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07.それぞれの色味は元へと戻ってゆく
『時は一刻を争う。行くぞ。』
「…。」
父親であるヒューゴの声が聞こえると同時に僕は気持ちを引き締めさせた。
また…彼女が苦しんでいる。
それを助けるためにここに居るのだから。
それ以外の事を考えるのは後回しだ。
「(それにしても…。結晶化がここまで進んでいるなんて…どうなっている? 過去、彼女を助けた時にはこんなことにはなっていなかった。なのに…)」
『考え事なら後回しにしろ。……次を右だ。』
急ぎ足で駆け抜ける植物園は、既に結晶化を終え、何処を見ても結晶化された花や植物ばかりだ。
強いて言えば、まだ結晶化しきっていないのか花の色がうっすらと分かる程度で止まっている。
『そのまま真っすぐ行け。』
奴の案内の元、僕は着々と進んでいく。
時折、結晶化した物が太陽の光の反射で眩しく感じるくらいで、あとは問題などない。
…奴の案内が雑なこと以外は。
『そこを突っ切れば目的地だ。』
「そこにスノウが…。」
『対を成す存在であるならば、容易く助けられるだろう。出来なければ命は無いと思え。』
少し狭い場所を潜ると、そこにスノウがうつぶせの状態で倒れていた。
僕は慌てて彼女に近寄り、肩を揺する。
「スノウ?! おい、しっかりしろ!!」
彼女自身は結晶化していない。
なのに周りだけ結晶化が進んでいる。
僕は急いで彼女を抱き起した。
すると、僕の想像していない服装だったからか、一瞬、誰を抱き起しているのか分からなかった。
あまりにも……綺麗で美しすぎて。
秀麗なその美貌に、元々の白い肌が儚さを演出している。
その上、肌の白さと服の黒が際立っている。
まるで本物の少年のようなその格好のスノウに、僕は一瞬戸惑いを隠せなかった。
いつもいつも男装ものを好む彼女だとしても、こういう上流階級の者が着るような服を着たことがない事も相まって、余計に…だ。
『何をしている。早くしないと死ぬぞ。』
「っ、」
そうだ、こんな事をしてる場合ではない。
しかし、〝フロラシオン〟特有の花結晶が何処にも見当たらない。
どうやってこの現象を止めればいい?
「どうすればいい…?!」
『簡単な話だ。結晶化を止めればいいだろう?』
「だから、それをどうやって―――」
『いつもの状態と違うところを探せ。』
「いつもと違うところ…?」
そんなの、この服装に決まっている。
だが、絶対にそれとこれが関係しているはずがない。
なら、何処だ…?
「スノウ!起きろ!」
顔色の悪い彼女に目を覚ますなんてことが出来るかどうか、賭けに近かったが……やはり無理そうだ。
足先から指先、頭の先までじっと観察しているが別段、普段と違うところなんて…。
『なら、接吻するんだな。』
「……は?」
『口が直接触れることで、対となるお前の力が存分に発揮できるだろう。〝星の誓約者〟同士なんだから、過去に何度もしているだろう?さっさとやってしまえ。』
「………。」
そ、そんなの…やっているわけがない。
というより、奴の偏見甚だしいその価値観はどうなっている?
〝星の誓約者〟だからと言って、せ…接吻など…!
顔が赤くなるのが分かり、思わず俯けば彼女の唇が見えてしまい余計に顔を赤くさせて僕は慌てて視線を逸らせた。
それを見ていたのか分からないが、奴の声は眉間に皺を寄せて喋ったような、そんな声だった。
『……まさかだが。した事ないのか?』
「……。」
『ふん。なら良かったでは無いか。初めての接吻がこんな大事な場面で。これなら思い出に残ろう?』
本当に黙っていて欲しい。
わなわなと怒りに身体を震わせれば、奴は鼻で笑っていた。
……本当に、腹立たしいことこの上ない。
接吻……所謂口付けというのは、女性にとって大事な事だろうに。
それが……僕で本当に良いのか?
『やりたくないのなら見殺しにするんだな。……あぁ、そうだ。その〝誓約〟した指輪も外して帰れ。そうすれば後腐れなく残りの人生を生きていけるだろう?』
「………………黙れ。」
『物が残らないだけマシだろう?記憶なんぞ時間の経過と共にどうせ失う。なら、その指輪を外して帰れという私の親切な言葉に耳を傾けるんだな。』
「黙れっ!!!!」
中庭の植物園に響く怒号。
再び身体を震わせ、怒りを表しているリオンが何処にあるか分からないカメラに向かって叫んだ。
「僕はっ!絶対にこいつを見捨てない!!!……昔、誓ったんだ…!あの時に…!」
『なら早くしろ。屋敷が全て結晶化になって貰っても困るからな。』
どうせ本音はそれだろう。
僕は奴の言葉を無視すると、意を決して彼女の口へと自分の口を近付ける。
ゆっくりと目を閉じて口付ければ、途端に左薬指の指輪が熱を持った。
彼女を抱き抱える力を強めれば、余計にそれは熱を持ち、同時に力が抜きとられていく感覚がする。
その瞬間、激しい音を立てて周りの結晶が一瞬にして割れた。
結晶に覆われていた植物たちは本来の色味を取り戻し、色彩豊かにそこに存在するのを視界の隅に入れながら僕は恐る恐る唇を離した。
……これで、〝フロラシオン〟が一時的に治まればいいが…。
「…………リオン…?」
「…!」
彼女が目を覚ました。
それは良い。
だが、その瞳はいつもの……黒目ではない。
変身後の様な…、いや、“彼女本来の瞳の色”である海色の瞳をしていた。
その上、闇夜の中でも分かる程の光を帯びており、いつもと違うのが分かる。
「(…そうか!奴が言っていた"いつもと違うところ"というのはこの瞳の事だったのか…!)」
「リオン…。…な、んで……ここに…? というより…私は、一体……」
その疑問に答える前に僕の体は自然と動いていた。
気付いたら、その瞳へと口付けをしていたのだ。
何故か身体が動いた────というより、彼女のいつもと違う瞳を見て、これからやるべき事を僕自身が何故か知っていて、本能的にそれをしなければならないと思った。
……本当に不思議な感覚だった。
「……レディ…?」
口を離せば、その瞬間気を失うように身体を重力に任せたスノウをしっかりと抱え直す。
閉じられた瞼の下が治ったのかどうかは判断つかないが、取り敢えずこれで大丈夫だろうという事も不思議と自分の脳が叩き出していた。
……本当にまるで、初めからこの儀式を知っていたかのように…な。
「リオン坊ちゃん!」
『坊ちゃん!スノウ! 2人共大丈夫ですか?!』
遠くから聞こえてくる賑やかになった植物園に顔を上げれば、彼女の頭と同じような薔薇が周りを彩っていた。
改めて彼女の装いを見てみれば、まるでよく出来た精巧な人形の様に飾られた姿だった。
一見すると少年か少女か分からないくらいあどけなく、そして美人である。
まつ毛が長いから余計に美人に見えなくもない……などと思ったところと我に返る。
「(……身体が、怠い…。段々、と……重く、なって…きた……)」
僕は彼女を抱えたまま気を失いそうになり、慌てて支え直す。
しかし体の重みは徐々に増していくばかりで、治る気配はない。
結局僕はそのまま意識を手放していた。
♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚
___リオンの自宅(豪邸)
僕が目を覚ますと、心配そうな顔をしたマリアンがいた。
その手には冷やしたタオルなのか、それを額へとやろうとするマリアンがいて、僕は彼女の名前を思わず呼んでいた。
「マリアン…?」
「っ! エミリオ! 良かった…!意識が戻って…!」
「僕は…何故こんな所で…。」
「……覚えてませんか? 執事のレンブラントがエミリオを抱えて戻ってきたんです。どうも学校で倒れられて迎えに行かれたのだとか…。」
「…?」
記憶を整理しようと頭を働かせたが、どうにも頭痛が邪魔をして上手くいかない。
するとマリアンは、僕の額に手を当てて少しだけ安心した顔で息を吐いていた。
「熱も下がってきましたね。もしかして、あの日具合が悪かったの?」
あくまでも心配そうに聞いてくるマリアンだが、その顔は少しだけ怒っている……様な気がした。
僕は慌てて僅かに首を振り、弁解を口にした。
「ち、違うよ、マリアン。あの時は別に普通だったし、身体も怠くなかった―――」
そう自身で言って、ようやく思い出す。
"体の怠さ"、と言えば……僕は〝フロラシオン〟の症状が現れたスノウを助けたはずだ。
彼女は…何処にいる?!
僕は慌てて思い体を起こし、マリアンに詰め寄った。
「マリアン! スノウは…あいつは何処だ?!」
「え? スノウさん…? スノウさんならまだ見つかってないんでしょう?夢でも見たの?エミリオ。」
「っ、」
そう、だった…。
〝フロラシオン〟は一般には知られていない病気だ。
それこそ、僕とスノウ……そして、政府の人間しか知らない。
だから、彼女のあの現象の事をマリアンが知らされていないのは何も不思議じゃない。
…だとしたら、何故…あの〝フロラシオン〟の症状を再発させたスノウを見て、レンブラントは僕を呼んだんだ?
それに"死にそうだ"なんて、分かったような言葉まで伝えて…。
クスクスと笑っているマリアンを呆然と見ながら、僕は漠然と拳を握った。
しかしマリアンはすぐに笑いをやめて、「心配よね…?」と僕を気遣ってくれ、その拳の上から手を添えてくれる。
僕はその質問に頷くだけに留めておいた。
〝フロラシオン〟関連の事にマリアンを巻き込むのは、お門違いも良いところだ。
それに政府からもキツく言われている。
―――"絶対に口外するな"、と。
「…そういえば、シャルのやつが居ないな…?」
「あぁ、シャルティエ様なら執事のレンブラントが一時預かっておきます、と言っていたわよ?もう少ししたらレンブラントさんもシャルティエ様を戻しに来られるはずよ?安心ね?」
「…あぁ、そうだね…。」
なんだ、この違和感は。
僕は、何か見落としていないか?
それこそ、大事な事を……。
「それより、病人はもう少し寝ててくださいませ?まだ熱が下がったとはいえ病み上がりなんですから。」
「マリアン、聞きたいことがある。」
「はい、なんでしょうか?」
「僕は…何日寝ていた?」
「大体…二日でしょうか?帰られてから換算するなら三日になるわね?」
「そんなに…?」
「だって、エミリオったら40度の熱があったのよ? 熱も下がらないし、苦しそうに時折魘されていたし…。それくらいで熱が下がったなら早い方よ。」
「……。」
驚きで愕然としていると控えめに扉がノックされる。
マリアンが扉の方へ向かった所で思考の深みに入ろうとしたその時、懐かしい声が聞こえてくる。
『坊ちゃん!大丈夫ですか?!』
「…シャルか。」
『なんですか?! がっかりした様な声で迎えないでくださいよ!こっちもがっかりするじゃないですか!!』
「ふっ…、すまない。丁度話題に上がっていたからな。」
『え、どんな話してたんですか?僕が居なくて寂しかった、とか?!』
「居なくて清々したって話だ。」
『坊ちゃん?!!!』
マリアンが手にしているのを見て、扉の方を見てみたが誰もそこにはいなかった。
レンブラントが来ると言っていたから、てっきり中まで入ってくるものだと思っていたが…。
それに気付いたマリアンが、困った顔で僕にシャルを渡してくる。
「執事のレンブラントは忙しいみたいで、シャルティエ様を他の執事に託して仕事に戻られたそうです。」
「…そうか。聞きたいことが山ほどあったんだがな…。」
「あれなら呼びましょうか?」
「もしかしたら頼むかもしれない。……その時はお願いできるかい?マリアン。」
「お任せください! でも、エミリオはここから抜け出さない様お願いしますよ?まだ病人なんですからね? それが守れないなら私だってそれ相応の対応をさせてもらいますからね!よろしいですね!?」
「あ、あぁ…。分かってるよ…マリアン…。」
それを聞いて満足したのか、マリアンはひとつお辞儀をすると仕事に戻って行った。
僕はそれを見送ってから手に持ったシャルへと視線を向ければ、「待ってました」とばかりにコアクリスタルが光り輝く。
眩しいそれに、僕が目を細めればコアクリスタルの光は少しだけ弱まった。
『聞きましたよ?坊ちゃん、40度くらい熱があったんですね。大丈夫ですか?熱の後遺症とかありませんか?』
「今の現代医療で治らない訳ないだろう。昔なら分からないが…な。」
『まぁ、そうですよね。今じゃあ、治らない病気なんてそれこそ〝フロラシオン〟くらいで――――って、坊ちゃん!こんな悠長に話してる場合じゃないですって!』
「あぁ、分かってる。スノウの事だろう?」
『あれ?ひどく落ち着いてますね? スノウの事だったからもっと前のめりになって聞いてくると思ってたんですが…。…………もしかして。僕の居ないところでマリアンとイチャイチャしてました?! あーあ!!スノウが知ったらきっと余計に誤解を生みますよ?! それとも、余計に誤解を招きたいんですかぁー?』
冗談交じりのそれに、僕は額に青筋が浮かんだのが分かった。
コアクリスタル部分へと爪を持っていき、勢いよくその部分へ爪を立て引っ掻いた。
「ぎゃああああ」という悲鳴が頭に響いてすぐに止めてしまったが、いつもならあの何倍もの時間をかけて制裁をしている。
今日はこれで勘弁してやると心の中で毒づきながら、僕は痛む頭を押さえた。
『…大丈夫ですか?まだ熱が下がってないんですか?』
「……熱なら、下がったと言われた…。だが、頭が痛い…。」
『それ治ってないじゃないですか。スノウの話はいつでもしますから、今は自分の体を治すことだけに専念してください。』
「…一つ聞きたい。…スノウは……無事なんだな?」
『はい。寧ろ、今の坊ちゃんよりも元気そうにしていますよ。さっきも楽しく会話してきたんです。いつも通りそうで、安心しましたよ。』
「…そうか。」
僕はベッドに再び横になり、ボーっと天井を見上げた。
すると、身体が休息を求めているのか徐々に僕の瞼は落ちていった。
……今は、あいつが……元気に過ごしてるのが分かっただけ…良い…。
僕の意識は、黒に塗りつぶされた―――
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
____翌日。
あれからずっと眠りにつき、翌日の朝になってようやく目覚めたリオンは熱も下がり、少しなら動いても良いというマリアンの小言を聞かされた後、シャルティエとスノウについての話をしていた。
『結局、あれは〝フロラシオン〟の症状の一つとして間違いないものかと…。』
「…だが、今まであんなことは無かった。それなのに何故急に再発したのか…。…不穏だな。」
『だからこそ、坊ちゃんと一緒じゃないと危ないって言ったんですけど…スノウが坊ちゃんに会おうとしなくて…。』
「……。」
もしかして、あの口付けの時起きていたのか?
それで嫌になって…僕を避ける様になった、とか…?
それとも、瞼に口づけた僕を見て避けるようになったか…?
『でも、すごく心配そうではありました。坊ちゃんの身を常に気にしていて、よく執事のレンブラントから聞き出していましたよ?』
「そう、か…。(なら、良いが…。)」
『後…これを言うと坊ちゃんを心配させてしまうんですけど…。』
「何だ。」
『スノウったら、たまに指輪を見ては外そうとするんですよ。途中で思思い留まっていつもやめてはくれるんですけど…。』
「っ?!」
未知なる病〝フロラシオン〟を発症し、結晶化して死にそうになった彼女を救うために〝誓約〟した僕達。
その指輪はお互いを繋ぐもので、そしてスノウの命と言っても過言ではなかった。
どちらかがその指輪を抜き取ってしまえば、スノウは瞬く間に〝フロラシオン〟に侵され、死に至ってしまう。
それを政府の奴らが口を揃えて言っていたのだ。
当然、試せるわけもなく僕達は絶対にこの指輪を外さない様に誓ったはず…。
それが今になって外そうとするなどと……。
僕は居ても立っても居られず、家から飛び出そうとするのをにっこりとしたマリアンに見つかり説教される羽目になってしまう。
何とか誤解を解いてもらおうとするが、にっこりとしたマリアンから逃げられるわけもなく、再び自室に押し込められてしまった。
しまいには、僕の自室に鍵をかけてしまうマリアンを見て僕は顔を青ざめさせた。
「ま、マリアン?!」
「私、以前に言いましたよね?"守れないならそれ相応の対応をさせてもらいますからね"―――と。」
「でも、マリアン…!スノウが…!」
「今はご自身の体を大事になさってください! 病弱なリオン様をそのままにするなど、お会いするスノウさんに顔も合わせられません!」
「ぼ、僕は病弱なんかじゃ―――」
「言い訳は聞きません! そこでしっかりと安・静・に!頭を冷・や・し・て!ください!!」
「……。」
『取り付く島もない、とはこの事ですね…?』
呆れたような声でぽつりと呟くシャルを睨めば、コアクリスタルをシャットダウンさせたのか、光がゆっくりと消えていく。
僕は扉前でがっくりと肩を落とし、何をするわけでもないが自室にある椅子に座る事にした。
だが、座っているだけだと色々と考えてしまう。
こうしている間にも、スノウが指輪を外そうとしているのではないか―――
「っ、」
ブルッと身震いが起きて、僕は無意識に腕を摩る。
あぁ、なんてことを考えるんだ。
それもこれも、シャルが変な事を言うからだ。
最愛の彼女が指輪を外そうとしている光景が目に浮かぶようで、余計に恐怖を掻き立てられた。
違う…!他にも考える事があるはずだ…!
例えば、例の病気の再発理由だとか。それから何故彼女がそこに居たのか。
「…おい、シャル。」
『はい、何ですか?坊ちゃん。』
どうやらこっそり起きてはいたらしい。
光を点滅させ、不思議そうな声で聴き返す愛剣を机の上に置いて話を続ける。
「…何故、あそこにスノウがいたんだ。何か聞いているか?」
『あー…その事なんですけど…。実は頑なにスノウが理由を教えてくれなくて…。』
「は?お前にか?」
『はい…。今までこんなことなかったんですけど…。何故かそれについては固く口を閉ざしてしまっていて…理由が聞けなかったんです…。』
「というより、あそこの建物は一体何のために建てられた建物だ?それにその謎の建物内にスノウが居た理由…。そしてそれを話さないスノウ…か。」
『僕らはてっきり誘拐されてそのままになっている、と思っていたから謎ですよね…?』
「幾ら調べても、スノウの行方は見つからなかった。それが、今になってレンブラントが迎えに来て、それで明るみになった…。これが偶然だとしたら…。」
謎が深みに嵌ろうとするのを感じ、僕達は同時に溜息を吐いていた。
やはり全ては、スノウ本人から聞き出すほかないだろう。
それか、レンブラントに直接聞き出すしかないだろうな。
だが、レンブラントへの連絡手段であるマリアンはあの通り……怒っているし、話が出来なさそうなのは火を見るよりも明らかである。
所謂、八方塞がりである。
僕達は再び溜息を吐いていた。
それをお互いに見遣って、顔を顰めさせた。
「ともかく、マリアンのご機嫌が直り次第……だな。」
『そうですね…。』
「他に情報は無いのか?お前、少しでも向こうに居たんだろう?」
『そうですねぇ…? スノウはお花が好きなことくらいですかね!』
「そんなことは知っている。…役に立たないな、お前。」
『ええ?!酷くないですか?!』
昔から…それこそ出会った当初から、彼女が花好きなのは知っていた。
男性のように振る舞っていても、そこは女性らしいんだな。と思った事すらある。
…まぁ、彼女の場合、その花は女性を誑かせるのに使うのだろうが。
女性を口説く彼女を思い描いて、妙な気持ちにさせられる。
学校内ではわざわざ黒縁眼鏡なんてかけて大人しくしているが、プライベートとなると中性的な服装で街に出かけては知らない女性から黄色い声援を浴びている状態。
周りの女性を鎮めるためにわざとに口説き倒すものだから、彼女の歩く場所には何人もの鼻血を出した女性が屍の様に道に転がっている。
それを僕は後方の方から見て、いつも顔を顰めている。
その姿は凛としていて、余裕のある顔をしているから………あの建物内で出会った彼女には本当に驚いた。
あまりにもいつもと違う格好すぎて。
あまりにも人形らしい飾り立てと、肌の白さと血色の悪さが相まって。
あまりにも……綺麗で儚すぎて―――
……コンコン
「エミリオ?」
「…ん?マリアン?」
「ちゃんと頭冷やしてるのね。感心したわ。…はい、これ。とある人から貴方にプレゼントよ?」
「僕に?」
それは赤や黄色、そして青からなる薔薇の花束だった。
青の薔薇なんて、不可能だと言われていたのにちゃんとした生花として贈られて来ているのに気付く。
しかし…誰が僕にこんな花束を…?
「あと、手紙も預かっているわよ?"読んだら燃やしてくれ"ですって。……ふふ、宛先を見て、貴方がそんなこと出来るはずないのにね?」
「???」
マリアンから手紙を受け取り、宛先を見る。
すると、そこには見慣れた丁寧な字で"スノウ・エルピス"と書かれていた。
急いで手紙の封を開け中身を確認すれば、そこには間違いなく彼女の字で書かれた手紙があった。
《拝啓 リオンへ
まだまだ雨降りしきるこの時期に、40度という高熱を出した君を思い、胸を焦がす日々です―――》
「…!」
早く続きが読みたい。
そう思わせる字と、内容であった。
《窓の外では相変わらず雨が止むことなく降りしきっていますが、そちらはいかがでしょうか?
とある理由があり、大切な君の見舞いに行けない事、酷く残念に思っています。
熱に浮かされる君を思い浮かべれば、胸は締め付けられ居ても立っても居られない状況です。
私が行けない代わりと言っては何ですが、見舞いの品を贈ろうと思います。
その花は、私の〝フロラシオン〟の結晶化でも生き残った生命力ある薔薇たちです。
君の苦しみが、この生命力溢れる薔薇で少しでも楽になれますように―――祈りを込めて。
追伸
君が治る頃にはきっと会えると信じて、この手紙を送ります。
読んだ後は、燃やして跡形もなくしてしまってください。
もし、残っているのを見つけたら私が燃やしてしまうからね?本当だよ?
――――遠くに居ても、君を何より大事に思う者より》
「……。」
「…どう?良き報せのような、良い感じの事が書いてあった?」
「――――マリアン。」
「はい。」
「紫陽花を用意してくれ。それから…便箋も。」
「ふふ…はい。ちゃんと"紫"の紫陽花を選んでおくわね?」
「あぁ、頼んだ。」
ちゃんと分かってくれているマリアンは微笑むと扉の向こうへと消えていった。
………ちゃんと施錠も忘れずに。
『良かったですね、坊ちゃん。なんて書いてあったんですか?』
「お前が向こうで煩かったから送り返した、と書いてあった。」
『え?! 嘘ですよね?! スノウに限ってそんなこと書きませんよね?!!』
「さあ?どうだかな。」
ぎゃあぎゃあと煩い愛剣を制裁ひとつで黙らせた後、僕は胸が逸るままマリアンを待った。
僕が手紙に書き起こすことを悩むのを見越して、マリアンが何枚も便箋を持ってきてくれたのを見て、僕は思わず苦笑した。
流石マリアン、良く分かっている。
「今の時代、スマホという手軽なものじゃなくて、ちゃんと手紙でやり取りするのもいいわよねぇ…?素敵だわ。」
「今、あいつはスマホがないからだろうが…。」
「没収されてるの?それとも壊れたのかしら?」
「どうせ、贈り物をするんだ。こっちの方が都合がいい。」
「…ふふ。喜んでくれるといいわね?」
「あぁ…!」
便箋を持ち、机に向かうリオンを見て、マリアンが優しい微笑みでそれを見ていた。
その机の上には花瓶に飾られた色とりどりの薔薇たちが咲き誇っていたのだった。
『時は一刻を争う。行くぞ。』
「…。」
父親であるヒューゴの声が聞こえると同時に僕は気持ちを引き締めさせた。
また…彼女が苦しんでいる。
それを助けるためにここに居るのだから。
それ以外の事を考えるのは後回しだ。
「(それにしても…。結晶化がここまで進んでいるなんて…どうなっている? 過去、彼女を助けた時にはこんなことにはなっていなかった。なのに…)」
『考え事なら後回しにしろ。……次を右だ。』
急ぎ足で駆け抜ける植物園は、既に結晶化を終え、何処を見ても結晶化された花や植物ばかりだ。
強いて言えば、まだ結晶化しきっていないのか花の色がうっすらと分かる程度で止まっている。
『そのまま真っすぐ行け。』
奴の案内の元、僕は着々と進んでいく。
時折、結晶化した物が太陽の光の反射で眩しく感じるくらいで、あとは問題などない。
…奴の案内が雑なこと以外は。
『そこを突っ切れば目的地だ。』
「そこにスノウが…。」
『対を成す存在であるならば、容易く助けられるだろう。出来なければ命は無いと思え。』
少し狭い場所を潜ると、そこにスノウがうつぶせの状態で倒れていた。
僕は慌てて彼女に近寄り、肩を揺する。
「スノウ?! おい、しっかりしろ!!」
彼女自身は結晶化していない。
なのに周りだけ結晶化が進んでいる。
僕は急いで彼女を抱き起した。
すると、僕の想像していない服装だったからか、一瞬、誰を抱き起しているのか分からなかった。
あまりにも……綺麗で美しすぎて。
秀麗なその美貌に、元々の白い肌が儚さを演出している。
その上、肌の白さと服の黒が際立っている。
まるで本物の少年のようなその格好のスノウに、僕は一瞬戸惑いを隠せなかった。
いつもいつも男装ものを好む彼女だとしても、こういう上流階級の者が着るような服を着たことがない事も相まって、余計に…だ。
『何をしている。早くしないと死ぬぞ。』
「っ、」
そうだ、こんな事をしてる場合ではない。
しかし、〝フロラシオン〟特有の花結晶が何処にも見当たらない。
どうやってこの現象を止めればいい?
「どうすればいい…?!」
『簡単な話だ。結晶化を止めればいいだろう?』
「だから、それをどうやって―――」
『いつもの状態と違うところを探せ。』
「いつもと違うところ…?」
そんなの、この服装に決まっている。
だが、絶対にそれとこれが関係しているはずがない。
なら、何処だ…?
「スノウ!起きろ!」
顔色の悪い彼女に目を覚ますなんてことが出来るかどうか、賭けに近かったが……やはり無理そうだ。
足先から指先、頭の先までじっと観察しているが別段、普段と違うところなんて…。
『なら、接吻するんだな。』
「……は?」
『口が直接触れることで、対となるお前の力が存分に発揮できるだろう。〝星の誓約者〟同士なんだから、過去に何度もしているだろう?さっさとやってしまえ。』
「………。」
そ、そんなの…やっているわけがない。
というより、奴の偏見甚だしいその価値観はどうなっている?
〝星の誓約者〟だからと言って、せ…接吻など…!
顔が赤くなるのが分かり、思わず俯けば彼女の唇が見えてしまい余計に顔を赤くさせて僕は慌てて視線を逸らせた。
それを見ていたのか分からないが、奴の声は眉間に皺を寄せて喋ったような、そんな声だった。
『……まさかだが。した事ないのか?』
「……。」
『ふん。なら良かったでは無いか。初めての接吻がこんな大事な場面で。これなら思い出に残ろう?』
本当に黙っていて欲しい。
わなわなと怒りに身体を震わせれば、奴は鼻で笑っていた。
……本当に、腹立たしいことこの上ない。
接吻……所謂口付けというのは、女性にとって大事な事だろうに。
それが……僕で本当に良いのか?
『やりたくないのなら見殺しにするんだな。……あぁ、そうだ。その〝誓約〟した指輪も外して帰れ。そうすれば後腐れなく残りの人生を生きていけるだろう?』
「………………黙れ。」
『物が残らないだけマシだろう?記憶なんぞ時間の経過と共にどうせ失う。なら、その指輪を外して帰れという私の親切な言葉に耳を傾けるんだな。』
「黙れっ!!!!」
中庭の植物園に響く怒号。
再び身体を震わせ、怒りを表しているリオンが何処にあるか分からないカメラに向かって叫んだ。
「僕はっ!絶対にこいつを見捨てない!!!……昔、誓ったんだ…!あの時に…!」
『なら早くしろ。屋敷が全て結晶化になって貰っても困るからな。』
どうせ本音はそれだろう。
僕は奴の言葉を無視すると、意を決して彼女の口へと自分の口を近付ける。
ゆっくりと目を閉じて口付ければ、途端に左薬指の指輪が熱を持った。
彼女を抱き抱える力を強めれば、余計にそれは熱を持ち、同時に力が抜きとられていく感覚がする。
その瞬間、激しい音を立てて周りの結晶が一瞬にして割れた。
結晶に覆われていた植物たちは本来の色味を取り戻し、色彩豊かにそこに存在するのを視界の隅に入れながら僕は恐る恐る唇を離した。
……これで、〝フロラシオン〟が一時的に治まればいいが…。
「…………リオン…?」
「…!」
彼女が目を覚ました。
それは良い。
だが、その瞳はいつもの……黒目ではない。
変身後の様な…、いや、“彼女本来の瞳の色”である海色の瞳をしていた。
その上、闇夜の中でも分かる程の光を帯びており、いつもと違うのが分かる。
「(…そうか!奴が言っていた"いつもと違うところ"というのはこの瞳の事だったのか…!)」
「リオン…。…な、んで……ここに…? というより…私は、一体……」
その疑問に答える前に僕の体は自然と動いていた。
気付いたら、その瞳へと口付けをしていたのだ。
何故か身体が動いた────というより、彼女のいつもと違う瞳を見て、これからやるべき事を僕自身が何故か知っていて、本能的にそれをしなければならないと思った。
……本当に不思議な感覚だった。
「……レディ…?」
口を離せば、その瞬間気を失うように身体を重力に任せたスノウをしっかりと抱え直す。
閉じられた瞼の下が治ったのかどうかは判断つかないが、取り敢えずこれで大丈夫だろうという事も不思議と自分の脳が叩き出していた。
……本当にまるで、初めからこの儀式を知っていたかのように…な。
「リオン坊ちゃん!」
『坊ちゃん!スノウ! 2人共大丈夫ですか?!』
遠くから聞こえてくる賑やかになった植物園に顔を上げれば、彼女の頭と同じような薔薇が周りを彩っていた。
改めて彼女の装いを見てみれば、まるでよく出来た精巧な人形の様に飾られた姿だった。
一見すると少年か少女か分からないくらいあどけなく、そして美人である。
まつ毛が長いから余計に美人に見えなくもない……などと思ったところと我に返る。
「(……身体が、怠い…。段々、と……重く、なって…きた……)」
僕は彼女を抱えたまま気を失いそうになり、慌てて支え直す。
しかし体の重みは徐々に増していくばかりで、治る気配はない。
結局僕はそのまま意識を手放していた。
♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚゚+.・.。*゚♪゚
___リオンの自宅(豪邸)
僕が目を覚ますと、心配そうな顔をしたマリアンがいた。
その手には冷やしたタオルなのか、それを額へとやろうとするマリアンがいて、僕は彼女の名前を思わず呼んでいた。
「マリアン…?」
「っ! エミリオ! 良かった…!意識が戻って…!」
「僕は…何故こんな所で…。」
「……覚えてませんか? 執事のレンブラントがエミリオを抱えて戻ってきたんです。どうも学校で倒れられて迎えに行かれたのだとか…。」
「…?」
記憶を整理しようと頭を働かせたが、どうにも頭痛が邪魔をして上手くいかない。
するとマリアンは、僕の額に手を当てて少しだけ安心した顔で息を吐いていた。
「熱も下がってきましたね。もしかして、あの日具合が悪かったの?」
あくまでも心配そうに聞いてくるマリアンだが、その顔は少しだけ怒っている……様な気がした。
僕は慌てて僅かに首を振り、弁解を口にした。
「ち、違うよ、マリアン。あの時は別に普通だったし、身体も怠くなかった―――」
そう自身で言って、ようやく思い出す。
"体の怠さ"、と言えば……僕は〝フロラシオン〟の症状が現れたスノウを助けたはずだ。
彼女は…何処にいる?!
僕は慌てて思い体を起こし、マリアンに詰め寄った。
「マリアン! スノウは…あいつは何処だ?!」
「え? スノウさん…? スノウさんならまだ見つかってないんでしょう?夢でも見たの?エミリオ。」
「っ、」
そう、だった…。
〝フロラシオン〟は一般には知られていない病気だ。
それこそ、僕とスノウ……そして、政府の人間しか知らない。
だから、彼女のあの現象の事をマリアンが知らされていないのは何も不思議じゃない。
…だとしたら、何故…あの〝フロラシオン〟の症状を再発させたスノウを見て、レンブラントは僕を呼んだんだ?
それに"死にそうだ"なんて、分かったような言葉まで伝えて…。
クスクスと笑っているマリアンを呆然と見ながら、僕は漠然と拳を握った。
しかしマリアンはすぐに笑いをやめて、「心配よね…?」と僕を気遣ってくれ、その拳の上から手を添えてくれる。
僕はその質問に頷くだけに留めておいた。
〝フロラシオン〟関連の事にマリアンを巻き込むのは、お門違いも良いところだ。
それに政府からもキツく言われている。
―――"絶対に口外するな"、と。
「…そういえば、シャルのやつが居ないな…?」
「あぁ、シャルティエ様なら執事のレンブラントが一時預かっておきます、と言っていたわよ?もう少ししたらレンブラントさんもシャルティエ様を戻しに来られるはずよ?安心ね?」
「…あぁ、そうだね…。」
なんだ、この違和感は。
僕は、何か見落としていないか?
それこそ、大事な事を……。
「それより、病人はもう少し寝ててくださいませ?まだ熱が下がったとはいえ病み上がりなんですから。」
「マリアン、聞きたいことがある。」
「はい、なんでしょうか?」
「僕は…何日寝ていた?」
「大体…二日でしょうか?帰られてから換算するなら三日になるわね?」
「そんなに…?」
「だって、エミリオったら40度の熱があったのよ? 熱も下がらないし、苦しそうに時折魘されていたし…。それくらいで熱が下がったなら早い方よ。」
「……。」
驚きで愕然としていると控えめに扉がノックされる。
マリアンが扉の方へ向かった所で思考の深みに入ろうとしたその時、懐かしい声が聞こえてくる。
『坊ちゃん!大丈夫ですか?!』
「…シャルか。」
『なんですか?! がっかりした様な声で迎えないでくださいよ!こっちもがっかりするじゃないですか!!』
「ふっ…、すまない。丁度話題に上がっていたからな。」
『え、どんな話してたんですか?僕が居なくて寂しかった、とか?!』
「居なくて清々したって話だ。」
『坊ちゃん?!!!』
マリアンが手にしているのを見て、扉の方を見てみたが誰もそこにはいなかった。
レンブラントが来ると言っていたから、てっきり中まで入ってくるものだと思っていたが…。
それに気付いたマリアンが、困った顔で僕にシャルを渡してくる。
「執事のレンブラントは忙しいみたいで、シャルティエ様を他の執事に託して仕事に戻られたそうです。」
「…そうか。聞きたいことが山ほどあったんだがな…。」
「あれなら呼びましょうか?」
「もしかしたら頼むかもしれない。……その時はお願いできるかい?マリアン。」
「お任せください! でも、エミリオはここから抜け出さない様お願いしますよ?まだ病人なんですからね? それが守れないなら私だってそれ相応の対応をさせてもらいますからね!よろしいですね!?」
「あ、あぁ…。分かってるよ…マリアン…。」
それを聞いて満足したのか、マリアンはひとつお辞儀をすると仕事に戻って行った。
僕はそれを見送ってから手に持ったシャルへと視線を向ければ、「待ってました」とばかりにコアクリスタルが光り輝く。
眩しいそれに、僕が目を細めればコアクリスタルの光は少しだけ弱まった。
『聞きましたよ?坊ちゃん、40度くらい熱があったんですね。大丈夫ですか?熱の後遺症とかありませんか?』
「今の現代医療で治らない訳ないだろう。昔なら分からないが…な。」
『まぁ、そうですよね。今じゃあ、治らない病気なんてそれこそ〝フロラシオン〟くらいで――――って、坊ちゃん!こんな悠長に話してる場合じゃないですって!』
「あぁ、分かってる。スノウの事だろう?」
『あれ?ひどく落ち着いてますね? スノウの事だったからもっと前のめりになって聞いてくると思ってたんですが…。…………もしかして。僕の居ないところでマリアンとイチャイチャしてました?! あーあ!!スノウが知ったらきっと余計に誤解を生みますよ?! それとも、余計に誤解を招きたいんですかぁー?』
冗談交じりのそれに、僕は額に青筋が浮かんだのが分かった。
コアクリスタル部分へと爪を持っていき、勢いよくその部分へ爪を立て引っ掻いた。
「ぎゃああああ」という悲鳴が頭に響いてすぐに止めてしまったが、いつもならあの何倍もの時間をかけて制裁をしている。
今日はこれで勘弁してやると心の中で毒づきながら、僕は痛む頭を押さえた。
『…大丈夫ですか?まだ熱が下がってないんですか?』
「……熱なら、下がったと言われた…。だが、頭が痛い…。」
『それ治ってないじゃないですか。スノウの話はいつでもしますから、今は自分の体を治すことだけに専念してください。』
「…一つ聞きたい。…スノウは……無事なんだな?」
『はい。寧ろ、今の坊ちゃんよりも元気そうにしていますよ。さっきも楽しく会話してきたんです。いつも通りそうで、安心しましたよ。』
「…そうか。」
僕はベッドに再び横になり、ボーっと天井を見上げた。
すると、身体が休息を求めているのか徐々に僕の瞼は落ちていった。
……今は、あいつが……元気に過ごしてるのが分かっただけ…良い…。
僕の意識は、黒に塗りつぶされた―――
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
____翌日。
あれからずっと眠りにつき、翌日の朝になってようやく目覚めたリオンは熱も下がり、少しなら動いても良いというマリアンの小言を聞かされた後、シャルティエとスノウについての話をしていた。
『結局、あれは〝フロラシオン〟の症状の一つとして間違いないものかと…。』
「…だが、今まであんなことは無かった。それなのに何故急に再発したのか…。…不穏だな。」
『だからこそ、坊ちゃんと一緒じゃないと危ないって言ったんですけど…スノウが坊ちゃんに会おうとしなくて…。』
「……。」
もしかして、あの口付けの時起きていたのか?
それで嫌になって…僕を避ける様になった、とか…?
それとも、瞼に口づけた僕を見て避けるようになったか…?
『でも、すごく心配そうではありました。坊ちゃんの身を常に気にしていて、よく執事のレンブラントから聞き出していましたよ?』
「そう、か…。(なら、良いが…。)」
『後…これを言うと坊ちゃんを心配させてしまうんですけど…。』
「何だ。」
『スノウったら、たまに指輪を見ては外そうとするんですよ。途中で思思い留まっていつもやめてはくれるんですけど…。』
「っ?!」
未知なる病〝フロラシオン〟を発症し、結晶化して死にそうになった彼女を救うために〝誓約〟した僕達。
その指輪はお互いを繋ぐもので、そしてスノウの命と言っても過言ではなかった。
どちらかがその指輪を抜き取ってしまえば、スノウは瞬く間に〝フロラシオン〟に侵され、死に至ってしまう。
それを政府の奴らが口を揃えて言っていたのだ。
当然、試せるわけもなく僕達は絶対にこの指輪を外さない様に誓ったはず…。
それが今になって外そうとするなどと……。
僕は居ても立っても居られず、家から飛び出そうとするのをにっこりとしたマリアンに見つかり説教される羽目になってしまう。
何とか誤解を解いてもらおうとするが、にっこりとしたマリアンから逃げられるわけもなく、再び自室に押し込められてしまった。
しまいには、僕の自室に鍵をかけてしまうマリアンを見て僕は顔を青ざめさせた。
「ま、マリアン?!」
「私、以前に言いましたよね?"守れないならそれ相応の対応をさせてもらいますからね"―――と。」
「でも、マリアン…!スノウが…!」
「今はご自身の体を大事になさってください! 病弱なリオン様をそのままにするなど、お会いするスノウさんに顔も合わせられません!」
「ぼ、僕は病弱なんかじゃ―――」
「言い訳は聞きません! そこでしっかりと安・静・に!頭を冷・や・し・て!ください!!」
「……。」
『取り付く島もない、とはこの事ですね…?』
呆れたような声でぽつりと呟くシャルを睨めば、コアクリスタルをシャットダウンさせたのか、光がゆっくりと消えていく。
僕は扉前でがっくりと肩を落とし、何をするわけでもないが自室にある椅子に座る事にした。
だが、座っているだけだと色々と考えてしまう。
こうしている間にも、スノウが指輪を外そうとしているのではないか―――
「っ、」
ブルッと身震いが起きて、僕は無意識に腕を摩る。
あぁ、なんてことを考えるんだ。
それもこれも、シャルが変な事を言うからだ。
最愛の彼女が指輪を外そうとしている光景が目に浮かぶようで、余計に恐怖を掻き立てられた。
違う…!他にも考える事があるはずだ…!
例えば、例の病気の再発理由だとか。それから何故彼女がそこに居たのか。
「…おい、シャル。」
『はい、何ですか?坊ちゃん。』
どうやらこっそり起きてはいたらしい。
光を点滅させ、不思議そうな声で聴き返す愛剣を机の上に置いて話を続ける。
「…何故、あそこにスノウがいたんだ。何か聞いているか?」
『あー…その事なんですけど…。実は頑なにスノウが理由を教えてくれなくて…。』
「は?お前にか?」
『はい…。今までこんなことなかったんですけど…。何故かそれについては固く口を閉ざしてしまっていて…理由が聞けなかったんです…。』
「というより、あそこの建物は一体何のために建てられた建物だ?それにその謎の建物内にスノウが居た理由…。そしてそれを話さないスノウ…か。」
『僕らはてっきり誘拐されてそのままになっている、と思っていたから謎ですよね…?』
「幾ら調べても、スノウの行方は見つからなかった。それが、今になってレンブラントが迎えに来て、それで明るみになった…。これが偶然だとしたら…。」
謎が深みに嵌ろうとするのを感じ、僕達は同時に溜息を吐いていた。
やはり全ては、スノウ本人から聞き出すほかないだろう。
それか、レンブラントに直接聞き出すしかないだろうな。
だが、レンブラントへの連絡手段であるマリアンはあの通り……怒っているし、話が出来なさそうなのは火を見るよりも明らかである。
所謂、八方塞がりである。
僕達は再び溜息を吐いていた。
それをお互いに見遣って、顔を顰めさせた。
「ともかく、マリアンのご機嫌が直り次第……だな。」
『そうですね…。』
「他に情報は無いのか?お前、少しでも向こうに居たんだろう?」
『そうですねぇ…? スノウはお花が好きなことくらいですかね!』
「そんなことは知っている。…役に立たないな、お前。」
『ええ?!酷くないですか?!』
昔から…それこそ出会った当初から、彼女が花好きなのは知っていた。
男性のように振る舞っていても、そこは女性らしいんだな。と思った事すらある。
…まぁ、彼女の場合、その花は女性を誑かせるのに使うのだろうが。
女性を口説く彼女を思い描いて、妙な気持ちにさせられる。
学校内ではわざわざ黒縁眼鏡なんてかけて大人しくしているが、プライベートとなると中性的な服装で街に出かけては知らない女性から黄色い声援を浴びている状態。
周りの女性を鎮めるためにわざとに口説き倒すものだから、彼女の歩く場所には何人もの鼻血を出した女性が屍の様に道に転がっている。
それを僕は後方の方から見て、いつも顔を顰めている。
その姿は凛としていて、余裕のある顔をしているから………あの建物内で出会った彼女には本当に驚いた。
あまりにもいつもと違う格好すぎて。
あまりにも人形らしい飾り立てと、肌の白さと血色の悪さが相まって。
あまりにも……綺麗で儚すぎて―――
……コンコン
「エミリオ?」
「…ん?マリアン?」
「ちゃんと頭冷やしてるのね。感心したわ。…はい、これ。とある人から貴方にプレゼントよ?」
「僕に?」
それは赤や黄色、そして青からなる薔薇の花束だった。
青の薔薇なんて、不可能だと言われていたのにちゃんとした生花として贈られて来ているのに気付く。
しかし…誰が僕にこんな花束を…?
「あと、手紙も預かっているわよ?"読んだら燃やしてくれ"ですって。……ふふ、宛先を見て、貴方がそんなこと出来るはずないのにね?」
「???」
マリアンから手紙を受け取り、宛先を見る。
すると、そこには見慣れた丁寧な字で"スノウ・エルピス"と書かれていた。
急いで手紙の封を開け中身を確認すれば、そこには間違いなく彼女の字で書かれた手紙があった。
《拝啓 リオンへ
まだまだ雨降りしきるこの時期に、40度という高熱を出した君を思い、胸を焦がす日々です―――》
「…!」
早く続きが読みたい。
そう思わせる字と、内容であった。
《窓の外では相変わらず雨が止むことなく降りしきっていますが、そちらはいかがでしょうか?
とある理由があり、大切な君の見舞いに行けない事、酷く残念に思っています。
熱に浮かされる君を思い浮かべれば、胸は締め付けられ居ても立っても居られない状況です。
私が行けない代わりと言っては何ですが、見舞いの品を贈ろうと思います。
その花は、私の〝フロラシオン〟の結晶化でも生き残った生命力ある薔薇たちです。
君の苦しみが、この生命力溢れる薔薇で少しでも楽になれますように―――祈りを込めて。
追伸
君が治る頃にはきっと会えると信じて、この手紙を送ります。
読んだ後は、燃やして跡形もなくしてしまってください。
もし、残っているのを見つけたら私が燃やしてしまうからね?本当だよ?
――――遠くに居ても、君を何より大事に思う者より》
「……。」
「…どう?良き報せのような、良い感じの事が書いてあった?」
「――――マリアン。」
「はい。」
「紫陽花を用意してくれ。それから…便箋も。」
「ふふ…はい。ちゃんと"紫"の紫陽花を選んでおくわね?」
「あぁ、頼んだ。」
ちゃんと分かってくれているマリアンは微笑むと扉の向こうへと消えていった。
………ちゃんと施錠も忘れずに。
『良かったですね、坊ちゃん。なんて書いてあったんですか?』
「お前が向こうで煩かったから送り返した、と書いてあった。」
『え?! 嘘ですよね?! スノウに限ってそんなこと書きませんよね?!!』
「さあ?どうだかな。」
ぎゃあぎゃあと煩い愛剣を制裁ひとつで黙らせた後、僕は胸が逸るままマリアンを待った。
僕が手紙に書き起こすことを悩むのを見越して、マリアンが何枚も便箋を持ってきてくれたのを見て、僕は思わず苦笑した。
流石マリアン、良く分かっている。
「今の時代、スマホという手軽なものじゃなくて、ちゃんと手紙でやり取りするのもいいわよねぇ…?素敵だわ。」
「今、あいつはスマホがないからだろうが…。」
「没収されてるの?それとも壊れたのかしら?」
「どうせ、贈り物をするんだ。こっちの方が都合がいい。」
「…ふふ。喜んでくれるといいわね?」
「あぁ…!」
便箋を持ち、机に向かうリオンを見て、マリアンが優しい微笑みでそれを見ていた。
その机の上には花瓶に飾られた色とりどりの薔薇たちが咲き誇っていたのだった。