第一章・第3幕【天地戦争時代後の現代~原作最期まで】
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マナの回復のために眠りに入ったスノウを置いておき、仲間達は開けたこの場所の探索に乗り出すことにした。
最上階らしく、塔の円状の場所には変わりないが…、それでも何もないのもおかしな話だ。
「ね~、元素の森は~?」
一番元素の森を楽しみにしていたハロルドが、手元の機械を弄りながら辺りを見渡し、仲間達に聞く。
しかしそんな仲間達も森の場所など知るはずもなく、全員で疑問を浮かべていた。
『召喚士スノウが起きたら、元素の森へ招待しましょう。』
「じゃあ、この子が起きるまで待つわー。」
ハロルドはそう言って、スノウの横に座って機械を完全に弄り出してしまった。
没頭しているだろうその光景に仲間達は止めることもなく見守る事にし、自分たちも束の間の休憩を楽しむことにした。
____数時間後。
ようやくスノウが目を覚ました頃、仲間達は深い眠りに入っていた。
どうやら外が暗い事から、夜になっていたようだった。
「…夜か。」
『起きましたか?召喚士よ。』
「うん、おはよう。ルナ。」
『ええ。おはようございます。お身体の加減、いかがですか?』
「バッチリ、とまではいかないけど上々だよ。」
あくまでも小声でそう話し、そっと寝ている仲間達から離れる。
そして塔の最上階だからこその夜景を拝もうと、スノウは外の景色を見に窓の近くまで行った。
「……おー。」
街明かりが見え、綺麗に夜景が見えるではないか。
所々とポツンと明かりがあったり、全くの闇夜だったりして見ていて飽きない。
しかも雲よりも上らしいこの塔の最上階、そのバルコニーへと足を運べば風が心地良く、涼しかった。
『ここからの眺めはいつも良いですよ。』
「じゃあ、ルナのおすすめの場所なんだ?」
『ええ。そうですね。』
優しい声音でそう話すルナにスノウも笑って、また景色を見続ける。
しかし、そんな景色の中でも何か変な場所が見えた気がしてもっと目を凝らして見れば、町の近くの所に点々と白い場所が見えていた。
月明かりや街明かりで見えたそれは、何故か不気味に思えた。
「…あそこは確か…アイグレッテだったはず…。白いって事は、ストレイライズ大神殿…?いや、違う…ね?」
『あの白いモノの場所ですか?』
「うん。場所的にストレイライズ大神殿なはずはないんだけど…。目、悪くなったかな…?」
左目の眼帯を外して見てみたが、やはりそこは神殿ではなく、街はずれのようだ。
そこの大地が白くなっていたのだ。
「えっと……雪?」
『あれは、マナが枯れ果て……そして大地が死んだ場所。』
「……え?」
いや待てよ…?
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだが…?
「……これは、もしかして、もしかしなくても……私の出番って奴かな?」
『恐らく、そうでしょう。』
世界を癒やす事が使命の御使いであるが故に、それは素通り出来ない案件であった。
何としてもマナを元に戻さなければなるまい。
……あの大地も、マナが枯渇した事であんな事になるのか…。
原因も突き止めなければ、恐らく永遠に繰り返されるだろうし、ここは本気的に捜査に乗り出さなければ…。
「世界を癒やす、か…。なんか目の当たりにすると感慨深いと言うか、ようやく実感が湧くというかね…?」
『それが、あなたに課せられた使命なんですよ。』
厳しい言葉だけども、優しく言ってくれるルナ。
ムーンストーンの指輪が輝いて、そして暖かくなる。
そんなムーンストーンの指輪をそっと上から撫でると、余計にその輝きは増していき、眩いばかりの光がバルコニーに溢れる。
その温かさを感じながら、私が目を閉じれば後ろから彼の声がした。
「起きたのか。」
「……。」
目を開けて後ろを振り返れば、ほら、彼の姿がある。
それに私は手を後ろに回して笑えば、彼は僅かに目を見張っていた。
そして私の隣に来て、夜景を見つめた。
私も彼の隣で同じ夜景を見続ける。
そんな二人に優しい月明かりが降り注いでいた。
「……。」
「……。」
お互いに何も話さないまま時間だけが過ぎていく。
でも、決して悪い空気なんかじゃない。
その証拠に私達は、夜景を見つめながら自然と手を繋いでいた。
「……眼帯、取って大丈夫なのか?」
「まぁ、少しだけなら大丈夫だと思いたいけどね?……それに、見なくちゃいけないものがあったから。」
「見なくてはいけないもの…?」
「あれ。」
私が指さした方向を見た彼は、まるでそれが何か知ってるかの様に顔を顰めさせていた。
私はそんな彼を見て首を傾げたけど、彼が何かを説明してくれることも、何かを言う訳でも無かった。
ただ……私がそれに触れることを嫌がってる様な感じはした。
君と今まで過ごした、長年の勘だけどね?
「マナが枯れてるんだって。」
「……そうか。」
「だから、今こそ私の出番という訳だね?」
「……。」
ギュッと握られた手には、果たしてどんな気持ちが込められていたのだろう。
彼の顔を窺おうとしたがそれよりも早く、彼の方が俯いてしまった。
その横顔は悔しそうに唇を噛んでいるようで、僅かに唇の形が歪に見えた。
そんな彼へ、その行為を止めるようにと抱き締めれば、彼もまたそっと私の背中へと手を回した。
暫く抱き合っていた私達だったが、どちらともなく離れれば途端に名残惜しく感じてしまう。
さっきまであんなに抱き締めあっていたのに、だ。
「あれの原因を突き止めない事には、この世界を癒す…なんて、夢のまた夢だから…。」
「スノウ…。」
「だから、私はやり遂げるよ。ここを踏破して、元素の森に行って体調を治した暁には、あの原因を調べる為に動く。……皆の旅から少しだけ離れちゃうけど、でも皆ならきっとやってくれるって信じてるから。」
「……言っただろう。僕は、お前に何処までも付いていくと。例え、マナに関して僕が役に立てないことだとしても……それでも僕は、お前と共に在ると誓った。お前の隣を歩き、そして最期の時までお前と共にいる。だから、独りで行くなんて寂しい事を言ってくれるな。」
「……ジューダス。」
「何度でも言おう。僕はお前との約束を果たす。…絶対に。」
私の瞳を見つめる彼の顔は真剣そのもので。
私も思わず、その真剣な瞳を見つめ返していた。
彼の紫水晶の瞳は揺るがずそこにあり、異彩を放っている。
その瞳へ吸い込まれそうになる感覚になりながらも、私は彼の頬へと手を伸ばしていた。
仮面の下の彼の頬は温かくて、目を細めてその温度を堪能すれば彼はフッと笑っていた。
そして彼は自身を隠す仮面をそっと外して、その後私の瞳を優しく見つめていた。
彼の頬に触れている私の手は温かく、けれども私の頬は何者も触れていないのに、その優しい瞳に見つめられるだけで頬がじんわりと温かくなる気がした。
……こんな感覚、今まで味わったことないし、……この感覚の正体を私は知らない。
私の中の熱が……じわりと確かに体に帯びていき、そして私の体全体を温めていく。
彼に抱き締められた時以外で…こんなにも温かくなれるなんて…。
「……。」
あぁ、目の前の存在がとても…大事だ。
いや、違う…。もっと、もっと良い言葉があるはずなんだ。
今にピッタリの言葉が……あるはずなのに。
「スノウ。」
ほら、彼が私の名前を呼ぶだけで熱が再び私の体を侵蝕していく。
……何故?
「今世でも、来世でも。僕はお前の隣で…」
「……」
「……お前を護り続ける。…何者からも。」
「……ジューダス、ありがとう。とても…嬉しいよ。まさか来世でも私と居てくれるって誓ってくれるだなんて…。」
「当然だ。僕はお前しか……要らない。」
「ふふ…。そんな事言ったら、君の大好きな彼女が悲しむよ?」
「……。」
私が言った言葉に少しだけ怒ったような顔になる彼。
私はそれを見て目を瞬かせたが、彼はそれを見るなり大きな溜息を吐いてしまった。
「(何故ここまで言って伝わらない…?こいつに微塵も伝わってないのが、本当…いつも通りすぎて、呆れて…言葉にならないな…。……いや、だがここで諦めたら僕の今までの苦労が…)」
「……私はね?」
「…?」
「きっと来世では、君と別々になると思ってたんだ。」
「……何故?」
「お互い、別の神の〈御使い〉になった訳だし……果たすべき使命も別々になってしまった訳だ。だからお互いに使命を果たすためにやるべきことを来世ではやるもんだと…そう思ってた。」
「……。」
「それが………………淋しくない訳じゃなかった…。」
柵に手を乗せて、夜景を見ながら私は思いの丈を彼に伝えた。
後ろにいる彼がどういった顔をしているかは想像でしかないけど、きっと難しい顔をしていると思う。
だって、誰だってこんな事言われたら困ると思うから。
私だって、きっと言われたら困ってしまうだろう。
そんな話を彼に持ち掛けるなんて……ほんと、私は小狡いなぁ…?
「……何故だか、来世でも……君との繋がりが欲しいと、願う私が居る。勿論、それは諦めなければならない気持ちなんだって分かってる。」
「何故、」
「……?」
「何故…、その気持ちを諦めてしまえる…?」
「ジューダス…?」
後ろにいるはずの彼を振り返ると、すぐそこまで居た事に気付く。
その顔は悔しそうな、寂しそうな────泣きそうな顔だった。
「お前にとって、僕は……一体、なんなんだ…?」
「……?」
「今こそ、お前に問いたい。……“お前にとって、僕はどんな存在なんだ?”」
「───」
簡単に答えちゃいけない質問なんだって分かるくらい、彼の顔はとても真剣だった。
いや、いつだったかみたいに“懇願”する顔になっていた。
何を願っているのか、何を欲しがっているのか。
今の私では答えが見えない気がした。
「私は……」
「……。」
例え、答えが見えなくとも…この質問にはちゃんと答えなければいけないって思った。
だから少しだけ考えた。
“私にとって、彼という存在は何なのか”を。
……以前、ナナリーにも同じ事を聞かれたことがあった。
その時、私はどう答えたんだっけ…?
「……私にとって、君は…“命を賭しても護りたい、大切な存在”だ。」
「っ、」
「前世であれだけ必死になって守ろうとした存在だ。おいそれと、それが変わる事は無い。」
「スノウ──」
「だからこそ願う───君の幸せを。」
「…!!」
思わず笑った私に、彼は悲しそうな顔で眉根を下げて私を見た。
そんな彼の胸に自分の額を当てて、彼の服を少しばかり掴んだ。
「───だからこそ聞きたい。もしも私が、君の幸せの枷となっているのなら……その枷を断ち切ってあげたい。だから聞かせて?君の願いを──」
何故か、自分で言ってて涙が出たんだ。
一つ溢れた涙が地面を濡らした。
「───僕は、」
頭上から聞こえる声に……その次に紡がれるだろう言葉に耐えるように……私は目を閉じて精一杯笑った。
───さようなら、“愛おしい人”。
「僕の想いは、もう二度……お前に伝えている。」
「……え?」
顎を掬われ、彼と顔を合わせることになった私は、彼のその言葉で言葉を失った。
え?過去に二度も……言われたっけ…?
……というか、何を?
「?????」
「ふん。盛大に悩め、阿呆。」
指の腹でそっと私の涙を拭ってくれた彼の顔は先程の悲しい顔と違い、優しい顔をしていた。
それに……何だか、その顔は他にもなにかの感情を含んでいる気がして、目が離せなかった。
「ただ……ここで盛大な勘違いをされるのも、それはそれで癪だからな…。ヒントをやる。それでお前は精一杯悩めばいいんだ。」
「ヒント?」
「僕が握る手は…この先も後にもお前の手だけだ。」
「……僕が握る手……?私のだけ…? ……??????」
酷く難しいヒントだ。
私は口元に手を当てて暫く考え込む羽目になり、それを横目で見ていたジューダスはほくそ笑んでいた。
何故か悔しい気持ちにさせられ、私は悩みながら頭を掻いた。
『おやおや。こんなにも簡単なヒントを貰っておきながら分からないなど。召喚士もまだまだお子様ですね。』
『本当ですよね!?何で坊ちゃんが勇気を振り絞ってあそこまで言ったのに分からないんですか!スノウ!!』
「えぇ…??」
ルナとシャルティエにまでそう言われる始末だ。
と言うより、何故君達の方が答えを分かっているんだ。
「……何で二人の方が答えを知ってるんだい?」
『普通であれば、あそこまで言われたら勘づくものかと。』
『右に同じくです!』
「????????????」
『『(盛大なハテナですね……。)』』
何故分からないとでも言うかの様に二人して大きな溜息を吐くものだから、余計に私は頭を悩ませる。
そんなに簡単な問題だったかな……?
「ふぉっふぉっふぉっ……。青春じゃなぁ?」
急に私達のすぐ横に現れたご老人に、私と彼の二人して驚いて飛び上がり、後ずさった。
その老人は目も口元も長い髭で隠れており、木の杖で体を支えている所謂仙人のような見た目をしたお爺さんだった。
あまりにも気配が無かったから驚いたが、よくよく見れば優しそうなお爺さんである。
「……誰だ。」
「ふぉっふぉっ、すまんなぁ。お主達を見てて、つい出てきてしまったわ。」
「……?」
特殊な気配の持ち主だ。
人の気配ともまた違う……。
この感覚……何処で会った…?
「して、お主は世界の神の〈御使い〉と見える。」
「…!」
「……何者だ。離れろ。」
ジューダスも怪訝な顔で武器を手にして老人にそれを向けた。
すると老人はそれを気にすることもなく、おかしそうに笑った。
「元気の良い少年だ。じゃが…」
老人はジューダスの方へと向くと、持っていた木の杖をトンとジューダスの腹部へと当てた。
するとその見た目に反して、ジューダスの体は塔の中へと吹き飛んでいく。
すぐさま体を反転させ、地面に足を踏ん張らせたジューダスは驚いた顔で老人を見ていた。
「っ!?(一体、何をされた…?!)」
「世界の神の〈御使い〉よ。今この世界の有り様を見て、何を思う?」
「……随分と在り来りな質問、どうもありがとう?」
あくまでも冷静にそう答えれば、老人は私の気持ちを分かってるかのように笑った。
その向こうではジューダスがこちらに向かってるのが見え、私はそっと相棒に手を置いた。
「この世界の大地が死にかけている。何とかしないといけない、とは思っているよ。」
「その方法とは?」
「これから模索する、と言った感じかな。」
「なんと悠長なことを言うものじゃ。それならば───」
スノウのいるバルコニーに足を踏み入れかけたジューダスだったが、何かに阻まれているように外に出られなくなっていた。
シャルティエもその見えない壁に愕然とした声で驚く。
『え?! ど、どうなってるんですか?!』
「くそっ!」
柵の方へと一歩ずつ下がっていくスノウを見て、ジューダスが慌てて声を張り上げる。
しかしこちらの声が聞こえていないのか、それとも向こうがそれ程切迫した状況なのか、遂にスノウはバルコニーの柵に背中をついた。
ジューダスは見えない壁を叩きながら彼女の名前を叫んだ。
「スノウっ!!」
一瞬ほど柵を見たスノウは、老人を改めて見つめ、そして話し掛ける。
「お気に召さない回答だったかな?」
「ふむ。良いも悪いもこれからのお主次第、という事じゃな。」
老人はそれ以上距離を詰めず、老人らしい笑い方で笑う。
そんな中、スノウはひとつの仮定を頭の中で生み出していた。
この年寄り臭い感じといい、ルナが何も言わない所や人間らしからぬ気配の持ち主からして、目の前のこの老人は───
「……出逢えて光栄ですよ? “マクスウェル”?」
「ふむ、流石召喚士と言ったところか。バレておったかの。」
「最初は誰か分かりませんでしたが、どうにも人間らしからぬ気配をさせていたもので、暫く私にも考える時間が必要でしたよ。」
「ふぉっふぉっ…。相変わらず面白い人間じゃよ。いや…召喚士じゃったな。」
笑顔はそのままに、目の前にいるマクスウェルは大きく頷いていた。
そしてマクスウェルはスノウを見つめて、何かを探るように目を僅かに開かせた。
「お主の答えは良く分かった。これからのお主に期待しよう。じゃが……年寄りというのは老い先短い生き物じゃ。……この言葉の意味がお主に分かるかの?」
「……今すぐ答えを出せ、という事ですか?」
「左様。だが今のままでは中々答えは見つからぬだろう。よって今からお主にわしからの試練を与えよう。」
そう言ってマクスウェルは杖を持ち上げると、ジューダスにやった時の様に杖の先をトンとスノウの腹部へと当てた。
その瞬間、スノウは浮遊感に襲われていた。
そのまま下へと落ちている感覚に、“塔から落とされたのだ”とすぐさま分かった。
同時に彼の───ジューダスの悲痛な悲鳴が聞こえた気がした。
「スノウーーーーーー!!!!!」
『───示してみせよ。我ら精霊に、指輪無き今のお主の力を。』
そんなマクスウェルの声が、彼の悲鳴の中でも鮮明に聞こえてきた。
「……これは、早い所決めないとね…?」
現在進行形で落ちているし、受け身も取れず潰れたなんてシャレにならない。
かといって、この状況を打破するには精霊の力が必要不可欠。
だが、その肝心の精霊は……
「塔の中でお別れしたばかりなんだよなぁ…?マクスウェルも言ってたけど指輪無き今、私に出来るのって言ったら魔法しかないんだよね。」
落ちながらも思考を巡らせる。
しかしそんな中でもいやに焦りが無いのは、何故だろうね?
……いや、流石に焦らないとね。落ちてるんだから。
「う~〜~ん。」
流石にルナも試練と聞いて黙ってしまったし、ヒントをくれそうな様子もない。
マクスウェルに示す……私の力……?
「(問題なのは、この世界のマナが枯れつつあるということ。でもその原因が今じゃまだ分からない……。そして、現実的にはマナが涸れた事によって大地に影響が出始めている。────もしかして、マクスウェルはあの大地を私にどうにかして欲しいと思っているから、ここまでの強行に出た…とか?)」
有り得ない話でもない。
マナは精霊にとって大事な存在であり生命線だ。
そしてその世界のマナが枯れそうな今、精霊が危機感を覚えていて、今のマクスウェルがその為に私の答えを急いでいるのだとしたら…、私の答えはただ一つしかない。
「……一か八か。……ううん、違う。今の私なら出来るよ…絶対に。」
私は銃杖を手にして目を閉じながら杖にマナを込める。
イメージするのは、“空一面に拡がる魔法陣”。
そして────“水面の上にそっと降り立ったかのような自分”だ。
魔法陣を水面に見立てて、その上にそっと降り立つ………そのイメージで…!
「────よし。」
頭から落ちている私は、意を決して体を反転させる。
そして銃杖の先を地面に突くような動作をしたその瞬間、
「──────」
空に拡がるとてつもなく大きな魔法陣が銃杖の先に現れ、そしてその魔法陣の上にそっと降り立ったようにスノウが着地をした。
着地をした場所の魔法陣がまるで水面のように揺れ動いて、その上、魔法陣の上を色とりどりの花が咲き乱れていき、魔法陣の上を埋めつくしていく……。
「───これが私の答えだよ、マクスウェル…。」
この世界にマナをもたらし、癒すこと。
これこそが、私があの短時間で考え抜いた答え。
私の下にある魔法陣の大きさは目の前の塔を巻き込み、世界の到る場所まで届くような…そんな規格外の大きさの魔法陣だ。
そしてその魔法陣を埋め尽くすかのような花達は、平和への願いを込めて。
これ以上荒らされる事がないように。
マナがこの大地から…この世界から枯れる事がないように、祈りを込めて。
『『『─────』』』
世界にマナが満たされていくのが、何故か私には分かった。
それと同時に、何処からともなく聞こえてきた“彼らの声”も、今の私を笑顔にさせてくれるものだった。
……あぁ、そうか。
精霊達が言ってた、あの別れの言葉たちって……こういう事だったんだ。
もしかしてマクスウェルはこれも狙ってたのかな…?
「___グリムシルフィ。」
『───ここにいるよ、スノウ。』
契約の指輪は無いけれど、でも私の傍にはいつも“彼等”が居てくれた。
私がただ要らない先入観を持ってただけなんだ。
契約の指輪がなくても、彼等は私の声にこうして応えてくれるんだ。
「お願い。私をあの塔の最上階まで君の風で飛ばしてくれないかな?」
『その言葉、待ってたよ…!』
泣きそうな声でグリムシルフィが声を振り絞る。
いや実際、目の前に現れてくれたグリムシルフィは目を腕で覆っては泣いている。
そんなグリムシルフィの様子を見て、私は思わず苦笑いをしてしまった。
でも、泣くのに忙しい様でグリムシルフィは未だに泣き止んではくれなかった。
それくらい、私が喚んだのが嬉しかったみたいだ。
「ふふ。泣き止んで?グリムシルフィ。」
『スノウがっ、悪いんじゃんっ…!もう絶対っ、忘れてると思ったんだからっ!!』
「忘れないよ、皆の事。……でも先入観がありすぎた、かな?」
───指輪がなければ精霊を召喚出来ない。
そう今まで思っていたから、こうやって喚ぶのが遅くなってしまった訳だから。
それに関しては皆に謝っておいた。
そしたら、グリムシルフィ以外は分かってくれてたみたいですぐに返事が返ってきた。
『グリムシルフィ。何時まで泣いてるのですか。』
『うっさいよ!シアンディーム!』
『……嬉しいのは分かるけど…早く上に上げたほうがいいかも……』
『分かってるよ!もう!』
グリムシルフィはようやく腕を退かして、泣き腫らした顔で私を見つめた。
私がそっとグリムシルフィへ手を伸ばせば、その手をしっかりと握ってくれた。
『……ちゃんと握っててよ!?じゃないと風で振り落とされても知らないから!』
「ふふ。善処しますよ?」
そう言ってグリムシルフィは私の答えを聞いて、風を喚んだ。
空を飛んでる気分になりながら一気に塔の最上階へと到達した私達。
そんな中、最上階のバルコニーには仲間たちが勢揃いしていた。
私が飛んでくるのが分かってたのか、仲間たちは私に向かって大きく手を振ってくれていた。
それに応えるように私も手を振り返せば、仲間たちの顔は満面の笑顔になっていく。
……あぁ、その笑顔を見るだけでも私の心は温かくなるんだ。
グリムシルフィの風のお陰でバルコニーに辿り着いた私は、すぐに仲間たちに抱き着かれていた。
「よくやった」なんて言われたりしたので、どうやらマクスウェルから色々見聞きしたみたいだ。
最後に叫んでいたジューダスでさえも、安堵の顔をして私を見つめていた。
『召喚士スノウよ。』
マクスウェルの声が聞こえて仲間たちも私から離れていった。
『お主の答え、この目でしかと見させてもらった。』
「あれが私の答えだよ。この世界のマナが枯れて大地が死んでいくなら、私がそれを癒すよ。その力が……私にはあるから。」
『……そうか。すまなかった…。』
マクスウェルの横に今まで契約した事のある精霊達がズラリと並んで、そして私に向かって全員が跪いたものだから、私は慌てて頭を上げるように伝えた。
急にそんなことをされると心臓に悪いというか、私はそんな大層な存在じゃないというか…!
「み、皆…?頭を上げてくれないかな…?私はそんな偉い存在じゃないと言うか…。」
『召喚士スノウ。……いや、世界の神の〈御使い〉であるそなたは、最早人間を通り越して“神”でもある。我々精霊を従えるにはそなたのような“神”の存在が必要不可欠である。』
「え?いや、私は“神”じゃないよ。“神”は別にいるし…?」
徐々に小さくなっていく声に後ろにいたジューダスが笑っていた。
それに倣うように、他の仲間たちも笑って私を見ていた。
いや、笑ってないでこの状況をどうにかして欲しいのだが…。
『我々精霊は、召喚士スノウに従う。……だからどうか、この世界のマナを……頼む。』
「……。」
懇願にも聞こえるその声音に、私は一度静かに精霊の皆を見た。
そしてそんな願いを込めている皆に、私は今出来る精一杯の笑顔を見せた。
「……誰に言われなくても、私は元々そのつもりだったよ。世界の神に言われたあの日から……私はこの使命をやり遂げようと思ってたんだ。だから皆が態々頼まなくても、私はやるよ?だから、顔を上げて欲しいな?」
私のその言葉にようやく精霊の皆が顔を上げる。
そしてシアンディームやセルシウスは初めから分かってたように笑っていた。
『まぁ、スノウなら私たちが頼まなくたってやるとは思ってたわ。』
『スノウってお人好しだしねー?』
『……だって、スノウだから……』
『これ、お前ら。我らが召喚士の前で気を抜くでないわ。』
『『『げ、』』』
マクスウェルが精霊の皆を叱咤するのがとても珍しく、思わずクスッと笑った私に精霊の皆は笑いながらも不平を零していた。
そんな中、マクスウェルだけはそんな精霊達を見て溜息を吐いていたのをルナが笑う。
『どうですか、老? 新たな召喚士は。』
『ふむ…。器量も力も不足なしじゃ。まだまだお子様な所はあるようじゃが……それでも我々を従える器としては言う事ないわな。』
『まさか、老自らが試練を与えるとは思いませんでしたよ。』
『少し試してみたかったんじゃよ。……神の〈御使い〉としての召喚士を、な…。』
『見事、老のお眼鏡に適ったわけですね?』
『当然じゃ。……寧ろ我々には勿体ないくらいじゃろうて。』
『そうですか。』
精霊や仲間たちと戯れるスノウを見て、ルナもマクスウェルもその場で笑みを零した。
そしてマクスウェルがわざとらしく咳払いをした事で、全員の視線がマクスウェルに向かう。
『召喚士よ。ここに来た理由を忘れてはおらぬじゃろうな?』
「……私の中のこの気持ち悪さを治すため。」
『そうじゃ。その属性酔いをどうにかせねばな。』
マクスウェルが木の杖を持ち上げそれを振るうと、バルコニーの中央から光の階段が現れる。
それは天高くそびえるこの塔の更に上を目指すかのような階段であった。
『召喚士だけ登ってくるが良い。後の者はここで待つのじゃ。』
「えぇ?!私も元素の森とやらに行きたいんだけどー?!」
ハロルドが抗議の声をあげ、マクスウェルが再び咳払いをした。
それを見たスノウがハロルドに手を合わせて謝る。
「ハロルド、ごめんね?また今度来れるようにお願いするから。」
「分かったわよー。」
不貞腐れ気味なハロルドだが、スノウの言う事には素直に従うようだ。
スノウがその階段に一歩上がろうとした瞬間、仲間たちから声を掛けられる。
「スノウ!気をつけてね!」
「頑張ってこいよ!」
「ここで待ってるから!」
そんな暖かい言葉をかけて貰えて、スノウはジンと目頭が熱くなる。
そしてスノウは仲間たちに手を振って別れを惜しんだ。
「───行ってきます。」
「「「「いってらっしゃい、スノウ。」」」」
階段を一段ずつ上がるスノウを仲間たちはずっと見届けた。
そしてとうとう見えなくなったスノウに、仲間たちが心配そうな顔を見せた。
それでもカイルだけは、しっかりとその階段を見据えていた。
「大丈夫だって!スノウならきっと帰ってくるよ!」
「そう、よね…!」
「帰ってこなかったら迎えに行けばいいだろ?」
カイルのそんな言葉のお陰で仲間たちも安心して光の階段を見続けた。
しかし、そんなカイル達の横を走る者がいた。
「あっ!ダメだよ!2人とも!」
カイル達が慌てて止めようとしたのは、例の双子だった。
光の階段をこれでもかという速度で駆け上がっていき、遂にはスノウと同じく光の先へと消えてしまったのだ。
それに不安がらないはずもない仲間たちは、それでもスノウ達の帰りを待ち続けようとその場に留まった。
……果たして、あの双子は何をしに光の階段を駆け上がっていったのだろうか?
そんな疑問が解消される訳でもなく、仲間たちは不安な顔をしながら光の先を見続けたのだった。