第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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(*ジューダス視点)
ふと、僕は目覚める。
すると目の前の彼女も丁度目を覚ました様子で、目を僅かに開いて僕を弱々しく見つめていた。
彼女の左眼を覆う眼帯は、僕が着けていた仮面と同じであの激流で何処かに行った様だった。
お互いに見つめ合い、お互いに無事を確認する様に手がゆっくりと相手の頬に触れる。
……彼女の頬は、やはり酷く冷たかった。
「り、お……ん…。」
「…スノウ……、ぶじ、か…?」
「……うん…。ぶじ、だ、よ……?君、は…?」
「見ての、通り……無事、に…きまってる、だろ、う…?」
笑いながらそう言い返せば、彼女は泣きそうな笑顔で僕を見ては涙をその海色の瞳に溜めて、そしてその涙を一筋零していく。
彼女の頬を撫でる冷たい手が、僕の存在を確かめるかのように恐る恐る撫でる。
嗚咽が混じる彼女は、ゆっくりと目を閉じて、そして今出来る精一杯の笑顔を見せてくれた。
その笑顔を見て、僕も思わず涙が溜まりそうになった。
あの激流で流れ着いた場所は何処か分からない場所だった。
あまりにも流された距離が長かったからか、僕達は体力の限界を迎えていた。
お互いに相手の体にしがみついていたお陰もあって散り散りになる事は無かったが、こうして体が動かせずにいるのが厄介である。
ようやく動かせる手でさえ、力を振り絞って相手の頬に触れるのもやっとだった。
けれども、そんな彼女の儚い笑顔を見てしまえば抱き締めたくなるというもの。
僕は力を振り絞り、彼女を精一杯自身の胸に抱き寄せた。
「(あぁ……こんなに…冷たくなって……。)スノウ…、寒い、か…?」
「すこし、だけ……だ、よ…?」
「嘘を、つけ…。こんな、に……冷たく、なってる…じゃないか……。」
ここまで冷たいとなると低体温症を彷彿とさせられ、一気に不安になる。
早く彼女を暖かい所に移動させなければ、折角敵から逃れても意味が無い。
一度抱き締めるのを止めた僕は、腕に力を入れ起き上がろうとしたが……
「く、そ…。」
駄目だ、手足が言うことを聞かない。
あまりの疲労感に体が休め、と言っている。
そんな僕を見てか、彼女が僕の背中に手を回し抱き締めてくる。
密着した肌が熱を持って熱くなるのに、彼女の肌は一向にその兆しを見せなかった。
「たゆ、たう……波の……ほうよう……、いや、しの…ちから…………ここに…」
「っ。やめ、ろ…スノウ…。体力、を……つかうな…。」
「___ディスペルキュア…」
彼女が詠唱を唱え終わると、癒やしの光が波のように周りへ広がっていき、そして僕の身体を癒やしていく。
ほう、と僕が安堵の息を吐けば、彼女は気を失うようにしてその海色の瞳を閉じた。
息遣いを感じるので生きてはいるのだろうが、体力も気力も底を尽きたのだろう。
先程よりも幾分かマシになった体で彼女を強く抱き締める。
なるべく密着させて、なるべく彼女を寒さから守るようにして。
「……死ぬ、な……スノウ……。」
何度も死に目に会って、何度も死の淵に立たされて────彼女が、一体、何をしたというのだ。
皆、彼女ばかりを求めては、その有り余る力を支配しようと忍び寄る。
そうして彼女が何度も苦しむ羽目になって、本当に……腹立たしい事この上ない。
「……必ず、守る……。お前を…何者、からも……。」
あぁ……だから、今は少し休ませてくれないか。
やはり体が限界なようだ。
僕は眠る様にして、彼女を抱き締めたまま気絶していた。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
ふと、僕は目覚める。
この言葉も二度目となるが、彼女は───
「っ!?」
抱き寄せていた筈の彼女の姿がない…!
僕は勢い良く身体を起こし、彼女の姿を探す為に周りを見渡した。
どうやら何処かの小島に流された様だが、肝心の彼女の姿が無いのが不安で仕方がない。
仕方なく周りを散策する事にしたが、シャルも流されてしまったのか腰にある剣はこの時代で使っていた代物ばかりだ。
念の為に剣に手を置きながら歩き始めれば、この孤島が意外にも広い事に気付く。
海岸周りを歩いたが中々元の場所に着かないのが何よりの証拠だ。
「……何処なんだ、ここは。」
まだまだ知らない土地が沢山あるものだ。
〈赤眼の蜘蛛〉の拠点もだが、カルバレイスにあんな〈無景の砂漠〉なるものもあったし、まだまだ前世で知り得なかった土地が沢山あった。
そう思えば、今回の生も沢山の旅を重ねてきたものだ。
……彼女と一緒に、な。
「(あぁ…早くスノウに会いたい…。)」
どうしようもなく、彼女に会いたくなってしまった。
歩んでいた歩は徐々に速度を増していき、遂には僕は走り出していた。
辺りを見渡し、あの澄み渡る空の様な髪色の彼女をくまなく探す。
「よっと!」
いきなり目の前に現れた彼女に驚いて、目を見張る。どうも彼女お得意の魔法でここまで飛んできたようだ。
彼女は僕を見て不思議そうな顔をしていたが、次第にいつもの様な笑顔を浮かべていた。
「走ってたようだけど、もしかして鍛錬の一環なのかな?それとも、これを探してたりして…ね?」
彼女が僕に差し出したのは、シャルだった。
両手で持たれたシャルは、再びあの泣き声を響かせながらコアクリスタルを光らせている。
『二人とも…!よくご無事で…!!!』
「……最近、その言葉を聞くのも多くなってきたな。」
「ははっ。それ程心配してくれる人がいるってのは、いい事なんじゃないかな?」
『だって!二人とも最近死にそうになることばかりで、僕はもう…!!』
『ううぅぅ…』と泣き出すシャルに、肩を竦め呆れていれば、そんな僕達をスノウがクスクスと笑っていた。
そんな日常が戻ってきたのが心の底から嬉しく、酷く安堵する。
「それよりも、だ。ここは何処なんだ。」
「ここはカルバレイス地方の西側にあった小さな孤島だよ?……前世の時は何もない場所だったのに、まさかこの時代になってこんな森のような鬱蒼と茂っているなんて思わなかったけどね…?」
『スノウが広範囲探知をしてくれたので、分かったんです!』
「ほんっと、心の底から思うよ。自由にマナが使えるって……素敵だなぁって…ね。」
遠い目をした彼女の顔がふと、影を差す。
「だからこそ、思う……。私は、マナが無ければただのそこら辺の一般人に過ぎない…。君を守る事すら出来ないなんて……もう、懲り懲りだ……。」
「……スノウ。」
「怖かったんだ。君を喪う事が…。沢山の銃に囲まれて撃たれる君を想像したら…身体が勝手に動いていた。“何とかしないと”って、“君だけでも助かる道は無いのか”って…ずっと考えてた。」
あの時、本当に僅かに震えていたのは攻撃される事に対しての恐怖では無かったのか。
……僕を失う事が怖かった、なんて……そんなの、僕だって同じだ。前世で嫌というほど味わっているからな…。
「……ははっ。あんな状況で、あんな作戦を思い付くだなんて本当……君はすごいなぁ…?心の底から尊敬するよ。」
「……いや。あれはお前が居なかったら…、お前を抱き寄せて居なかったら思い付かなかっただろうな。」
「どういう事?」
「あの場面、お前は無意識だろうが腕を擦っていた時があったんだ。だから僕はそれを見て、背後にある大水槽の水にお前がトラウマを思い出しているのだろうと推測した。……あの濁流に巻き込まれてしまったお前のトラウマを、な?」
「そんな事あったんだ?」
「まぁ、無意識だろうとは思っていた。探索中の場面だったしな。それに抱きしめた時にお前が震えていたから……だから、余計に嫌でも思いついたんだ。お前の事を思えばこの作戦はやりたくはなかったが、そうもいかなくなった。」
『あの百近くいる敵を二人で向かっていくなんてのは、無謀ですからねぇ…。スノウも自由に術が使えない状況下でしたし。』
「そうなんだよ。でも、魔法を使えば酷い頭痛がするだけだから君だけでもテレポーテーションで飛ばせると思ったんだ。……正直、賭けに近かった部分はあるけれどね?」
「……すぐお前は自己犠牲を払おうとする。近くにいる僕の気持ちを考えたことがあるか?」
僕は顔を顰めさせ、腕を組んでスノウを睨んだ。
すると彼女は苦笑いをして誤魔化してきた。
……全く、こいつは。
「いいか?ああいう場面になったら自分以外が助かる道を探し出そうとするな。全員が生き残る選択肢を考えろ。そういうのは考えるだけ無駄だ。……残された者の気持ちも考えろ。」
無論、取捨選択は大切だ。
何処で、何を、切り捨てないといけないのか、すぐさま導き出す必要もある。
前世、彼女と共に軍人だったこともあり、それは分かっている。
だが、必要以上の犠牲は出さないようにしないと良い軍人指揮官とは言えない。
「お前のそれは軍人指揮官として褒められたものじゃないぞ。寧ろお前の場合は、自分以外を斬り捨てる覚悟で行け。でなければ、いつまで経ってもその癖が治りそうにないからな。」
『確かにそうですよね。軍人指揮官が先に死ぬなんてのは、その軍隊の“死”を意味しますからね。』
「ふふっ!今は軍人じゃなくなったけどね?」
「阿呆。僕はそれくらいの気概で行け、と言ったまでだ。」
「はーい。」
僅かに嬉しそうに笑った彼女に、僕も鼻を鳴らす。
これで少しはあの癖が治ればいいがな。
「そういえば───」
彼女が途中で話を途切れさせたので、何事かと見れば彼女の左腕にあるブレスレットの宝石が光り輝いているのが分かる。
……そう言えば、あの元素の森にいた時からそれを着けていたな。
拾ったのか?それとも誰かから貰ったのか?
「えええぇぇぇぇ……?」
あまりにも長い、それこそ嫌そうな声音で言うものだからシャルも不思議そうな光をコアクリスタルに投射していた。
僕が何だ、と睨めば彼女は本当に困った顔でこっちを見ていた。
その海色の瞳は動揺しているのが明白なくらい、揺れ動いていた。
彼女がそこまで動揺するとは、ただ事ではない状況のようだ。
「どうした。」
「…………。」
言うか迷っている様な彼女だったが、口を閉ざそうとしていたので、僕は先手を打つ。
「言わない、なんてのは無しだからな。そこまでお前が動揺するなんて事態なら、早く解決策を講じて対策するべきだ。」
『そうですよ!何が起きてるか分かりませんが…、スノウが溜め込む必要なんて無いんですよ?』
「二人とも…!」
「無理そうなら無理だと言う。だから早く言え。」
僕がそう言えば、彼女は幾許か覚悟を決めた顔をさせて僕を見つめた。
そして頷き、口を開かせた。
「……実は、ここには二人の精霊が居てね…?残りの精霊達なんだ。……けれども、今の私のマナの残量を考えても、あの二人の高位精霊を一度に相手するなんてのは…正直厳しい…。それに、近くにいる君にも危害が加わるかもしれない。」
「戦闘になるかもしれない、ということだな?」
「うん。以前雷の精霊ヴォルトの時、修羅も試練を手伝ってくれたから今回もきっと、君の力を借りる事も出来ると思う。でも───」
不安そうに瞳を揺らし、彼女は僕を見る。
彼女が僕の体調を心配してくれているのが一目瞭然だった。
だから僕は彼女に向けて、フッと笑ってやった。
すると、彼女は僕の心を見透かしたのか、これでもかと言うくらい大きく目を丸くさせていた。
「体調…、大丈夫なのかい…?」
「確かに今の自分の状態を鑑みても万全とは言えん。だが、ここで引く義理もないだろう?」
『いざとなったら戦線離脱も視野に入れて、事を運びましょうね!いつでも逃げれるように!!!』
「初めからそれを考えていたらキリがないだろうが。」
『だって!残りの精霊って言ったら…闇ともう一つは…光ですよ?!高位属性もいいところじゃないですか!!』
「……じゃあ、こうしよう。手伝ってくれるというなら少し休憩にしようか。私もマナが完全じゃないし、身体も万全じゃない。万全を期して挑みたいよね?」
そう言うとさっきまでの動揺は何処へやら、彼女は笑って僕の手を引っ張り、何処かへと連れて行こうとする。
僕は一瞬目を丸くして、しかし彼女の笑顔を見て自身も思わず笑顔が浮かぶ。
彼女の笑顔だけで、体の疲れが取れていく気がしたんだ。
「(…僕も、とことん彼女には甘いな…。昔はこんなことまでならなかったのに。)」
「レディ!向こうに休めそうな所があったんだ!そこで休憩にしよう!」
「あぁ!」
前を走る彼女に聞こえるように僕が少し大きめに声を出せば、彼女は走りながらも振り返って満点の笑顔を見せてくれた。
その笑顔を見て、僕は自然と顔が赤くなったんだ。
彼女に見えないように俯いたつもりが、逆にシャルに見える形になってしまい、コアクリスタルが何故か喜ばしそうに光っていたのが見えた。
彼女の長い、澄み渡る空のような髪色が風で揺れる。
掴まれている方とは反対の手でそれに触れようとして、止めた。
きっと今笑顔でいる彼女の足を止めさせるのも勿体ない気がしたからだ。
僕は彼女の勢いに流されるまま走る。
彼女のあの笑顔がこの先もずっと、続くように祈りながら。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
彼女に連れてこられたのは、一軒家のような建物の前だった。
こんな孤島に…それも一軒家があるなんて俄に信じがたいが、今目の前にあるものを信じない訳にも行かず僕はいつの間にか険しい顔をさせていたのだろう。
彼女が僕の顔を見て面白そうに笑ったからだ。
「…大丈夫なのか?この中に入って…。」
「うん。私達の探知上に何も引っかからないから大丈夫だと思うよ?信じてくれないかな?」
「お前らに探知に関しては信頼している。…だが、以前のことがあるからな。」
『スノウから聞いたんですが……あの時、僕達には妨害術式がかかっていたようなんです。』
「マナが使えなかったから予想でしか無いけど、あの建物内で魔法禁止区域だとかあるってことはそういうのもあってもおかしくないと思う。彼らの技術力は私達の想像の範囲を超えているからね。」
「あくまでもあの建物内で、ということか?」
「うん。それか…、私達の首に着けられているこれだったら分からないけど…。」
顔を苦しそうにさせ、無理やり首に着けられた黒いリングを取ろうとしている彼女の手を慌てて止めさせる。
だってこれは…自爆装置がつけられている代物だったはずだ。
もし下手なことをして爆破でもしたら、彼女の体が―――
「…?ジューダス?」
「下手に構うな。これは…自爆装置がつけられていて、遠隔操作で操作が出来るようになっているそうだ。」
『え?!』
「………。」
絶句している彼女に僕が申し訳無さそうな顔をすれば、彼女は慌てて顔を取り繕った。
それでも悲しそうな顔で僕に着けられている黒いリングにそっと触れていた。
『そんな…!そんな事って…。』
「…ここは早く皆と合流して、ハロルドに見てもらうのが良さそうだ。」
「それが一番安全な方法だろうな。だが…」
「分かってる。時間がないってことも…。いつ操作されて爆破されてもおかしくはない。でも、もしかしたら海を跨いでいるからその機械信号が届かないと信じたいじゃないか。それに私達流されて、これも海水に浸かっているんだよ?普通の機械なら壊れていてもおかしくはないと思うよ?」
「ふん、お前にしては楽観的な思想だな。」
「ふふ。だって、君が近くにいるからなんだか安心しちゃってね。近くにいることで危険な目にも遭わせちゃうけど、……不思議と安心もするんだ。」
そっと僕の首に触れていた彼女の手が離れていく。
僕は、この機械について二人と共有することにした。
これが自爆装置だということも、この黒いリングの所為で双子の言いなりにさせられていたことも…例のどす黒いマナがこのリングを通して僕の中に流れ込んできたことも話した。
すると彼女からも色々な報告をしてくれる事になったが、その前にシャルが家の中に入らないかと提案したことで、僕達はこの家の中で休みながら今までのことを共有することにしたのだった。
「えっと…何処から話したほうが良いかな…?」
『そういえば、属性酔いは治ったんですか?』
「あぁ、やっぱりそこからだね?実はあの属性酔いっていうのは召喚士にはよくある現象らしいんだ。」
「…となると、この世界にはお前の他にも召喚士がいることになるが?」
「それについてはルナ達のほうが詳しいかもね?だから今は省くんだけど…、そうだな…?契約の指輪には契約のために必要な道具って意味だけじゃなくて、召喚士の体に契約した精霊の属性を慣れさせるための道具でもあったんだ。」
「なるほどな…。」
『もしかして、属性同士が反発しあってたってことですか?』
「うん、そうみたいだね。私の体の中にあるマナは元々色々な属性が使えていたから、ずっとする必要は無かったんだけど…これを外したら召喚が出来ないっていう固定概念に駆られていたんだ。だから外すに外せないというか…。」
「外すという選択肢が無かった。」
「さすが、ジューダス。その通り。」
今、彼女の指にはひとつだけ指輪がある。
後はあの宝石の付いたブレスレットくらいだが…。あのブレスレットもしかすると…。
「そのブレスレットは、指輪の名残か?」
「うん。元素の森でマクスウェルが作ってくれたんだ。やっぱり契約時の宝石が有ると無いとでは、意識も違うしね。」
『きれいですね!そのブレスレット!』
「ありがとう、シャルティエ。」
赤や青、緑などの色があしらわれているブレスレットは、白い肌を持つ彼女にはとても映えている。
そっと大事そうに触れる彼女を見ても、それはやはり大事な物なのだろう事が窺える。
だからこそ、彼女の首に着けられたあの黒いリングもよく映えてしまい、心苦しくなる。
「今はこのブレスレットもあるし、指輪が少ないおかげで属性酔いは見事完治したってわけだね。」
『良かったですね!一時はどうなることかと思いましたが…。』
「まぁ、その後大変だったんだけどね。いきなりあの双子…麗花と飛龍だったね…。その二人がやってきたんだ。あの元素の森の奥の奥は、私以外近づけないのに。」
『え?それはおかしいですよ。だって坊っちゃん達が助けに行けたじゃないですか。』
「あの時は、森のマナをあの双子によって吸い取られていたんだ。だから近づけたのかもね?」
「近づけないのは…」
「濃度の高い…濃いマナが辺りに充満しているんだ。私はそのマナに慣れているから近づいても平気なんだ。寧ろ、あそこのマナは私のマナに近いから心地よくってね…。こうやって自分の中のマナが少ないと、あのマナが恋しくなるよ。」
「マナの回復なんて…。そんな場所、今までに無かったのにな…。」
「あそこは私のオアシスだよ…。マナがなくなったらあそこまで退散したいね。」
「…覚えておこう。」
元素の森自体、行く方法が限られているが、それでも彼女が助かる方法がひとつ増えただけ良しとする。
遠い目をした彼女は現実に戻ってきて、目を伏せさせる。
「双子が使っていたのは、精霊を捕獲できるものだった…。マクスウェルは私を庇って捕まってしまったんだ。」
『と、いうことは…。〈赤眼の蜘蛛〉の目的は精霊の召喚なんでしょうか?』
「マクスウェルは特に、精霊の主だとも言われるくらい強力な精霊だ。だからこそ彼らが、マクスウェルの力欲しさに目をつけたんだろうね。…後の記憶は、朧気なんだ…。マナを吸い取られて……意識が、朦朧として……」
「あの時、双子は既にマクスウェルを使役できていた…。例の黒いリングを使って、な…。」
『スノウが苦しそうにしていたのは、マナを吸われていたからだったんですね…。』
「逆を言うと、マナがなければ奴らはマクスウェルを使役できない。これ以上はマクスウェルを喚ぶ事もできないだろうな。なんせ、その濃度の高いマナやお前のマナを吸っても使役に成功したのは1回だけだったからな。」
『じゃあ、スノウが〈赤眼の蜘蛛〉に囚われてしまったら一巻の終わりじゃないですか…。』
「まぁ、奴らはマナを回復させる機械も作れているようだしな…。下手な話、永久機関が出来上がってしまったわけだ。」
スノウのマナを回復させ、そしてその大量のマナを吸い上げマクスウェルを召喚する―――最悪な構図だ。
元々召喚士であるスノウのマナを使えば、より効率的に召喚できるのは目に見えている。
そうなれば、世界がどうなるか分かったものじゃないぞ。
「永久機関、か…。それもそうだね…。」
『だからスノウはあいつらに捕まらないようにしてくださいよ?!』
「まぁ、その前に闇と光の精霊と契約をして…それからマクスウェルと契約すればいいだけの話だ。」
「それもそうだが…。捕まって奴らの言いなりになれば全てが霧散する。頼むから捕まるのだけは勘弁してくれ。」
あのどす黒いマナからは逃げられなかった。
指ひとつ動かせなかったあの記憶があるからこそ、捕まれば洒落にならないことが身に沁みて分かっている。
それを彼女に味わってほしくはない。
「あのどす黒いマナ…。君は全身に受けていたけど…、痛みとか、無かったのかい?」
「元々体の怠さはあった。どうやら僕達は一度死にかけているらしいしな。」
『死にかけていた、と言いますか…。二人共、あの森で呼吸が止まってたんですよ?』
「…え?」
シャルの話に目を剥いた彼女。
やはり、知らなかったのか…。
「うーん…。起きたら私の手にも、君の体全体にもあのどす黒いマナが滞留していたんだ。だから何かしらのことが…あの森で起こってたとは思ってたんだけど…まさか死んでいたなんてね…?」
『死んでいた、とはまた違うような…。でも本当無事で良かったですよ…。坊っちゃんが黒い光の輪に囚われてしまったと思ったら、それをスノウが助けるために何かして…。そしたら二人共倒れて、息遣いとか感じなかったんですからね!?もうっ!!』
「黒い…光の輪…。マクスウェルを捕らえたときと同じやつかな…?君がそれに囚われていたなんて…。」
『あれ?記憶ないんですか?あの嫌な感じのする黒い光の輪から坊っちゃんを救ってたのに、ですか?』
「うーん…?」
悩みだす彼女を見てシャルが不思議そうに光を灯していたが、それでもこうやって僕達が生きていると実感できたのか、コアクリスタルを温かい色へと変えていた。
ここまでで概ねの共有も終えた僕達は、取り敢えず食事にすることにした。
調理は彼女に任せ、食材を集めて来ることにした僕だったが、一緒に彼女も探すという。
しかし僕は、それを断った。
一番は彼女の体調が心配だったからだ。
あんなに元素の森で苦しそうにしていた上に、マナの回復も芳しくなさそうである。
今は手の調子は良いということだが、少しでも彼女には英気を養ってもらいたい。
これからの精霊との試練も相まって、休むよう伝えれば彼女は困った顔をしたものの渋々と首肯いてくれた。
さあ、彼女のためにも食材を探すとするか…。