第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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116.
「そういえば、ジューダスは?」
「安心しろ。私の〈御使い〉として、他人の夢の中へと旅立っておる。」
「ははは…。相変らずだね…。」
から笑いをした私は、そのまま先程までいた彼の場所へと目を移す。
さっきまで戦闘やらで緊張していたのが、ようやく落ち着きそうだ。
「……さっきの女性は、やはり……」
「あぁ、そうだな。娘の考え通り、あれが〈無の神〉だ。どうやらお主が〈世界の神〉の御使いだとは夢にも思ってなかったようだがな。」
「……そっか。」
「その様子だと全て聞いたのだな。あの神から。」
「うん。彼……ジューダスが急に倒れた時に呼ばれたんだ。その時に教えて貰ったよ。」
「あぁ、そうだったな。三日三晩、彼奴の手を握って甲斐甲斐しく看病していたな?」
「はは。見えてたんだ?それは恥ずかしいね?」
顔を少しだけ赤くした私は、困った顔で笑う。
しかし、私の神から聞いていた通り〈無の神〉は存在していたし、早くもその存在を拝んでしまったことに心の底から溜息が出てしまう。
そんな私の心情を察したのか、エニグマが憐憫な表情をこちらに向けてきた……気がする。
なんてたって、彼女は顔が見えない。
布で覆われてその表情は到底想像が出来ないが、どことなく感情が伝わってくる時がある。
……これも、彼女と絆を結んだ証だと思いたいね。
「何だか起きて早々、色々なことがあって疲れたよ…。それに、あの魔物みたいな奴もよく分からなかったし…。」
「〈夢魔〉の事か?」
「〈夢魔〉…?聞いたことがない名前だ。」
「彼奴は人の心の隙間に入り込む悪い魔物だ。その上、人に悪夢を見せるだけ見せて、弱らせた所にその人間の“願い”を聞き、そして叶えてしまう存在だ。私の管轄の所の魔物だな。」
「……ジューダスが言ってた気がする。眠くてそれどころじゃなかったけどね。」
「“夢”というのは何も非物質性を持っている訳ではない、という事よ。」
「相変わらず難しい話だ。君達神の話はね。」
〈夢魔〉か…。
それが、〈夢の神〉の〈御使い〉となったジューダスの敵か。
人の夢の中に入り、弱らせて夢を吸い尽くす魔物と聞いてたなぁ…?
「無論、お主では歯が立たぬだろうよ。あれは〈夢の力〉を以てして、ようやく戦えるようになるのだからな。」
「……ですよねー?」
「まぁ、彼奴の事は私の所の〈御使い〉を頼れ。それこそお主があの時、ちゃんと助けを呼んだようにな。」
あの時は必死だった。
嫌な予感がしたし、何故だか“現実的”じゃなかった気がした。
薄紫色の煙を見た時に少しだけそうかな、とは思ったが……本当に彼案件の話だったとは。
本当、助けを呼んだあの時の自分を褒めてやりたいよ。
「〈アタラクシア〉が近くに居なかったのが救いだったな?」
「……そういえば、そんな単語も聞いてたんだったね…。」
「〈アタラクシア〉……、そして〈無の神〉について私の〈御使い〉には話しておらぬ。どうするかは娘に任せよう。」
「あ、そうなんだ。分かった。話かどうかはこちらで決めるよ。」
「あぁ、任せた。…それから、娘の待ち侘びた彼奴の帰還だぞ?」
「え?」
それって、もしかしてジューダスかな?
なんか、怒って帰ってきそうだな…?
「戻ったぞ!!!」
『もう!いきなり夢の中に送るのやめてくださいよ!!!?』
想像していた通りに怒って帰ってきた彼は、帰ってくるなりエニグマに噛み付いていた。
しかも、シャルティエまでも噛み付いてるので、どうやら一緒に飛ばされてジューダスと夢の中で愚痴でもこぼしていたのだろう。
私はそれを苦笑して見ていたが、念の為に回復をしておこう。
夢の中で怪我をしていたやつを回復出来るとも思えないが…。
「___ディスペルキュア。」
「…!」
回復の光が彼を包み込み、ハッと気付いたように私の方を振り返ったジューダスは、顔を綻ばせる。
そんな顔されたら、私まで嬉しくなってしまう。
「お疲れ様。ジューダス。夢の中はどう?」
「全くもって馬鹿馬鹿しい…。他人の夢など興味が無い。」
「君らしい言葉だね。どんな夢だったか聞いてみたい気もするけど……止めておくよ。他人の夢をそう簡単に聞くもんでもなさそうだしね。ちなみに、他に怪我は無い?」
「あぁ、この通りピンピンしている。飛ばされる前にお前に回復してもらったからな。」
『あの白い服の女性は?』
「消えていったよ。エニグマが追い払ってくれたんだ。」
その言葉を聞いて、ジューダスの眉間に皺が寄っていく。
きっと、何か言いたいのだろうが自分の気持ちを中々言い出せない人だから、心の中で溜め込んでしまってるのだろう。
私はそっと彼の頬へと手を当てて、優しく撫でたのだが……あまりにも体温が違いすぎた。
冷たい手で触られた彼は、ビクリと身体を震わせてすぐさま私の手を掴んだ。
「こんな寒い場所で立ち話なんてするな。話なら暖かいところでしろ。」
そう言って私ではなく、彼はエニグマを睨んでいた。
そんな彼を見て、エニグマがやれやれと肩を竦めさせていて、心の中で謝っておいた。
「……話なら私の店でするか?それとも、このまま坊や達はデートの続きでもするつもりか?」
「……。」
「なら、決まりだ。」
私は何も言っても、思ってもないが、エニグマがそう言ったということは、彼の方が心で何かを言ったのだろう。
エニグマの言葉に反応したジューダスが私の手を取ったまま歩き出した。
それはエニグマの後に続いていて、彼の中では何か話したい事があると言うこと。
私は何を聞かれるのやら、と肩を竦めながら彼の後ろを手を引かれながら歩くのだった。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
___現代・ハイデルベルグ内“願いの叶う店”
「あぁ…、暖かいね…?」
彼女が心底ホッとした様な声音でそう洩らす。
エニグマの奴の店の中に入れば、やはり中は暗く、一寸先は闇だった。
僕は迷いなく彼女の手を引きながらその闇の中を歩き出す。
「(もう、私の案内もいらないくらい、ここに来てたんだね…。少しだけ寂しいな…?)」
彼女がそんな事を思っているなんてひとつも思わない僕は、黙ったまま歩き続ける。
そしてようやくといった所で、視界の拓けた場所へと辿り着く。
ここまでで色々あって疲れていた僕は近くにあった椅子に座り、彼女は物珍しそうに辺りを見渡してはこの空間を把握しようと立ち尽くしていた。
「娘。」
「…? エニグマ?」
彼女の前に奴が急に現れる。
驚く間もなく、彼女の顔の前に手を翳したエニグマを僕がじっと見ていれば、一瞬にして彼女の瞳が薄紫へと変わった。
そのまま微睡むように目を閉じて倒れかけた彼女をエニグマが支え、そして以前のように軽々と彼女の体を持ち上げた。
「……何のつもりだ。」
『大丈夫なんですか?スノウ。』
「坊や、以前娘を閉じ込めていた“夢の力”を持つ物体を見たな?」
相変わらず奴は、何の脈絡もなく話してくる。
僕はそれを顔を顰めて聞いていた。
「……あの〈狂気の神〉の奴が使っていたアレか?」
「そうだ。そして坊やも見た、例の水晶玉と煙玉…。アレらは無論〈薄紫色のマナ〉を保有していた物体だ。つまり“夢の力”を纏っている。」
「くどいぞ。何が言いたい?」
近くに出現させたベッドへと彼女を優しく寝かせたエニグマは、こちらを一切見ることなく話し続ける。
僕が睨みながら奴に話し掛けると、奴はいつものように鼻で返事をする。
「現実世界において〈薄紫色のマナ〉は微々たる力。しかし、あれ程濃度の高いマナを保有する物体が現実世界において出回っている。」
「何だと?」
「坊やも見たはずだ。娘があの煙を吸って、自身のマナが侵されたのを。」
『た、確かにスノウのピアスも左目も…薄紫色に変わってました…!』
「それを僕に、回収しろと言っているのか?」
「それもある。だが、まずは目先の問題を解決しない事には、な?」
「目先の問題だと?」
そんな話をしていると、スノウが身動ぎをする。
しかし、何処か辛そうな顔をしている彼女に僕は顔を険しくした。
「〈夢魔〉が現実世界にいる原因…。そして“夢の力”を持つ物体が何処から市場へと出回るのか…。確かに問題は山積みだが…それ以前に、〈夢魔〉が娘に近付いたのが問題だ。お陰で“お手つき”されているぞ。」
「は?“お手つき”?」
「うっ…。くる、しい…。」
『!?』
「どういう事だ?! 何故そいつが苦しんでいる?!」
彼女の苦しそうな声で僕は思わず椅子から立ち上がる。
そして目の前の奴を睨み付けた。
「だから言っただろう?まずは目先の問題を解決しない事には……と。」
「そういう事は早く言え!!」
『どうしたらいいんですか…?!』
「それは、私の〈御使い〉であるお前なら分かるだろう?今、娘に起こっている事象が一体何なのか。そしてそれの解決方法も。」
「……。」
「ひとつだけ、ヒントをやろう。先程の私の言葉……覚えているな?」
「どれの事だ?」
先程の言葉など、沢山ありすぎて見当がつきにくい。
だが、もしかしたら────
「〈夢魔〉……そして、“お手つき”という言葉だ。」
「…まさか、現実世界にいたあの〈夢魔〉が死してなお、こいつに取り憑いているとでも言うのか?」
「分かってるじゃないか。ほら、早くしないと手遅れになるぞ?」
僕は急いで彼女が横たわるベッドへと駆けていく。
そして、そのまま両手で頬を包みこんで額同士を合わせた。
何度もやったから分かる。
他人の夢に入り込む工程を。
────僕はゆっくりとその場で目を瞬いた。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
___スノウの“夢”の中
僕が目を開ければ、見覚えのありすぎる景色が待ち受けていた。
真っ暗な世界。
“現実”とは違う、違和感のある他人の“夢”の中である。
しかし、他人と言えどここは僕の大切な人の“夢”の中だ。そんじょそこらの“夢”とは、持つべき意識も当然違う。
『スノウは何処でしょうか?』
「この空間の何処かにいるはずだ。それか、夢を見させられる前段階か…。」
僕が歩き出そうとすると、一気に周りの景色が移ろっていく。
そして、途端に足元からピチャリと音が響く。
反射的に足元を見ればそれは、水溜まりだった。
しかしその水溜まりは何処までも広がっていて、なんなら、周りの景色もあまり変わりなかった。
薄暗い空間に、見渡す限り足首まで満たされた水の貯まり場。
ここは、そんな場所だった。
「…いつの記憶だ……?」
『もしかして、モネの最期である海底洞窟でしょうか?』
「いや。それにしては水が多い…。ここまで長く、広い水場は無かったはずだ。」
足首より下に纏わり付く水に不快感を感じながら、僕は先を進んでいく。
無音の中、僕が歩いている証でもある水音が響く。
これならスノウが歩いても水音が響くだろうに。それが何故聞こえてこないのか。
────パシャ…
否、聞こえてきた…。
思わず足を止め、その音の場所の特定を急ぐ。
『この音……何処から…?』
「……。」
目を閉じて五感を研ぎ澄ませば、大分奥の方からその音が聞こえてくるのが分かる。
僕は急いで足を動かし、その音の近くに寄ろうとした。
しかし、その場所に辿り着いたは良いが…。
『へ?誰……でしょうか?』
シャルが戸惑うのも無理は無い。
だって目の前にいたのは上下に黒い服を着て、その上、下はスカート……そして黒縁メガネをした地味な女だったからだ。
悲しそうな顔でこちらを見る女は、黒髪で黒目の少女だ。
僕の知る限りで、こんな少女見たことがない。
だが、何処か既視感の様なものもあった。
その上何故か、目の前の少女から目が離せない。
僕はこんな地味な少女、見たことがないというのに。
「……お前は、誰だ…?」
「……。」
僕がそう問うと、少女は僕の質問に答えず後ろを振り返り、歩き出した。
その瞬間、あまりの眩しさに僕は咄嗟に目の前に腕を宛がった。
『ええぇぇぇぇ!!!?』
シャルの驚いた声でようやく腕を退かせる。
そこは見たこともない“街”だった。
『な、何ですか?!ここ!?』
「……ここ、は…?」
見上げるほどの高さを誇る建物ばかり並んだ街。
行き交う人、行き交う人……全員がくたびれた顔をしていたり、キャッキャと煩く笑う集団。
見たこともない金属の塊がものすごい速度で動いていたり、空には飛行竜ではなく、大きな金属で出来た何かが飛んでいる。
僕の知る世界ではないそこは、僕には衝撃的で……無論、刺激も強かった。
『って、坊ちゃん!!?さっきの女の子がいませんよ?!』
「……!! しまった…!!」
あまりにも周りの衝撃的な景色のせいで少女の事を忘れていた。
走り出そうとして誰かにぶつかり、怪訝な顔で見られる。
人ひとりなんて、簡単に見失うだろうと分かるくらい、この街の人口は多かった。
『坊ちゃん!見てください!!あの機械の中に人がいますよ!?』
「阿呆!そんな所では…」
念の為にシャルの言う機械を見てみれば、そこには確かに機械の中に人が見えた。
そこから何かを読み上げている様子が見て取れる。
立ち止まって見そうになった足を叱咤し、先程の地味な少女を探す。
スノウの“夢”と、あの地味な“少女”。
きっと何かしら深い関係があるはずだ…!
『うえぇぇぇ…。探知しても人、人、人……。頭が痛くなってきました……。』
「それほど、この街は栄えているのだろうな。」
『でも、ここまで栄えている街なんて見たことがないですよ?坊ちゃんとかなりの時間を共有していますけど……ここまでの発展した街並みは……。』
「だからこそ、見極める必要がある。あいつの“夢”とこの景色……、そしてあの謎の“少女”もだ。」
暫く走り回っていた僕だったが、土地勘も無い為に宛もなく彷徨っていたあげく結局彼女は見つからず、例の“少女”さえも見つからない始末。
そんな僕達の辿り着いた場所は、先程までの喧騒を少しだけ忘れられそうな自然のある場所だった。
川が近くにあり、土手らしき場所で一度休憩にしようかと僕達が話しているとシャルのコアクリスタルが光り輝かせる。
「ぼ、坊ちゃん!!あの女の子!!」
「はぁ?」
疲れていた僕はシャルの言う方へ顔を向ける。
するとあの謎の黒い少女を見かけた。
慌てて僕がその少女の肩を掴めば、少女は驚いた顔で僕を見上げた。
……思えば、彼女もこれくらいの背格好だったな。
?「え?あ、あの……?」
『え!? そ、その声……!!』
僕だって驚いている。
だってこの少女が放つ声は、ついこの間まで“考古学者”として身を隠していた彼女の高い声とそっくりだったのだから。
この背格好とその声……。明らかに“彼女”だと分かるのだが……いかんせん、この少女は“彼女”と似ても似つかない程、性格が真逆である。
彼女が余裕のある顔をして笑う、明るい性格なのだとしたら、この少女は陰気臭い見た目と態度をしている。
「……?」
「その……お前、名は?」
「えっと…。(うわー…!テイルズシリーズに出てくるジューダスのコスプレかなぁ…?!すごいクオリティ…!!今日はなんて幸運なんだろう…!)」
『坊ちゃん、怖がられてるんじゃないですか?』
「……。」
自分でも分かっているが、こいつに言われると癪だな。
僕は腰にある愛剣の大事な宝石へと容赦なく爪を立てる。
途端に悲鳴を上げたシャルの声に、目の前の少女がビクリと体を揺らして動揺を表した。
「え…?誰の悲鳴…?(さっきの悲鳴……ピエール・ド・シャルティエにそっくり…!え、まじか…。なんなん?もしかして、私今日死ぬん?いくら何でも幸せすぎん?)」
「お前…スノウじゃないのか?」
「……? いえ、私は……」
「綴〜!」
『「え?/は?」』
同じ黒い服装をした別の少女が、目の前の少女に抱き着く。
その様子からして二人は仲が良さそうに見えたが、目の前の【綴】と呼ばれた少女は抱き着いたもう一人の少女を見てキョトンとした顔を向けていた。
それはそれは、不思議そうな顔で。
「もうっ!置いて行かないでよ〜? 美術の課外授業、一緒にしようって、あれだけ言ったじゃなーい!」
いやに元気な少女だ。とにかく煩いし、キャピキャピと騒ぎ立てながら少女に擦り寄っている。
そんな小煩い少女の言葉に、少し考える素振りを見せた【綴】と呼ばれた少女。
その仕草すら、スノウの片鱗があって僕達は戸惑った。
「そう…でしたね。すみません。」
「綴だから許してあげる!私達、“親友”だもんね!!」
「は、はい…。」
戸惑いながらも返事をした綴は、煩い少女に引っ張られて僕の前から立ち去ろうとする。
それを見た僕は慌てて綴という少女に声を掛けた。
「待ってくれ!」
「……綴、あの人知り合い?」
「いえ……さっき、話しかけられて…。」
「知り合いじゃないなら危ないよ〜! 早く行って先生に言おう!?」
「いや…でも、この人は……悪い人じゃないと…思う…。」
「え?なんで?」
「(こんなジューダスのコスプレしている人が悪者だなんて思えない〜〜〜…!なんて言ったら、この子を困らせるだけだろうしなぁ…?どうしようか…?)」
答えあぐねている少女に僕はチャンスだとばかりに腕を掴み、とにかく話がしたいが為に人気の居ない場所へと連れて行こうとする。
すると、隣りに居た女が再び金切り声を上げて抗議の声を上げる。
「ちょっと!警察を呼ぶわよ!!?」
『ケーサツ…って、何でしょうか?』
「あ、あの…!?」
「……少し話がしたい。一緒に来てくれ。」
僕は少女の返事を聞かずに、そのまま走り出した。
時折転びそうになる少女を少しだけ気にして、走る速度を変えたが……こう言っては何だが、スノウとは運動神経が違いすぎる。
スノウならばこの速度について来れていたのだが…。
「(やばいって…!どんだけ早いんだ、この人…!!)」
『大丈夫ですか?えっと……綴さん?』
「はっ、はいっ…!(…これでも必死ですけどね!?)」
やはり、この少女……シャルの声が聞こえている。
【綴】と呼ばれた少女とスノウは同一人物なのか、それとも……全くの別人なのか。
だが……時折感じる違和感もありながら、同時に既視感も感じてしまう。
もう訳が分からない…。
大分走った僕らは、ようやく人気の居ない場所に来れた。
そこは建物と建物の間の様な場所だ。
膝に手をつき、息を切らしている少女を振り返れば、少女は何故だか知らないがこちらに謝ってきた。
「す、すみません…。体力には自信があったのですが……さ、流石ですね…!?お早いです…。」
「運動不足か?」
「否定は…しませんが……。これでも学校では体力はある方です…。」
「ガッコウ?」
「え?知りませんか?学校。……えっと、そうですね…?どう言ったら伝わるでしょうか?…学び舎、とかですかね?」
『へぇ…!学び舎なんてあるんですねぇ!!素晴らしいです! 僕のオリジナルの時代には無かったなぁ…?坊ちゃんは家庭教師が付いていたので、学び舎みたいな場所は行かなくても良かったですもんね!』
「そう、だな…。」
「(この人達、忠実に世界観を守ってるなぁ…。確かに、デスティニーの時代とかは“学校”なんて言葉出てこなかったし…。リオンは家庭教師で学んでいたとも聞いてるし……すごいなぁ…?)」
僅かに感動している様子の少女に僕は無意識に怪訝な顔をしていたようで、少女は僕の顔を見ると慌てて視線を逸らした。
それはもう、気まずそうに。
「(やば…。じっと見ていたのバレたかな…?)……え、えっと。話って言うのは…?」
「ここらに蒼い髪をして、海色の瞳を持った……男の様な奴を見かけなかったか?」
「……? 海色の瞳ってことは…カラコン、ですかね?それに、蒼い髪なんて見たら忘れられないと思うのですが……すみません、見たことないです……。お役に立てず、すみません。」
「カラコン…??」
『何でしょうか?僕のコアクリスタルみたいな物の名称でしょうか?』
聞いたことのない単語ばかり出てくる。
ガッコウやら、ケーサツ……それにカラコン…か。
この世界は一体、何なんだろうか。
スノウの夢だとして、何故こんなにも発展した街並みが夢として出てきたのか…。
そんな僕らに少しだけ目を丸くさせた少女は、優しい笑顔で先程の言葉を解説してくれた。
「カラコンは“カラーコンタクトレンズ”と言って、瞳の色を変えれるものなんです。ただ……瞳に傷がつくから失明するとかよく聞きますし……あれもオシャレの一環ですよね。やられる方も多いですよ。」
『あー!レンズなんですねー!…でも、あんな硬いレンズを目に入れるなんて……恐ろしいですね…?僕ならやりませんよ。』
「ここの人間はすごいな。お洒落の為なら何でもする、と言うのか…?」
「ははは……。あながち、間違ってないかもしれません。お洒落して好きな人の気を引いたり、誰かに注目してもらうのが夢だって言う人もいますから。」
「……お前は?」
「??」
「お前も、そういった部類の人間なのか?」
「私は流石にそこまではやりません。でも、あなた方もコスプレされるくらいだからオシャレには人一倍気を遣われているのではないですか?」
『「コスプレ……?」』
全然話が進まない……。
ここまで話が進まないのも珍しいが、知らない単語を連続して出されるというのも不合理だな。
取り敢えず、この少女について色々と聞こう。
そう考えて、僕は口を開きかけたが────
「あー!!いたっ!!!」
あの煩い少女の声が、この空間にいやに響いた。
そして綴と呼ばれる少女を自分の背中に押しやり、こちらを睨んできたではないか。
「変態!こんな場所に連れ込んで綴に何する気よ!!?」
「なっ…?!」
『まぁ……半ば、誘拐みたいなものでしたからねぇ…?』
「お前まで…!!」
確かに強制的に連れてきた手前、何も言い返せない。
だが、決してやましいことをしようとしたわけではない!!
断じて!!
「あ、あの…!」
「何だ。お前まで何か言いたいのか?」
「その……握手、してもらえませんか…?(よしっ!言えたぞ…!!こんな機会、めったにお目にかかれるものじゃないし!こんな凄腕のコスプレイヤーさんと握手したなんて、人生で一番の思い出になるかもしれない…!……それに、大好きなキャラと握手出来るなんて……最高すぎて死にそう……。)」
少女は恐る恐る僕の方へと手を差し出す。
僕は怪訝な顔をしたが、すぐに少女へ手を伸ばせば、この手をゆっくりと握られた。
その小さな手を握り返そうとする前に、サッと手を引かれてしまったので思わず唖然としてしまう。
しかし少女はそんな僕の気持ちも知らずに、その手を大切そうにもう片方の手で持ち、胸の前でギュッと握っては嬉しそうに……そして幸せそうな顔をさせていた。
その顔はやはり、彼女と瓜ふたつで……。
「っ…!? スノウ───」
「綴!!行くわよ!!」
痺れを切らした煩い女が、幸せいっぱいの顔をしていた少女を引っ張っていく。
それでも幸せそうなその少女の顔が崩れることはなかった。
僕は思わずといった具合で手を伸ばしたが、虚しくも空を切ってしまう。
あの少女はもう、見えなくなっていた。
『……どうしますか?坊ちゃん……。』
「……確信、を得た気がする。あの綴と呼ばれていた少女は────スノウ本人だ。」
『え?!でも、名前が全然違いますし……なんと言っても、運動神経が……スノウと違いすぎると言いますか…。見た目も……。』
「もし“スノウ自身の能力をこの夢の中で消されているとしたら”……。あながち、間違ってはいないだろう。それに……僕の手を握って、あんな幸せそうな馬鹿面を見せるのは、今も後にも…あいつだけだろうしな。」
『……!!』
僕のその言葉に、シャルも頷くようにコアクリスタルに光を灯す。
そうして僕達が綴を追いかけようとすると、急に場面が切り替わる。
他人の夢の中に居たら、よく起きる現象である。
もう見慣れたそれに足を止めて天を見上げれば、そこには満点の星空が見えた。
時間は夜になったが、僕達の周りの場所も切り変わっていた。
『最早、夢の中だと驚きもしませんね。』
「不可思議な現象こそ、夢の中の醍醐味というからな。……どっかの横暴な神がそう言っていた。」
『それ……〈夢の神〉しか居ないじゃないですか。』
満天の星空と云えど、そこは暗く、あたりを見渡しても識別出来ない程薄暗かった。
ひとつ分かるのが、目の前にある建物は横に長く、建物自体は3階程しかなさそうな低層の建物だということ。
そして、今僕達がいるのは、その建物の前だということ────
「た、助けて……!!」
こんな暗い場所で、その上、聞き覚えのあるあの煩い声が聞こえてくる。
建物の中から聞こえてきたそれは、やはりあの小煩い女である。
肝心の彼女は何処にもいない。
こちらに向かってくる女を睨み付ければ、女はそんな僕に臆した様子なく話し掛けて来るではないか。
「助けて!! 綴が…!綴がっ!!!」
「っ!?」
『えっ?! 急に?!』
綴と言えば、先程僕の手を握って嬉しそうにしていた少女だ。
あの少女がスノウ本人だと思っている僕には、その女の言葉で焦燥感を煽られてしまう。
「早く!こっちよ!!」
女の言葉に疑いもせず、僕達は案内されるままに階段を登っていき、とある部屋に通される。
慌てて入った僕は、彼女の姿を必死に探した。
だから、気付かなかったのだ。
後ろから忍び寄る魔の手に────
『っ、坊ちゃん?!後ろっ!!!!』
シャルの声が聞こえた瞬間、僕は頭に衝撃を受けていた。
それはかなりの衝撃で、一瞬にして目の前が真っ暗になった。
────僕は、そのまま気を失って前へと倒れていた。
「そういえば、ジューダスは?」
「安心しろ。私の〈御使い〉として、他人の夢の中へと旅立っておる。」
「ははは…。相変らずだね…。」
から笑いをした私は、そのまま先程までいた彼の場所へと目を移す。
さっきまで戦闘やらで緊張していたのが、ようやく落ち着きそうだ。
「……さっきの女性は、やはり……」
「あぁ、そうだな。娘の考え通り、あれが〈無の神〉だ。どうやらお主が〈世界の神〉の御使いだとは夢にも思ってなかったようだがな。」
「……そっか。」
「その様子だと全て聞いたのだな。あの神から。」
「うん。彼……ジューダスが急に倒れた時に呼ばれたんだ。その時に教えて貰ったよ。」
「あぁ、そうだったな。三日三晩、彼奴の手を握って甲斐甲斐しく看病していたな?」
「はは。見えてたんだ?それは恥ずかしいね?」
顔を少しだけ赤くした私は、困った顔で笑う。
しかし、私の神から聞いていた通り〈無の神〉は存在していたし、早くもその存在を拝んでしまったことに心の底から溜息が出てしまう。
そんな私の心情を察したのか、エニグマが憐憫な表情をこちらに向けてきた……気がする。
なんてたって、彼女は顔が見えない。
布で覆われてその表情は到底想像が出来ないが、どことなく感情が伝わってくる時がある。
……これも、彼女と絆を結んだ証だと思いたいね。
「何だか起きて早々、色々なことがあって疲れたよ…。それに、あの魔物みたいな奴もよく分からなかったし…。」
「〈夢魔〉の事か?」
「〈夢魔〉…?聞いたことがない名前だ。」
「彼奴は人の心の隙間に入り込む悪い魔物だ。その上、人に悪夢を見せるだけ見せて、弱らせた所にその人間の“願い”を聞き、そして叶えてしまう存在だ。私の管轄の所の魔物だな。」
「……ジューダスが言ってた気がする。眠くてそれどころじゃなかったけどね。」
「“夢”というのは何も非物質性を持っている訳ではない、という事よ。」
「相変わらず難しい話だ。君達神の話はね。」
〈夢魔〉か…。
それが、〈夢の神〉の〈御使い〉となったジューダスの敵か。
人の夢の中に入り、弱らせて夢を吸い尽くす魔物と聞いてたなぁ…?
「無論、お主では歯が立たぬだろうよ。あれは〈夢の力〉を以てして、ようやく戦えるようになるのだからな。」
「……ですよねー?」
「まぁ、彼奴の事は私の所の〈御使い〉を頼れ。それこそお主があの時、ちゃんと助けを呼んだようにな。」
あの時は必死だった。
嫌な予感がしたし、何故だか“現実的”じゃなかった気がした。
薄紫色の煙を見た時に少しだけそうかな、とは思ったが……本当に彼案件の話だったとは。
本当、助けを呼んだあの時の自分を褒めてやりたいよ。
「〈アタラクシア〉が近くに居なかったのが救いだったな?」
「……そういえば、そんな単語も聞いてたんだったね…。」
「〈アタラクシア〉……、そして〈無の神〉について私の〈御使い〉には話しておらぬ。どうするかは娘に任せよう。」
「あ、そうなんだ。分かった。話かどうかはこちらで決めるよ。」
「あぁ、任せた。…それから、娘の待ち侘びた彼奴の帰還だぞ?」
「え?」
それって、もしかしてジューダスかな?
なんか、怒って帰ってきそうだな…?
「戻ったぞ!!!」
『もう!いきなり夢の中に送るのやめてくださいよ!!!?』
想像していた通りに怒って帰ってきた彼は、帰ってくるなりエニグマに噛み付いていた。
しかも、シャルティエまでも噛み付いてるので、どうやら一緒に飛ばされてジューダスと夢の中で愚痴でもこぼしていたのだろう。
私はそれを苦笑して見ていたが、念の為に回復をしておこう。
夢の中で怪我をしていたやつを回復出来るとも思えないが…。
「___ディスペルキュア。」
「…!」
回復の光が彼を包み込み、ハッと気付いたように私の方を振り返ったジューダスは、顔を綻ばせる。
そんな顔されたら、私まで嬉しくなってしまう。
「お疲れ様。ジューダス。夢の中はどう?」
「全くもって馬鹿馬鹿しい…。他人の夢など興味が無い。」
「君らしい言葉だね。どんな夢だったか聞いてみたい気もするけど……止めておくよ。他人の夢をそう簡単に聞くもんでもなさそうだしね。ちなみに、他に怪我は無い?」
「あぁ、この通りピンピンしている。飛ばされる前にお前に回復してもらったからな。」
『あの白い服の女性は?』
「消えていったよ。エニグマが追い払ってくれたんだ。」
その言葉を聞いて、ジューダスの眉間に皺が寄っていく。
きっと、何か言いたいのだろうが自分の気持ちを中々言い出せない人だから、心の中で溜め込んでしまってるのだろう。
私はそっと彼の頬へと手を当てて、優しく撫でたのだが……あまりにも体温が違いすぎた。
冷たい手で触られた彼は、ビクリと身体を震わせてすぐさま私の手を掴んだ。
「こんな寒い場所で立ち話なんてするな。話なら暖かいところでしろ。」
そう言って私ではなく、彼はエニグマを睨んでいた。
そんな彼を見て、エニグマがやれやれと肩を竦めさせていて、心の中で謝っておいた。
「……話なら私の店でするか?それとも、このまま坊や達はデートの続きでもするつもりか?」
「……。」
「なら、決まりだ。」
私は何も言っても、思ってもないが、エニグマがそう言ったということは、彼の方が心で何かを言ったのだろう。
エニグマの言葉に反応したジューダスが私の手を取ったまま歩き出した。
それはエニグマの後に続いていて、彼の中では何か話したい事があると言うこと。
私は何を聞かれるのやら、と肩を竦めながら彼の後ろを手を引かれながら歩くのだった。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
___現代・ハイデルベルグ内“願いの叶う店”
「あぁ…、暖かいね…?」
彼女が心底ホッとした様な声音でそう洩らす。
エニグマの奴の店の中に入れば、やはり中は暗く、一寸先は闇だった。
僕は迷いなく彼女の手を引きながらその闇の中を歩き出す。
「(もう、私の案内もいらないくらい、ここに来てたんだね…。少しだけ寂しいな…?)」
彼女がそんな事を思っているなんてひとつも思わない僕は、黙ったまま歩き続ける。
そしてようやくといった所で、視界の拓けた場所へと辿り着く。
ここまでで色々あって疲れていた僕は近くにあった椅子に座り、彼女は物珍しそうに辺りを見渡してはこの空間を把握しようと立ち尽くしていた。
「娘。」
「…? エニグマ?」
彼女の前に奴が急に現れる。
驚く間もなく、彼女の顔の前に手を翳したエニグマを僕がじっと見ていれば、一瞬にして彼女の瞳が薄紫へと変わった。
そのまま微睡むように目を閉じて倒れかけた彼女をエニグマが支え、そして以前のように軽々と彼女の体を持ち上げた。
「……何のつもりだ。」
『大丈夫なんですか?スノウ。』
「坊や、以前娘を閉じ込めていた“夢の力”を持つ物体を見たな?」
相変わらず奴は、何の脈絡もなく話してくる。
僕はそれを顔を顰めて聞いていた。
「……あの〈狂気の神〉の奴が使っていたアレか?」
「そうだ。そして坊やも見た、例の水晶玉と煙玉…。アレらは無論〈薄紫色のマナ〉を保有していた物体だ。つまり“夢の力”を纏っている。」
「くどいぞ。何が言いたい?」
近くに出現させたベッドへと彼女を優しく寝かせたエニグマは、こちらを一切見ることなく話し続ける。
僕が睨みながら奴に話し掛けると、奴はいつものように鼻で返事をする。
「現実世界において〈薄紫色のマナ〉は微々たる力。しかし、あれ程濃度の高いマナを保有する物体が現実世界において出回っている。」
「何だと?」
「坊やも見たはずだ。娘があの煙を吸って、自身のマナが侵されたのを。」
『た、確かにスノウのピアスも左目も…薄紫色に変わってました…!』
「それを僕に、回収しろと言っているのか?」
「それもある。だが、まずは目先の問題を解決しない事には、な?」
「目先の問題だと?」
そんな話をしていると、スノウが身動ぎをする。
しかし、何処か辛そうな顔をしている彼女に僕は顔を険しくした。
「〈夢魔〉が現実世界にいる原因…。そして“夢の力”を持つ物体が何処から市場へと出回るのか…。確かに問題は山積みだが…それ以前に、〈夢魔〉が娘に近付いたのが問題だ。お陰で“お手つき”されているぞ。」
「は?“お手つき”?」
「うっ…。くる、しい…。」
『!?』
「どういう事だ?! 何故そいつが苦しんでいる?!」
彼女の苦しそうな声で僕は思わず椅子から立ち上がる。
そして目の前の奴を睨み付けた。
「だから言っただろう?まずは目先の問題を解決しない事には……と。」
「そういう事は早く言え!!」
『どうしたらいいんですか…?!』
「それは、私の〈御使い〉であるお前なら分かるだろう?今、娘に起こっている事象が一体何なのか。そしてそれの解決方法も。」
「……。」
「ひとつだけ、ヒントをやろう。先程の私の言葉……覚えているな?」
「どれの事だ?」
先程の言葉など、沢山ありすぎて見当がつきにくい。
だが、もしかしたら────
「〈夢魔〉……そして、“お手つき”という言葉だ。」
「…まさか、現実世界にいたあの〈夢魔〉が死してなお、こいつに取り憑いているとでも言うのか?」
「分かってるじゃないか。ほら、早くしないと手遅れになるぞ?」
僕は急いで彼女が横たわるベッドへと駆けていく。
そして、そのまま両手で頬を包みこんで額同士を合わせた。
何度もやったから分かる。
他人の夢に入り込む工程を。
────僕はゆっくりとその場で目を瞬いた。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
___スノウの“夢”の中
僕が目を開ければ、見覚えのありすぎる景色が待ち受けていた。
真っ暗な世界。
“現実”とは違う、違和感のある他人の“夢”の中である。
しかし、他人と言えどここは僕の大切な人の“夢”の中だ。そんじょそこらの“夢”とは、持つべき意識も当然違う。
『スノウは何処でしょうか?』
「この空間の何処かにいるはずだ。それか、夢を見させられる前段階か…。」
僕が歩き出そうとすると、一気に周りの景色が移ろっていく。
そして、途端に足元からピチャリと音が響く。
反射的に足元を見ればそれは、水溜まりだった。
しかしその水溜まりは何処までも広がっていて、なんなら、周りの景色もあまり変わりなかった。
薄暗い空間に、見渡す限り足首まで満たされた水の貯まり場。
ここは、そんな場所だった。
「…いつの記憶だ……?」
『もしかして、モネの最期である海底洞窟でしょうか?』
「いや。それにしては水が多い…。ここまで長く、広い水場は無かったはずだ。」
足首より下に纏わり付く水に不快感を感じながら、僕は先を進んでいく。
無音の中、僕が歩いている証でもある水音が響く。
これならスノウが歩いても水音が響くだろうに。それが何故聞こえてこないのか。
────パシャ…
否、聞こえてきた…。
思わず足を止め、その音の場所の特定を急ぐ。
『この音……何処から…?』
「……。」
目を閉じて五感を研ぎ澄ませば、大分奥の方からその音が聞こえてくるのが分かる。
僕は急いで足を動かし、その音の近くに寄ろうとした。
しかし、その場所に辿り着いたは良いが…。
『へ?誰……でしょうか?』
シャルが戸惑うのも無理は無い。
だって目の前にいたのは上下に黒い服を着て、その上、下はスカート……そして黒縁メガネをした地味な女だったからだ。
悲しそうな顔でこちらを見る女は、黒髪で黒目の少女だ。
僕の知る限りで、こんな少女見たことがない。
だが、何処か既視感の様なものもあった。
その上何故か、目の前の少女から目が離せない。
僕はこんな地味な少女、見たことがないというのに。
「……お前は、誰だ…?」
「……。」
僕がそう問うと、少女は僕の質問に答えず後ろを振り返り、歩き出した。
その瞬間、あまりの眩しさに僕は咄嗟に目の前に腕を宛がった。
『ええぇぇぇぇ!!!?』
シャルの驚いた声でようやく腕を退かせる。
そこは見たこともない“街”だった。
『な、何ですか?!ここ!?』
「……ここ、は…?」
見上げるほどの高さを誇る建物ばかり並んだ街。
行き交う人、行き交う人……全員がくたびれた顔をしていたり、キャッキャと煩く笑う集団。
見たこともない金属の塊がものすごい速度で動いていたり、空には飛行竜ではなく、大きな金属で出来た何かが飛んでいる。
僕の知る世界ではないそこは、僕には衝撃的で……無論、刺激も強かった。
『って、坊ちゃん!!?さっきの女の子がいませんよ?!』
「……!! しまった…!!」
あまりにも周りの衝撃的な景色のせいで少女の事を忘れていた。
走り出そうとして誰かにぶつかり、怪訝な顔で見られる。
人ひとりなんて、簡単に見失うだろうと分かるくらい、この街の人口は多かった。
『坊ちゃん!見てください!!あの機械の中に人がいますよ!?』
「阿呆!そんな所では…」
念の為にシャルの言う機械を見てみれば、そこには確かに機械の中に人が見えた。
そこから何かを読み上げている様子が見て取れる。
立ち止まって見そうになった足を叱咤し、先程の地味な少女を探す。
スノウの“夢”と、あの地味な“少女”。
きっと何かしら深い関係があるはずだ…!
『うえぇぇぇ…。探知しても人、人、人……。頭が痛くなってきました……。』
「それほど、この街は栄えているのだろうな。」
『でも、ここまで栄えている街なんて見たことがないですよ?坊ちゃんとかなりの時間を共有していますけど……ここまでの発展した街並みは……。』
「だからこそ、見極める必要がある。あいつの“夢”とこの景色……、そしてあの謎の“少女”もだ。」
暫く走り回っていた僕だったが、土地勘も無い為に宛もなく彷徨っていたあげく結局彼女は見つからず、例の“少女”さえも見つからない始末。
そんな僕達の辿り着いた場所は、先程までの喧騒を少しだけ忘れられそうな自然のある場所だった。
川が近くにあり、土手らしき場所で一度休憩にしようかと僕達が話しているとシャルのコアクリスタルが光り輝かせる。
「ぼ、坊ちゃん!!あの女の子!!」
「はぁ?」
疲れていた僕はシャルの言う方へ顔を向ける。
するとあの謎の黒い少女を見かけた。
慌てて僕がその少女の肩を掴めば、少女は驚いた顔で僕を見上げた。
……思えば、彼女もこれくらいの背格好だったな。
?「え?あ、あの……?」
『え!? そ、その声……!!』
僕だって驚いている。
だってこの少女が放つ声は、ついこの間まで“考古学者”として身を隠していた彼女の高い声とそっくりだったのだから。
この背格好とその声……。明らかに“彼女”だと分かるのだが……いかんせん、この少女は“彼女”と似ても似つかない程、性格が真逆である。
彼女が余裕のある顔をして笑う、明るい性格なのだとしたら、この少女は陰気臭い見た目と態度をしている。
「……?」
「その……お前、名は?」
「えっと…。(うわー…!テイルズシリーズに出てくるジューダスのコスプレかなぁ…?!すごいクオリティ…!!今日はなんて幸運なんだろう…!)」
『坊ちゃん、怖がられてるんじゃないですか?』
「……。」
自分でも分かっているが、こいつに言われると癪だな。
僕は腰にある愛剣の大事な宝石へと容赦なく爪を立てる。
途端に悲鳴を上げたシャルの声に、目の前の少女がビクリと体を揺らして動揺を表した。
「え…?誰の悲鳴…?(さっきの悲鳴……ピエール・ド・シャルティエにそっくり…!え、まじか…。なんなん?もしかして、私今日死ぬん?いくら何でも幸せすぎん?)」
「お前…スノウじゃないのか?」
「……? いえ、私は……」
「綴〜!」
『「え?/は?」』
同じ黒い服装をした別の少女が、目の前の少女に抱き着く。
その様子からして二人は仲が良さそうに見えたが、目の前の【綴】と呼ばれた少女は抱き着いたもう一人の少女を見てキョトンとした顔を向けていた。
それはそれは、不思議そうな顔で。
「もうっ!置いて行かないでよ〜? 美術の課外授業、一緒にしようって、あれだけ言ったじゃなーい!」
いやに元気な少女だ。とにかく煩いし、キャピキャピと騒ぎ立てながら少女に擦り寄っている。
そんな小煩い少女の言葉に、少し考える素振りを見せた【綴】と呼ばれた少女。
その仕草すら、スノウの片鱗があって僕達は戸惑った。
「そう…でしたね。すみません。」
「綴だから許してあげる!私達、“親友”だもんね!!」
「は、はい…。」
戸惑いながらも返事をした綴は、煩い少女に引っ張られて僕の前から立ち去ろうとする。
それを見た僕は慌てて綴という少女に声を掛けた。
「待ってくれ!」
「……綴、あの人知り合い?」
「いえ……さっき、話しかけられて…。」
「知り合いじゃないなら危ないよ〜! 早く行って先生に言おう!?」
「いや…でも、この人は……悪い人じゃないと…思う…。」
「え?なんで?」
「(こんなジューダスのコスプレしている人が悪者だなんて思えない〜〜〜…!なんて言ったら、この子を困らせるだけだろうしなぁ…?どうしようか…?)」
答えあぐねている少女に僕はチャンスだとばかりに腕を掴み、とにかく話がしたいが為に人気の居ない場所へと連れて行こうとする。
すると、隣りに居た女が再び金切り声を上げて抗議の声を上げる。
「ちょっと!警察を呼ぶわよ!!?」
『ケーサツ…って、何でしょうか?』
「あ、あの…!?」
「……少し話がしたい。一緒に来てくれ。」
僕は少女の返事を聞かずに、そのまま走り出した。
時折転びそうになる少女を少しだけ気にして、走る速度を変えたが……こう言っては何だが、スノウとは運動神経が違いすぎる。
スノウならばこの速度について来れていたのだが…。
「(やばいって…!どんだけ早いんだ、この人…!!)」
『大丈夫ですか?えっと……綴さん?』
「はっ、はいっ…!(…これでも必死ですけどね!?)」
やはり、この少女……シャルの声が聞こえている。
【綴】と呼ばれた少女とスノウは同一人物なのか、それとも……全くの別人なのか。
だが……時折感じる違和感もありながら、同時に既視感も感じてしまう。
もう訳が分からない…。
大分走った僕らは、ようやく人気の居ない場所に来れた。
そこは建物と建物の間の様な場所だ。
膝に手をつき、息を切らしている少女を振り返れば、少女は何故だか知らないがこちらに謝ってきた。
「す、すみません…。体力には自信があったのですが……さ、流石ですね…!?お早いです…。」
「運動不足か?」
「否定は…しませんが……。これでも学校では体力はある方です…。」
「ガッコウ?」
「え?知りませんか?学校。……えっと、そうですね…?どう言ったら伝わるでしょうか?…学び舎、とかですかね?」
『へぇ…!学び舎なんてあるんですねぇ!!素晴らしいです! 僕のオリジナルの時代には無かったなぁ…?坊ちゃんは家庭教師が付いていたので、学び舎みたいな場所は行かなくても良かったですもんね!』
「そう、だな…。」
「(この人達、忠実に世界観を守ってるなぁ…。確かに、デスティニーの時代とかは“学校”なんて言葉出てこなかったし…。リオンは家庭教師で学んでいたとも聞いてるし……すごいなぁ…?)」
僅かに感動している様子の少女に僕は無意識に怪訝な顔をしていたようで、少女は僕の顔を見ると慌てて視線を逸らした。
それはもう、気まずそうに。
「(やば…。じっと見ていたのバレたかな…?)……え、えっと。話って言うのは…?」
「ここらに蒼い髪をして、海色の瞳を持った……男の様な奴を見かけなかったか?」
「……? 海色の瞳ってことは…カラコン、ですかね?それに、蒼い髪なんて見たら忘れられないと思うのですが……すみません、見たことないです……。お役に立てず、すみません。」
「カラコン…??」
『何でしょうか?僕のコアクリスタルみたいな物の名称でしょうか?』
聞いたことのない単語ばかり出てくる。
ガッコウやら、ケーサツ……それにカラコン…か。
この世界は一体、何なんだろうか。
スノウの夢だとして、何故こんなにも発展した街並みが夢として出てきたのか…。
そんな僕らに少しだけ目を丸くさせた少女は、優しい笑顔で先程の言葉を解説してくれた。
「カラコンは“カラーコンタクトレンズ”と言って、瞳の色を変えれるものなんです。ただ……瞳に傷がつくから失明するとかよく聞きますし……あれもオシャレの一環ですよね。やられる方も多いですよ。」
『あー!レンズなんですねー!…でも、あんな硬いレンズを目に入れるなんて……恐ろしいですね…?僕ならやりませんよ。』
「ここの人間はすごいな。お洒落の為なら何でもする、と言うのか…?」
「ははは……。あながち、間違ってないかもしれません。お洒落して好きな人の気を引いたり、誰かに注目してもらうのが夢だって言う人もいますから。」
「……お前は?」
「??」
「お前も、そういった部類の人間なのか?」
「私は流石にそこまではやりません。でも、あなた方もコスプレされるくらいだからオシャレには人一倍気を遣われているのではないですか?」
『「コスプレ……?」』
全然話が進まない……。
ここまで話が進まないのも珍しいが、知らない単語を連続して出されるというのも不合理だな。
取り敢えず、この少女について色々と聞こう。
そう考えて、僕は口を開きかけたが────
「あー!!いたっ!!!」
あの煩い少女の声が、この空間にいやに響いた。
そして綴と呼ばれる少女を自分の背中に押しやり、こちらを睨んできたではないか。
「変態!こんな場所に連れ込んで綴に何する気よ!!?」
「なっ…?!」
『まぁ……半ば、誘拐みたいなものでしたからねぇ…?』
「お前まで…!!」
確かに強制的に連れてきた手前、何も言い返せない。
だが、決してやましいことをしようとしたわけではない!!
断じて!!
「あ、あの…!」
「何だ。お前まで何か言いたいのか?」
「その……握手、してもらえませんか…?(よしっ!言えたぞ…!!こんな機会、めったにお目にかかれるものじゃないし!こんな凄腕のコスプレイヤーさんと握手したなんて、人生で一番の思い出になるかもしれない…!……それに、大好きなキャラと握手出来るなんて……最高すぎて死にそう……。)」
少女は恐る恐る僕の方へと手を差し出す。
僕は怪訝な顔をしたが、すぐに少女へ手を伸ばせば、この手をゆっくりと握られた。
その小さな手を握り返そうとする前に、サッと手を引かれてしまったので思わず唖然としてしまう。
しかし少女はそんな僕の気持ちも知らずに、その手を大切そうにもう片方の手で持ち、胸の前でギュッと握っては嬉しそうに……そして幸せそうな顔をさせていた。
その顔はやはり、彼女と瓜ふたつで……。
「っ…!? スノウ───」
「綴!!行くわよ!!」
痺れを切らした煩い女が、幸せいっぱいの顔をしていた少女を引っ張っていく。
それでも幸せそうなその少女の顔が崩れることはなかった。
僕は思わずといった具合で手を伸ばしたが、虚しくも空を切ってしまう。
あの少女はもう、見えなくなっていた。
『……どうしますか?坊ちゃん……。』
「……確信、を得た気がする。あの綴と呼ばれていた少女は────スノウ本人だ。」
『え?!でも、名前が全然違いますし……なんと言っても、運動神経が……スノウと違いすぎると言いますか…。見た目も……。』
「もし“スノウ自身の能力をこの夢の中で消されているとしたら”……。あながち、間違ってはいないだろう。それに……僕の手を握って、あんな幸せそうな馬鹿面を見せるのは、今も後にも…あいつだけだろうしな。」
『……!!』
僕のその言葉に、シャルも頷くようにコアクリスタルに光を灯す。
そうして僕達が綴を追いかけようとすると、急に場面が切り替わる。
他人の夢の中に居たら、よく起きる現象である。
もう見慣れたそれに足を止めて天を見上げれば、そこには満点の星空が見えた。
時間は夜になったが、僕達の周りの場所も切り変わっていた。
『最早、夢の中だと驚きもしませんね。』
「不可思議な現象こそ、夢の中の醍醐味というからな。……どっかの横暴な神がそう言っていた。」
『それ……〈夢の神〉しか居ないじゃないですか。』
満天の星空と云えど、そこは暗く、あたりを見渡しても識別出来ない程薄暗かった。
ひとつ分かるのが、目の前にある建物は横に長く、建物自体は3階程しかなさそうな低層の建物だということ。
そして、今僕達がいるのは、その建物の前だということ────
「た、助けて……!!」
こんな暗い場所で、その上、聞き覚えのあるあの煩い声が聞こえてくる。
建物の中から聞こえてきたそれは、やはりあの小煩い女である。
肝心の彼女は何処にもいない。
こちらに向かってくる女を睨み付ければ、女はそんな僕に臆した様子なく話し掛けて来るではないか。
「助けて!! 綴が…!綴がっ!!!」
「っ!?」
『えっ?! 急に?!』
綴と言えば、先程僕の手を握って嬉しそうにしていた少女だ。
あの少女がスノウ本人だと思っている僕には、その女の言葉で焦燥感を煽られてしまう。
「早く!こっちよ!!」
女の言葉に疑いもせず、僕達は案内されるままに階段を登っていき、とある部屋に通される。
慌てて入った僕は、彼女の姿を必死に探した。
だから、気付かなかったのだ。
後ろから忍び寄る魔の手に────
『っ、坊ちゃん?!後ろっ!!!!』
シャルの声が聞こえた瞬間、僕は頭に衝撃を受けていた。
それはかなりの衝撃で、一瞬にして目の前が真っ暗になった。
────僕は、そのまま気を失って前へと倒れていた。