第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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117.
「────ん、」
僕はゆっくりと目を開ける。
しかし一寸先は闇とはよく言ったもので、本当に暗くて周りも何も見えやしない。
その上、口に何か貼られており声も出せない上に、手足を縄か何かで縛られている。
そして何処か狭い場所に閉じ込められている事が分かった。
「(くそ……頭が…痛い……。さっき、頭を殴られた、のか…?)」
頭に強い衝撃と打撃音がしたのを聞いていたし、あの女に騙されて頭部を鈍器か何かで殴られたのだろう。
……仮面越しでもこの威力…。仮面が無かったことを思うと、少しゾッとする。
今は仮面も外されているのか、頭にそれらしき触感はない。
シャルも近くに居ない今、下手な事は出来ないが……早い所この夢を終わらせなければ、ずっとスノウは現実で苦しみ続けることになる。
それに“夢を吸い尽くされた者の末路”など……、見たくも聞きたくもない。
それが僕にとって大事な彼女だからこそ、余計に……。
「────あ!綴ー!」
あの憎き女の声だ。
やはり僕は縦長の何かに閉じ込められているらしく、女の声がくぐもって聞こえてくる。
それでも女が嬉しそうな声をしているのが分かる程に、女の声色は明るかった。
「ごめんなさい……、待たせてしまって…。」
「ううん!綴が来てくれたから嬉しいの!」
恐らく彼女に抱きついたんだろう事が想像出来て、僕は無意識に顔を顰めさせ、そして顔の筋肉を動かした事で頭部の痛みがぶり返してくる。
くぐもった声で呻いたが、向こうには僕の声など聞こえていないのだろう。
こちらの都合など知らない向こうは、話がどんどんと進んでいく。
「綴も天体部に入ればいいのに!楽しいよー?」
「はは…。確かに夜にこっそりと学校へ来るのも、緊張感とかあって面白みがありますが……。」
「もうっ!綴ったら、真面目なんだからー! 先生に見つかった時は見つかった時だよー?」
「だから、一応やめておきます……。」
「ま、そんな所が綴の良いところよね!」
キャッキャと嬉しそうにしている女の声を聞いているだけで、虫の居所が悪くなってくる。
しかし、だ。あの女……何故僕をこんな目に遭わせるんだ…?
僕は彼女の夢の外から来た、“部外者”であるのに。
「(……まさか。あの女……!!)」
ここまで来れば、もうそうだとしか思えない。
あの女こそ、この悪夢の元凶である〈夢魔〉なのだ。
彼女の側にずっと居て、そして彼女の“願い”を聞く機会をずっと狙っていたのだ。
だから僕を最初から敵視して、睨みつけて来ていたのか。
こうしてはいられない…!
早くここから出なければ、彼女が危ない…!!
「……ねぇ?綴?」
「はい?」
「今日は流星群の日なの。それでね?流星群ってことは……流れ星が流れるって事なんだよ!」
「はい。知っていますよ。流れ星に“願い”を言えば、その“願い”は叶うんでしたよね?」
「…!! (これはまずい…!流れ星にかこつけて、彼女の“願い”を聞き出そうという寸法か…!!!)」
「ねぇ、綴。綴の“願い”って……なに?」
「私……ですか?」
「うん!流れ星に言う前に聞いておきたくって! ほら、私達、“親友”でしょ?!」
「……。」
「(スノウ…!何も言うな…!!お前の“願い”を、そいつに聞かせるな…!!!)」
手足を縛られて動けない僕だが、何とか力を振り絞り、この四角い箱のような場所から抜け出そうとした。
しかし、この硬い箱は、怪我をした僕の微々たる力ではビクともしない。
こうなったら、体を使って僕自身がここにいる事を彼女に伝えるしかない。
────ガシャンッ!!!
「え?」
「キャッ!なに…?!(チッ……。あいつ、もう起きたのか……。)」
「何か、音がしましたね…?」
「綴、なんでそんなに冷静なの?!早くここから出ましょ?!」
「……このロッカーかな?」
「綴?!(まずい…!開けられたら中にあいつがいることがバレてしまう…!!)」
向こうで何か話し声が聞こえてくる。
そして、誰かが近くに寄ってくるような足音が聞こえてきて、僕は僅かに希望を宿した。
もう一度、力の限り箱の内側から体当たりをかませば、向こうからはあの煩い女の悲鳴だけが聞こえてくる。
「綴は私が守るわ!だから、早く行きましょ!それで二人っきりになって……今度こそ貴女の、“願い”を聞かせてほしいな?」
「…………。」
「(くそ、あの女め…!どうやっても彼女の“願い”を聞き出すつもりか…!!)」
向こうがどんな状況か、僕には分からない。
だが、彼女が無言を貫いていることが功を奏する事を祈って、僕はもう一度、この箱を体当たりした。
その瞬間、僕はようやく箱の外側へと飛び出す事が出来、僕は目の前にいた“誰か”に支えられた。
「……貴方は…。」
「っ、綴!!早くその男から離れて!!?」
「んんっ!!(スノウ…!!)」
綴という少女が僕を見て、そして強く僕を抱きしめた。
「ううん。違うよね…?“レディ”?」
「…!!」
声のトーンが、綴とかいう少女の声色でも、考古学者として存在した“スノウ”の高い声でもない。
正に、“スノウ・エルピス”。……その声色だった。
「どう、して……?綴…!」
「私はあの頃の……【神結 綴】なんかじゃない。その名前は…もう、とうの昔に捨てた名前だから。」
「(昔に捨てた名前……?一体、どういうことだ…?)」
「嘘よ!!あなたは綴!!【神結 綴 】よ!!その姿も、瞳の色も!!全て“黒”じゃない!!!何が違うっていうの?!!」
「……確かにこの姿なら、その名前でも通用したかもしれない。……でも、今はもう昔の……何も知らなかった無垢な綴じゃない…!“唯一の親友”を手に入れた、【スノウ・エルピス】だから!!」
目の前の少女は、黒縁メガネを取り去る。
その瞬間、少女の瞳は黒から海色へと変化していく。
その顔も、その姿も……やはりスノウそのものだった。
「___ディスペルキュア!」
回復の光が僕を包んでいく。
苛まれていた頭部の痛みも、その回復により和らいでいき、遂には痛みなど最初からなかったかのような錯覚に陥るほど完治していた。
「……おかしいわよ…。何故……なぜ!!? あともう少しだったのに!!!」
「ごめんね?君に私の“願い”を言う訳にはいかないんだ。多分だけど、前にもレディが注意してくれた気がする。〝この空間で死を願うな〟ってね?」
「…!!」
「それに、ずっと引っかかっていた…。私にはこの時代……“親友”と呼べる人物などいなかった。だからこそ“君”という存在が不思議で堪らなかった。」
「……!!」
「私をずっと“親友”と呼ぶ君に、私は見覚えが無かった。それが一番のきっかけかな?……どうせ、ここはまた夢の中なんだろう?あまりにも現実的じゃない。」
「……夢の中で、“夢”だと認知出来るなんて…。そんなの……!!」
「さぁ、夢を終わらせよう?私は…【神結 綴】をこれ以上演じるつもりは無いよ?」
「……そんな言葉も今のうちだけよ。ここで貴女が動けても…!あの空間に戻れば貴女は一歩も動けやしない!!!そうなればまた、新たな夢を作り出すまで!!」
「っ!!んんんっ!!!(スノウ!!!)」
「それは困るね?じゃあ、彼を解き放ったらどうなるんだろうね?」
スノウが優しく僕の縄を解いてくれる。
そして口に貼られていた何かが取られた瞬間、僕は近くにあったナイフを女に投擲した。
「きゃあああああああああ!!!!!?」
額に刺さったそれに、女が堪らず悲鳴を上げて頭を押さえ狼狽える。
その隙に僕はスノウを女から守るように抱き締めて、ゆっくりと目を瞬いた。
___“夢と現実の狭間”
真っ暗な空間。
またここに戻ってきた。
スノウは辛そうに体を硬直させて、一歩も動けずにいた。
それを確認した僕は、そっとスノウを抱き締めて耳元で囁く。
「すぐに終わらせる。辛いかもしれないが、頑張るんだ。」
「────」
「この空間でお前が喋れないのも、動けないことも分かっている。だから安心しろ。」
《綴を寄越せっ!!!!!》
異形の形をした魔物が、スノウ目掛けて手を伸ばす。
僕はその異形の手をシャルで弾き飛ばしてやった。
『スノウ!ご無事で何よりです!!!』
「────」
「こいつは今、話せない。話があるなら後にしろ、シャル。」
《何故……なぜ動ける!!? この空間で動ける人間などいなかったのに!!!》
悔しそうに弾き飛ばされた手を押える異形の魔物は、僕を見て怒りを露わにした。
僕はその戯言を鼻であしらい、シャルを構えた。
「ふん。僕をそこら辺の人間と一緒にするな。」
『ひゅー!坊ちゃん、カッコイイですー!!!』
《願い……。お願いだから、“願い”を聞かせてよ…!》
異形の魔物はスノウを見て、そう話し掛ける。
《私が今、どんな“願い”でも叶えてあげるっ!!だから!!綴の“願い”を聞かせてよ!!!》
「──」
「今のこいつの名前は【綴】なんかじゃない!僕の親友で、僕の大事な…大切な人である“スノウ・エルピス”だ!!」
「────!」
《うわぁぁぁぁぁああああ!!!》
ヤケを起こしたような声で、異形の手を振り回し僕へと攻撃しようとする〈夢魔〉を、僕はシャルで一閃し、倒すことに成功する。
一瞬にして薄紫色の光へとなり、霧散した〈夢魔〉を見て、僕は大きなため息を吐いた。
……ようやく、終わりの時が来たのだと。
「……帰るぞ。現実の世界へ……。」
僕は、現実へ戻るためにその場でゆっくりと目を瞬いた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
____現代・“願いの叶う店”
現実へと戻ってきた僕達はすぐにスノウの容態を確認する。
すやすやと心地よい寝息を立てながら寝るこいつを見て、僕は安堵の息を吐いた。
「……危なかったな? もう少しで、お前がやられると思ったわ。」
「僕がやられるか。」
「だが、〈夢魔〉からの攻撃を初めて許したのではないか?これまではスマートにやっていたというのに、娘の夢となるとそうもいかないらしいな?」
「……一々癇に障る奴だな。」
エニグマの奴を睨みつけると、すぐさま鼻で笑われる。
それが酷く腹立たしく、僕は視線をスノウへと固定した。
先程まで辛そうな顔で苦しんでいたというのに、今は安心しきった顔で寝ているのが僕には嬉しかった。
彼女を守れたことが、こんなにも安心出来る材料となる。
こんな気持ち、こいつが居なければ感じなかった感情なんだと改めて感じさせられる。
「流石に坊やでも、あの少女の正体は最初から見破れなかったようだな?」
「……あれは、どういうことだ。【カミユイ 綴】とは、一体……。」
「娘が話していただろう?昔に捨てた名だと。」
「ということは、お前は知ってるんだな?あの黒い少女の事を。」
「当たり前だ。私を何だと思っている?……フッフッフ……! 現実に戻った娘は夢の中の記憶を保持しておらん。聞いたら酷く驚かれると思うぞ?そして慌てふためくだろうな?」
「何故だ?」
「娘はあの姿の時の事を、坊やに知られたくないのさ。」
「はぁ?」
「乙女の心は繊細だからなぁ?聞いたら坊やの前から姿を消すやもしれん。それもまた一興だがな。」
「……。」
聞きたいことは沢山あるのに、聞いたら目の前から居なくなるとは……。
それだけは…勘弁願いたいものだ。
「……んぅ。」
「!!」
『起きましたね!どうします?坊ちゃん。聞いてみます?』
「……いや、やめておこう。それよりも確認したいことがある。」
『確認したいこと?』
目を擦りながら体を起こした彼女に近付き、僕はその手を優しく取った。
すると、彼女はそれを見て優しく……そして“幸せそうに”微笑んだ。
「おはよう、レディ…。どうしたんだい…?何かあった?」
まだまだ眠そうな声で僕へとそう声を掛ける彼女に、僕は笑いかけ、そしてその手背へと口付けを落とした。
すると彼女は目を丸くさせた。
そして反対に僕の手を取ると、彼女もまた僕の手の甲へとキスを落とした。
その後は────あの少女のように嬉しそうに顔を染めて、彼女は笑っていたのだった。
「……ふっ、ははっ…!」
やっぱり彼女は、今も後にも僕が触れるだけでこんなにも幸せそうに笑いかけてくれるのだろう。
こんな簡単な問題、何であの時に分からなかったんだろうと今なら思う。
彼女は僕にしか、そんな顔しないというのに。
「……馬鹿。」
「えぇ?」
いきなりの罵りも、彼女は困った顔で笑うだけ。
彼女は怒らない。
だから僕がどんな言葉を掛けたとしてもきっと、その広い心で許してくれるのだろう。
「うーん…。なんか、悪い夢を見てた気がする……。」
「ふん。まぁ、そうだな。」
『本当!そうですよ!!!』
僕達のその言葉が意外だったのか、スノウの奴が目を見開いて僕を見上げる。
そして、いつものように困った笑顔でクスリと笑い、僕を見るのだ。
「……もしかして。また、私が何か迷惑をかけた感じ?」
「迷惑なんかじゃない。」
『スノウを守れるなら本望だって言ってるんですよ!坊ちゃんは!』
「一番迷惑なやつがこんな近くにいたとはな。」
『へ?ぎゃああああああああぁぁぁぁぁ?!!』
一言余計な愛剣のコアクリスタルへと今日は容赦なく爪を閃かせる。
強く爪を当て、ギギギ…とゆっくりと引っ掻いてやればいつもの倍くらい悲鳴が上がる。
すると彼女が可笑しそうに笑っていた。
「……ありがと。レディ。」
「……あぁ。」
『ちょっとちょっと!?良い雰囲気のところ悪いんですけど!!僕が制裁されるのって意味あったんですかぁぁ!!?』
「……相変わらず煩いことだな。」
エニグマが賑やかな三人を見て、ふと笑いを零す。
言葉とは裏腹に、その笑顔は優しい瞳を宿していた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
スキット①《神結 綴について》
『しっかし、綴って人がまさか、スノウ本人だったとは…。』
「思えば、おかしな点は何個かあった。例えばあんな黒縁メガネをしていて地味な見た目をしていても既視感があった事。」
『そういえば……背丈はスノウと変わりなさそうでしたね?』
「あぁ、そうだな。後はあの“声”だな。」
『声はその人の人格を表す唯一無二の物だと聞きますからねぇ? それにしても、あの声はスノウそっくりというか、そのものでしたね…。』
「結局、スノウと綴と言う奴の関係性は僕達では分からん。聞けば、スノウが嫌がるとも言っていたし、確認の仕様が無いだろう。」
『〈夢の神〉が恐ろしいこと言ってましたからね!聞けば、スノウが僕たちの前から居なくなる、とかなんとか……。』
「居なくなる、か……。何故、そこまでして綴という少女の正体を暴かれるのが嫌なのか…。こればかりは、迷宮入りだろうな。」
『うぅ……。ちょっと……いやかなり、気になりますけどねー。』
「ふん。僕だって……。あいつの事…知りたいに決まってるだろう…?」
『(坊ちゃん……。)』
スキット②《黒髪・黒目について》
「綴という少女は、黒髪に黒目だったな。」
『あれがもし、本当の本当にスノウだったら……。坊ちゃん、余計なこと言いましたね?』
「は?なんの事だ?」
『以前……スノウが黒髪になって僕達の敵になったとかいう悪夢を見た、って言ってたじゃないですか。その時ですよ。似合わない……とまでは言ってませんが…あの言い方は正に“似合ってない”とも取れる言い方でしたよ?まずくないですか?』
「……。(そう、いえば…。だが、あの時は直ぐに髪色を戻せ、と僕は言っただけだ。それが……もしかすると“似合ってない”と言った事になるのか…?)」
『綴というあの少女が、スノウと同一人物だった場合。結構スノウ、ショック受けてると思いますよー?』
「はっ!まさか。」
『坊ちゃん……謝っといた方が良いですって。ここは夫婦円満になる為にも少しのしがらみも解消してぇぇぇえええええ?!!!』←制裁された
「っ///」←夫婦円満と言われて思わず照れて制裁した人
スキット③《黒髪・黒目について②》
エニグマ「随分と懐かしいものを見たな?娘。」
「へ?やっぱり、私の知らない間に何かあったのかな?」
エニグマ「まぁな。因みに、娘は今のその髪色…気に入っているのか?」
「ずっと見通せる神様なら、分かってるんじゃないかな?私がこの髪色を気に入ってるか気に入ってないか、なんて。」
エニグマ「ふっ。聞いただけだ。坊やじゃないが、髪色を黒にする気はないのか?」
「え…。そんなにこの髪色、おかしいかなぁ?個人的にはかなり気に入ってるんだけど…?」
エニグマ「いや何…、昔のような黒髪に未練は無いのか、と思ってな?」
「未練は無いよ。」
エニグマ「ほう?断言したな?」
「レディも私の黒髪は嫌いそうだったし、もうやることは無いんじゃないかな?」
エニグマ「クックック…!そうか。(やはりな。こればかりは、坊やが悪い。彼奴の苦難もまだまだ続きそうだな。)」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それぞれ暫く会話を楽しんでいたが、二人は店の外へと出る。
別れを惜しむスノウとは別に、ジューダスは鼻で笑ってエニグマと別れていた。
そんなジューダスにエニグマも負けじと鼻を鳴らしていたが、スノウの手を振る様子を見て、笑みを零す。
「くれぐれも〈夢魔〉には気をつけるんだぞ。」
「うん。分かったよ。」
「……。」
『やっとデートの続きが出来そうですね!』
「そうだね。寒いけど、レディは大丈────」
その瞬間、世界の終わる音がした。
「────ん、」
僕はゆっくりと目を開ける。
しかし一寸先は闇とはよく言ったもので、本当に暗くて周りも何も見えやしない。
その上、口に何か貼られており声も出せない上に、手足を縄か何かで縛られている。
そして何処か狭い場所に閉じ込められている事が分かった。
「(くそ……頭が…痛い……。さっき、頭を殴られた、のか…?)」
頭に強い衝撃と打撃音がしたのを聞いていたし、あの女に騙されて頭部を鈍器か何かで殴られたのだろう。
……仮面越しでもこの威力…。仮面が無かったことを思うと、少しゾッとする。
今は仮面も外されているのか、頭にそれらしき触感はない。
シャルも近くに居ない今、下手な事は出来ないが……早い所この夢を終わらせなければ、ずっとスノウは現実で苦しみ続けることになる。
それに“夢を吸い尽くされた者の末路”など……、見たくも聞きたくもない。
それが僕にとって大事な彼女だからこそ、余計に……。
「────あ!綴ー!」
あの憎き女の声だ。
やはり僕は縦長の何かに閉じ込められているらしく、女の声がくぐもって聞こえてくる。
それでも女が嬉しそうな声をしているのが分かる程に、女の声色は明るかった。
「ごめんなさい……、待たせてしまって…。」
「ううん!綴が来てくれたから嬉しいの!」
恐らく彼女に抱きついたんだろう事が想像出来て、僕は無意識に顔を顰めさせ、そして顔の筋肉を動かした事で頭部の痛みがぶり返してくる。
くぐもった声で呻いたが、向こうには僕の声など聞こえていないのだろう。
こちらの都合など知らない向こうは、話がどんどんと進んでいく。
「綴も天体部に入ればいいのに!楽しいよー?」
「はは…。確かに夜にこっそりと学校へ来るのも、緊張感とかあって面白みがありますが……。」
「もうっ!綴ったら、真面目なんだからー! 先生に見つかった時は見つかった時だよー?」
「だから、一応やめておきます……。」
「ま、そんな所が綴の良いところよね!」
キャッキャと嬉しそうにしている女の声を聞いているだけで、虫の居所が悪くなってくる。
しかし、だ。あの女……何故僕をこんな目に遭わせるんだ…?
僕は彼女の夢の外から来た、“部外者”であるのに。
「(……まさか。あの女……!!)」
ここまで来れば、もうそうだとしか思えない。
あの女こそ、この悪夢の元凶である〈夢魔〉なのだ。
彼女の側にずっと居て、そして彼女の“願い”を聞く機会をずっと狙っていたのだ。
だから僕を最初から敵視して、睨みつけて来ていたのか。
こうしてはいられない…!
早くここから出なければ、彼女が危ない…!!
「……ねぇ?綴?」
「はい?」
「今日は流星群の日なの。それでね?流星群ってことは……流れ星が流れるって事なんだよ!」
「はい。知っていますよ。流れ星に“願い”を言えば、その“願い”は叶うんでしたよね?」
「…!! (これはまずい…!流れ星にかこつけて、彼女の“願い”を聞き出そうという寸法か…!!!)」
「ねぇ、綴。綴の“願い”って……なに?」
「私……ですか?」
「うん!流れ星に言う前に聞いておきたくって! ほら、私達、“親友”でしょ?!」
「……。」
「(スノウ…!何も言うな…!!お前の“願い”を、そいつに聞かせるな…!!!)」
手足を縛られて動けない僕だが、何とか力を振り絞り、この四角い箱のような場所から抜け出そうとした。
しかし、この硬い箱は、怪我をした僕の微々たる力ではビクともしない。
こうなったら、体を使って僕自身がここにいる事を彼女に伝えるしかない。
────ガシャンッ!!!
「え?」
「キャッ!なに…?!(チッ……。あいつ、もう起きたのか……。)」
「何か、音がしましたね…?」
「綴、なんでそんなに冷静なの?!早くここから出ましょ?!」
「……このロッカーかな?」
「綴?!(まずい…!開けられたら中にあいつがいることがバレてしまう…!!)」
向こうで何か話し声が聞こえてくる。
そして、誰かが近くに寄ってくるような足音が聞こえてきて、僕は僅かに希望を宿した。
もう一度、力の限り箱の内側から体当たりをかませば、向こうからはあの煩い女の悲鳴だけが聞こえてくる。
「綴は私が守るわ!だから、早く行きましょ!それで二人っきりになって……今度こそ貴女の、“願い”を聞かせてほしいな?」
「…………。」
「(くそ、あの女め…!どうやっても彼女の“願い”を聞き出すつもりか…!!)」
向こうがどんな状況か、僕には分からない。
だが、彼女が無言を貫いていることが功を奏する事を祈って、僕はもう一度、この箱を体当たりした。
その瞬間、僕はようやく箱の外側へと飛び出す事が出来、僕は目の前にいた“誰か”に支えられた。
「……貴方は…。」
「っ、綴!!早くその男から離れて!!?」
「んんっ!!(スノウ…!!)」
綴という少女が僕を見て、そして強く僕を抱きしめた。
「ううん。違うよね…?“レディ”?」
「…!!」
声のトーンが、綴とかいう少女の声色でも、考古学者として存在した“スノウ”の高い声でもない。
正に、“スノウ・エルピス”。……その声色だった。
「どう、して……?綴…!」
「私はあの頃の……【神結 綴】なんかじゃない。その名前は…もう、とうの昔に捨てた名前だから。」
「(昔に捨てた名前……?一体、どういうことだ…?)」
「嘘よ!!あなたは綴!!【神結 綴 】よ!!その姿も、瞳の色も!!全て“黒”じゃない!!!何が違うっていうの?!!」
「……確かにこの姿なら、その名前でも通用したかもしれない。……でも、今はもう昔の……何も知らなかった無垢な綴じゃない…!“唯一の親友”を手に入れた、【スノウ・エルピス】だから!!」
目の前の少女は、黒縁メガネを取り去る。
その瞬間、少女の瞳は黒から海色へと変化していく。
その顔も、その姿も……やはりスノウそのものだった。
「___ディスペルキュア!」
回復の光が僕を包んでいく。
苛まれていた頭部の痛みも、その回復により和らいでいき、遂には痛みなど最初からなかったかのような錯覚に陥るほど完治していた。
「……おかしいわよ…。何故……なぜ!!? あともう少しだったのに!!!」
「ごめんね?君に私の“願い”を言う訳にはいかないんだ。多分だけど、前にもレディが注意してくれた気がする。〝この空間で死を願うな〟ってね?」
「…!!」
「それに、ずっと引っかかっていた…。私にはこの時代……“親友”と呼べる人物などいなかった。だからこそ“君”という存在が不思議で堪らなかった。」
「……!!」
「私をずっと“親友”と呼ぶ君に、私は見覚えが無かった。それが一番のきっかけかな?……どうせ、ここはまた夢の中なんだろう?あまりにも現実的じゃない。」
「……夢の中で、“夢”だと認知出来るなんて…。そんなの……!!」
「さぁ、夢を終わらせよう?私は…【神結 綴】をこれ以上演じるつもりは無いよ?」
「……そんな言葉も今のうちだけよ。ここで貴女が動けても…!あの空間に戻れば貴女は一歩も動けやしない!!!そうなればまた、新たな夢を作り出すまで!!」
「っ!!んんんっ!!!(スノウ!!!)」
「それは困るね?じゃあ、彼を解き放ったらどうなるんだろうね?」
スノウが優しく僕の縄を解いてくれる。
そして口に貼られていた何かが取られた瞬間、僕は近くにあったナイフを女に投擲した。
「きゃあああああああああ!!!!!?」
額に刺さったそれに、女が堪らず悲鳴を上げて頭を押さえ狼狽える。
その隙に僕はスノウを女から守るように抱き締めて、ゆっくりと目を瞬いた。
___“夢と現実の狭間”
真っ暗な空間。
またここに戻ってきた。
スノウは辛そうに体を硬直させて、一歩も動けずにいた。
それを確認した僕は、そっとスノウを抱き締めて耳元で囁く。
「すぐに終わらせる。辛いかもしれないが、頑張るんだ。」
「────」
「この空間でお前が喋れないのも、動けないことも分かっている。だから安心しろ。」
《綴を寄越せっ!!!!!》
異形の形をした魔物が、スノウ目掛けて手を伸ばす。
僕はその異形の手をシャルで弾き飛ばしてやった。
『スノウ!ご無事で何よりです!!!』
「────」
「こいつは今、話せない。話があるなら後にしろ、シャル。」
《何故……なぜ動ける!!? この空間で動ける人間などいなかったのに!!!》
悔しそうに弾き飛ばされた手を押える異形の魔物は、僕を見て怒りを露わにした。
僕はその戯言を鼻であしらい、シャルを構えた。
「ふん。僕をそこら辺の人間と一緒にするな。」
『ひゅー!坊ちゃん、カッコイイですー!!!』
《願い……。お願いだから、“願い”を聞かせてよ…!》
異形の魔物はスノウを見て、そう話し掛ける。
《私が今、どんな“願い”でも叶えてあげるっ!!だから!!綴の“願い”を聞かせてよ!!!》
「──」
「今のこいつの名前は【綴】なんかじゃない!僕の親友で、僕の大事な…大切な人である“スノウ・エルピス”だ!!」
「────!」
《うわぁぁぁぁぁああああ!!!》
ヤケを起こしたような声で、異形の手を振り回し僕へと攻撃しようとする〈夢魔〉を、僕はシャルで一閃し、倒すことに成功する。
一瞬にして薄紫色の光へとなり、霧散した〈夢魔〉を見て、僕は大きなため息を吐いた。
……ようやく、終わりの時が来たのだと。
「……帰るぞ。現実の世界へ……。」
僕は、現実へ戻るためにその場でゆっくりと目を瞬いた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
____現代・“願いの叶う店”
現実へと戻ってきた僕達はすぐにスノウの容態を確認する。
すやすやと心地よい寝息を立てながら寝るこいつを見て、僕は安堵の息を吐いた。
「……危なかったな? もう少しで、お前がやられると思ったわ。」
「僕がやられるか。」
「だが、〈夢魔〉からの攻撃を初めて許したのではないか?これまではスマートにやっていたというのに、娘の夢となるとそうもいかないらしいな?」
「……一々癇に障る奴だな。」
エニグマの奴を睨みつけると、すぐさま鼻で笑われる。
それが酷く腹立たしく、僕は視線をスノウへと固定した。
先程まで辛そうな顔で苦しんでいたというのに、今は安心しきった顔で寝ているのが僕には嬉しかった。
彼女を守れたことが、こんなにも安心出来る材料となる。
こんな気持ち、こいつが居なければ感じなかった感情なんだと改めて感じさせられる。
「流石に坊やでも、あの少女の正体は最初から見破れなかったようだな?」
「……あれは、どういうことだ。【カミユイ 綴】とは、一体……。」
「娘が話していただろう?昔に捨てた名だと。」
「ということは、お前は知ってるんだな?あの黒い少女の事を。」
「当たり前だ。私を何だと思っている?……フッフッフ……! 現実に戻った娘は夢の中の記憶を保持しておらん。聞いたら酷く驚かれると思うぞ?そして慌てふためくだろうな?」
「何故だ?」
「娘はあの姿の時の事を、坊やに知られたくないのさ。」
「はぁ?」
「乙女の心は繊細だからなぁ?聞いたら坊やの前から姿を消すやもしれん。それもまた一興だがな。」
「……。」
聞きたいことは沢山あるのに、聞いたら目の前から居なくなるとは……。
それだけは…勘弁願いたいものだ。
「……んぅ。」
「!!」
『起きましたね!どうします?坊ちゃん。聞いてみます?』
「……いや、やめておこう。それよりも確認したいことがある。」
『確認したいこと?』
目を擦りながら体を起こした彼女に近付き、僕はその手を優しく取った。
すると、彼女はそれを見て優しく……そして“幸せそうに”微笑んだ。
「おはよう、レディ…。どうしたんだい…?何かあった?」
まだまだ眠そうな声で僕へとそう声を掛ける彼女に、僕は笑いかけ、そしてその手背へと口付けを落とした。
すると彼女は目を丸くさせた。
そして反対に僕の手を取ると、彼女もまた僕の手の甲へとキスを落とした。
その後は────あの少女のように嬉しそうに顔を染めて、彼女は笑っていたのだった。
「……ふっ、ははっ…!」
やっぱり彼女は、今も後にも僕が触れるだけでこんなにも幸せそうに笑いかけてくれるのだろう。
こんな簡単な問題、何であの時に分からなかったんだろうと今なら思う。
彼女は僕にしか、そんな顔しないというのに。
「……馬鹿。」
「えぇ?」
いきなりの罵りも、彼女は困った顔で笑うだけ。
彼女は怒らない。
だから僕がどんな言葉を掛けたとしてもきっと、その広い心で許してくれるのだろう。
「うーん…。なんか、悪い夢を見てた気がする……。」
「ふん。まぁ、そうだな。」
『本当!そうですよ!!!』
僕達のその言葉が意外だったのか、スノウの奴が目を見開いて僕を見上げる。
そして、いつものように困った笑顔でクスリと笑い、僕を見るのだ。
「……もしかして。また、私が何か迷惑をかけた感じ?」
「迷惑なんかじゃない。」
『スノウを守れるなら本望だって言ってるんですよ!坊ちゃんは!』
「一番迷惑なやつがこんな近くにいたとはな。」
『へ?ぎゃああああああああぁぁぁぁぁ?!!』
一言余計な愛剣のコアクリスタルへと今日は容赦なく爪を閃かせる。
強く爪を当て、ギギギ…とゆっくりと引っ掻いてやればいつもの倍くらい悲鳴が上がる。
すると彼女が可笑しそうに笑っていた。
「……ありがと。レディ。」
「……あぁ。」
『ちょっとちょっと!?良い雰囲気のところ悪いんですけど!!僕が制裁されるのって意味あったんですかぁぁ!!?』
「……相変わらず煩いことだな。」
エニグマが賑やかな三人を見て、ふと笑いを零す。
言葉とは裏腹に、その笑顔は優しい瞳を宿していた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
スキット①《神結 綴について》
『しっかし、綴って人がまさか、スノウ本人だったとは…。』
「思えば、おかしな点は何個かあった。例えばあんな黒縁メガネをしていて地味な見た目をしていても既視感があった事。」
『そういえば……背丈はスノウと変わりなさそうでしたね?』
「あぁ、そうだな。後はあの“声”だな。」
『声はその人の人格を表す唯一無二の物だと聞きますからねぇ? それにしても、あの声はスノウそっくりというか、そのものでしたね…。』
「結局、スノウと綴と言う奴の関係性は僕達では分からん。聞けば、スノウが嫌がるとも言っていたし、確認の仕様が無いだろう。」
『〈夢の神〉が恐ろしいこと言ってましたからね!聞けば、スノウが僕たちの前から居なくなる、とかなんとか……。』
「居なくなる、か……。何故、そこまでして綴という少女の正体を暴かれるのが嫌なのか…。こればかりは、迷宮入りだろうな。」
『うぅ……。ちょっと……いやかなり、気になりますけどねー。』
「ふん。僕だって……。あいつの事…知りたいに決まってるだろう…?」
『(坊ちゃん……。)』
スキット②《黒髪・黒目について》
「綴という少女は、黒髪に黒目だったな。」
『あれがもし、本当の本当にスノウだったら……。坊ちゃん、余計なこと言いましたね?』
「は?なんの事だ?」
『以前……スノウが黒髪になって僕達の敵になったとかいう悪夢を見た、って言ってたじゃないですか。その時ですよ。似合わない……とまでは言ってませんが…あの言い方は正に“似合ってない”とも取れる言い方でしたよ?まずくないですか?』
「……。(そう、いえば…。だが、あの時は直ぐに髪色を戻せ、と僕は言っただけだ。それが……もしかすると“似合ってない”と言った事になるのか…?)」
『綴というあの少女が、スノウと同一人物だった場合。結構スノウ、ショック受けてると思いますよー?』
「はっ!まさか。」
『坊ちゃん……謝っといた方が良いですって。ここは夫婦円満になる為にも少しのしがらみも解消してぇぇぇえええええ?!!!』←制裁された
「っ///」←夫婦円満と言われて思わず照れて制裁した人
スキット③《黒髪・黒目について②》
エニグマ「随分と懐かしいものを見たな?娘。」
「へ?やっぱり、私の知らない間に何かあったのかな?」
エニグマ「まぁな。因みに、娘は今のその髪色…気に入っているのか?」
「ずっと見通せる神様なら、分かってるんじゃないかな?私がこの髪色を気に入ってるか気に入ってないか、なんて。」
エニグマ「ふっ。聞いただけだ。坊やじゃないが、髪色を黒にする気はないのか?」
「え…。そんなにこの髪色、おかしいかなぁ?個人的にはかなり気に入ってるんだけど…?」
エニグマ「いや何…、昔のような黒髪に未練は無いのか、と思ってな?」
「未練は無いよ。」
エニグマ「ほう?断言したな?」
「レディも私の黒髪は嫌いそうだったし、もうやることは無いんじゃないかな?」
エニグマ「クックック…!そうか。(やはりな。こればかりは、坊やが悪い。彼奴の苦難もまだまだ続きそうだな。)」
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それぞれ暫く会話を楽しんでいたが、二人は店の外へと出る。
別れを惜しむスノウとは別に、ジューダスは鼻で笑ってエニグマと別れていた。
そんなジューダスにエニグマも負けじと鼻を鳴らしていたが、スノウの手を振る様子を見て、笑みを零す。
「くれぐれも〈夢魔〉には気をつけるんだぞ。」
「うん。分かったよ。」
「……。」
『やっとデートの続きが出来そうですね!』
「そうだね。寒いけど、レディは大丈────」
その瞬間、世界の終わる音がした。