第一章・第2幕【改変現代~天地戦争時代まで】
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___ハロルド研究室(自室とも言う)
ピピピと音を鳴らし、暗い研究室内でハロルドは何かの研究を行っていた。
暗めの部屋内では壁一面に光が当てられ、ハロルド博士はどうやらその光を見ているようだ。
そしてその光はただの光じゃないようで、映像と共に音も流れていた。
「……。」
コーヒーを飲みながら映像を見て、たまに紙に何かを書き込んでいる。
書き込んだ後はパソコンに向かい、何かを打ち込んでまた映像を繰り返し見るという事を反復するハロルド。
そんな彼女の元へ訪問者が現れる。
__コンコン
「おい、ハロルド。アトワイトが夕飯だと騒いでいるぞ。」
「……。」
ノックをした後、扉越しにジューダスが中に居るはずのハロルドへと話し掛ける。
ところが返事は返ってこなかった。
居るのか居ないのかハッキリしない為か、ジューダスの眉間にはシワが寄る。
「おい!!居るなら返事くらいしろ!」
激しめのノックと共に声を荒らげ、ジューダスが中に居るはずのハロルドへと声を掛ける。しかし、
「……。」
幾ら呼び掛けても返事が返って来ない為、ジューダスは溜息を吐くとスライド式のドアを潜った。
「おい、いい加減に──」
中に入ったジューダスは壁に映し出された映像を見て言葉を失う。
そこには彼が逢いたくて会いたくて堪らない人物が映し出されていたからだった。
それを見ているハロルドに近付き、慌てて声を掛ける。
「おい!これはどういう事だ!?」
「ん?なに、あんた居たの?」
「ずっと呼び掛けていただろうが!!」
映像を指差し、ハロルドに詰め寄るジューダスの顔は必死そうで、それをハロルドは無機質な顔で見遣ると途端にニヤリと笑った。
「スゴイっしょ?これ、向こうの映像を壁に映し出してんのよ。」
「は?そんな事が可能、なのか……?」
「ま、向こうの映像を映し出すだけで、こっちからの映像を送信する事は出来ないんだけどねー。」
ジューダスは再び壁に映し出されたスノウを見て、少し泣きそうな顔をする。
そして思い切り拳を握った。
そこへカイルやロニも呼びに来たようで、ハロルドの研究室に無断で入ってくる。
「ハロルドー!飯だってー!」
「おいおい、何でこんな暗くしてんだよ……って……。これ、スノウじゃねえか!?」
驚いた顔で二人も映像を見た所でハロルドがいよいよニヤニヤと止まらないようだ。
嬉しそうに映像を見る二人は、スノウが元気そうなのを見て余計に喜んでいた。
そこへ続々と仲間達が集まってきて鑑賞会が始まろうとすると、今度はオリジナルのシャルティエがやってきて大騒ぎになる。
そして遂にはアトワイトやディムロスやイクティノス、次いでカーレルやクレメンテ、そしてリトラーまでやってきて映像を見て大騒ぎになった。
「ちょっと!!研究の邪魔なんだけどー!!?」
流石の人口密度にハロルドがその場で立ち上がり喚く。
「一人だけスノウの様子見るなんてズルすぎだろ。」
「オレたちだって気になるし!」
カイルとロニがそう話した後、アトワイトが「ん?」と声を出す。
その言葉で全員が映像に注視した。
……
…………
……………………
「ほら、おいで?」
スノウがこちらに向かって手を伸ばして笑った。
そして映像では見えないが、何かを引き上げたのだろう。
スノウよりも低い視点に変わった事で彼女が傍らにある何かを上げようとしていたことが分かった。
「ピピピ……、スノウそろそろ御飯の時間ダヨ!」
「あー……、もうそんな時間か。」
一度こちらを見たスノウだったが、苦笑いをしてカバンを漁る。
そしてその手に持った物は、軍事用の携帯食糧……レーションだった。
それに最も反応を示したのがアトワイトだった。
机を叩いた事で一同の視線は恐々とアトワイトに向く。
そして全員が振り向いた事を激しく後悔した。
そこに居たアトワイトは鬼の形相をしていたからだ。
「……ハロルド。」
「何?」
「これは……どういうことなの?」
「どうって言われても、知らないわよ。あの子が勝手にやってる事なんだから。」
アトワイトはハロルドの頭をがしりと掴み、力を入れる。
それに合わせてハロルドが痛みを訴え、ディムロスが慌ててアトワイトを止めようとする。
ところがいつもはスマートなディムロスでさえ、今のアトワイトは手がつけられないようだった。
「ハロルド?良い?これは命令よ。……あの子にちゃんとした物を食べるように伝えてちょうだい。」
「はあ?!ちょっと、無理難題を言わないでよ!今あの子が居る土地はここからかなり離れてるのよ?!そんな場所にここから映像とか食糧を送り付けるなんて無理に決まってるわよ!!」
「ハロルド?」
「ぅげ……。目が本気じゃん……。」
嫌そうな顔でアトワイトを見たハロルドだったが、唇を尖らせながらパソコンに何かを打ち込む。
「……一応、他のロボットを送り込もうと思ってたのよ。それに追加の機能を入れておくわ。」
「ええ。そうしてちょうだい。」
ようやくニコリと笑ったアトワイトを見て、他の人は空笑いをしたり、恐ろしいものを見る目で見たり、引いていたりと個個に反応を示していた。
「スノウって料理はシナイノ?」
カイル君1号が気の利いたことを言ったので、ハロルドは内心ホッとしていた。
これでスノウが食への関心が出ればいいが……。
「他に仲間がいたりするならその人達の為に積極的に料理はするけど、基本一人の時はしないようにしてるんだ。」
「何で?」
「一人の時になるってのは、大体緊急時が多い。そんな時に料理を作り、食べるなんて行為は身を滅ぼすことだって知ってるからね。……昔いた所で身に沁みてるんだ。一つの行動が己の身を滅ぼすって。だから一人の時はこういうレーションを食べるようになったんだ。」
小さくなったレーションを最後とばかりに食べ終えると、もう一つ食べるかと思いきや手を叩き食事を終了させてしまった。
そして映像を見ているアトワイトがそれにもプルプルと身体を震わせ、憤りを表す。
「……今、一つしか食べなかったわよね?ディムロス?」
「あ、あぁ……。まぁ、そうだな。」
「……ハロルド?」
「分かってるわよ。もう、アトワイトってばスノウの事になると鬼の様に変わるんだから……。」
「何か言ったかしら?」
「いーえー。なんでもー。」
棒読みで答えたハロルドはまたしてもパソコンに向き直る。
そしてカタカタと何かを打ち込む。
「ふぉっふぉっふぉっ。この子はさながら軍人のような事を言うのぉ。」
「軍人だとしても、少しストイック過ぎると思いますけどね。」
「私達といる時はナナリーが作ってたから食べてくれてたのかしら……?」
「そうかもね。あの子が元々少食なのも、それが理由なのかもしれないね……。」
リアラとナナリーが顔を見合わせ心配そうに顔を歪める。
そして全員、再び映像に顔を向けた。
そこには怪訝な顔で何処かを見て、相棒に手を置いているスノウが居た。
どうやら息を潜めているようで、そのまま体勢を低くしていた。
「…………そこに居るのは誰だ。」
あまりの緊迫感に、映像の前の皆も緊張感を漂わせる。
そしてスノウのその言葉に反応した様に全身を覆い隠した複数の人間がスノウの周りを囲った。
左目に眼帯をしているスノウだが、サーチで全員の位置を把握したからか、眼帯を外すことは無かった。
「金と食料を置いていきな。」
「ただのチンピラか。」
警戒を解いて姿勢を正したスノウとは反対に、賊は体勢を低くしていつでも武器を抜刀出来る様にしていた。
周りをぐるりと見渡したスノウは、肩を竦めさせる。
「わざわざこんな雪山の道中でせびらなくても、山を降りれば幾らでも食料はあるだろう?」
「二度は言わん。金と食料を置いていけ。」
「……話が分からないと来たか。」
笑みを消して冷たい視線を賊に送ると、スノウは相棒を抜いて構えた。
「……生憎、食料もお金も持ち合わせていない。ここは引いてくれないか?」
「そんな物を連れて歩いてるんだ。多少何かあるだろ?それか、その機械を渡してくれてもいいんだぜ?良い金になりそうだ!」
「…………断る。」
刹那、スノウの纏う空気が変わり一瞬にして姿を消した。
それに賊が慌て出して周りを見る。
ドサリと音がした方を見ると、既に一人倒されていて、賊共は顔を真っ青にする。
「……まずは一人。」
「に、逃げろ!!」
「やべえよ!こいつ!!」
退散しようとする賊の一人を捕まえ、スノウが雪の上に転がすと次々と賊を気絶させていく。
あっという間に最後の一人になると、ジリジリと追い込むように歩いていく。
「ひっ……!!か、勘弁してくれ!!いのち、命だけは……!!」
雪の上をじりじりと尻で後退していく賊を追い詰めていくスノウ。
そして相棒をその賊へと向けると、カイル達の誰かがごくりと唾を飲んだ音がした。
「……命が惜しくば答えてもらおうか。」
「は、はいっ!な、なななんでも……!!」
「ここら一帯に珍しい泉が湧くところがないか……。それとも奇妙な噂がある泉とか聞いたことがないかい?」
「泉……?えっと……今思い出しますから命だけは……」
「分かったから、早くしてくれないかな?」
チャキッと相棒を向け、笑みを深くするスノウに賊は更に顔を青くさせた。
既にその顔色は悪いを通り越して、ヤバい気がするが…。
「は、はい!確か、この雪山には泉はありません…!俺達、ここを縄張りとしてますが、そんなもの一度も……!それにこの雪の中じゃ泉なんて凍ってますよ……?」
「……。」
スノウは相棒を下げ、大きく息を吐いた。
「そうか、分かった。」
賊はそれを聞くと慌てて逃げだす。
それに後ろからスノウが声を掛けた。
「おーい。この人達も連れていってくれないかー?……って、聞いてないか。少し脅しすぎたね?」
そう言ってスノウは相棒を仕舞うと、こちらに向かって優しい笑顔を見せてくれる。
そしてゆっくり歩いてきては画面の上の方を撫でてくれていた。
「怪我はないかい?何処か故障したところは?」
「ううん!無いヨ!」
「そっか。それなら良かった。」
「この人達ハどうするノ?」
「気絶させただけ…とはいえ、このままだと凍死しちゃうからね。無闇な殺生はしたくない。そうだなぁ……?例の洞穴の中まで連れて行こう。……少し待っててくれ。」
スノウが遠ざかっていき、賊の近くに行くと何かを呟いた。
すると辺りを覆うような大きな魔法陣が現れたかと思うと直ぐに賊と共に姿を消してしまった。
けれども数分すると再び瞬時に姿を表し、こちらへと寄ってくる。
そして決まって微笑みながら画面の上の部分を撫でて、それも終わるとスノウは空を見上げていた。
「空がどうかシタ?」
「……いや?何でもないよ。まだ……、まだ蒼空を拝む訳にはいかないからね。ただの確認だよ。」
「???」
「ふふ。君には難しすぎたね。さぁ、行こうか。この雪山にはもう用は無くなったし……って待てよ?」
そう言ってスノウは口元に手をやり、何かを考え込む。
そして失敗した、とでも言うように空を仰いで顔に手をやった。
「……まずい、失敗した……。」
「???」
「……あー。どうする……?」
あまりにも深刻そうなスノウに、ハロルドの手も止まる。
一体、何を思い詰めているのだろうか?
ジューダスや修羅も心配そうに映像を見続ける。
「どうしたノ?」
「……。」
いつもの単身で考える癖が出てしまい、暫く沈黙するスノウ。
ところが首を振ると、何でもないよとこちらに笑顔を見せて歩き出す。
その後ろを映像は追いかけるように映していた。
「何かしら?失敗したって、なんの事?」
ハロルドがパソコンに向かいながらそう呟く。
その問いに誰が答えられる訳もなく、ただ閑静に映像を見る。
「……。」
静かに映像は流れていく。
しゃくしゃくと雪を踏みつける音以外は、無音だった。
カイル君1号が質問する訳でも、スノウが何か語ることもなかったからだ。
どうやら何か考え込んでいる様子のスノウの足取りは、宛もなく彷徨い歩いている様にも見えた。
「……あぁぁー!!」
突然立ち止まり、頭をガシガシと掻いたスノウは難しい顔で何処かを見つめていた。
「…………一人になると、途端に考え事ばかりしていけないね。周りにも気を配らないとそれこそ命取りだ……。」
雪山から遠くを見つめ、暫く景色を見ていたスノウにカイル君1号が話し掛ける。
「悩み事なら聞くヨ?」
「……そう、だね。誰かに話したほうが案外スッキリするかもしれない……か。」
暫く黙り込んだスノウだったが、諦めたようにその場に座り込む。
視線はそのままカイル君1号ではなく、山から見える遠い景色を見ていた。
「……難しい話になるから、無理そうなら言うんだよ?」
「分かっター!」
「ふふ……。そうだなぁ……?君は私の旅の目的を知らないだろう?どうしてこうなったかも……って、あのハロルドが作ったものだから、案外プログラミングされてるのかもしれないね?」
「ピピピ……。何となくなら知ッテルー!」
「そうか……。ならそこら辺は省略しよう。」
そう言ってスノウは後ろに手をついて楽な体勢を取った。
「ハロルドが言っていた例の泉……。探すには問題があるんだ。」
「問題?」
カイル君1号が聞き返している間、映像を見ていた全員がハロルドの方を見る。
一体スノウに何を言ったのか、と。
けれどもハロルドはそんな視線を気にする様子もなく、映像をジッと見つめていた。
どうやらその悩みについて、さっきから気になっていたようだったからだ。
「そう、問題。……ソーディアン――」
その言葉が聞こえた瞬間、映像がプツリと消えてしまう。
「……あちゃー、時間切れだわー。」
「えぇ?!こんな良いところで?!」
「時間切れだから仕方ないじゃない。ほら、全員サッサと帰る!!私は次の研究で忙しいの!!」
そう言ってハロルドはディムロスやアトワイトなどソーディアンチームをあっという間に追い出す。
そして向こうで騒がれる中、バイバーイと手を振り扉を施錠すると、カイル達を振り返った。
「……あんた達には言っておかないといけないことがあるわ。」
いやに真剣な顔でカイル達を見るハロルド。
それにカイルだけではない、一同が真剣な顔をハロルドに向け、そして大きく頷いた。
「スノウが……あの子が、何故ここを立たなくてはいけなくなったのか。その真相を今から貴方たちに話すわ。覚悟して聞いてちょーだい。」
「……分かった。」
「……あの子は貴方達への影響を考えて、自ら追放処分を望んだのよ。」
「「「!!」」」
「……。」
全員の面持ちが険しくなる。
初めて聞かされるスノウに起きた突然の追放処分の理由。
全員が知りたくない訳じゃなかった。
だが、誰に聞いても分からないばかりか、寧ろ知らないと言われるだけで肝心の知ってるハロルドは研究で自室に立て籠もり話が出来ず、リトラーやクレメンテは話すらさせてもらえなかったのだ。
「でも先に言っておくと、あの子が追放処分を選んだとき……笑顔だったのは本当よ。それだけは信じてちょーだい。」
「うん。」
「じゃ、話すわよ。あの子が追放になったキッカケは、貴方たちが知っての通りで攻撃の通らない魔物……あんたたちは〈ホロウ〉って言ってたわね?それがキッカケなのよ。ここ最近になってこの軍事施設の周りを囲う様に魔物が集まってきていたわ。それにここのしたっぱ軍人たちが怯えたりストレスを抱えちゃって。アトワイトが休める時間も少なくなってしまうし、退治に行ったところで誰も攻撃を受け付けないとなると誰も気持ち悪がって行きたがらない。……そして、そのしたっぱ軍人たちの矛先はシャルティエ少佐を攻撃し暴れた罪で牢屋の中にいるあの子に向けられた。」
「そんな……!」
「兄貴たちは必死に説得をしたわ。でも、そんな与太話を誰が信じるというの?ただでさえ自分達は攻撃出来ないのに、あの子だけはよく知りもしない魔物へ攻撃する事が出来てしまった。噂が持ち上がらない訳もなく、兄貴たちはあの子に被害が行くのを食い止める必要があった。そして同時に部下たちに対して、罪を犯した者であるスノウへの処罰を示す必要性もあった。」
「……それで、スノウを……」
「でもよ!?だったら俺達に言ってくれたら少しは説得したのによ!」
「バカじゃないの?あんた達みたいな部外者を誰が信じるのよ。それに噂はその先を行ってしまい、あんたたちがあの子の仲間だと噂されるようにもなった訳。ここまで言えばなんとなく分かるっしょ?」
「そうなればハロルド工作員である僕達にも矛先が向き、ハロルドも疑われる。上層部の信用はガタ落ち。……そんな所だろう?」
「えぇ、そうよ。」
告げられる真実は意外にも残酷で、ジューダスや修羅以外は下を向く結果となってしまった。
しかし話はまだ終わりじゃない。
「そこで私は提案したの。攻撃が出来ない魔物を攻撃出来るようになればあの子の疑いは晴れる。だからあの子を研究させてちょうだい、ってね。」
この時、ハロルドは既にスノウと仲が良かった。
そして友達としても、研究対象としても見ていたハロルドだが……彼女が研究以外のものに対しては子供じみているのは知っての通り。
スノウを友達として見ていたことに、ハロルド自身は気付いていなかった。
ただ居心地の良い研究対象とでも思っていたのだ。
それでもスノウを助けたい、と思うには時間が掛からなかった。
「追放処分という名の遠征を行うことを兄貴とクレメンテは許してくれた。勿論、部下たちへの説明には一切そんな事言わなかったけど。」
「でも、やっぱり追放する必要があったのね?」
「最初、別の軍事施設に移送する話があったのよ。でもそこでも同じ様にパニックに陥ったら……となってね。」
「……軍のやりそうな事だ。」
「仕方ないといえば聞こえは悪いけど、それ以外の処分を私達は思い付かなかった。そして、私達はスノウの元へ訪れた。」
続きを語るハロルドは画面にスノウを映しながら話しだした。
「兄貴はあの子に話したの。でも賢いあの子には全てが見え見えだったみたいね。すぐに軍のなんたるかを理解して追放されると分かっていたみたい。」
「……っ、あいつ……朝には何も言ってなかったのに……!」
「そりゃそうよ。だってその時に全部話してるんだから。だからこそ、兄貴はあの子に問い質した。“君はどうしたい?”ってね。……ま、残酷な話ではあるけどねー。だって追放を理解しているあの子に、どうしたいかなんて……ねぇ?」
修羅がグッと拳を作り、唇を噛む。
それを海琉が眉根を下げてそっと修羅の服を掴んでいた。
「……あの子は賢すぎたのよ。あの子がもしここに居たい、あんた達と居たいなんて言うものならきっと兄貴は渋々あんた達にも追放処分を下していた。……でも、それは未来から来たあんた達にとっては不利益なことでしょ?だからあの子は自分だけの追放を望んだ。」
「あのバカッ……!」
ロニが壁に拳を打ち付ける。
カイルも複雑そうな顔でそれを見ていた。
「……アトワイトさんが言ってた、スノウがまだ完治してないって話は本当?」
「それは知らないわよ?アトワイトの管轄だしー?でもあのアトワイトが気にするって事は相当だったんでしょーね。スノウを気に入ってるって言っても彼女も一軍人だし、誰かを贔屓にすることはないはずだから結果そーなんじゃない?」
「そう……なのね……。」
「ちょっとー、じめじめしてるんだけどー?私言わなかった?あの子は笑顔で追放処分を受け入れたって。」
「そこなんだよなー……?なんでアイツ、追放処分を笑って受け入れたんだよ。」
「ま、賢すぎるが故に自分のやるべき事が分かってたって事よ。私達からすれば感謝の極みだわ。あんた達にあげたそれ――」
そう言ってハロルドはカイル達が持っている武器を指差す。
「それはあの子が頑張ってくれた血と汗と涙の結晶よ。血と涙は流してないけどねー。」
「流してないんかい!」
スノウがハロルドの研究を手伝ったお陰でその武器が出来たのだ。
〈ホロウ〉に対して攻撃出来るようになる武器を───
「その武器に用いる鉱石はモルガナ鉱石って言うんだけど、それってとっっっても希少なんだからねー?スノウが居なかったら苦戦必須の代物ってわけ!!大切に扱いなさいよー?」
ハロルドがスノウの戦い方を研究し、そしてこのモルガナ鉱石まで辿り着いた。
マナを存分に含んでいるモルガナ鉱石だからこそ、〈ホロウ〉に対しての有効打となることを皆に説明した。
「これに……マナが……。」
「そーよ?あの子がいうにはマナっていうやつが多く含まれる原石なのよ。モルガナ鉱石ってのはねー。今までは使う価値の無い石ころだと言われてきたこれも、今じゃあ一億レンズの値打ちがある訳。」
「い、一億っ?!ね、ねぇ、ロニ!一億ってすごいの?!」
「バッカ!あたりめぇだろーが!!一億レンズがありゃあ、家も城も買えるぞ!!」
「すっげーーー!!」
「はいはい。バカにも分かったところで話の続きをするわよー。」
興奮冷めやらぬカイル達を横目にハロルドが再び話し始める。
それと同時に壁に照射されたスノウの映像は、スノウの腰にある剣を拡大させた。
「……!」
「これが何か分かるかしらん?」
「あれ?これってジューダスが持ってたシャルティエじゃない?」
「お前、スノウに預けてたのか……って、そんな訳ねーよな?だってあいつ、牢屋の中にぶち込まれてたんだからよ?武器なんて置いておけるわけねーしなぁ?」
「私が託したのよ。」
「「「へ?/は?」」」
目を点にして全員がハロルドを見る。
しかしハロルドはその視線を気にすることなく話し始めた。
「あのシャルティエはソーディアンにとって大事な部分であるコアクリスタルが傷付いていないにも関わらずぶっ壊れてたのよ。それこそ話も出来なくなるくらいにねー?全く……相当後の未来に壊れるなんて、ハロルド・ベルセリオスの名が廃るわ……!!」
「「「……」」」
別の事で憤慨するハロルドにカイル達はそれぞれ反応を示す。
呆れ返る人やジト目で見遣る人、不思議そうな顔をする者と様々だった。
「要するに何が原因だったんだ?」
修羅が話を元に戻すように、ハロルドへと声を掛けた。
悔しそうに地団駄を踏んでいたハロルドは、再び映像に映し出されたシャルティエを見て話し始めた。
「コアクリスタルってのは、ただのクリスタルの結晶でも、レンズの塊でもないわ。」
「レンズじゃないのか?」
「その解答は、合ってるようで合ってないわねー?コアクリスタル単体でソーディアンってのは出来てないのよ。コアクリスタルに覆われるように中にユニットを組み込んでるの。だからソーディアンにとってコアクリスタルは命であり頭脳でもあるわけ。分かったー?」
「そりゃ、いいけど……。なんでスノウなんだ?」
「それを今から言うんでしょーが!」
「お、おう……。」
怒り心頭のハロルドに僅かに後ろに下がったロニ。
ナナリーが隣でやれやれと肩を竦めさせていた。
「まずソーディアンってのはレクス理論ってのを使っていて――――」
「待て待て……!俺達にそんな理論がうんたらかんたら説明しても分かんねーよ!」
「……ま、そーよね。スノウは大人しく聞いていたけど、あんた達はそーよねー。ま、いいわ。簡単に言っちゃうとー、ユニットは対象者の周辺にあるレンズに反応して対象者に晶術を施すの。そのエネルギーの源が、あのシャルティエのユニットに欠けている事が分かったわ。そして、この世界の何処かにあると言われるエネルギーに満ち溢れる泉……。そこにシャルティエを持って行って欲しいってあの子にお願いをしたわけ。」
「ちょ、ちょっと待っておくれ……!それって、そんな噂程度のものを信じてスノウは探してるって事かい?!」
「そーよ?」
途端に静寂が訪れる。
噂を信じるスノウもスノウだが、それをハロルドも信じているという事が信じられなかったからだ。
いやになんとかの理論だ、なんとか現象だと科学的な事しか信じないハロルドが、根も葉もない噂を信じるというのはカイル達にとって衝撃的だった。
「ま、その反応が普通よねー?」
「おいおい……大丈夫なのかよ……?」
「あの子は私がそう言うとこう言ってたわよ?“火のないところに煙は立たぬ”ってね!……私を、信じてくれるって。」
「「「!!」」」
仲間の事を信じるスノウ。
それが分かっているからカイル達は驚いたのだ。
そしてそれが妙に嬉しく感じたのだ。
「凄いわ、あの子。私を信じるばかりか、あのシャルティエを絶対に直すって意気込んでいたのよ。だからあの子にとっても追放処分は利害の一致をしていた、ということよ。これが、あの子の追放処分についての全容よ。」
全てを聞いた仲間達はお互いを見ると大きく頷いた。
そしてハロルドはそんな皆を見て、今しがた止めた映像の続きを再生させた。
……
…………
……………………
「そう、問題。……ソーディアンはユニットで動いているってハロルドは話してた。」
「すげー……、あいつ、理解してやがる……。」
「静かにしてちょーだい!」
「へいへい……」
「その原動力がレンズエネルギーだとハロルドは言っていたけど、果たしてそれだけだろうか?」
「??」
「もしユニットが頭脳だとして、周りを覆うコアクリスタルがレンズに反応出来る物質なのだとしたら…。…………このユニットに必要な、充填させないといけないエネルギーってのは、何だ……?」
それを聞いた瞬間、ハロルドが「あー!」と手を叩いた。
周りはその大きな声に驚いた様に後退した。
「なんだよ!いきなり声出しやがって……!」
「あの子に説明するの忘れてたわ!」
「「「「はぁ?!」」」」
そこが重要だろ、という皆の顔を見たハロルドは、プクーと頬を膨らませた。
誰だって間違いはある、と言いたいのだろうことがその顔から窺えた。
「……エネルギー。別のエネルギーだとして……そのエネルギーは一体何物なんだ?それをハロルドから聞くのを忘れていてね?それで失敗したと思ったんだよ。」
こっちを見て、「ふふ」と笑ったスノウは先ほどとは違い、スッキリした顔をしていた。
「やっぱり誰かに話をするってのは大事だね。少しスッキリしたよ。」
そう言って立ち上がったスノウは、遠くを見つめ笑顔をみせた。
「何処かにあるかも分からない、膨大なエネルギーを有している泉……。絶対に見つけてみせる。そして彼を直さないとね?」
腰にあるシャルティエに触れたスノウは、先程と違い、柔和な笑顔を見せてシャルティエを見ていた。
「皆との約束までには……絶対に直さないと。」
空を見上げたスノウをずっと映像は映し出していた。
どうやら映像はここで止まってしまったようだ。
「さ、次に作るものが出来たわ!研究の邪魔だから、ほら出てって!」
さも終わりだとでも言うようにハロルドがカイル達を追い出す。
そしてニヤリと笑いを浮かべた。
ハロルドの視線の先……そこには、新たなロボットが出来上がりつつあったのだった。
ピピピと音を鳴らし、暗い研究室内でハロルドは何かの研究を行っていた。
暗めの部屋内では壁一面に光が当てられ、ハロルド博士はどうやらその光を見ているようだ。
そしてその光はただの光じゃないようで、映像と共に音も流れていた。
「……。」
コーヒーを飲みながら映像を見て、たまに紙に何かを書き込んでいる。
書き込んだ後はパソコンに向かい、何かを打ち込んでまた映像を繰り返し見るという事を反復するハロルド。
そんな彼女の元へ訪問者が現れる。
__コンコン
「おい、ハロルド。アトワイトが夕飯だと騒いでいるぞ。」
「……。」
ノックをした後、扉越しにジューダスが中に居るはずのハロルドへと話し掛ける。
ところが返事は返ってこなかった。
居るのか居ないのかハッキリしない為か、ジューダスの眉間にはシワが寄る。
「おい!!居るなら返事くらいしろ!」
激しめのノックと共に声を荒らげ、ジューダスが中に居るはずのハロルドへと声を掛ける。しかし、
「……。」
幾ら呼び掛けても返事が返って来ない為、ジューダスは溜息を吐くとスライド式のドアを潜った。
「おい、いい加減に──」
中に入ったジューダスは壁に映し出された映像を見て言葉を失う。
そこには彼が逢いたくて会いたくて堪らない人物が映し出されていたからだった。
それを見ているハロルドに近付き、慌てて声を掛ける。
「おい!これはどういう事だ!?」
「ん?なに、あんた居たの?」
「ずっと呼び掛けていただろうが!!」
映像を指差し、ハロルドに詰め寄るジューダスの顔は必死そうで、それをハロルドは無機質な顔で見遣ると途端にニヤリと笑った。
「スゴイっしょ?これ、向こうの映像を壁に映し出してんのよ。」
「は?そんな事が可能、なのか……?」
「ま、向こうの映像を映し出すだけで、こっちからの映像を送信する事は出来ないんだけどねー。」
ジューダスは再び壁に映し出されたスノウを見て、少し泣きそうな顔をする。
そして思い切り拳を握った。
そこへカイルやロニも呼びに来たようで、ハロルドの研究室に無断で入ってくる。
「ハロルドー!飯だってー!」
「おいおい、何でこんな暗くしてんだよ……って……。これ、スノウじゃねえか!?」
驚いた顔で二人も映像を見た所でハロルドがいよいよニヤニヤと止まらないようだ。
嬉しそうに映像を見る二人は、スノウが元気そうなのを見て余計に喜んでいた。
そこへ続々と仲間達が集まってきて鑑賞会が始まろうとすると、今度はオリジナルのシャルティエがやってきて大騒ぎになる。
そして遂にはアトワイトやディムロスやイクティノス、次いでカーレルやクレメンテ、そしてリトラーまでやってきて映像を見て大騒ぎになった。
「ちょっと!!研究の邪魔なんだけどー!!?」
流石の人口密度にハロルドがその場で立ち上がり喚く。
「一人だけスノウの様子見るなんてズルすぎだろ。」
「オレたちだって気になるし!」
カイルとロニがそう話した後、アトワイトが「ん?」と声を出す。
その言葉で全員が映像に注視した。
……
…………
……………………
「ほら、おいで?」
スノウがこちらに向かって手を伸ばして笑った。
そして映像では見えないが、何かを引き上げたのだろう。
スノウよりも低い視点に変わった事で彼女が傍らにある何かを上げようとしていたことが分かった。
「ピピピ……、スノウそろそろ御飯の時間ダヨ!」
「あー……、もうそんな時間か。」
一度こちらを見たスノウだったが、苦笑いをしてカバンを漁る。
そしてその手に持った物は、軍事用の携帯食糧……レーションだった。
それに最も反応を示したのがアトワイトだった。
机を叩いた事で一同の視線は恐々とアトワイトに向く。
そして全員が振り向いた事を激しく後悔した。
そこに居たアトワイトは鬼の形相をしていたからだ。
「……ハロルド。」
「何?」
「これは……どういうことなの?」
「どうって言われても、知らないわよ。あの子が勝手にやってる事なんだから。」
アトワイトはハロルドの頭をがしりと掴み、力を入れる。
それに合わせてハロルドが痛みを訴え、ディムロスが慌ててアトワイトを止めようとする。
ところがいつもはスマートなディムロスでさえ、今のアトワイトは手がつけられないようだった。
「ハロルド?良い?これは命令よ。……あの子にちゃんとした物を食べるように伝えてちょうだい。」
「はあ?!ちょっと、無理難題を言わないでよ!今あの子が居る土地はここからかなり離れてるのよ?!そんな場所にここから映像とか食糧を送り付けるなんて無理に決まってるわよ!!」
「ハロルド?」
「ぅげ……。目が本気じゃん……。」
嫌そうな顔でアトワイトを見たハロルドだったが、唇を尖らせながらパソコンに何かを打ち込む。
「……一応、他のロボットを送り込もうと思ってたのよ。それに追加の機能を入れておくわ。」
「ええ。そうしてちょうだい。」
ようやくニコリと笑ったアトワイトを見て、他の人は空笑いをしたり、恐ろしいものを見る目で見たり、引いていたりと個個に反応を示していた。
「スノウって料理はシナイノ?」
カイル君1号が気の利いたことを言ったので、ハロルドは内心ホッとしていた。
これでスノウが食への関心が出ればいいが……。
「他に仲間がいたりするならその人達の為に積極的に料理はするけど、基本一人の時はしないようにしてるんだ。」
「何で?」
「一人の時になるってのは、大体緊急時が多い。そんな時に料理を作り、食べるなんて行為は身を滅ぼすことだって知ってるからね。……昔いた所で身に沁みてるんだ。一つの行動が己の身を滅ぼすって。だから一人の時はこういうレーションを食べるようになったんだ。」
小さくなったレーションを最後とばかりに食べ終えると、もう一つ食べるかと思いきや手を叩き食事を終了させてしまった。
そして映像を見ているアトワイトがそれにもプルプルと身体を震わせ、憤りを表す。
「……今、一つしか食べなかったわよね?ディムロス?」
「あ、あぁ……。まぁ、そうだな。」
「……ハロルド?」
「分かってるわよ。もう、アトワイトってばスノウの事になると鬼の様に変わるんだから……。」
「何か言ったかしら?」
「いーえー。なんでもー。」
棒読みで答えたハロルドはまたしてもパソコンに向き直る。
そしてカタカタと何かを打ち込む。
「ふぉっふぉっふぉっ。この子はさながら軍人のような事を言うのぉ。」
「軍人だとしても、少しストイック過ぎると思いますけどね。」
「私達といる時はナナリーが作ってたから食べてくれてたのかしら……?」
「そうかもね。あの子が元々少食なのも、それが理由なのかもしれないね……。」
リアラとナナリーが顔を見合わせ心配そうに顔を歪める。
そして全員、再び映像に顔を向けた。
そこには怪訝な顔で何処かを見て、相棒に手を置いているスノウが居た。
どうやら息を潜めているようで、そのまま体勢を低くしていた。
「…………そこに居るのは誰だ。」
あまりの緊迫感に、映像の前の皆も緊張感を漂わせる。
そしてスノウのその言葉に反応した様に全身を覆い隠した複数の人間がスノウの周りを囲った。
左目に眼帯をしているスノウだが、サーチで全員の位置を把握したからか、眼帯を外すことは無かった。
「金と食料を置いていきな。」
「ただのチンピラか。」
警戒を解いて姿勢を正したスノウとは反対に、賊は体勢を低くしていつでも武器を抜刀出来る様にしていた。
周りをぐるりと見渡したスノウは、肩を竦めさせる。
「わざわざこんな雪山の道中でせびらなくても、山を降りれば幾らでも食料はあるだろう?」
「二度は言わん。金と食料を置いていけ。」
「……話が分からないと来たか。」
笑みを消して冷たい視線を賊に送ると、スノウは相棒を抜いて構えた。
「……生憎、食料もお金も持ち合わせていない。ここは引いてくれないか?」
「そんな物を連れて歩いてるんだ。多少何かあるだろ?それか、その機械を渡してくれてもいいんだぜ?良い金になりそうだ!」
「…………断る。」
刹那、スノウの纏う空気が変わり一瞬にして姿を消した。
それに賊が慌て出して周りを見る。
ドサリと音がした方を見ると、既に一人倒されていて、賊共は顔を真っ青にする。
「……まずは一人。」
「に、逃げろ!!」
「やべえよ!こいつ!!」
退散しようとする賊の一人を捕まえ、スノウが雪の上に転がすと次々と賊を気絶させていく。
あっという間に最後の一人になると、ジリジリと追い込むように歩いていく。
「ひっ……!!か、勘弁してくれ!!いのち、命だけは……!!」
雪の上をじりじりと尻で後退していく賊を追い詰めていくスノウ。
そして相棒をその賊へと向けると、カイル達の誰かがごくりと唾を飲んだ音がした。
「……命が惜しくば答えてもらおうか。」
「は、はいっ!な、なななんでも……!!」
「ここら一帯に珍しい泉が湧くところがないか……。それとも奇妙な噂がある泉とか聞いたことがないかい?」
「泉……?えっと……今思い出しますから命だけは……」
「分かったから、早くしてくれないかな?」
チャキッと相棒を向け、笑みを深くするスノウに賊は更に顔を青くさせた。
既にその顔色は悪いを通り越して、ヤバい気がするが…。
「は、はい!確か、この雪山には泉はありません…!俺達、ここを縄張りとしてますが、そんなもの一度も……!それにこの雪の中じゃ泉なんて凍ってますよ……?」
「……。」
スノウは相棒を下げ、大きく息を吐いた。
「そうか、分かった。」
賊はそれを聞くと慌てて逃げだす。
それに後ろからスノウが声を掛けた。
「おーい。この人達も連れていってくれないかー?……って、聞いてないか。少し脅しすぎたね?」
そう言ってスノウは相棒を仕舞うと、こちらに向かって優しい笑顔を見せてくれる。
そしてゆっくり歩いてきては画面の上の方を撫でてくれていた。
「怪我はないかい?何処か故障したところは?」
「ううん!無いヨ!」
「そっか。それなら良かった。」
「この人達ハどうするノ?」
「気絶させただけ…とはいえ、このままだと凍死しちゃうからね。無闇な殺生はしたくない。そうだなぁ……?例の洞穴の中まで連れて行こう。……少し待っててくれ。」
スノウが遠ざかっていき、賊の近くに行くと何かを呟いた。
すると辺りを覆うような大きな魔法陣が現れたかと思うと直ぐに賊と共に姿を消してしまった。
けれども数分すると再び瞬時に姿を表し、こちらへと寄ってくる。
そして決まって微笑みながら画面の上の部分を撫でて、それも終わるとスノウは空を見上げていた。
「空がどうかシタ?」
「……いや?何でもないよ。まだ……、まだ蒼空を拝む訳にはいかないからね。ただの確認だよ。」
「???」
「ふふ。君には難しすぎたね。さぁ、行こうか。この雪山にはもう用は無くなったし……って待てよ?」
そう言ってスノウは口元に手をやり、何かを考え込む。
そして失敗した、とでも言うように空を仰いで顔に手をやった。
「……まずい、失敗した……。」
「???」
「……あー。どうする……?」
あまりにも深刻そうなスノウに、ハロルドの手も止まる。
一体、何を思い詰めているのだろうか?
ジューダスや修羅も心配そうに映像を見続ける。
「どうしたノ?」
「……。」
いつもの単身で考える癖が出てしまい、暫く沈黙するスノウ。
ところが首を振ると、何でもないよとこちらに笑顔を見せて歩き出す。
その後ろを映像は追いかけるように映していた。
「何かしら?失敗したって、なんの事?」
ハロルドがパソコンに向かいながらそう呟く。
その問いに誰が答えられる訳もなく、ただ閑静に映像を見る。
「……。」
静かに映像は流れていく。
しゃくしゃくと雪を踏みつける音以外は、無音だった。
カイル君1号が質問する訳でも、スノウが何か語ることもなかったからだ。
どうやら何か考え込んでいる様子のスノウの足取りは、宛もなく彷徨い歩いている様にも見えた。
「……あぁぁー!!」
突然立ち止まり、頭をガシガシと掻いたスノウは難しい顔で何処かを見つめていた。
「…………一人になると、途端に考え事ばかりしていけないね。周りにも気を配らないとそれこそ命取りだ……。」
雪山から遠くを見つめ、暫く景色を見ていたスノウにカイル君1号が話し掛ける。
「悩み事なら聞くヨ?」
「……そう、だね。誰かに話したほうが案外スッキリするかもしれない……か。」
暫く黙り込んだスノウだったが、諦めたようにその場に座り込む。
視線はそのままカイル君1号ではなく、山から見える遠い景色を見ていた。
「……難しい話になるから、無理そうなら言うんだよ?」
「分かっター!」
「ふふ……。そうだなぁ……?君は私の旅の目的を知らないだろう?どうしてこうなったかも……って、あのハロルドが作ったものだから、案外プログラミングされてるのかもしれないね?」
「ピピピ……。何となくなら知ッテルー!」
「そうか……。ならそこら辺は省略しよう。」
そう言ってスノウは後ろに手をついて楽な体勢を取った。
「ハロルドが言っていた例の泉……。探すには問題があるんだ。」
「問題?」
カイル君1号が聞き返している間、映像を見ていた全員がハロルドの方を見る。
一体スノウに何を言ったのか、と。
けれどもハロルドはそんな視線を気にする様子もなく、映像をジッと見つめていた。
どうやらその悩みについて、さっきから気になっていたようだったからだ。
「そう、問題。……ソーディアン――」
その言葉が聞こえた瞬間、映像がプツリと消えてしまう。
「……あちゃー、時間切れだわー。」
「えぇ?!こんな良いところで?!」
「時間切れだから仕方ないじゃない。ほら、全員サッサと帰る!!私は次の研究で忙しいの!!」
そう言ってハロルドはディムロスやアトワイトなどソーディアンチームをあっという間に追い出す。
そして向こうで騒がれる中、バイバーイと手を振り扉を施錠すると、カイル達を振り返った。
「……あんた達には言っておかないといけないことがあるわ。」
いやに真剣な顔でカイル達を見るハロルド。
それにカイルだけではない、一同が真剣な顔をハロルドに向け、そして大きく頷いた。
「スノウが……あの子が、何故ここを立たなくてはいけなくなったのか。その真相を今から貴方たちに話すわ。覚悟して聞いてちょーだい。」
「……分かった。」
「……あの子は貴方達への影響を考えて、自ら追放処分を望んだのよ。」
「「「!!」」」
「……。」
全員の面持ちが険しくなる。
初めて聞かされるスノウに起きた突然の追放処分の理由。
全員が知りたくない訳じゃなかった。
だが、誰に聞いても分からないばかりか、寧ろ知らないと言われるだけで肝心の知ってるハロルドは研究で自室に立て籠もり話が出来ず、リトラーやクレメンテは話すらさせてもらえなかったのだ。
「でも先に言っておくと、あの子が追放処分を選んだとき……笑顔だったのは本当よ。それだけは信じてちょーだい。」
「うん。」
「じゃ、話すわよ。あの子が追放になったキッカケは、貴方たちが知っての通りで攻撃の通らない魔物……あんたたちは〈ホロウ〉って言ってたわね?それがキッカケなのよ。ここ最近になってこの軍事施設の周りを囲う様に魔物が集まってきていたわ。それにここのしたっぱ軍人たちが怯えたりストレスを抱えちゃって。アトワイトが休める時間も少なくなってしまうし、退治に行ったところで誰も攻撃を受け付けないとなると誰も気持ち悪がって行きたがらない。……そして、そのしたっぱ軍人たちの矛先はシャルティエ少佐を攻撃し暴れた罪で牢屋の中にいるあの子に向けられた。」
「そんな……!」
「兄貴たちは必死に説得をしたわ。でも、そんな与太話を誰が信じるというの?ただでさえ自分達は攻撃出来ないのに、あの子だけはよく知りもしない魔物へ攻撃する事が出来てしまった。噂が持ち上がらない訳もなく、兄貴たちはあの子に被害が行くのを食い止める必要があった。そして同時に部下たちに対して、罪を犯した者であるスノウへの処罰を示す必要性もあった。」
「……それで、スノウを……」
「でもよ!?だったら俺達に言ってくれたら少しは説得したのによ!」
「バカじゃないの?あんた達みたいな部外者を誰が信じるのよ。それに噂はその先を行ってしまい、あんたたちがあの子の仲間だと噂されるようにもなった訳。ここまで言えばなんとなく分かるっしょ?」
「そうなればハロルド工作員である僕達にも矛先が向き、ハロルドも疑われる。上層部の信用はガタ落ち。……そんな所だろう?」
「えぇ、そうよ。」
告げられる真実は意外にも残酷で、ジューダスや修羅以外は下を向く結果となってしまった。
しかし話はまだ終わりじゃない。
「そこで私は提案したの。攻撃が出来ない魔物を攻撃出来るようになればあの子の疑いは晴れる。だからあの子を研究させてちょうだい、ってね。」
この時、ハロルドは既にスノウと仲が良かった。
そして友達としても、研究対象としても見ていたハロルドだが……彼女が研究以外のものに対しては子供じみているのは知っての通り。
スノウを友達として見ていたことに、ハロルド自身は気付いていなかった。
ただ居心地の良い研究対象とでも思っていたのだ。
それでもスノウを助けたい、と思うには時間が掛からなかった。
「追放処分という名の遠征を行うことを兄貴とクレメンテは許してくれた。勿論、部下たちへの説明には一切そんな事言わなかったけど。」
「でも、やっぱり追放する必要があったのね?」
「最初、別の軍事施設に移送する話があったのよ。でもそこでも同じ様にパニックに陥ったら……となってね。」
「……軍のやりそうな事だ。」
「仕方ないといえば聞こえは悪いけど、それ以外の処分を私達は思い付かなかった。そして、私達はスノウの元へ訪れた。」
続きを語るハロルドは画面にスノウを映しながら話しだした。
「兄貴はあの子に話したの。でも賢いあの子には全てが見え見えだったみたいね。すぐに軍のなんたるかを理解して追放されると分かっていたみたい。」
「……っ、あいつ……朝には何も言ってなかったのに……!」
「そりゃそうよ。だってその時に全部話してるんだから。だからこそ、兄貴はあの子に問い質した。“君はどうしたい?”ってね。……ま、残酷な話ではあるけどねー。だって追放を理解しているあの子に、どうしたいかなんて……ねぇ?」
修羅がグッと拳を作り、唇を噛む。
それを海琉が眉根を下げてそっと修羅の服を掴んでいた。
「……あの子は賢すぎたのよ。あの子がもしここに居たい、あんた達と居たいなんて言うものならきっと兄貴は渋々あんた達にも追放処分を下していた。……でも、それは未来から来たあんた達にとっては不利益なことでしょ?だからあの子は自分だけの追放を望んだ。」
「あのバカッ……!」
ロニが壁に拳を打ち付ける。
カイルも複雑そうな顔でそれを見ていた。
「……アトワイトさんが言ってた、スノウがまだ完治してないって話は本当?」
「それは知らないわよ?アトワイトの管轄だしー?でもあのアトワイトが気にするって事は相当だったんでしょーね。スノウを気に入ってるって言っても彼女も一軍人だし、誰かを贔屓にすることはないはずだから結果そーなんじゃない?」
「そう……なのね……。」
「ちょっとー、じめじめしてるんだけどー?私言わなかった?あの子は笑顔で追放処分を受け入れたって。」
「そこなんだよなー……?なんでアイツ、追放処分を笑って受け入れたんだよ。」
「ま、賢すぎるが故に自分のやるべき事が分かってたって事よ。私達からすれば感謝の極みだわ。あんた達にあげたそれ――」
そう言ってハロルドはカイル達が持っている武器を指差す。
「それはあの子が頑張ってくれた血と汗と涙の結晶よ。血と涙は流してないけどねー。」
「流してないんかい!」
スノウがハロルドの研究を手伝ったお陰でその武器が出来たのだ。
〈ホロウ〉に対して攻撃出来るようになる武器を───
「その武器に用いる鉱石はモルガナ鉱石って言うんだけど、それってとっっっても希少なんだからねー?スノウが居なかったら苦戦必須の代物ってわけ!!大切に扱いなさいよー?」
ハロルドがスノウの戦い方を研究し、そしてこのモルガナ鉱石まで辿り着いた。
マナを存分に含んでいるモルガナ鉱石だからこそ、〈ホロウ〉に対しての有効打となることを皆に説明した。
「これに……マナが……。」
「そーよ?あの子がいうにはマナっていうやつが多く含まれる原石なのよ。モルガナ鉱石ってのはねー。今までは使う価値の無い石ころだと言われてきたこれも、今じゃあ一億レンズの値打ちがある訳。」
「い、一億っ?!ね、ねぇ、ロニ!一億ってすごいの?!」
「バッカ!あたりめぇだろーが!!一億レンズがありゃあ、家も城も買えるぞ!!」
「すっげーーー!!」
「はいはい。バカにも分かったところで話の続きをするわよー。」
興奮冷めやらぬカイル達を横目にハロルドが再び話し始める。
それと同時に壁に照射されたスノウの映像は、スノウの腰にある剣を拡大させた。
「……!」
「これが何か分かるかしらん?」
「あれ?これってジューダスが持ってたシャルティエじゃない?」
「お前、スノウに預けてたのか……って、そんな訳ねーよな?だってあいつ、牢屋の中にぶち込まれてたんだからよ?武器なんて置いておけるわけねーしなぁ?」
「私が託したのよ。」
「「「へ?/は?」」」
目を点にして全員がハロルドを見る。
しかしハロルドはその視線を気にすることなく話し始めた。
「あのシャルティエはソーディアンにとって大事な部分であるコアクリスタルが傷付いていないにも関わらずぶっ壊れてたのよ。それこそ話も出来なくなるくらいにねー?全く……相当後の未来に壊れるなんて、ハロルド・ベルセリオスの名が廃るわ……!!」
「「「……」」」
別の事で憤慨するハロルドにカイル達はそれぞれ反応を示す。
呆れ返る人やジト目で見遣る人、不思議そうな顔をする者と様々だった。
「要するに何が原因だったんだ?」
修羅が話を元に戻すように、ハロルドへと声を掛けた。
悔しそうに地団駄を踏んでいたハロルドは、再び映像に映し出されたシャルティエを見て話し始めた。
「コアクリスタルってのは、ただのクリスタルの結晶でも、レンズの塊でもないわ。」
「レンズじゃないのか?」
「その解答は、合ってるようで合ってないわねー?コアクリスタル単体でソーディアンってのは出来てないのよ。コアクリスタルに覆われるように中にユニットを組み込んでるの。だからソーディアンにとってコアクリスタルは命であり頭脳でもあるわけ。分かったー?」
「そりゃ、いいけど……。なんでスノウなんだ?」
「それを今から言うんでしょーが!」
「お、おう……。」
怒り心頭のハロルドに僅かに後ろに下がったロニ。
ナナリーが隣でやれやれと肩を竦めさせていた。
「まずソーディアンってのはレクス理論ってのを使っていて――――」
「待て待て……!俺達にそんな理論がうんたらかんたら説明しても分かんねーよ!」
「……ま、そーよね。スノウは大人しく聞いていたけど、あんた達はそーよねー。ま、いいわ。簡単に言っちゃうとー、ユニットは対象者の周辺にあるレンズに反応して対象者に晶術を施すの。そのエネルギーの源が、あのシャルティエのユニットに欠けている事が分かったわ。そして、この世界の何処かにあると言われるエネルギーに満ち溢れる泉……。そこにシャルティエを持って行って欲しいってあの子にお願いをしたわけ。」
「ちょ、ちょっと待っておくれ……!それって、そんな噂程度のものを信じてスノウは探してるって事かい?!」
「そーよ?」
途端に静寂が訪れる。
噂を信じるスノウもスノウだが、それをハロルドも信じているという事が信じられなかったからだ。
いやになんとかの理論だ、なんとか現象だと科学的な事しか信じないハロルドが、根も葉もない噂を信じるというのはカイル達にとって衝撃的だった。
「ま、その反応が普通よねー?」
「おいおい……大丈夫なのかよ……?」
「あの子は私がそう言うとこう言ってたわよ?“火のないところに煙は立たぬ”ってね!……私を、信じてくれるって。」
「「「!!」」」
仲間の事を信じるスノウ。
それが分かっているからカイル達は驚いたのだ。
そしてそれが妙に嬉しく感じたのだ。
「凄いわ、あの子。私を信じるばかりか、あのシャルティエを絶対に直すって意気込んでいたのよ。だからあの子にとっても追放処分は利害の一致をしていた、ということよ。これが、あの子の追放処分についての全容よ。」
全てを聞いた仲間達はお互いを見ると大きく頷いた。
そしてハロルドはそんな皆を見て、今しがた止めた映像の続きを再生させた。
……
…………
……………………
「そう、問題。……ソーディアンはユニットで動いているってハロルドは話してた。」
「すげー……、あいつ、理解してやがる……。」
「静かにしてちょーだい!」
「へいへい……」
「その原動力がレンズエネルギーだとハロルドは言っていたけど、果たしてそれだけだろうか?」
「??」
「もしユニットが頭脳だとして、周りを覆うコアクリスタルがレンズに反応出来る物質なのだとしたら…。…………このユニットに必要な、充填させないといけないエネルギーってのは、何だ……?」
それを聞いた瞬間、ハロルドが「あー!」と手を叩いた。
周りはその大きな声に驚いた様に後退した。
「なんだよ!いきなり声出しやがって……!」
「あの子に説明するの忘れてたわ!」
「「「「はぁ?!」」」」
そこが重要だろ、という皆の顔を見たハロルドは、プクーと頬を膨らませた。
誰だって間違いはある、と言いたいのだろうことがその顔から窺えた。
「……エネルギー。別のエネルギーだとして……そのエネルギーは一体何物なんだ?それをハロルドから聞くのを忘れていてね?それで失敗したと思ったんだよ。」
こっちを見て、「ふふ」と笑ったスノウは先ほどとは違い、スッキリした顔をしていた。
「やっぱり誰かに話をするってのは大事だね。少しスッキリしたよ。」
そう言って立ち上がったスノウは、遠くを見つめ笑顔をみせた。
「何処かにあるかも分からない、膨大なエネルギーを有している泉……。絶対に見つけてみせる。そして彼を直さないとね?」
腰にあるシャルティエに触れたスノウは、先程と違い、柔和な笑顔を見せてシャルティエを見ていた。
「皆との約束までには……絶対に直さないと。」
空を見上げたスノウをずっと映像は映し出していた。
どうやら映像はここで止まってしまったようだ。
「さ、次に作るものが出来たわ!研究の邪魔だから、ほら出てって!」
さも終わりだとでも言うようにハロルドがカイル達を追い出す。
そしてニヤリと笑いを浮かべた。
ハロルドの視線の先……そこには、新たなロボットが出来上がりつつあったのだった。