Never ending Nightmare.(第二章編SS)
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Halloween記念作品2024
今年もこの時期がやってきた。
そう、秋にやる慰霊祭と収穫祭を兼ね備えた“アレ”である。
「……今年は難しそうだなぁ…?」
いつもはカイル達とやっていたその行事も、今年は集まれそうにもない。
カイル達は今や、〈赤眼の蜘蛛〉の遊撃隊として各地を飛びまわり、情報収集に務める日々だからだ。
自分としても、元の身体を喪ってからこの真紅のドレスを着た可愛いお人形になってしまい、更には活動限界時間まで設定されていると来た。
ハロウィンは夜が本番だと言うのに、この体ではそれも難しいのだろう。
あぁ、去年までのハロウィンが懐かしいや。
「そんなに浮かれるものでも無い、か…。ちゃんと死の大地解放作戦を全うしなくては。」
どうせ、変装できる衣装もないのだ。
スノウは、過去に思いを馳せるのを止めて、今目の前にある問題に向き合うことにした。
さぁ、次は何処の死の大地解放だろう、と────…そう思っていたのだが。
「……え、えっと…?この衣装は…?」
「ふふっ!折角ハロウィンが近いのに何もしないなんて寂しいわよ?スノウ!」
人形仲間でもあるフランチェスカが何やら衣装を持ってやって来たのだ。
どうやら採寸合わせの様だが、まさか数日前に思っていた事が現実に叶うと誰が思うだろうか。
「アーサー様からも許可を得てますわよ?それに外出の許可も出たんですのよ。」
「外出許可?」
「〈赤眼の蜘蛛〉の組織員、というよりも…〈星詠み人〉が作った街の一つでもあるハロウィンの街がありまして!そこで思いっきり羽を伸ばして、楽しんで来いと言われてますの!スノウも一緒に行きますわよ!」
「他には誰が?」
「私とジョシュア、それからスノウとジューダスさんと…〈機械の神〉の御使いさんですわね?」
〈機械の神〉の御使いでもあるルーカス・E・ハイヴには前世からお世話になっている。
今回、スノウがこの体になった際も、他の神の御使いが〈アタラクシア〉殲滅の為の作戦の手伝いをしてくれる事となっている。
その為にルーカスは喜んで(戦闘では逃げるだけだが…)手伝いを申し出てくれた内の一人であった。
「ハロウィンの街…ハロナイトか……。」
「あら?スノウは行った事があったので?」
「うん。以前に一回、ね?不思議なことに巻き込まれたけど、楽しかったよ。仮装もしたしね?」
「[V:8206]そうなんですの?見たかったですわ、スノウの仮装…。」
「でも今年は見れるんだろう?なら、思いっきり楽しまないとね?」
「えぇ!」
持ってきた衣装をスノウに充てがって、嬉しそうにするフランチェスカに、スノウもまた笑みを零していたのだった。
。+゚☆゚+。♪。+゚☆゚+。♪。+゚☆゚+。♪。+゚
『居ませんねぇー…?スノウ。』
『だから、あっちだって言ってるでしょー?』
『そんな説明じゃ分かりませんって…。』
リオンの腰に装着されているソーディアン二振りが賑やかに喋っている。
呆れたり怒ったりと騒がしい奴等だが、一応スノウを捜索はしてくれているらしく、時折スノウの話題を出す。
それを聴きながらリオンもスノウの居場所が分からず、宛もなく彷徨い続ける。
今朝は一緒にいたのにいつの間にか居なくなっていたスノウを心配しないはずがないリオンを、シャルティエも一緒に心配しながら探していたのだった。
ハロルドはスノウの場所を探知出来ているので心配は端からしていない様子。
ハロルドによる不明瞭な案内が続く中、リオンが研究所内を歩いていれば、どこからか探し求めていた人物の声がした気がした。
「────…」
『あれ?どっかから声がしませんか?坊ちゃん。』
「…向こうの方からだな。」
歩いていた道の先から、リオンを呼ぶ声が聞こえてきていた。
それは徐々に鮮明さを帯びてリオン達の耳に届いてくる。
「──…レディー!」
とてとてと人形の姿で走ってくるスノウは、いつもの真紅のドレスで着飾った彼女ではなく、妙な衣装を着た彼女であった。
全身を黒の衣装で染め、ドレスだった裾はズボンとなっていた。
だからか分からないが、彼女の瞳がいつもよりも輝いている気がしたのをリオンは呆然と見つめていた。
「リオーン!Trick or Treat!!」
妙な格好の彼女は、そう言ってリオンの足に抱き着いた。
まるで子供が擦り寄って、甘えてくる様にして抱き着いてきたスノウに、リオンもまたどうしてあげたら正解なのか、と困惑する。
しかし、そこは1000年を生きるソーディアンであり、大人であった。
すぐにスノウの衣装を褒め始める。
『うわぁ!衣装チェンジですね!スノウ!』
「そうなんだよ!ようやくあの華やかな色のドレスから、このズボンという安心感ある衣服に変えることが出来たよ!……まぁ、今日だけっていうのが残念だけどね?」
『え?何で今日だけなんですか?』
「さっきもレディに言ったけど、今日はハロウィンだよ?仮装は今日だけしか着れないんだよ。」
『何の衣装よ?』
「私が前の世界にいた時に流行った、“キョンシー”というキャラクターなんだ。基本的にゾンビのようなもので、ピョンピョンと飛び跳ねて向かってくるのが印象的なんだ。額に御札を貼ると止まるんだけど……人気もあれば、恐れられる存在でもあったんだよね。」
帽子を被り、いつもの金髪のツインテールは三つ編みツインテールへと変わっていた。
全体的に黒という地味で珍しい服装のキョンシーとやらは、リオン達には新鮮みがあり、三人でじっとスノウを見つめていた。
しかし、スノウはリオンの足に抱きついたまま離れようとはしなかった。
それに困ったため息をついたリオンだったが、すぐに足元の彼女を抱き上げ、腕の中に収める。
「その袖は邪魔じゃないのか?」
「これがキョンシーというものだよ。キョンシーの衣装の主流は、手の袖は長い方が多いんだってさ?手を前に出して、ジャンプだけで移動するんだけど、この袖が長い方が迫力もあるし、何だか恐ろしく見えない?」
『それはちょっと…僕には分からないですね…。』
「生きた人間を襲って、動けなくなるまで襲い続ける。それがキョンシー。」
役になりきってるとでもいうのか、スノウはリオンの腕の中から必死に腕を伸ばして、彼の首に手を回す。
ギュッと彼の首を絞めたが、それはリオンからすれば羞恥心を煽られ、顔を真っ赤にしてしまう事案となってしまう。
何故ならば、大好きな彼女の顔がこんなにも自分の顔の近くにあるのだから、羞恥心に耐性のないリオンからすればそれは耐え難い行為でもあった。
もう少しすれば、それこそ………………キスをしてしまいそうなほど…。
「っ///」
「御札を貼らないと、襲っちゃうぞ~~?ついでに、Trick or Treat!」
「スノウっ…/// そ、その…」
いつもなら“阿呆”の一言でもすぐに口に出来るのに、今のリオンはキャパオーバーであった。
顔を真っ赤にさせたリオンは、遂にこれ以上赤くなれないほど顔を真っ赤にさせて沈黙してしまった。
羞恥心も限界を超えたようだ。
「??…おーい、リオン?」
『もうっ!坊ちゃんは純粋なんですから弄ばないでくださいっ!!!』
「えぇ?なんかよく分からないけど、ごめん?」
首に抱き着いていたスノウは、床に降りようと下を見る。
流石に彼も身長が高くなった分、人形の体では些か高く感じてしまう。
風魔法でも使って衝撃を和らげるか?とスノウが飛び降りれば、慌てたリオンがスノウをキャッチして抱き抱える。
ようやく彼も我に返ったようで、その慌てぶりは彼にしては珍しかった。
「ば、馬鹿者!お前の体は壊れやすいと何度説教すれば気が済むっ!?」
「お、戻った。」
反省の色が見えないスノウに再び説教が始まりそうだったが、別の場所からやってきたジョシュアとフランチェスカによって遮られる。
「おはようございます。」
「…………おはよう、ございます…。リオンさん、申し訳ありませんが…すぐに出立のご準備を……。」
「は?今日はなんかあったか?」
「……実は、スノウさんの関節部に欠陥が見つかりまして…。ですが、今ある工場にあるものでは部品も足らないのです…。すぐに治療を行いたいのですが、部品が無ければ意味もなく……そこで、スノウさんを連れて部品を買いに行って、出先で治療させて欲しいのです…。」
「……それなのに、お前はあんな無茶なことをしたのか?」
呆れと怒りの視線を向けられ、スノウが素知らぬ顔で笑う。
大きくため息をついたリオンだったが、「すぐに出れる」とジョシュアに伝えたことによって、四人はスノウの部品購入のために出掛ける事となったのだった。
…
…………
……………………
「……ここです…。」
『あれ?ここって、以前ハロウィンの時に来た街じゃないですか?』
『私は知らないわよー?』
「ハロルドがまだいない時代だったからね。それにしてもよく覚えていたね?シャルティエ。」
季節や日が変わるごとに名前を変える街〈ハロナイト〉。
今はハロウィンの時期ということもあり、街の名前はそれにちなんだものになっているようだった。
行き交う人が以前のように仮装に身を包む中、スノウとフランチェスカだけは仮装もバッチリだった。
「私たち、双子コーデ、と言うやつですわよねー!」
「二人でキョンシーなんて珍しいね?フランチェスカのキョンシーはスカートだけど、とっても似合っているし可愛いよ。」
「スノウがどうしてもズボンだっていうからですわよ?折角スカートの方を用意しましたのに。」
「ズボンの方が動きやすくて良くない?」
「スカートの方が可動域は広いのではなくって?」
そんな話をリオンとジョシュアの腕の中で行われており、肝心の男たちはこの街の部品売り場についてお互いに情報を共有しあっていた。
たまに通り過ぎる食べ物屋にフランチェスカが目を輝かせたり、別の話で盛り上がる中、とうとう目的のお店にたどり着いたようだ。
お互いに人形を抱かずに、ジョシュアはリオンへ丁寧に説明をし、リオンは真剣にその話を聞いていた。
その人形達はというと、自由になった体でお店の中を闊歩していた。
背の高い場所に部品が置いてあるため、人形姿では高すぎて見られない。
遂につまらなくなったフランチェスカは、スノウを連れて店の外へと出たのだった。
「折角のハロウィンなのに、男共はつまらないですわねー!」
「ジョシュアに仮装を勧めなかったのかい?」
「言ったところで暖簾に腕押しですわ。何を言っても平然として、私の言葉は聞く耳持ちませんもの。」
「それでもジョシュアはフランチェスカにとっても優しいと思うよ?」
「そうですけれども。ジョシュアは────…ってあれを見てくださいまし!スノウ!美味しそうなタルトですわ!」
「あぁ、あればパンプキンタルトだね?ジャック・オ・ランタンを作るためにくり抜いた中身で作られるタルトなんだよ。」
「食べたいですわ…!美味しそうです!」
「私は金平糖と飲み物しかダメだけど、フランチェスカが楽しんでくれればそれで嬉しいからさ?だから行ってみよう?折角のハロウィンを楽しまなくちゃ。」
「スノウ…!ありがとうございます、ですわ!」
そうやって人形たちはキョンシーの仮装でハロナイトの街を遊び尽くす。
一日の活動限界時間が決められているスノウからすれば、その時間は貴重なひと時であった。
フランチェスカと楽しんだスノウは、リオンたちの元へ帰ろうと探知をすれば意外にも近くにいたことが分かる。
「おーい」と声を出せば、ハロルドの探知のおかげか、すぐにリオンとジョシュアは二人の元へと駆け寄ってきていた。
「お前ら!勝手に動くな!!」
「……心配しました…。変なやつに攫われたのではないか、と…。」
「私たちがそんなにか弱いはずないですわよねー?」
「まぁ、警戒はしてたから大丈夫だったとは思うよ?探知もちゃんとしてたしね?」
「お前らは一回攫われてみないと懲りないようだな?全く……こっちの身にもなれ。」
「まぁまぁ。そこまでお怒りになられなくても、私たちは無事でしたし、それで良いでは無いですか!それよりもお二人もハロウィンを楽しまれたらどうですの?」
「……僕たちはここにスノウの部品を買いに来たんだが?」
リオンからすれば早いところ部品を装着して、スノウに危害が及んでいるだろう欠陥を取り除きたい。
しかし、肝心の本人はいつもの考え込む仕草をしては静かになっていた。
その上、マナ感知器が僅かに光り輝いているのを見ても、今まさにマナを使う何かをしているに違いなかった。
それを見逃さなかったリオンは訝しげな表情でスノウを見下ろした。
「おい、スノウ!」
『あちゃー…。なんか考え込んでますねー…?』
またか、と頭を抱えたリオンだったがスノウがすぐに現実に意識を戻し、ポツリと呟く。
「…レディ。ジョシュアたちと居てくれ。ここから動いてはいけないよ?」
そう言ってスノウは急に何処かへと走り出してしまう。
フランチェスカが慌てて追いかけていき、リオンもその後に続くものだから、ひとり残ったジョシュアは頭を掻いて困った顔をさせていた。
そしてその回りを囲うように仮装中の女子達が群がってくる。
イケメンな男の人に話しかけたかったのだろう。
次々とナンパされていくジョシュアは、二人のあとを追いかけることが出来なかったのであった。
○+。.*.。+○+。.*.。+○+。.*.。+○+
「(さっきまでここに居たのに…もう居なくなってる…。通りかかっただけなのか?)」
「おい、スノウ!」
リオンがフランチェスカよりも先にたどり着き、スノウを抱えあげる。
反対にスノウは彼がここにいることに驚きを隠せず、目を丸くして見つめていた。
「あれ?待ってるように言ったよね?」
「こんな人混みの中で一人になろうとするな。蹴られて他の部品まで破損したらどうするつもりだ。」
「あぁ、それは考えてなかったよ。…じゃなくて、君がここにいると危ないと思うよ?」
「何故?」
「ここにさっきまで、ユリア・センチネルがいたからさ。」
『「はぁ?!」』
慌てて回りを見渡すリオンだったが、嫌いなあの女はどこにも見当たらなかった。
それに安堵の息を深くつけば、ようやくフランチェスカも到着した。
息を切らしながら、不思議そうな顔をさせていたために、スノウがさっきの説明をしていた。
すると彼女は納得がいったように頷き、回りを見渡していた。
「それなら余計に早くこの街から出ないといけませんわね?」
「その前にこいつの部品の取り替え───…」
その瞬間だった。
誰かに背中からタックルをかまされたリオンはふらつき、慌てて体勢を整える。
しかしそこには腕の中にいたはずのスノウがいなかった。
「…は?」
『坊ちゃん!フランチェスカもいませんよ?!』
「まさか…!?」
そう、先程の背中からの攻撃は全て、人形たちを攫うために用意されたものだったのだ。
慌てて犯人を探すが、肝心の犯人が見当たらない。
ジョシュアも追いかけてきておらず、犯人探しが難航しそうであった。
『坊ちゃん!さっきの男ならあの小道に入っていきましたよ?!』
「よくやった!シャル!」
すぐに小道への道へと入った矢先、男が走る後ろ姿が見えた。
シャルティエもあの男が犯人だ、と言うため、リオンの走る速度が上がっていく。
遂に捕まえた男を殴り、腕の中にいるはずだろう人形たちを見たが…
「なっ…?!」
『犯人は二人だったようね~?今、探知するわ!』
犯人の腕の中にいるのはフランチェスカが居るだけだった。
スノウの姿はどこにもなく、フランチェスカが目に涙を溜めながら叫ぶ。
「スノウが別の男に持っていかれましたの!!スキンヘッドのサングラスを掛けた男でしたの!!早く、スノウを…!」
「行くぞ!」
フランチェスカを掴み、抱えれば、リオンは先程の道を戻っていき、犯人を探す。
ハロルドの探知も終わり、案内が始まったのを機に、リオンは再び走り出す。
「というより、こんな時に限ってジョシュアはどこに行きましたのよ!?スノウの一大事ですのに!!」
「知らん!気付いたらいなくなっていた!!」
「もうっ!ジョシュアったら…!」
『あともう少しで犯人に追いつけるわよ~?』
ハロルドの気の抜けた声で、走りながら犯人を探す。
スキンヘッドのサングラスをかけているやつは………
「!!!」
すぐさまリオンが反応する。
そこにはスノウの口を塞ぎ、しっかりと人形を抱え込むスキンヘッドの男がいた。
スノウも抵抗はしているようだが、どこか様子がおかしい。
「(魔法を使いたいがこの人数の多さで遠慮しているのか…!)」
街には仮装をした観光客が沢山うろついている。
そんな中で魔法など使えば一気に人が混乱し、リオン達もなだれ込む人波に攫われて犯人に近寄れなくなるだろう。
それを彼女はあんな状態でも判断して、魔法を使わずにいたのだ。
無詠唱魔法を使用できる彼女なら口を塞がれようが、関係ないからだ。
「おい!そいつを離せ!!!」
「!!」
スキンヘッドの男に近寄り、武器に手を置くリオン。
フランチェスカはいつの間にかリオンの肩に乗っていた。
「なんだぁ?お前。似たような人形連れやがって。」
「聞こえなかったのか?そいつを離せと言っている。」
「生意気な…。こいつはとある貴族様の物になるんだ。高額取引なんだし、お子様は引っ込んでろ。」
スノウがリオンをじっと見る。
するとリオンはそれに気付いて、小さく頷いた。
そして唇だけを動かし、スノウへと言葉を伝えた。
“う・ご・く・な”
そう動いた唇を見て、僅かに首を縦に振ったスノウ。
目を閉じて、リオンの作戦が終わるのを信じながら待つことにしたのだ。
リオンがすぐさまシャルティエを手にし、逆手に持つ。
そのまま流れるように柄の方で男の首元に打撃を食らわせると、男は息を詰まらせて喉を押さえる。
その隙に男の腕から解放されたスノウは地面へと降り立ち、男から離れた。
「ふん。雑魚が。」
地面に倒れ込んだスキンヘッドの男を見届け、リオンがスノウを見遣る。
彼女はリオンの足元へと駆け寄ると、まるで怪我をしたかのように右腕を押さえていた。
それを目敏く見つけたリオンが足元にいるスノウの目線に合わせるようにしゃがみ、そっと右腕に触れた。
「…何処だ。何処が動かない?」
「右腕が全く上がらないんだ。さっき、この男の人に無理矢理連れていかれた時にやったみたいだね。」
「ジョシュアを拾ってあの部品屋に戻るぞ。その腕を治さないといけなくなった。」
これ以上障らない様に、優しくスノウを抱き上げたリオンは部品屋までの所で女性に囲まれていたジョシュアを拾い、簡単に現状を説明した。
ジョシュアもすぐに部品屋へと戻り、工具の準備をし始めた所でリオンもスノウを机の上にそっと下ろす。
服の上から右腕付け根の関節部を触り、感触を確かめる。
そして確認のためにスノウを見つめた。
「…確認だが、痛みは無いな?」
「うん。それは大丈夫。君が触れていることも分かってないよ。」
「……………そうか…。」
少し悲しそうに目を伏せたリオンだが、すぐに顔を上げる。
本当ならば、触覚が無いことは喜ばしいことなのだ。
触覚があれば、それは彼女がこの人形の身体に慣れてきている証拠なのだから。
だから……寂しいなどと思ってはいけないのだ。
リオンは首を振って思考を中断させ、目の前のことに集中する。
まず、スノウの関節部にアプローチするならば、服を脱ぎ、裸にならなければならない。
彼女にその事を言えば、すぐに服を脱ごうとするため、手を押えて止めさせる。
「片腕だけでは難しいだろう?僕がやっても大丈夫か?」
「うん、お願いするよ。」
されるがままに、目を閉じて全てを受け入れる体勢になったスノウの服を緊張しながら脱がせていく。
未だに彼女の服を脱がす行為など、慣れない。
丁寧に服を剥いていけば、ようやく右腕の関節部のお出ましだった。
「…………あぁ、やはり…損傷しています…。乱暴に扱ったことで余計にこの部分にダメージが入った…と考えるのが妥当です…。この壊れ方ならばこうして───…」
ジョシュアの指示の元、スノウの治療が始まる。
腕の付け根と肘部分の治療を部品交換を混じえながら行えば、ようやく腕が動かせるまでに戻っていった。
指示通りに腕を回すスノウを見ながら更に改善するための手順をジョシュアがリオンに教える。
聞き逃すことなくその工程を聞き終えたリオンは再びスノウに触れて、腕の関節を治していく。
その顔はいつにも増して、真剣な表情だった。
「(あぁ…折角ハロウィンをレディと楽しもうと思っていたのに…。これじゃあ無理かもしれないね…。酷く…残念な気持ちにさせられるよ。)」
自分を真剣な表情で見つめるリオンを見たスノウは、ゆっくりと目を閉じる。
そしてそのまま彼に身を預けた。
…
…………
……………………
「────…出来た…!」
嬉しそうな声音が聞こえてきて、スノウは閉じていた目を開き、彼を見つめる。
そして軽く腕を回してみれば、なんの違和感もなく自由に腕が回せるようになっていた。
「おぉ」と感嘆の言葉をつくと、リオンも満足そうに笑っていた。
「ありがとう、レディ。」
「あぁ、これで大丈夫だろう。部品も予備を買ってある。いつでも言え、スノウ。」
「うん。」
ひと段落した…かと思いきや、スノウが目を擦り始める。
眠そうな様子にリオンが「寝ろ」と一言告げるも、スノウは何故か辛そうな顔をさせてリオンの服を掴んでいた。
眠気に抗い、何かを伝えようとしているスノウに、リオンも険しい顔になる。
「スノウ…?どうした。」
「リ…オン……。」
しかし、彼女は次の言葉を発しない。
何度も瞼が落ちそうになっては、苦しそうに顔を歪ませる。
それに彼が不安にならないはずがない。
ゆっくりスノウに触れれば、その手にしがみつくようにして抱きしめられる。
「(あぁ、違う…。まだ起きていたいのに…。まだ彼と…レディとハロウィンを楽しんでいないのに…。)」
「スノウ、どうしたんだ。」
「……。」
今にも膝から崩れ落ちそうで眠たい様子なのに、スノウはリオンの手を掴んだまま離そうとしない上に、何故か眠気に抗っていた。
訳も分からず、ただスノウが何かを発すのを待っていたリオンだったが、遂にそのときは訪れる。
ガクリと膝が折れたスノウをすぐさま抱き上げて、腕に収める。
そのまま不安そうな顔をさせて彼女を見つめていた。
そんな彼を見て、ハロルドが笑いながら話しかける。
『スノウはアンタと遊びたかったんじゃない?だけど、あの子は活動時間も限られている。だから最後に一言、アンタに何か言っておきたかったのよ。きっとね。』
「そう、なのか…?」
結局、リオン達は眠ったスノウを連れてレスターシティへと戻る。
夜の帳が下りて、レスターシティへ着く頃には星空が綺麗に見えていた。
そんな夜を独り、愛剣もお供させずに外を散歩するリオンがいた。
砂漠地帯という事もあり、レスターシティの夜は寒い。
口から溢れる白い吐息を長く吐けば、彼はゆっくりと星空を見上げた。
今はハロルドの言葉が頭に染み付いていた。
「…遊びたかった、か…。」
今年のハロウィンは確かに彼女に何もしてあげられなかった。
それにお菓子を強請られてはいたが、それも振り返ってみれば無視する形となってしまっている。
そんな彼女に少し罪悪感はあった。
だが、それよりも彼女の関節部を治す事が自分の中の優先順位は高かったのだ。
彼女に不自由をさせたくないあまりに、彼女の気持ちを蔑ろにしてしまっていた事にようやくリオンは気付いたのだ。
限られた時間の中で、何故彼女の気持ちを選んであげなかったのか、と今更ながら彼の中で後悔が押し寄せる。
「……はぁ…。何をしているんだ、僕は…。」
思えば、彼女が攫われた時だって僕がもっとしっかりしていれば、周りに気を配っていれば済む話だった。
力ずくで大切な人を奪われてしまったなど、本当に後悔でしかない。
今日は反省ばかりだ、と沈んだ気持ちで星空を見ていれば、何処からか歌声が聞こえてくる。
それはリオンにとっても大事な歌で、聞き逃せない声の持ち主であった。
「…スノウ?」
何故、彼女がここにいるのか。
否、起きているのか。
リオンにとっては、それが問題である。
だが、この歌を聴き逃したくない。止めたくない。という気持ちがリオンの中で膨らんでいく。
次第にリオンは、心地よい感覚を体で感じながらその歌を聞き入ってしまっていた。
「~~♪♪」
「(あぁ…いつ聞いてもこの歌は飽きない…。それどころか、僕に勇気をくれる…。)」
歌が終わると、リオンは後ろを振り返る。
下を見れば、リオンのズボンを掴んでいる人形姿のスノウがいた。
目がパッチリ開いており、初めから眠気などないかのようにそこに立っていた。
「どうしたんだい?お供も連れずに独りでこんな所まで来て。2人共、ものすごく心配してたよ?」
いつものように困ったような笑みを浮かべて笑っているものの、心配な色を見せる海色の瞳を見つめ、リオンは目を伏せた。
そして彼の瞳は再びスノウに向けられた。
「……Trick or Treatだ。」
「え…。」
急に言われたスノウは、目を点にさせた後、慌てて自分の服のありとあらゆる場所を叩き始める。
しかし初めから持っていないのに、何かが出てくるはずもない。
顔を引き攣らせた彼女はリオンを見上げてゆっくりと首を振った。
すると彼はスノウの視線の高さに合わせるようにしゃがむと、彼女の前髪をかきあげて額へとキスを落とした。
彼の意外な行動にスノウが目を大きく開き、離れていった彼の瞳を見つめる。
「…お菓子がないなら悪戯をしても良いんだろう?いつものお返しだ。」
それでも少しだけ照れくさそうにしているのを見れば、スノウも安心した。
なんだ、やっぱりいつもの彼だった。とスノウは笑顔になって彼に飛びついた。
慌てて抱き上げたリオンは困った顔をしながらも、その頬を僅かに赤く染めていた。
「…また来年、楽しめば良い。」
「え?」
「本当は、僕と遊びたかったんだろう?だから限界まで眠気に抗った。違うか?」
「…ふふ。本当、君はすごいね?分かっちゃうんだ。」
薄ら紫にも感じる夜空に燦然と光る星たちが輝く。
その夜空を二人は見上げながら今日の出来事を振り返っていた。
それぞれの思いは今日の出来事から未来への出来事へと変わっていく。
スノウは彼の胸に頭を寄せ、リオンは彼女を抱く強さを少しだけ強めた。
密やかな密会もあと少し…。
二人は居心地の良さを感じながらも、静かなる砂漠の夜空を楽しんでいた。
今年はまるで楽しめなかったけれども、来年こそは楽しめるとそう願って────
【人形の気持ち】
────「ねえ、レディ。今日の夜の奇跡はハロウィンの奇跡だね?」
────「ふん…。馬鹿なことを言ってないで早くお前は寝ろ。こんな時間に起きたら体に障るだろうが。」
────「それは君にもお返しするとしよう。…ということで、中に入らないかい?それとももう少しこのまま夜を楽しむ?」
────「…もう少しだけだ。」
「ふふ…。はーい。」
今年もこの時期がやってきた。
そう、秋にやる慰霊祭と収穫祭を兼ね備えた“アレ”である。
「……今年は難しそうだなぁ…?」
いつもはカイル達とやっていたその行事も、今年は集まれそうにもない。
カイル達は今や、〈赤眼の蜘蛛〉の遊撃隊として各地を飛びまわり、情報収集に務める日々だからだ。
自分としても、元の身体を喪ってからこの真紅のドレスを着た可愛いお人形になってしまい、更には活動限界時間まで設定されていると来た。
ハロウィンは夜が本番だと言うのに、この体ではそれも難しいのだろう。
あぁ、去年までのハロウィンが懐かしいや。
「そんなに浮かれるものでも無い、か…。ちゃんと死の大地解放作戦を全うしなくては。」
どうせ、変装できる衣装もないのだ。
スノウは、過去に思いを馳せるのを止めて、今目の前にある問題に向き合うことにした。
さぁ、次は何処の死の大地解放だろう、と────…そう思っていたのだが。
「……え、えっと…?この衣装は…?」
「ふふっ!折角ハロウィンが近いのに何もしないなんて寂しいわよ?スノウ!」
人形仲間でもあるフランチェスカが何やら衣装を持ってやって来たのだ。
どうやら採寸合わせの様だが、まさか数日前に思っていた事が現実に叶うと誰が思うだろうか。
「アーサー様からも許可を得てますわよ?それに外出の許可も出たんですのよ。」
「外出許可?」
「〈赤眼の蜘蛛〉の組織員、というよりも…〈星詠み人〉が作った街の一つでもあるハロウィンの街がありまして!そこで思いっきり羽を伸ばして、楽しんで来いと言われてますの!スノウも一緒に行きますわよ!」
「他には誰が?」
「私とジョシュア、それからスノウとジューダスさんと…〈機械の神〉の御使いさんですわね?」
〈機械の神〉の御使いでもあるルーカス・E・ハイヴには前世からお世話になっている。
今回、スノウがこの体になった際も、他の神の御使いが〈アタラクシア〉殲滅の為の作戦の手伝いをしてくれる事となっている。
その為にルーカスは喜んで(戦闘では逃げるだけだが…)手伝いを申し出てくれた内の一人であった。
「ハロウィンの街…ハロナイトか……。」
「あら?スノウは行った事があったので?」
「うん。以前に一回、ね?不思議なことに巻き込まれたけど、楽しかったよ。仮装もしたしね?」
「[V:8206]そうなんですの?見たかったですわ、スノウの仮装…。」
「でも今年は見れるんだろう?なら、思いっきり楽しまないとね?」
「えぇ!」
持ってきた衣装をスノウに充てがって、嬉しそうにするフランチェスカに、スノウもまた笑みを零していたのだった。
。+゚☆゚+。♪。+゚☆゚+。♪。+゚☆゚+。♪。+゚
『居ませんねぇー…?スノウ。』
『だから、あっちだって言ってるでしょー?』
『そんな説明じゃ分かりませんって…。』
リオンの腰に装着されているソーディアン二振りが賑やかに喋っている。
呆れたり怒ったりと騒がしい奴等だが、一応スノウを捜索はしてくれているらしく、時折スノウの話題を出す。
それを聴きながらリオンもスノウの居場所が分からず、宛もなく彷徨い続ける。
今朝は一緒にいたのにいつの間にか居なくなっていたスノウを心配しないはずがないリオンを、シャルティエも一緒に心配しながら探していたのだった。
ハロルドはスノウの場所を探知出来ているので心配は端からしていない様子。
ハロルドによる不明瞭な案内が続く中、リオンが研究所内を歩いていれば、どこからか探し求めていた人物の声がした気がした。
「────…」
『あれ?どっかから声がしませんか?坊ちゃん。』
「…向こうの方からだな。」
歩いていた道の先から、リオンを呼ぶ声が聞こえてきていた。
それは徐々に鮮明さを帯びてリオン達の耳に届いてくる。
「──…レディー!」
とてとてと人形の姿で走ってくるスノウは、いつもの真紅のドレスで着飾った彼女ではなく、妙な衣装を着た彼女であった。
全身を黒の衣装で染め、ドレスだった裾はズボンとなっていた。
だからか分からないが、彼女の瞳がいつもよりも輝いている気がしたのをリオンは呆然と見つめていた。
「リオーン!Trick or Treat!!」
妙な格好の彼女は、そう言ってリオンの足に抱き着いた。
まるで子供が擦り寄って、甘えてくる様にして抱き着いてきたスノウに、リオンもまたどうしてあげたら正解なのか、と困惑する。
しかし、そこは1000年を生きるソーディアンであり、大人であった。
すぐにスノウの衣装を褒め始める。
『うわぁ!衣装チェンジですね!スノウ!』
「そうなんだよ!ようやくあの華やかな色のドレスから、このズボンという安心感ある衣服に変えることが出来たよ!……まぁ、今日だけっていうのが残念だけどね?」
『え?何で今日だけなんですか?』
「さっきもレディに言ったけど、今日はハロウィンだよ?仮装は今日だけしか着れないんだよ。」
『何の衣装よ?』
「私が前の世界にいた時に流行った、“キョンシー”というキャラクターなんだ。基本的にゾンビのようなもので、ピョンピョンと飛び跳ねて向かってくるのが印象的なんだ。額に御札を貼ると止まるんだけど……人気もあれば、恐れられる存在でもあったんだよね。」
帽子を被り、いつもの金髪のツインテールは三つ編みツインテールへと変わっていた。
全体的に黒という地味で珍しい服装のキョンシーとやらは、リオン達には新鮮みがあり、三人でじっとスノウを見つめていた。
しかし、スノウはリオンの足に抱きついたまま離れようとはしなかった。
それに困ったため息をついたリオンだったが、すぐに足元の彼女を抱き上げ、腕の中に収める。
「その袖は邪魔じゃないのか?」
「これがキョンシーというものだよ。キョンシーの衣装の主流は、手の袖は長い方が多いんだってさ?手を前に出して、ジャンプだけで移動するんだけど、この袖が長い方が迫力もあるし、何だか恐ろしく見えない?」
『それはちょっと…僕には分からないですね…。』
「生きた人間を襲って、動けなくなるまで襲い続ける。それがキョンシー。」
役になりきってるとでもいうのか、スノウはリオンの腕の中から必死に腕を伸ばして、彼の首に手を回す。
ギュッと彼の首を絞めたが、それはリオンからすれば羞恥心を煽られ、顔を真っ赤にしてしまう事案となってしまう。
何故ならば、大好きな彼女の顔がこんなにも自分の顔の近くにあるのだから、羞恥心に耐性のないリオンからすればそれは耐え難い行為でもあった。
もう少しすれば、それこそ………………キスをしてしまいそうなほど…。
「っ///」
「御札を貼らないと、襲っちゃうぞ~~?ついでに、Trick or Treat!」
「スノウっ…/// そ、その…」
いつもなら“阿呆”の一言でもすぐに口に出来るのに、今のリオンはキャパオーバーであった。
顔を真っ赤にさせたリオンは、遂にこれ以上赤くなれないほど顔を真っ赤にさせて沈黙してしまった。
羞恥心も限界を超えたようだ。
「??…おーい、リオン?」
『もうっ!坊ちゃんは純粋なんですから弄ばないでくださいっ!!!』
「えぇ?なんかよく分からないけど、ごめん?」
首に抱き着いていたスノウは、床に降りようと下を見る。
流石に彼も身長が高くなった分、人形の体では些か高く感じてしまう。
風魔法でも使って衝撃を和らげるか?とスノウが飛び降りれば、慌てたリオンがスノウをキャッチして抱き抱える。
ようやく彼も我に返ったようで、その慌てぶりは彼にしては珍しかった。
「ば、馬鹿者!お前の体は壊れやすいと何度説教すれば気が済むっ!?」
「お、戻った。」
反省の色が見えないスノウに再び説教が始まりそうだったが、別の場所からやってきたジョシュアとフランチェスカによって遮られる。
「おはようございます。」
「…………おはよう、ございます…。リオンさん、申し訳ありませんが…すぐに出立のご準備を……。」
「は?今日はなんかあったか?」
「……実は、スノウさんの関節部に欠陥が見つかりまして…。ですが、今ある工場にあるものでは部品も足らないのです…。すぐに治療を行いたいのですが、部品が無ければ意味もなく……そこで、スノウさんを連れて部品を買いに行って、出先で治療させて欲しいのです…。」
「……それなのに、お前はあんな無茶なことをしたのか?」
呆れと怒りの視線を向けられ、スノウが素知らぬ顔で笑う。
大きくため息をついたリオンだったが、「すぐに出れる」とジョシュアに伝えたことによって、四人はスノウの部品購入のために出掛ける事となったのだった。
…
…………
……………………
「……ここです…。」
『あれ?ここって、以前ハロウィンの時に来た街じゃないですか?』
『私は知らないわよー?』
「ハロルドがまだいない時代だったからね。それにしてもよく覚えていたね?シャルティエ。」
季節や日が変わるごとに名前を変える街〈ハロナイト〉。
今はハロウィンの時期ということもあり、街の名前はそれにちなんだものになっているようだった。
行き交う人が以前のように仮装に身を包む中、スノウとフランチェスカだけは仮装もバッチリだった。
「私たち、双子コーデ、と言うやつですわよねー!」
「二人でキョンシーなんて珍しいね?フランチェスカのキョンシーはスカートだけど、とっても似合っているし可愛いよ。」
「スノウがどうしてもズボンだっていうからですわよ?折角スカートの方を用意しましたのに。」
「ズボンの方が動きやすくて良くない?」
「スカートの方が可動域は広いのではなくって?」
そんな話をリオンとジョシュアの腕の中で行われており、肝心の男たちはこの街の部品売り場についてお互いに情報を共有しあっていた。
たまに通り過ぎる食べ物屋にフランチェスカが目を輝かせたり、別の話で盛り上がる中、とうとう目的のお店にたどり着いたようだ。
お互いに人形を抱かずに、ジョシュアはリオンへ丁寧に説明をし、リオンは真剣にその話を聞いていた。
その人形達はというと、自由になった体でお店の中を闊歩していた。
背の高い場所に部品が置いてあるため、人形姿では高すぎて見られない。
遂につまらなくなったフランチェスカは、スノウを連れて店の外へと出たのだった。
「折角のハロウィンなのに、男共はつまらないですわねー!」
「ジョシュアに仮装を勧めなかったのかい?」
「言ったところで暖簾に腕押しですわ。何を言っても平然として、私の言葉は聞く耳持ちませんもの。」
「それでもジョシュアはフランチェスカにとっても優しいと思うよ?」
「そうですけれども。ジョシュアは────…ってあれを見てくださいまし!スノウ!美味しそうなタルトですわ!」
「あぁ、あればパンプキンタルトだね?ジャック・オ・ランタンを作るためにくり抜いた中身で作られるタルトなんだよ。」
「食べたいですわ…!美味しそうです!」
「私は金平糖と飲み物しかダメだけど、フランチェスカが楽しんでくれればそれで嬉しいからさ?だから行ってみよう?折角のハロウィンを楽しまなくちゃ。」
「スノウ…!ありがとうございます、ですわ!」
そうやって人形たちはキョンシーの仮装でハロナイトの街を遊び尽くす。
一日の活動限界時間が決められているスノウからすれば、その時間は貴重なひと時であった。
フランチェスカと楽しんだスノウは、リオンたちの元へ帰ろうと探知をすれば意外にも近くにいたことが分かる。
「おーい」と声を出せば、ハロルドの探知のおかげか、すぐにリオンとジョシュアは二人の元へと駆け寄ってきていた。
「お前ら!勝手に動くな!!」
「……心配しました…。変なやつに攫われたのではないか、と…。」
「私たちがそんなにか弱いはずないですわよねー?」
「まぁ、警戒はしてたから大丈夫だったとは思うよ?探知もちゃんとしてたしね?」
「お前らは一回攫われてみないと懲りないようだな?全く……こっちの身にもなれ。」
「まぁまぁ。そこまでお怒りになられなくても、私たちは無事でしたし、それで良いでは無いですか!それよりもお二人もハロウィンを楽しまれたらどうですの?」
「……僕たちはここにスノウの部品を買いに来たんだが?」
リオンからすれば早いところ部品を装着して、スノウに危害が及んでいるだろう欠陥を取り除きたい。
しかし、肝心の本人はいつもの考え込む仕草をしては静かになっていた。
その上、マナ感知器が僅かに光り輝いているのを見ても、今まさにマナを使う何かをしているに違いなかった。
それを見逃さなかったリオンは訝しげな表情でスノウを見下ろした。
「おい、スノウ!」
『あちゃー…。なんか考え込んでますねー…?』
またか、と頭を抱えたリオンだったがスノウがすぐに現実に意識を戻し、ポツリと呟く。
「…レディ。ジョシュアたちと居てくれ。ここから動いてはいけないよ?」
そう言ってスノウは急に何処かへと走り出してしまう。
フランチェスカが慌てて追いかけていき、リオンもその後に続くものだから、ひとり残ったジョシュアは頭を掻いて困った顔をさせていた。
そしてその回りを囲うように仮装中の女子達が群がってくる。
イケメンな男の人に話しかけたかったのだろう。
次々とナンパされていくジョシュアは、二人のあとを追いかけることが出来なかったのであった。
○+。.*.。+○+。.*.。+○+。.*.。+○+
「(さっきまでここに居たのに…もう居なくなってる…。通りかかっただけなのか?)」
「おい、スノウ!」
リオンがフランチェスカよりも先にたどり着き、スノウを抱えあげる。
反対にスノウは彼がここにいることに驚きを隠せず、目を丸くして見つめていた。
「あれ?待ってるように言ったよね?」
「こんな人混みの中で一人になろうとするな。蹴られて他の部品まで破損したらどうするつもりだ。」
「あぁ、それは考えてなかったよ。…じゃなくて、君がここにいると危ないと思うよ?」
「何故?」
「ここにさっきまで、ユリア・センチネルがいたからさ。」
『「はぁ?!」』
慌てて回りを見渡すリオンだったが、嫌いなあの女はどこにも見当たらなかった。
それに安堵の息を深くつけば、ようやくフランチェスカも到着した。
息を切らしながら、不思議そうな顔をさせていたために、スノウがさっきの説明をしていた。
すると彼女は納得がいったように頷き、回りを見渡していた。
「それなら余計に早くこの街から出ないといけませんわね?」
「その前にこいつの部品の取り替え───…」
その瞬間だった。
誰かに背中からタックルをかまされたリオンはふらつき、慌てて体勢を整える。
しかしそこには腕の中にいたはずのスノウがいなかった。
「…は?」
『坊ちゃん!フランチェスカもいませんよ?!』
「まさか…!?」
そう、先程の背中からの攻撃は全て、人形たちを攫うために用意されたものだったのだ。
慌てて犯人を探すが、肝心の犯人が見当たらない。
ジョシュアも追いかけてきておらず、犯人探しが難航しそうであった。
『坊ちゃん!さっきの男ならあの小道に入っていきましたよ?!』
「よくやった!シャル!」
すぐに小道への道へと入った矢先、男が走る後ろ姿が見えた。
シャルティエもあの男が犯人だ、と言うため、リオンの走る速度が上がっていく。
遂に捕まえた男を殴り、腕の中にいるはずだろう人形たちを見たが…
「なっ…?!」
『犯人は二人だったようね~?今、探知するわ!』
犯人の腕の中にいるのはフランチェスカが居るだけだった。
スノウの姿はどこにもなく、フランチェスカが目に涙を溜めながら叫ぶ。
「スノウが別の男に持っていかれましたの!!スキンヘッドのサングラスを掛けた男でしたの!!早く、スノウを…!」
「行くぞ!」
フランチェスカを掴み、抱えれば、リオンは先程の道を戻っていき、犯人を探す。
ハロルドの探知も終わり、案内が始まったのを機に、リオンは再び走り出す。
「というより、こんな時に限ってジョシュアはどこに行きましたのよ!?スノウの一大事ですのに!!」
「知らん!気付いたらいなくなっていた!!」
「もうっ!ジョシュアったら…!」
『あともう少しで犯人に追いつけるわよ~?』
ハロルドの気の抜けた声で、走りながら犯人を探す。
スキンヘッドのサングラスをかけているやつは………
「!!!」
すぐさまリオンが反応する。
そこにはスノウの口を塞ぎ、しっかりと人形を抱え込むスキンヘッドの男がいた。
スノウも抵抗はしているようだが、どこか様子がおかしい。
「(魔法を使いたいがこの人数の多さで遠慮しているのか…!)」
街には仮装をした観光客が沢山うろついている。
そんな中で魔法など使えば一気に人が混乱し、リオン達もなだれ込む人波に攫われて犯人に近寄れなくなるだろう。
それを彼女はあんな状態でも判断して、魔法を使わずにいたのだ。
無詠唱魔法を使用できる彼女なら口を塞がれようが、関係ないからだ。
「おい!そいつを離せ!!!」
「!!」
スキンヘッドの男に近寄り、武器に手を置くリオン。
フランチェスカはいつの間にかリオンの肩に乗っていた。
「なんだぁ?お前。似たような人形連れやがって。」
「聞こえなかったのか?そいつを離せと言っている。」
「生意気な…。こいつはとある貴族様の物になるんだ。高額取引なんだし、お子様は引っ込んでろ。」
スノウがリオンをじっと見る。
するとリオンはそれに気付いて、小さく頷いた。
そして唇だけを動かし、スノウへと言葉を伝えた。
“う・ご・く・な”
そう動いた唇を見て、僅かに首を縦に振ったスノウ。
目を閉じて、リオンの作戦が終わるのを信じながら待つことにしたのだ。
リオンがすぐさまシャルティエを手にし、逆手に持つ。
そのまま流れるように柄の方で男の首元に打撃を食らわせると、男は息を詰まらせて喉を押さえる。
その隙に男の腕から解放されたスノウは地面へと降り立ち、男から離れた。
「ふん。雑魚が。」
地面に倒れ込んだスキンヘッドの男を見届け、リオンがスノウを見遣る。
彼女はリオンの足元へと駆け寄ると、まるで怪我をしたかのように右腕を押さえていた。
それを目敏く見つけたリオンが足元にいるスノウの目線に合わせるようにしゃがみ、そっと右腕に触れた。
「…何処だ。何処が動かない?」
「右腕が全く上がらないんだ。さっき、この男の人に無理矢理連れていかれた時にやったみたいだね。」
「ジョシュアを拾ってあの部品屋に戻るぞ。その腕を治さないといけなくなった。」
これ以上障らない様に、優しくスノウを抱き上げたリオンは部品屋までの所で女性に囲まれていたジョシュアを拾い、簡単に現状を説明した。
ジョシュアもすぐに部品屋へと戻り、工具の準備をし始めた所でリオンもスノウを机の上にそっと下ろす。
服の上から右腕付け根の関節部を触り、感触を確かめる。
そして確認のためにスノウを見つめた。
「…確認だが、痛みは無いな?」
「うん。それは大丈夫。君が触れていることも分かってないよ。」
「……………そうか…。」
少し悲しそうに目を伏せたリオンだが、すぐに顔を上げる。
本当ならば、触覚が無いことは喜ばしいことなのだ。
触覚があれば、それは彼女がこの人形の身体に慣れてきている証拠なのだから。
だから……寂しいなどと思ってはいけないのだ。
リオンは首を振って思考を中断させ、目の前のことに集中する。
まず、スノウの関節部にアプローチするならば、服を脱ぎ、裸にならなければならない。
彼女にその事を言えば、すぐに服を脱ごうとするため、手を押えて止めさせる。
「片腕だけでは難しいだろう?僕がやっても大丈夫か?」
「うん、お願いするよ。」
されるがままに、目を閉じて全てを受け入れる体勢になったスノウの服を緊張しながら脱がせていく。
未だに彼女の服を脱がす行為など、慣れない。
丁寧に服を剥いていけば、ようやく右腕の関節部のお出ましだった。
「…………あぁ、やはり…損傷しています…。乱暴に扱ったことで余計にこの部分にダメージが入った…と考えるのが妥当です…。この壊れ方ならばこうして───…」
ジョシュアの指示の元、スノウの治療が始まる。
腕の付け根と肘部分の治療を部品交換を混じえながら行えば、ようやく腕が動かせるまでに戻っていった。
指示通りに腕を回すスノウを見ながら更に改善するための手順をジョシュアがリオンに教える。
聞き逃すことなくその工程を聞き終えたリオンは再びスノウに触れて、腕の関節を治していく。
その顔はいつにも増して、真剣な表情だった。
「(あぁ…折角ハロウィンをレディと楽しもうと思っていたのに…。これじゃあ無理かもしれないね…。酷く…残念な気持ちにさせられるよ。)」
自分を真剣な表情で見つめるリオンを見たスノウは、ゆっくりと目を閉じる。
そしてそのまま彼に身を預けた。
…
…………
……………………
「────…出来た…!」
嬉しそうな声音が聞こえてきて、スノウは閉じていた目を開き、彼を見つめる。
そして軽く腕を回してみれば、なんの違和感もなく自由に腕が回せるようになっていた。
「おぉ」と感嘆の言葉をつくと、リオンも満足そうに笑っていた。
「ありがとう、レディ。」
「あぁ、これで大丈夫だろう。部品も予備を買ってある。いつでも言え、スノウ。」
「うん。」
ひと段落した…かと思いきや、スノウが目を擦り始める。
眠そうな様子にリオンが「寝ろ」と一言告げるも、スノウは何故か辛そうな顔をさせてリオンの服を掴んでいた。
眠気に抗い、何かを伝えようとしているスノウに、リオンも険しい顔になる。
「スノウ…?どうした。」
「リ…オン……。」
しかし、彼女は次の言葉を発しない。
何度も瞼が落ちそうになっては、苦しそうに顔を歪ませる。
それに彼が不安にならないはずがない。
ゆっくりスノウに触れれば、その手にしがみつくようにして抱きしめられる。
「(あぁ、違う…。まだ起きていたいのに…。まだ彼と…レディとハロウィンを楽しんでいないのに…。)」
「スノウ、どうしたんだ。」
「……。」
今にも膝から崩れ落ちそうで眠たい様子なのに、スノウはリオンの手を掴んだまま離そうとしない上に、何故か眠気に抗っていた。
訳も分からず、ただスノウが何かを発すのを待っていたリオンだったが、遂にそのときは訪れる。
ガクリと膝が折れたスノウをすぐさま抱き上げて、腕に収める。
そのまま不安そうな顔をさせて彼女を見つめていた。
そんな彼を見て、ハロルドが笑いながら話しかける。
『スノウはアンタと遊びたかったんじゃない?だけど、あの子は活動時間も限られている。だから最後に一言、アンタに何か言っておきたかったのよ。きっとね。』
「そう、なのか…?」
結局、リオン達は眠ったスノウを連れてレスターシティへと戻る。
夜の帳が下りて、レスターシティへ着く頃には星空が綺麗に見えていた。
そんな夜を独り、愛剣もお供させずに外を散歩するリオンがいた。
砂漠地帯という事もあり、レスターシティの夜は寒い。
口から溢れる白い吐息を長く吐けば、彼はゆっくりと星空を見上げた。
今はハロルドの言葉が頭に染み付いていた。
「…遊びたかった、か…。」
今年のハロウィンは確かに彼女に何もしてあげられなかった。
それにお菓子を強請られてはいたが、それも振り返ってみれば無視する形となってしまっている。
そんな彼女に少し罪悪感はあった。
だが、それよりも彼女の関節部を治す事が自分の中の優先順位は高かったのだ。
彼女に不自由をさせたくないあまりに、彼女の気持ちを蔑ろにしてしまっていた事にようやくリオンは気付いたのだ。
限られた時間の中で、何故彼女の気持ちを選んであげなかったのか、と今更ながら彼の中で後悔が押し寄せる。
「……はぁ…。何をしているんだ、僕は…。」
思えば、彼女が攫われた時だって僕がもっとしっかりしていれば、周りに気を配っていれば済む話だった。
力ずくで大切な人を奪われてしまったなど、本当に後悔でしかない。
今日は反省ばかりだ、と沈んだ気持ちで星空を見ていれば、何処からか歌声が聞こえてくる。
それはリオンにとっても大事な歌で、聞き逃せない声の持ち主であった。
「…スノウ?」
何故、彼女がここにいるのか。
否、起きているのか。
リオンにとっては、それが問題である。
だが、この歌を聴き逃したくない。止めたくない。という気持ちがリオンの中で膨らんでいく。
次第にリオンは、心地よい感覚を体で感じながらその歌を聞き入ってしまっていた。
「~~♪♪」
「(あぁ…いつ聞いてもこの歌は飽きない…。それどころか、僕に勇気をくれる…。)」
歌が終わると、リオンは後ろを振り返る。
下を見れば、リオンのズボンを掴んでいる人形姿のスノウがいた。
目がパッチリ開いており、初めから眠気などないかのようにそこに立っていた。
「どうしたんだい?お供も連れずに独りでこんな所まで来て。2人共、ものすごく心配してたよ?」
いつものように困ったような笑みを浮かべて笑っているものの、心配な色を見せる海色の瞳を見つめ、リオンは目を伏せた。
そして彼の瞳は再びスノウに向けられた。
「……Trick or Treatだ。」
「え…。」
急に言われたスノウは、目を点にさせた後、慌てて自分の服のありとあらゆる場所を叩き始める。
しかし初めから持っていないのに、何かが出てくるはずもない。
顔を引き攣らせた彼女はリオンを見上げてゆっくりと首を振った。
すると彼はスノウの視線の高さに合わせるようにしゃがむと、彼女の前髪をかきあげて額へとキスを落とした。
彼の意外な行動にスノウが目を大きく開き、離れていった彼の瞳を見つめる。
「…お菓子がないなら悪戯をしても良いんだろう?いつものお返しだ。」
それでも少しだけ照れくさそうにしているのを見れば、スノウも安心した。
なんだ、やっぱりいつもの彼だった。とスノウは笑顔になって彼に飛びついた。
慌てて抱き上げたリオンは困った顔をしながらも、その頬を僅かに赤く染めていた。
「…また来年、楽しめば良い。」
「え?」
「本当は、僕と遊びたかったんだろう?だから限界まで眠気に抗った。違うか?」
「…ふふ。本当、君はすごいね?分かっちゃうんだ。」
薄ら紫にも感じる夜空に燦然と光る星たちが輝く。
その夜空を二人は見上げながら今日の出来事を振り返っていた。
それぞれの思いは今日の出来事から未来への出来事へと変わっていく。
スノウは彼の胸に頭を寄せ、リオンは彼女を抱く強さを少しだけ強めた。
密やかな密会もあと少し…。
二人は居心地の良さを感じながらも、静かなる砂漠の夜空を楽しんでいた。
今年はまるで楽しめなかったけれども、来年こそは楽しめるとそう願って────
【人形の気持ち】
────「ねえ、レディ。今日の夜の奇跡はハロウィンの奇跡だね?」
────「ふん…。馬鹿なことを言ってないで早くお前は寝ろ。こんな時間に起きたら体に障るだろうが。」
────「それは君にもお返しするとしよう。…ということで、中に入らないかい?それとももう少しこのまま夜を楽しむ?」
────「…もう少しだけだ。」
「ふふ…。はーい。」
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