の中にあの子が居るわ…。それも、あの女の近くに…。でも可視化出来てないって事は、何か仕掛けがあるみたいね?…天才科学者さまを舐めんじゃないわよ…!)」
舌を出し、機械を弄くり倒したハロルドは簡易的ソーサラースコープを取り出し、それを空気を読まずに発動させた。
「ポチッとな。」
『またハロルドは…!この神妙な空気を壊して────』
シャルティエの言葉が途切れる。
それもそうだ。
エルレインのすぐ横から、今まで無かった“もの”が出現したのだから。
「…っ!!」
言葉を失ったリアラに続くように他の人の悲鳴じみた声音が続いていく。
「「「スノウっ!?」」」
「あんた、よくやるわね? レンズの力を使って透明迷彩を使用するだなんて。これじゃあ誰もあの子の存在に気付かないはずよ。」
うつ伏せで倒れているスノウの周りをバリアのような薄い青い膜が覆っている。
どうやらそれは、カイル達にも見慣れているブルーレンズのようなものだが…、それらが遠くにあるために、スノウの安否は確認出来ない。
「っ、スノウ!!」
一番スノウの安否を心配していたジューダスが彼女の側へと駆け寄ろうとして、ハロルドに止められる。
我を失ったようにジューダスが手を伸ばしてスノウの方へと行こうとする。
「離せ!?ハロルド!!」
「待ちなさいって言ってんの!あの子に近付けば、あんたが死ぬ事になるのよ!!?」
腕を掴んでいたハロルドだが、どうやら彼女の言葉で我に返ったジューダスがハロルドを振り返る。
ハロルドはゆっくりと説明するように言葉を紡いでいく。
「良い?あの薄ーい青い膜のようなものは、神の眼に等しい力を持ってる。そんな高エネルギーな物体の近くに寄れば、あんたの体が一溜まりもないわよ。それに触れなくても、よ?」
「じゃあどうすればいい?!」
「あれをぶち壊さない事にはどうにもならないわよ。」
「だからどうやって────」
ジューダスとハロルドの話を聞いてか、エルレインが腕を大きく振り、その手をスノウの方へと翳す。
すると、スノウを今にも攻撃しようとする光の槍が出現した。
「お前らが邪魔をすると言うなら容赦はせん。この者の命が惜しければ、今すぐここから立ち去れ。」
「「「っ、」」」
「それか、神の前に跪くが良い。お前らの未来ごと“神のたまご”で葬ってやろう。」
「それがあんたの目的って訳ね。千年前、世界を襲った彗星を出現させてこの世界を壊し、また新たな世界を作り出す、神の真似事をしようってわけ。」
「それしか人間を救う方法はない。ことごとく、お前らに邪魔をされているからな…!」
エルレインは目の前にいたカイルを睨みつける。
それを睨み返したカイルだが、スノウを人質に取られている分、形勢が不利なのは変わらない。
「お前らが私を倒そうとも、何度でも蘇る。私は……いや、そこにいるリアラと私は神の御使いなのだから。」
「なら、オレは……神を倒す!」
「……それがどういう意味を持つか、まだ分からないのか?」
「え?」
「やめて!エルレイン!!」
「神を倒せば、私だけではない……リアラもまた、この世から消えるのだ。」
「……え。ど、どういうこと? さっきの話、ホントなの…?リアラ。」
「…………。」
「お前らでは倒せぬ。神も……私も。」
絶望の顔をしたカイルがリアラを見るも、リアラは辛そうに顔を伏せていた。
ロニやナナリーも辛そうな顔を向ける中、一番始めに動いたのは意外にもエルレインだった。
スノウに向けていた光の槍を、向きを変えてカイルへと差し向ける。
そして容赦なく、鋭く、その体を貫いた。
「っ!!!!?カイルっっ!!!!!」
リアラが悲痛な叫びと共に、血を流し、倒れたカイルの側に寄って急いで回復を施す。
ロニも慌てて回復を施せば、ナナリーや海琉が臨戦態勢へと変わった。
ジューダスが武器を手にして、ハロルドの方を見て顔を険しくさせる。
「ハロルド!アレをどうにかして壊す方法を教えろ!!カイルを回復させるには、スノウの術でないと間に合わん!!!」
「今やってるわよー? でも、時間を稼いでほしいかも。」
『坊ちゃん!』
「ふん。時間稼ぎが必要なら最初からそう言え!!」
『「___エアプレッシャー!!」』
戦いの火蓋を切ったのはジューダスだった。
修羅も武器を手にして、一瞬ほどスノウを見てからエルレインへと攻撃に転じる。
海琉やナナリーも、ハロルドの言葉どおりに時間稼ぎを買って出てくれていた。
「あっちゃー…。これは火力不足だわー。」
「何をブツブツ呟いている!?」
「あんた、そっちに専念しなさいよ。どんだけ余裕があんのよ……。」
カチャカチャと機械を弄るハロルドを標的にしたエルレインを、ジューダスが見逃すはずがない。
すぐさま、シャルを構えて晶術の詠唱を唱える。
「させるか!」
『「___ロックヘキサ!!」』
エルレインの足元より岩が鋭く突出する。
急いでそれを避けたエルレインは、顔を険しくさせてジューダスを見据えた。
「……馬鹿なことを。お前も、スノウ・エルピスも……誰がこの世界へ生き返らせたか、忘れたわけではないだろうに…。」
「僕達は決して諦めない。そして存在がこの時代から消えるとしても、何の後悔もない!!」
「それがお前の思いか。」
「幸せになろうとすれば、幾らでも出来る!だが、今この時、この瞬間は誰にも邪魔出来ないものだ!」
「愚かな。」
カイルを貫いた光の槍がジューダスに襲いかかるも、それを難なく避け、武器を構える。
それを疎ましげにエルレインが見据えた。
「貴様の弱点は分かっている。」
「何…!?」
「“これ”だろう?」
光の槍は再びスノウに向けられ、勢いよくその体を貫こうとする。
それを見てハッとしたジューダスは、急いでスノウの元へ向かおうとして何かを蹴ってしまう。
光の槍がスノウを貫かず、すんでの所で止まったのを見たジューダスは先程蹴ったものを見る。
それを見て、ジューダスは目を丸くさせた。
「(スノウの持っていた小銃…!?何故、こんなところに…?)」
「跪け。さもなければ、この者を殺す。」
「っ、」
『卑怯なっ!?それでも神の〈御使い〉ですか!?』
「言っただろう?私の邪魔をするなら容赦はしない、と。」
ジューダスは武器を落とし、両手を上げながらゆっくりとその場に跪く。
同じく修羅や海琉、ナナリーも武器を落として渋々とその場に膝を着いた。
「もうお前らに勝機などない。故に────帰れ。元の時代へ。そして下される裁きをじっと待つのだ。」
「(くそっ…!ハロルドのやつは…まだか!!)」
「ちょっとー?誰か、強い衝撃与えられるものって無ーい?」
呑気なもので、間延びした声が空間に広がると何人かが目を点にさせてハロルドの方を見る。
「それがあるならあの子の周りのバリアが壊れるんだけどー?」
「っ!それは、どんな物でもいいのか?!」
「あるならねー?」
ジューダスはすぐさま蹴ってしまっていた小銃を手に取り、スノウへと向ける。
いつもスノウがやっているように、トリガーを引けばそれは強いマナを発してスノウへと届く。
しかし、その小銃の的が細いが故にバリアが壊れることは無かった。その代わり…
「う、え…。眠たー…。」
「「!!!」」
“希望”の光が見えた気がした。
仲間が期待してスノウを見ると、目を擦りながら起き上がる姿。
しかしその瞳は、片目だけ違う色をしていた。
「〈薄紫色のマナ〉だと…?!」
『え、え?どういう事でしょう…?!なんで夢の神のマナが?!』
「…眠らされていたのか…!」
スノウが目を擦り終わり、周りを見て目を瞬かせる。
そして焦燥感溢れる顔をさせて、口元に手を当てた。
「…え?どういう状況…???」
「スノウ!!そこから出てこれるか!?カイルのやつが死にそうなんだ!!」
「はっ?!」
慌ててスノウがリアラやロニの方を向く。
倒れたカイルを介抱している2人が見えたのだ。
「げ…?結構まずい状況だというのは、分かったわ…。」
「スノウー?それ壊れないわよー?」
「え?今度はなんの話し…?」
「だーかーらー!その薄い膜のようなやつよ!下手に触れたら手が無くなると思いなさい!」
「へ?そんな危ないものの中に居るの…?私?」
しかし勇者なことで、スノウがその膜のような奴に触れようとして仲間たちから叱咤の声が飛び交う。
肩を竦めさせて手を引っ込めれば、エルレインがスノウの前に立ちはだかった。
「起きたか。」
「いやぁ…、〈薄紫色のマナ〉をどうもありがとう?おかげで眠い、眠い…。」
「あのまま寝ていれば良かったものを。」
「いや、今もまだ眠いよ?まだ中に大量のマナが残ってるしね。」
「なら、何故眠らない?」
「このマナは修行してた分、少し耐性があるからね。眠いけど、完全に寝るまでは無い…………と思いたい。」
少しだけ迷った声音で最後の言葉を紡いだスノウに、エルレインがふっと笑いをこぼす。
そんなエルレインを見て、スノウもまた笑いをこぼした。
「単刀直入に聞くけど……。出してくれないかな?ここから。」
「それは出来ない。」
「ですよねー…?じゃあ、これなら許してくれないかな?」
スノウは小銃で空いた膜の隙間から手を出して、手を翻す。
そして詠唱を唱えた。
「___フルレイズデッド。」
碧の魔法陣が仲間達を包み込み、体力を回復させていく。
それは血を流し、動かなかったカイルまでも回復させる最高峰の術であった。
「……やはり、邪魔立てするか。」
「回復は大事だよ?気絶している仲間がいるなら、余計にね?」
「すぐにまた、戦闘不能にさせればいいだけのこと。」
「おー、怖い怖い…。美人はこれだから怒らせると怖い。」
そんな二人の間にジューダスが入り込み、エルレインを睨みつける。
半円の薄い膜の中にいるスノウは相変わらず座り込んだままそれを見上げるしか出来ず、その広い背中を見つめた。
「レディ…。」
「こいつを倒してお前を助け出す。それだけだ。」
「かっこいいんだけど…。(ここでエルレイン倒されたらまずくね…?)」
暫し悩んだスノウだったが、他の仲間たちが決意を抱いて立ち上がったのを見て、余計に頭を悩ませる。
「ちなみに、君の所の熱心な信徒ってどんな人?あの紫煙を出す煙玉…これ以上広まると困るんだよねぇ…?主に私が。」
「煙玉、だと?」
「そこまで深くは知らない。だが、他にも沢山持っていそうではあった。」
「そっか。で、もう一回聞くけど…ここから出してくれる気は無い?」
「何度聞かれようとも、同じ答えだ。」
「残念だよ。」
スノウが隙間から精一杯手を伸ばし、彼の背中へとそっと手を当てる。
そして唱えた。
「___加速上昇、クイックネス!」
「ふん。」
鼻で返事をしたジューダスは目にも止まらぬ速さで武器を閃かせる。
エルレインが目を見張り、ジューダスを見た。
「あいつの支援さえあれば、お前に負けることなど万に一つもない!」
「__シャープネスオール!」
攻撃力上昇を仲間全体へとかけたスノウは、膜に触れないようにそっと手を戻す。
そこへハロルドが現れ、薄い青い膜をこれでもかと睨みつけた。
「ふむふむ…。ブルーレンズを応用したものね。こんな半円状の小さな薄ーい膜でも神の眼と同等の物が作れるはずだわー。」
「壊せそうかな?ハロルド。」
「私を誰だと思ってんのよ。任せなさい!……ま!それなりの衝撃は覚悟してなさいよー?」
「……え?」
スノウは一瞬目を見張ったが、すぐに顔を青ざめさせ、慌てて詠唱を唱え始める。
それはたまにやる“絶対防御”の魔法────
「___フォースフィールド!!」
膜の中に更なる防御壁という膜を作り出せば、その瞬間、キーーーンという甲高い音が鳴り響き爆発を巻き起こした。
……あと一瞬遅かったら、体が吹き飛んでいたかもしれないほどの威力である。
「ゴホッ!ゴホッ!!ちょ、ちょいとハロルドさんや…?派手にやり過ぎじゃないですかねぇ…?」
「何言ってんのよ。それのお陰であんたが出れたんでしょ?それに……やっぱり少し派手にやらないと私の気が済まないわよ!」
「ゴホッ…。絶対…最後のが本音……。」
煙だたる景色がクリアになる頃、そしてようやくスノウの噎せ返る咳もひと段落した頃にハロルドがニヤリと笑い、煙の中から現れた人物とハイタッチをする。
まぁ、相手は苦笑いではあったが。
「流石、ハロルドだよ。あのバリアを壊せるだなんてね。」
「だから何度も言ってんでしょーが! 私を!誰だと!思ってんのよ!」
「ははっ!感服だよ。大変、恐れ入りましたっと。」
「ほら、今度はあんたの番よ?派手にやっちゃいなさい!」
「一応〈薄紫色のマナ〉に汚染されてはいるけど…、まぁこれなら大丈夫かな?じゃあ、期待通り派手にやりますか。派手に、ね?」
銃杖を構えたスノウは、そのまま仲間達が応戦している敵へと銃杖の先を突きつける。
そしてその銃杖の先は徐々にエネルギーを溜めるかのように光り出していく。
「___百華!」
虹色の細い光線が幾重にもエルレインへと向かっていく。
それをジューダスの攻撃を辛うじて避けていたエルレインが見つけ、顔を険しくさせて瞬間移動にて慌てる形で退避していた。
「…やはりこうなるか。」
そう呟いたエルレインの言葉をジューダスが聞き逃さなかった。
しかしそれが何かを問う前に、カイルを介抱していたリアラが周りに聞こえるように叫び、同時にエルレインがスノウへ向けて何かを投げ込んだのを見てしまう。
「げ?!」
「皆!一度戻るわ!!」
同時に放たれた言葉を聞き逃さなかったジューダスは、慌ててスノウの方を見る。
スノウとハロルドの近くを例の薄紫色の紫煙が覆い、ジューダスは慌てて駆け出した。
しかし悲しくも、それよりも先んじてリアラが両手を組み、祈るようにして願いを込める。
こうして仲間達は、慌ただしく現代へと戻っていくことになったのだった。
さぁ、また“時間移動”の始まりだ。
果たして、スノウはちゃんと現代へと戻れたのだろうか?
___10年後の未来・カルバレイス地方
ようやく船で到着したカルバレイス地方は相変わらずの暑さを誇っており、全員が汗だくとなって船を下りた。
「あちぃ……。」
「流石に……こたえるな…。」
ロニも天を仰ぎながら呆然とそう呟く。
その間にも修羅が探知を行っているが、スノウの反応はない。
暑さという過酷な環境も相まって、苛立ちを隠しもせず舌打ちする修羅を海琉が心配そうに見ていた。
「…ここには居なさそうだな。」
『本当にカルビオラで待ってるんでしょうか?少し心配になってきましたね…。』
そんな会話をしている二人の様子に気付いていない仲間達は、カルビオラへの道へと向かっていく。
ジューダスもまた、不安そうな顔を引き締めさせて仲間たちの元へと歩き出した。
変わらず修羅は時折目を瞑り、探知をしているのか頭に手を置いている。
カイル達もスノウの姿がないか、辺りを見ながら歩いていた……のだが。
「はいはーい。ストップよ、あんた達ー。」
間の抜けた声と共にハロルドが手を挙げて主張する。
仲間たちは何だ何だと、足を止めてハロルドを振り返った。
「こーんな暗い空気の中、あの子を探すなんて無謀すぎ!絶望的すぎ!」
「つっても…なぁ? 他に方法なんてねぇじゃねえか。」
「ふっふーん!こんな事もあろうかと!」
そう言ってハロルドが手を空へと掲げる。
その指には、およそ3cmほどの小さい何かを持っていた。
「……それは?」
「以前、あの子の血液を取った際に作ったものよー?」
「「「血……?」」」
全員がその言葉で身震いをし、腕を擦る。
次は自分かもしれない、そう感じながら各々、鳥肌が立った。
『で。それは一体何なんですか?ハロルド博士?』
「よくぞ聞いてくれたわね!シャルティエ! これは〈星詠み人〉であるスノウの居場所を突き止めるのに必要なカケラなの!」
『えぇ?!そんな事が出来るんですか?!』
「ちなみに。あんたにこの機能を装着しようと思ったけど、大分重量が重くなっちゃって武器としての機能を為さないから、やめておくわ。」
『うえぇ…。それはやめてほしいです…。これ以上の改造は…ちょっと……。』
「ま、あんたならそう言うと思ってたわ。」
ハロルドがその“カケラ”と呼んでいた物を見ながらシャルティエとそう話す。
そしてカバンから小型の機械を手にすると、その“カケラ”をその機械へと装着する。
「あまりにもあんた達が辛気臭いから仕方なくよー?ホントはこれ、もっと違う方法で使う予定だったんだから!……そうなったら、またあの子の血を取らなくちゃね…!グフフフ…!」
「……。」
『……多分、あれ本気ですよ…?絶対、スノウの血をもう一回取ると思います…。』
「あいつの苦悩も、まだまだ続きそうだな。」
暫く機械と格闘していたハロルドだったが、機械から顔を上げて真っ直ぐを見つめる。
その方向はカイル達が向かおうとしていたカルビオラの方向であった。
「なんか、この向こう側って言うの?建物の中にいるみたいよ?」
「この向こうって……」
「丁度、カルビオラの方向だな。」
「じゃあ先に着いてたんだね!」
「……。」
修羅が何かを考え込むようにして、口元に手を置く。
それは不安げな表情で、海琉がそれを見て修羅の服を掴んだ。
「……大丈夫?」
「…何事もなく、無事なら良いけどな。」
「……?」
小さな声を聞き逃さなかったジューダスが不穏な声音を聞き取る。
途端に胸を占める“心配”という感情が溢れてきて、胸が締め付けられるようだった。
「……。」
「さ、行きましょ。こんな所で燻っていてもなんにも変わらないもの。」
ハロルドが機械をカバンの中へと仕舞う。
それを見届けたジューダスは、暫くそのカバンを見つめていたが他の人達がカルビオラへと歩き出したことで、自身も動き出す。
この不安な気持ちを何処にも吐き出せずに。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
____カルバレイス地方・首都カルビオラ
到着したカルビオラの聖地は、しんと静まり返っていた。
まるで、嵐の前の静けさとでも云わんばかりに。
そんな皆の不安を感じ取ったように、再びハロルドがカバンから例の機械を取り出した。
ピロピロと不思議な音を奏でながらその機械を弄ること、早数分。
ハロルドはカルビオラの神殿内を指差しながら、何も飾ることなく皆へと伝える。
その────“不穏な言葉”を。
「あの子、弱ってるわね。中で大分、私達の知らない何かがあったみたいよ?」
「それって…スノウのやつ、大丈夫なのかよ…?!」
「正直、ここまで反応が悪いと嫌な予感しかしないわよ?私達も覚悟を決めて行ったほうが良さそう。」
「…。」
グッと指に力を込めたジューダス。
それを彼の愛剣が心配そうに見つめる。
「行こう!皆!エルレインと…スノウのところへ!」
カイルの言葉にリアラを始めとした全員が頷く。
神殿の中へと駆け出した仲間たちだったが、すぐに前回との違いが分かってしまう。
あまりにも警備が薄い。
そして奥にあった大きなレンズも失くなっている。
「あ、あれ?ここに確か…大きなレンズがあった気がするんだけど…。」
「…いーや?合ってるぜ?カイル。俺もその記憶があるからな。」
「私もよ?」
「僕もだ。」
「なに?ここに神の眼でもあったわけ?」
「あの神の眼ほどの強力なエネルギーを有した物体じゃない。ただのレンズだったはずだが…。」
「ねぇ!奥に隠し通路があるよー?」
ナナリーがレンズのあった場所の近くでそう叫ぶ。
よく見ればナナリーの近くには奥に繋がる道が見える。
カイルが我先にそこの道を進んで行けば、その兄貴分も慌ててその怪しい道を辿っていく。
次にナナリーが続いて、不安そうなリアラまで続けば残りも行くしかない。
修羅が足早にと続くその横では、海琉が警戒しながら歩き出す。
ジューダスが動けずにいると、その背中をハロルドが叩いた。
「そんな不安そうな顔しないの。あの子が見たら心配するわよ?」
「……分かってる。」
『坊ちゃん…。』
「シャルティエまでそんな声したら、誰もが暗くなるじゃない。先に行った人達はあんたの声が届かないかもしれないけど、“聞こえてる人”が聞いたら…どう思うかしらね?」
『…!! そう…ですよね!』
「…さっきの話だが。」
「事実を言ったまでよ。私が、嘘が苦手なことは未来には伝わってないようね。」
「あぁ…そうだな。……そうか。」
「あー!暗い暗い!!ジメジメして雑草が生えそう!」
『それを言うならキノコじゃ…?』
「どっちも草よ。」
『括りが…雑すぎません?』
そんな二人の会話に少しだけ笑みを零したジューダスを見て、二人も笑う。
そして伏し目がちだったジューダスの瞳が、あの怪しい道を映し出す。
もう何も言わない。
ジューダスはその一歩を踏み出せたから。
ハロルドもヤレヤレと肩を竦めながら、彼の後を追う。
そこには困った顔をし尽くした仲間たちと、相変わらずの憂いを帯びた顔をした神の御使いとやらを名乗る女がいた。
「なーにやってんの?」
『ちょ、ハロルド…!空気を壊さないで下さいよ!』
「はぁ?」
ハロルドが辺りを見渡すとそこにはカイル達の言っていた大きなレンズと例の女しかいない。
肝心のスノウがいない事に僅かに目を見開いた。
……果たしてどこに行ったのか、と。
そんなハロルドを置いてけぼりにしながら、どうやらちゃんと話は進んでいるようである。
未来がなくなりかけていること、そしてエルレインの目的の話を仲間たちがしてくれている。
しかしながら、あとに来たハロルドのすぐ目の前にいる仮面の男はそれどころではないようで、頻りに頭をいろんな場所へと忙しく動かしていた。
それを見て、カバンの中から機械を取り出したハロルドはその機械を操作する。
すると面白いことが分かる。
「(確かにこの空間の中にあの子が居るわ…。それも、あの女の近くに…。でも可視化出来てないって事は、何か仕掛けがあるみたいね?…天才科学者さまを舐めんじゃないわよ…!)」
舌を出し、機械を弄くり倒したハロルドは簡易的ソーサラースコープを取り出し、それを空気を読まずに発動させた。
「ポチッとな。」
『またハロルドは…!この神妙な空気を壊して────』
シャルティエの言葉が途切れる。
それもそうだ。
エルレインのすぐ横から、今まで無かった“もの”が出現したのだから。
「…っ!!」
言葉を失ったリアラに続くように他の人の悲鳴じみた声音が続いていく。
「「「スノウっ!?」」」
「あんた、よくやるわね? レンズの力を使って透明迷彩を使用するだなんて。これじゃあ誰もあの子の存在に気付かないはずよ。」
うつ伏せで倒れているスノウの周りをバリアのような薄い青い膜が覆っている。
どうやらそれは、カイル達にも見慣れているブルーレンズのようなものだが…、それらが遠くにあるために、スノウの安否は確認出来ない。
「っ、スノウ!!」
一番スノウの安否を心配していたジューダスが彼女の側へと駆け寄ろうとして、ハロルドに止められる。
我を失ったようにジューダスが手を伸ばしてスノウの方へと行こうとする。
「離せ!?ハロルド!!」
「待ちなさいって言ってんの!あの子に近付けば、あんたが死ぬ事になるのよ!!?」
腕を掴んでいたハロルドだが、どうやら彼女の言葉で我に返ったジューダスがハロルドを振り返る。
ハロルドはゆっくりと説明するように言葉を紡いでいく。
「良い?あの薄ーい青い膜のようなものは、神の眼に等しい力を持ってる。そんな高エネルギーな物体の近くに寄れば、あんたの体が一溜まりもないわよ。それに触れなくても、よ?」
「じゃあどうすればいい?!」
「あれをぶち壊さない事にはどうにもならないわよ。」
「だからどうやって────」
ジューダスとハロルドの話を聞いてか、エルレインが腕を大きく振り、その手をスノウの方へと翳す。
すると、スノウを今にも攻撃しようとする光の槍が出現した。
「お前らが邪魔をすると言うなら容赦はせん。この者の命が惜しければ、今すぐここから立ち去れ。」
「「「っ、」」」
「それか、神の前に跪くが良い。お前らの未来ごと“神のたまご”で葬ってやろう。」
「それがあんたの目的って訳ね。千年前、世界を襲った彗星を出現させてこの世界を壊し、また新たな世界を作り出す、神の真似事をしようってわけ。」
「それしか人間を救う方法はない。ことごとく、お前らに邪魔をされているからな…!」
エルレインは目の前にいたカイルを睨みつける。
それを睨み返したカイルだが、スノウを人質に取られている分、形勢が不利なのは変わらない。
「お前らが私を倒そうとも、何度でも蘇る。私は……いや、そこにいるリアラと私は神の御使いなのだから。」
「なら、オレは……神を倒す!」
「……それがどういう意味を持つか、まだ分からないのか?」
「え?」
「やめて!エルレイン!!」
「神を倒せば、私だけではない……リアラもまた、この世から消えるのだ。」
「……え。ど、どういうこと? さっきの話、ホントなの…?リアラ。」
「…………。」
「お前らでは倒せぬ。神も……私も。」
絶望の顔をしたカイルがリアラを見るも、リアラは辛そうに顔を伏せていた。
ロニやナナリーも辛そうな顔を向ける中、一番始めに動いたのは意外にもエルレインだった。
スノウに向けていた光の槍を、向きを変えてカイルへと差し向ける。
そして容赦なく、鋭く、その体を貫いた。
「っ!!!!?カイルっっ!!!!!」
リアラが悲痛な叫びと共に、血を流し、倒れたカイルの側に寄って急いで回復を施す。
ロニも慌てて回復を施せば、ナナリーや海琉が臨戦態勢へと変わった。
ジューダスが武器を手にして、ハロルドの方を見て顔を険しくさせる。
「ハロルド!アレをどうにかして壊す方法を教えろ!!カイルを回復させるには、スノウの術でないと間に合わん!!!」
「今やってるわよー? でも、時間を稼いでほしいかも。」
『坊ちゃん!』
「ふん。時間稼ぎが必要なら最初からそう言え!!」
『「___エアプレッシャー!!」』
戦いの火蓋を切ったのはジューダスだった。
修羅も武器を手にして、一瞬ほどスノウを見てからエルレインへと攻撃に転じる。
海琉やナナリーも、ハロルドの言葉どおりに時間稼ぎを買って出てくれていた。
「あっちゃー…。これは火力不足だわー。」
「何をブツブツ呟いている!?」
「あんた、そっちに専念しなさいよ。どんだけ余裕があんのよ……。」
カチャカチャと機械を弄るハロルドを標的にしたエルレインを、ジューダスが見逃すはずがない。
すぐさま、シャルを構えて晶術の詠唱を唱える。
「させるか!」
『「___ロックヘキサ!!」』
エルレインの足元より岩が鋭く突出する。
急いでそれを避けたエルレインは、顔を険しくさせてジューダスを見据えた。
「……馬鹿なことを。お前も、スノウ・エルピスも……誰がこの世界へ生き返らせたか、忘れたわけではないだろうに…。」
「僕達は決して諦めない。そして存在がこの時代から消えるとしても、何の後悔もない!!」
「それがお前の思いか。」
「幸せになろうとすれば、幾らでも出来る!だが、今この時、この瞬間は誰にも邪魔出来ないものだ!」
「愚かな。」
カイルを貫いた光の槍がジューダスに襲いかかるも、それを難なく避け、武器を構える。
それを疎ましげにエルレインが見据えた。
「貴様の弱点は分かっている。」
「何…!?」
「“これ”だろう?」
光の槍は再びスノウに向けられ、勢いよくその体を貫こうとする。
それを見てハッとしたジューダスは、急いでスノウの元へ向かおうとして何かを蹴ってしまう。
光の槍がスノウを貫かず、すんでの所で止まったのを見たジューダスは先程蹴ったものを見る。
それを見て、ジューダスは目を丸くさせた。
「(スノウの持っていた小銃…!?何故、こんなところに…?)」
「跪け。さもなければ、この者を殺す。」
「っ、」
『卑怯なっ!?それでも神の〈御使い〉ですか!?』
「言っただろう?私の邪魔をするなら容赦はしない、と。」
ジューダスは武器を落とし、両手を上げながらゆっくりとその場に跪く。
同じく修羅や海琉、ナナリーも武器を落として渋々とその場に膝を着いた。
「もうお前らに勝機などない。故に────帰れ。元の時代へ。そして下される裁きをじっと待つのだ。」
「(くそっ…!ハロルドのやつは…まだか!!)」
「ちょっとー?誰か、強い衝撃与えられるものって無ーい?」
呑気なもので、間延びした声が空間に広がると何人かが目を点にさせてハロルドの方を見る。
「それがあるならあの子の周りのバリアが壊れるんだけどー?」
「っ!それは、どんな物でもいいのか?!」
「あるならねー?」
ジューダスはすぐさま蹴ってしまっていた小銃を手に取り、スノウへと向ける。
いつもスノウがやっているように、トリガーを引けばそれは強いマナを発してスノウへと届く。
しかし、その小銃の的が細いが故にバリアが壊れることは無かった。その代わり…
「う、え…。眠たー…。」
「「!!!」」
“希望”の光が見えた気がした。
仲間が期待してスノウを見ると、目を擦りながら起き上がる姿。
しかしその瞳は、片目だけ違う色をしていた。
「〈薄紫色のマナ〉だと…?!」
『え、え?どういう事でしょう…?!なんで夢の神のマナが?!』
「…眠らされていたのか…!」
スノウが目を擦り終わり、周りを見て目を瞬かせる。
そして焦燥感溢れる顔をさせて、口元に手を当てた。
「…え?どういう状況…???」
「スノウ!!そこから出てこれるか!?カイルのやつが死にそうなんだ!!」
「はっ?!」
慌ててスノウがリアラやロニの方を向く。
倒れたカイルを介抱している2人が見えたのだ。
「げ…?結構まずい状況だというのは、分かったわ…。」
「スノウー?それ壊れないわよー?」
「え?今度はなんの話し…?」
「だーかーらー!その薄い膜のようなやつよ!下手に触れたら手が無くなると思いなさい!」
「へ?そんな危ないものの中に居るの…?私?」
しかし勇者なことで、スノウがその膜のような奴に触れようとして仲間たちから叱咤の声が飛び交う。
肩を竦めさせて手を引っ込めれば、エルレインがスノウの前に立ちはだかった。
「起きたか。」
「いやぁ…、〈薄紫色のマナ〉をどうもありがとう?おかげで眠い、眠い…。」
「あのまま寝ていれば良かったものを。」
「いや、今もまだ眠いよ?まだ中に大量のマナが残ってるしね。」
「なら、何故眠らない?」
「このマナは修行してた分、少し耐性があるからね。眠いけど、完全に寝るまでは無い…………と思いたい。」
少しだけ迷った声音で最後の言葉を紡いだスノウに、エルレインがふっと笑いをこぼす。
そんなエルレインを見て、スノウもまた笑いをこぼした。
「単刀直入に聞くけど……。出してくれないかな?ここから。」
「それは出来ない。」
「ですよねー…?じゃあ、これなら許してくれないかな?」
スノウは小銃で空いた膜の隙間から手を出して、手を翻す。
そして詠唱を唱えた。
「___フルレイズデッド。」
碧の魔法陣が仲間達を包み込み、体力を回復させていく。
それは血を流し、動かなかったカイルまでも回復させる最高峰の術であった。
「……やはり、邪魔立てするか。」
「回復は大事だよ?気絶している仲間がいるなら、余計にね?」
「すぐにまた、戦闘不能にさせればいいだけのこと。」
「おー、怖い怖い…。美人はこれだから怒らせると怖い。」
そんな二人の間にジューダスが入り込み、エルレインを睨みつける。
半円の薄い膜の中にいるスノウは相変わらず座り込んだままそれを見上げるしか出来ず、その広い背中を見つめた。
「レディ…。」
「こいつを倒してお前を助け出す。それだけだ。」
「かっこいいんだけど…。(ここでエルレイン倒されたらまずくね…?)」
暫し悩んだスノウだったが、他の仲間たちが決意を抱いて立ち上がったのを見て、余計に頭を悩ませる。
「ちなみに、君の所の熱心な信徒ってどんな人?あの紫煙を出す煙玉…これ以上広まると困るんだよねぇ…?主に私が。」
「煙玉、だと?」
「そこまで深くは知らない。だが、他にも沢山持っていそうではあった。」
「そっか。で、もう一回聞くけど…ここから出してくれる気は無い?」
「何度聞かれようとも、同じ答えだ。」
「残念だよ。」
スノウが隙間から精一杯手を伸ばし、彼の背中へとそっと手を当てる。
そして唱えた。
「___加速上昇、クイックネス!」
「ふん。」
鼻で返事をしたジューダスは目にも止まらぬ速さで武器を閃かせる。
エルレインが目を見張り、ジューダスを見た。
「あいつの支援さえあれば、お前に負けることなど万に一つもない!」
「__シャープネスオール!」
攻撃力上昇を仲間全体へとかけたスノウは、膜に触れないようにそっと手を戻す。
そこへハロルドが現れ、薄い青い膜をこれでもかと睨みつけた。
「ふむふむ…。ブルーレンズを応用したものね。こんな半円状の小さな薄ーい膜でも神の眼と同等の物が作れるはずだわー。」
「壊せそうかな?ハロルド。」
「私を誰だと思ってんのよ。任せなさい!……ま!それなりの衝撃は覚悟してなさいよー?」
「……え?」
スノウは一瞬目を見張ったが、すぐに顔を青ざめさせ、慌てて詠唱を唱え始める。
それはたまにやる“絶対防御”の魔法────
「___フォースフィールド!!」
膜の中に更なる防御壁という膜を作り出せば、その瞬間、キーーーンという甲高い音が鳴り響き爆発を巻き起こした。
……あと一瞬遅かったら、体が吹き飛んでいたかもしれないほどの威力である。
「ゴホッ!ゴホッ!!ちょ、ちょいとハロルドさんや…?派手にやり過ぎじゃないですかねぇ…?」
「何言ってんのよ。それのお陰であんたが出れたんでしょ?それに……やっぱり少し派手にやらないと私の気が済まないわよ!」
「ゴホッ…。絶対…最後のが本音……。」
煙だたる景色がクリアになる頃、そしてようやくスノウの噎せ返る咳もひと段落した頃にハロルドがニヤリと笑い、煙の中から現れた人物とハイタッチをする。
まぁ、相手は苦笑いではあったが。
「流石、ハロルドだよ。あのバリアを壊せるだなんてね。」
「だから何度も言ってんでしょーが! 私を!誰だと!思ってんのよ!」
「ははっ!感服だよ。大変、恐れ入りましたっと。」
「ほら、今度はあんたの番よ?派手にやっちゃいなさい!」
「一応〈薄紫色のマナ〉に汚染されてはいるけど…、まぁこれなら大丈夫かな?じゃあ、期待通り派手にやりますか。派手に、ね?」
銃杖を構えたスノウは、そのまま仲間達が応戦している敵へと銃杖の先を突きつける。
そしてその銃杖の先は徐々にエネルギーを溜めるかのように光り出していく。
「___百華!」
虹色の細い光線が幾重にもエルレインへと向かっていく。
それをジューダスの攻撃を辛うじて避けていたエルレインが見つけ、顔を険しくさせて瞬間移動にて慌てる形で退避していた。
「…やはりこうなるか。」
そう呟いたエルレインの言葉をジューダスが聞き逃さなかった。
しかしそれが何かを問う前に、カイルを介抱していたリアラが周りに聞こえるように叫び、同時にエルレインがスノウへ向けて何かを投げ込んだのを見てしまう。
「げ?!」
「皆!一度戻るわ!!」
同時に放たれた言葉を聞き逃さなかったジューダスは、慌ててスノウの方を見る。
スノウとハロルドの近くを例の薄紫色の紫煙が覆い、ジューダスは慌てて駆け出した。
しかし悲しくも、それよりも先んじてリアラが両手を組み、祈るようにして願いを込める。
こうして仲間達は、慌ただしく現代へと戻っていくことになったのだった。
さぁ、また“時間移動”の始まりだ。
果たして、スノウはちゃんと現代へと戻れたのだろうか?