第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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(*ジューダス視点)
スノウが闇の精霊の試練を受け始めて、早一日。
そう、もう一日が経ってしまったのだ。
いつの間にか出てきていた精霊達でさえ、固唾を呑んでスノウを見続けている。
あと数時間してスノウが起きなければ、彼女は闇の精霊に言われたとおり、闇に囚われたままになってしまう。
『……大丈夫でしょうか?スノウ。』
「…信じるしかないだろう?」
ずっと、こうして腕を組んで待ち続けるのも飽きてしまいそうになる。
だから、早く元気な姿を見せてほしい。
彼女がどんな夢を見ているか、僕も分からないし、ここに出てきている精霊達でさえ知らないというのだから精霊達の緊張感は最高潮に達しているだろう。
ただひたすら沈黙が流れているだけ。
唯一、状況が分かっていそうな闇の精霊も口を閉ざしたまま全く微動だにしない。
……まぁ、奴が喋ったところをまだ見たことがないが。
『……もう少ししたら、時間切れ……。』
氷の精霊セルシウスがそう呟くと同時に、周りの精霊に緊張が走ったのが分かった。
幾ら精霊といえど人間と同じで緊張もするらしい。
人間らしさを垣間見た僕は、視線を精霊達からスノウへと変えた。
未だに闇の球体に囚われている彼女はその瞳を固く閉ざしたまま、こいつもまた一向に身動ぎもしない。
タイムリミットまでもう少しだというのに、その綺麗な海色の瞳を見せてはくれない。
「……頑張れ、スノウ…。」
祈るように呟いた言葉。
……少しは届いただろうか?
『時間切れまであと1時間もないわよ。』
水の精霊シアンディームが冷静にそう呟いて、隣りに居た風の精霊グリムシルフィに怒られている。
どうも、風の精霊はスノウが心配で心配で堪らないようだ。
まるで子供のように駄々をこねている。
雷の精霊は何を考えているか分からないし、地の精霊のノームもまた、慌てるだけで忙しなく気を紛らわせるために地面を掘っている。
……お陰で周りの地面がボコボコになってしまった。
『……残り、30秒……。』
精霊たちが静かにカウントしていくのを僕は黙って聞く。
……本当は、心臓が早鐘を打っている。
このままだと試練失格となり、スノウは帰ってこない。
幾ら祈ろうが無駄だと分かってはいるが、祈るしか今の僕にできることはない。
拳を強く握って、目を閉じれば余計にあのカウントが耳についた。
『……5』
『4』
『3……』
『2。』
『1……!』
酷く静かにその時は訪れた。
精霊たちが息を呑むのが分かる。
腰にある愛剣もまた、息を呑んで絶望の声を上げていた。
『そんな……。』
『嘘でしょ…?』
闇の球体に囚われたまま、スノウは目を覚まさなかった。
全員の視線が自ずと闇の精霊へと向かう。
その闇の精霊もまた、沈黙を貫いていた。
『ちょっと、どうなってんの?!』
我慢がならないとばかりに風の精霊が闇の精霊に詰めかける。
しかし闇の精霊は相変わらず微動だにしない。
それに精霊たちが疑問を持っていた。
『ちょっと!ルナなら分かるんじゃないの?!』
『答えを言っては面白みに欠けますよ。グリムシルフィ。』
『はぁ?こんな時に何言ってんの?面白いとか、面白くないとか……そんな次元の話じゃないんだけど?』
『まぁ、見ていましょう。……我々が認めた召喚士は精神を崩壊させることなく、よく頑張りました。』
『『え……。』』
ルナが微笑みながらスノウを優しく見つめる。
その視線に全員が期待をしてしまう。
もしかしたら、もしかするんじゃないかって。
「……。」
しかし、起きる気配もない。
待ちくたびれた風の精霊が再び光の精霊に突っかかろうとしていた時、闇の精霊がようやく動き出した。
闇の精霊が顔を上げ、スノウを見た瞬間────スノウの胸辺りが光を帯び、闇色の球体がその光によってかき消されていく。
宙に浮いたスノウには未だに光は顕在し、ゆっくりと右手が胸に置かれた。
闇色の球体がかき消されたことによる弊害か、強い風が吹き荒れる中、スノウはずっとその瞳を開けない。
しかし、全員が期待するには十分すぎる要因であった。
「────」
ゆっくりと目を開け、ことりと地面に降り立ったスノウは目の前の僕を見つめる。
その瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていて、僕を見るなりそれは大粒の涙となって頬を伝って流れていった。
「スノウ───」
僕が恐る恐る名前を呼べば、彼女は泣きながら走り出し、僕に勢い良く抱きついた。
そして、
「うわぁぁあぁあああ…!!」
「っ、」
『えっ?!』
声に出して泣いたのだ。
僕にしがみついて、そして嗚咽混じりに涙が止まることなく流し続ける。
こんな時、どうしたらいいかなんて分からない僕には彼女の涙を止めることなど不可能に近かった。
それでも何とかしてやりたいと彼女の背中に手を回せば、彼女を余計に泣かせてしまった。
「リオン……!リオンだよ、ね…?」
「あ、あぁ……。どう見ても僕だが…?」
「ぐす、リオン…。」
「な、何だ。」
「生まれて来てくれて、ありがとう…!」
「……っ!」
「生きててくれて……ありがとうっ……!」
彼女の言葉が胸に沁みて、そして心を……胸を暖かくさせる。
どんな夢を見たら、そんな言葉が出るというのか……。
僕は緊張させていた体を楽にさせ、大きく息を吐くと彼女を抱きしめた。
「それから本当にごめんっ…!!私のこと、殴ってくれ…!!!」
「……は?」
唐突な暴力希望。
頭がおかしくなったか、と不安に思って彼女の顔を覗いたが至極まともな顔をしていたため、余計に混乱する。
本当に、こいつ……どんな夢を見たらそんな言葉が出てくるのやら……。
「殴ってほしいなら殴るが?」
「お願いしますっ!!」
ぎゅっと目を固く閉じて体に力を入れ、痛みに耐えるさまを見てしまえば、彼女に暴力など振るえない。
一瞬戸惑った僕は、そのままデコピンという形で終えることにした。
しかし彼女は何故か、それでは駄目だと叱咤してきたではないか。
「お前、何があった…?」
「もう私は駄目だ!君の事が大事だというのに、君の存在を夢の中で忘れていたなんて…!!悔いても悔いても、悔みきれない!君から殴られるまで気が収まらない!!」
「……。」
申し訳ないが、若干引いた。
ルナが言っていた話では記憶を消して過去を追体験していたと聞くし、別にそこまで悔やまなくても……とは思う。
仕方のないことなのだから。
「スノウ。お前は悪くない。」
「いいや!こればかりは私が悪いんだ…!だから思いっきり殴ってくれないか!」
「いや……、だから……。」
ここまで殴られたいと言い張るのも珍しいが、何が彼女をそう掻き立てるのか。
僕は困り果てて、周りの精霊たちを見たが面白がっていてなんの役にも立ちそうにない。
『殴れって本人が言ってるんだし、殴ってあげたらー?』
『……多分、そうでもしないとスノウの気が収まらない……。』
風と氷の精霊が下手なことを言うから、彼女が余計に躍起になって僕に殴られたがっている。
ルナとシアンディームに至っては面白半分で見ていて、その顔はかなり悪どく映る。
僕は何とかしろ、とこの元凶を作り出した闇の精霊を睨み、スノウは相変わらず僕に例のことを要求してくる。
……早くなんとかしてくれ。
『……。』
僕達の間に闇色の文字が浮かんで、そして僕らを強制的に分断させた。
それに若干のお礼を心の中で言えば、スノウは文字を見て大きく頷き、そしてそのまま闇の精霊に向き直ったのを見て、心底安堵した僕がいた。
……出来ることなら彼女に暴力など振りたくない。
以前雷を落としてやった時は遠慮しなかったが、な。
「シャドウ。」
『……。』
「……なんていうか、君の試練は一番難しかったよ。本当に……ね。まさか、あんな形で人生に幕を閉じていたなんて……誰が思う?本当に驚いたけど……でも、悲しくなかったんだ。私の前前世で死ぬ間際の光景を見たのに、だよ?」
「……!」
そうか、そういうことだったのか。
だから彼女は不安定になっていたんだ。
だが、僕を忘れていたとは……?
僕は前世では彼女に会っているものの、それ以前に会った記憶などない。
なのに彼女は僕のことを忘れていた、と言っていた。
……もしかして、物語で知る僕のこと…なのか?
だったら尚更殴る気にはなれん。
実際に会ってもない状態での“忘れていた”など、忘れたという部類にも入らない。
全く……勝手に勘違いをして、勝手に殴れだの何だの言いおって……。
「でも、これで私の勝ちだよね?シャドウ。」
『……。』
シャドウと呼ばれた精霊が彼女に近づいていく。
そして彼女もまた、闇の精霊へと一歩を踏み出した。
お互いに向かい合って、そして彼女がそっと優しく精霊を抱きしめていた。
その顔は非常に穏やかな顔つきであった。
「────こんな私だけど、契約をしてくれないかな。シャドウ?」
『……。』
結局、あの精霊が今の今まで言葉を紡ぐことはなかったが、それでも今は言葉無くとも分かる。
彼女を……自らの召喚士と認めたのだ、ということが。
闇色に光り輝き、姿を消したシャドウ。
そして彼女の体が傾いていった瞬間、僕は体が勝手に動いていた。
そのまま彼女を抱き止めて支えれば、いつの間にか周りにいた精霊たちも居なくなっていた。
「……。」
「おい、大丈夫か?」
『いやぁ…、ヒヤヒヤさせられましたね……。今回ばかりは。』
気絶しているだけと分かっていたのか、シャルが呑気な事を言い出すので無意識に怪訝な顔になってしまった。
先程までの“殴れ事件”があったので、複雑な気持ちだが……これで精霊は全て揃ったはずだ。
……いや、あとは光属性の精霊が居るのか。
『取り敢えず昨日居た家まで帰りませんか?それから今後の事を話しましょうよ、坊ちゃん。』
「あぁ。」
僕は彼女を抱え、あの家までの道のりを辿る。
道中シャルが魔物の居ない場所を探知したので、苦無くあの家までは辿り着く事が出来た。
……だが、問題なのはこいつがいつ目を覚ますか、だ。
『高位属性との契約ですからねぇ…?スノウがいつ目覚めるかまでは…想定出来ませんね…?』
「……それこそ、さっきの精霊達がもう一度出て来たら早いと思うがな。」
ベッドで寝かせてやったスノウを見ながらシャルと話している。
今後の事も先行き不透明な中、取り敢えず僕達はスノウが闇の精霊と契約出来た事を喜ぶ事にしたのだった。
✼•• ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ••✼•• ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ••✼
結局スノウが目覚めたのは二日経ってからだ。
体を起こせもせず、辛そうに横になっている彼女に何も出来ない歯痒さが体中を占めてしまい、どうしようもない。
彼女の中のマナが極端に少ないようで、高位精霊二人の契約の後遺症が酷い証だった。
「……。」
本当に生きているのかさえ怪しいくらい、息を潜めてベッドで横になってボーッとしている。
僕が声を掛けても、反応がいまいち悪いのが不安にさせられる。
「スノウ。」
「……。」
「……辛いか?」
「……。」
意識が朦朧としているのだろうか、遂には声も出さずに彼女は視線だけ緩やかに僕の方へ向けている。
心配で頬に触れた手は、やはり冷たさを感じ取ってしまう。
温めようと頬を両手で包んでやるが、彼女はゆっくりと目を閉じるだけだった。
『スノウ…。しっかりしてください…。』
「……今まで契約後にここまで酷い状態を見た事が無かった分、…不安で仕方がない…。元素の森に連れて行ってやりたいが……今は動けない、な…。」
ここの島の位置はスノウが把握している。
その上ここから脱出する方も考えねばならない。
……前途多難、とはこの事だな。
……ガタッ!!
『「!!」』
今僕達の居る寝室が2階。そして先程の物音は下から聞こえてきた。……今もまだ、1階から物音がしてくる。
咄嗟にシャルを握った僕は、寝室の扉へ体を向け、警戒をした。
『……坊ちゃん。下に誰かいます…!』
「……この家の持ち主か…?」
『それは分かりませんが……、この家の中を物色しているような動きをしていますね…。』
「ならこそ泥か……。」
一瞬スノウを振り返り、顔を険しくさせる。
こんな状態で迎え撃つのは得策ではない。
無論、スノウも危険な事に変わりはないし、僕がこの状態の彼女を守りながらこの狭い部屋で戦闘になる事を危惧したのもある。
もしかすれば、攻撃の余波を彼女に与えてしまうやも……。
「……行くぞ、シャル。」
『……はい。』
瞬時に決断した僕はシャルに手を掛けながら扉の方へと近付こうとしたが、それを阻む者がいた。
……まぁ、ここには他に一人しか居ないから犯人は自ずと絞られてくるが…。
「……スノウ。」
「……。」
弱々しく、しかし彼女は僕の外套を強く掴んでいた。
代わり映えのしない顔だったが、きっとこれは“心配”されているのだろう事が何となく伝わってきた。
「……案ずるな。少し様子を見てくるだけだからな。」
『大丈夫ですよ!スノウ!僕も居るんですよ?!探知ならお任せくださいよ!坊ちゃんに怪我はさせませんって!』
努めて明るく接したシャルの言葉もあったからだろうが、彼女が掴んでいた外套を離し、ほんの少しだけ口元を緩ませた。
それに僅かに驚いた僕だったが、すぐにフッと笑い、彼女の頭を撫でた。
「すぐ戻る。」
『くれぐれも大人しく!待っててくださいね!』
そう言って僕達はスノウと別れた。
扉向こうに身を潜めた僕達はそのまま階段へとゆっくり足を進める。
壁を伝い、息を潜めながら前世でよくやっていたように怪しい人物へと接近をする。
暢気なもので、相手は家の中を物色しては何かを考えるようにして立ち止まっていて、いつでも簡単に背後を取れる程間抜けで素人である。
一瞬にして間合いを詰めた僕は、こそ泥の首にシャルを押し当て、凄むように言葉を放つ。
「何をしている。」
「ヒッ!?」
慌てて手にした物を落とし、両手を上げたこの人物に僕は見覚えがあった。
そう……レスターシティの牢屋の中で会った、あの男だ。
「お前…。」
「って、兄ちゃんじゃねぇか!無事だったのか!」
あまりにも記憶に新しい人物だった為に、僕がシャルを僅かに下ろしたら奴はあろう事か僕に抱き着いてきたので咄嗟に離れさせ、頭を容赦なく殴った。
「いってぇぇぇええ?!!」
「抱き着くな!気持ち悪いっ!!!」
「何だよ、軽いあいさつだろ?」
「だからといって、男に抱き着かれる趣味はない!」
「はっはーん、兄ちゃんも男だなぁ?女だったら良───」
奴の頭を再度殴れば、頭を押さえ蹲っていた。
「全く……」と腕を組んで見下ろせば、こいつの事を知らないシャルが不思議そうに聞いてくる。
無論、奴との関係だがな。
『坊ちゃん、この不審者と知り合いですか?』
「あぁ。残念な事にな。」
『この男、一体何者ですか?』
「名前など知らん。」
「兄ちゃん……独り言デケェよ…?」
僕が瞬時に拳を握り、それを見せ付ければ咄嗟に頭を庇った男を鼻で笑ってやる。
結局こいつが何故ここにいるのか、聞いてみれば例の大水槽の激流で流されたついでにあそこから逃げて来たらしい事が分かる。
そしてカルバレイス地方からも逃げようとしてボートでここまでのこのこやってきたらしい。
……体力馬鹿か?
聞けば、ここはカルバレイス地方と離れた小島だとスノウも言っていたし、そんな安安と着ける場所ではない事は明白。
更にシャルの探知上でも近くに聞き覚えのある大きな地方や島も無い事は報告済みである。
ならば、こいつの体力は並ではない事が窺えるのだ。
……まぁ、阿呆と馬鹿は体力だけは有り余っていると聞くからな、致し方あるまい。
「で?兄ちゃんはこんな辺鄙な島に家を構えて何しようってんだ?…それに、もう一人の兄ちゃんは助けられたのか?あんなに意気込んでただろ?」
「質問が多い。」
「そりゃ同じ牢屋で一緒になった仲じゃねえか!それに?俺の事は兄ちゃんが助け出してくれたも同然だしなぁ?」
「…?」
こいつにここまでの経緯を話した訳じゃないのに、何故僕があの大洪水を起こした事が知られている…?
それにやけにこっちの事情に首を突っ込んでくるのも謎だ。
他人なら他人らしく、すぐにここから立ち去れば良いだろうに。
「……貴様、何が目的だ。」
「えぇっ?!別に何にも目的なんかねぇよ!ただの興味本位だろ?!」
「にしては、やけにこちらの事を気にするんだな?ただ、牢屋の中で会っただけの“顔見知り”程度なのにな。」
「兄ちゃん、それは冷たすぎねぇか…? 一期一会!出会った人は皆、兄弟!」
「ただの馬鹿だったか…。」
「深刻そうに言うんじゃねぇよ!こちとら、“誓約”を果たす為にやってんのによ!!」
「ん?誓約?」
『一体、何の誓約でしょうか?……怪しいですねぇ…?』
シャルのコアクリスタルが朧気に光を灯し、怪しいとばかりに感情を灯す。
僕も同じく怪訝な顔で男を見遣れば、男は慌てて首を振った。
「ま、まぁ!何でもいいじゃねえかよ!そ、それよりあれだ!俺はちょっとした情報通なんだ。助けてくれたお礼に何でも情報提供してやるよ!」
「と言って金をせびるつもるだろう?」
「そんなことしねぇよ!って───」
男は僕の首元を見て目を丸くさせると、途端に眉間にシワを寄せていた。
そして何かを考える仕草をした後、僕から徐ろに目線を外し、頭を掻く。
それが一体何を表しているのか分からないが、僕からするとよく知らない相手からそれをされるのは良くない事だと感じる。
僕はすぐさま男を睨んだ。
「あー、違うんだ。その……首のやつ?取れねえのか、って思ってな。ほら、俺は目の前で兄ちゃんがそれを着けられるの見てるからよ。」
「……。」
「と、言う事はもう一人の兄ちゃんも外せてないのか…。」
その瞬間、男の頭上に丸い金属球が現れ、それはそのまま男の頭の上に落ちていく。
当然それは、金属の玉なので当たれば痛いだろう事は分かる。
そして、男はその金属球を直に受け盛大に悲痛な叫びを叫んでいたので、僕は咄嗟に耳を塞いだ。
「いっ?!っってぇぇぇぇぇぇぇええええ?!!」
『な、何で急に金属が?!』
……耳を塞いだのは良い。
だが、決して聞き逃せない音が上からした事で、冷や汗と悪寒が同時に僕に襲い掛かった。
……コトリ
それはまるで誰かが上で、そっと降り立ったかのような靴音だ。
そして上には、大事な、大事な彼女がいる。
そう、今は微動だに動けもしない彼女が居るのだ。
彼女が起きてこちらに来ようとする事など、あの状態で出来はしない。なら、あの音は───
「っ!?」
僕はシャルを抜きながら階段を急いで上る。
シャルも僕の異常なまでのその焦りに探知をしたのだろう。
次に聞こえた言葉で僕は逸る心を更にせき立てさせられた。
『!? 坊ちゃん!スノウのすぐそばに何か居ますっ!!』
階段を上りきり、急いで扉を開けた僕の目に飛び込んで来たのは、鉄か何かの金属で人の顔をしているスーツ姿の男の姿だった。
紳士的に胸に手を当て、扉の方を向いていたその男は僕を視認すると僅かに頭を下げた。
「私の所の者が粗相をしまして…。大変申し訳ありません。〈夢の神〉の御使い様。」
「!?」
『な、何者ですか?!坊ちゃんが御使いだと知ってるなんて…!?』
「申し遅れました。私、スクリューガムと申します。階級は低めではありますが…これでも一応〈機械の神〉をしております。」
「神…!」
『じゃ、じゃあ…〈夢の神〉や〈世界の神〉と同等な…!?』
「はい、その通りで御座います。ソーディアン・シャルティエ様。」
『僕の名前まで…!』
とにかく状況を整理するのに時間が掛かりそうだが……、何よりこの神とやらが何故ここに来たかが問題なのだ。
〈機械の神〉の後ろには変わらずスノウが居るのは確認出来る。
スノウの事をとにかく気に入ってるらしい〈狂気の神〉の件がある以上、この神も油断は出来ない。
「あぁ…大丈夫でございます、ジューダス様。私がここに来たのは、私の御使いがお二人に粗相をしたので躾をするのと、謝罪の為でございます。」
「……僕の心を読んだのか。」
「申し訳ありません。どうも神と言う事で読めてしまうものでして…。御気分悪くされたのでしたら謝罪致します。誠に申し訳ありません…。」
そう言って再び胸の前に手を置き、頭を下げる目の前の神に調子を狂わされる。
何処も、神というのは横暴で不公平で……そして人間などどうとも思ってない奴等ばかりだと思ってた分、目の前の神が人間らしい行動をしていて酷く戸惑う。
勿論、見た目からして全身が金属で出来ているように見えるのもあるから戸惑うのだが。
流石は機械の名前を冠する神、と言った所か…。
「お褒めに預かり光栄でございます。」
「……。(また、読まれたか…。)」
こうやっていても埒が明かない。
早い所目的を聞き出してしまおう。
そして彼女から離れさせなければ……。
「……他に目的があるんじゃないのか?」
「本当であれば謝罪をし、私の所の御使いを躾けた後にすぐに帰宅する予定でしたが……お二人の首の物を見てそうもいかなくなりました。」
「これか。」
首に着けられた黒いリングに触れれば、〈機械の神〉は大きく頷いた。
そこへ痛みを堪えながら例の牢屋の男が現れる。
「おい、スクリューガム!痛ぇよ!あのお仕置き毎回毎回痛ぇんだが、どうにかなんないのかよ?!」
「ルーカス。この方々に名前も名乗りもせず、そしてこのお方を男性と間違えるなど……私は貴方にほとほと呆れています。」
「はぁ?!だって、どう見たって二人は男───」
容赦無く再びルーカスと呼ばれた男の真上より金属球が落ちてくる。
今度こそ地面をのたうち回り、涙を流していた男を哀れな物を見る目で見てやれば〈機械の神〉が心の底から申し訳なさそうに謝ってくる。
どうやらこの神は、身内には厳しいタイプらしい。
三つの神しか見ていない為なんとも言えないが、神にもやはり人間と同じ様に個性というものはあるらしい事が窺える。
「お二人を我が神域にお呼びしたいのですが……宜しいですか?」
「これを神が態々取ってくれるというのか?なんの為に?」
「それは私の信条でもあります。〈機械の神〉として、悪用される機械を見過ごす訳にはいきません。……それに、私の御使いを助けてもらった恩も兼ねて…と言ったら貴方の信用に足るでしょうか?」
「……分かった。その心意気に応じて信用しよう。」
「ありがとう御座います。ジューダス様。では、〈世界の神〉の御使い様も……、と言いたい所でしたが、これはまた酷いですね…。マナが底を突きかけている…。」
〈機械の神〉スクリューガムがスノウを見て、悩む様に口元に手を当てた。
だから丁度良い、とこの時僕は祈る様に神に尋ねた。
「……こいつのマナ切れをどうにか出来ないか?精霊と契約してからずっとこの調子でな。」
「マナの分野は〈世界の神〉ではないと難しいのですが……。先日、丁度私の御使いがマナ循環器を発見いたしまして……、回復程度は可能だと思います。」
「…! 頼む。こいつのマナを回復してやってくれ。」
「はい、承知いたしました。……そんな所で地面と仲良くしてないで行きますよ、ルーカス。」
「くっそ、誰のせいだと…!」
「なるほど、まだ躾が足りませんでしたか。」
「よっし!体が軽くなってきたな!!」
『「……。」』
軽々と体を起こし、素知らぬ顔で肩を回したり体を動かすルーカスに僕とシャルがジト目で見れば、何故そんな顔をしているとばかりに奴が首を傾げてくる。
しかし奴は僕に手を伸ばしては握手を求めてきたので、怪訝な顔でそれを見れば奴はニッと歯を出しながら笑った。
「そういやぁ、名前教えてなかったな!俺はルーカス!ルーカス・E・ハイヴだ!兄ちゃんは?」
「……今はジューダスと名乗っている。」
「何か意味深な言葉だな?他に名前があるみてぇな───」
「ルーカス。幾ら私が情報を集めなさいと命令したとは言え、不躾ですよ。」
「あ…すまねぇな。情報集めが体に染み付いちまってて……悪く思わないでくれ。」
「いや……。」
そんな会話をしていれば、いつの間にやら僕達は先程いた狭い部屋ではなく広い空間に飛ばされていた。
鉛色の壁が遥か向こうに見えて、この空間の広さがひと目で分かる。
それくらい、飛ばされたこの空間は広大だった。
「ここは私、〈機械の神〉の神域となります。〈夢の神〉や〈世界の神〉には既にお二人を預かる承諾を頂いていますので、ご心配無用ですよ。」
「神同士は不可侵条約がある、と言っていたな。」
「えぇ。その通りです。」
「へえ?そんな物もあるんだな!」
「……貴方には最初に伝えたはずですが?」
「げ、」
逃げようとしたルーカスを見て、白い手袋をはめたスクリューガムが頭を鷲掴むと途端に悲鳴を上げる。
……それ程までに力が強いのだろう。奴の悲鳴の度合いが今までとは桁違いになったからだ。
暫くその煩い悲鳴を右から左へと流し、制裁が終わるのを待てばスクリューガムが鉄の顔でニコリと微笑んだ。
「スノウ様やジューダス様は本当にルーカスと違い、勉強家で見ていてとても羨ましく思います。」
「では、そこまでして何故そいつを御使いとした?他にも頭の良い奴などごまんといるだろうに。」
「そうですね…。ルーカスは“機械”に対する姿勢も、“機械”へ懸ける情熱も、そこら辺の人間とは違うものです。そこに……私が惚れ込んだ、というのはあります。ただ、まさかここまで頭のネジが緩んでいるとは思いもしませんでしたが…。」
「わる、かったな…!オツムが、弱くてよっ!!!」
「ですから私の御使いとして、世界を見て見聞を広げてくるように命令したはずです。」
「スクリューガム、の誓約、は!多すぎ、んだよっ…!!」
既に足が浮いているルーカスを見て、僕が鼻で笑ってやれば「助けてくれぇぇ」と吠えてくるので溜息を吐きながら〈機械の神〉を見てやる。
ニコリとした顔を変えずに機械らしく指だけを動かしたスクリューガム。……本当に全身が金属で出来ているんだな。
いきなりのことでルーカスの奴が派手に尻餅をついて文句を零していた。
「いってぇ…。」
「さて、ここからが本番ですが。」
「おいおい、茶番でアレとかシャレになんないぜ?」
「ルーカス。貴方はマナ循環器を作りなさい。」
「はぁ?!!スクリューガムの方がぜってぇ早く作れるぜ?!このマナがカケラも無ぇ”兄ちゃん”がそんな長い時間耐えられるはず───」
続いてスクリューガムの右フックが決まり、ルーカスが遥か遠くへと吹き飛んでいく。
まぁ、何故殴られたかは真相を知っている僕には至極簡単な話だったが…。
「……本当に奴に任せて大丈夫なのか?」
「お任せください。ルーカスはああ見えて、やる時はやる人ですので。」
「ふん……。結局なんだかんだ言っても、奴に期待してるんじゃないか。」
「ええ。そうなりますね。」
遠くで起き上がり、こちらに不貞腐れながらやってくる奴を見て、スクリューガムがその鉄で出来た機械の目を細めさせていたのを、僕は鼻で笑ってやった。