NEN(現パロ風?)
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11.眠気と水分と記憶にない恐怖
朝の柔らかな日差しが窓から入って来る頃、僕達は目を覚ました。
とは言っても、僕は彼女の寝起きの声で起きたような物だったが。
「…んぅ。」
「…。(もう、朝か…。)」
僕が目を開ければ、昨日の夜の体勢のまま寝ていたことに気付く。
僕が彼女を腕に閉じ込めた状態だった為、その腕を外そうとすると彼女は寒さからか、僕の胸へと余計に擦り寄ってくるものだから、僕は一瞬にして頭が覚醒して顔が否応なしに赤くなってしまう。
行き場の無い手をどうしようか、と彷徨わせているとようやく彼女の瞼が開いていく。
「ん…? ……あぁ、おはよう……レディ……。」
寝ぼけ眼のまま起きた彼女は、なんて事ない様子で起き上がっては欠伸を噛み殺していた。
ついでに腕を伸ばし、体の調子を確かめる彼女に僕は顔が引き攣っていく。
……幾ら、僕から一緒に寝ようと進言したと言えど、男女が同じベッドで寝ることの意味くらい、考えて欲しい。
それなのに彼女はそんな羞恥心など端から知らないように、普段通りに僕に接する。
だが……、少しだけ良かった事もある。
腕を下ろした彼女は、僕を見るとふにゃりと笑って僕を見たのだ。
寝起きだからこそ見れた彼女のちょっとした素顔。
それが、今の僕には堪らなかった。
だからこの堪らない気持ちをどうにかしたくて、話を逸らしたくなったんだ。
「……今日は雨らしいな。」
「え?本当?」
いつも憎いくらい眩しい朝の日差しだが、柔らかな朝の日差しの理由は、単純に雲に覆われて晴れ間が見えないからだ。
先日から雨季に入っていたこともあり、今日はどうやら雨であった。
残念そうな顔と声を零した彼女を見ながら、今更ながら彼女のベッドから香る匂いにいたたまれなくなる。
彼女の香りが染み付いたこのベッドに居ても居られなくなった僕は、そっとベッドから降りる。
そんな僕を見た彼女は、また一つ欠伸を噛み殺してからベッドから降りていた。
「着替えはどうする?別の部屋にあるのかい?」
「あぁ、そうだな。」
「ん。じゃあ、また朝食で。」
流石に着替えは羞恥心があって良かった、とつくづく思う。
こいつの事だから着替えまで僕の前でやるかと───
「んー?」
悩んだ声を出していたものの、着替えをクローゼットから適当に選んだ彼女は選んだ服を椅子にかけると、既に自身の服に手を掛けていた。
それを見てしまった僕は慌てて部屋の外へと出る。
いやいやいやいや…!
まだ僕が部屋の中に居たのに、か……?!
彼女の中の羞恥心は一体全体、どうなっている?!
「……あ。」
彼女の体を見ないように慌てて出てきたものだから、シャルの事をすっかり忘れていた。
未だ中に居るシャルは、彼女の着替えをまさか見ているのでは…?
……いや、あいつに限ってそんな事ないか。
「はぁぁぁ…。」
……とにかく、僕も着替えてこよう。
.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.
各自着替えた僕達は、食堂の方で集まった。
彼女がシャルを持ってきてくれていた為、受け取った後にジトリとした目でシャルを見れば、奴は心外だというようにコアクリスタルを明滅させていた。
更に侮蔑の視線を送ろうとした矢先、メイドが朝食を持ってきた為、その行為を一時中断し、彼女の隣の席に座った。
「君はこの後、勉強するんだよね?」
「あぁ、そのつもりだ。…お前はどうする?」
「バトルシミュレータの方にいるよ。毎日体を動かさないと、段々体が鈍ってきててね?」
静かに置かれた食器達を横目に、そんな話をすれば彼女は珍しいことを言う。
確かにいつも僕が学校終わりにここへ来れば、彼女は毎度の事ながらバトルシミュレータの方で体を動かしていた。
しかし、〝星の誓約者〟が本領発揮出来るのはあくまで変身後の事であって、今の何も無い状態では普通の人間の能力と変わりないはずだ。
僕達はただ、人よりも運動や体力面で能力が少し秀でている…ただ、それだけだ。
それなのにそんな状態で〈シャドウクリスタル〉との戦闘を想定して戦うのは無謀なのではないか?
特に、あのバトルシミュレータは手足に痛覚を与えるアクセサリーを着けさせられるため、余計に僕個人としては彼女にやって欲しくない。
「君の事だから、どうせ私のことを心配してくれてるんだろう?」
「まだ何も言ってないが?」
「ふふ。分かるよ。それくらい、ね?」
…彼女には筒抜けだったか。
僕が諦めてカトラリーに手を掛ければ、彼女もまた礼儀正しく、作法通りにカトラリーに手を掛けて食べ始める。
綺麗な所作で食べる彼女を初めて見るため、僕は思わず目を丸くさせていた。
あの小煩いレンブラントの奴に矯正でもさせられたか?
「ん、美味しい。」
「お前、食事マナーが出来たんだな。」
「まぁ、君の食事姿を毎日のように見てたからね。これくらいは出来るよ。」
例え僕の所作を見ていたとしても、今の彼女の食事を見ていれば分かる。
これはちゃんと勉強してきたんだろう事が、な。
そんな事を考えている僕を尻目に、彼女は礼儀正しく朝食を頂いて、既に食後のティータイムを優雅に楽しんでさえいるところだ。
早く食べて勉強を終わらせて、彼女には一刻も早くバトルシミュレータから抜け出してもらわなければなるまい。
そうと決まれば早いもので、僕はいつもよりも早めに食事を平らげてしまい、食後の紅茶を飲み干す。
しかし珍しいことに、彼女は食後のティータイムのおかわりまでしていた。
いつも少食の彼女にしては珍しいことであった為に、僕は感心しながらその光景を見ていた。
「珍しいな? お前がそんなに水分を飲むところを人生で初めて見たぞ。」
「この時期ってさ、何だかのどが渇かない?私はそうなんだけど…。」
「クラスのやつにも居たな。雨季のこの時期になると一目散に自販機に駆けていくやつがな。」
『え、でもスノウに限ってそんなに水分を飲むなんて見たこと無いですよ? なんかの前触れですか?』
「酷いなぁ?シャルティエは。私だって、喉くらい乾くさ。」
そう言って彼女は僕の知る限りでは三杯目の紅茶を飲み干そうとしていた。
それに僕たちが顔を見合わせていると、彼女は満足そうにメイドに飲み干したカップを渡していた。
しかしメイドは彼女がもう一杯飲むとでも思っていたのか、代わりのカップを持ってきているところだったので、僕は咄嗟に目を丸くした。
「スノウ様、もう紅茶はよろしいのですか? いつもなら5杯くらいは飲まれますが…?」
『ご、5杯?!!』
「…まぁ、朝飲んで日中飲まないならいざ知らず…。まさかお前がそこまで飲むやつだったとはな…。」
「だから、この時期は特に喉が渇くんだって。」
折角持ってきてくれたから、と彼女が紅茶を飲み干してしまえばメイドが安心した顔でカップを下げていく。
そして彼女は僕を見ると、「勉強頑張って」なんて言って、さっさと食堂を出て行ってしまった。
恐らくさっき言っていたようにバトルシミュレータの方へ向かったのだろうことは分かるが、僕が先程のことで呆然として立ち上がれずにいると、メイド達が代わりのお茶を持ってくるのを視界の端に捉え、すぐに下げさせた。
そして僕も勉強のために移動を開始することにした。
『この時期、坊ちゃんは普通ですよね?そんなに喉乾くような乾燥してますか?』
「僕は感じた試しがないな。寒いときの乾燥した時は欲しくなると思うが…。」
部屋へ戻る道中、やはり話題は先程の少食な彼女のとある一面である。
無論、ずっと朝から晩まで一緒にいたことなど昨日や今日が初めてなので、彼女の普段の生活に口を出すつもりなど毛頭ないが…驚かされる事実に僕たちは勝手に困惑していた。
学校で見る彼女は水分も取らず、食事も少なく。心配になるほどの少食家だったのを記憶している。
暑いのが苦手な彼女が猛暑の日に水分も取らずにいて、脱水を起こしかけた時にはだいぶ説教たれたものだが…。
逆に、朝にここまで水分を取っているなら学校のあの状況にも納得がいく。
もしかして、僕たちが知らないだけで、彼女は外ではあまり食べられない質なのだろうか?
『まぁ、考え事もいいですが…早く勉強を終わらせてしまいましょう!スノウとの約束が反故になってしまいますよ?』
「それもそうだな。早く終わらせて、彼女にはバトルシミュレータから脱してもらわないといけないしな。」
『そうですね!それにしても、言い方はおかしいですが…スノウもちゃんと〝星の誓約者〟としての自覚があったんですね~? 真面目に戦闘訓練なんて、健気ですよね~。きっと坊ちゃんの足手まといになりたくないからですよ!』
「あいつの場合、体が鈍ると思ったのは本当なんだろうが…。あそこまで戦闘に執着する理由も、僕には分からないな。いざ戦闘になれば彼女との連携は抜群に良いとも思っているし、今更戦闘訓練など必要なさそうなものだが…。」
『だからこそ筋力が衰えないように訓練してるんですって!』
そんな話をすれば、レンブラントに充てがわれた部屋へとたどり着いてしまい、中に入った僕は集中して勉強に励む。
…一切、シャルとの会話もせずに、だ。
そんなことをしていれば日が暮れてしまうし、彼女がいつまでもあそこに居てしまうことになる。
それだけは絶対に、なんとしても許しがたい。
僕は一時間の間で宿題や予習をすべて終わらせ、彼女の待つバトルシミュレータの場所へと駆け込んだ。
しかしシャルも流石に心配はしていたのか、バトルシミュレータの場所へと入った途端、彼女の姿を探しているのが分かった。
そんな僕たちの目の前には、この間の時と同じようにレンブラントがガラス越しに彼女の戦闘を観戦していた。
「リオン坊ちゃん。勉強、お疲れ様です。」
「御託はいいから、早くあれを寄越せ。」
「このレンブラント、勿論分かっておりますとも。……しかしリオン坊ちゃん。ひとつお伺いしても?」
「手短に話せ。」
「はい。では単刀直入に聞きますが…、昨日の夜、スノウ様とどこまでいったのですか?」
「っ?!!!」
それを意味する言葉くらい、16になった僕には分かる。
しかし分かりたくない時に限って分かってしまうのだから、僕は赤面させた顔を隠しながらレンブラントを睨む。
そんな僕の睨みなど通用しないとでも言うように、レンブラントは僕の顔を見ては残念そうにため息を吐き、老いぼれらしくゆっくりと首を横に振っていた。
「…このレンブラント、悲しゅうございますぞ。リオン坊ちゃんならば、もう既にお世継ぎのことまでお考えになって事に運んだのかと思っておりましたが…。」
「ば、馬鹿か!!そんな訳、あるはずもないだろうっ?!!」
「まさかとは思いますが…。昨日の夜はキスの一つもしなかったとか…は、無いでございますよね?あぁ、良かったでございます。このレンブラント、リオン坊ちゃんを侮っておりました。大変失礼致しました…。」
「き、キス…だと…?」
「…。」
「…。」
「…あぁ!このレンブラント、再び悲しゅうございますぞ!! もう私どもはリオン坊ちゃんの新たな奥様をお迎えする準備も出来ているというのに…!!」
『この爺さん、わざとらしいですねぇ…?』
「くっ…。この狸め…。」
「して、リオン坊ちゃん。告白はいつなさるおつもりで? このレンブラントめが告白の場を設けましょうか?そのままスノウ様を連れて、寝室に向かわれても───」
「…う、煩いぞ!!レンブラント!!」
目の前でニヤリと笑っている狸じじいを睨みつけ、肩を押してやる。
すると、まるでこちらの事を全て見透かして可笑しそうに笑うものだから、余計に腹が立ってくる。
僕はレンブラントの持っていたアクセサリーを半ば奪い取る形で装着し、あの狸じじいが何かを言ってくる前にバトルシミュレータの中へと急いで入った。
ドーム状のバトルシミュレータの中はオベロン社が作った仮想空間となっていて、僕が中に入った瞬間に景色が一変する。
都心部に近い建物の間で、スノウがただ一人戦っていた。
黒髪の彼女の荒い息遣いで、苦戦している真っ最中だというのが分かった僕は、先程のレンブラントとのやり取りを忘れる様に大声を出して彼女の気を引かせる。
その瞬間、ビクリと体を揺らした彼女は大変驚いた顔で僕の方を見て、唖然とした。
…まぁ、一時間で勉強が終わるとは思ってなかっただろうからな。
「早く終わらせるぞ。」
「え、あ、うん…。あれ……?もうそんな時間だったかな…?」
『坊ちゃん、スノウの為に早く終わらせたんですよ!1時間ですよ!?すごくないですか?』
「す、ごいけど…。大丈夫? まだ、勉強してて…良いんだよ…?」
「終わったと言っただろう。昨日の約束通り、早く終わらせたんだ。こっちも早く終わらせるぞ。」
左手を僕が上げれば、彼女が苦笑しながらそれを見て手を挙げる。
そのまま僕たちがハイタッチを交わし、変身したあと必ず相手の瞳を見る。そして彼女の瞳の奥にある束の間の覚悟を見るのだ。
思えば、これも昔からやっていたことではあるが、今ではお決まりの行為となったな。
「さて。能力が上がったところでシミュレーション再開しますかね…っと。」
『気をつけてくださいよ?痛みもあるホログラムなんですから。』
「だからこそ、僕がいるんだろう?お前に痛み一つ、与えさせないさ。」
僕はシャルを持って敵の姿をした偶像…ホログラムに突っ込んでいく。
無論彼女は支援のために後方へと戻っていき、術の構えを見せる。
「折角来てくれたんだから完全勝利を目指したいよね!___キーネスト!!」
戦闘終了まで続く攻撃力上昇の支援術を僕に掛けてくれた彼女へ、簡単にお礼を言えば次々と支援の技が僕へと飛んでくる。
それは逆に僕が彼女を心配するくらいには、余分に支援を掛けてくれるものだから必然的に僕の顔も引きつってくる。
後で彼女へ説教するコースが確定したことは明確である。
『気持ちいいくらいの倒しっぷりですね!坊ちゃん!』
「あれほど支援技を貰っておきながら逆に僕が負けるなど、天変地異が起ころうともありえない。」
『それもそうですね!いやぁ、本当お二人は息のあったチームで───』
シャルが感動して、僕たちを称賛する言葉を使う。
しかし、そんな称賛の言葉を聞いていた僕の視界の端に映ったのは、ふらりとした彼女の姿だった。
すぐに足を踏ん張らせて体を持ち直した彼女だが、その顔は明らかに険しくなっており、遠目から見ても体調が芳しくなさそうなのがわかった。
僕は慌てて彼女へ声をかけると、同じようにレンブラントが彼女へ声をかけていた。
「大丈夫ですか?スノウ様。」
「あ、はい。大丈夫です。…ちょっと立ち眩みがしただけで。」
「僕が来るまでのところで、そんなに攻撃を受けたのか?…お前が、か?」
冗談抜きで、さっきの敵は普段落ちてくる〈シャドウクリスタル〉の強さと変わりない。
無論それから毎度のこと現れてくる〈シャドウ〉も現実と大差ない。
なのにも関わらず、彼女がそんなヘマをするだろうか?
あれくらいの敵であれば、変身後の彼女であっても変身前の彼女であっても問題はなさそうなものだが…。
「いえ、リオン坊ちゃん。スノウ様はリオン坊ちゃんが来られるまでに敵からの攻撃は受けておりません。シミュレータの機械でもそのような事象は観測されていませんので確かな情報かと。」
「それよりも、さ。運動したら喉乾かない?」
わざとらしく話を逸らしたかと思えば、そんなことで僕は再び驚く。
レンブラントがすぐに水を彼女に渡していたが、確かに彼女の発汗量はいつもよりも多いような気がしなくもない。
…まさか、熱でもあるのか?
僕は顔を険しくして彼女の額に手を置く。
しかし先程僕よりも運動していたのもあり、彼女の現在の体熱感はいつもよりも高い。一概に風邪の診断がつきにくいのが難点だった。
「スノウ様。いつもと様子が違うようですし、検査を受けて見られませんか?」
「検査?」
「はい。このバトルシミュレータの機能の一つでして。是非とも試していただき、感想を言っていただければ今後の我が社の為にもなりましょう。」
「…う~ん、遠慮しておきます。」
「僕としても検査は受けて異常がないか見てほしいものだがな。…だが、お前が嫌だと言うならその意見を尊重しよう。」
「うん。ありがとう、リオン。」
僕も過去に、熾烈な検査をあの研究施設で何度も受けている身でもある。
今の彼女の気持ちが分かるが故に、彼女の意見を尊重したかった。
タオルで汗を拭いた彼女は水を飲みながら、シャルやレンブラントに心配されていた。
それを当たり障りない程度の交わしていた彼女は、その後運動で疲れたというのか、あくびを噛み殺していた。
「昨日、寝れませんでしたか?」
「いえ、ちゃんと寝ました。」
「いつもよりも遅くに寝られたとか?」
「う~ん?いつもあんな時間だったと思いますが…。」
「もしかして、昨晩、リオン坊ちゃんと何かありました?」
「れ、レンブラント!!」
「彼にはたくさん悩みを聞いてもらってたから、何かあったかと言われれば…あったと言えますが…。」
昨夜のことを思い出してるのか「う~ん」と唸る彼女に、僕は背中にヒヤッと冷や汗のようなものが出てくる。
それ以外に彼女と何かあったわけでもないので不必要な心配や杞憂ではあるものの、あんなに悩まれるとこちらも心配になってくる。…何か僕の知らない間にやったのでは、と。
それなのにあの狸じじいときたら、根掘り葉掘り聞こうと目を光らせている。
しばらく悩んだ彼女はゆっくりと首を横に振ると、レンブラントの奴に要らぬ謝罪をしていた。
…そう、僕たちは昨晩、何もなかったのだ。彼女の悩みを聞いていただけで。
「分かりました。何かあればいつものように近くの使用人にお声掛けくださいませ。」
「ありがとうございます、レンブラントさん。」
そう言って辞儀一つ入れた狸じじいはバトルシミュレータの場所から去っていった。
すると彼女は緊張の糸が解けたのか、その場で座り込んだ。
驚いた僕とシャルが慌てて彼女を見れば、「はぁぁ…」と大きく息を吐いて地面を見つめていた。
「本当にお前、大丈夫か?さっきからおかしいぞ?」
「なんだろう…。君の前でこう言うのもなんだけど…。執事のレンブラントさんを見ると無意識に緊張するんだよねぇ…?」
『あの爺さんになにかされたんですか?』
「いや~?何もされてないはずなんだけど…。なんでか、ちょっと怖くてね…?」
「お前が怖い、と言う日が来るとはな。明日は雨か。」
『坊ちゃん…。雨季に入ったんですから明日も明後日も雨ですって…きっと。』
それもそうだ。
雨季に入れば必然的に雨の確率は上がる。
毎日でなくとも、いつもよりは雨の予報も多くなってくるだろう。
ここでは見えない空模様を思い出しながら、僕は地面に座り込んでいる彼女へと手を差し出す。
そんな僕を見て、彼女が笑って僕の手を掴んだので彼女の体を引き上げればまたひとつ、彼女はあくびを漏らしていた。
『スノウ、少し寝てきたらどうですか?』
「でも、折角君がいるのに何もしないっていうのは何だか惜しい気がしてね。」
「阿呆。お前の体調が一番に決まってるだろう。前回みたいに、周りに影響を及ぼすような結晶化が再び起こらないとも限らん。お前は僕の心配よりも先に、なるべく体調を整えておけ。」
「う~ん、そうしようかな。ちょっと立ってられないくらいの眠気もあったしね、さっき。」
『ちょ?!なんでそんな大事なことを先に言わないんですか!!』
「レンブラントさんがいると、つい遠慮しちゃってね?」
「…どこでもいいから早く寝ろ。」
僕は蒼いカードキーを翳し、廊下に戻るよう顔で示せば、彼女がようやく動き出す。
そして一番近かった僕の部屋で寝ることにした彼女はそのままベッドに入ると、一瞬にして眠りについた。
結局再び勉強時間となった僕は、シャルと会話しながら午前中を勉強で終わらせたのだった。
…。oо○**○оo。…。oо○**○оo。…。oо○**○оo。…
昼食時になっても彼女が起きず、僕たちは心配の色を強めてお互いの事を見やる。
しかしそんな中、僕のスマホが震えた。
『リオンくん、こんにちは。』
「あぁ、お前か。」
以前、彼女が誘拐された時に僕のスマホに電話をしてきた男子生徒だ。
いつもの柔らかな口調がスマホ越しに分かり、余計に僕は疑問を持った。
無論、奴は機械のプロであって、僕のスマホに電話をかけてくるなど造作もないことは初めから分かっている。
だが、そんな奴が態々この僕に電話してくることなど今まで無かったに等しいため、普通に怪しんでしまう。
一体、何用なのかと。
『学校の先生から連絡網が回ってきてね~。修学旅行の日取りが決まったから連絡したんだ。』
「……そうか。やはり決まったか。」
クラスメイトたちは彼女の誘拐後、ちゃんと身元が安全な場所で保護されていることを知っている。
だからこそ、彼女が学校に戻ってきてからの修学旅行を心待ちにしていたのだが、ここまで来て他の学年のやつらも一向に訪れない修学旅行に痺れを切らしたのだろう。
それに、この状態でいつ彼女の保護観察期間が終わるとも知れない。
…他者に狙われる彼女が、修学旅行など危険以外の何物でもないだろうから。
『日取りは今月の中旬。少し期間が伸びただけだったね…。』
「宿泊日数は?」
『二泊三日を予定してるって言ってた。場所だけど…1学年生は海洋都市アマルフィだよ。』
「わかった。態々すまなかったな。」
『もしかして今、横にスノウいる?』
「……まぁな。」
『そっか。元気にしてる?』
「あぁ。日々何も出来なくてつまらなさそうではあるがな。」
『そうだよね。保護観察って何をしようにも制限かかるしね。わかった、スノウによろしく言っといて。』
そう言って向こうで勝手に通話を切ったようで、スマホの画面を覗いてみたがそこには何も表示されてなかった。
机の上に置いておけば、シャルが誰からだったか聞いてくるので素直に答えておいた。
勿論修学旅行についてもだ。
『うわぁ…。残念でしたね…スノウ。修学旅行に間に合いませんでしたね…。』
「こいつの保護観察期間が後どれほどのものなのか僕は知らないが…。早く、ここから出してはやりたいな。」
『ええ、そうですね。あの爺さん見ただけで緊張するって言ってるんですから、以外にストレスになってるかもしれませんよ?最近の体調不良はあの爺さん関係だったりして…?』
「レンブラントは父上直属の執事だ。早々妙なことは出来ないだろう。…だが、こいつの言い分も少し気になる点があるがな。」
『気になる点?』
「誰に対しても別け隔てもない、博愛主義なこいつがあの狸じじいを苦手だと言っている理由だ。明確な理由がなかったのが僕には気にかかっている部分もあってな。」
嘘なら嘘だとすぐに癖で分かる彼女が、例の指輪に触れずにそう言い切ったのだ。
記憶がなくとも、何かしら嫌なことでもされたのではないかと僕の中では推測していた。
『あの爺さん、スノウに何かしてたら僕が許しませんからね…?!!』
「それは僕もだが…。なにぶん、証拠がない。」
『う~ん。急に来た眠気にしろ、あの喉が渇く現象にしろ…なんだか迷宮入りしそうです…。』
「分かれば苦労などせん。」
ベッドですやすや寝る彼女。
その頭を優しく撫でれば、顔の表情が少しだけ柔らかくなった気がした。
僕は無意識に鼻で笑っていて、その口元も自然と緩んでいることがすぐに分かった。
結局その日は昼食を呼びに来たレンブラントが来るまで、彼女は夢の中に旅立っていたのだった。
朝の柔らかな日差しが窓から入って来る頃、僕達は目を覚ました。
とは言っても、僕は彼女の寝起きの声で起きたような物だったが。
「…んぅ。」
「…。(もう、朝か…。)」
僕が目を開ければ、昨日の夜の体勢のまま寝ていたことに気付く。
僕が彼女を腕に閉じ込めた状態だった為、その腕を外そうとすると彼女は寒さからか、僕の胸へと余計に擦り寄ってくるものだから、僕は一瞬にして頭が覚醒して顔が否応なしに赤くなってしまう。
行き場の無い手をどうしようか、と彷徨わせているとようやく彼女の瞼が開いていく。
「ん…? ……あぁ、おはよう……レディ……。」
寝ぼけ眼のまま起きた彼女は、なんて事ない様子で起き上がっては欠伸を噛み殺していた。
ついでに腕を伸ばし、体の調子を確かめる彼女に僕は顔が引き攣っていく。
……幾ら、僕から一緒に寝ようと進言したと言えど、男女が同じベッドで寝ることの意味くらい、考えて欲しい。
それなのに彼女はそんな羞恥心など端から知らないように、普段通りに僕に接する。
だが……、少しだけ良かった事もある。
腕を下ろした彼女は、僕を見るとふにゃりと笑って僕を見たのだ。
寝起きだからこそ見れた彼女のちょっとした素顔。
それが、今の僕には堪らなかった。
だからこの堪らない気持ちをどうにかしたくて、話を逸らしたくなったんだ。
「……今日は雨らしいな。」
「え?本当?」
いつも憎いくらい眩しい朝の日差しだが、柔らかな朝の日差しの理由は、単純に雲に覆われて晴れ間が見えないからだ。
先日から雨季に入っていたこともあり、今日はどうやら雨であった。
残念そうな顔と声を零した彼女を見ながら、今更ながら彼女のベッドから香る匂いにいたたまれなくなる。
彼女の香りが染み付いたこのベッドに居ても居られなくなった僕は、そっとベッドから降りる。
そんな僕を見た彼女は、また一つ欠伸を噛み殺してからベッドから降りていた。
「着替えはどうする?別の部屋にあるのかい?」
「あぁ、そうだな。」
「ん。じゃあ、また朝食で。」
流石に着替えは羞恥心があって良かった、とつくづく思う。
こいつの事だから着替えまで僕の前でやるかと───
「んー?」
悩んだ声を出していたものの、着替えをクローゼットから適当に選んだ彼女は選んだ服を椅子にかけると、既に自身の服に手を掛けていた。
それを見てしまった僕は慌てて部屋の外へと出る。
いやいやいやいや…!
まだ僕が部屋の中に居たのに、か……?!
彼女の中の羞恥心は一体全体、どうなっている?!
「……あ。」
彼女の体を見ないように慌てて出てきたものだから、シャルの事をすっかり忘れていた。
未だ中に居るシャルは、彼女の着替えをまさか見ているのでは…?
……いや、あいつに限ってそんな事ないか。
「はぁぁぁ…。」
……とにかく、僕も着替えてこよう。
.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.
各自着替えた僕達は、食堂の方で集まった。
彼女がシャルを持ってきてくれていた為、受け取った後にジトリとした目でシャルを見れば、奴は心外だというようにコアクリスタルを明滅させていた。
更に侮蔑の視線を送ろうとした矢先、メイドが朝食を持ってきた為、その行為を一時中断し、彼女の隣の席に座った。
「君はこの後、勉強するんだよね?」
「あぁ、そのつもりだ。…お前はどうする?」
「バトルシミュレータの方にいるよ。毎日体を動かさないと、段々体が鈍ってきててね?」
静かに置かれた食器達を横目に、そんな話をすれば彼女は珍しいことを言う。
確かにいつも僕が学校終わりにここへ来れば、彼女は毎度の事ながらバトルシミュレータの方で体を動かしていた。
しかし、〝星の誓約者〟が本領発揮出来るのはあくまで変身後の事であって、今の何も無い状態では普通の人間の能力と変わりないはずだ。
僕達はただ、人よりも運動や体力面で能力が少し秀でている…ただ、それだけだ。
それなのにそんな状態で〈シャドウクリスタル〉との戦闘を想定して戦うのは無謀なのではないか?
特に、あのバトルシミュレータは手足に痛覚を与えるアクセサリーを着けさせられるため、余計に僕個人としては彼女にやって欲しくない。
「君の事だから、どうせ私のことを心配してくれてるんだろう?」
「まだ何も言ってないが?」
「ふふ。分かるよ。それくらい、ね?」
…彼女には筒抜けだったか。
僕が諦めてカトラリーに手を掛ければ、彼女もまた礼儀正しく、作法通りにカトラリーに手を掛けて食べ始める。
綺麗な所作で食べる彼女を初めて見るため、僕は思わず目を丸くさせていた。
あの小煩いレンブラントの奴に矯正でもさせられたか?
「ん、美味しい。」
「お前、食事マナーが出来たんだな。」
「まぁ、君の食事姿を毎日のように見てたからね。これくらいは出来るよ。」
例え僕の所作を見ていたとしても、今の彼女の食事を見ていれば分かる。
これはちゃんと勉強してきたんだろう事が、な。
そんな事を考えている僕を尻目に、彼女は礼儀正しく朝食を頂いて、既に食後のティータイムを優雅に楽しんでさえいるところだ。
早く食べて勉強を終わらせて、彼女には一刻も早くバトルシミュレータから抜け出してもらわなければなるまい。
そうと決まれば早いもので、僕はいつもよりも早めに食事を平らげてしまい、食後の紅茶を飲み干す。
しかし珍しいことに、彼女は食後のティータイムのおかわりまでしていた。
いつも少食の彼女にしては珍しいことであった為に、僕は感心しながらその光景を見ていた。
「珍しいな? お前がそんなに水分を飲むところを人生で初めて見たぞ。」
「この時期ってさ、何だかのどが渇かない?私はそうなんだけど…。」
「クラスのやつにも居たな。雨季のこの時期になると一目散に自販機に駆けていくやつがな。」
『え、でもスノウに限ってそんなに水分を飲むなんて見たこと無いですよ? なんかの前触れですか?』
「酷いなぁ?シャルティエは。私だって、喉くらい乾くさ。」
そう言って彼女は僕の知る限りでは三杯目の紅茶を飲み干そうとしていた。
それに僕たちが顔を見合わせていると、彼女は満足そうにメイドに飲み干したカップを渡していた。
しかしメイドは彼女がもう一杯飲むとでも思っていたのか、代わりのカップを持ってきているところだったので、僕は咄嗟に目を丸くした。
「スノウ様、もう紅茶はよろしいのですか? いつもなら5杯くらいは飲まれますが…?」
『ご、5杯?!!』
「…まぁ、朝飲んで日中飲まないならいざ知らず…。まさかお前がそこまで飲むやつだったとはな…。」
「だから、この時期は特に喉が渇くんだって。」
折角持ってきてくれたから、と彼女が紅茶を飲み干してしまえばメイドが安心した顔でカップを下げていく。
そして彼女は僕を見ると、「勉強頑張って」なんて言って、さっさと食堂を出て行ってしまった。
恐らくさっき言っていたようにバトルシミュレータの方へ向かったのだろうことは分かるが、僕が先程のことで呆然として立ち上がれずにいると、メイド達が代わりのお茶を持ってくるのを視界の端に捉え、すぐに下げさせた。
そして僕も勉強のために移動を開始することにした。
『この時期、坊ちゃんは普通ですよね?そんなに喉乾くような乾燥してますか?』
「僕は感じた試しがないな。寒いときの乾燥した時は欲しくなると思うが…。」
部屋へ戻る道中、やはり話題は先程の少食な彼女のとある一面である。
無論、ずっと朝から晩まで一緒にいたことなど昨日や今日が初めてなので、彼女の普段の生活に口を出すつもりなど毛頭ないが…驚かされる事実に僕たちは勝手に困惑していた。
学校で見る彼女は水分も取らず、食事も少なく。心配になるほどの少食家だったのを記憶している。
暑いのが苦手な彼女が猛暑の日に水分も取らずにいて、脱水を起こしかけた時にはだいぶ説教たれたものだが…。
逆に、朝にここまで水分を取っているなら学校のあの状況にも納得がいく。
もしかして、僕たちが知らないだけで、彼女は外ではあまり食べられない質なのだろうか?
『まぁ、考え事もいいですが…早く勉強を終わらせてしまいましょう!スノウとの約束が反故になってしまいますよ?』
「それもそうだな。早く終わらせて、彼女にはバトルシミュレータから脱してもらわないといけないしな。」
『そうですね!それにしても、言い方はおかしいですが…スノウもちゃんと〝星の誓約者〟としての自覚があったんですね~? 真面目に戦闘訓練なんて、健気ですよね~。きっと坊ちゃんの足手まといになりたくないからですよ!』
「あいつの場合、体が鈍ると思ったのは本当なんだろうが…。あそこまで戦闘に執着する理由も、僕には分からないな。いざ戦闘になれば彼女との連携は抜群に良いとも思っているし、今更戦闘訓練など必要なさそうなものだが…。」
『だからこそ筋力が衰えないように訓練してるんですって!』
そんな話をすれば、レンブラントに充てがわれた部屋へとたどり着いてしまい、中に入った僕は集中して勉強に励む。
…一切、シャルとの会話もせずに、だ。
そんなことをしていれば日が暮れてしまうし、彼女がいつまでもあそこに居てしまうことになる。
それだけは絶対に、なんとしても許しがたい。
僕は一時間の間で宿題や予習をすべて終わらせ、彼女の待つバトルシミュレータの場所へと駆け込んだ。
しかしシャルも流石に心配はしていたのか、バトルシミュレータの場所へと入った途端、彼女の姿を探しているのが分かった。
そんな僕たちの目の前には、この間の時と同じようにレンブラントがガラス越しに彼女の戦闘を観戦していた。
「リオン坊ちゃん。勉強、お疲れ様です。」
「御託はいいから、早くあれを寄越せ。」
「このレンブラント、勿論分かっておりますとも。……しかしリオン坊ちゃん。ひとつお伺いしても?」
「手短に話せ。」
「はい。では単刀直入に聞きますが…、昨日の夜、スノウ様とどこまでいったのですか?」
「っ?!!!」
それを意味する言葉くらい、16になった僕には分かる。
しかし分かりたくない時に限って分かってしまうのだから、僕は赤面させた顔を隠しながらレンブラントを睨む。
そんな僕の睨みなど通用しないとでも言うように、レンブラントは僕の顔を見ては残念そうにため息を吐き、老いぼれらしくゆっくりと首を横に振っていた。
「…このレンブラント、悲しゅうございますぞ。リオン坊ちゃんならば、もう既にお世継ぎのことまでお考えになって事に運んだのかと思っておりましたが…。」
「ば、馬鹿か!!そんな訳、あるはずもないだろうっ?!!」
「まさかとは思いますが…。昨日の夜はキスの一つもしなかったとか…は、無いでございますよね?あぁ、良かったでございます。このレンブラント、リオン坊ちゃんを侮っておりました。大変失礼致しました…。」
「き、キス…だと…?」
「…。」
「…。」
「…あぁ!このレンブラント、再び悲しゅうございますぞ!! もう私どもはリオン坊ちゃんの新たな奥様をお迎えする準備も出来ているというのに…!!」
『この爺さん、わざとらしいですねぇ…?』
「くっ…。この狸め…。」
「して、リオン坊ちゃん。告白はいつなさるおつもりで? このレンブラントめが告白の場を設けましょうか?そのままスノウ様を連れて、寝室に向かわれても───」
「…う、煩いぞ!!レンブラント!!」
目の前でニヤリと笑っている狸じじいを睨みつけ、肩を押してやる。
すると、まるでこちらの事を全て見透かして可笑しそうに笑うものだから、余計に腹が立ってくる。
僕はレンブラントの持っていたアクセサリーを半ば奪い取る形で装着し、あの狸じじいが何かを言ってくる前にバトルシミュレータの中へと急いで入った。
ドーム状のバトルシミュレータの中はオベロン社が作った仮想空間となっていて、僕が中に入った瞬間に景色が一変する。
都心部に近い建物の間で、スノウがただ一人戦っていた。
黒髪の彼女の荒い息遣いで、苦戦している真っ最中だというのが分かった僕は、先程のレンブラントとのやり取りを忘れる様に大声を出して彼女の気を引かせる。
その瞬間、ビクリと体を揺らした彼女は大変驚いた顔で僕の方を見て、唖然とした。
…まぁ、一時間で勉強が終わるとは思ってなかっただろうからな。
「早く終わらせるぞ。」
「え、あ、うん…。あれ……?もうそんな時間だったかな…?」
『坊ちゃん、スノウの為に早く終わらせたんですよ!1時間ですよ!?すごくないですか?』
「す、ごいけど…。大丈夫? まだ、勉強してて…良いんだよ…?」
「終わったと言っただろう。昨日の約束通り、早く終わらせたんだ。こっちも早く終わらせるぞ。」
左手を僕が上げれば、彼女が苦笑しながらそれを見て手を挙げる。
そのまま僕たちがハイタッチを交わし、変身したあと必ず相手の瞳を見る。そして彼女の瞳の奥にある束の間の覚悟を見るのだ。
思えば、これも昔からやっていたことではあるが、今ではお決まりの行為となったな。
「さて。能力が上がったところでシミュレーション再開しますかね…っと。」
『気をつけてくださいよ?痛みもあるホログラムなんですから。』
「だからこそ、僕がいるんだろう?お前に痛み一つ、与えさせないさ。」
僕はシャルを持って敵の姿をした偶像…ホログラムに突っ込んでいく。
無論彼女は支援のために後方へと戻っていき、術の構えを見せる。
「折角来てくれたんだから完全勝利を目指したいよね!___キーネスト!!」
戦闘終了まで続く攻撃力上昇の支援術を僕に掛けてくれた彼女へ、簡単にお礼を言えば次々と支援の技が僕へと飛んでくる。
それは逆に僕が彼女を心配するくらいには、余分に支援を掛けてくれるものだから必然的に僕の顔も引きつってくる。
後で彼女へ説教するコースが確定したことは明確である。
『気持ちいいくらいの倒しっぷりですね!坊ちゃん!』
「あれほど支援技を貰っておきながら逆に僕が負けるなど、天変地異が起ころうともありえない。」
『それもそうですね!いやぁ、本当お二人は息のあったチームで───』
シャルが感動して、僕たちを称賛する言葉を使う。
しかし、そんな称賛の言葉を聞いていた僕の視界の端に映ったのは、ふらりとした彼女の姿だった。
すぐに足を踏ん張らせて体を持ち直した彼女だが、その顔は明らかに険しくなっており、遠目から見ても体調が芳しくなさそうなのがわかった。
僕は慌てて彼女へ声をかけると、同じようにレンブラントが彼女へ声をかけていた。
「大丈夫ですか?スノウ様。」
「あ、はい。大丈夫です。…ちょっと立ち眩みがしただけで。」
「僕が来るまでのところで、そんなに攻撃を受けたのか?…お前が、か?」
冗談抜きで、さっきの敵は普段落ちてくる〈シャドウクリスタル〉の強さと変わりない。
無論それから毎度のこと現れてくる〈シャドウ〉も現実と大差ない。
なのにも関わらず、彼女がそんなヘマをするだろうか?
あれくらいの敵であれば、変身後の彼女であっても変身前の彼女であっても問題はなさそうなものだが…。
「いえ、リオン坊ちゃん。スノウ様はリオン坊ちゃんが来られるまでに敵からの攻撃は受けておりません。シミュレータの機械でもそのような事象は観測されていませんので確かな情報かと。」
「それよりも、さ。運動したら喉乾かない?」
わざとらしく話を逸らしたかと思えば、そんなことで僕は再び驚く。
レンブラントがすぐに水を彼女に渡していたが、確かに彼女の発汗量はいつもよりも多いような気がしなくもない。
…まさか、熱でもあるのか?
僕は顔を険しくして彼女の額に手を置く。
しかし先程僕よりも運動していたのもあり、彼女の現在の体熱感はいつもよりも高い。一概に風邪の診断がつきにくいのが難点だった。
「スノウ様。いつもと様子が違うようですし、検査を受けて見られませんか?」
「検査?」
「はい。このバトルシミュレータの機能の一つでして。是非とも試していただき、感想を言っていただければ今後の我が社の為にもなりましょう。」
「…う~ん、遠慮しておきます。」
「僕としても検査は受けて異常がないか見てほしいものだがな。…だが、お前が嫌だと言うならその意見を尊重しよう。」
「うん。ありがとう、リオン。」
僕も過去に、熾烈な検査をあの研究施設で何度も受けている身でもある。
今の彼女の気持ちが分かるが故に、彼女の意見を尊重したかった。
タオルで汗を拭いた彼女は水を飲みながら、シャルやレンブラントに心配されていた。
それを当たり障りない程度の交わしていた彼女は、その後運動で疲れたというのか、あくびを噛み殺していた。
「昨日、寝れませんでしたか?」
「いえ、ちゃんと寝ました。」
「いつもよりも遅くに寝られたとか?」
「う~ん?いつもあんな時間だったと思いますが…。」
「もしかして、昨晩、リオン坊ちゃんと何かありました?」
「れ、レンブラント!!」
「彼にはたくさん悩みを聞いてもらってたから、何かあったかと言われれば…あったと言えますが…。」
昨夜のことを思い出してるのか「う~ん」と唸る彼女に、僕は背中にヒヤッと冷や汗のようなものが出てくる。
それ以外に彼女と何かあったわけでもないので不必要な心配や杞憂ではあるものの、あんなに悩まれるとこちらも心配になってくる。…何か僕の知らない間にやったのでは、と。
それなのにあの狸じじいときたら、根掘り葉掘り聞こうと目を光らせている。
しばらく悩んだ彼女はゆっくりと首を横に振ると、レンブラントの奴に要らぬ謝罪をしていた。
…そう、僕たちは昨晩、何もなかったのだ。彼女の悩みを聞いていただけで。
「分かりました。何かあればいつものように近くの使用人にお声掛けくださいませ。」
「ありがとうございます、レンブラントさん。」
そう言って辞儀一つ入れた狸じじいはバトルシミュレータの場所から去っていった。
すると彼女は緊張の糸が解けたのか、その場で座り込んだ。
驚いた僕とシャルが慌てて彼女を見れば、「はぁぁ…」と大きく息を吐いて地面を見つめていた。
「本当にお前、大丈夫か?さっきからおかしいぞ?」
「なんだろう…。君の前でこう言うのもなんだけど…。執事のレンブラントさんを見ると無意識に緊張するんだよねぇ…?」
『あの爺さんになにかされたんですか?』
「いや~?何もされてないはずなんだけど…。なんでか、ちょっと怖くてね…?」
「お前が怖い、と言う日が来るとはな。明日は雨か。」
『坊ちゃん…。雨季に入ったんですから明日も明後日も雨ですって…きっと。』
それもそうだ。
雨季に入れば必然的に雨の確率は上がる。
毎日でなくとも、いつもよりは雨の予報も多くなってくるだろう。
ここでは見えない空模様を思い出しながら、僕は地面に座り込んでいる彼女へと手を差し出す。
そんな僕を見て、彼女が笑って僕の手を掴んだので彼女の体を引き上げればまたひとつ、彼女はあくびを漏らしていた。
『スノウ、少し寝てきたらどうですか?』
「でも、折角君がいるのに何もしないっていうのは何だか惜しい気がしてね。」
「阿呆。お前の体調が一番に決まってるだろう。前回みたいに、周りに影響を及ぼすような結晶化が再び起こらないとも限らん。お前は僕の心配よりも先に、なるべく体調を整えておけ。」
「う~ん、そうしようかな。ちょっと立ってられないくらいの眠気もあったしね、さっき。」
『ちょ?!なんでそんな大事なことを先に言わないんですか!!』
「レンブラントさんがいると、つい遠慮しちゃってね?」
「…どこでもいいから早く寝ろ。」
僕は蒼いカードキーを翳し、廊下に戻るよう顔で示せば、彼女がようやく動き出す。
そして一番近かった僕の部屋で寝ることにした彼女はそのままベッドに入ると、一瞬にして眠りについた。
結局再び勉強時間となった僕は、シャルと会話しながら午前中を勉強で終わらせたのだった。
…。oо○**○оo。…。oо○**○оo。…。oо○**○оo。…
昼食時になっても彼女が起きず、僕たちは心配の色を強めてお互いの事を見やる。
しかしそんな中、僕のスマホが震えた。
『リオンくん、こんにちは。』
「あぁ、お前か。」
以前、彼女が誘拐された時に僕のスマホに電話をしてきた男子生徒だ。
いつもの柔らかな口調がスマホ越しに分かり、余計に僕は疑問を持った。
無論、奴は機械のプロであって、僕のスマホに電話をかけてくるなど造作もないことは初めから分かっている。
だが、そんな奴が態々この僕に電話してくることなど今まで無かったに等しいため、普通に怪しんでしまう。
一体、何用なのかと。
『学校の先生から連絡網が回ってきてね~。修学旅行の日取りが決まったから連絡したんだ。』
「……そうか。やはり決まったか。」
クラスメイトたちは彼女の誘拐後、ちゃんと身元が安全な場所で保護されていることを知っている。
だからこそ、彼女が学校に戻ってきてからの修学旅行を心待ちにしていたのだが、ここまで来て他の学年のやつらも一向に訪れない修学旅行に痺れを切らしたのだろう。
それに、この状態でいつ彼女の保護観察期間が終わるとも知れない。
…他者に狙われる彼女が、修学旅行など危険以外の何物でもないだろうから。
『日取りは今月の中旬。少し期間が伸びただけだったね…。』
「宿泊日数は?」
『二泊三日を予定してるって言ってた。場所だけど…1学年生は海洋都市アマルフィだよ。』
「わかった。態々すまなかったな。」
『もしかして今、横にスノウいる?』
「……まぁな。」
『そっか。元気にしてる?』
「あぁ。日々何も出来なくてつまらなさそうではあるがな。」
『そうだよね。保護観察って何をしようにも制限かかるしね。わかった、スノウによろしく言っといて。』
そう言って向こうで勝手に通話を切ったようで、スマホの画面を覗いてみたがそこには何も表示されてなかった。
机の上に置いておけば、シャルが誰からだったか聞いてくるので素直に答えておいた。
勿論修学旅行についてもだ。
『うわぁ…。残念でしたね…スノウ。修学旅行に間に合いませんでしたね…。』
「こいつの保護観察期間が後どれほどのものなのか僕は知らないが…。早く、ここから出してはやりたいな。」
『ええ、そうですね。あの爺さん見ただけで緊張するって言ってるんですから、以外にストレスになってるかもしれませんよ?最近の体調不良はあの爺さん関係だったりして…?』
「レンブラントは父上直属の執事だ。早々妙なことは出来ないだろう。…だが、こいつの言い分も少し気になる点があるがな。」
『気になる点?』
「誰に対しても別け隔てもない、博愛主義なこいつがあの狸じじいを苦手だと言っている理由だ。明確な理由がなかったのが僕には気にかかっている部分もあってな。」
嘘なら嘘だとすぐに癖で分かる彼女が、例の指輪に触れずにそう言い切ったのだ。
記憶がなくとも、何かしら嫌なことでもされたのではないかと僕の中では推測していた。
『あの爺さん、スノウに何かしてたら僕が許しませんからね…?!!』
「それは僕もだが…。なにぶん、証拠がない。」
『う~ん。急に来た眠気にしろ、あの喉が渇く現象にしろ…なんだか迷宮入りしそうです…。』
「分かれば苦労などせん。」
ベッドですやすや寝る彼女。
その頭を優しく撫でれば、顔の表情が少しだけ柔らかくなった気がした。
僕は無意識に鼻で笑っていて、その口元も自然と緩んでいることがすぐに分かった。
結局その日は昼食を呼びに来たレンブラントが来るまで、彼女は夢の中に旅立っていたのだった。