カイル達との旅、そして海底洞窟で救ったリオンの友達として彼の前に現れた貴女のお名前は…?
Never Ending Nightmare.ーshort storyー(第一章編)
Name change.
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「神は全てを見ています。故に、神に祈りを捧げなさい…。」
「……。」
両手を胸の前に固定し、祈る様に両手を合わせたシスターが優しい声で話す。
その言葉は教会の中で優しく響き、参拝者の耳に優しく届いていた。
参拝に来た誰もがそれを聞いて目を閉じ、祈りを捧げる。
そんな神秘的な光景がこの場には広がっていた。
「(……一体僕達はいつまでここに居ればいいんだ。)」
ジューダスが神父の格好をしながら教会の奥の方で経典を持ち、それはそれは神父らしく突っ立っていた。
その横では神へと祈りを込める、シスター姿のスノウがいる。
そう、何故彼らがこんな事をしているかと言うと、事の発端は3日前くらいに遡る__
__3日前、教会内。
とある町を訪ねていた私達は、何でも知っているという教会の神父を頼る事にしていた。
この町の近くでは魔物やら何やら物騒な話があり、カイルが自ら魔物退治をすると立候補したからだ。
そしてその物知りな教会の神父から話を聞こうとした矢先、教会内のとっっっても高そうなツボをカイルが割った事により、弁償として暫く教会で働く事に…。
勿論、例の魔物はジューダスと私で先に片付けた。
だが、それでも教会のとっっっても高そうなツボの弁償には至らなかったみたいで、こうなっているという訳だ。
因みに内訳として、ロニは薪割り係。
カイルとリアラは教会に来る子供達の世話係。
ナナリーは無論、炊事係だし…子供達の相手が苦手なジューダスは神父の代わりを務め、その補助として私がシスターとして働く事になったのだ。
え?
その元々居た神父は何をしてるかだって?
それが…ツボを全部直すまで部屋に篭もると言って籠ったまんまなのだ。
何かにつけて私たちに仕事を振るものだから困っている。
まぁ、カイルやリアラも楽しそうで、ナナリーやロニも何だかんだ充実しているようだ。
問題は……彼だけだが。
「……。」
寡黙な神父というのも中々居ないと思うが、神父姿の彼はずっと口を噤んだまま立っている。
悩める迷い人が彼の元に来るとそのまま悩める迷い人と共に懺悔室に入り、懺悔を聞いているようであるが退屈そうである。
寡黙を売りにしているのか、お祈りの時間が来ても彼はずっと寡黙でいらっしゃるので、私がああやって神父の真似事をしているのだ。
……シスターがするべき事なのだろうか、とも思うが。
「では、今日のお祈りの時間はここまでです。気を付けてお帰り下さいね。」
つい先日までやっていた“考古学者のスノウ”の様に高めの声でそう話せば、参拝者は今日も終わったと重い腰を上げ教会を去っていく。
それに伴い、元気な子供たちは遊んでもらおうと必死にカイルやリアラの元へと走っていった。
「シスター!これあげる!」
「ん?何でしょうか?」
まだまだ年端も行かぬ女の子が私に近付くと、手に持っていた花を渡してくれる。
それに笑顔で応え、頭を撫でてあげると嬉しそうに駆け去っていった。
「……カーネーション、か…。綺麗だね?」
口元にカーネーションを寄せ、その香りを堪能していると、彼がじっとこっちを見ているのに気付いた。
それに首を傾げ見遣ったが、向こうも首を横に振り「何でもない」と言った為、視線をカーネーションへと戻す。
ピンクの可愛らしいカーネーションだ。
「そう言えば、もうすぐこの町ではフラワーフェスティバルなるものが開催されるらしいよ?」
「フラワーフェスティバル?」
「何でも、花で気持ちを伝えるイベントらしい。…素敵だね?直接言えぬ気持ちを花に託して、相手へとその気持ちを伝える……。ロマンチックだと思わないかい?レディ。」
「今は神父だ。」
「そうでしたね?神父様?」
くすりと私が笑えば、彼の眉間に徐々にシワが寄っていくので肩を竦めた。
だがそんな彼の元へまた1人、悩める迷い人が歩み寄っていたので彼から視線を外す。
そしてシスターらしく姿勢をただし、教会内の清掃に励む。
横目でちらりと彼と悩める迷い人が懺悔室に入っていくのを確認して、そっと息を吐く。
「…フラワーフェスティバル、か…。」
密やかな想いを花に託し、気持ちを伝える行事…フラワーフェスティバル。
この町ならではのイベントである。
こんな状況じゃなかったら楽しめていたのに残念だ、と溜息を零していると私のすぐ横を誰かが通る。
いや、横を通るかと思ったがどうやら私に用事があるようだ。
「どうかされましたか?」
「えっと、その……。…これっ!」
男の人が後ろ手に隠していた何かをサッと前に出す。
それは赤い薔薇の花束だった。
思わずそれを受けとってしまったが、貰い物をするなどシスターとして駄目だ、と慌てて返そうとしたのだが、男の人はフルフルと首を横に振った。
「受け取ってください!…日頃のお礼として…」
「?? 私は3日前にここに配属になったばかりですが…?」
「あ、その…。でも、貰って欲しいんです…!」
「?? そうですか…。では、有難く頂戴致しますね?」
「は、はいっ!」
嬉しそうに男性が笑顔になったので、私も笑顔で返しておく。
やはり喜ばれるのは嬉しいものだ、と別のことを考えていると男の人は何か用事でもあったのか慌てて教会を飛び出していった。
それにハテナを浮かべ見送ると、丁度彼も懺悔が終わったようで懺悔室から出てきていた。
「お疲れ様です。神父様。」
「あぁ…。疲れた──」
彼が至極面倒そうに話していたが、途中で言葉が切れてしまう。
そして私の持っている薔薇の花束を見て、目を丸くしていた。
「その花束はどうした。」
「あぁ、この花束は貰ったのです。貰ってくださいって何度も言ってくださったので頂戴したんです。」
「……。」
彼の眉間のシワが余計に酷くなり、苦笑いを零す。
私が敬語だから気に食わないのか、それとも頂き物を貰ってしまったことか、とにかく彼の機嫌に関わる事だったらしい。
私はそれを見なかったことにして、そのまま近くの花瓶へと寄り、薔薇を1つずつ綺麗に刺していく。
これで一気に教会内が華やかになったな、と少しだけ心が軽くなった。
「(赤い薔薇の花言葉は…愛情、だったはずだ…。一体誰が彼女にそんな花束を…?)」
『坊ちゃん、マズイですよ…。バラの花言葉って、確か……“愛してます”じゃなかったですっけ?』
「……。」
何やらシャルティエと話しているようで、彼の口元が動いているのが遠目で分かった。
先程来られた人の懺悔の話だろうか。
どうやら難しい話でもされたのだろう、と見当つけ最後の薔薇の花を花瓶に刺し終える。
教会内に薔薇の花とは、俗物っぽいが貰い物なのだから仕方ない。
もし他人に聞かれても貰い物と答えておこう、と私は掃除を再開させた。
『……全然気にしてませんね…、スノウ…。』
「……あいつがあの有名な薔薇の花言葉を知らないとは考えにくいが…。」
『でもスノウってば、恋愛ごとには疎いですから…』
「……あぁ。そうだったな……。」
サラサラと掃いていると、彼からじっと視線を貰ったので笑顔で手を振っておいた。
そしたら向こうもタジタジと手を振り返してくれたので、嬉しくて思わずはにかんでしまった。
「っ、」
『スノウってば……罪な女ですね…?』
「(手を振り返しただけで、あんなに嬉しそうに返してくれる…。だからこそ、気になる…。どんな男から貰ったのか、と……)」
何だか悲しそうな顔をしている彼を見て、私は目を丸くした。
何故そんなにも悲しそうな顔をしたのだろう。
気にはなったが、仕事の途中なので今度は外へと掃き掃除に出ようとした時だった。
ザアアアァァァァァ…
急に雨に降られ、教会から外へ出ようとしていた私は足止めを食らう。
これでは外の掃き掃除はやめた方が良さそうだ。
「雨になったな。」
『スノウ。掃き掃除はやめておいた方が良いですよ?濡れて風邪を引いたら大変ですから。』
いつの間に近くにいたのか、ジューダスが空を見上げそう話す。
シャルティエも心配そうにそう言ってくれたので、外に出ないことを伝えておいた。
今日は彼の心もだが、空も雨模様のようだった。
___翌日。
昨日降り始めた雨は一向に止まないようで、外仕事だったロニはナナリーの言い付けで買い物へと出掛けていった。
他の皆はそれぞれの仕事へと戻り、仕事を順調にこなしていく。
そして今日も彼は悩める迷い人の懺悔を聞きに、何度も懺悔室へと出向いていた。
そんな時、昨日と同じ人物が私の近くに寄ってきて、そしてまた昨日と同じく薔薇の花束を渡されてしまった。
「いけません…。シスターともあろう者が、こんなにも物を頂く行為をするのは…」
「いえ…!それは私が勝手にシスターに良かれと思って渡しているんです!だから、どうかその花束を受け取ってください!」
決して悪そうな人ではなさそうであるが、こんなにも毎日頂き物をすると流石に悪い気がして、良心の呵責を感じる。
困った顔で薔薇の花束を見つめるが、あまりにもこの男性が言い寄ってくるので渋々受け取る事に。
それにしても綺麗な薔薇である。
ここら辺で花を売っている場所でもあるのだろう。
なんてったって、フラワーフェスティバルが近いのだから。
ロニも今頃雨の中買い物に勤しんでいるが、何ヶ所か花屋を見つけていることだろうな…。
「…ありがとうございます。」
「はいっ…!」
嬉しそうに反応を返してくれる男性に困った顔をしながらも、その花束から香ってくる薔薇の香りで少しだけ頬が緩んだ。
花に罪は無い。
折角だから受け取ってこの教会に飾ろう。
そのまま男性は一言二言言ったと思ったら、またしても慌てて出て行ってしまった。
あまりにも慌ただしい出来事にはぁ、と息を吐けば丁度彼も懺悔室から出てくる。
そして私の持っている花束を見てまたしても眉間に皺を寄せていた。
「……またか。」
「悪いので良いです、と言ったんですけど…。相手もどうしても、と仰られて。」
『うーん…。この花束を渡してくる男性ってどんな相手なんですか?』
「?? 私、男性なんて言いましたっけ?」
『え?!女性からですか?!』
「……。」
瞬間、彼の顔が侮蔑を滲ませて私を見た。
いかにも、また女を誑かしたのか、という顔である。
とても心外であるが、困った顔で笑えば彼はさも興味を失ったのかの様に、さっさと持ち場へと戻っていってしまった。
なんて正直な人だ。
「ま、そこが彼のいい所ではあるんだけどね?」
ふとそう零して肩を竦める。
そして今日もまた綺麗な薔薇の花を花瓶に一つ一つ刺していくのだった。
___翌日。
「神は全てを見ています。故に、神に祈りを捧げましょう。さすれば神は私達に加護を与えてくださることでしょう。」
「……。」
今日も今日とてお祈りの時間がやってきた。
このお祈りの後、彼が懺悔室へと向かうと決まってやってくるのが薔薇の花束を渡してくる男性である。
流石に今日はないだろうと雨降る外を見て憂いていると、彼から何やら不審な眼差しを貰ったので慌てて目を閉じて祈りを捧げる。
こんな時に別のことを考えるなどシスター失格である。
……いや、正確にはシスターではないので良いのだろうが。
しかし今は一応仮にもシスターという仕事に従事しているので、やるべき事はやらなければ。
「では、本日のお祈りの時間は終わりです。気を付けてお帰り下さいね。」
それでも、雨ということもあってか分からないが、いつものお決まり文句も今ではただただ憂鬱だ。
何なら彼にここに居て欲しいくらいだ。
「……はぁ…。」
「??」
あの男性はいつ頃来るのだろう。
今日こそ受け取らないようにしなければ。
そう意気込んで教会内の掃き掃除を始めた時、懺悔室へ入っていく彼を横目で確認した。
……どうやら時は来てしまったようだ。
ガチャと無情な音を響かせ閉じられた懺悔室の扉。
そして……
「シスター。」
「…はい。」
「今日も受け取ってください…!」
バッと花束を渡され、今日は箒を握り締めるだけにする。
今日こそは貰わない。絶対に…!
「……いえ。やはり悪いので頂けません。」
「そこをなんとか…!」
「…せめて神父様にお目通りしてからにして貰えませんか?毎回貰ってばかりなのも悪いので。」
「いえ…!そこまでは…。これは、ワガママな僕の好意なんです!」
「……それに頂き物をして返さないなど、お仕えする神にどうお伝えすれば…。」
よよよ、と泣く真似をすれば男性は困った顔で慌て始めるのが分かった。
アワアワとしている男性を横目に未だ泣く真似を続けると、漸く彼も懺悔が終わったようで扉の音が聞こえてきた。
良かった、これで少しは罪悪感も……
「あ、あの…!すみませんっ!」
「え──」
男性は私の腕を掴むと荒々しく外へと走り出す。
箒を落とした音がやけに大きく教会内に響き、ジューダスが何事だとばかりにそちらへと顔を向ける。
すると嫌がるスノウの腕を掴み、強制的に外へと連れ出そうとする男がいるでは無いか。
「は、離して…!!」
その上、その男が持っているのは例の薔薇の花束である。
『ぼ、坊ちゃん!!例の花束ですよ?!持っているのは男じゃないですか!?』
「っ、」
慌てて彼女の元へと向かおうとしたが、それよりも先に男性の膂力が勝ってしまったようで彼女が外へと連れ出されてしまった。
教会の扉を蹴破る勢いで外へ出れば、こんな激しい雨の中、道の端へと連れて行かれる彼女の姿。
慌ててその後を追いかけ、男の腕を掴みあげると「いててて!!」と悲鳴を上げ、彼女から漸く手を離した。
「っ神父、さま…!」
「貴様、何をしている。うちのシスターを誑かさないでもらおうか。」
「いたたたたたっ!!!す、すみませんっ!お許しを!!」
えらく弱そうな男に顔を顰め、手を離してやると転び、泥水を被りながら慌てて逃げていった。
何であんな気の弱そうな男に腕を掴まれてたのか不思議なくらいである。
酷く静かな彼女をちらりと窺うとその顔は呆然としており、無意識なのか掴まれていた左腕を押さえていた。
「……大丈夫か?痛む、のか?」
なるべく優しく声を掛け、彼女の腕を見ようと手を取ると既に冷たくなっている彼女の身体。
あまりの冷たさに目を見張り、僕は慌てて彼女の体を温めようと抱き締めた。
すると漸く気付いたかのように彼女が潜めていた息を吐き出す。
「ぁ…。ジューダス…。」
「……。」
そのまま強く抱き締めれば、彼女は震える冷たい手で僕の背中にそっと手を回した。
……まずい。このままでは彼女が風邪を引いてしまう。
降りしきる雨の中、彼女の肩を抱きながら教会へと歩き出す。
頼りない足取りで彼女も歩き出したのを確認すると視界の端に赤い薔薇の花束が落ちているのを視認した。
今や見たくもないその色に僕は侮蔑や憎悪の色を滲ませ捨て置いた。
「(帰ったら花瓶にあるあの薔薇も捨てないと、な…。)」
俯く彼女を心配しつつも教会へ戻り、彼女に着替えを促した。
このままでは風邪を引くから、と話すと彼女は幾らか良くなった足取りで奥へと戻っていった。
それを僕は腕を組み、心配そうに見つめた。
『……スノウ、大丈夫ですかね…?あんな彼女、初めて見ました…。』
「……そうだな。僕も記憶にないな。」
いつも余裕そうな顔でいる彼女。
考古学者として変装している時は敬語で高めの声を出し優しそうにしていたが、モネだとバレてからはああやってまたモネの様に余裕そうでいたのに。
「……明日からは気を付けなければ、な。」
『坊ちゃんが決まって懺悔室に入るのを見越したかのような犯行ですよね!!…今日ずっとスノウの様子もおかしかったですし…。きっとこの事だったのかもしれませんね。』
「ずっと溜息をついていたからな。もう少し早く気付いてやるべきだった。」
流石に濡れたままでいたからか、体が無意識にブルっと震える。
風邪を引いては元も子もないと、僕も奥の方へと引っ込み着替えることにした。
……例の薔薇の処理は後回しだ。
着替え終わり教会内に戻ると、彼も着替え終わったのか丁度扉近くで出会す。
目を瞬かせ、さっきのお礼を伝えようとしたが彼は訝しげな表情を浮かべ私の頬に手を置いた。
「……寒いのだろう?」
「え、」
確かに寒い。
だけど、あの雨の中の寒さよりは大分マシである。
私が頷くよりも前に彼は靴音を響かせ何処かへと消えると、その手には毛布を持って出てきたので目を再び瞬かせる。
優しく手を取られ、教会内の長椅子に座らせられ、その上毛布まで掛けてくれた彼に困っていると徐ろに溜息を吐かれた。
「今日はそれを被って大人しくしていろ。」
「え、でも…」
「“でも”じゃない。お前気付いてないかもしれないが、低体温症気味だぞ。」
そして私の左腕の服の袖を捲りあげ腕を観察する彼に漸く気付いたが、そこには強く握られた痕があった。
顔を顰めさせた彼は再び靴音を響かせ何処かへと消える。
そして包帯や何やら塗り薬を持って帰ってきたではないか。
その後は慣れた手つきでテキパキと私の腕を処置して、そこへ包帯を巻かれ、キュッと最後に縛った。
暫くそれを見ていると彼は処置セットを戻しにまた歩き出しかけたので、お礼を言った。
「…ありがとう。ジューダス。」
「……早く治せ。」
ちらりと私を振り返った彼の眼差しは優しくて、擽ったい気持ちにさせられる。
何とも言えぬむず痒さに笑いを零せば、彼も目を細めてそのまま奥へと消えていった。
「…温かい……。」
彼がくれた毛布も、左腕に巻かれた包帯も、心もどんどん暖かくなっていく。
ようやく体が温かさを思い出した様に、じんわりと徐々に温まっていく。
さっきまであんなにも芯まで冷えきっていたというのに。
「……。」
思わず目を閉じてしまうくらい暖かく、微睡んでしまいそうだ。
いけないと分かっていながら、それでも少しだけと目を閉じていると、頬に熱い物が当てられ驚いて目を開ける。
そこには温かい飲み物を持って現れた彼の姿があった。
既に自分のやつに口をつけ、こちらにもう1つ渡してくれていたのでそれを受け取り、手を温める。
ほう、と息を吐くと彼が隣に座りまた一口飲み物をすすっていた。
それを横目に私も暖かい飲み物に口を付けると、それはどうやら甘い紅茶のようで中からじんわりと温まっていく。
「美味しいよ…。この紅茶。」
「まぁ、そうだろうな。ここにある紅茶は誰もが知る名高い名家の紅茶ばかりだったからな。」
「流石、前世からの紅茶好きだね?」
「ふん。」
鼻で笑い、それでもその口元は弧を描いていたのでくすりと笑い、紅茶を口に入れる。
飲み干すのが名残惜しくなるくらい美味しかった紅茶を飲んでしまうと、それを見計らったかのように彼の手が伸びてきてカップを攫っていく。
何も言わず不器用な彼だけど、その優しさに私は甘える事にした。
「ありがとう?」
「……さっきの男の事だが…。」
「ん?あぁ、あの人か。毎日毎日、雨が降る中ご苦労な事だね?」
「お前…薔薇の花言葉くらい知っているだろう?」
「ん?」
薔薇の花言葉といえば割と有名で、確か“愛情”だったはずだが…。
「“愛情”とか、愛の言葉を囁くやつだね?」
「そこまで言って何故気付かない。」
はぁ、と大きく溜息を吐いた彼に首を捻らせる。
彼はそれを見て、またしてもこちらに見せつけるかのように大溜息を吐くので更に首を捻らせた。
薔薇とその花言葉が何の関係が…?
『……重症ですね…。』
「大馬鹿者だな。」
「?????」
『スノウ。あの人はスノウに気があるんですよ。』
「えぇ…?いやまさか…。」
『現にさっき連れ去られてましたよね?』
「うーん…?」
『それほど、あの相手方はスノウに気があったんだと思います。じゃなかったらあんな気の弱そうな男が急に強硬手段に出ませんって!!』
「こんな私を?結構な物好きだね?」
『「はぁ…。」』
2人して同時に溜息を吐くので目を瞬かせると、ジューダスはカップを持って奥を引っ込んでしまった。
先程の言葉を暫く反復させるが、こんな私を好きになる人なんて早々居ないと思う。
そうだとすれば、かなりの物好きか……狂ったやつか…。
「んー…?」
「まだ悩んでるのか…こいつは…。」
『ともかく!!スノウ、あの人に会ったらすぐ逃げてくださいよ?!あの人、気が弱そうに見えてスノウを連れ去るなんて大胆な事をしてますからね!?』
「シャルの言う通りだ。あいつを見たら逃げた方がいい。何処に連れ込まれるか分からんぞ。」
「そうするよ。こうなると、彼の前では猫の皮を被るのも止めておこうかな。それで少しは遠ざかってくれればいいけどね?」
「……アテにしない方がいい。」
『断然!逃げる方一択です!!っていうか、あの人坊ちゃんが懺悔室に入ると見計らったように出てくるじゃないですか!!』
「知ってたのか。」
「毎回毎回、そのパターンだったからな。……流石に今日のには驚いたが…。」
そう言うとジューダスは花瓶の中の薔薇を取り、手折ってしまう。
それに目を見張ったが、次々と薔薇が手折られて行き、彼のその行為が止むことはない。
慌てて止めようとしたが、彼はそんな私を見て鼻で笑い一気に花を潰してしまった。
そしてバラを潰した事で茎にあった棘が刺さってしまったのか、彼の手から血が流れて行くのが見え私は立ち上がると彼の手を優しく包んだ。
「__キュア。」
「あぁ。すまないな。」
まるでそれは赤い薔薇が痛いと血を流しているようで、彼の手の怪我と相まって複雑な顔をしていると彼はその薔薇を何処かへと持って行ってしまった。
残されたのは以前から生けてあった花だけ。
花に罪は無いけれど、
それが__少しだけ安心した。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。
___そのまた翌日。
祈りの時間がやってきてしまい、思わず吐いてしまう溜息。
流石にジューダスもその溜息の意味を知ってからは心配そうにスノウを見ていた。
「いいか?僕が懺悔室に入ったらすぐにこの机の下に隠れるんだ。…いいな?」
何度も確認されたそれに過保護過ぎだろう、と笑ったのだが、何しろジューダスもシャルティエも真剣な顔で約束を取り付けるものだからこちらも「はい」としか言いようがない。
晴れになった空を見つめ、私はようやく頷いた。
「神は全てを見ています。故に、神に祈りを捧げましょう。さすれば神は私達に加護を与えてくださることでしょう。」
こうして今日も祈りの時間を何事もなく過ごしていく。
そして終わりの掛け声の後、皆はそれぞれ町へと戻っていき、とある者は懺悔をしに神父を頼る。
懺悔室へ入る前にこちらを見て大きく頷いた彼に、私も同じく大きく頷き、神父の立つ前に設置されている机の下に身を滑らせた。
念の為、サーチも使い男性の居場所を把握する。
ガチャリと懺悔室の無情な扉の音が響けば、教会の入口の扉が開かれる。
「……シスター?」
「…!」
やはり今日も来たようだ。
探しているのか右往左往する靴音が聞こえ、探知上でも教会内を右往左往としているのが手に取るように分かる。
息を殺し、しばらく机の下で身を潜めていたが居ないと思ったのか、それとも諦めたのか、扉の向こうに戻っていく男性にほっと息をついた。
そして丁度彼も懺悔を聞き終え、懺悔室から教会内へと戻ってきた。
コツコツと靴音が響き、机の近くまで来ると私のいる机の下を確認しホッと息を吐いていた。
「居たか。」
「どうも、すぐに諦めていったよ。」
『昨日あんな事しておいてまた来るのもどうかと思いますけど~?』
「ははっ。確かにね?」
机の下から出ると丁度教会の扉が開き、顔なじみの常連さんがこっちを見て手招きしていた。
「シスター!ちょっと頼みたい事があるんだが!」
「はい。今行きますね?」
そう言って扉を閉めた常連さんに従い、外に出ようとするとジューダスが私の右手を取り引き止める。
「……もし、何かあったら大声で助けを呼べ。」
「何も無いことを祈りたいけどね?」
「一応、念の為だ。」
「分かった。私がせめて叫ぶのは、可愛い悲鳴になる事を祈るよ。」
『本当に気を付けてくださいね?!』
笑顔でそれに応え、常連さんのいる外へと出掛けると教会の庭の方に案内され首を傾げる。
庭に何かあっただろうか?
「シスターを呼んでるやつが居たんだよ。必死そうだったからシスターを呼んだんだが…」
「……え?」
常連さんが指す方向には、例の薔薇の花束を持った男性がいた。
あ、これマズイかも…。
咄嗟に顔に出そうになったが、常連さんには笑顔でお礼を伝え別れる。
そして薔薇の男性の前へ現れると急に両肩を掴まれた。
「……シスター…!分かってるんだ。君が…神の御使いだから、僕の花束を受け取ってくれないってこと…!十分に分かってるつもりなんだ…!でも僕は諦めきれないっ…!だから…!」
怖いほどに指に力を入れ、私の肩に食い込む程力を入れた男性に顔を歪ませる。
「___一緒に逃げよう。」
「は?」
男は私の両手を握ると遠慮なく何処かへ連れていこうとする。
それに慌てて地面に足をつき踏ん張ろうとしたが、昨日までの大雨で地面がぬかるんでしまっていて力を入れても、これでは暖簾に腕押し状態だ。
ズルズルと引きずられるように連れて行かれ、慌てて私は声を張り上げる。
「っ! 神父様っ!!!助けて下さいっ!!!」
教会の入口とは反対の場所には用意周到な事に、馬車が来ていた。
もしかしてそれに私を乗せようとしている?
いやいやいや、嘘だろう?
そこまでする?!
それでも抗いたくて地面へ踏ん張ってみるも、ぬかるんだ地面ではなんの効果も持たない。
こうなったら魔法でも使って男性を気絶させるか?
と、そんな物騒な発想に思い当たった瞬間。
「スノウっ!!!」
あの頼りになる神父様がやってきてくれたのだ。
しかもかなりいいタイミングで!
馬車に乗せられかけていた私だったが、神父様が教会から飛び出してきたのだ。
それに慌てた男性は何を思ったのか、私の肩を掴むと鳩尾に拳を入れた。
咄嗟の事で避けるという動作を行っていなかった私はそのまま男性に倒れ込むようにして気絶してしまったようだった。