第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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「あーあ。」
「今度はなんだ。」
「馬鹿みたいに悩んだのを悔やんでるところ。君はいつだって隣にいてくれる、ってばっかり言ってくれるから。だから、何か自分一人で思い悩んでたのがおかしいなって。」
「だから…。いつも言ってるだろうが。この僕があそこまで言ってるんだ。後は…察しろ、阿呆。」
「ふふ、分かってるって。でもね?私の言ったあれは嘘じゃない。君の幸せを一番に願ってるのは私だって、少しは分かって欲しいな?レディ。」
お互いに歩きながら前を見て話していたが、最後の会話だけは顔を覗き込むようにして、スノウが顔を傾ける。
それを視線だけ動かしてジューダスが見遣る。
そしてすぐに眉間に皺を寄せた。
「君の親友として。君に好きな人とか恋人が出来たら教えてよ。すぐに応援の用意するから。」
「用意って…。はぁ…。」
「逆にさ?君の好きなタイプ聞いておきたいかな?……まぁ、何となく察するけどさ。」
「……。」
ジューダスは一度立ち止まるとスノウをひたと見て、そしてこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。
そんな彼を見たスノウは目を丸くさせたが、ジューダスの回答を待っていた。
ジューダスもまた、それを分かってしまい、視線を逸らせながらも答えてあげていた。
「僕の好きな奴は……泣き虫で、寂しがり屋で……」
「うんうん。」
「…そして破天荒且つ、波乱万丈な人生を送っている奴だ。」
「……え?本当に?君、そんな人が好きなのかい?(あっれー…?マリアンってそんな人じゃなかった…はずだけど…。もしかして、私が会ってないから知らないだけで……この世界のマリアンってそんな人だったのか…?…まぁ、だとしても〝泣き虫で寂しがり屋〟なんてのは、男からしたら庇護欲を掻き立てられるからなぁ…?そこでリオンも好きになったんだろうな…。)」
難しい顔で考え事に耽け始めたスノウをジューダスがじっと見つめる。
その瞳は少しだけ熱を帯びた感情を孕んでいた。
それと同時に、少しだけであるが、何かを期待している瞳でもあった。
「……。」
「そっか…。というか、そんなに具体的に好きな人のタイプが言えるって事は、実はもう心に決めた人が居たりして?」
「あぁ、そうだな。」
「……………………わぉ。」
思わず本音が漏れてしまった。
そしてスノウはジューダスが居る方向とは違う方向を向いて更に考え込んでしまう。
〝一体、その人物とはどんな人なのか〟と。
「(まじか…!!レディにもう、好きな人がいるだなんて…!っていうか、マリアンなら普通にそうだろう?!何で私はこんなに驚いているんだ…!)」
『……あれ、分かってるんですかね……?』
「……黙っていろ、シャル。」
小声でひそひそとシャルティエが話すのを、ジューダスが言葉で制する。
そしてそのまま腕を組んで、スノウのその様子を見守る。
「(うわ、推せる…!マリアンが好きすぎて仕方ないレディとか…!もう何もかもかなぐり捨てて推せるわ…!!やっぱりここは原作には忠実なんだな…!!)」
「……いや、嫌な予感がしてきた…。寒気も一緒にな……。」
『大丈夫ですか?坊ちゃん。風邪ひいたんじゃないですか?』
「……そっちな訳あるか。」
「(確か…マリアンの瞳はリオンと同じに描かれている事が多かった…。ということは、ここでレディと同じ、紫色の何かを買わせる事で…って、私が〝紫〟を着けてたらまずくね?)」
ふと、先程貰ったプレート型のネックレスに触れる。
外にいるため冷たくなったそのネックレスに触れる度、罪悪感が湧いてくる。
それと同時に沸き起こる〝何か〟。
その〝何か〟まで気付けるほど、今のスノウには知識と経験……というよりも、リオンのファンとしてのスノウであることが大きすぎたのだ。
その罪悪感から、すっと服の中へとネックレスを隠したスノウは更に悪い方へと考えこみ始める。
「(いやいやいや……待て待て…。まだここでマリアンと決まった訳じゃ…。……いや、一応…彼女も波乱万丈なは生活送っていた方だな…?あと、なんて言ってたっけ…?確か…破天荒だって…?……え、誰だ?レディの好きな人って…?)」
「……はぁ。」
『……なんなら、僕…少し言いたいです。ここに居ますよー…って……。』
「……言った所でだろう。あいつのクソみたいな花畑思考の脳ではな。」
「(ていうかさ…?何で好きな人がいるのに、私に付き合うなんて言ってくれるんだ…?普通、好きな人のそばに居たいものだろうに…。……やっべ、分かんなくなってきた…!ちゃんとレディの恋愛を応援したいというのに…!!)────ねぇ、レディ?」
「何だ。」
「言いたくないならそれでいいんだけどさ…?……君の好きな人って、誰?」
「……はぁぁぁ。やっぱり、お前はそうだろうな。」
『少しでも期待した僕が馬鹿でした。』
頭を抱え始めた二人をスノウは見ていない。
やはりジューダスとは違う方向を向いては、口元に手を当てて思案しているからだ。
「……逆に聞くが。お前、好きなやつは居ないのか?」
「え?私?」
意外な質問が来たことで、ようやく体をジューダスの方へと向け、呆けた顔をするスノウ。
そして先程のネックレスが見えなくなっている事に気付かないジューダスではない。
顔を顰めさせ、不服そうな顔をしたジューダスはズカズカとスノウの方へと歩み寄り、その頭を鷲掴みする。
「……貴様、先程買ったものを何処へやった…?」
「え?それならここにあるけど?」
首の方から服の中に手を突っ込み、取り出してみせるとジューダスはそれをスノウの手から引き抜き、傍から見ても見えるようにつけ直す。
その不思議な行動をしたジューダスをポカンと見たスノウだったが、その後自分を見るジューダスを見て、頭の中に何かが過ぎる。
────〝愛している。〟
「………………え、」
ふと過ぎったその映像は、スノウの記憶にないものだった。
自分の方を見て、辛そうに、苦しそうに…、涙を堪えた顔でそう告げているジューダスの光景が一瞬見えたのだ。
途端に頭痛がしてきたスノウは、険しい顔で頭を押えた。
「(……どこの記憶だ…?これ…。リオンが…愛を囁いた相手って……?原作でそんなこと描かれていたっけ…?それとも…私の妄想の産物か…?)」
『大丈夫ですか?スノウ。あーあ、坊ちゃんが頭を強く持つから。』
「僕は悪くないぞ。いくら待っても思い出さないこいつが悪い。……まぁ、その記憶も…果たして憶えているかどうか…。」
「────レディ。君……いつ、誰に…愛を囁いた……?」
『「は?/へ?」』
スノウの様子が違う事にジューダスもシャルティエも気付いた。
唖然としてどこかを見るスノウの瞳は、酷く揺れ動いていたのもあり、二人はそんなスノウを見て言葉を失った。
まさか、本当に記憶が蘇ったとでもいうのだろうか。
「お前…記憶が…。」
「いや…何か……おかしな事を言うんだけど…。あまりにも君の幸せな姿を見たいからって、私が勝手に妄想を膨らませてだね…?」
「……は?」
「……いや、でも……。何で……私の方見てたんだ…?あの記憶……いつの…?」
「……。」
その言葉を聞いて期待せずにはいられない二人。
遂にこの時が来たのか、と緊張する二人は息を殺してスノウの言葉を待つ。
「……うん。そうだよね。」
「何か分かったのか?」
「うん、ごめんね?レディ。ようやく分かったよ…。」
「…! それじゃ…」
「さっきのは、ただの私の妄想の産物だという事が、ね!」
「……は?」
『なんか…スノウらしいっちゃ、らしいです…。』
期待していた分、ジューダスが目を丸くさせ唖然とする。
反対にシャルティエは、この未来が想像出来ていたのか嘆息しては、コアクリスタルを呆れたように光らせる。
そして肝心のスノウは1人で「うんうん」と神妙に頷いている。
勿論期待していた分、落胆が酷いジューダスはスノウの肩を掴み、目の前の存在を睨みつける。
「…お前というやつは……!」
「え、何で君が怒ってるんだい?あぁ、もしかして私が酷い妄想をしたから、それで怒って──」
「そんな訳ないだろうが!! 僕はっ!!お前の事が────」
突如、新雪を踏み締める音がして二人は少しだけ警戒をした。
しかしこちらに近付いてきているのは、ただの老人だ。
何だ、と二人で安心してお互いの顔を見ようとしたが、それは叶わなかった。
老人が二人へ話しかけてきたからだ。
大切な話を邪魔されたジューダスは無論、かなり眉間に皺を寄せていた。
そんな彼を見てスノウは苦笑いをして、それから老人を見た。
「……あんたら、仲が良いんだねぇ?」
お婆さんがニコニコと人の良さそうな顔で二人に話しかければ、ジューダスはスノウから手を離して腕を組んでは他の方へと視線を向けた。
スノウはそのままお婆さんに笑顔を見せて、大きく頷いて見せた。
「えぇ。彼とはもう、長い付き合いになりますから。」
「ほっほっほ…。そこの娘さんは礼儀正しいのぉ。」
「……これは驚いた。私のこの格好を見ても、女性だと?」
「あぁ、分かるよ?あんたから溢れ出す母性が隠しきれてないからねぇ?」
世間話がしたいだけなのか、老人の話は止まらない。
それにジューダスが逃げようとして、しかし老人に止められていた。
結局、ジューダスも巻き込んだ世間話を数分ほど堪能すれば、老人は懐から透明な水晶玉を取り出す。
そしてその水晶玉を2人に見せつけるように持ち上げた。
「この水晶玉はねぇ?未来が見える、不思議な水晶玉なんだよ?」
「へぇ…?それは少し、興味がありますね。」
「……。(未来、か…。僕はあの悪夢を、絶対に現実にさせない。させたりするものか…!)」
「じゃあ娘さんだけ触れてみるかの?」
「では、少しだけ……」
「おい、やめておけ。そんなの見て何になる?未来を知って、またお前は未来を憂いたいのか?……違うだろう?僕たちの未来は、僕たちにだけしか織り成せはしない。だったら、どんな未来だろうが見る必要なんか無い。僕達は、僕達のペースで未来を紡いでいけばいい。」
「レディ…!」
感動したような声を出したスノウは、伸ばした手を引っ込めて老人に謝った。
「ははっ。そういう事だから折角の機会ではあるけれども、未来を見るのは止めておくよ。私たちには、私達にしか出来ない未来があると信じたいから。」
「……………………チッ。」
「え?」
急に老人が舌打ちをして口元を歪める。
その顔は先程の老人とは思えない───それ以前に、ただの老人とは思えない顔をしていた。
それほど酷く、歪んだ顔をしていたのだ。
「……そのまま触れていればいいものを。」
「っ、スノウ!離れろ!!」
二人の足元に何かが転がっていく。
それは小さい球体をした何かで、そこから煙が発生して辺りを包んでしまった。
薄紫色の煙を吸って、スノウが咳き込みながら近くにいたはずの彼の姿を探す。
「ゴホッゴホッ!!レディ…!?何処だい?!」
「未来を知りたいだろう?夢に微睡みたいだろう?」
「っ!?」
「幸せな夢に微睡んでいれば、いつまでもその幸せに浸っていられる。」
何故か、耳元から声がする。
咄嗟に相棒を手にして振り回したが、彼が近くにいた時に当たってしまう可能性を考えてすぐに動きを止めて体を硬直させた。
その耳の立方体のピアスが完全に薄紫色に変わっている事など微塵も知らずに。
「ほら、少しずつ眠くなってきた。」
「ゴホッゴホッ……。君は一体……?」
まるで催眠術にかけられたように、老人が言葉を紡げばスノウの瞼が降りようとする。
必死にそれに抗って、目を開けようとするが老人の言葉が止むことはない。
「あなたは私が三つ数え終わる頃に永遠の眠りに入る。そう……終わらない悪夢を見続ける。一つ、二つ……」
「っ!」
〝夢の事ならばジューダスを頼れ〟とエニグマが以前話していたのを思い出したスノウが慌てて声を振り絞る。
「リオン…!ゴホッゴホッ…!!たすけ────」
「───三つ!」
老人の声が三つ数え終わると同時にスノウの体が傾く。
その目はゆっくりと閉じられていく。
しかし、その瞬間どこからともなく清廉なる鈴の音が響き渡った。
「……っ!!」
その瞬間、ハッキリとスノウの目は開き、そして倒れかけた体に力を入れ、足を踏ん張らせた。
続けて2回目の鈴の音がしたと思ったら、同時に風を切る音がする。
「なっ!?」
ヒュンと剣が老人の目の前を掠め、その老人は、老人らしからぬ動きで大きくその場から後退した。
刹那、辺りの煙が嘘のように消えて、途端に晴れ渡っていく。
そこにはシャルティエを構え、スノウと老人の間に立つジューダスがいた。
『大丈夫ですか?!スノウ!!』
「ゴホッゴホッ!!煙のせいで、肺が痛いけど…!大丈夫だよ。」
────シャン
咳き込んで涙目だったスノウを見て、ジューダスが一つ〈浄化の鈴〉を鳴らす。
するとスノウの体が軽くなっていくのが分かる。
「チッ!何故、眠らない?!」
「ふん。残念だったな?こんなあいつのお膝元のような場所で、その力を使うなど笑止千万だな。」
『ホントですよ!!坊ちゃんが何の神様に仕えているか分かっててやってるなら、本物のバカです!!』
「ゴホッ…。どう、いうこと…?」
「先程の水晶玉も、あの煙自体も。全て、“夢の力”を纏ったマナが関係している代物だ。あのババアの格好をした悪魔は、お前に悪夢を見させてお前の夢そのものを吸い付くそうとする悪い魔物だ。」
『僕も最近になって坊ちゃんの〈御使い〉の様子を見させて貰ってたんで分かります!!あいつは、人に悪夢を見せる元凶の魔物です!』
「…! そういうことか…!君達はもしかして、最初から分かって…?」
「いや。最初は怪しんだだけだったが、あの煙を見てすぐに勘づいた。」
シャルティエを再び振るい、鈴鳴をしたジューダス。
体に染み渡るその音を聞いて、スノウは立ち上がって彼へと無事を知らせた。
「願え!そして微睡め!夢へと誘われてしまえ!!」
「……こいつに触れさせない。絶対に!」
「そのまま寝てしまえば良かったものを!!」
「人を陥れる〈夢魔〉が!夢の神の〈御使い〉となった僕に敵うと思うなよ!!」
剣を魔物へと閃かせようとしたジューダスだったが、その前に目の前にいた魔物は倒れてしまう。
何が起こったか分からない三人はその光景に目を疑った。
攻撃の挙動が全く見えなかったからだ。
────サクサク…
何処からかまた、新雪を踏む音がする。
再び警戒したジューダスだったが、その後ろでは必死に眠気に抗うスノウがいた。
幾ら〈薄紫色のマナ〉で修行をして耐性が出来たとて、あの量のマナを一気に体へと取り入れてしまったスノウは、その場に呆然と膝を着く。
その音を聞いてハッとしてジューダスが後ろを振り返る。
そこには必死になって眠気に抗う彼女の姿があった。
「(〈薄紫色のマナ〉がかなり体に残ってしまったか…!ピアスの色が完全に薄紫色になっている!)」
「…ねむ、い……。」
『こ、こんな所で寝たら死にますよ?!スノウ!』
そんな話をしている間にもこちらに向かってくる足音が一つ。
ジューダスが先にスノウの中のマナを排除しようとシャルティエを構える。
しかし、それは何者かによって妨げられてしまった。
「────退け。」
女の声がしたかと思えば、その瞬間ジューダスの体は吹き飛ばされていた。
建物の壁に激突したジューダスは口から血を流す。
「ぐはっ!!」
「…っ!?」
急に目の前から消えたジューダスを見て、目を見張るスノウ。
何とか眠気に抗って立ち上がり、彼の元へと行こうとするが、その前に誰かに進路を塞がれてしまった。
それが誰かを確認するよりも前に、その誰かに抱き着かれてしまい、スノウは顔を顰めさせた。
「…争いは、なくならない。」
「な、にを……」
突如、妙なことを口走る女性にスノウが問いかける。
しかし女性がそれに答えることなど無かった。
体を動かし、その女性から離れようとするスノウの首が違和感を感じ取った。
「!? (マナが…吸い取られていく…!!)」
体の中のマナがどんどんと減っていく。
しかし、それだけじゃない。
何故か、スノウの体に害のある〈薄紫色のマナ〉だけを吸い取っているのだ。
徐々に眠気など無くなったスノウだったが、そのマナが自分の首を伝って消えていくのを不思議に思った。
少し身動ぎをすれば、ようやくその首の違和感の正体が分かる。
女性がスノウの首に口付けしていたのだ。
その口へと〈薄紫色のマナ〉が移動していくのを信じられない気持ちで見ていたが、ジューダスが辛そうに体を動かしているのを遠くから見て、女性を退かそうとした。
「こんな物があるから人は争いを生み、そして過ちを起こす。」
スノウの首から口を離し、そう話す女性。
最後とばかりにペロリと首を舐められ、スノウは驚いてびくりと体を震わせた。
「こんな物さえ無ければ、世界は平和となる。」
「こんな物って……?」
「マナ。」
「…!!」
その瞬間、先程の女性の言葉で全てを悟ったスノウはその女性を突き飛ばし、相棒を手にしていた。
相手はそんなスノウの行動を気にした様子もなく、まだ食べ足りないとばかりにペロリと唇を妖艶に舐めていた。
「君が…、例の…!」
「疑問──何故突き飛ばされたのか。貴女の中の“毒”を取り除いてあげたはず。」
「申し訳ないけど…、敵にそんな余裕かましてられないんでね…!」
相棒を突き付けるスノウを見て、ようやく姿が見えた女性────全身真っ白な服を着て、更には髪も真っ白にしている女性は、明らかに溜息をした様に肩を落とす。
そして、スノウを睨んだ。
「疑問───私はまだ、敵意を持ってはいない。何故、敵意を向けられているのか。私には懐疑的である。」
「…。(確かにまだ友好的ではある。でも…相手は“神”だ。それこそ油断したら、一瞬にして命を落としてしまう…。)」
相棒を突き付けながらも、そう考えるスノウ。
そして相手を見定める為にも、もう少し会話を試みる事にした。
「…さっきのは、君が助けてくれたのかい?あの魔物の事を知ってるんだ?」
「解───あの魔物は、この世界における通常の魔物ではない。そして、マナを多量に含んだ物質や、“夢の力”を持ったマナを以てして物事を解決しようとする魔物である。“夢”や“願い”に対して非常に貪欲な人類の敵。」
「…私を助けてくれたのは何故?」
「解────マナを体内に取り入れてしまった人間を救うのが私の役目。マナが無い世界こそ、世界にあるべき姿である。苦しんでいる貴女を、見捨てる事など出来ない。」
「(待てよ…?この感じ…もしかして、私が〈世界の神〉の御使いだと分かってない…?)────最後の質問。あなたの目的は?」
「解──〈世界の神〉というマナを司る神の御使いを抹殺する為ここにいる。未だ、その憎き御使いは見つかっていない。けれども、安心して欲しい。貴女達人類を、私は守る為にここにいるのだから。…だから、あの男に近寄ってはいけない。あの男はこの世界に不必要なマナを、その身に宿しているのだから。」
白の女性はジューダスを指すと、彼を心底憎そうに───まるで、仇敵を見るかの様に睨んでいた。
そして何処から出したのか、ナイフを手にするとジューダスへと向かって走り出した。
それにスノウがすぐさま反応してジューダスとの間に入り、相棒でナイフを受け止める。
「…!」
「疑問───何故、あの男を庇い立てる?あの男は、人類の敵である。」
『え?』
先ほどまでの会話が聞こえてなかったのか、シャルティエが動揺した声を漏らした。
口から血を吐き、胸を押さえるジューダスもまた、女性のその言葉に険しい顔をさせていた。
「彼は私の大切な人でね?どうであろうと、彼を傷付ける事は私が許さない…!!!」
相棒で相手を押しやり、スノウが再び相棒を構えると同時にスノウにとっては救いの手が現れる。
「娘から離れろ。」
「っ!!!」
咄嗟の判断でスノウから離れた白い女性は、現れた人物を酷く睨んだ。
そう、ハイデルベルグに身を置くあの“神”のご登場である。
「〈夢の神〉…!!」
「ふん。流石にそれは分かるようだな?新入りの神よ。」
「疑問────何故ここに?」
「はっ!お主、ここが何処だか分かってないのか?私の領域のあるこの場所を。」
「ここに…あなたの領域が…!!」
「あぁ、そうだ。だからお主のような奴がいること自体、非常に目障りだ。立ち去れ。」
「…理解────あなた達、マナを持つ神は私には到底理解出来ないほど愚かである事を。」
「お主に理解されようとも思わぬ。三度は言わん。早々に立ち去れ。」
「…。」
白い女性は一瞬ほどスノウを見て、手を伸ばす。
しかしそれを〈夢の神〉であるエニグマが見逃すはずが無い。
「“立ち去れ”」
非常にその言葉には重みがあった。
同時に、空間ごと押し潰されるような感覚に白い女性とジューダスは感じた。
このままではやられる、と危機感を感じるには十分過ぎるほど。
「…。」
エニグマを睨み、すぐさま姿を消した白い女性。
何があったのか分かっていないスノウには、白い女性がエニグマの言葉に従って消えたのだと思っていた。
「…! レディ!!」
すぐにジューダスを心配し、近くへ寄ればその体を優しく抱き締める。
「っ、ごめん。回復が遅くなった…!___ディスペルキュア!」
「すまない。」
癒しの波紋がジューダスへと浸透し、そして体をすぐさま癒していく。
体が軽くなったジューダスは、目の前の抱き締めてくれている存在へと優しく抱きしめ返すが、同時に現れたエニグマに対しては冷たい視線を送った。
「何故ここに来た?態々自分の神域を飛び出してまで。」
「坊やには関係のないことだ。それに、助けてやったのにその言い草は何だ。」
「本当にありがとう、エニグマ。…正直、気が気じゃなかったよ。」
「だろうな。お前達に任せられない案件だったからこそ、私が直々にこうして出向いてやったのだ。坊やも、娘のように素直に感謝したらどうだ?」
「はっ!いきなり現れておいて感謝を強請るとは、神も落ちぶれたものだな!」
「……。“行け”」
布で隠された素顔は、非常に不服そうにしていた。
強い言葉をエニグマが唱えた瞬間、シャルティエごと何処かへとジューダスを消し去ったエニグマにスノウは苦笑いを溢した。
「心の中では彼も感謝してると思うよ?」
「はっ!どうだかな。…それに彼奴は今、私から罰を与え中よ。」
「え?レディが何かした?」
「高貴な神である私の胸ぐらを掴んでは怒鳴ってきたのでな。少しばかり罰を与えてやったわ。」
「あ、うん…。彼の代わりに私が謝るよ。猫だ、エニグマ。」
「全く……娘はちゃんと礼儀正しくて、本当に良い。」
そう言ってエニグマはスノウの頭を撫でた。
気恥しい気持ちになりながら、それを受け取ればエニグマの顔が優しく綻んでいく。
無論、布で隠された素顔はスノウからは見えやしなかったが、それでも嬉しそうにエニグマへと笑いかけていた。
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一度切ります。
管理人・エア
「あーあ。」
「今度はなんだ。」
「馬鹿みたいに悩んだのを悔やんでるところ。君はいつだって隣にいてくれる、ってばっかり言ってくれるから。だから、何か自分一人で思い悩んでたのがおかしいなって。」
「だから…。いつも言ってるだろうが。この僕があそこまで言ってるんだ。後は…察しろ、阿呆。」
「ふふ、分かってるって。でもね?私の言ったあれは嘘じゃない。君の幸せを一番に願ってるのは私だって、少しは分かって欲しいな?レディ。」
お互いに歩きながら前を見て話していたが、最後の会話だけは顔を覗き込むようにして、スノウが顔を傾ける。
それを視線だけ動かしてジューダスが見遣る。
そしてすぐに眉間に皺を寄せた。
「君の親友として。君に好きな人とか恋人が出来たら教えてよ。すぐに応援の用意するから。」
「用意って…。はぁ…。」
「逆にさ?君の好きなタイプ聞いておきたいかな?……まぁ、何となく察するけどさ。」
「……。」
ジューダスは一度立ち止まるとスノウをひたと見て、そしてこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。
そんな彼を見たスノウは目を丸くさせたが、ジューダスの回答を待っていた。
ジューダスもまた、それを分かってしまい、視線を逸らせながらも答えてあげていた。
「僕の好きな奴は……泣き虫で、寂しがり屋で……」
「うんうん。」
「…そして破天荒且つ、波乱万丈な人生を送っている奴だ。」
「……え?本当に?君、そんな人が好きなのかい?(あっれー…?マリアンってそんな人じゃなかった…はずだけど…。もしかして、私が会ってないから知らないだけで……この世界のマリアンってそんな人だったのか…?…まぁ、だとしても〝泣き虫で寂しがり屋〟なんてのは、男からしたら庇護欲を掻き立てられるからなぁ…?そこでリオンも好きになったんだろうな…。)」
難しい顔で考え事に耽け始めたスノウをジューダスがじっと見つめる。
その瞳は少しだけ熱を帯びた感情を孕んでいた。
それと同時に、少しだけであるが、何かを期待している瞳でもあった。
「……。」
「そっか…。というか、そんなに具体的に好きな人のタイプが言えるって事は、実はもう心に決めた人が居たりして?」
「あぁ、そうだな。」
「……………………わぉ。」
思わず本音が漏れてしまった。
そしてスノウはジューダスが居る方向とは違う方向を向いて更に考え込んでしまう。
〝一体、その人物とはどんな人なのか〟と。
「(まじか…!!レディにもう、好きな人がいるだなんて…!っていうか、マリアンなら普通にそうだろう?!何で私はこんなに驚いているんだ…!)」
『……あれ、分かってるんですかね……?』
「……黙っていろ、シャル。」
小声でひそひそとシャルティエが話すのを、ジューダスが言葉で制する。
そしてそのまま腕を組んで、スノウのその様子を見守る。
「(うわ、推せる…!マリアンが好きすぎて仕方ないレディとか…!もう何もかもかなぐり捨てて推せるわ…!!やっぱりここは原作には忠実なんだな…!!)」
「……いや、嫌な予感がしてきた…。寒気も一緒にな……。」
『大丈夫ですか?坊ちゃん。風邪ひいたんじゃないですか?』
「……そっちな訳あるか。」
「(確か…マリアンの瞳はリオンと同じに描かれている事が多かった…。ということは、ここでレディと同じ、紫色の何かを買わせる事で…って、私が〝紫〟を着けてたらまずくね?)」
ふと、先程貰ったプレート型のネックレスに触れる。
外にいるため冷たくなったそのネックレスに触れる度、罪悪感が湧いてくる。
それと同時に沸き起こる〝何か〟。
その〝何か〟まで気付けるほど、今のスノウには知識と経験……というよりも、リオンのファンとしてのスノウであることが大きすぎたのだ。
その罪悪感から、すっと服の中へとネックレスを隠したスノウは更に悪い方へと考えこみ始める。
「(いやいやいや……待て待て…。まだここでマリアンと決まった訳じゃ…。……いや、一応…彼女も波乱万丈なは生活送っていた方だな…?あと、なんて言ってたっけ…?確か…破天荒だって…?……え、誰だ?レディの好きな人って…?)」
「……はぁ。」
『……なんなら、僕…少し言いたいです。ここに居ますよー…って……。』
「……言った所でだろう。あいつのクソみたいな花畑思考の脳ではな。」
「(ていうかさ…?何で好きな人がいるのに、私に付き合うなんて言ってくれるんだ…?普通、好きな人のそばに居たいものだろうに…。……やっべ、分かんなくなってきた…!ちゃんとレディの恋愛を応援したいというのに…!!)────ねぇ、レディ?」
「何だ。」
「言いたくないならそれでいいんだけどさ…?……君の好きな人って、誰?」
「……はぁぁぁ。やっぱり、お前はそうだろうな。」
『少しでも期待した僕が馬鹿でした。』
頭を抱え始めた二人をスノウは見ていない。
やはりジューダスとは違う方向を向いては、口元に手を当てて思案しているからだ。
「……逆に聞くが。お前、好きなやつは居ないのか?」
「え?私?」
意外な質問が来たことで、ようやく体をジューダスの方へと向け、呆けた顔をするスノウ。
そして先程のネックレスが見えなくなっている事に気付かないジューダスではない。
顔を顰めさせ、不服そうな顔をしたジューダスはズカズカとスノウの方へと歩み寄り、その頭を鷲掴みする。
「……貴様、先程買ったものを何処へやった…?」
「え?それならここにあるけど?」
首の方から服の中に手を突っ込み、取り出してみせるとジューダスはそれをスノウの手から引き抜き、傍から見ても見えるようにつけ直す。
その不思議な行動をしたジューダスをポカンと見たスノウだったが、その後自分を見るジューダスを見て、頭の中に何かが過ぎる。
────〝愛している。〟
「………………え、」
ふと過ぎったその映像は、スノウの記憶にないものだった。
自分の方を見て、辛そうに、苦しそうに…、涙を堪えた顔でそう告げているジューダスの光景が一瞬見えたのだ。
途端に頭痛がしてきたスノウは、険しい顔で頭を押えた。
「(……どこの記憶だ…?これ…。リオンが…愛を囁いた相手って……?原作でそんなこと描かれていたっけ…?それとも…私の妄想の産物か…?)」
『大丈夫ですか?スノウ。あーあ、坊ちゃんが頭を強く持つから。』
「僕は悪くないぞ。いくら待っても思い出さないこいつが悪い。……まぁ、その記憶も…果たして憶えているかどうか…。」
「────レディ。君……いつ、誰に…愛を囁いた……?」
『「は?/へ?」』
スノウの様子が違う事にジューダスもシャルティエも気付いた。
唖然としてどこかを見るスノウの瞳は、酷く揺れ動いていたのもあり、二人はそんなスノウを見て言葉を失った。
まさか、本当に記憶が蘇ったとでもいうのだろうか。
「お前…記憶が…。」
「いや…何か……おかしな事を言うんだけど…。あまりにも君の幸せな姿を見たいからって、私が勝手に妄想を膨らませてだね…?」
「……は?」
「……いや、でも……。何で……私の方見てたんだ…?あの記憶……いつの…?」
「……。」
その言葉を聞いて期待せずにはいられない二人。
遂にこの時が来たのか、と緊張する二人は息を殺してスノウの言葉を待つ。
「……うん。そうだよね。」
「何か分かったのか?」
「うん、ごめんね?レディ。ようやく分かったよ…。」
「…! それじゃ…」
「さっきのは、ただの私の妄想の産物だという事が、ね!」
「……は?」
『なんか…スノウらしいっちゃ、らしいです…。』
期待していた分、ジューダスが目を丸くさせ唖然とする。
反対にシャルティエは、この未来が想像出来ていたのか嘆息しては、コアクリスタルを呆れたように光らせる。
そして肝心のスノウは1人で「うんうん」と神妙に頷いている。
勿論期待していた分、落胆が酷いジューダスはスノウの肩を掴み、目の前の存在を睨みつける。
「…お前というやつは……!」
「え、何で君が怒ってるんだい?あぁ、もしかして私が酷い妄想をしたから、それで怒って──」
「そんな訳ないだろうが!! 僕はっ!!お前の事が────」
突如、新雪を踏み締める音がして二人は少しだけ警戒をした。
しかしこちらに近付いてきているのは、ただの老人だ。
何だ、と二人で安心してお互いの顔を見ようとしたが、それは叶わなかった。
老人が二人へ話しかけてきたからだ。
大切な話を邪魔されたジューダスは無論、かなり眉間に皺を寄せていた。
そんな彼を見てスノウは苦笑いをして、それから老人を見た。
「……あんたら、仲が良いんだねぇ?」
お婆さんがニコニコと人の良さそうな顔で二人に話しかければ、ジューダスはスノウから手を離して腕を組んでは他の方へと視線を向けた。
スノウはそのままお婆さんに笑顔を見せて、大きく頷いて見せた。
「えぇ。彼とはもう、長い付き合いになりますから。」
「ほっほっほ…。そこの娘さんは礼儀正しいのぉ。」
「……これは驚いた。私のこの格好を見ても、女性だと?」
「あぁ、分かるよ?あんたから溢れ出す母性が隠しきれてないからねぇ?」
世間話がしたいだけなのか、老人の話は止まらない。
それにジューダスが逃げようとして、しかし老人に止められていた。
結局、ジューダスも巻き込んだ世間話を数分ほど堪能すれば、老人は懐から透明な水晶玉を取り出す。
そしてその水晶玉を2人に見せつけるように持ち上げた。
「この水晶玉はねぇ?未来が見える、不思議な水晶玉なんだよ?」
「へぇ…?それは少し、興味がありますね。」
「……。(未来、か…。僕はあの悪夢を、絶対に現実にさせない。させたりするものか…!)」
「じゃあ娘さんだけ触れてみるかの?」
「では、少しだけ……」
「おい、やめておけ。そんなの見て何になる?未来を知って、またお前は未来を憂いたいのか?……違うだろう?僕たちの未来は、僕たちにだけしか織り成せはしない。だったら、どんな未来だろうが見る必要なんか無い。僕達は、僕達のペースで未来を紡いでいけばいい。」
「レディ…!」
感動したような声を出したスノウは、伸ばした手を引っ込めて老人に謝った。
「ははっ。そういう事だから折角の機会ではあるけれども、未来を見るのは止めておくよ。私たちには、私達にしか出来ない未来があると信じたいから。」
「……………………チッ。」
「え?」
急に老人が舌打ちをして口元を歪める。
その顔は先程の老人とは思えない───それ以前に、ただの老人とは思えない顔をしていた。
それほど酷く、歪んだ顔をしていたのだ。
「……そのまま触れていればいいものを。」
「っ、スノウ!離れろ!!」
二人の足元に何かが転がっていく。
それは小さい球体をした何かで、そこから煙が発生して辺りを包んでしまった。
薄紫色の煙を吸って、スノウが咳き込みながら近くにいたはずの彼の姿を探す。
「ゴホッゴホッ!!レディ…!?何処だい?!」
「未来を知りたいだろう?夢に微睡みたいだろう?」
「っ!?」
「幸せな夢に微睡んでいれば、いつまでもその幸せに浸っていられる。」
何故か、耳元から声がする。
咄嗟に相棒を手にして振り回したが、彼が近くにいた時に当たってしまう可能性を考えてすぐに動きを止めて体を硬直させた。
その耳の立方体のピアスが完全に薄紫色に変わっている事など微塵も知らずに。
「ほら、少しずつ眠くなってきた。」
「ゴホッゴホッ……。君は一体……?」
まるで催眠術にかけられたように、老人が言葉を紡げばスノウの瞼が降りようとする。
必死にそれに抗って、目を開けようとするが老人の言葉が止むことはない。
「あなたは私が三つ数え終わる頃に永遠の眠りに入る。そう……終わらない悪夢を見続ける。一つ、二つ……」
「っ!」
〝夢の事ならばジューダスを頼れ〟とエニグマが以前話していたのを思い出したスノウが慌てて声を振り絞る。
「リオン…!ゴホッゴホッ…!!たすけ────」
「───三つ!」
老人の声が三つ数え終わると同時にスノウの体が傾く。
その目はゆっくりと閉じられていく。
しかし、その瞬間どこからともなく清廉なる鈴の音が響き渡った。
「……っ!!」
その瞬間、ハッキリとスノウの目は開き、そして倒れかけた体に力を入れ、足を踏ん張らせた。
続けて2回目の鈴の音がしたと思ったら、同時に風を切る音がする。
「なっ!?」
ヒュンと剣が老人の目の前を掠め、その老人は、老人らしからぬ動きで大きくその場から後退した。
刹那、辺りの煙が嘘のように消えて、途端に晴れ渡っていく。
そこにはシャルティエを構え、スノウと老人の間に立つジューダスがいた。
『大丈夫ですか?!スノウ!!』
「ゴホッゴホッ!!煙のせいで、肺が痛いけど…!大丈夫だよ。」
────シャン
咳き込んで涙目だったスノウを見て、ジューダスが一つ〈浄化の鈴〉を鳴らす。
するとスノウの体が軽くなっていくのが分かる。
「チッ!何故、眠らない?!」
「ふん。残念だったな?こんなあいつのお膝元のような場所で、その力を使うなど笑止千万だな。」
『ホントですよ!!坊ちゃんが何の神様に仕えているか分かっててやってるなら、本物のバカです!!』
「ゴホッ…。どう、いうこと…?」
「先程の水晶玉も、あの煙自体も。全て、“夢の力”を纏ったマナが関係している代物だ。あのババアの格好をした悪魔は、お前に悪夢を見させてお前の夢そのものを吸い付くそうとする悪い魔物だ。」
『僕も最近になって坊ちゃんの〈御使い〉の様子を見させて貰ってたんで分かります!!あいつは、人に悪夢を見せる元凶の魔物です!』
「…! そういうことか…!君達はもしかして、最初から分かって…?」
「いや。最初は怪しんだだけだったが、あの煙を見てすぐに勘づいた。」
シャルティエを再び振るい、鈴鳴をしたジューダス。
体に染み渡るその音を聞いて、スノウは立ち上がって彼へと無事を知らせた。
「願え!そして微睡め!夢へと誘われてしまえ!!」
「……こいつに触れさせない。絶対に!」
「そのまま寝てしまえば良かったものを!!」
「人を陥れる〈夢魔〉が!夢の神の〈御使い〉となった僕に敵うと思うなよ!!」
剣を魔物へと閃かせようとしたジューダスだったが、その前に目の前にいた魔物は倒れてしまう。
何が起こったか分からない三人はその光景に目を疑った。
攻撃の挙動が全く見えなかったからだ。
────サクサク…
何処からかまた、新雪を踏む音がする。
再び警戒したジューダスだったが、その後ろでは必死に眠気に抗うスノウがいた。
幾ら〈薄紫色のマナ〉で修行をして耐性が出来たとて、あの量のマナを一気に体へと取り入れてしまったスノウは、その場に呆然と膝を着く。
その音を聞いてハッとしてジューダスが後ろを振り返る。
そこには必死になって眠気に抗う彼女の姿があった。
「(〈薄紫色のマナ〉がかなり体に残ってしまったか…!ピアスの色が完全に薄紫色になっている!)」
「…ねむ、い……。」
『こ、こんな所で寝たら死にますよ?!スノウ!』
そんな話をしている間にもこちらに向かってくる足音が一つ。
ジューダスが先にスノウの中のマナを排除しようとシャルティエを構える。
しかし、それは何者かによって妨げられてしまった。
「────退け。」
女の声がしたかと思えば、その瞬間ジューダスの体は吹き飛ばされていた。
建物の壁に激突したジューダスは口から血を流す。
「ぐはっ!!」
「…っ!?」
急に目の前から消えたジューダスを見て、目を見張るスノウ。
何とか眠気に抗って立ち上がり、彼の元へと行こうとするが、その前に誰かに進路を塞がれてしまった。
それが誰かを確認するよりも前に、その誰かに抱き着かれてしまい、スノウは顔を顰めさせた。
「…争いは、なくならない。」
「な、にを……」
突如、妙なことを口走る女性にスノウが問いかける。
しかし女性がそれに答えることなど無かった。
体を動かし、その女性から離れようとするスノウの首が違和感を感じ取った。
「!? (マナが…吸い取られていく…!!)」
体の中のマナがどんどんと減っていく。
しかし、それだけじゃない。
何故か、スノウの体に害のある〈薄紫色のマナ〉だけを吸い取っているのだ。
徐々に眠気など無くなったスノウだったが、そのマナが自分の首を伝って消えていくのを不思議に思った。
少し身動ぎをすれば、ようやくその首の違和感の正体が分かる。
女性がスノウの首に口付けしていたのだ。
その口へと〈薄紫色のマナ〉が移動していくのを信じられない気持ちで見ていたが、ジューダスが辛そうに体を動かしているのを遠くから見て、女性を退かそうとした。
「こんな物があるから人は争いを生み、そして過ちを起こす。」
スノウの首から口を離し、そう話す女性。
最後とばかりにペロリと首を舐められ、スノウは驚いてびくりと体を震わせた。
「こんな物さえ無ければ、世界は平和となる。」
「こんな物って……?」
「マナ。」
「…!!」
その瞬間、先程の女性の言葉で全てを悟ったスノウはその女性を突き飛ばし、相棒を手にしていた。
相手はそんなスノウの行動を気にした様子もなく、まだ食べ足りないとばかりにペロリと唇を妖艶に舐めていた。
「君が…、例の…!」
「疑問──何故突き飛ばされたのか。貴女の中の“毒”を取り除いてあげたはず。」
「申し訳ないけど…、敵にそんな余裕かましてられないんでね…!」
相棒を突き付けるスノウを見て、ようやく姿が見えた女性────全身真っ白な服を着て、更には髪も真っ白にしている女性は、明らかに溜息をした様に肩を落とす。
そして、スノウを睨んだ。
「疑問───私はまだ、敵意を持ってはいない。何故、敵意を向けられているのか。私には懐疑的である。」
「…。(確かにまだ友好的ではある。でも…相手は“神”だ。それこそ油断したら、一瞬にして命を落としてしまう…。)」
相棒を突き付けながらも、そう考えるスノウ。
そして相手を見定める為にも、もう少し会話を試みる事にした。
「…さっきのは、君が助けてくれたのかい?あの魔物の事を知ってるんだ?」
「解───あの魔物は、この世界における通常の魔物ではない。そして、マナを多量に含んだ物質や、“夢の力”を持ったマナを以てして物事を解決しようとする魔物である。“夢”や“願い”に対して非常に貪欲な人類の敵。」
「…私を助けてくれたのは何故?」
「解────マナを体内に取り入れてしまった人間を救うのが私の役目。マナが無い世界こそ、世界にあるべき姿である。苦しんでいる貴女を、見捨てる事など出来ない。」
「(待てよ…?この感じ…もしかして、私が〈世界の神〉の御使いだと分かってない…?)────最後の質問。あなたの目的は?」
「解──〈世界の神〉というマナを司る神の御使いを抹殺する為ここにいる。未だ、その憎き御使いは見つかっていない。けれども、安心して欲しい。貴女達人類を、私は守る為にここにいるのだから。…だから、あの男に近寄ってはいけない。あの男はこの世界に不必要なマナを、その身に宿しているのだから。」
白の女性はジューダスを指すと、彼を心底憎そうに───まるで、仇敵を見るかの様に睨んでいた。
そして何処から出したのか、ナイフを手にするとジューダスへと向かって走り出した。
それにスノウがすぐさま反応してジューダスとの間に入り、相棒でナイフを受け止める。
「…!」
「疑問───何故、あの男を庇い立てる?あの男は、人類の敵である。」
『え?』
先ほどまでの会話が聞こえてなかったのか、シャルティエが動揺した声を漏らした。
口から血を吐き、胸を押さえるジューダスもまた、女性のその言葉に険しい顔をさせていた。
「彼は私の大切な人でね?どうであろうと、彼を傷付ける事は私が許さない…!!!」
相棒で相手を押しやり、スノウが再び相棒を構えると同時にスノウにとっては救いの手が現れる。
「娘から離れろ。」
「っ!!!」
咄嗟の判断でスノウから離れた白い女性は、現れた人物を酷く睨んだ。
そう、ハイデルベルグに身を置くあの“神”のご登場である。
「〈夢の神〉…!!」
「ふん。流石にそれは分かるようだな?新入りの神よ。」
「疑問────何故ここに?」
「はっ!お主、ここが何処だか分かってないのか?私の領域のあるこの場所を。」
「ここに…あなたの領域が…!!」
「あぁ、そうだ。だからお主のような奴がいること自体、非常に目障りだ。立ち去れ。」
「…理解────あなた達、マナを持つ神は私には到底理解出来ないほど愚かである事を。」
「お主に理解されようとも思わぬ。三度は言わん。早々に立ち去れ。」
「…。」
白い女性は一瞬ほどスノウを見て、手を伸ばす。
しかしそれを〈夢の神〉であるエニグマが見逃すはずが無い。
「“立ち去れ”」
非常にその言葉には重みがあった。
同時に、空間ごと押し潰されるような感覚に白い女性とジューダスは感じた。
このままではやられる、と危機感を感じるには十分過ぎるほど。
「…。」
エニグマを睨み、すぐさま姿を消した白い女性。
何があったのか分かっていないスノウには、白い女性がエニグマの言葉に従って消えたのだと思っていた。
「…! レディ!!」
すぐにジューダスを心配し、近くへ寄ればその体を優しく抱き締める。
「っ、ごめん。回復が遅くなった…!___ディスペルキュア!」
「すまない。」
癒しの波紋がジューダスへと浸透し、そして体をすぐさま癒していく。
体が軽くなったジューダスは、目の前の抱き締めてくれている存在へと優しく抱きしめ返すが、同時に現れたエニグマに対しては冷たい視線を送った。
「何故ここに来た?態々自分の神域を飛び出してまで。」
「坊やには関係のないことだ。それに、助けてやったのにその言い草は何だ。」
「本当にありがとう、エニグマ。…正直、気が気じゃなかったよ。」
「だろうな。お前達に任せられない案件だったからこそ、私が直々にこうして出向いてやったのだ。坊やも、娘のように素直に感謝したらどうだ?」
「はっ!いきなり現れておいて感謝を強請るとは、神も落ちぶれたものだな!」
「……。“行け”」
布で隠された素顔は、非常に不服そうにしていた。
強い言葉をエニグマが唱えた瞬間、シャルティエごと何処かへとジューダスを消し去ったエニグマにスノウは苦笑いを溢した。
「心の中では彼も感謝してると思うよ?」
「はっ!どうだかな。…それに彼奴は今、私から罰を与え中よ。」
「え?レディが何かした?」
「高貴な神である私の胸ぐらを掴んでは怒鳴ってきたのでな。少しばかり罰を与えてやったわ。」
「あ、うん…。彼の代わりに私が謝るよ。猫だ、エニグマ。」
「全く……娘はちゃんと礼儀正しくて、本当に良い。」
そう言ってエニグマはスノウの頭を撫でた。
気恥しい気持ちになりながら、それを受け取ればエニグマの顔が優しく綻んでいく。
無論、布で隠された素顔はスノウからは見えやしなかったが、それでも嬉しそうにエニグマへと笑いかけていた。
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一度切ります。
管理人・エア