第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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___〈機械の神〉の神域にて
あれからというもの、ルーカスが黙々と金属を繋げたり回路を設定したりしてスノウを回復させるための“マナ循環器”なるものを作っている。
〈機械の神〉……スクリューガムが言う通り、ルーカスの奴の機械への情熱は凄まじいものだった。
一瞬見ただけでその機械がどのような構造になっているか、把握出来るらしい。だから、現在〈赤眼の蜘蛛〉の所にあった未知なる物を最初から作れている様だ。
しかし、だ。あそこまで優れた技術力を以てしても、頭はどうにも悪いらしい。
スクリューガムの言葉に簡単に乗せられていたのが良い例だ。
「……。」
相変わらず床に寝させられていたスノウもスクリューガムの気遣いで、簡易ベッドで寝かせられている。
その横で僕はスクリューガムと対面する形でルーカスの様子を見ていたが、こっちもやるべき事はやらなければいけない。
「……で、本当にこれは取れるのか?」
「はい。お任せくださいませ。これくらいの物であれば御使いでなくとも、私が外してみせます。」
そう言って、スクリューガムは僕の首に自身の機械の手を近付ける。
すると指の先がパカリと割れ、中から何やら小道具が出てくる。
首の黒いリングに触れ、カチャカチャと何かやりだしたのを僅かに緊張した面持ちで見下ろした。
「……自爆回路に、何処に居ても所在が分かるようにGPS付き…ですね。厳重に管理されているようです。その上、マナを強制的に体へ流し込む術式まで組み込まれている、と……。」
「そこまで分かるのか。」
「伊達に〈機械の神〉をやっている訳ではありませんからね。機械たちの回路を見れば分かりますよ。」
カチャカチャと首元から音が止まることなく会話が進む。
僕に着けられた首の黒いリングをじっと見つめるその視線は、どことなく怒りを含んでいるような気がした。
あくまでも“気がした”だけだが、目の前の神も機械に対して相当な執念があるようだ。
無論、それは自分が〈機械の神〉だから、と云う事が大きいのだろうが……。
「……機械をこんな事に使うなんて…断じて許せません。機械は人の役に立つものであって、人の命を脅かすためにあるものではありません。ですから、ジューダス様も全ての機械を憎く、そして悪く思わないであげてくださいませんか?機械は人の手で作られるもの。……そこに機械としての意思はありません。機械は悪くないのですから。」
「そんなこと分かっている。扱うのも、作るのも全て人だ。それを悪いとも、良いとも特別思ったことなどない。」
「ええ。それでも、〈機械の神〉として少しだけでも機械に心を砕いてくださると嬉しいです。」
「……覚えていたらな。」
「はい。」
どうも、僕の首に着けられている機械を見て本当に怒っていたようだ。
奴らからすると、この悪い事に使われている機械が許せないらしい。……変わった神も居たもんだ。
「もし、僕のが上手くいったらスノウのも取り外せるか?」
「はい。承知いたしました。」
よし、これであいつのも取り外してやれる。
もし上手く事が運べば、だがな。
それでも彼女の憂いが少しでも晴れるなら……良い。
「スノウ様の近くには、こんなにもお優しい男性がおられるので安心出来るのですね。」
「……。」
「相手を思いやる気持ち、というのは我々機械では出来ないことですから。」
「ふん。御託はいいから、さっさと外せ。」
「失礼いたしました。私もまだまだ人の扱いに慣れないものです。御気分悪くされたのなら申し訳ありません。」
そう言ってスクリューガムは今度こそ静かになって、首のそれを構う。
そして、
カシャッ!!
そんな音がしたのと同時に、首の絞めつけが消えている。
そしてスクリューガムの手には例の黒いリングがあり、外されていた。
あまりにも早い解除だった為、僕が目を見張ると、スクリューガムはその黒いリングをいとも簡単に壊してしまった。
それこそ僕がレスターシティで捕まっていた際にやったように、手で潰してはそのリングを破壊していた。
「お疲れ様です。」
その言葉は僕に言っているようで、しかし僕以外の他にも言い聞かせているような言葉だった。
スクリューガムの視線が今度こそスノウに向けられ、そして僕にやったように彼女の首元に指を近づける。
僅かにスノウが反応していたが、それ以上は動かずじっと目を閉じてやり過ごすようだった。
流石に病人に話す事はないのか、スクリューガムは先程と打って変わって黙々と作業を行っていた。
僕に費やした時間の半分もいかないくらいに彼女の首のリングも取れ、僕がそれに安堵していると向こう側も何やら煩くなってくる。
どうやら、向こうは向こうで完成したようだ。
「よしっ!!出来た!!」
「やはりルーカスに任せて正解でした。同時に終わるとなると、効率も大分良くなります。」
「どれくらいでマナが完全回復する?」
「ルーカスほどの腕であれば1時間も待たずに回復できます。期待してお待ちください。」
「1時間……。」
「おや、長かったでしょうか?」
「いや……〈赤眼の蜘蛛〉の奴らの技術力を以てしても数日だったのが……まさか1時間で回復するとは……。」
「要は回路をどう扱うか、です。ルーカスはそれを誰よりも心得ています。マナについてはまだまだ勉強不足と言うのが目に見えていますが、それでもお役には立てると思います。」
「……すまない。恩に着る。」
「いえ、こちらこそ。御使いをあの牢獄から助けていただき、感謝しております。」
なんの話だ?と寄ってきた奴を見ながら、僕達はそれぞれ笑いを零す。
何も言わない僕らを奴は怪訝な顔で見てきたが、それも僕達はスルーしておく。
「こちらも準備は出来ています。……では、ジューダス様。スノウ様を持ち上──」
「この兄ちゃんを入れるぜ?」
「…! ルーカス、やめなさい!!」
初めて大きな声で叱咤したスクリューガムに、僕は目を丸くさせたがそれの理由はすぐに分かった。
ルーカスの奴がスノウに触れた瞬間、スノウが苦しそうに呻いたのだ。
「うっ、あ…。」
「っ!?」
「早く手を離しなさい!ルーカス!!」
「は?だって循環器に入れねぇとマナが回復しねぇ───」
苦しそうに呻くスノウを簡単に持ち上げてしまったルーカスを見て、スクリューガムが慌ててルーカスの顔を殴る。
そしてスクリューガムがスノウを受け止め、ルーカスは遥か彼方へと飛ばされていった。
『な、何が起きたんですか?』
「スノウ様は、〈世界の神〉によって御使いになられた存在……。マナを共有する事の出来る唯一の存在とも言えます。そのスノウ様に、他の御使いが触れてしまえばマナ汚染は目に見えています。特に我々のマナである〈鉄色のマナ〉はスノウ様にとっては毒でしょうから。」
「だからこいつが苦しそうに声をあげたのか…。」
スノウの中でマナ汚染が進めば、そのマナによって効果は違う。
それをスクリューガムは危惧したのだろう。
だから必死にルーカスを止めてくれていたに違いない。
……これからはあいつに触れさせないようにしなければならないな。
『ちなみに、〈鉄色のマナ〉はどんな効能が現れるんですか?』
「良い質問です、ソーディアン・シャルティエ様。〈鉄色のマナ〉は私〈機械の神〉が人へと与えるマナです。そのマナは恐らく“機械の様に感情が抜け落ちてしまう”のだと思われます。」
『えぇっ!?物騒ですね…!?』
「今、奴が触れた…と言う事は───」
「多少なりともマナ汚染は考えられます。……申し訳ありません、私の御使いが何度も粗相をしてしまいまして。〈世界の神〉にマナ汚染の事を伝えておきます。彼でないとスノウ様のマナ汚染は治せないと思いますから。」
「いや、僕がやろう。」
『そうですね!それが良いと思います!』
僕がシャルティエを構えて鈴を転がせば、〈浄化の鈴〉が僅かに鳴った。
……よし、精神を集中させて…。
────シャン…
「…!」
スクリューガムの息を呑む音が微かに聞こえてきた。
同時にスクリューガムが持ち上げているスノウが反応を示し、ビクリと体を震わせた。
──シャン…シャン……
「(なんという…清廉な金の音…。ここまでの緻密な音の操作は、並大抵の事では習得出来なかったでしょうに…。〈浄化の鈴〉の素材である金属も…あんなに喜んで…。)」
「っは、」
スノウが左目を押さえた事でスクリューガムが我に返り、スノウを見下ろす。
顔を歪め、苦痛に耐える姿に僅かながら声援を送れば、スノウの左目が海色に戻っている事に気付く。
先程まで僅かに濁った色をしていたというのにだ。
「────ふぅ。」
「お疲れ様です。……そして、なんと素晴らしい。そこまで〈浄化の鈴〉を使いこなせているとは思いもしませんでした。これならば態々〈世界の神〉と交信もしなくとも良いでしょう。」
「そいつの容態は?」
「もう色が戻っていますよ。綺麗な海色へと。」
スクリューガムが僕に向けてスノウを傾けさせ、瞳の色を見せる。
怠そうに開けられた瞳の色は、確かにいつもの綺麗な濁りなき海色だった。
それにホッとしつつ、シャルを元に戻せばスクリューガムは先程ルーカスの奴が頑張って作っていた機械へとスノウをそっと入れる。
目を閉じたスノウに別れを告げていたスクリューガムを見ながら、僕もまた祈る様に目を閉じた。
……早く元気になれ、スノウ。
自動で循環器の蓋が閉まる音を聴きながら、僕達はスノウの回復を待つことにした。
その間は旅の話や、御使いの話をスクリューガムとしながら遠くで起き上がらないルーカスを鼻で笑ってやった。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
___1時間後
早いもので約束の時間となり、僕達は立ち上がるとマナ循環器の近くへと寄った。
自動で開いた蓋だったが、そこには変わらず目を閉じているスノウがいた。
どういう事だ、と隣に居たスクリューガムへと目を向ければ、その〈機械の神〉はそっとスノウに触れて状態を確認していた。
「……。」
「どうなんだ?」
「想定通り、マナは回復しています。ですが、先程ジューダス様からお聞きした限り、これは精霊の契約による物だと思われます。特に闇の力は強いですから。」
『闇の精霊がスノウに悪さをしてる、と言うことですか?』
「いえ、そうではなく…。闇属性に慣れるまでにスノウ様自身の体が時間を欲しているようです。ですから今はただ、深い眠りについておられるだけなのでご安心下さい。…スノウ様は元々光属性には耐性がお有りですが、闇属性には耐性が無い様子ですから。」
『へぇ…!』
「そうなのか。」
「現に、光属性の精霊であるルナやアスカとは上手くやれているようです。」
『ん?アスカ?』
「闇の精霊の試練の際に、どうやら契約されたようです。だからこそ、あの強い闇の精霊の力から脱出出来たのでしょう。」
思い出されるのは闇の精霊の試練の際の事だ。
闇の球体に囚われていたスノウの体が光り出したのをふと、思い出した。
もしかしたらあれこそが、アスカの力なのかもしれないな。
「神域では現世との時間経過が違います故、スノウ様が起きられるまでごゆるりとなさってください。あれなら神域内をご案内差し上げますが、如何でしょうか?」
『折角なら案内してもらいましょうよ!滅多にないことですよ?』
「それもそうだな。……だが、」
「スノウ様はこのままでも大丈夫ですよ。他の者の侵入を許しませんから。」
「いや、奴がこいつに接触しないか心配になってな。」
「……縛り上げておきます。」
スクリューガムはさっさと歩き出すとルーカスの元へと近寄り、その場に金属の鎖で縛り上げて、捨て置いていた。
未だにスクリューガムの殴った後遺症が酷いのか、奴も目を覚まさなかった。
「ではご案内致します。」
『うわぁ、どんな所があるんでしょうね!坊ちゃん!』
楽しみにしているシャルにフッと笑いながらスクリューガムの後についていく。
紳士的な〈機械の神〉はどっかの誰かとは違い、一つ一つ懇切丁寧に説明してくれ、神域の事を話してくれた。
どうやら様々な機械をここに置いているらしく、その大半はルーカスの奴が作ったものだそうだ。
何処かで見聞きして、そしてそれを元に創りだしている。
そう考えれば奴も相当な技術の持ち主なのに、何故あんな所で捕まっていたのか…謎である。
いや寧ろ、その技術力を〈赤眼の蜘蛛〉に買われたのかもしれない。
『そ、そうだ。坊ちゃん、この際だからこの優しい神様に聞いてみませんか?』
「何をだ。」
『オーラの事ですよ!スノウだけ探知出来ないの、辛いんですからね!?』
「……それもそうだな。」
「探知が出来ない、ですか?」
少し驚いた声でスクリューガムがこちらを見る。
それに僕達も首を傾げて相手を見た。
「……あぁ、なるほど。私の勉強不足でした。人はオーラを感知出来ないのでしたね。なるほど……、であれば意図的にオーラを変える道具など如何ですか?」
『え?!そ、そんなのがあるんですか!?』
「えぇ。道具とは言いましたが、やはりそれも機械の一種でございます。その機械へと入ればたちまちオーラを変える事が可能です。」
「オーラを変える利点は?」
「同じオーラであれば、まずお二人が望む通り探知が可能となるでしょう。また、オーラが同じであれば回復術や支援術の通りが良くなり、回復量も桁違いに上がることでしょう。」
『じゃあ……スノウが言ってた、修羅の回復技の相性が良いって…そういう事ですか?』
「詳細が分かりませんのでハッキリとした事は言えませんが、恐らくそうでございましょう。オーラは出生した世界によってまちまちですので、どの世界にもオーラ研究に携わっている研究者もいるくらいです。……まぁ、異世界へ行ける人間はそんなにいませんので研究が捗ることは無いようですけれども。」
なるほど、勉強になる。
これなら、この神に色々聞いたほうが兎角早そうだ。
「他に利点は無いのか?」
「そうですね…。“人”にとっての利点が何か、という点で検索に時間が掛かっています。少々お待ちください。」
『神なのに、本物のロボットみたいですね…?検索なんて言葉を使うなんて。』
「思考は全て電子回路で補ってるものですから。その様な言葉になるのですよ。シャルティエ様。」
『すごいですねぇ…?これなら、あのハロルドも太刀打ち出来なさそうです。』
「本人が聞いたら憤慨しそうではあるがな。」
────《私の頭脳が神をも超える事を証明してみせる》
なんて意気込んでいたハロルドを思い出して、思わず遠い目をしてしまう。
今頃あいつらは何をしているのだろうか。
僕達を探し回っているのだとは思うが……何ぶん、確証が無い。
それに僕達が〈赤眼の蜘蛛〉に捕まった後、こんな辺鄙な地へ流されているなどと想像もつかないだろう。
ある意味、島流しではあるがな。
「検索結果を承認。────オーラが同等である利点は、“人にとっては、ほぼ無い”と断定出来ます。」
『え?』
「オーラは我々神が、その人物と他人との違いを見分けるための物でありますので、人にとっての利点はほぼ皆無です。強いて挙げるのであれば、先程の様な事柄だと思いますよ。」
『そうなんですね?でも、人にとってもかなりの利点だと思いますよ?回復が桁違いに上がったり……』
「通常であれば、オーラを変えるという事自体が難しく、変えても何の利点もありませんから気にされる方は少ないのです。」
「だが、あいつは……スノウはオーラを元に戻せている。修羅の奴がやったと言っていたが、オーラを変えること自体難しいなら何故奴はオーラを戻すことが出来た?」
「元々同じオーラの持ち主同士であるならば、元に戻すことは可能です。同じ“気”を与えるだけで良いので。」
『気?もしかして気功術とか、そういう類の話ですか?』
「えぇ。流石はシャルティエ様。賢いですね。」
なるほど、気功術なら昔少しだけ齧ったことがあるが…そう言うことなのか。
だから奴はスノウのオーラを元に戻せたのか。
だが、今のスノウは元のオーラになっているのもあり、別のオーラにするのは至難の業、という訳だな。
そしてそのオーラを変えるための機械がここにはある。
…変えるメリットならいくらでも、ある。
オーラが〈ロストウイルス〉に関係しているものであるならば、奴等の悪手からスノウを解き放ってやりたい。
狙われる物が多すぎる彼女に少しでも安寧を…。
「デメリットは?」
「デメリットは大きく分けて2つあります。1つ目は、体に合わないオーラであれば苦しみ、藻掻き、挙句の果てには死に至ることでしょう。」
『…え?』
「もう一つは、使うマナの作用が変わってくることでしょう。」
「どういうことだ?」
「簡単に言ってしまえば、今まで出来ていた作用…例に挙げるならば回復技と致しましょう。回復技を使った際の作用がオーラが変わることで異なる、ということです。回復ではなく、状態異常を引き起こすものだったり、支援の技として作用することもあるでしょう。慣れるまでは時間がかかると思います。」
『で、でも…それなら少しおかしい点があります!スノウは前世でこの世界のオーラが体に馴染んでいたのに、オーラが元に戻っても同じ回復の作用の技を使っていました!!それは…?』
恐らく、シャルが言っているのは彼女がよく使う状態異常回復技である〝ディスペルキュア〟の事を言っているのだろう。
前世でも今世でも散々世話になっているあの技は、昔から状態異常と体力を回復してくれる技だった。
スクリューガムの奴が言っていることが正しいならば、彼女の〝ディスペルキュア〟はオーラを元に戻した時点で異なる性質を持っていたはずだ。
それなのに、前世と変わらず使う彼女にシャルも疑問を持ったのだろう。
「それはスノウ様のオーラの馴染み方が一般と異なる方法だったから、と思われます。通常、人であれば異なる世界に行った際にオーラが馴染まなくて苦しんだりするものですが、スノウ様はその気配がありません。つまり、スノウ様にとってこの世界のオーラは馴染み深い…というより、純粋に相性が良かったのでしょう。ですからスノウ様は何の異常もなく術技が使えていたわけです。」
『へえ…!そうなんですか!奥深いですね…!』
「まだまだ僕達の知らないことは尽きないな。」
「お二人は知識欲がお有りです。まったく…ルーカスもそれくらい知識に欲を持ってほしいものですが…。無い物ねだりはいけませんね。」
『じゃあ、スノウをこの世界のオーラに変えてもらっても…?』
「えぇ。よろしいですよ。ですが、まずは本人に了承を得てからにさせてください。では、案内もそろそろ終了して、スノウ様の元へと帰りましょうか。」
こちらが返事をすれば、ニコリと笑った表情を浮かべさせてスクリューガムの奴が僕達を見る。
そして元来た道を戻って行ったのだが…。
『あれ?! スノウがいません!!』
「…何処に行ったんだ?というより、もう回復したんだな。」
『安心したような、心配なような…。』
「……どうやら、私の〈御使い〉と一緒に行動しているようです。とても元気そうですよ?」
『ほっ…。』
「ようやく、あいつの元気な姿が拝めるな。」
僕とシャルが二人で安堵していれば、スクリューガムは何故か顔を曇らせていた。
その表情に不穏を感じていれば、奴はポツリと呟くように声を発した。
「…大丈夫でしょうか、スノウ様。私の所の者が粗相をしていなければ良いのですが…。」
「…確かにな。」
『信用ないですね…彼…。』
僕達は心なしか急ぎ気味で機械の道を歩いていき、スノウ達の後を追っていった。
そこには、奴と仲良さそうな感じで歩くスノウが居た。
何だかそれに、僕の胸の辺りがざわついてしまう。
同時にムッと顔を顰めさせれば、シャルにはそれが分かったのかコアクリスタルを明滅させていた。
「ルーカス!」
「ん?スクリューガムじゃねえか…って、そうじゃねえ?! テメェ!どういう了見だよ?!いきなり殴るなんてよ?!!」
「貴方の知見の狭さを痛みで教えただけです。私は、嫌味を言われるようなことは断じてしていません。」
「んだと?!」
「あぁ、機械の神よ…。私に数多の加護をいただき、本当にありがとうございました。」
「あぁ、いえ。そこまで畏まったお礼は不要ですよ、スノウ様。世界の神の〈御使い〉である貴女にそこまで言われるとこちらも恐れ多い…。」
「それでもですよ。本当に感謝しています。ありがとうございます、スクリューガム様。」
「“様”も結構ですよ。スノウ様?」
「いえいえ。神であるあなたに敬語や敬称を外すなど…。」
「…どっちでもいいが、早くそいつから離れろ。スノウ。」
僕が無遠慮に彼女の腕を掴み、こちら側へと引けば、彼女は不思議そうな顔でそれを受け入れる。
そして僕が奴…ルーカスからスノウを離せば、ヤツも不思議そうな顔でこちらを見やる。
…それが知見が狭いと言われてしまう所以だ、阿呆。
「ルーカス。勉強不足な貴方に言っておきますが…彼女はマナをその身に吸収しやすいのです。〈御使い〉である貴方が不用意に近付いて良い方ではありません。」
「へ?どういうこと?」
「…駄目ですね、これは。」
「いや、はなから説明してくんねえとわかんねえよ!……って、待てよ?今、スクリューガム…〝彼女〟って────」
「あぁ、私はこう見えて女なんだ。それでだと思うよ?」
「ええぇぇえぇぇぇぇ?!!!」
「……煩い。」
僕が耳を塞げば、スクリューガムの説教が再び耳につく。
怒られた張本人は、未だ彼女を見ながら目を白黒させており、相当スノウが女性だということに驚いているようだった。
それに僕が鼻で笑ってしまえば、隣にいる彼女はいつものように苦笑いを零していた。
どうせ優しい彼女ことだ、奴の事を不憫にだとでも思っているのだろう。あいつの自業自得なのに。
「…お前は、体の方…大丈夫なのか?」
「うん。心配をかけたね?シャドウに体を引っ張られてる感覚っていうか…闇属性の強力な力を目の当たりにしたと言いますか…。とにかくシャドウと契約したことで、自分の中の闇耐性をつける修行みたいなことをしてたんだ。だから現実の方にあまり意識を持ってこれなかったんだよ。」
「ほう。そんな事をしてたのか。だから話しかけても応答がなかったわけか。」
「本当にごめん。聞こえてはいたんだけど…。本当に闇の中に身を投じていたと言いますか…。」
申し訳無さそうにしている彼女にため息をつく。
別に怒っているわけでも無ければ、彼女に対して嫌な感情を持っているわけでもない。
だが彼女は自分の身が大変だったというのに、こちらを気にするのだ。
彼女の性格上仕方ないが…逆に優しすぎて、こちらが呆れるくらいだ。
「そういえば、二人共私達を探してたんじゃないのか?」
「あぁ。いきなりだが…お前、オーラを変える気はないか?」
「え?本当にいきなりだね?」
『変えましょうよ!スノウの気配が分かったら色々と安心できるんです!!こっちは!』
「あぁ…そう言う目的か。なるほどね?でも、変える気はないよ。オーラが変わるまでこのままでいるさ。」
「その口ぶりからして…オーラのこと、知ってたのか?」
「ううん?そうでもないよ?…でも、今はまだ良いかな?」
『えぇぇぇぇ…?』
落胆した声と共に、コアクリスタルの光も暗色を示す。
まぁ、彼女ならそう言うと思っていたがな。
だが、オーラのことをあまり知らない彼女が、オーラを変えたがらない理由は何だ?
「理由を聞いてもいいか?」
「今この現状をキープしておきたい、というのが私の今の思いかな。これから嫌でも〈赤眼の蜘蛛〉の場所まで戻らないといけなくなるし、私のこの体の調子を変にこじらせたくないんだ。“オーラが変わってまた倒れましたー”なんて…洒落にならないからね。」
『でも、スノウは一度この世界のオーラに変わっていますし、体の調子が悪くなることなんて無いんじゃないですか?』
「念のためだよ。念のため。」
『むう…。』
不貞腐れるシャルに思わず鼻で笑ってしまったが、確かに彼女の言い分も分からなくはない。
恐らく先程の言葉を聞く限り、マクスウェルを助けに行かないといけないと彼女の中では決定しているだろうし、それを僕も否定する気はない。
故に、どちらかの身体の調子が悪くなれば、それだけ自分たちに危険が付きまとう。
だからこそ下手にやりたくない、というのが今の彼女の心情なのだろう。
「分かった。お前が決めたことに僕は従う。」
「ありがとう。ジューダス。」
『じゃあ、次の目的地は…』
「二人には申し訳ないけど、私はレスターシティに行くよ。マクスウェルを助けに…ううん、彼と契約しに行かなくちゃね?」
「…遂に、全ての精霊と契約…か。」
『僕はてっきり、スノウがマクスウェルともう契約を結んでいるもんだと思ってましたよ。』
「他の精霊と契約するまで、彼と契約しない事にしてるんだ。彼を召喚する際に使うマナの量は…半端じゃないからね…。他の全ての精霊と契約して私の中のマナの保有量が増えたその時…、契約するって彼と約束したんだ。」
天を見上げて遠くを見つめる彼女に、僕は視線を逸らせることなく見つめた。
彼女がそう決めたのなら、僕も文句はない。
ただ一つ、文句があるとすれば────
「僕達も行くに決まっているだろうが。なに一人で行くつもりでいるんだ、この阿呆。」
『そうですよ!!あんな危険な場所に一人で乗り込むだなんて…!無謀だと知ってください?!スノウ!』
「ただでさえ、あんな目に遭ってるというのに…。全く、お前は…。」
「ははっ!」
可笑しそうに笑っている彼女を誰もが注目する。
あの説教しているスクリューガムも、説教されて項垂れているルーカスさえ、彼女の笑う声に反応していた。
そうして暫く笑っていた彼女だったが、笑いをやめ、僕の手を取ると両手で包み込み温める様に…、そして祈る様にその目をゆっくりと閉ざした。
「…この温かさを守るためにも。そして、君という希望の光を他の誰からも潰えさせないためにも…。私は、戦い続けるよ。覚悟は────出来た。」
開かれた瞳は既に覚悟を決めた瞳をしていた。
その強い光を湛えた瞳は真っ直ぐに僕を射抜いて離れない。
僕は彼女の手へ自分のそれを重ねる様にして置き、彼女の瞳を見つめた。
「…お前の傍に居て、お前を守る。…絶対に、だ。」
まるで誓い合うかのようにお互いの瞳に強く言い放ち、そして僕らはどちらともなく手を放した。
そんな僕らを見て、外野だった二人が近付いて僕らの覚悟を垣間見ていた。
「俺にはよくわかんねぇけど…。でも、またあそこに戻るのは止めた方がいいと思うぜ?…いや、その目を見たらそんな事、言っちまったらダメだよな!ここは応援しねぇと!」
「ルーカス。何を他人事の様に言っているのですか。貴方も行くんですよ。」
「えぇ?!おいおい、スクリューガム!なんて言った?!俺さまも行くのかよ?!」
鳩が豆鉄砲を食ったように、目を白黒させては驚きで口が塞がらないルーカスを見て、隣に居た彼女がクスリと笑いを溢していた。
「当然です。やられっぱなしは、気が済まないのでしょう?いつも貴方が言ってるではないですか。まるで、口癖のように。」
「…ま、そっか!やられっぱなしは性に合わないからな!」
「ふん…単純な奴だな。」
「レディ?駄目だよ?それを言っちゃ。」
今度は微苦笑をさせて、彼女が小声で僕へとそう告げてくる。
僕達の声が聞こえなかったのか、奴は僕達についてくる気満々で、肩を回したり首を曲げてはポキポキと音を出していた。
…一体、あれにどういう効果があるというのか。
「私も手伝いに行きたいのは山々ですが…、レスターシティは〈狂気の神〉の神域…。不可侵条約によって私は立ち入り出来ないのです。」
「気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございます。何から何まで助けていただいて。」
「いえいえ。人に尽くすのは神として当然…。そして───」
スクリューガムは彼女に近付くとニコリと笑いかけ、そして彼女の手を取ると何かを手のひらへと乗せていた。
それを覗き込めば、手に乗っていたのは立方体の形をした透明なガラス。
しかし、どうやらそれはただの透明なガラスではないらしい。
「こちらをもう片方の耳に着けて頂いても?」
「??」
首を傾げさせながらも彼女は、何の迷いもなく紫水晶のピアスとは反対の耳の方へとそれを着けた。
「ではスノウ様。目を閉じてマナを感じられますか?」
「やってみます。」
ゆっくりと目を閉じたスノウ。
するとそのただのガラスの立方体であった物体は、まるで水をその中に満たすように湧き出でる。
その水の色はなんとも形容し難い…。いや、綺麗な碧色をしていた。
「流石ですね、スノウ様。言われてすぐ出来るとは、これを作った甲斐があるというものです。」
「こりゃあまた…珍しいモンだな。」
「???」
耳に着けているから、本人には全く見えないのだろう。
そのピアスの綺麗さは、誰もが見惚れるくらいのものである。
ルーカスの奴や、スクリューガムでさえ、そのピアスを見て感嘆している。
「それは、“マナ感知器”と呼ばれるものです。先程、時間の許す限りですが作らせて頂きました。」
「どんな効果のあるものなんだ?」
「これは他の人からも彼女の中のマナを見分けられるものです。そして、これを着けていれば多少はマナ汚染を防ぐ事も出来るでしょう。」
「…! そんな事が…。」
「この透明なガラスの様な物体は、実は特殊な鉱石を用いていまして…。その透明な物体の中にスノウ様にとって害をなすマナを貯めておけるようになるのです。僅かだとしても、効果は一目瞭然かと思います。その上、マナの残量もこれで分かりやすくなり、他の人達からも可視化する事で注意喚起も可能となるでしょう。」
「…これがあれば…マナ汚染やマナ切れを防げる…。」
「気持ち程度の物ですが、ここで見守るしか出来ない私からの餞別でございます。どうぞ、お使いください。」
「ありがとうございます…!」
嬉しそうにそのピアスに触れた彼女は、笑みを零して機械の神を見つめた。
それに大きく頷きながら笑った顔をさせる神に、ルーカスも何処ぞの馬鹿の様に、嬉しそうな顔でスノウの背中を叩いていた。
…それと同時に、結構痛そうに彼女が顔を歪めていた。