第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
118.
スノウ達がエニグマの店の外へと出ると、急に目の前が火の海と化す。
ハイデルベルグの街並みが燃えていた。
しかし、それもほんの一瞬の出来事で、すぐにその光景は消えていつものハイデルベルグの街並みへと戻っていた。
「今のは……。」
「……。」
スノウが俯いて、ギュッとジューダスから貰ったネックレスを握る。
その様子を見ていたジューダスが心配そうに声を掛ける。
「…大丈夫そうか?」
「うん……。(もう…来てしまったんだね…。この時が…。分かってたはずなのに…いざこの時が来てしまうと……やっぱり少し怖い…。レディと……大切な人との別れがすぐそこまで来てる、と知らせてくれているみたいで…。)」
心配で、スノウの顔を覗き込もうとしたジューダスだったが、それは杞憂に終わる。
スノウが決意を宿した瞳でジューダスを見上げたからだ。
「……レディ、行こう。」
「何処へ?」
「恐らく、ハロルドが何かを感知してるはずだよ。だから……今回の場合は宿屋かな?」
原作ならば城の中だったが、今回ばかりはそうもいかない。
誰も城で寝泊まりなんてしていないのだから。
スノウはひとつ笑って、更にはわざとらしく大きくため息をついて、ジューダスよりも前に出る。
「あーあ。武器のメンテナンス行きたかったのになぁ?」
ジューダスの方を見ずにそう話したスノウは、そのまま宿屋へと歩き出そうとする。
しかし、その腕を取られて後ろへ引っ張られてしまい、危うく転びそうになってしまったが、それをジューダスが力強く支えた。
「…悪い癖だな。」
「??」
「誤魔化し方が下手だと言っているんだ。…馬鹿者。」
「えぇ?」
これが昔だったら、きっとスノウは何事もなかったかのようにポーカーフェイスを貼り付け、取り繕っていただろう。
しかし今回は諦めた様に苦笑いをして、ジューダスの逞しい腕にそっと触れていた。
「レディ。今は緊急事態だから、後で話すよ。……“君との時間、大切にしたい”から。」
「…絶対だぞ。」
離れた腕に寂しさを感じながら、スノウは振り返ってジューダスの顔を見上げる。
……また少しだけ、彼の身長が伸びている気がした。
「おーい!二人とも!」
ロニの声と共にふたつの足音がする。
声の方向を向けば、声の主であるロニの他に、ナナリーも慌てた様子でこちらへと駆け寄ってきていた。
「ハロルドのやつが皆を集めてくれってさー!」
「宿屋に急ごうぜ。」
ジューダスが二人の言葉に目を丸くし、スノウを盗み見る。
そして全てを悟ったのだ。
“〈星詠み人〉の知る物語とやらが、進んだのだ”…と。
「分かった。急いで向かおう。」
『こんな時に何でしょうねぇ…?悪いことじゃなければ良いですが…。』
「さぁな。……まぁ、こいつは内容を知っているようだが…話す気は無いんだろう?」
「行けば分かるよ。さっき見た不穏な光景も、ハロルドが説明してくれる。」
『それじゃあ…もしかして……』
「うん。ようやく“先へ進めそう”だね?」
スノウが頷き、シャルティエのコアクリスタルを見る。
そこには少し不安そうに光を灯すシャルティエがいた。
スノウは大丈夫だと笑顔を見せ、ロニ達の後を追って行く。
ジューダスもまた、それを追いかけるようにして走り出したのだった。
___現代・ハイデルベルグ内、宿屋
四人が宿屋へと到着すれば、カイル達や修羅達もハロルドの近くで四人の到着を待っている所だった。
「連れてきたぜ」と話したロニも、宿屋に入った途端体を震わせて、寒い寒いと言いながら腕を摩っていた。
どうやら今日は特に冷え込むらしい。
そんなロニの横を普通に通り過ぎるナナリーも宿屋に入った途端、鼻が赤くなっていた。
「で、ハロルド。話って?」
カイルが話題を切り出し、首を傾げさせる。
その隣では不安そうな顔でリアラが俯いていた。
「単刀直入に言うわねー。あんた達…と言っても私もなんだけど。どの道、このままだと人類は消えるわよ。」
「「「「『「はぁ?」』」」」」
「ふふっ…。」
「ま、この反応が普通なんだろうけどな?」
修羅とスノウはお互いに見て、苦笑いを零す。
未来を知っている〈星詠み人〉には別に驚きも何もないのだが、今回は当事者である分、緊張感は若干持ちつつある。
スノウも修羅も、そんな皆の様子を腕を組みながら聞くことにした。
「だーかーら!人類は滅亡するって言ってんの!」
「その根拠は?」
「詳しく言うなら、私のHTMちゃんが時間軸の歪みを探知した事、そして同時にエントロピーが異常なまでに膨れ上がっちゃって…………まぁ、つまり。未来がなくなりかけてるのよ。」
カイルやロニの顔を見て、説明を諦めたハロルドが最後要約してくれる。
その事実が事実だけに、誰もが言葉を交わさずに黙り込んでしまった。
それに助け舟をするべく、修羅とスノウが言葉を紡いでいく。
「まぁ、ヤバい話だけどな。けど、我らが天才科学者様ならどうしたらいいか、結果論も言ってくれるんだろ?」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってんのよ。」
「ははっ!流石ハロルドだね?」
「ふっふーん♪もっともーーっと!褒め称えてくれていいのよ?」
「いやいやいやいや……。何でお前ら、そんなに能天気に会話出来んだよ…。俺たち人類が、絶滅するかもしれねぇんだぜ?」
「クスクス…!俺らがどんな奴らだったか、忘れた訳じゃないだろ?」
『そ、そうか!〈星詠み人〉は未来を知ってる…!二人が慌ててないってことは…!?』
「未来を知っている〈星詠み人〉だろうが、期待しない方がいい。過去にも未来が変わっていたことがあるだろうが。」
「そう、なのか……。」
ロニがあからさまに肩を落とす。
その隣で優しいナナリーが、そっとロニの肩に手を置いてあげていた。
それはそれはもう、大きく頷きながら。
「未来の事は勿論誰にも分からない。だって、皆と紡いできた物語だもんね?」
「俺たちが入った事で既に未来は変わってる。だから勿論ハロルドの言う事も現実味を帯びているが…悲観的になるのはまだ早いんじゃないか?」
二人は笑顔で皆へと説得の言葉を投げ掛ける。
すると、徐々に皆の顔が曇り空から晴れ間へと変わっていった。
そして隣にいる仲間を見ては大きく頷いて、笑顔になった。
「さて。話の続き、いいかしらん?」
「うん!ハロルド、お願い!」
「なるべく良い話にしてくれよ?」
「ここは、ハロルドの奴を信じようじゃないか!」
仲間たちのその様子にスノウも修羅も、安心したように嘆息させた。
「そうねぇ…?私の見立てだと約10年後。世界は無くなるわ。」
「もしかして…エルレインが……?!」
「10年後の世界で何をしようとしてんだい?あの人。」
「世界を消そうとしてるのかもよー?まぁ、本人じゃないとわかんない話だけどねー。」
「物騒な話だな。」
『何で、10年後なんでしょうか?』
「確か……神が降臨したのが今から10年後だったな?リアラ。」
「えぇ…。でも、世界を消すだなんて…。」
リアラが動揺したように瞳を揺らして、視線を逸らせる。
『…段々、壮大な話になってきましたよねー…?』
震え声でシャルティエがそう話せば、ジューダスがそれを聞いて鼻であしらった。
その瞳は、少し遠くを見つめているようだった。
元々ジューダスやスノウは、“神”というものに仕えている身でもあるため、壮大だろうがなんだろうがやはり厄介事に巻き込まれる体質なのだな、と実感していたからだった。
自分達に平和が訪れる日が来るのか。
それを思いながらジューダスは、仲間の言葉に耳を傾ける。
どうやら話は10年後に行って、エルレインと出会い、直接話を聞くといったもの。
そうなると、ジューダスにとって一番心配なのは……彼女だった。
時空間移動となる度に、彼女だけは行方不明となるのだからシャレにならない。
ジューダスは心配な顔をしてスノウを盗み見た。
しかしそんな彼女は、ジューダスのその思いなど微塵も分かっちゃいない。
修羅とコソコソと話をしては、お互いに何かを伝え合っていた。
お互いに耳打ちしては何かを話しているそれが、ジューダスには気になって仕方がなかった。
「皆、集まって!10年後のストレイライズ大神殿へ移動するわ!」
そんなリアラの言葉にようやく密談を終わらせた二人が、リアラへと近づいていく。
ジューダスはそのままスノウへ近付いて、その手をそっと握った。
一瞬目を丸くさせた彼女だったが、それがどういう意味なのかすぐに理解したようで、強く握り返していた。
「……また、違う所に飛んでたら…ごめんね?」
「はぁ…。お前のそれはもう、どうしようもないからな。」
『あ…そっか。スノウはいつも迷子になるんでしたね…。』
「どういう訳か、ね?この体質が治ったら一番楽なんだけど…そういう訳にも行かないみたいだね。だから先に謝っておくよ。ごめん。」
「何処にお前が居ようが、必ず探し出してみせる。だから、そんなに案ずるな。余計に変な所に飛ばされるような拗らせ方をされると面倒だ。」
『二人とも!時間移動するみたいです!』
「────待ってるから。」
そう言って仲間たちは時間移動をした。
10年後のストレイライズ大神殿に到着したのは、カイル達いつものメンバーと修羅、そして海琉だけだった。
やはり肝心の人物は見当たらなかったのだった。
「あ、あれ?スノウは?」
「まーたいつもの迷子かぁ?」
「何?あの子、そんな変な体質持ちだったの?」
「あぁ、毎度毎度…困ったものだ。」
今話題の人物が居ないことをいいことに、全員が慣れた様子でため息をついていく。
まぁ、一番困っているのはリアラだが。
「いつもスノウだけ…。どうしてかしら?」
「気にするな。いつもの事だろう?」
『スノウもきっと今頃困ってますよ?それか、まだこの時代に到着してないか…。』
「俺がずっとスノウの事を探知してる。だから、あんた達は遠慮なく進んでいていい。」
「うん!スノウは修羅に任せるね!」
「……。」
先程まで握っていたスノウの手。
もうその仄かな温かさが消えてしまった事に名残惜しさを感じるジューダスは、暫し自分の手を見つめていた。
そして決意を抱くかのように、ギュッと握り締めた。
「……急ぐぞ!早い所解決しないことには、あいつも不安だろうしな。」
「「「「「うん!/あぁ!」」」」」
カイル達はそのままストレイライズ大神殿を進んでいく。
しかし、肝心のエルレインは何処にも見当たらなかった。
信者曰く、今はカルビオラの方にいるというので全員が船を乗り継ぐことになった。
「……。」
「……いる?」
「……いや、居ないな。一体どこに行ったんだ?スノウは。」
修羅がずっと探知のために目を閉じていたが、海琉が話しかけてきたことで目を開け、そう答える。
そんな二人へジューダスも近付いて、険しい顔を隠しもせずに話し掛けた。
「あいつは?」
「探知してるが…全くだな。こうなると厄介だ。向こうも移動を繰り返してるだろうしな。」
「……心配。」
「そうだな。それか、案外スノウの事だからカルビオラで俺たちの事を待ってたりしてな?」
「それなら探す手間が省ける。…だが、カルビオラのあるカルバレイス地方は奴らの本拠地だ。〈赤眼の蜘蛛〉に捕まってないとも限らん。」
『うげ…。それだけは勘弁して欲しいですね…!?ただでさえ、あそこには嫌な事しかないのに!!』
シャルティエが苦い思い出を思い出しながら苦言を呈する。
しかしそんな二人に修羅が首を横に振って否定を表した。
「それは無い…と断言も出来ないが……、それでも〈赤眼の蜘蛛〉の奴ら…それこそ、アーサーの奴が今もまだスノウの事を狙ってる可能性は低いと思うぜ?」
「何故だ?あいつら、しつこいまでにスノウの事をつけ狙うじゃないか。」
「今は〈赤眼の蜘蛛〉にとって、大事な時期だしな。それを易々と手放すとは思えない。スノウを捕まえるのは奴らにとっていつでも出来る。だが、この時を逃すと……大損害だからな。」
「……??」
『大損害…?』
海琉でさえもその話は初めて聞くのか、修羅の隣で首を傾げていた。
「分からんな。なら、何故あそこまでスノウの事を欲する?奴ら、何がなんでもスノウを捕らえようと色んな策を講じてくるじゃないか。」
「まぁ……あそこまで珍しいタイプの〈星詠み人〉が〈赤眼の蜘蛛〉にいないから、研究材料としても見てるんだろうな。後は、アーサーの奴がたまに言う“神”とかいうやつの命令か…。」
「……〈狂気の神〉か。……そうだったな。あいつの体は〈狂気の神〉にとってかなり良いと言っていたしな。それもあるのかもしれんな。」
船の上でそんな話をしていると、カイル達までやって来て話に参加する。
船酔いが酷くなってきたジューダスは船室に入り、その他は話や別のことをして各々船旅を順調に終えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
___10年後の未来・カルビオラ
「おっと…。……って、えぇ…?」
時間移動で到着したスノウは周りを見て困りきった顔をした。
何故なら、目の前には皆の目的の人物であるエルレイン、その人が居たのだから。
「……やはり来たか。」
「えっと……皆は…来てないですよねー…?…まじか……。」
頭を抱えてスノウはその場にしゃがみこむ。
よりにもよって、この場所の、この時間軸に飛んで来るなんてついてない。
周りには仲間達の姿もない。
よって、今味方は誰もいない。
「…ですよねー……?」
もう一度愕然とした声でそう呟いたスノウを見て、エルレインが少しだけおかしそうに笑った。
それを聞いて、スノウが目を丸くしてエルレインを見上げる。
「…驚いたね。あなたが笑うだなんて。」
「……。」
途端に口を閉ざして、いつもの憂いた表情へ変わったエルレインを見たスノウ。
大きくため息をついて、スノウはそのまま立ち上がった。
「笑っていた方が美人だと思うけどね?」
「……。」
「…ははっ。残念だ。」
もう彼女は笑わないだろう。
スノウは残念な気持ちを込めて、嘆息すると肩を竦めさせた。
「皆が来るまで世間話も良いけど…。」
「また、お前らは私の邪魔をしに来たのか?」
「邪魔…というか。本人にことの次第を聞きに来ただけだよ。皆が来れば分かる。」
「それを、邪魔しに来たと言うのではないか?」
「……ごもっともで。」
言えば言うほど墓穴を掘る気がして、スノウは諦めて辺りを見渡した。
以前ここ、カルビオラへ来た時には最奥に行く道は大きなレンズによって遮られていた。
その大きなレンズは現在、エルレインの後ろに佇んでいる。
……まるで、神の眼のように。
神の眼のあれほど強力なレンズ機構ではないにしろ、大きなレンズは力を持つ。
スノウはその大きなレンズを目を細めて見上げた。
「ほー…?」
「……〈星詠み人〉でも、レンズに興味があるのか?」
意外にも向こうは世間話に乗ってくれるらしい。
スノウはエルレインをチラと見て、また視線を大きなレンズへと戻した。
「すこぶる興味があるね。自分に敵わない分野・領域だからこそ、興味をそそられると言っても過言じゃないかもね?」
「彗星の力を宿したレンズは、何にでも使える。……そう、何にでも、だ。」
「えらく溜めるね?そして、それを聞くとレンズは万能にも聞こえる。」
「そうだ。レンズの力は“神”に等しき力…。その“神”に等しき力を別の形で有するお前は、稀有な存在だ。」
「ははっ。ありがとう?」
褒められたのか、褒められてないのか分からなかったが、取り敢えずお礼を言っておくスノウ。
しかしエルレインは険しい顔をさせたまま、スノウを見つめた。
「だからこそ、不思議なことだ。同じ“神”の〈御使い〉であるお前が、何故、〈御使い〉である私の邪魔をするのかが。」
「うーん。やっぱり持ってる正義の違いかな?あなたはあなたの正義があって……そして、私も私で、違う正義がある。だから衝突するんじゃないかな?」
それは、人間の永遠のテーマなのかもしれない。
自分の中にある信念や正義が違えば、人はその“正義”を異質と捉える。
だからこそ、争いが絶えないのだと思うし、分かり合えないこともある。
だからこそ、人は会話という形で争いを収めようとする。
「最後に聞きたい。」
「ん?」
「やはりお前は、こちら側に来る気はないのか…?」
「うん。悪いとは思ってるけど、私にも譲れない想いがあるから。」
「そうか。」
スノウがエルレインを見て笑顔を見せた。
その瞬間、スノウとエルレインの足元から煙が発生して、辺りに充満する。
咄嗟に後退したスノウは気付いてしまう。
その煙はつい最近見た事のある物だと。
「〈薄紫色のマナ〉…?! それに、この紫煙は…!」
余りにもこの間の事と酷似している。
腕を口の前にやり、煙を吸わないようにしたが、煙などどんな隙間からでも入ってくる。
結局煙玉のような物を誰かによって投げ込まれ、この部屋の中が充満してしまうほど広範囲に煙が拡がっていく。
部屋の隅に逃げたスノウだったが、これは逃げた方が良いと頭の中で警鐘が鳴る。
「っ、(マナの濃度が…高い…!)」
スノウの立方体のピアスの中が、少し浴びただけでも既に〈薄紫色のマナ〉によって満タンになっている。
ガクッと膝を着いたスノウは、急いで懐にある小銃を手にしてこめかみにセットした。
このマナを排除しないと、〈薄紫色のマナ〉の効力である“眠気”に勝てなくなる。
「___デルタレイ。」
音を立てて小銃が晶術により弾き飛ばされてしまい、スノウが絶望した顔で声の主の方を見る。
「な、にを…。」
「熱心な信徒が、この様な物を私へと献上しました。」
コロコロとスノウの方へ転がってきたのは、スノウにとって見覚えがありすぎる球体。
小さなその金属製の球体は、音を立てて薄紫色の紫煙を吐き出した。
「うっ!?」
一瞬にしてスノウの両眼が薄紫色へと変わっていき、意識が薄れていく。
早く…、早くテレポーテーションで外へ逃げないと……。
「あ、ぅ……。」
詠唱や集中が途切れてしまう。
〈夢の神〉のマナに侵されて、余りにも眠たい。
このまま夢見心地で、寝てしまいたい。
でも寝たらきっと────
「…レディ……。」
きっと、彼を心配させてしまうから。
「起き、なきゃ……!」
「無駄な抵抗は止めるのです。そのまま夢の中へ旅立ちなさい。」
「エルレイン…!」
「これが、貴女の弱点なのは知っていますから。」
「ま、さか……、この煙を作り出した、のは……!」
「いえ。残念ですが…それは私ではありません。何者かによって作られ、そして私の所へとやってきた。全ては神によって定められた“偶然”なのです。貴女が私の元へやって来たのも、貴女がこの中に囚われるのも────」
エルレインが手を翳すと、スノウの目の前に青い薄い膜のような物が張られる。
慌ててそれに触れれば硬い何かで、スノウが今出来うる限りの力を込めて叩いても割れるどころかビクともしない。
「なっ…!?」
「これが無限の力を秘めたるレンズの力。そして我が神の御業…。」
「私を…どう、する…つもり、だ…!」
「どうもしません。ただ、貴女はそこで寝ていればいいのです。……全ての事が終わるまで。」
「く、そ…。こんなところで、寝る…訳にはっ…!」
エルレインが無慈悲にも先程の小さな球体をスノウの近くに投げ込む。
途端に発せられる紫煙を吸い込み、遂にはスノウは意識を手放した。
心地よい、夢の中へ────
スノウ達がエニグマの店の外へと出ると、急に目の前が火の海と化す。
ハイデルベルグの街並みが燃えていた。
しかし、それもほんの一瞬の出来事で、すぐにその光景は消えていつものハイデルベルグの街並みへと戻っていた。
「今のは……。」
「……。」
スノウが俯いて、ギュッとジューダスから貰ったネックレスを握る。
その様子を見ていたジューダスが心配そうに声を掛ける。
「…大丈夫そうか?」
「うん……。(もう…来てしまったんだね…。この時が…。分かってたはずなのに…いざこの時が来てしまうと……やっぱり少し怖い…。レディと……大切な人との別れがすぐそこまで来てる、と知らせてくれているみたいで…。)」
心配で、スノウの顔を覗き込もうとしたジューダスだったが、それは杞憂に終わる。
スノウが決意を宿した瞳でジューダスを見上げたからだ。
「……レディ、行こう。」
「何処へ?」
「恐らく、ハロルドが何かを感知してるはずだよ。だから……今回の場合は宿屋かな?」
原作ならば城の中だったが、今回ばかりはそうもいかない。
誰も城で寝泊まりなんてしていないのだから。
スノウはひとつ笑って、更にはわざとらしく大きくため息をついて、ジューダスよりも前に出る。
「あーあ。武器のメンテナンス行きたかったのになぁ?」
ジューダスの方を見ずにそう話したスノウは、そのまま宿屋へと歩き出そうとする。
しかし、その腕を取られて後ろへ引っ張られてしまい、危うく転びそうになってしまったが、それをジューダスが力強く支えた。
「…悪い癖だな。」
「??」
「誤魔化し方が下手だと言っているんだ。…馬鹿者。」
「えぇ?」
これが昔だったら、きっとスノウは何事もなかったかのようにポーカーフェイスを貼り付け、取り繕っていただろう。
しかし今回は諦めた様に苦笑いをして、ジューダスの逞しい腕にそっと触れていた。
「レディ。今は緊急事態だから、後で話すよ。……“君との時間、大切にしたい”から。」
「…絶対だぞ。」
離れた腕に寂しさを感じながら、スノウは振り返ってジューダスの顔を見上げる。
……また少しだけ、彼の身長が伸びている気がした。
「おーい!二人とも!」
ロニの声と共にふたつの足音がする。
声の方向を向けば、声の主であるロニの他に、ナナリーも慌てた様子でこちらへと駆け寄ってきていた。
「ハロルドのやつが皆を集めてくれってさー!」
「宿屋に急ごうぜ。」
ジューダスが二人の言葉に目を丸くし、スノウを盗み見る。
そして全てを悟ったのだ。
“〈星詠み人〉の知る物語とやらが、進んだのだ”…と。
「分かった。急いで向かおう。」
『こんな時に何でしょうねぇ…?悪いことじゃなければ良いですが…。』
「さぁな。……まぁ、こいつは内容を知っているようだが…話す気は無いんだろう?」
「行けば分かるよ。さっき見た不穏な光景も、ハロルドが説明してくれる。」
『それじゃあ…もしかして……』
「うん。ようやく“先へ進めそう”だね?」
スノウが頷き、シャルティエのコアクリスタルを見る。
そこには少し不安そうに光を灯すシャルティエがいた。
スノウは大丈夫だと笑顔を見せ、ロニ達の後を追って行く。
ジューダスもまた、それを追いかけるようにして走り出したのだった。
___現代・ハイデルベルグ内、宿屋
四人が宿屋へと到着すれば、カイル達や修羅達もハロルドの近くで四人の到着を待っている所だった。
「連れてきたぜ」と話したロニも、宿屋に入った途端体を震わせて、寒い寒いと言いながら腕を摩っていた。
どうやら今日は特に冷え込むらしい。
そんなロニの横を普通に通り過ぎるナナリーも宿屋に入った途端、鼻が赤くなっていた。
「で、ハロルド。話って?」
カイルが話題を切り出し、首を傾げさせる。
その隣では不安そうな顔でリアラが俯いていた。
「単刀直入に言うわねー。あんた達…と言っても私もなんだけど。どの道、このままだと人類は消えるわよ。」
「「「「『「はぁ?」』」」」」
「ふふっ…。」
「ま、この反応が普通なんだろうけどな?」
修羅とスノウはお互いに見て、苦笑いを零す。
未来を知っている〈星詠み人〉には別に驚きも何もないのだが、今回は当事者である分、緊張感は若干持ちつつある。
スノウも修羅も、そんな皆の様子を腕を組みながら聞くことにした。
「だーかーら!人類は滅亡するって言ってんの!」
「その根拠は?」
「詳しく言うなら、私のHTMちゃんが時間軸の歪みを探知した事、そして同時にエントロピーが異常なまでに膨れ上がっちゃって…………まぁ、つまり。未来がなくなりかけてるのよ。」
カイルやロニの顔を見て、説明を諦めたハロルドが最後要約してくれる。
その事実が事実だけに、誰もが言葉を交わさずに黙り込んでしまった。
それに助け舟をするべく、修羅とスノウが言葉を紡いでいく。
「まぁ、ヤバい話だけどな。けど、我らが天才科学者様ならどうしたらいいか、結果論も言ってくれるんだろ?」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってんのよ。」
「ははっ!流石ハロルドだね?」
「ふっふーん♪もっともーーっと!褒め称えてくれていいのよ?」
「いやいやいやいや……。何でお前ら、そんなに能天気に会話出来んだよ…。俺たち人類が、絶滅するかもしれねぇんだぜ?」
「クスクス…!俺らがどんな奴らだったか、忘れた訳じゃないだろ?」
『そ、そうか!〈星詠み人〉は未来を知ってる…!二人が慌ててないってことは…!?』
「未来を知っている〈星詠み人〉だろうが、期待しない方がいい。過去にも未来が変わっていたことがあるだろうが。」
「そう、なのか……。」
ロニがあからさまに肩を落とす。
その隣で優しいナナリーが、そっとロニの肩に手を置いてあげていた。
それはそれはもう、大きく頷きながら。
「未来の事は勿論誰にも分からない。だって、皆と紡いできた物語だもんね?」
「俺たちが入った事で既に未来は変わってる。だから勿論ハロルドの言う事も現実味を帯びているが…悲観的になるのはまだ早いんじゃないか?」
二人は笑顔で皆へと説得の言葉を投げ掛ける。
すると、徐々に皆の顔が曇り空から晴れ間へと変わっていった。
そして隣にいる仲間を見ては大きく頷いて、笑顔になった。
「さて。話の続き、いいかしらん?」
「うん!ハロルド、お願い!」
「なるべく良い話にしてくれよ?」
「ここは、ハロルドの奴を信じようじゃないか!」
仲間たちのその様子にスノウも修羅も、安心したように嘆息させた。
「そうねぇ…?私の見立てだと約10年後。世界は無くなるわ。」
「もしかして…エルレインが……?!」
「10年後の世界で何をしようとしてんだい?あの人。」
「世界を消そうとしてるのかもよー?まぁ、本人じゃないとわかんない話だけどねー。」
「物騒な話だな。」
『何で、10年後なんでしょうか?』
「確か……神が降臨したのが今から10年後だったな?リアラ。」
「えぇ…。でも、世界を消すだなんて…。」
リアラが動揺したように瞳を揺らして、視線を逸らせる。
『…段々、壮大な話になってきましたよねー…?』
震え声でシャルティエがそう話せば、ジューダスがそれを聞いて鼻であしらった。
その瞳は、少し遠くを見つめているようだった。
元々ジューダスやスノウは、“神”というものに仕えている身でもあるため、壮大だろうがなんだろうがやはり厄介事に巻き込まれる体質なのだな、と実感していたからだった。
自分達に平和が訪れる日が来るのか。
それを思いながらジューダスは、仲間の言葉に耳を傾ける。
どうやら話は10年後に行って、エルレインと出会い、直接話を聞くといったもの。
そうなると、ジューダスにとって一番心配なのは……彼女だった。
時空間移動となる度に、彼女だけは行方不明となるのだからシャレにならない。
ジューダスは心配な顔をしてスノウを盗み見た。
しかしそんな彼女は、ジューダスのその思いなど微塵も分かっちゃいない。
修羅とコソコソと話をしては、お互いに何かを伝え合っていた。
お互いに耳打ちしては何かを話しているそれが、ジューダスには気になって仕方がなかった。
「皆、集まって!10年後のストレイライズ大神殿へ移動するわ!」
そんなリアラの言葉にようやく密談を終わらせた二人が、リアラへと近づいていく。
ジューダスはそのままスノウへ近付いて、その手をそっと握った。
一瞬目を丸くさせた彼女だったが、それがどういう意味なのかすぐに理解したようで、強く握り返していた。
「……また、違う所に飛んでたら…ごめんね?」
「はぁ…。お前のそれはもう、どうしようもないからな。」
『あ…そっか。スノウはいつも迷子になるんでしたね…。』
「どういう訳か、ね?この体質が治ったら一番楽なんだけど…そういう訳にも行かないみたいだね。だから先に謝っておくよ。ごめん。」
「何処にお前が居ようが、必ず探し出してみせる。だから、そんなに案ずるな。余計に変な所に飛ばされるような拗らせ方をされると面倒だ。」
『二人とも!時間移動するみたいです!』
「────待ってるから。」
そう言って仲間たちは時間移動をした。
10年後のストレイライズ大神殿に到着したのは、カイル達いつものメンバーと修羅、そして海琉だけだった。
やはり肝心の人物は見当たらなかったのだった。
「あ、あれ?スノウは?」
「まーたいつもの迷子かぁ?」
「何?あの子、そんな変な体質持ちだったの?」
「あぁ、毎度毎度…困ったものだ。」
今話題の人物が居ないことをいいことに、全員が慣れた様子でため息をついていく。
まぁ、一番困っているのはリアラだが。
「いつもスノウだけ…。どうしてかしら?」
「気にするな。いつもの事だろう?」
『スノウもきっと今頃困ってますよ?それか、まだこの時代に到着してないか…。』
「俺がずっとスノウの事を探知してる。だから、あんた達は遠慮なく進んでいていい。」
「うん!スノウは修羅に任せるね!」
「……。」
先程まで握っていたスノウの手。
もうその仄かな温かさが消えてしまった事に名残惜しさを感じるジューダスは、暫し自分の手を見つめていた。
そして決意を抱くかのように、ギュッと握り締めた。
「……急ぐぞ!早い所解決しないことには、あいつも不安だろうしな。」
「「「「「うん!/あぁ!」」」」」
カイル達はそのままストレイライズ大神殿を進んでいく。
しかし、肝心のエルレインは何処にも見当たらなかった。
信者曰く、今はカルビオラの方にいるというので全員が船を乗り継ぐことになった。
「……。」
「……いる?」
「……いや、居ないな。一体どこに行ったんだ?スノウは。」
修羅がずっと探知のために目を閉じていたが、海琉が話しかけてきたことで目を開け、そう答える。
そんな二人へジューダスも近付いて、険しい顔を隠しもせずに話し掛けた。
「あいつは?」
「探知してるが…全くだな。こうなると厄介だ。向こうも移動を繰り返してるだろうしな。」
「……心配。」
「そうだな。それか、案外スノウの事だからカルビオラで俺たちの事を待ってたりしてな?」
「それなら探す手間が省ける。…だが、カルビオラのあるカルバレイス地方は奴らの本拠地だ。〈赤眼の蜘蛛〉に捕まってないとも限らん。」
『うげ…。それだけは勘弁して欲しいですね…!?ただでさえ、あそこには嫌な事しかないのに!!』
シャルティエが苦い思い出を思い出しながら苦言を呈する。
しかしそんな二人に修羅が首を横に振って否定を表した。
「それは無い…と断言も出来ないが……、それでも〈赤眼の蜘蛛〉の奴ら…それこそ、アーサーの奴が今もまだスノウの事を狙ってる可能性は低いと思うぜ?」
「何故だ?あいつら、しつこいまでにスノウの事をつけ狙うじゃないか。」
「今は〈赤眼の蜘蛛〉にとって、大事な時期だしな。それを易々と手放すとは思えない。スノウを捕まえるのは奴らにとっていつでも出来る。だが、この時を逃すと……大損害だからな。」
「……??」
『大損害…?』
海琉でさえもその話は初めて聞くのか、修羅の隣で首を傾げていた。
「分からんな。なら、何故あそこまでスノウの事を欲する?奴ら、何がなんでもスノウを捕らえようと色んな策を講じてくるじゃないか。」
「まぁ……あそこまで珍しいタイプの〈星詠み人〉が〈赤眼の蜘蛛〉にいないから、研究材料としても見てるんだろうな。後は、アーサーの奴がたまに言う“神”とかいうやつの命令か…。」
「……〈狂気の神〉か。……そうだったな。あいつの体は〈狂気の神〉にとってかなり良いと言っていたしな。それもあるのかもしれんな。」
船の上でそんな話をしていると、カイル達までやって来て話に参加する。
船酔いが酷くなってきたジューダスは船室に入り、その他は話や別のことをして各々船旅を順調に終えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
___10年後の未来・カルビオラ
「おっと…。……って、えぇ…?」
時間移動で到着したスノウは周りを見て困りきった顔をした。
何故なら、目の前には皆の目的の人物であるエルレイン、その人が居たのだから。
「……やはり来たか。」
「えっと……皆は…来てないですよねー…?…まじか……。」
頭を抱えてスノウはその場にしゃがみこむ。
よりにもよって、この場所の、この時間軸に飛んで来るなんてついてない。
周りには仲間達の姿もない。
よって、今味方は誰もいない。
「…ですよねー……?」
もう一度愕然とした声でそう呟いたスノウを見て、エルレインが少しだけおかしそうに笑った。
それを聞いて、スノウが目を丸くしてエルレインを見上げる。
「…驚いたね。あなたが笑うだなんて。」
「……。」
途端に口を閉ざして、いつもの憂いた表情へ変わったエルレインを見たスノウ。
大きくため息をついて、スノウはそのまま立ち上がった。
「笑っていた方が美人だと思うけどね?」
「……。」
「…ははっ。残念だ。」
もう彼女は笑わないだろう。
スノウは残念な気持ちを込めて、嘆息すると肩を竦めさせた。
「皆が来るまで世間話も良いけど…。」
「また、お前らは私の邪魔をしに来たのか?」
「邪魔…というか。本人にことの次第を聞きに来ただけだよ。皆が来れば分かる。」
「それを、邪魔しに来たと言うのではないか?」
「……ごもっともで。」
言えば言うほど墓穴を掘る気がして、スノウは諦めて辺りを見渡した。
以前ここ、カルビオラへ来た時には最奥に行く道は大きなレンズによって遮られていた。
その大きなレンズは現在、エルレインの後ろに佇んでいる。
……まるで、神の眼のように。
神の眼のあれほど強力なレンズ機構ではないにしろ、大きなレンズは力を持つ。
スノウはその大きなレンズを目を細めて見上げた。
「ほー…?」
「……〈星詠み人〉でも、レンズに興味があるのか?」
意外にも向こうは世間話に乗ってくれるらしい。
スノウはエルレインをチラと見て、また視線を大きなレンズへと戻した。
「すこぶる興味があるね。自分に敵わない分野・領域だからこそ、興味をそそられると言っても過言じゃないかもね?」
「彗星の力を宿したレンズは、何にでも使える。……そう、何にでも、だ。」
「えらく溜めるね?そして、それを聞くとレンズは万能にも聞こえる。」
「そうだ。レンズの力は“神”に等しき力…。その“神”に等しき力を別の形で有するお前は、稀有な存在だ。」
「ははっ。ありがとう?」
褒められたのか、褒められてないのか分からなかったが、取り敢えずお礼を言っておくスノウ。
しかしエルレインは険しい顔をさせたまま、スノウを見つめた。
「だからこそ、不思議なことだ。同じ“神”の〈御使い〉であるお前が、何故、〈御使い〉である私の邪魔をするのかが。」
「うーん。やっぱり持ってる正義の違いかな?あなたはあなたの正義があって……そして、私も私で、違う正義がある。だから衝突するんじゃないかな?」
それは、人間の永遠のテーマなのかもしれない。
自分の中にある信念や正義が違えば、人はその“正義”を異質と捉える。
だからこそ、争いが絶えないのだと思うし、分かり合えないこともある。
だからこそ、人は会話という形で争いを収めようとする。
「最後に聞きたい。」
「ん?」
「やはりお前は、こちら側に来る気はないのか…?」
「うん。悪いとは思ってるけど、私にも譲れない想いがあるから。」
「そうか。」
スノウがエルレインを見て笑顔を見せた。
その瞬間、スノウとエルレインの足元から煙が発生して、辺りに充満する。
咄嗟に後退したスノウは気付いてしまう。
その煙はつい最近見た事のある物だと。
「〈薄紫色のマナ〉…?! それに、この紫煙は…!」
余りにもこの間の事と酷似している。
腕を口の前にやり、煙を吸わないようにしたが、煙などどんな隙間からでも入ってくる。
結局煙玉のような物を誰かによって投げ込まれ、この部屋の中が充満してしまうほど広範囲に煙が拡がっていく。
部屋の隅に逃げたスノウだったが、これは逃げた方が良いと頭の中で警鐘が鳴る。
「っ、(マナの濃度が…高い…!)」
スノウの立方体のピアスの中が、少し浴びただけでも既に〈薄紫色のマナ〉によって満タンになっている。
ガクッと膝を着いたスノウは、急いで懐にある小銃を手にしてこめかみにセットした。
このマナを排除しないと、〈薄紫色のマナ〉の効力である“眠気”に勝てなくなる。
「___デルタレイ。」
音を立てて小銃が晶術により弾き飛ばされてしまい、スノウが絶望した顔で声の主の方を見る。
「な、にを…。」
「熱心な信徒が、この様な物を私へと献上しました。」
コロコロとスノウの方へ転がってきたのは、スノウにとって見覚えがありすぎる球体。
小さなその金属製の球体は、音を立てて薄紫色の紫煙を吐き出した。
「うっ!?」
一瞬にしてスノウの両眼が薄紫色へと変わっていき、意識が薄れていく。
早く…、早くテレポーテーションで外へ逃げないと……。
「あ、ぅ……。」
詠唱や集中が途切れてしまう。
〈夢の神〉のマナに侵されて、余りにも眠たい。
このまま夢見心地で、寝てしまいたい。
でも寝たらきっと────
「…レディ……。」
きっと、彼を心配させてしまうから。
「起き、なきゃ……!」
「無駄な抵抗は止めるのです。そのまま夢の中へ旅立ちなさい。」
「エルレイン…!」
「これが、貴女の弱点なのは知っていますから。」
「ま、さか……、この煙を作り出した、のは……!」
「いえ。残念ですが…それは私ではありません。何者かによって作られ、そして私の所へとやってきた。全ては神によって定められた“偶然”なのです。貴女が私の元へやって来たのも、貴女がこの中に囚われるのも────」
エルレインが手を翳すと、スノウの目の前に青い薄い膜のような物が張られる。
慌ててそれに触れれば硬い何かで、スノウが今出来うる限りの力を込めて叩いても割れるどころかビクともしない。
「なっ…!?」
「これが無限の力を秘めたるレンズの力。そして我が神の御業…。」
「私を…どう、する…つもり、だ…!」
「どうもしません。ただ、貴女はそこで寝ていればいいのです。……全ての事が終わるまで。」
「く、そ…。こんなところで、寝る…訳にはっ…!」
エルレインが無慈悲にも先程の小さな球体をスノウの近くに投げ込む。
途端に発せられる紫煙を吸い込み、遂にはスノウは意識を手放した。
心地よい、夢の中へ────