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09.過去(1)
*スノウとリオンが子供の頃の話。
*リオンが現在と昔で性格が違います。
*リオンsideから見たお話しです。
____スノウが〝フロラシオン〟発症前。
僕が本当に幼かった頃、突然あいつが現れた。
白い肌を持ち、澄み渡る空のような髪色と海色のキラキラした瞳をもった……男の子だった。
一瞬にして惹き込まれたのは言うまでもない。
他の奴とは違う雰囲気を持っていたから。
最初僕はそいつの事を男だと勘違いしていた。
だから男として接したが、女だと分かったのは意外にも早い段階であった。
それからはお互い仲良くなり、いつも一緒にいるようになった。
……あの日までは。
いつものように時間があれば遊んでいた僕ら。
幼いからこそ、純粋にお互いに一緒に居たいという願いが強かった。
「次はどこにいく?」
「キミと一緒ならどこでもいいよ?」
幼い時からそんな感じで博愛主義な彼女。
女だろうが男だろうが、……先生だろうが、口先は上手い彼女に見惚れない者など居ないはずもない。
誰もが彼女に夢中だったのを、よく覚えている。
それが悔しくて、彼女は自分の物だと周りにアピールした事もあった。……効果は薄かったが。
そんな彼女をつれて、彼女の大好きな花畑へと連れて行けば、途端に花が咲いたように笑顔になる。
格好も男のそれな癖に、そういう所だけは妙に女性らしかった。
それを見ては子供の頃の僕は毎回満足していた。
子供ながらに優越感に浸っていたのかもしれない。
「ここ、すきなんだ。」
そう言った彼女は本当に嬉しそうだった。
その頃から彼女が大好きだった自分からすると、その笑顔はドギマギするものだったし、もっと見せて欲しい……もっと見たいとも思っていた。
だから毎回行く場所に困ればここへと連れてきていた。
「こらこら。二人とも、あまり遠くへ行かないようにねー?」
この頃父親は今の職業とはまた別の考古学者というやつで、優しい笑みを浮かべては僕達の保護者兼、監視役をしていた。
流石に子供二人だけで遠出なんて出来はしなかった。
因みにこの頃まだ僕の母親が居たらしいが……覚えていない。
病弱でいつも家で寝込んでしまっていたからか、こういった記憶は無いに等しい。
逆に言えば、スノウの両親はこの時既に他界していたらしい。
これは後々分かったことだったが、その時子供だった自分にそれが分かるはずもない。
自分と同じで、親がいるもんだ、と思っていた。
だから突如自分の前に現れた彼女に疑問も何も持たなかった。
……雪国出身であった彼女は両親を亡くし、それでここセインガルドに来ていたのだ。
今では彼女の出身国は気象科学に特化した国と化していて、僕たちが今居るセインガルドは特にレンズを使用した科学が発展した国だった。
今使っているスマホやテレビ、家電の全てをレンズエネルギーで補い、そして国を発展させるほどの研究を発明したのが……僕の父親だった。
考古学者が何故そういう風になったかは、正直分からない事だらけだが、その頃から父親は僕に対しても他に対しても厳しくなっていった気がする。
……話を戻そう。
父親の監視の元、僕達は花を眺めたり、花を摘んだりして遊んでいた。
しかし、その日はそんな楽しい時間も長くはなかった。
突如、この花畑に〈シャドウクリスタル〉が飛来して来たのだ。
僕はその〈シャドウクリスタル〉が落ちてくる前に誰かに突き飛ばされていた。
恐らく、近くに居たスノウだったんだろう。
地面に刺さった〈シャドウクリスタル〉の近くで転んでいたスノウを、自分の父親が慌てて助けに行ったのを覚えているからだ。
顔色の悪い彼女を抱え、父親が僕も抱えるとすぐさまその場から走り去った。
その機転もあってか、〈シャドウクリスタル〉から〈シャドウ〉が生み出される前に避難出来たのだ。
しかし……
「うっ、うぅ…!!」
「「っ?!」」
父親も僕も、その苦しそうな声を聞いて慌ててスノウを見た。
彼女は胸を押さえ、痛そうにしていた。
元々白かった肌を更に青白くさせ、彼女は痛みに耐えるように顔を顰めていた。
「あ、ぁあ…!」
「どうしたんだい?!何処が苦しい?!」
「スノウっ…!」
心臓辺りを掻き毟っていた彼女に父親が言葉を呑んだのを鮮明に覚えている。
僕は子供で、それがどんな場所か分かっていなかったからだ。
……人間の大事な部分だと言う事に気付いていなかった。
「い、医者に行かないと…!」
そう父親は言い、僕達を抱えて必死に走った。
だが、時は既に遅かった。
一際大きく悲鳴を上げた彼女を、父親が驚いて手放した。
地面に落ちてしまった彼女は……
「ぅああぁぁああああ!!!!!!」
今までに聞いたことがないほど、大きな声で悲鳴をあげた。
その瞬間、彼女の胸から花の蕾のような結晶が現れたんだ。
僕も父親もそれを見て言葉を失った。
これは何だ、とお互いに思っていたんだと思う。
その蕾がゆっくりと咲くと、彼女の悲鳴は止まった。
しかし…それが危険な信号だったのだと、その病について知らなかった僕らはその時、知る由もなかった。
仰向けに倒れた彼女の目は、遂に焦点が合わなくなっていた。
声を上げる事もなくなってしまった彼女を父親が必死になって呼び掛けていた。
僕はそんな二人を見ながら、恐怖で体を動かせなかった。
その時だった。
ピシ、ピシ…と謎の音が聞こえた。
その音の正体は、彼女の身体を蝕んでいた結晶だった。
胸の所にある花のような結晶の所から徐々に彼女の身体を結晶化させていたのだ。
「え、みりお…」
「っ!」
僕は彼女のその苦しそうな声でようやく我に返って、彼女の元へと駆け出した。
痙攣させた腕を何処かへと伸ばした彼女。
その手を取り、僕は強く握りしめた。
……その手は、まだ結晶化していなかったのに、氷のように冷たくなっていた。
「スノウっ!スノウ!!!」
子供ながら彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった。
他に何をしようも無かったからだ。
頼みの綱である父親を見ても、彼もまた未知な病にどうしていいか分からない様子だった。
徐々に彼女を蝕む結晶は、足を……手を……結晶化させていった。
焦点があっていない彼女が、しっかりと僕の方を見て、必死に言葉を掛ける。
「は…なれ、て…。えみりお…。」
「いやだ!!!!」
「え、みりお…………えみり、お……」
何度も何度も僕の名前を呼ぶ彼女に、僕は遂に涙を流した。
何も出来ない自分が歯痒くて。
何も出来ない自分が情けなくて。
こんなにも苦しんでいる彼女に対して、子供であった自分は余りにも無力だった。
彼女の全身が結晶で包まれそうになった、その時。
「その子を助けたいか?」
「っ?!」
見知らぬ男が僕達を見下ろしていた。
冷めた目をしていて、同時に僕達を睨んでもいた気がする。
でもそんなのが気にならないくらい、僕には男の救いの言葉に縋るしかなかった。
「なんでもするっ!! なんでもするからっ、だからっ!!」
「あ、貴方は一体…?」
「今はそんな事よりこの子供の体を治すことが先じゃないのか?」
「あ…。」
そんな大人の会話を聞いていたが、猶予がない。
それは子供であった自分でも分かるくらい、彼女の状態は命の危機に瀕していた。
男の足にしがみつき、僕は見知らぬ男に縋った。
早く、早くしないと…彼女が死んでしまう。
……そう思った。
「良いか、坊主。この病気はな、覚悟のある奴じゃないと救えねぇ。この子供を救いたい、一生涯賭けてもそいつと共に居る、と誓わないといけねぇ。お前にその覚悟あんのか。」
「あるっ!!ぼくは、スノウのこと、すきだから!!」
「…!」
「ハッ!ガキの癖にいっちょ前に男見せやがって…。良いだろう。お前に教えてやるよ。その子供の救い方ってやつをな。」
男は足にしがみついていた僕の首根っこを掴むと、結晶化がかなり進んだ彼女の前に容赦なく落とした。
尻もちをついて、痛む尻をさする僕へ男は言葉を連ねる。
「いいか、坊主。こいつの胸の所にあるのが花結晶と呼ばれる、この病気の所謂本体だ。こいつのせいで、この子供は苦しんでいる。」
「そんなのいいから、早くおしえろ!!」
「分かってるっつの。…で、その花結晶の中央にある“核”と呼ばれる部分……、そこを噛み砕け。」
「そ、そんな事で…?」
「そんな事なんつってるけどな?その花結晶の核はちょっとやそっとじゃあ噛み砕けねぇ。それくらい固いんだよ。…だが、覚悟のあるやつが噛み砕けば───」
後ろで何か大人達が話していたが、僕は男の言葉を鵜呑みにして彼女の胸にある花結晶へと口を近付けた。
そして真ん中の……本当に奥の方に丸い何かがあるのが唇から伝わる感触で分かった。
急いでその丸い物にかじりつき、必死になって噛み砕けばその瞬間、花結晶が砕け、そして結晶化していた彼女の体の結晶までもが砕け散ったのだ。
同時に僕の左手と彼女の左手の薬指が光り輝いた。
しかしそれはとても熱くて、僕は痛みから手を押さえながら叫んでいた。
「うわぁぁああああ!!!!!?」
「っ?!」
「始まったか。」
「一体、何を…!? 2人はどうなるんですか?!!」
「2人で〝誓約〟したんだ。だから、これが起こることは“必然”なんだよ。」
痛い、いたい…!!
僕はその苦痛に耐えきれなくて涙を流した。
だが、変な話でもあるが……僕の隣で虫の息だった彼女を見て、僕は勇気を貰った。
この痛みに耐え切る、という勇気を。
涙で視界が滲みながらも、僕はその熱と闘っていた。
そして彼女を見ては必死に痛みに抗い、その熱が冷めるのをただひたすら待った。
すると、何が要因かは分からなかったが急に熱は冷め、荒い息を繰り返す僕の手の薬指には、綺麗な指輪がはめられていた。
それは彼女も同じだった。
自分の指にある指輪と彼女の指にある指輪を交互に見ていると、男が僕の頭をワシャワシャと掻き乱した。
それはそれは良い笑顔で、だ。
「よくやったな!坊主!見直したぜ!」
「ぼくはボウズじゃない!!エミリオだ!!」
「わかった、分かった!坊主な!」
そんな幼稚な言葉にムキになってしまった僕はその男に突っかかろうとして、突然フラリとした。
目の前が歪んでしまい、その場で尻もちを着いたのだ。
何が起こってるのか分からなかった僕は、頭にハテナを浮かべながら首を傾げていた。
だが、視界の歪みが酷くなり遂には僕は気絶していた。
「───その指輪、絶対外すなよ。」
気絶する直前、男のそんな言葉が聞こえた気がしたんだ。
そして、気付いたら僕は牢屋の中にいた。
手錠をはめられていて、足枷が無いだけマシだったが、子供の僕には何が何だか分からなかった。
辛うじて、その場所が牢屋だってことが分かったくらいだ。
なぜこんな場所にいるのか、なぜ他に誰もいないのか。
そして、何故彼女が隣に居ないのか…その時は分かりもしなかった。
牢屋の檻を掴み、誰かいないか周りを見渡したものだった。
頭が混乱して、必死に叫んでいた。
大好きな…最愛の彼女の名前を。
混乱しても尚、僕は彼女の安否をただひたすら心配していたのだ。
だから無意識にずっと呼んでいた。
「スノウっ!スノウ!!!!」
左手の薬指にある指輪が彼女を助けた証のはずなのに、何故彼女は居ない?
何故姿を現してくれない?
もしかして、まだ何処かで苦しんでいるのだろうか?
ならば自分が治しに行かなくては。
……何だと?今と対して変わらない?
今と昔じゃあ、この病の知識量が明らかに違うし、あれから僕も成長している。
……身長も、だ。
話は逸れたが、結局その日は誰もやっては来なかった。
空腹で、死にそうになっていた所に白衣を着た男達がやってきた。
最初は医者かと思った。
昔から医者は予防接種とかで世話になっていたのもあり、馴染み深かったからだ。
しかし、そいつらは政府に雇われた科学者……所謂研究者であった。
未知の病〝フロラシオン〟を発症させ、それを救う為の〝誓約〟に成功した僕を見に来たのだ。
……今思えばモルモットみたいな扱いだった。
起きた僕に気付いた研究者共は、食事を用意した。
正直、見た目からしてあまり美味しそうではなかったものの、その時空腹だった僕にはそれがご馳走だった。
必死に食べて、そして彼女の居場所を聞く。
これが日常茶飯事になっていた。
それが3日くらい経つと、幾ら子供だからとて流石におかしいと気付く。
その日から僕は身体検査を強制させられていた。
白衣の男達は僕に着けられた手錠の鎖を掴み、強引に歩かせられたと思えば、変な台へと乗せられて変な光を浴びる。
そしてエコーやレントゲン、心電図や脳検査───ありとあらゆる検査を重ねた。
その上、それを“毎日”だ。
気持ちが悪いにも程がある。
早く彼女に会いたい、彼女の無事を確認したい。
そんな自分の願いは、酷く疲れる毎日の検査でかき消されていった。
だが、朝起きれば毎日のように彼女を想う日々。
…忘れられるはずが無かった。
あんなにも愛おしい彼女を忘れられるはずもない。
それに左手の薬指には彼女と〝誓約〟した証でもある指輪がある。
それを見れば、少しは元気が出る気がした。
──そんな時だった。
研究者共に歩かされ、強引に連れていかれたのは……彼女の所だった。
僕と違い、後ろ手に拘束されている彼女。
病衣の様な薄い服を着させられ、黒い首輪を着けていた。
しかも、だ…。その首輪からは鎖が繋げられていて、それは別の白衣の男どもにしっかりと握られていた。
そして何より、子供の頃の僕が驚いたのが…
「スノウ…? ど、どうしたんだ…?その目…とかみのけ…。」
「……。」
彼女の瞳の色や髪の色を間違えるはずもない。
あの澄み渡る空のような蒼い髪色、そして海色のキラキラした瞳────だったはずなのに、目の前の彼女は全て黒で塗りつぶされた色をしていたのだ。
黒髪に黒目。
そして長かった髪の毛は、短く切られたようになっていた。
純粋な子供の疑問に、彼女は口を固く閉ざしていた。
しかし視線だけは僕をじっと見つめていた。
何か物言いたげではあるのに、彼女は一言も声を発してくれなかった。
「おい、FLS-01。お前の望み通り、会わせてやったんだから感謝しろよ。」
「……。」
「えふえるえす…ぜろいち……?」
彼女は名前を失っていた。
子供の頃、その番号の意味を分かっていなかったが成長して思い出してみれば……ようやくその意味が分かった。
あいつらは彼女を人としてではなく、実験体として扱っていたのだ。
だから彼女の名前を呼ばずに、製品番号のような呼び方で呼んでいたのだ。
……今それを思い出すだけでも、腸が煮えくり返ってきて、政府の人間共に殺意さえ湧いてくる。
口を開かない彼女に研究者共が機嫌を損ねたのか、彼女の首輪から伸びる鎖を強引に引っ張った。
それにつられて彼女も動くが……それでも彼女は痛みを訴えなかった。
……弱みを決して見せなかった。
しかしそんなのを見せられて黙っていられるほど、僕は最低な人間でもないし、血も涙もない人間でもない。
次の瞬間、彼女を引っ張った研究者に頭突きを食らわせていた。
手錠させられているせいもあったが、他に方法が思いつかなかったのだ。
だが、子供の頭突きなんて大人からすれば可愛いものだ。
簡単に頭を掴まれ、容赦なく髪の毛を引っ張られる。
その時、初めて彼女が反応を示した。
「やめて…!!」
「っ!?」
弱々しい声だった。
いつもの声より大分弱々しくなっていて、僕は愕然と彼女を見つめた。
そんな彼女を見て研究者共も面白くなさそうに僕を突き飛ばした。
転びそうになったのを、彼女が体で受け止めてくれたが、それでも突き飛ばされた勢いは子供で対処しきれるものではなく、二人一緒に倒れてしまった。
……なのに、
「おっと、大事な結晶に傷がついたら困るんでね!」
鎖を持っていた男が彼女が倒れる寸前、それを強く引き上げ、彼女はその鎖に繋がれた首輪のせいで宙吊りになった。
苦しそうな顔をするものの、声をあげない彼女。
僕はそんな大人達に反抗した。
「なんでそんな事するんだ!!苦しいにきまってるだろ!?」
「逆に大事な体をぶつかると痛い床から守ってやったんだから、寧ろお礼を言われないとなぁ?」
「「「ハッハッハ!/ヘッヘッヘ!」」」
「おまえら…!!!!」
もう我慢の限界だった。
彼女を酷い目にあわせ、そしてそれを見て笑う大人が大嫌いになりそうだった。
怒りに体を震わせる僕を見て、宙吊りになっていた彼女が歪に笑った。
恐らく僕を安心させようと思ってやったんだと思うが、それが逆効果だった。
その時の僕は、それがもう泣き笑いにしか見えなかったのだ。
何もかもを諦めてる顔に見えて、僕はその場で余計に怒り狂った。
「スノウを…はなせ!!!」
手錠を掛けられた手を精一杯伸ばし、鎖を奪おうとするが余計に高く上げられてしまい奪えそうにない。
大人しくさせようとする大人達に手錠部分で殴りつければ、辺りは騒然とした。
顔を青ざめさせた大人と、思わぬ攻撃をされて気絶した大人。
そして彼女を強引に何処かへと連れ去ろうとする大人……。
僕は床へ押さえつけようとしてくる数多の手を掻い潜り、彼女の元へと走った。
生憎、僕には手錠しかはめられていない。
足枷も、彼女を苦しめているあの首輪もない。
僕は彼女を救うべく、鎖を持つ研究者へと攻撃を仕掛けた。
流石に金属製の物体の攻撃には敵わない生身の研究者どもを倒し、僕は彼女の背中を押した。
「はしって!!」
「…!!」
彼女は足を動かし、走り出した。
しかし、その足はすぐに止まってしまった。
「スノウ!?」
「…行けない。」
「え…?」
「わたしは…行けないから、エミリオだけ……はやく…!」
「なにいってるんだ!いっしょに逃げて、ここから出なくちゃ!!」
「できない…!」
彼女はその時初めて涙を流した。
……後から噂していた研究者共から盗み聞きして知った話だが、彼女の首輪と手枷は特殊な物だったらしい。
もしあのまま僕と一緒に逃げ出していれば、とんでもない威力の高電圧の電流が彼女を襲い……殺されていた。
大人になれば誰でも分かる事だが、機密事項を外に逃がしたら大変な事になる。
その上、現代科学でも解明できない未知の病を世に放てばどうなるか分からない。
民衆だって混乱するだろう。
今は立証され自由が認められた彼女だが、もしかしたらその当時は感染リスクがあるのかもしれない、と考えられていてもおかしくはない。
だから、彼女の枷には特殊な物が着けられていたのだ。
……いつでも殺して存在を消せるように、と。
当然、その頃の僕は彼女と一緒に逃げ出せるものだと思っていたし、ましてや、彼女の涙など人生で初めて見た。
その涙を見て愕然として膝を着いた僕に、彼女は小さく弱々しい声で何度も謝っていた。
そうして、僕らは再び悪い大人達に捕まった。
だがこの日を境に、あの悪い研究者どもは政府の人間から処分を言い渡され、あれから見ていない。
手錠をされていた僕も、牢屋から普通の部屋へと変わり、待遇が良くなった。
あの施設の研究者もあんな醜い研究者どもの集まりではなくなり、徐々に僕は心を落ち着かせていた。
しかし彼女には会えない日々が続いていた。
それがどうしようもなく、僕の心を空っぽにさせた。
空虚…と言うのが正しいのかもしれないな。
あんな酷い目にあっていた彼女を心配しないはずがない。
幾ら研究者が変わって待遇が良くなった所で、彼女の所の研究者は変わっていないのかもしれない。
まだあの劣悪な環境に身を置いていると思うと、僕の心は掻き乱され、そしてあの時のように怒りに震えた。
それを見た心優しい研究者どもが、彼女を連れてきてくれた。
手枷も、首輪もない彼女。
僕は感極まって涙を流しながら彼女に抱き着いた。
すると彼女は僕の背中に手を回して、お礼を言ったんだ。
「…ありがとう、エミリオ。キミがあれをしてくれたから、首輪もぜんぶ、はずせたんだよ。」
「うん…!うん…!!!」
彼女が褒めてくれた事が純粋に嬉しかった。
そして彼女を苦しめる物がなくなって、心の底から安心した。
それからは彼女と同じ部屋で、一緒に生活する様になった。
外に出る事は禁止されたが、僕としては彼女さえいれば他はもう何も要らなかった。
それくらい、僕にとって彼女は大切な人だった。
「……二人とも、よく聞いて。」
施設の研究者である一人が、幼い僕達を真剣な顔で見つめていた。
彼女は真剣に聞いていたが、僕は既にこの時には人間不信気味になっており、彼女以外の人間を敵視するようになっていた。
だから話も聞きたくなかった。
だが、今となっては聞き逃さなくて良かったと思う。
何故ならそれは、彼女の命に関わる話だったからだ。
「二人のこの指輪はね?二人を繋ぐ大切なものなの。」
「わたしたちを…」
「…つなぐもの?」
「そうよ。この指輪を外してはいけないわ。外せばあなたは…死んでしまうのよ。」
女の研究者は彼女をしかと見て、そう話した。
彼女はその言葉に無言で返していた。
「……。」
「は…? しぬって…?死ぬって…いなくなる、ってことでしょ…?なんで…?」
「あなた達はこの指輪に〝誓約〟をしてしまってるの。“この子の命を救う為に指輪の力を借りたい”…と。それと引き換えに、あなた達には戦う使命が課せられたのよ。それがこの〝星の誓約〟よ。」
「たたかうって…何と?」
「〈シャドウクリスタル〉」
「「!!!」」
「あなた達には〈シャドウクリスタル〉と戦う力が与えられた。それと引き換えにこの子の命を救ってあげてる状態なの。…分かるかしら?」
「指輪をはずしてしまったら…?」
「あの花結晶が再びこの子に襲いかかるでしょう。そして…全身が結晶化して死んじゃうの。」
「っ!?」
僕は思わず息を呑んだ。
またあの苦しみを彼女が味わなければいけないというのか。
僕はその言葉を聞いて絶望したが、それ以上に彼女は苦しく辛い思いをしているだろう。
横を見れば彼女は俯き、悲しそうな顔をしていた。
だから僕はすぐに悲しそうな彼女へと言葉を連ねた。
「…だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、スノウ!」
「…エミリオ?」
「だって、これを外さなかったらいいんでしょ?! そんなのかんたんだよ!」
「うん…!」
「これは、ぼくとスノウをつないでくれる…! これさえあれば、ぼくたち、ずっといっしょだよ!」
「うん…、うん…!!」
泣きそうになりながら、笑顔を僕に向けてくれた彼女。
そんな彼女を元気づけたくて、僕はあの言葉を…、あの約束を口にしていた。
「“ぼくたちは二人で一つ。だから、この指輪はぜったいに、何が何でもはずさない。…ぼくとの約束。”」
「…うん!」
そうして僕らは手を握り合い、お互いを見合った。
そこには、大事な約束を守る決意をしたお互いの顔があったのだ。
だから…大丈夫だと思っていた。
遠くて近い未来、指輪を外そうとする彼女がいる事なんて、勿論この時の僕は知らない。
だからその時は無邪気に笑い合った。
…それは、懐かしい日々だ。
その後は〈シャドウクリスタル〉対策として、僕達の戦闘力の測定をしたり、訓練したりで中々に忙しい日々を送っていた気がする。
それらを覚えていないほど、時間が早く過ぎていったからだ。
そんなある日の事。
「もしここから出られたら何がしたい?」
子供ながらに唐突な話の切り替えだった。
そんな話にも彼女は笑顔で聞いてくれ、そして暫し悩んだ後こう答えた。
「…がっこう。」
「??」
「がっこうでエミリオとたくさん、思い出つくりたいな?」
「…! うん!ぜったいに行こう!がっこう!」
そんな口約束なんて……実は彼女は覚えていなかったんだが、僕はその言葉を、その日から自身の胸に刻んだ。
だからこそ、嫌いなヒューゴに彼女が学校へ行けるようお願い(という可愛いものではなかったが)したから、今が在る。
彼女は結局僕らが中学3年になる頃くらいになって、ようやくあの施設から解放された。
今の自宅はその時から使われてるもので、政府の人間どもが祝いとして彼女へあげたものだった。
そこからは怒涛の日々だった。
同じ高校生活を歩む為にお互いに勉強し合い、時には分からない所を教え合ったり……時に戦いに赴いて闇色の結晶を破壊したり…、色々あったりしたがそうしてようやく勝ち取ったものだ。
無論、僕の学校休みである土日には一緒に買い物に出掛けたり、彼女の家の備品を買い足したりと充実した毎日が僕達を待っていた。
毎日が充実しすぎていて浮かれていたのかもしれない。
だから、彼女のあの様子にも気付けなかったのかもしれない…なんて、言い訳にしかならないな。
学校へ行けるようになって、一緒に下校したりして……。
これが僕達の“普通の生活”なんだな、って時折思う。
だからこそ、彼女には生きて…そして僕達の日常をその胸に刻み込んで欲しい。
……きっと、遠い未来、思い出しては良かったと思える日々が来るだろうから。
*スノウとリオンが子供の頃の話。
*リオンが現在と昔で性格が違います。
*リオンsideから見たお話しです。
____スノウが〝フロラシオン〟発症前。
僕が本当に幼かった頃、突然あいつが現れた。
白い肌を持ち、澄み渡る空のような髪色と海色のキラキラした瞳をもった……男の子だった。
一瞬にして惹き込まれたのは言うまでもない。
他の奴とは違う雰囲気を持っていたから。
最初僕はそいつの事を男だと勘違いしていた。
だから男として接したが、女だと分かったのは意外にも早い段階であった。
それからはお互い仲良くなり、いつも一緒にいるようになった。
……あの日までは。
いつものように時間があれば遊んでいた僕ら。
幼いからこそ、純粋にお互いに一緒に居たいという願いが強かった。
「次はどこにいく?」
「キミと一緒ならどこでもいいよ?」
幼い時からそんな感じで博愛主義な彼女。
女だろうが男だろうが、……先生だろうが、口先は上手い彼女に見惚れない者など居ないはずもない。
誰もが彼女に夢中だったのを、よく覚えている。
それが悔しくて、彼女は自分の物だと周りにアピールした事もあった。……効果は薄かったが。
そんな彼女をつれて、彼女の大好きな花畑へと連れて行けば、途端に花が咲いたように笑顔になる。
格好も男のそれな癖に、そういう所だけは妙に女性らしかった。
それを見ては子供の頃の僕は毎回満足していた。
子供ながらに優越感に浸っていたのかもしれない。
「ここ、すきなんだ。」
そう言った彼女は本当に嬉しそうだった。
その頃から彼女が大好きだった自分からすると、その笑顔はドギマギするものだったし、もっと見せて欲しい……もっと見たいとも思っていた。
だから毎回行く場所に困ればここへと連れてきていた。
「こらこら。二人とも、あまり遠くへ行かないようにねー?」
この頃父親は今の職業とはまた別の考古学者というやつで、優しい笑みを浮かべては僕達の保護者兼、監視役をしていた。
流石に子供二人だけで遠出なんて出来はしなかった。
因みにこの頃まだ僕の母親が居たらしいが……覚えていない。
病弱でいつも家で寝込んでしまっていたからか、こういった記憶は無いに等しい。
逆に言えば、スノウの両親はこの時既に他界していたらしい。
これは後々分かったことだったが、その時子供だった自分にそれが分かるはずもない。
自分と同じで、親がいるもんだ、と思っていた。
だから突如自分の前に現れた彼女に疑問も何も持たなかった。
……雪国出身であった彼女は両親を亡くし、それでここセインガルドに来ていたのだ。
今では彼女の出身国は気象科学に特化した国と化していて、僕たちが今居るセインガルドは特にレンズを使用した科学が発展した国だった。
今使っているスマホやテレビ、家電の全てをレンズエネルギーで補い、そして国を発展させるほどの研究を発明したのが……僕の父親だった。
考古学者が何故そういう風になったかは、正直分からない事だらけだが、その頃から父親は僕に対しても他に対しても厳しくなっていった気がする。
……話を戻そう。
父親の監視の元、僕達は花を眺めたり、花を摘んだりして遊んでいた。
しかし、その日はそんな楽しい時間も長くはなかった。
突如、この花畑に〈シャドウクリスタル〉が飛来して来たのだ。
僕はその〈シャドウクリスタル〉が落ちてくる前に誰かに突き飛ばされていた。
恐らく、近くに居たスノウだったんだろう。
地面に刺さった〈シャドウクリスタル〉の近くで転んでいたスノウを、自分の父親が慌てて助けに行ったのを覚えているからだ。
顔色の悪い彼女を抱え、父親が僕も抱えるとすぐさまその場から走り去った。
その機転もあってか、〈シャドウクリスタル〉から〈シャドウ〉が生み出される前に避難出来たのだ。
しかし……
「うっ、うぅ…!!」
「「っ?!」」
父親も僕も、その苦しそうな声を聞いて慌ててスノウを見た。
彼女は胸を押さえ、痛そうにしていた。
元々白かった肌を更に青白くさせ、彼女は痛みに耐えるように顔を顰めていた。
「あ、ぁあ…!」
「どうしたんだい?!何処が苦しい?!」
「スノウっ…!」
心臓辺りを掻き毟っていた彼女に父親が言葉を呑んだのを鮮明に覚えている。
僕は子供で、それがどんな場所か分かっていなかったからだ。
……人間の大事な部分だと言う事に気付いていなかった。
「い、医者に行かないと…!」
そう父親は言い、僕達を抱えて必死に走った。
だが、時は既に遅かった。
一際大きく悲鳴を上げた彼女を、父親が驚いて手放した。
地面に落ちてしまった彼女は……
「ぅああぁぁああああ!!!!!!」
今までに聞いたことがないほど、大きな声で悲鳴をあげた。
その瞬間、彼女の胸から花の蕾のような結晶が現れたんだ。
僕も父親もそれを見て言葉を失った。
これは何だ、とお互いに思っていたんだと思う。
その蕾がゆっくりと咲くと、彼女の悲鳴は止まった。
しかし…それが危険な信号だったのだと、その病について知らなかった僕らはその時、知る由もなかった。
仰向けに倒れた彼女の目は、遂に焦点が合わなくなっていた。
声を上げる事もなくなってしまった彼女を父親が必死になって呼び掛けていた。
僕はそんな二人を見ながら、恐怖で体を動かせなかった。
その時だった。
ピシ、ピシ…と謎の音が聞こえた。
その音の正体は、彼女の身体を蝕んでいた結晶だった。
胸の所にある花のような結晶の所から徐々に彼女の身体を結晶化させていたのだ。
「え、みりお…」
「っ!」
僕は彼女のその苦しそうな声でようやく我に返って、彼女の元へと駆け出した。
痙攣させた腕を何処かへと伸ばした彼女。
その手を取り、僕は強く握りしめた。
……その手は、まだ結晶化していなかったのに、氷のように冷たくなっていた。
「スノウっ!スノウ!!!」
子供ながら彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった。
他に何をしようも無かったからだ。
頼みの綱である父親を見ても、彼もまた未知な病にどうしていいか分からない様子だった。
徐々に彼女を蝕む結晶は、足を……手を……結晶化させていった。
焦点があっていない彼女が、しっかりと僕の方を見て、必死に言葉を掛ける。
「は…なれ、て…。えみりお…。」
「いやだ!!!!」
「え、みりお…………えみり、お……」
何度も何度も僕の名前を呼ぶ彼女に、僕は遂に涙を流した。
何も出来ない自分が歯痒くて。
何も出来ない自分が情けなくて。
こんなにも苦しんでいる彼女に対して、子供であった自分は余りにも無力だった。
彼女の全身が結晶で包まれそうになった、その時。
「その子を助けたいか?」
「っ?!」
見知らぬ男が僕達を見下ろしていた。
冷めた目をしていて、同時に僕達を睨んでもいた気がする。
でもそんなのが気にならないくらい、僕には男の救いの言葉に縋るしかなかった。
「なんでもするっ!! なんでもするからっ、だからっ!!」
「あ、貴方は一体…?」
「今はそんな事よりこの子供の体を治すことが先じゃないのか?」
「あ…。」
そんな大人の会話を聞いていたが、猶予がない。
それは子供であった自分でも分かるくらい、彼女の状態は命の危機に瀕していた。
男の足にしがみつき、僕は見知らぬ男に縋った。
早く、早くしないと…彼女が死んでしまう。
……そう思った。
「良いか、坊主。この病気はな、覚悟のある奴じゃないと救えねぇ。この子供を救いたい、一生涯賭けてもそいつと共に居る、と誓わないといけねぇ。お前にその覚悟あんのか。」
「あるっ!!ぼくは、スノウのこと、すきだから!!」
「…!」
「ハッ!ガキの癖にいっちょ前に男見せやがって…。良いだろう。お前に教えてやるよ。その子供の救い方ってやつをな。」
男は足にしがみついていた僕の首根っこを掴むと、結晶化がかなり進んだ彼女の前に容赦なく落とした。
尻もちをついて、痛む尻をさする僕へ男は言葉を連ねる。
「いいか、坊主。こいつの胸の所にあるのが花結晶と呼ばれる、この病気の所謂本体だ。こいつのせいで、この子供は苦しんでいる。」
「そんなのいいから、早くおしえろ!!」
「分かってるっつの。…で、その花結晶の中央にある“核”と呼ばれる部分……、そこを噛み砕け。」
「そ、そんな事で…?」
「そんな事なんつってるけどな?その花結晶の核はちょっとやそっとじゃあ噛み砕けねぇ。それくらい固いんだよ。…だが、覚悟のあるやつが噛み砕けば───」
後ろで何か大人達が話していたが、僕は男の言葉を鵜呑みにして彼女の胸にある花結晶へと口を近付けた。
そして真ん中の……本当に奥の方に丸い何かがあるのが唇から伝わる感触で分かった。
急いでその丸い物にかじりつき、必死になって噛み砕けばその瞬間、花結晶が砕け、そして結晶化していた彼女の体の結晶までもが砕け散ったのだ。
同時に僕の左手と彼女の左手の薬指が光り輝いた。
しかしそれはとても熱くて、僕は痛みから手を押さえながら叫んでいた。
「うわぁぁああああ!!!!!?」
「っ?!」
「始まったか。」
「一体、何を…!? 2人はどうなるんですか?!!」
「2人で〝誓約〟したんだ。だから、これが起こることは“必然”なんだよ。」
痛い、いたい…!!
僕はその苦痛に耐えきれなくて涙を流した。
だが、変な話でもあるが……僕の隣で虫の息だった彼女を見て、僕は勇気を貰った。
この痛みに耐え切る、という勇気を。
涙で視界が滲みながらも、僕はその熱と闘っていた。
そして彼女を見ては必死に痛みに抗い、その熱が冷めるのをただひたすら待った。
すると、何が要因かは分からなかったが急に熱は冷め、荒い息を繰り返す僕の手の薬指には、綺麗な指輪がはめられていた。
それは彼女も同じだった。
自分の指にある指輪と彼女の指にある指輪を交互に見ていると、男が僕の頭をワシャワシャと掻き乱した。
それはそれは良い笑顔で、だ。
「よくやったな!坊主!見直したぜ!」
「ぼくはボウズじゃない!!エミリオだ!!」
「わかった、分かった!坊主な!」
そんな幼稚な言葉にムキになってしまった僕はその男に突っかかろうとして、突然フラリとした。
目の前が歪んでしまい、その場で尻もちを着いたのだ。
何が起こってるのか分からなかった僕は、頭にハテナを浮かべながら首を傾げていた。
だが、視界の歪みが酷くなり遂には僕は気絶していた。
「───その指輪、絶対外すなよ。」
気絶する直前、男のそんな言葉が聞こえた気がしたんだ。
そして、気付いたら僕は牢屋の中にいた。
手錠をはめられていて、足枷が無いだけマシだったが、子供の僕には何が何だか分からなかった。
辛うじて、その場所が牢屋だってことが分かったくらいだ。
なぜこんな場所にいるのか、なぜ他に誰もいないのか。
そして、何故彼女が隣に居ないのか…その時は分かりもしなかった。
牢屋の檻を掴み、誰かいないか周りを見渡したものだった。
頭が混乱して、必死に叫んでいた。
大好きな…最愛の彼女の名前を。
混乱しても尚、僕は彼女の安否をただひたすら心配していたのだ。
だから無意識にずっと呼んでいた。
「スノウっ!スノウ!!!!」
左手の薬指にある指輪が彼女を助けた証のはずなのに、何故彼女は居ない?
何故姿を現してくれない?
もしかして、まだ何処かで苦しんでいるのだろうか?
ならば自分が治しに行かなくては。
……何だと?今と対して変わらない?
今と昔じゃあ、この病の知識量が明らかに違うし、あれから僕も成長している。
……身長も、だ。
話は逸れたが、結局その日は誰もやっては来なかった。
空腹で、死にそうになっていた所に白衣を着た男達がやってきた。
最初は医者かと思った。
昔から医者は予防接種とかで世話になっていたのもあり、馴染み深かったからだ。
しかし、そいつらは政府に雇われた科学者……所謂研究者であった。
未知の病〝フロラシオン〟を発症させ、それを救う為の〝誓約〟に成功した僕を見に来たのだ。
……今思えばモルモットみたいな扱いだった。
起きた僕に気付いた研究者共は、食事を用意した。
正直、見た目からしてあまり美味しそうではなかったものの、その時空腹だった僕にはそれがご馳走だった。
必死に食べて、そして彼女の居場所を聞く。
これが日常茶飯事になっていた。
それが3日くらい経つと、幾ら子供だからとて流石におかしいと気付く。
その日から僕は身体検査を強制させられていた。
白衣の男達は僕に着けられた手錠の鎖を掴み、強引に歩かせられたと思えば、変な台へと乗せられて変な光を浴びる。
そしてエコーやレントゲン、心電図や脳検査───ありとあらゆる検査を重ねた。
その上、それを“毎日”だ。
気持ちが悪いにも程がある。
早く彼女に会いたい、彼女の無事を確認したい。
そんな自分の願いは、酷く疲れる毎日の検査でかき消されていった。
だが、朝起きれば毎日のように彼女を想う日々。
…忘れられるはずが無かった。
あんなにも愛おしい彼女を忘れられるはずもない。
それに左手の薬指には彼女と〝誓約〟した証でもある指輪がある。
それを見れば、少しは元気が出る気がした。
──そんな時だった。
研究者共に歩かされ、強引に連れていかれたのは……彼女の所だった。
僕と違い、後ろ手に拘束されている彼女。
病衣の様な薄い服を着させられ、黒い首輪を着けていた。
しかも、だ…。その首輪からは鎖が繋げられていて、それは別の白衣の男どもにしっかりと握られていた。
そして何より、子供の頃の僕が驚いたのが…
「スノウ…? ど、どうしたんだ…?その目…とかみのけ…。」
「……。」
彼女の瞳の色や髪の色を間違えるはずもない。
あの澄み渡る空のような蒼い髪色、そして海色のキラキラした瞳────だったはずなのに、目の前の彼女は全て黒で塗りつぶされた色をしていたのだ。
黒髪に黒目。
そして長かった髪の毛は、短く切られたようになっていた。
純粋な子供の疑問に、彼女は口を固く閉ざしていた。
しかし視線だけは僕をじっと見つめていた。
何か物言いたげではあるのに、彼女は一言も声を発してくれなかった。
「おい、FLS-01。お前の望み通り、会わせてやったんだから感謝しろよ。」
「……。」
「えふえるえす…ぜろいち……?」
彼女は名前を失っていた。
子供の頃、その番号の意味を分かっていなかったが成長して思い出してみれば……ようやくその意味が分かった。
あいつらは彼女を人としてではなく、実験体として扱っていたのだ。
だから彼女の名前を呼ばずに、製品番号のような呼び方で呼んでいたのだ。
……今それを思い出すだけでも、腸が煮えくり返ってきて、政府の人間共に殺意さえ湧いてくる。
口を開かない彼女に研究者共が機嫌を損ねたのか、彼女の首輪から伸びる鎖を強引に引っ張った。
それにつられて彼女も動くが……それでも彼女は痛みを訴えなかった。
……弱みを決して見せなかった。
しかしそんなのを見せられて黙っていられるほど、僕は最低な人間でもないし、血も涙もない人間でもない。
次の瞬間、彼女を引っ張った研究者に頭突きを食らわせていた。
手錠させられているせいもあったが、他に方法が思いつかなかったのだ。
だが、子供の頭突きなんて大人からすれば可愛いものだ。
簡単に頭を掴まれ、容赦なく髪の毛を引っ張られる。
その時、初めて彼女が反応を示した。
「やめて…!!」
「っ!?」
弱々しい声だった。
いつもの声より大分弱々しくなっていて、僕は愕然と彼女を見つめた。
そんな彼女を見て研究者共も面白くなさそうに僕を突き飛ばした。
転びそうになったのを、彼女が体で受け止めてくれたが、それでも突き飛ばされた勢いは子供で対処しきれるものではなく、二人一緒に倒れてしまった。
……なのに、
「おっと、大事な結晶に傷がついたら困るんでね!」
鎖を持っていた男が彼女が倒れる寸前、それを強く引き上げ、彼女はその鎖に繋がれた首輪のせいで宙吊りになった。
苦しそうな顔をするものの、声をあげない彼女。
僕はそんな大人達に反抗した。
「なんでそんな事するんだ!!苦しいにきまってるだろ!?」
「逆に大事な体をぶつかると痛い床から守ってやったんだから、寧ろお礼を言われないとなぁ?」
「「「ハッハッハ!/ヘッヘッヘ!」」」
「おまえら…!!!!」
もう我慢の限界だった。
彼女を酷い目にあわせ、そしてそれを見て笑う大人が大嫌いになりそうだった。
怒りに体を震わせる僕を見て、宙吊りになっていた彼女が歪に笑った。
恐らく僕を安心させようと思ってやったんだと思うが、それが逆効果だった。
その時の僕は、それがもう泣き笑いにしか見えなかったのだ。
何もかもを諦めてる顔に見えて、僕はその場で余計に怒り狂った。
「スノウを…はなせ!!!」
手錠を掛けられた手を精一杯伸ばし、鎖を奪おうとするが余計に高く上げられてしまい奪えそうにない。
大人しくさせようとする大人達に手錠部分で殴りつければ、辺りは騒然とした。
顔を青ざめさせた大人と、思わぬ攻撃をされて気絶した大人。
そして彼女を強引に何処かへと連れ去ろうとする大人……。
僕は床へ押さえつけようとしてくる数多の手を掻い潜り、彼女の元へと走った。
生憎、僕には手錠しかはめられていない。
足枷も、彼女を苦しめているあの首輪もない。
僕は彼女を救うべく、鎖を持つ研究者へと攻撃を仕掛けた。
流石に金属製の物体の攻撃には敵わない生身の研究者どもを倒し、僕は彼女の背中を押した。
「はしって!!」
「…!!」
彼女は足を動かし、走り出した。
しかし、その足はすぐに止まってしまった。
「スノウ!?」
「…行けない。」
「え…?」
「わたしは…行けないから、エミリオだけ……はやく…!」
「なにいってるんだ!いっしょに逃げて、ここから出なくちゃ!!」
「できない…!」
彼女はその時初めて涙を流した。
……後から噂していた研究者共から盗み聞きして知った話だが、彼女の首輪と手枷は特殊な物だったらしい。
もしあのまま僕と一緒に逃げ出していれば、とんでもない威力の高電圧の電流が彼女を襲い……殺されていた。
大人になれば誰でも分かる事だが、機密事項を外に逃がしたら大変な事になる。
その上、現代科学でも解明できない未知の病を世に放てばどうなるか分からない。
民衆だって混乱するだろう。
今は立証され自由が認められた彼女だが、もしかしたらその当時は感染リスクがあるのかもしれない、と考えられていてもおかしくはない。
だから、彼女の枷には特殊な物が着けられていたのだ。
……いつでも殺して存在を消せるように、と。
当然、その頃の僕は彼女と一緒に逃げ出せるものだと思っていたし、ましてや、彼女の涙など人生で初めて見た。
その涙を見て愕然として膝を着いた僕に、彼女は小さく弱々しい声で何度も謝っていた。
そうして、僕らは再び悪い大人達に捕まった。
だがこの日を境に、あの悪い研究者どもは政府の人間から処分を言い渡され、あれから見ていない。
手錠をされていた僕も、牢屋から普通の部屋へと変わり、待遇が良くなった。
あの施設の研究者もあんな醜い研究者どもの集まりではなくなり、徐々に僕は心を落ち着かせていた。
しかし彼女には会えない日々が続いていた。
それがどうしようもなく、僕の心を空っぽにさせた。
空虚…と言うのが正しいのかもしれないな。
あんな酷い目にあっていた彼女を心配しないはずがない。
幾ら研究者が変わって待遇が良くなった所で、彼女の所の研究者は変わっていないのかもしれない。
まだあの劣悪な環境に身を置いていると思うと、僕の心は掻き乱され、そしてあの時のように怒りに震えた。
それを見た心優しい研究者どもが、彼女を連れてきてくれた。
手枷も、首輪もない彼女。
僕は感極まって涙を流しながら彼女に抱き着いた。
すると彼女は僕の背中に手を回して、お礼を言ったんだ。
「…ありがとう、エミリオ。キミがあれをしてくれたから、首輪もぜんぶ、はずせたんだよ。」
「うん…!うん…!!!」
彼女が褒めてくれた事が純粋に嬉しかった。
そして彼女を苦しめる物がなくなって、心の底から安心した。
それからは彼女と同じ部屋で、一緒に生活する様になった。
外に出る事は禁止されたが、僕としては彼女さえいれば他はもう何も要らなかった。
それくらい、僕にとって彼女は大切な人だった。
「……二人とも、よく聞いて。」
施設の研究者である一人が、幼い僕達を真剣な顔で見つめていた。
彼女は真剣に聞いていたが、僕は既にこの時には人間不信気味になっており、彼女以外の人間を敵視するようになっていた。
だから話も聞きたくなかった。
だが、今となっては聞き逃さなくて良かったと思う。
何故ならそれは、彼女の命に関わる話だったからだ。
「二人のこの指輪はね?二人を繋ぐ大切なものなの。」
「わたしたちを…」
「…つなぐもの?」
「そうよ。この指輪を外してはいけないわ。外せばあなたは…死んでしまうのよ。」
女の研究者は彼女をしかと見て、そう話した。
彼女はその言葉に無言で返していた。
「……。」
「は…? しぬって…?死ぬって…いなくなる、ってことでしょ…?なんで…?」
「あなた達はこの指輪に〝誓約〟をしてしまってるの。“この子の命を救う為に指輪の力を借りたい”…と。それと引き換えに、あなた達には戦う使命が課せられたのよ。それがこの〝星の誓約〟よ。」
「たたかうって…何と?」
「〈シャドウクリスタル〉」
「「!!!」」
「あなた達には〈シャドウクリスタル〉と戦う力が与えられた。それと引き換えにこの子の命を救ってあげてる状態なの。…分かるかしら?」
「指輪をはずしてしまったら…?」
「あの花結晶が再びこの子に襲いかかるでしょう。そして…全身が結晶化して死んじゃうの。」
「っ!?」
僕は思わず息を呑んだ。
またあの苦しみを彼女が味わなければいけないというのか。
僕はその言葉を聞いて絶望したが、それ以上に彼女は苦しく辛い思いをしているだろう。
横を見れば彼女は俯き、悲しそうな顔をしていた。
だから僕はすぐに悲しそうな彼女へと言葉を連ねた。
「…だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、スノウ!」
「…エミリオ?」
「だって、これを外さなかったらいいんでしょ?! そんなのかんたんだよ!」
「うん…!」
「これは、ぼくとスノウをつないでくれる…! これさえあれば、ぼくたち、ずっといっしょだよ!」
「うん…、うん…!!」
泣きそうになりながら、笑顔を僕に向けてくれた彼女。
そんな彼女を元気づけたくて、僕はあの言葉を…、あの約束を口にしていた。
「“ぼくたちは二人で一つ。だから、この指輪はぜったいに、何が何でもはずさない。…ぼくとの約束。”」
「…うん!」
そうして僕らは手を握り合い、お互いを見合った。
そこには、大事な約束を守る決意をしたお互いの顔があったのだ。
だから…大丈夫だと思っていた。
遠くて近い未来、指輪を外そうとする彼女がいる事なんて、勿論この時の僕は知らない。
だからその時は無邪気に笑い合った。
…それは、懐かしい日々だ。
その後は〈シャドウクリスタル〉対策として、僕達の戦闘力の測定をしたり、訓練したりで中々に忙しい日々を送っていた気がする。
それらを覚えていないほど、時間が早く過ぎていったからだ。
そんなある日の事。
「もしここから出られたら何がしたい?」
子供ながらに唐突な話の切り替えだった。
そんな話にも彼女は笑顔で聞いてくれ、そして暫し悩んだ後こう答えた。
「…がっこう。」
「??」
「がっこうでエミリオとたくさん、思い出つくりたいな?」
「…! うん!ぜったいに行こう!がっこう!」
そんな口約束なんて……実は彼女は覚えていなかったんだが、僕はその言葉を、その日から自身の胸に刻んだ。
だからこそ、嫌いなヒューゴに彼女が学校へ行けるようお願い(という可愛いものではなかったが)したから、今が在る。
彼女は結局僕らが中学3年になる頃くらいになって、ようやくあの施設から解放された。
今の自宅はその時から使われてるもので、政府の人間どもが祝いとして彼女へあげたものだった。
そこからは怒涛の日々だった。
同じ高校生活を歩む為にお互いに勉強し合い、時には分からない所を教え合ったり……時に戦いに赴いて闇色の結晶を破壊したり…、色々あったりしたがそうしてようやく勝ち取ったものだ。
無論、僕の学校休みである土日には一緒に買い物に出掛けたり、彼女の家の備品を買い足したりと充実した毎日が僕達を待っていた。
毎日が充実しすぎていて浮かれていたのかもしれない。
だから、彼女のあの様子にも気付けなかったのかもしれない…なんて、言い訳にしかならないな。
学校へ行けるようになって、一緒に下校したりして……。
これが僕達の“普通の生活”なんだな、って時折思う。
だからこそ、彼女には生きて…そして僕達の日常をその胸に刻み込んで欲しい。
……きっと、遠い未来、思い出しては良かったと思える日々が来るだろうから。