第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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(*ジューダス視点)
その日の夜、夕食を摂った僕等は昼間に話していた双子の言うとおり、川の字になって病室のベッドで横になっていた。
スノウと僕の間には双子がこれでもか、と嬉しそうに横になっているのを僕はただひたすら眺める事しか出来なかった。
その上悔しかったのが、この双子が夜中寝ている間に逃げられるかもしれないからという理由で、彼女は後ろ手に拘束されたことだ。
身動きが取れない上に、痛む手を拘束されたのだ。
彼女は終始苦悶の表情を浮かべ、横たわっていた。
……その拘束する役割を双子に命令されたのが、本当に悔しくて、憎くて仕方がなかった。
彼女の痛む声を聞きながら、僕は奴等の命令に沿って彼女を拘束していた。
…気が狂いそうだった。
守ると誓ったのに、傷付けてしまう己が……酷く腹立たしく、苦しく、辛い……。
何度も、何度も彼女を助けようとした。
だが……この体は、僕の言うことを聞いてはくれない。まるで、何か得体の知れないものに身体を奪われてしまったかのように。
「「ねぇ、“スノウ”?」」
「う、ん…?」
いつの間にか“お姫様”呼びから名前呼びに変わっていた双子は、スノウが苦しそうに声をあげていても何にも反応をしない。
それどころか、笑顔でスノウを見ては身勝手に「話をしよう」などと強請る始末。
……彼女が痛々しくて、見ていられない。
「スノウが住んでた場所ってドンナ所だったノ?」
「聞きたいネー?」
「私、の……故郷、の話…かな?」
「「ウン。」」
「え、っと…。うぅっ…。地球の時って、ことだよね…?」
「ソウ。」
「地球での、生活の仕方に興味がアルノ。」
チキュウ…?
それは何処の事だ……?
聞いたこともない場所だ。
「私は、日本って所の出身なんだよ。」
「日本!知ッテル!」
「とっても、豊かな所ヨネ?」
「うん。そうだね…。戦争も無い、平和な…国だった。」
痛む手を我慢しながら彼女は語る。
“チキュウ”という未知なる場所の話を……。
「先進国だけあって、科学力も発達していたし……今の〈赤眼の蜘蛛〉の科学力も、どこか…その日本に通ずる物があるね。」
「ダカラ、すごい技術が集結してるンダ?」
「そう…なのかもね。そして……豊かな国なだけあって、基礎的な勉強も義務化されていたかな。」
「色んな国ガあるけど、学校に行けるノハ、とっても良いコト!」
「「行ってミタイナ…?」」
「そうだよね…。君達はまだ子供なんだから…教育を受ける権利だってある。……それこそ、こんな事をせずとも…ね?」
「「アーサー様の命ナラバ、何でも引き受けなくっチャネ?」」
こいつらの忠誠心は一体何処から来るというのか。
そんな言葉を放った双子を、悲しそうに見る彼女。
時折後ろで拘束された手を動かしてはいるが……解こうとしているのか、それとも痛みの少ない場所を探っているのか…。
「別に、〈赤眼の蜘蛛〉に拘る必要はないと思う。君達には君達の人生がある。誰かの為に生きるのもいいかもしれないけど…………自分達の幸せも大事にしな?」
「「????」」
「はは。難しいかな…?」
まるで親が子に言い聞かせる様に諭す彼女。
難しい顔をした彼女だったが、どうやら別の話題に変えるようだった。
「君達はどこの生まれだったか分かる?」
「「香港!」」
「おぉ…良い所だね?」
また知らない単語が出てきた。
お次は“ホンコン”と言っているが……まぁ、地名なのだろう。
ここまで聞き馴染みがないとなると、彼女が本当に初めに生まれ育った場所での話なんだろうな。
そう思うと俄然、興味が湧いてくる。
前にいた所はどんな場所だったのだろう、と。
“彼女の事をもっと知りたい”────その欲望が強く湧いてきた。
「何となくその格好で、そうかな?とは思ってたんだけど……、やっぱりそうなんだ?」
「「ウン。」」
「どんな所?」
「「汚い場所。」」
「……え?」
「ゴミの吐き溜まり。」
「荒れた地。」
「……もしかして、スラムの子供……なのか……?」
彼女の呟いた言葉に双子は首を傾げたが、彼女は首を振り、続きを促した。
「毎日、食べる物なんて無カッタ。」
「そこらの草を食べナイト、生きていけなカッタ。」
「「辛カッタ……。」」
「……ごめん。そんな事を聞いてしまって……。」
皆が皆、平等な生活が出来ている訳じゃない。
分かってはいたが、まさかここでその事を意識させられる事になろうとは、な…。
だが、彼女がこいつらの為に心を痛める必要など何処にもない。
こいつらは敵で、僕達を苦しめている張本人なのだから。
「その名前は誰が付けてくれたのかな?」
「「アーサー様。」」
「……なる、ほどね…。」
「アーサー様が全てヲ救ってクレタ。」
「アーサー様だけが、あたし達の光ダッタ。」
「(だからここまでアーサーの奴に肩入れしているのか。これは…ちょっとやそっとの説得ではうまく行きそうにないな。どうする…?スノウ。)」
「大切な人なんだね。」
「「ウン!」」
それ以降、彼女は口を閉ざしてしまう。
次の話題を探しているのか、双子には視線を向けず、明後日の方向を向いては思案しているようだった。
そんな時、双子がまた話し出す。
「子守唄歌ってヨ?」
「聞きたいナ?」
「うーん…。皆、私に歌をねだるけど……私、割と音痴だよ?」
「「聞キタイ!!」」
彼女に歌を強請るのは、僕しか居ないが…?
例の歌が好きな僕は、夢見の悪い後に必ず彼女に歌って欲しいと強請るのは、最早恒例行事だが…。他にも強請られたことがあったのか?
「じゃあ、そうだね……。日本でよく知られてる子守唄なら、歌えるかな…?」
「「ソレ!」」
「下手でも文句は受け付けないからね?」
そう言って彼女は、ゆっくりとしたペースの子守唄を歌い出す。
元々彼女の歌は心地良いと思っている僕だ。
その歌声を聞いて、更にそんなスローペースな優しい歌を歌われたら……。
………。
………………あぁ、危なかった。本当に寝てしまう所だった。
僕の中のどす黒いマナが蠢いて、彼女から遠ざかる様に僕の体の隅という隅へと移動し、縮こまっていた。
だから、僕は今なら目を動かす事も、手を動かす事だって出来るようになり、彼女をこれで助けられる…!
瞬時に動いた僕は隣にいた双子の一人の上へ跨り、いつも双子が懐に仕舞っていた短剣を取り出すと首にその短剣を突き付ける。
「「っ!?」」
「動くな。動いたらこいつの首を掻っ切る。」
「ジューダス…!」
「すまなかった、スノウ。全く動けない上にこいつらに命令されて、何もかもさせられていたんだ。」
「飛龍!!」
「動くな、と言ったのが聞こえなかったか?こいつを殺したいのか?」
「っ…!」
首に短剣を宛がったまま、下にいる双子の片割れの懐から例の黒いリングを抜き取り、簡単に力を入れればそれは簡単に砕け散った。
その瞬間、嫌がるように僕の中のどす黒いマナが蠢き始めた。
気持ち悪いそれに、遂には吐血した僕だったが、それを恐怖の眼差しをしてスノウが見ていた。
「レディ…!?血が…っ!?」
「大丈夫だ。これくらい、屁でもない。」
「あ…、あぁ…!」
双子のもう一人の片割れが混乱した様に身体を震わせ、僕を見ていた。
しかし同時に下にいた奴が、そのもう一人に叫んでいた。
「麗花!逃げるンダ!」
「っ!!そ、そんなコト…!」
「おい、お前!」
「ヒェッ…!」
「お前の持っている黒いリングを出せ!」
「あ、う…。」
困惑し、懐に手を入れた双子の女の方は黒いリングをそろりと出したのを見て、僕はそれに手を伸ばそうとする。
すると下にいた双子が暴れだし、僕から逃れようとするので短剣に力を込めた。
スッと首に短剣が入ったのを見れば、流石にもう一人の片割れがすぐに黒いリングを差し出して来たので、それを力を込めて砕く。
音を立てて砕け散った黒いリング。
再び僕の中のどす黒いマナが激しく蠢き、僕は一瞬気を失いかけて、しかし、しっかりと気を保つ為に唇を噛み締め、痛みを与えた。
それを見たスノウがハッとして、何とか身体を起こした。
「レディ…!」
「スノウ!後ろを向け!」
後ろを向いたスノウの手を拘束している物を短剣で壊した瞬間、彼女は手に巻かれた分厚い包帯を無理矢理剥ぎ取り、僕に触れた。
「レディ、よく聞いて。今から君に、私の手に蠢くマナを一時的に送る!私が君を抱えてシャルティエの元へ飛ぶから、後はシャルティエに今後の事を聞いてくれ!」
「よく分からんが、分かった!」
「……痛いけど、ごめんね…?レディ…!」
「良いから、構わずやれ!」
「うん…!」
彼女が頼ってくれた事が嬉しかった。
僕は笑って彼女へさっさとする様に言えば、彼女は覚悟を決めた顔をして僕に触れる手の力を強めた。
その瞬間、彼女の触れた場所から例のどす黒いマナが流れ込んできて気持ち悪さが最高潮に達する。
そのまま僕は気絶する様に意識を手放したが、すぐに彼女が僕を抱きしめたのだと分かった。
何故なら、彼女の温もりが体を通して伝わってきたから────
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
『────!』
誰かの声が響いてくる。
それと共に何かの警報音の様な物も聞こえてきていた。
『───ゃん!!』
煩すぎるくらいのその声に、僕は思わず声を出して呻いていた。
『───坊ちゃん!!』
……あぁ、あいつの声か…、全く…いつもながら煩い…。
『坊ちゃん!!!急いで起きてください!!!』
ようやく自分の脳が覚醒して、気絶する前の彼女の言葉を思い出す。
確か“起きたらシャルを頼れ”って、言っていた。
僕が急いで目を覚ますと、彼女の上で倒れていた事が分かる。
しかしその倒れている彼女の周りの床には血が所々落ちており、彼女の青白くなっている唇の端からは同じ色の血が流れていた。
明らかに“吐血”した痕跡だった。
「っ!?スノウっ!!」
『…!坊っちゃん…!!良かったっ…!!』
涙声のシャルを見たが、彼女の様子がおかしい。
眼帯をしている為に見える片目には、いつもの海色の瞳ではなく、溝色の様などす黒い色をした瞳が力なく開かれている。
僕を映すことなく、どこか一点しか見ない彼女に不安にならないはずがない。
まるで自分がなっていたような、あのどす黒いマナに侵されているようだ。
『坊っちゃん!詳しい話は後です!早く、浄化の鈴で“鈴鳴”をしないと───』
「……そう言う事か…!」
僕の中にあったどす黒いマナをスノウがどうにかして自分に移したに違いない。
でなければ、説明がつかない。
彼女が吐血している理由も、彼女の瞳が濁った色をしているのも、だ。
だからシャルが必要だったんだ。
彼女が後はシャルに聞け、と言ったのは彼女が倒れた後の事を危惧していたからなのだ、と。
僕は急いでシャルを掴み、神経を研ぎ澄ませる。
この浄化の鈴は、ちゃんと意識しないと鳴ってくれないからな。
……シャン、シャン…
もっと、もっとだ…!
もっと清廉に……もっと清らかに…!
シャン…!
そう、もう少し…、もう少しだ…!
「…………。」
彼女の指が、ピクリと僅かに動く。
そして、僕は一際大きくシャルを振るい、鈴鳴を完成させた。
辺りを清らかな鈴の音が鳴り響き、その音と共に波紋の様に流れゆく光が彼女を包み込むと、彼女がむくりと体を起こした。
「げほっ、ごほっ…。」
その瞳はもうあの濁った色なんかじゃない。あの大好きな海色の瞳だった。
シャルも嬉しそうに泣き声をあげ、僕も安堵したように膝から崩れ落ちる。
そして近くにいた彼女を思わず抱き寄せた。
「良かった…!良かった……!!!」
「流石、シャルティエだね。ちゃんとジューダスに伝えてくれたんだね?」
『あたり、前じゃないですかぁ…!本当に、良かった…!あの時、二人とももう…死んだのかと、思ってたから…!!』
「シャルティエはずっとこう言うんだよ。レディは心当たりある?」
「あぁ。僕とお前、死にかけていたらしいからな。……それよりも、回復しておかないとな。…シャル。」
『はい…!いつでも行けますよ!』
『「___ヒール!」』
彼女を包み込む癒やしの光が止むと、彼女は堪能するように閉じた目をゆっくりと開いた。
そして笑顔でお礼を言ってくれた。
「ありがとう、二人とも。じゃあ、私からも…。___ディスペルキュア。」
『「ありがとうございます/すまないな。」』
お互いに回復し合い、無事を確かめると次に考えるのはここからの脱出だ。
……しかし、ここは何処だ…?
「そういえば、ここは何処なんだ?」
「あの後、すぐに魔法を使ってここ…武器庫に飛んできたんだ。シャルティエがここにあるのは、探知上で分かっていたからね。」
『それで、急にスノウが今の状況を説明し始めて……坊っちゃんの中にあるどす黒いマナを吸い尽くしたんです。……あれには焦ったんですからね!?いきなり吐血するし、苦しそうにするし!?』
恨めしそうなシャルとは反対に、素知らぬフリをしたスノウに僕は溜息をついた。
……あぁ、ようやく溜息が吐けたな。
「……無茶をし過ぎだぞ。スノウ。」
「君もだよ。レディ? あの時、まだ君の中にはどす黒いマナが渦巻いていた。それなのにあんな無茶を……。」
「無茶だと?あれはお前が歌を歌ったから、嫌がるようにどす黒いマナが逃げていったから行動に出たまでだ。」
「……それって、私が音痴だからマナが嫌がって逃げたってことかな。」
「そんな事言ってないだろう?寧ろ、あの歌で僕まで眠りにつきそうになって、こっちは慌てたんだぞ?」
「子守唄が派手ならそれは子守唄じゃなくて、ただの歌だよ。」
お互いに言い合っては笑いが込み上げて来る。
その証拠に彼女も可笑しそうに純粋な笑顔で笑っていたからだ。
……あぁ、ようやくこの笑顔が見れた。それだけで僕は、また頑張ろうと思えるんだ。
「ともかくここから出るぞ。シャル、スノウ。探知出来るか?」
『「了解。」』
二人が探知の構えを取った直後だった。
スノウが目を見開き、急に頭を押さえだしたのだ。
「いっ…?!」
『え?スノウ、大丈夫ですか?』
「どうしたんだ、スノウ?」
「やっば…。ここ、魔法禁止区域だ…!!」
両手で頭を押さえ、地面に膝をついたスノウに僕達は慌てて回復をかけてやる。
『「___ヒール!」』
「…………あぁ…、少し良くなったかも…。」
ぼんやりとした声でそう話したスノウだが、顔色が今ひとつな所を見れば、まだまだ頭痛がしているのが一目瞭然だった。
しかし、魔法禁止区域とは……?
「あー、ごめん…。私は役に立てそうにないかもしれない。ここ……と言うか、恐らく警報も鳴ってるし、厳戒態勢が敷かれたんだろうね。マナを扱う全てが駄目になってる。」
『じゃあ、スノウ…全然術とか使えないじゃないですか!!』
「さっきの回復は?」
「本当についさっき、私がマナ操作出来ないように色々敵が手を回してくれたみたいだね。……うん、全然使えそうにないね。」
自身の両手を見遣るスノウは、残念そうに首を横に振った。
なら、僕が彼女を守ってやらないと…。
「なら、お前はもう魔法は使うな。下手に使われて頭痛を起こされても敵わん。」
「そうさせてもらいますよ、っと。…だから敵が来たら己の剣術だけでやるよ。」
『なら僕を使いますか?』
「……その手があるか。でも、ジューダスの戦力が下がるのが一番困る…かもね?」
「僕は晶術を使える。お前はシャルがいないと晶術が使えないんだろう?なら、戦力を底上げする為にも使った方が良いと僕は考えるがな。」
「もし、私が他のマナに侵されたら?」
『「……。」』
「ほらね?だからやめておこう。」
敵の狙いは、絶対的に目の前のこいつだ。
こいつを攫われてはまた探し出す所から始めないといけないし、こいつを実験体にされるのも僕が耐えられない。
なら、後ろで大人しく守られてくれれば一番良いのだが……こいつの性格的に絶対に無理なのは目に見えている。
なら戦力をかさ増ししたかったが……別の問題が現れたか。
特にここは……〈赤のマナ〉が蔓延る敵の本拠地でもあるしな。
ここでこいつが狂気に陥られても、助けられる保証はグッと低くなる。
敵を屠りながら彼女のマナを浄化するなど、困難だからだ。
さっきも集中しなければ鈴鳴は完成しなかった。
だから今回彼女が〈赤のマナ〉に侵されれば、もう終わりだと思った方が良いだろうな。
……諦めたくはないが…こればかりは、な。
「とにかく、探知はシャルティエに任せるよ。出口までの場所が分かったりするかい?」
『えっと、そうですね…?ここを出たら右に行って…それから複雑な工程を得ないと出れそうにないですね。研究所自体が大きいので一筋縄では帰してくれなさそうです。』
「なるほど。一度見学に来た時には出し惜しみされてたって事か。」
「……よし、行くぞ。」
こうなれば、早い所行かなければな。
敵に僕達の場所がバレていてもおかしくはない。
それくらい〈赤眼の蜘蛛〉の技術力を買っている僕からすると、ここに留まるのは危険な気がしていた。
僕達はお互いに顔を見合わせて頷いた後、それぞれ相棒を手にして廊下に出る。
シャルの案内の元、進んでいけばやはり敵がそこら中からウジャウジャと湧いてくるではないか。
「敵が多すぎる…!別の道を逸れたら駄目かな?!」
『そうなると結構手間ですよ?!押し切ってしまった方が良いと思います!!!』
「とにかく生き残る事を優先するんだ!良いな!?」
「了解…!」
「特にスノウ!お前、無茶だけは一人前だからな!無理そうなら早めに言え!」
「ははっ!信用ないなぁ?」
『日頃の行い、ですよ!!』
敵を屠りながらそう叫べば、彼女の方も剣術だけで敵を倒しているようだった。
例の手の痛みも、マナに侵されていない分無い様子だし、これならば勝機も見えてくるだろう。
元々、彼女は戦闘に対して人より抜群にセンスや才能があったのだから。
「しっかし……ここまで敵が多いとちょーっと無理しないと駄目そうかもね?」
「それは僕がやる!お前は後方を気にしていろ!」
「お、頼もしいね?」
「ふん。いつもの事だろう?」
シャルの案内で出口が近付いてきた────そこにいる誰もがそう思っていた。
しかし、それすら操作されていたのだと気付かされたのは、徐々に現れる敵が少ないと気付いてからだった。
不気味なくらい敵が現れず、静かに聞き耳を立てながら僕達は出口を目指していた。
しかしスノウが思い立ったように疑問を口にした。
「……流石におかしくないかな?ここまで敵が来ないのは、何かおかしい…。嵐の前の静けさ…と言うか。私達が何かを見落としているとしか思えないね。」
『ですが、出口まではあともう少しですよ?流石に敵も諦めてくれたんじゃないですか?』
「あそこまで派手にやる〈赤眼の蜘蛛〉が、諦めるという行為を好んでやるとは思えん。なら、こいつの言うとおり、僕達が何かを見落としている可能性があるな。」
ヒソヒソと話しながら僕達はただひたすら廊下を歩いていく。
すると、何処からか物音が聞こえ僕は二人に静かにするよう言い放つ。
何かが派手な音を立てながらこちらに向かってくる。……それも、後ろからだ!
僕は後方を歩いていたスノウの手を掴み、走り出す。
目を瞬いたスノウだったが、すぐに後ろの敵に気付いて僕の手を握り返した後、黙って僕の隣に並んで走る。
体力が万全ではない僕達からすれば、追いかけられるのは勘弁願いたいが、そんな悠長な事も言ってられない。
ただひたすら走り続けた僕達は、最後の扉を開けた。
────しかし、そこは大水槽のある大きな研究施設だった。
「っ?! 罠だ…!!」
『「え!?」』
後ろから多くの敵がこちらに向かってやってくる。
他に道はなく、この大水槽のある研究部屋の中に入るしか僕達には選択肢が残されていなかった。
敵と対峙しようとするスノウを引き寄せ、部屋の中に入った後、僕は扉を閉めて奴等が入ってこられないように鍵をした。
それを不安そうな顔でスノウが見ていたが、僕だってこんな鍵では不安だと感じている。
……あまりにも、粗末過ぎる。
「……駄目だ。ここも魔法禁止区域だ…。テレポーテーションが使えない…!」
『な、何で出口じゃないんですか…?!僕の探知ではここは出口なのに…!!』
「……操作、されてたのか…!」
「ここの部屋は行き止まりだ。敵にしてやられた、と言う事だな。」
『何で落ち着いていられるんですか?!絶体絶命ですよ?!』
確かに、絶体絶命だと思う。
しかしここで諦めれば、こいつはこの先苦しい道を辿らせられるに違いないし、僕も命の保証はない。
なら、ここで何とかしなければならないのだ。
……彼女との、約束を果たす為に。そして、僕達の未来の為に。
「(何か…、何か無いか…?)」
周辺を探っていた僕だったが、そんな僕の腕をスノウが掴んだ。
その顔は真面目で、真剣な顔つきだった。
「……確かにここは…魔法禁止区域だ。…けど、何とか君だけを外に出す事は可能だと思う。」
「っ!?やめろ、スノウ!僕達は一緒にここから逃げ出すんだ!」
『そうですよ!!?何言ってるんですか!!一人で残ろうったって、そうは行きませんからね!!?』
「現実的な話……、私が残っても命の保証はされると思う。でも君は違う。何をされるか分からない。なら、君は外に出て助けを───」
「……その先は言うな。…決して。」
彼女の口を塞ぎ、僕は彼女を睨んだ。
流石に怯む事は無かったが、目を丸くさせ僕を見上げていた。
「何者からもお前を守る。……絶対に、だ。」
毎度毎度、これを言わなければ彼女は自身を犠牲にしてしまう。
僕が続きを言おうとした時、扉の方から激しい打撃音が聞こえてくる。
────ドンドンドン!!!
「っ、」
「……。」
遂にここまでやってきたか…。
僕が手を離せば、彼女はグッと拳を握り締め、悔しそうに俯いた。
その間にも扉は壊されかねない勢いで叩かれている。
……あの扉が持つのも、あと数分が限界だろう。
それまでに出来る事はしておかなくては、この先ずっと後悔するだろう。
僕が周りを見渡せば、奥の方に例の大水槽。手前には研究用の資材が積まれているだけだった。
他に何の道具もなければ、別の出口も見当たらない。
……本当の意味で行き止まりだ。
だが、何かあるはずだ…何か……。
『この水槽…、なんの為にあるんでしょうか…?』
「この世界の生物研究に使う為だろうね。私達がいた世界とはまた違う生物たちが、ここには棲んでいるからね。」
二人の言葉を聞いて、僕は大水槽を見上げた。
中には生物という生物は見当たらない。
それからしても、これから生物を入れるのだろう事が推測出来る。
───バキッ!!!
先程僕らが入ってきた扉が少し壊されている。
あと、数分も持たないだろう。
そんな事を考えていれば、彼女が壊されていく扉を見ながら自身の腕を擦っているのが見える。
恐らく無意識だろうそれに、僕は彼女を抱き締めた。
……彼女の体は、僕の予想よりも遥かに冷たくなっていた。
「……トラウマか。」
「……。」
「大丈夫……、大丈夫だ。」
何も喋らない彼女は、僕の服をそっと掴んだ。
額をコツンと僕の胸に当て、その表情を見せないようにするなんて……卑怯だ。
だから彼女が今、どんな顔をしているかは分からない。
けど、恐怖と闘っているのは分かる。
彼女は……水が苦手だから。
「大丈夫だから。」
「……君がさっきの私の提案を許可してくれたなら……どれほど気が楽だっただろう……。」
「あんなの絶対に認めん。誰がなんと言おうが、な。」
「君が大切なんだ……。分かってくれないかな…?」
────ドゴッ!バキバキッ!!!
あぁ…。あの扉も、流石にもう持たなさそうだ。
そんな音がしていた。
「嫌だ。」
「……はは。強情だね…?」
「一緒にここから出るぞ、スノウ。」
「………………リオン…!」
僕の過去の名前を呼んだ彼女は、一際強く僕の服を握った。
しかしそんな時に、あの扉は悲惨な音を立てて遂に破壊された。
中になだれ込む様にして入ってくる敵を見て、僕は彼女の腕を掴み奥へと走る。
逃げ場など無いのは百も承知。
だが、あそこにいても何もならない。
遂に僕達はあの大水槽を背後にして、追い詰められていた。
数十……いや、数百という敵を前にして、僕は彼女を庇うようにして前に立ち、なるべく彼女を背中に隠していた。
カチャッ!
敵の前衛が、スノウの持っている銃なるものと同じ機構の物を持って、僕へと向けた。
その数を見れば、僕達を取り囲んでいる数分あるのでかなりの数が揃っている事になる。
背後の彼女がヒュッと喉を鳴らしていて、同時にそれが非常に危険なものだというのが彼女のした行為からも分かる。
「前衛!麻酔銃用意っ!!!!」
銃という妙な機構の中でも上の方にある何かのレバーを敵が引く。
すると彼女が堪らないとばかりに僕の前に出て両手を広げていた。
「撃つなら私だけにしろ!!!彼は関係ないっ!!!」
「目標確認!!彼女は傷付けるな!!!」
敵が一度銃を下げ、攻撃の意思を止めた。
しかしそれは別の作戦だったようで、敵の総司令らしき奴の掛け声が変わっていた。
「捕獲弾に変更しろ!!彼女に例のマナを当てる!!!そのままマナに汚染された彼女は身動きが取れなくなる!!その隙に彼女を捕らえよ!!!」
「「「はっ!!!」」」
「……!」
恐らく……あのどす黒いマナの事だろう。
彼女を引き寄せ、奴等から守るように抱き締めれば彼女は本当に……本当に僅かに震えていた。
それこそ意識しないと気付かない程、微弱に身体を震わせていたのだ。
僕は強く、強く彼女を抱き締めた。
……もう、駄目か…。
元素の森で見た、例の大砲の様な物が敵の間から出てくる。
抱きしめ合う僕達に照準を合わせに来た敵を睨みつけたが、そんなの向こうからすれば何てことないのだろう。
だって、あまりにも多勢に無勢だからだ。
形勢は向こうにある。
……誰が見ても、分かる計算だ。
だが……諦めたくはない…!
彼女が諦めた……絶望した顔をして敵を見つめる中、僕は彼女を見てふと、こう考えた。
“────敵を一網打尽にして、且つここから離れられる起死回生な、奇跡的な事が起こればいい。”
僕は一瞬ほど、後ろの大水槽を見た。
分厚い強化ガラスで守られている、この大水槽の水を開放すれば……!!
ただ…そうなると、彼女のトラウマがここに来て仇となる。
例の海底洞窟みたいに流される可能性が高いこの作戦が……彼女にとって幸となるか忌となるか…。
だが……ここで彼女と共に奴らに捕まるくらいならば、死ぬ覚悟でやってみた方が絶対に良い…!!
「……スノウ。そのままで聞いていろ……。」
抱き締めている彼女の耳元で囁くようにして作戦を伝える。
その作戦を聞いて彼女は、フッと笑った。
「捕獲弾!用意!!!」
「……時間が無い…。やるぞ…!!」
「……絶対に、離さないよ?」
「寧ろ離したら末代まで呪ってやるから安心しろ…!」
僕は彼女の背中に手を回したまま、片手でシャルを握り締める。
そして詠唱を唱えた。
狙うは、天井近くにあるこの強化ガラス…!
『「___グレイブ!!」』
地面から現れた鋭い大きな岩石が大水槽のガラスを襲う。
一瞬にしてガラスにめり込んだ岩石がそのまま崩れ去って行けば、そこからは大量の水が勢い良くこちら側へと流れ込んでくる。
顔を青くした敵を見て僕がほくそ笑む中、彼女は恐怖と闘う様にして僕に精一杯しがみついた。
天井に近い所へと岩石をめり込ませたので、先に勢い良く水を被るのは敵の方であるが……彼女の恐怖を感じ取った僕はすぐに流される準備をする為に彼女を強く抱き直した。
ピシッ!!!!
割れた場所から僕達の近くにあるガラスまで一気に縦にヒビが入る。
……敵は流された。
後は僕達がこの建物の外に流されれば良い。
「……ありがとう……、レディ……。」
縁起でもない事を言う彼女を叱咤しようとしたが、その前に大水槽の水が激流となって僕達へと襲い掛かり、その勢いが激しいまま呑み込む。
そのまま流されていく僕達。
けれども、決してお互いの体は離さなかった。
「(絶対……離すものか……!)」
意識が遠のく中、僕は今一度、目の前の彼女を強く抱き寄せたのだった。