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06.隔絶
屋敷に着いたスノウを待っていたのは、昔から居る執事レンブラントだった。
子供の頃からリオンを支えていた執事の一人でもあったため、スノウが覚えていたのだ。
「お待ちしておりました。旦那様、スノウ様。」
「レンブラント、客人を丁重にもてなせ。それから例の話の通り、衣食住の全てを提供してやれ。」
「承知しております、旦那様。ささ、スノウ様はこちらへ…。」
女性秘書官と共に何処かに颯爽と去っていったリオンの父親の後姿を見送り、スノウはレンブラントに案内されながら屋敷内の広さに感嘆していた。
流石、あのオベロン社総帥の隠れ家でもある屋敷だ。
一つ一つの部屋にはセキュリティがしっかりしているし、まるで"電気系統に埃は厳禁"とでもいうように、屋敷内には塵の一つもない。
まるで外界から確実に隔絶されているような……そんな場所だった。
「スノウ様にはこちらをお渡ししておきます。」
執事レンブラントに渡されたのは、カードキーだった。
しかも、蒼色の綺麗なカードキーである。
手に持って光に翳せば、僅かにキラキラとラメが入っているような豪華な仕様。
…失くさないようにしないと。
「こちらのカードキーでは、スノウ様のお部屋。それから、食堂やバスルーム、図書館などが開く仕組みになっています。無論、旦那様の私室などの場所はこのカードキーで開かない様にしてありますから、ご注意を。」
「はい、ありがとうございます。レンブラント様。」
「ほっほっほっ…。私などに"様"など不要ですよ。スノウ様。」
「でも、私はここの人間ではありませんし…。」
「貴女様は、この屋敷のお客様ですから。丁重にもてなす様に旦那様からも言付かっております。ですからあまり執事に様をつけないよう、お願いしますね。」
「分かりました、レンブラントさん。」
「ほっほっほ…。それならばよろしいでしょう。では、お召し物を変えましょう。いつまでも制服、という訳にはいきませんから。」
「え、あ、はい…。」
正直に言うと、ずっと制服でいるものだと思ってた。
しかしこの屋敷内でずっと制服なのも、おかしな話なのか。
レンブラントに連れられ案内されたのは、スノウの為にと綺麗に片付けられたお部屋だった。
服飾タンスやらクローゼットが充実しており、既にそこには大量の服が入れられていた。
しかしそのクローゼットには、どこのご貴族様だというくらい煌びやかな服ばかりあるのを見て、眩暈がするようだった。
「えっと、こんな高級そうな服着れません…。汚しそうで…。」
「ほっほっほ。それはスノウ様へ、と態々旦那様が用意されたものです。どうぞ好きにお着換えなさってください。」
「う、うん…。」
いや、だって…。見るからに良いところのお嬢様とかお坊ちゃまな人が着そうな装飾もある。
流石に普段使いの服ではない事は明白である。
…やばい、息苦しくなってきた。
「おすすめある?」
こうなったら、この手の服に詳しそうな人に聞くのが早い。
いつも見慣れているだろうレンブラントに問いかければ、暫し考えたあと、何着か手に取って見せる。
それはいつも女性らしい恰好をしないスノウを気遣ったような服装だった。
流石というべきか、なんというべきか。
「私の記憶では、確かスノウ様は女性物を好まれなかったはず。ならばこの手の物なら着易く、お気に召すでしょう。」
中性的な服や、男装ものを好むスノウにとってスカートは大敵だった。
制服は仕方なく着てはいるが、絶対に下にはズボンを履いておきたいタイプだ。(校則の都合上、スカート下に仕方なくタイツを履いているが。)
だから目の前に広がるドレスの類いなど、以ての外だった。
それなのにこんなにもたくさんあるドレスや服の中でも、スノウの好みを選び抜いたのに感動した。
「…ありがとうございます。着て見ます。」
「終わったら外に居る私に話しかけ下さい。」
外に出ていったレンブラントを見送り、そして着替えたスノウは鏡の前で目を見張った。
これは本当に自分なのか、と思うほどいつもと違う見た目である。
だが、ちゃんとレンブラントの見立て通り他の人から見れば似合っているのだが、当の本人は似合ってるのか分からないと困惑していた。
「う…。これは…似合ってる、のか…?」
胸元の青いリボンを鏡を見ながら直すと、ようやく屋敷に隔絶されるという実感が湧いてくる。
そして、外に居るレンブラントの元へと歩いていくと途端に驚かれたような顔をされた為、スノウは一瞬部屋に戻るか迷った。
しかしすぐに微笑みを浮かべたレンブラントは大きく頷いた。
「…見立て以上でございます。素地がよろしいと、やはり選び甲斐がありますな。」
「似合ってないならそう言ってください…。」
「何をおっしゃいます。とてもお綺麗ですよ。」
まるで精巧な人形が歩いているようだと、レンブラントは改めて目を細めさせてその姿を目に焼き付ける。
紺色のシャツを下に着ており、黒い袖なしのジャケットと黒のズボン。そして何よりスノウの白い肌に合うような青い胸元のリボンと、袖の内側がリボンと同じ青い袖フリル。
カツカツとヒールのある靴を履きこなした少女。
本当に少年と見間違うような、そんな精巧な人形の様だった。
「おひとつ、お忘れですよ。」
レンブラントが手にしたのは、青いバラの装飾。
左の髪へとそれを着ければ、余計にそれは人形である。
誰が見ても似合っているその服装に、慣れないとばかりにそわそわする少女を見て、レンブラントが穏やかに笑う。
もう少し堂々としていたら、気品漂う本物の貴族の様になれたのかもしれない。
そんなレンブラントの心など露知らないスノウは、頭の上の青いバラの装飾を触ったりしていた。
レンブラントは歩き出し、続いて食堂を案内する。
お昼が軽く過ぎてしまったが、軽食などどうかというレンブラントの提案にスノウが素直に頷いた。
「今日の軽食はサンドイッチでしたね。」
「丁度いいです。ありがとうございます。」
軽くサンドイッチを食べてしまったスノウへ次に案内されたのは広大な図書館だった。
あまりの広大さに目を瞬かせたスノウだったが、暇つぶしが出来そうだと少しだけ心を躍らせた。
次々と案内され、レンブラントの案内が終わるころには夕食の呼び出しが来そうな時間帯であった。
「では食堂へと向かいましょうか。」
「あの、」
「はい。」
「何故、ここまでしてくださるんですか?」
「それは…貴女が、リオン坊ちゃんの対となる存在だからですよ。そして、未知の病〝フロラシオン〟に発症し、その指輪が無ければ生きていけないほど弱い存在だからです。」
「っ?!」
目を見張り、レンブラントを見る。
その声からか、その表情からか…、何処か狂気じみたものを感じてしまい、思わず後ずさった。
「ここから逃げる事は出来ませんよ?スノウお嬢様。」
「な、な…」
本能的に逃げなくちゃ、と警鐘を鳴らしているのに、足が…体が…動いてくれない。
「その指輪を抜き取ってしまえば、貴女は簡単に死ぬ。それくらい弱い存在を守るのは大人として、そして、スノウお嬢様を客人として迎えられた旦那様の意向に従う者として当然でございます。」
「何故……その、ことを…」
「ここに居るものは全て知っていますよ。貴女の秘密を。無論、旦那様が一番よく知っておいででしょうが。」
命の危険に晒されている気持ちにさせられ、食欲なんて湧くはずもない。
テーブルに持ってこられた食事たちを見て、食堂の扉近くに立っていた私はすぐにその場を後にした。
玄関に向かい、扉を開けようとしたがカードキーを翳せと表示が出てくる。
慌てて貰ったカードキーを翳してみるが、赤い表示で"ERROR"と出てしまう。
その後音声案内が始まる。
『―――このカードキーではこの扉は承認されません。スノウ様、お戻りください。』
「わ、たしの名前…!?」
最新式とでもいうのか、目の前の表示から音声が流れたと思えば自分の名前を迷いなく呼ばれる。
このカードキーには既に私の情報が載っているんだという事がすぐに分かった。
なら壊してでも―――
「お痛はいけませんよ、スノウお嬢様。」
「は、」
一瞬にして目の前が暗くなって、そのまま私の意識は黒に塗り潰された。
……
……………………
………………………………………
「レンブラント。」
「はっ、旦那様。」
装飾された少女を軽々と持ち上げたレンブラントを見て、ヒューゴが話しかける。
そして気絶しているらしい少女を見て……否、その人形に見紛うほどの見た目に一瞬目を見張ったが、すぐに顔を顰めさせた。
「やり過ぎだ、レンブラント。記憶をちゃんと消しておけ。」
「はっ、仰せのままに。」
「もし記憶が戻って屋敷から外に出るようなら、拘束しておけ。生きてさえいれば構わん。」
「承知しました、旦那様。……して、この娘を学校に戻させるんですか?」
「今は戻さん。…まぁ、あいつ次第ではあるがな。」
「あいつ…。リオン坊ちゃんの事ですか?」
「あぁ。あいつがどのようなアクションを起こしてくるかで今後の事を決める。それまではこの屋敷に閉じ込めておけ。」
「はっ。」
「…ふん。操りやすそうな見た目をしたマリオネットだな。」
スノウを見たヒューゴが無表情でそれを見ると、無言で引き返した。
レンブラントもまたヒューゴへお辞儀をしてスノウを寝かせようと動き出そうとしたその時、突然ヒューゴが立ち止まり、真っすぐを向いたままレンブラントに問いかけた。
「そういえば、例の場所は確認できたのか?」
「…ホヒ。ええ、出来ていますとも。スノウ様がお着替えの最中、確認いたしました。例の場所は―――丁度"胸元"です。」
それを聞いた途端、興味を無くしたのかヒューゴは再び止めていた足を動かした。
しかしその口元は愉悦に塗れて、醜く歪んでいた。
…………………………………………
……………………
………
____翌日。
朝日が眩しくなる頃、窓から入ってきた眩い光に照らされて私は起床した。
ゆっくりと目を開けて、そして慌てて身体を起こした。
「……あれ?昨日は何してたんだっけ…?」
時折、記憶が無い。
誘拐された、という所までは思い出せるのだが…。
「……あ、そうだ。確かリオンのお父さんに助けられて、この屋敷で保護されたんだった…。」
そうだ。
確か車から私を助け出してくれたのは、紛れもなくリオンのお父さんであるヒューゴ・ジルクリストその人だ。
確か私を狙う人がいるから屋敷で保護したいとかで…。
「……そっか。あれを着るのか…。」
レンブラントさんが選んでくれた服を見て、溜め息を吐く。
似合わないなら似合わないと言って欲しいけどね…?
ベッドから立ち上がり、その服へと袖を通しかけて、ふと思った。
……私、昨日どうやってここで寝たんだっけ?
「…………寝惚けてたのかな…?全然記憶に無いや。」
途中で止めていた作業を再開させ、鏡の前で最終確認を行えば、やはりいつもの自分と違う感じになってソワソワしてしまう。
最後にレンブラントさんから手渡された青い薔薇を左の髪へと着ければ、何だか何処かの薄幸の少年のように見えなくも───
「(いやいやいやいや…。薄幸の少年って………テレビの見すぎだって…私…。)」
首を振り、カードキーを持った私は扉を開けて外へと出た。
長い廊下が待ち受けていたけど、それともう一人待ち構えている人がいた。
「おはようございます、スノウ様。昨日はよく眠れましたか?」
「あ、レンブラントさん。おはようございます。お陰様でよく眠れました。寝る前のことを覚えてないくらいには疲れてたみたいで…。」
「そうでしたか。よく眠れたなら安心致しました。では、朝食の場へ案内致しますよ。」
そう言って、優しく案内してくれるレンブラントさんにお礼を言い後ろを歩いていく。
道中見えた中庭はとても美しく、花や草木が沢山ある所だった。
手入れが行き届いているらしく、かなり洗練されている。
「(……今日は中庭に行ってみようかな…?気分転換になりそうだしね?)」
食堂に着くとレンブラントさんが扉を開け、中へと誘導してくれる。
中に居るメイドが椅子を引いてくれたのを見て、むず痒い気持ちそのままに、そこへと座らせてもらう。
……こういうお客様扱いって慣れないから、椅子を引いてもらったりとかって中々困っちゃうなぁ…?
目の前に置かれた朝食は私からするとかなり多いものだ。
いつもはパン一個で済ませてしまう私からすると、だ。
普通の人ならもしかして……これが普通なのか…?
パンからスープ、それから前菜などお決まりのメニューがそこにはあった。
食べ切れるかな、と考えるくらいには多いものの、どれも美味しそうで食欲の湧く匂いをさせていた。
「……いただきます。」
手を合わせて食べ始めの挨拶をすれば、それは宙に霧散して静かに消えていく。
ナイフとフォークを持ち、前菜を食べていると感心した様な声が聞こえてくる。
「流石、スノウ様。テーブルマナーは習得済みでしたか。」
「流石にリオン…さんの食事を見ていれば覚えますよ。」
一応さん付けで名前を呼べば、レンブラントさんにクスクスと笑われてしまう。
食事を再度促され、次々と口に入れていく。
あぁ、美味しい…。
暖かいものがお腹を満たしていき、それだけでもなんだかホッとする様な気がする。
美味しい食事を平らげた私は再び手を合わせて「ご馳走様でした。」と口に出す。
料理を作ってくれた人のためにも、いつも食べれる幸せを噛み締めながらちゃんと口に出して言わないとね。
「今日はどうされますか?スノウ様。」
「……少し、中庭を見ても良いですか?」
「中庭、ですか?(まさか…逃げようって訳じゃ…なさそうですが…。)」
「中庭にある花が綺麗で、少し見てみたいなとさっき通ってて思ったんです。」
「そういう事でしたら、どうぞどうぞ。」
レンブラントさんも穏やかな表情で了承してくれたので、私はそのまま中庭へと向かった。
そこには沢山の花があり、時期も良かったのか多くの種類の花達が色とりどりに咲き揃っていた。
思わず近くにあった花に手を添える位には綺麗な中庭の景色を見て、思わず私も笑顔になってしまう。
「(あ…、この紫色の花…。まるでリオンの変身後の瞳みたいに綺麗な色だなぁ…?こっちはレディが笑った時みたいに綺麗に咲き誇ってるし…。)」
大きく息を吸えば花の香りが鼻を擽る。
様々な花の香りが混じりあって、それは私の心を穏やかにさせてくれるものだった。
あぁ……やはり花は良い。
見ていて心が安らぐし、匂いでも楽しませてくれるなんて素敵だ。
その咲き誇る様は、まるでこの世に生きとし生ける女性たちの様だ。
「(まぁ、綺麗な花には棘があるけどね…。)」
女性関連で痛い目に遭ったことのある男性はこの世界に山ほどいるだろう。
それを思うと私はまだそんな目に遭ったことはないね?
「……?」
色とりどりの花が沢山ある中で、一つだけ私の目を惹く花があった。
それは今しがた私の頭にも着けられている“青い薔薇”だ。
この青い薔薇は、現代では実現が不可能だと聞き及んでいたが、まさかここにあるとは思わず、きっとその為に目を引かれたのだ。
そっとそれに触れれば、満開に咲き誇っては青い珍しい花弁を満遍なく咲き乱し、存在を誇示しているように見えた。
まるで「自分だけを見て」と、言わんばかりに。
「……綺麗な花には棘がある…ね?」
花弁の後ろを見てみれば、やはりそこには至る所に刺々しい棘が存在していた。
触れる者を皆、傷付けかねない程の鋭い棘だった。
薔薇だから仕方ないのだが、やはりそれでも……それは見ていて悲しく思えてしまう。
薔薇は確かに有名だ。
けれども育てようと思えば、その繊細さ故に沢山の知識がいる。
その為親しみやすいかと言えば、そうではない。
この棘もまた、その親しみやすさを阻害している要因でもあると思う。
「……馴染み深さでは…一位なんだけどね?」
花屋で売っているのを目にするほど、薔薇を買う人は多いと聞く。
だが、態々家で育てて、愛でようとは思わないだろう。
それこそ、相当の覚悟がある人でないと…。
気軽に育てたら棘に刺されて痛い目に遭うからね。
「………少しだけ、ここの生活も良いかもしれないね。」
自分は保護の対象なので、無闇に外へ出れば皆を困らせるだろう。
だからずっと中に居ないといけないという息苦しさを何処か感じていたが、ここがあるならば少しは息も吐けそうだ。
暫く私が中庭を散策していると、花に囲まれたベンチがある。
木製のベンチで、周りと同化していたから気付きにくかったが、見たり触ったりしてみる限り、割と新しそうに見える。
そっとそこへ座れば、花の香りが漂う素敵な異空間となった。
思わず目を閉じてしまえば、サラサラと葉の擦れる音がして、風がその場に心地よく流れる。
ショートの黒髪が風で優しく流されていくと、頭に着いている青い薔薇の装飾も僅かに揺れる。
五感が研ぎ澄まされる中、何だか今日は良いことがある気がすると思える位に心が凪いでいた。
口元に優しく孤を描いていた私の耳に、レンブラントさんの声が届く。
ゆっくりと目を開けば、何故か彼の息を呑む声が聞こえて───
「(───あれ…? 何でこんなに…力が抜けてくる、んだろう…。)」
私は慌ててこちらに寄ってくるレンブラントさんの姿を見たのと同時に、意識が薄らぎ、そして前へと倒れたのを感じた。
その全てが───スローモーションの様に流れていた。
「スノウ様?! スノウ様!!!」
レンブラントさんの声がするのに、肝心の身体が動かない。
うつ伏せに倒れていた私の視界はぼやけ、そのままゆっくりと私は目を閉じていく。
……あぁ、何だか…眠いよ。
………………リオン。
……
……………………
……………………………………
中庭に行ったというスノウ様。
花を愛でる様子で、色んな花を見ては笑顔を零し、嬉しそうにしておられる。
それを最新式の監視カメラから色んな角度、色んな視点から見ては、彼女が逃げ出さないようにと常に監視を怠らない。
それがヒューゴ様から言付かった私のお役目ですから。
「(……花が好きでいらっしゃるのか、ずっと中庭におられますね。…それに、例の記憶の方もきちんと処理出来ているようで安心致しました。)」
監視カメラで見ながら目の前のボタンを操作し、多視点で何処かへと歩いていくスノウの後を追う。
徐々に奥へと向かっていくスノウを見ながら、レンブラントはふとそう思っていた。
余りにも弱々しい存在が故に、虐めたくなってしまうのは科学者としてのサガなのか。
思わず、昨日の様な失態を犯してしまい、お仕えしているヒューゴ様にも注意を頂く始末……。
「主君の為にも、必ずやこの任務…やり遂げてみせましょうぞ。」
───“未知の病〝フロラシオン〟を発症したスノウ・エルピスを監視しろ。”
「科学者として…胸が高鳴りますな。」
その未知の病とは何だろう?
どういう原理で結晶化が起きるのか?
何故、この娘は〝フロラシオン〟に発症して生き残れたのか?
その結晶の元素とは何だろう?
科学者として尽きない疑問が頭を埋めつくし、只今行っている任務をも忘れそうになり、ハッと我に返る。
するとやはりというべきか、監視カメラに肝心のターゲットが消えており、完全にあの娘を見失ってしまっていた。
監視カメラを切り替えながら娘の行方を探せば、薔薇園の場所まで潜り込んでいることが分かる。
急いで監視室から飛び出し、娘へと声を掛ける為に中庭へと向かう。
……なんと言ったって、あそこの薔薇園には抜け道がある。
そこを通られて逃げられては困るからだ。
「…どこに行かれましたかねぇ…?」
薔薇園の所を探しているものの、一向にあの娘が見つからない。
まさか、あの小さな抜け道を見つけ出されたか。と冷や汗が背中を伝う。
それでは主君の命令を裏切る形になってしまう。
それは断じて許されるべきものではない。
私が急いで探し回り、ようやく見つけた時だった。
「スノウ様。」
薔薇園の奥深く───そこにあるベンチに腰掛けられ、まるでこの空間ごと楽しんでは、癒されている様子の娘…いえ、スノウ様を発見する。
私が名前を呼ぶと、スノウ様はゆっくりと目を開けられた。
しかしその開けられた瞼から覗く瞳は、私が知っている色ではなかった。
“海色”の瞳を持ち、また、その瞳は光源を成しているかのように眩く光り輝いていた。
まるでそれは宝石眼のようであった。
こんな真昼間でも、その宝石眼は光り輝いているのが分かるくらいだ。
…………思わず身体中がゾクリとした。全身の鳥肌も立っている。
科学者としての血が、研究者としての自分の血が無性に騒いだからだ。
しかし主君から授かった大事な任務中である。
ここは抑えねば、とぐっと私は唇を噛み締めた。
まるで聖母のような微笑みを浮かべながらスノウ様は私を見る。
……その、抉り取りたくなるような珍しい瞳で。
しかし、様子がおかしい。
いつもなら返事をして、こちらの手を煩わせない為か、すぐに要件を聞き出そうとするはずなのに。
一向にその様子が無いではないか、と思ったその瞬間だった。
スノウ様の周りが急に白くなり始めていき、それは徐々に範囲を拡大させていく。
否――――
「(これは…!? 〝フロラシオン〟の結晶化現象っ…!! 何故今…?!)」
周りの地面も、娘が座っているベンチも、周りにある花も―――全てが徐々に結晶化していく。
それはまるで、元ある色を失うが如く。
それでも僅かに元の色が見えるということは、結晶化してはいるが表面だけが結晶化されているのだろう。
「スノウ様?! スノウ様!!!」
慌てて声を掛けるが、スノウ様の耳に届いていないのかその体は徐々に前へと倒れていく。
うつぶせの状態で倒れてしまったスノウ様の近くに寄ろうとすれば、こちらまで来ていた結晶化の地面を踏んでしまい、自分の靴先から徐々に結晶化が広がってくる。
「(まずいですね…。このままでは私も巻き込まれてしまう…!!)」
慌てて下がれば、結晶はすぐに音を立てて割れた。
しかしこの結晶化が止むことは無く、徐々に範囲を拡大してこちらにやってくるのも時間の問題だった。
その時、何処から見ていたのか主君の声がする。
『レンブラント。』
「は、はい…!」
中庭の植物園にあるスピーカーから主君の声が聞こえ、思わず声が上擦る。
そして姿勢を正せば、主君は気にされた様子なく続けられる。
『その現象はあいつしか止められん。早く呼んで来い。』
「よ、よろしいのですか?! そんなことをすれば、我々がスノウ様をここで監禁していることがバレて―――」
『構わん。充分に見させてもらった。必要ならば再び保護目的で呼び出せばよい。』
「分かりました。実行に移します。」
急いでリオン坊ちゃんのいる学校へと急ぐ。
まだリオン坊ちゃんは、この時間であれば学校で授業を受けておられるはずだからだ。
急ぎながらも学校へと連絡を行い、すぐに早退できるように仕向ける。
そして校門で待っているリオン坊ちゃんを見つけ、すぐさま扉を開け中へと入ったのを見届ければ、怪訝そうな顔で見上げられた。
「…お前が迎えに来るとはな。急に何事だ。」
「リオン坊ちゃん、一大事でございます。早くいかなければ…」
「お前がそこまで慌てるなんて珍しいな…。一体どうしたんだ?」
「…スノウ様が死にそうになっておられます。」
「っ?!」
『え、どういうこと?! スノウはまだ見つかってないんじゃ…。』
「詳しい話は後でございます…!早くいきましょう。」
車を飛ばして、急いで例の場所へと駐車する。
リオン坊ちゃんが警戒している様子で周りを見ているが、それも当然だろう。
何故なら彼はここへ一度も来たことが無い筈ですから。
カードキーを使い、中庭へと案内しようとすると扉を開けた先には既に結晶化した中庭が姿を現した。
「っ、(この結晶…。まさか…!) あいつは何処だ?!レンブラント!」
「私は…この先には行けませぬ…。」
「何を―――」
『聞こえるか、リオンよ。』
「…! この声は…!」
『私が道を教える。早いところ行ってやれ。……もうすぐ死ぬぞ。』
『な、何で死にそうになっているんですか?! それにこの状態は…?』
「…早くしてくれ。」
こうしてリオン坊ちゃんは主君の案内の元、この結晶化現象の起きている中庭へと足を踏み入れた。
しかし、その坊ちゃんには結晶化現象が起こらなかった。
「?!(これが…〝フロラシオン〟の時に〝誓約〟を交わした者の力…!! 実に興味深い…!!)」
「……レンブラント。」
「はい、ここに居ます。」
「こいつを預かっててくれ。どうもこいつには…ここは耐えられそうにないからな。」
そう言って、腰に提げた大事なソーディアンを私に預けてくださった。
それに触れれば、多少そのソーディアンが結晶化していることが分かり、私は慌てて中庭からこちら側へと引っこ抜けば、結晶は音を立てて割れていく。
ソーディアンにとって大事な機構・コアクリスタル部分が激しく点滅しているのを見れば、どうも無事な様子ではあるが、私には声が聞こえぬために何を仰ってるのかまでは分からない。
ともかくそのソーディアンを大事に持ち、目の前の彼へと声を掛けた。
「…お気をつけて。リオン坊ちゃん…。」
「…あぁ。」
その時の坊ちゃんの顔は、既に覚悟を決めた男の顔だった。
屋敷に着いたスノウを待っていたのは、昔から居る執事レンブラントだった。
子供の頃からリオンを支えていた執事の一人でもあったため、スノウが覚えていたのだ。
「お待ちしておりました。旦那様、スノウ様。」
「レンブラント、客人を丁重にもてなせ。それから例の話の通り、衣食住の全てを提供してやれ。」
「承知しております、旦那様。ささ、スノウ様はこちらへ…。」
女性秘書官と共に何処かに颯爽と去っていったリオンの父親の後姿を見送り、スノウはレンブラントに案内されながら屋敷内の広さに感嘆していた。
流石、あのオベロン社総帥の隠れ家でもある屋敷だ。
一つ一つの部屋にはセキュリティがしっかりしているし、まるで"電気系統に埃は厳禁"とでもいうように、屋敷内には塵の一つもない。
まるで外界から確実に隔絶されているような……そんな場所だった。
「スノウ様にはこちらをお渡ししておきます。」
執事レンブラントに渡されたのは、カードキーだった。
しかも、蒼色の綺麗なカードキーである。
手に持って光に翳せば、僅かにキラキラとラメが入っているような豪華な仕様。
…失くさないようにしないと。
「こちらのカードキーでは、スノウ様のお部屋。それから、食堂やバスルーム、図書館などが開く仕組みになっています。無論、旦那様の私室などの場所はこのカードキーで開かない様にしてありますから、ご注意を。」
「はい、ありがとうございます。レンブラント様。」
「ほっほっほっ…。私などに"様"など不要ですよ。スノウ様。」
「でも、私はここの人間ではありませんし…。」
「貴女様は、この屋敷のお客様ですから。丁重にもてなす様に旦那様からも言付かっております。ですからあまり執事に様をつけないよう、お願いしますね。」
「分かりました、レンブラントさん。」
「ほっほっほ…。それならばよろしいでしょう。では、お召し物を変えましょう。いつまでも制服、という訳にはいきませんから。」
「え、あ、はい…。」
正直に言うと、ずっと制服でいるものだと思ってた。
しかしこの屋敷内でずっと制服なのも、おかしな話なのか。
レンブラントに連れられ案内されたのは、スノウの為にと綺麗に片付けられたお部屋だった。
服飾タンスやらクローゼットが充実しており、既にそこには大量の服が入れられていた。
しかしそのクローゼットには、どこのご貴族様だというくらい煌びやかな服ばかりあるのを見て、眩暈がするようだった。
「えっと、こんな高級そうな服着れません…。汚しそうで…。」
「ほっほっほ。それはスノウ様へ、と態々旦那様が用意されたものです。どうぞ好きにお着換えなさってください。」
「う、うん…。」
いや、だって…。見るからに良いところのお嬢様とかお坊ちゃまな人が着そうな装飾もある。
流石に普段使いの服ではない事は明白である。
…やばい、息苦しくなってきた。
「おすすめある?」
こうなったら、この手の服に詳しそうな人に聞くのが早い。
いつも見慣れているだろうレンブラントに問いかければ、暫し考えたあと、何着か手に取って見せる。
それはいつも女性らしい恰好をしないスノウを気遣ったような服装だった。
流石というべきか、なんというべきか。
「私の記憶では、確かスノウ様は女性物を好まれなかったはず。ならばこの手の物なら着易く、お気に召すでしょう。」
中性的な服や、男装ものを好むスノウにとってスカートは大敵だった。
制服は仕方なく着てはいるが、絶対に下にはズボンを履いておきたいタイプだ。(校則の都合上、スカート下に仕方なくタイツを履いているが。)
だから目の前に広がるドレスの類いなど、以ての外だった。
それなのにこんなにもたくさんあるドレスや服の中でも、スノウの好みを選び抜いたのに感動した。
「…ありがとうございます。着て見ます。」
「終わったら外に居る私に話しかけ下さい。」
外に出ていったレンブラントを見送り、そして着替えたスノウは鏡の前で目を見張った。
これは本当に自分なのか、と思うほどいつもと違う見た目である。
だが、ちゃんとレンブラントの見立て通り他の人から見れば似合っているのだが、当の本人は似合ってるのか分からないと困惑していた。
「う…。これは…似合ってる、のか…?」
胸元の青いリボンを鏡を見ながら直すと、ようやく屋敷に隔絶されるという実感が湧いてくる。
そして、外に居るレンブラントの元へと歩いていくと途端に驚かれたような顔をされた為、スノウは一瞬部屋に戻るか迷った。
しかしすぐに微笑みを浮かべたレンブラントは大きく頷いた。
「…見立て以上でございます。素地がよろしいと、やはり選び甲斐がありますな。」
「似合ってないならそう言ってください…。」
「何をおっしゃいます。とてもお綺麗ですよ。」
まるで精巧な人形が歩いているようだと、レンブラントは改めて目を細めさせてその姿を目に焼き付ける。
紺色のシャツを下に着ており、黒い袖なしのジャケットと黒のズボン。そして何よりスノウの白い肌に合うような青い胸元のリボンと、袖の内側がリボンと同じ青い袖フリル。
カツカツとヒールのある靴を履きこなした少女。
本当に少年と見間違うような、そんな精巧な人形の様だった。
「おひとつ、お忘れですよ。」
レンブラントが手にしたのは、青いバラの装飾。
左の髪へとそれを着ければ、余計にそれは人形である。
誰が見ても似合っているその服装に、慣れないとばかりにそわそわする少女を見て、レンブラントが穏やかに笑う。
もう少し堂々としていたら、気品漂う本物の貴族の様になれたのかもしれない。
そんなレンブラントの心など露知らないスノウは、頭の上の青いバラの装飾を触ったりしていた。
レンブラントは歩き出し、続いて食堂を案内する。
お昼が軽く過ぎてしまったが、軽食などどうかというレンブラントの提案にスノウが素直に頷いた。
「今日の軽食はサンドイッチでしたね。」
「丁度いいです。ありがとうございます。」
軽くサンドイッチを食べてしまったスノウへ次に案内されたのは広大な図書館だった。
あまりの広大さに目を瞬かせたスノウだったが、暇つぶしが出来そうだと少しだけ心を躍らせた。
次々と案内され、レンブラントの案内が終わるころには夕食の呼び出しが来そうな時間帯であった。
「では食堂へと向かいましょうか。」
「あの、」
「はい。」
「何故、ここまでしてくださるんですか?」
「それは…貴女が、リオン坊ちゃんの対となる存在だからですよ。そして、未知の病〝フロラシオン〟に発症し、その指輪が無ければ生きていけないほど弱い存在だからです。」
「っ?!」
目を見張り、レンブラントを見る。
その声からか、その表情からか…、何処か狂気じみたものを感じてしまい、思わず後ずさった。
「ここから逃げる事は出来ませんよ?スノウお嬢様。」
「な、な…」
本能的に逃げなくちゃ、と警鐘を鳴らしているのに、足が…体が…動いてくれない。
「その指輪を抜き取ってしまえば、貴女は簡単に死ぬ。それくらい弱い存在を守るのは大人として、そして、スノウお嬢様を客人として迎えられた旦那様の意向に従う者として当然でございます。」
「何故……その、ことを…」
「ここに居るものは全て知っていますよ。貴女の秘密を。無論、旦那様が一番よく知っておいででしょうが。」
命の危険に晒されている気持ちにさせられ、食欲なんて湧くはずもない。
テーブルに持ってこられた食事たちを見て、食堂の扉近くに立っていた私はすぐにその場を後にした。
玄関に向かい、扉を開けようとしたがカードキーを翳せと表示が出てくる。
慌てて貰ったカードキーを翳してみるが、赤い表示で"ERROR"と出てしまう。
その後音声案内が始まる。
『―――このカードキーではこの扉は承認されません。スノウ様、お戻りください。』
「わ、たしの名前…!?」
最新式とでもいうのか、目の前の表示から音声が流れたと思えば自分の名前を迷いなく呼ばれる。
このカードキーには既に私の情報が載っているんだという事がすぐに分かった。
なら壊してでも―――
「お痛はいけませんよ、スノウお嬢様。」
「は、」
一瞬にして目の前が暗くなって、そのまま私の意識は黒に塗り潰された。
……
……………………
………………………………………
「レンブラント。」
「はっ、旦那様。」
装飾された少女を軽々と持ち上げたレンブラントを見て、ヒューゴが話しかける。
そして気絶しているらしい少女を見て……否、その人形に見紛うほどの見た目に一瞬目を見張ったが、すぐに顔を顰めさせた。
「やり過ぎだ、レンブラント。記憶をちゃんと消しておけ。」
「はっ、仰せのままに。」
「もし記憶が戻って屋敷から外に出るようなら、拘束しておけ。生きてさえいれば構わん。」
「承知しました、旦那様。……して、この娘を学校に戻させるんですか?」
「今は戻さん。…まぁ、あいつ次第ではあるがな。」
「あいつ…。リオン坊ちゃんの事ですか?」
「あぁ。あいつがどのようなアクションを起こしてくるかで今後の事を決める。それまではこの屋敷に閉じ込めておけ。」
「はっ。」
「…ふん。操りやすそうな見た目をしたマリオネットだな。」
スノウを見たヒューゴが無表情でそれを見ると、無言で引き返した。
レンブラントもまたヒューゴへお辞儀をしてスノウを寝かせようと動き出そうとしたその時、突然ヒューゴが立ち止まり、真っすぐを向いたままレンブラントに問いかけた。
「そういえば、例の場所は確認できたのか?」
「…ホヒ。ええ、出来ていますとも。スノウ様がお着替えの最中、確認いたしました。例の場所は―――丁度"胸元"です。」
それを聞いた途端、興味を無くしたのかヒューゴは再び止めていた足を動かした。
しかしその口元は愉悦に塗れて、醜く歪んでいた。
…………………………………………
……………………
………
____翌日。
朝日が眩しくなる頃、窓から入ってきた眩い光に照らされて私は起床した。
ゆっくりと目を開けて、そして慌てて身体を起こした。
「……あれ?昨日は何してたんだっけ…?」
時折、記憶が無い。
誘拐された、という所までは思い出せるのだが…。
「……あ、そうだ。確かリオンのお父さんに助けられて、この屋敷で保護されたんだった…。」
そうだ。
確か車から私を助け出してくれたのは、紛れもなくリオンのお父さんであるヒューゴ・ジルクリストその人だ。
確か私を狙う人がいるから屋敷で保護したいとかで…。
「……そっか。あれを着るのか…。」
レンブラントさんが選んでくれた服を見て、溜め息を吐く。
似合わないなら似合わないと言って欲しいけどね…?
ベッドから立ち上がり、その服へと袖を通しかけて、ふと思った。
……私、昨日どうやってここで寝たんだっけ?
「…………寝惚けてたのかな…?全然記憶に無いや。」
途中で止めていた作業を再開させ、鏡の前で最終確認を行えば、やはりいつもの自分と違う感じになってソワソワしてしまう。
最後にレンブラントさんから手渡された青い薔薇を左の髪へと着ければ、何だか何処かの薄幸の少年のように見えなくも───
「(いやいやいやいや…。薄幸の少年って………テレビの見すぎだって…私…。)」
首を振り、カードキーを持った私は扉を開けて外へと出た。
長い廊下が待ち受けていたけど、それともう一人待ち構えている人がいた。
「おはようございます、スノウ様。昨日はよく眠れましたか?」
「あ、レンブラントさん。おはようございます。お陰様でよく眠れました。寝る前のことを覚えてないくらいには疲れてたみたいで…。」
「そうでしたか。よく眠れたなら安心致しました。では、朝食の場へ案内致しますよ。」
そう言って、優しく案内してくれるレンブラントさんにお礼を言い後ろを歩いていく。
道中見えた中庭はとても美しく、花や草木が沢山ある所だった。
手入れが行き届いているらしく、かなり洗練されている。
「(……今日は中庭に行ってみようかな…?気分転換になりそうだしね?)」
食堂に着くとレンブラントさんが扉を開け、中へと誘導してくれる。
中に居るメイドが椅子を引いてくれたのを見て、むず痒い気持ちそのままに、そこへと座らせてもらう。
……こういうお客様扱いって慣れないから、椅子を引いてもらったりとかって中々困っちゃうなぁ…?
目の前に置かれた朝食は私からするとかなり多いものだ。
いつもはパン一個で済ませてしまう私からすると、だ。
普通の人ならもしかして……これが普通なのか…?
パンからスープ、それから前菜などお決まりのメニューがそこにはあった。
食べ切れるかな、と考えるくらいには多いものの、どれも美味しそうで食欲の湧く匂いをさせていた。
「……いただきます。」
手を合わせて食べ始めの挨拶をすれば、それは宙に霧散して静かに消えていく。
ナイフとフォークを持ち、前菜を食べていると感心した様な声が聞こえてくる。
「流石、スノウ様。テーブルマナーは習得済みでしたか。」
「流石にリオン…さんの食事を見ていれば覚えますよ。」
一応さん付けで名前を呼べば、レンブラントさんにクスクスと笑われてしまう。
食事を再度促され、次々と口に入れていく。
あぁ、美味しい…。
暖かいものがお腹を満たしていき、それだけでもなんだかホッとする様な気がする。
美味しい食事を平らげた私は再び手を合わせて「ご馳走様でした。」と口に出す。
料理を作ってくれた人のためにも、いつも食べれる幸せを噛み締めながらちゃんと口に出して言わないとね。
「今日はどうされますか?スノウ様。」
「……少し、中庭を見ても良いですか?」
「中庭、ですか?(まさか…逃げようって訳じゃ…なさそうですが…。)」
「中庭にある花が綺麗で、少し見てみたいなとさっき通ってて思ったんです。」
「そういう事でしたら、どうぞどうぞ。」
レンブラントさんも穏やかな表情で了承してくれたので、私はそのまま中庭へと向かった。
そこには沢山の花があり、時期も良かったのか多くの種類の花達が色とりどりに咲き揃っていた。
思わず近くにあった花に手を添える位には綺麗な中庭の景色を見て、思わず私も笑顔になってしまう。
「(あ…、この紫色の花…。まるでリオンの変身後の瞳みたいに綺麗な色だなぁ…?こっちはレディが笑った時みたいに綺麗に咲き誇ってるし…。)」
大きく息を吸えば花の香りが鼻を擽る。
様々な花の香りが混じりあって、それは私の心を穏やかにさせてくれるものだった。
あぁ……やはり花は良い。
見ていて心が安らぐし、匂いでも楽しませてくれるなんて素敵だ。
その咲き誇る様は、まるでこの世に生きとし生ける女性たちの様だ。
「(まぁ、綺麗な花には棘があるけどね…。)」
女性関連で痛い目に遭ったことのある男性はこの世界に山ほどいるだろう。
それを思うと私はまだそんな目に遭ったことはないね?
「……?」
色とりどりの花が沢山ある中で、一つだけ私の目を惹く花があった。
それは今しがた私の頭にも着けられている“青い薔薇”だ。
この青い薔薇は、現代では実現が不可能だと聞き及んでいたが、まさかここにあるとは思わず、きっとその為に目を引かれたのだ。
そっとそれに触れれば、満開に咲き誇っては青い珍しい花弁を満遍なく咲き乱し、存在を誇示しているように見えた。
まるで「自分だけを見て」と、言わんばかりに。
「……綺麗な花には棘がある…ね?」
花弁の後ろを見てみれば、やはりそこには至る所に刺々しい棘が存在していた。
触れる者を皆、傷付けかねない程の鋭い棘だった。
薔薇だから仕方ないのだが、やはりそれでも……それは見ていて悲しく思えてしまう。
薔薇は確かに有名だ。
けれども育てようと思えば、その繊細さ故に沢山の知識がいる。
その為親しみやすいかと言えば、そうではない。
この棘もまた、その親しみやすさを阻害している要因でもあると思う。
「……馴染み深さでは…一位なんだけどね?」
花屋で売っているのを目にするほど、薔薇を買う人は多いと聞く。
だが、態々家で育てて、愛でようとは思わないだろう。
それこそ、相当の覚悟がある人でないと…。
気軽に育てたら棘に刺されて痛い目に遭うからね。
「………少しだけ、ここの生活も良いかもしれないね。」
自分は保護の対象なので、無闇に外へ出れば皆を困らせるだろう。
だからずっと中に居ないといけないという息苦しさを何処か感じていたが、ここがあるならば少しは息も吐けそうだ。
暫く私が中庭を散策していると、花に囲まれたベンチがある。
木製のベンチで、周りと同化していたから気付きにくかったが、見たり触ったりしてみる限り、割と新しそうに見える。
そっとそこへ座れば、花の香りが漂う素敵な異空間となった。
思わず目を閉じてしまえば、サラサラと葉の擦れる音がして、風がその場に心地よく流れる。
ショートの黒髪が風で優しく流されていくと、頭に着いている青い薔薇の装飾も僅かに揺れる。
五感が研ぎ澄まされる中、何だか今日は良いことがある気がすると思える位に心が凪いでいた。
口元に優しく孤を描いていた私の耳に、レンブラントさんの声が届く。
ゆっくりと目を開けば、何故か彼の息を呑む声が聞こえて───
「(───あれ…? 何でこんなに…力が抜けてくる、んだろう…。)」
私は慌ててこちらに寄ってくるレンブラントさんの姿を見たのと同時に、意識が薄らぎ、そして前へと倒れたのを感じた。
その全てが───スローモーションの様に流れていた。
「スノウ様?! スノウ様!!!」
レンブラントさんの声がするのに、肝心の身体が動かない。
うつ伏せに倒れていた私の視界はぼやけ、そのままゆっくりと私は目を閉じていく。
……あぁ、何だか…眠いよ。
………………リオン。
……
……………………
……………………………………
中庭に行ったというスノウ様。
花を愛でる様子で、色んな花を見ては笑顔を零し、嬉しそうにしておられる。
それを最新式の監視カメラから色んな角度、色んな視点から見ては、彼女が逃げ出さないようにと常に監視を怠らない。
それがヒューゴ様から言付かった私のお役目ですから。
「(……花が好きでいらっしゃるのか、ずっと中庭におられますね。…それに、例の記憶の方もきちんと処理出来ているようで安心致しました。)」
監視カメラで見ながら目の前のボタンを操作し、多視点で何処かへと歩いていくスノウの後を追う。
徐々に奥へと向かっていくスノウを見ながら、レンブラントはふとそう思っていた。
余りにも弱々しい存在が故に、虐めたくなってしまうのは科学者としてのサガなのか。
思わず、昨日の様な失態を犯してしまい、お仕えしているヒューゴ様にも注意を頂く始末……。
「主君の為にも、必ずやこの任務…やり遂げてみせましょうぞ。」
───“未知の病〝フロラシオン〟を発症したスノウ・エルピスを監視しろ。”
「科学者として…胸が高鳴りますな。」
その未知の病とは何だろう?
どういう原理で結晶化が起きるのか?
何故、この娘は〝フロラシオン〟に発症して生き残れたのか?
その結晶の元素とは何だろう?
科学者として尽きない疑問が頭を埋めつくし、只今行っている任務をも忘れそうになり、ハッと我に返る。
するとやはりというべきか、監視カメラに肝心のターゲットが消えており、完全にあの娘を見失ってしまっていた。
監視カメラを切り替えながら娘の行方を探せば、薔薇園の場所まで潜り込んでいることが分かる。
急いで監視室から飛び出し、娘へと声を掛ける為に中庭へと向かう。
……なんと言ったって、あそこの薔薇園には抜け道がある。
そこを通られて逃げられては困るからだ。
「…どこに行かれましたかねぇ…?」
薔薇園の所を探しているものの、一向にあの娘が見つからない。
まさか、あの小さな抜け道を見つけ出されたか。と冷や汗が背中を伝う。
それでは主君の命令を裏切る形になってしまう。
それは断じて許されるべきものではない。
私が急いで探し回り、ようやく見つけた時だった。
「スノウ様。」
薔薇園の奥深く───そこにあるベンチに腰掛けられ、まるでこの空間ごと楽しんでは、癒されている様子の娘…いえ、スノウ様を発見する。
私が名前を呼ぶと、スノウ様はゆっくりと目を開けられた。
しかしその開けられた瞼から覗く瞳は、私が知っている色ではなかった。
“海色”の瞳を持ち、また、その瞳は光源を成しているかのように眩く光り輝いていた。
まるでそれは宝石眼のようであった。
こんな真昼間でも、その宝石眼は光り輝いているのが分かるくらいだ。
…………思わず身体中がゾクリとした。全身の鳥肌も立っている。
科学者としての血が、研究者としての自分の血が無性に騒いだからだ。
しかし主君から授かった大事な任務中である。
ここは抑えねば、とぐっと私は唇を噛み締めた。
まるで聖母のような微笑みを浮かべながらスノウ様は私を見る。
……その、抉り取りたくなるような珍しい瞳で。
しかし、様子がおかしい。
いつもなら返事をして、こちらの手を煩わせない為か、すぐに要件を聞き出そうとするはずなのに。
一向にその様子が無いではないか、と思ったその瞬間だった。
スノウ様の周りが急に白くなり始めていき、それは徐々に範囲を拡大させていく。
否――――
「(これは…!? 〝フロラシオン〟の結晶化現象っ…!! 何故今…?!)」
周りの地面も、娘が座っているベンチも、周りにある花も―――全てが徐々に結晶化していく。
それはまるで、元ある色を失うが如く。
それでも僅かに元の色が見えるということは、結晶化してはいるが表面だけが結晶化されているのだろう。
「スノウ様?! スノウ様!!!」
慌てて声を掛けるが、スノウ様の耳に届いていないのかその体は徐々に前へと倒れていく。
うつぶせの状態で倒れてしまったスノウ様の近くに寄ろうとすれば、こちらまで来ていた結晶化の地面を踏んでしまい、自分の靴先から徐々に結晶化が広がってくる。
「(まずいですね…。このままでは私も巻き込まれてしまう…!!)」
慌てて下がれば、結晶はすぐに音を立てて割れた。
しかしこの結晶化が止むことは無く、徐々に範囲を拡大してこちらにやってくるのも時間の問題だった。
その時、何処から見ていたのか主君の声がする。
『レンブラント。』
「は、はい…!」
中庭の植物園にあるスピーカーから主君の声が聞こえ、思わず声が上擦る。
そして姿勢を正せば、主君は気にされた様子なく続けられる。
『その現象はあいつしか止められん。早く呼んで来い。』
「よ、よろしいのですか?! そんなことをすれば、我々がスノウ様をここで監禁していることがバレて―――」
『構わん。充分に見させてもらった。必要ならば再び保護目的で呼び出せばよい。』
「分かりました。実行に移します。」
急いでリオン坊ちゃんのいる学校へと急ぐ。
まだリオン坊ちゃんは、この時間であれば学校で授業を受けておられるはずだからだ。
急ぎながらも学校へと連絡を行い、すぐに早退できるように仕向ける。
そして校門で待っているリオン坊ちゃんを見つけ、すぐさま扉を開け中へと入ったのを見届ければ、怪訝そうな顔で見上げられた。
「…お前が迎えに来るとはな。急に何事だ。」
「リオン坊ちゃん、一大事でございます。早くいかなければ…」
「お前がそこまで慌てるなんて珍しいな…。一体どうしたんだ?」
「…スノウ様が死にそうになっておられます。」
「っ?!」
『え、どういうこと?! スノウはまだ見つかってないんじゃ…。』
「詳しい話は後でございます…!早くいきましょう。」
車を飛ばして、急いで例の場所へと駐車する。
リオン坊ちゃんが警戒している様子で周りを見ているが、それも当然だろう。
何故なら彼はここへ一度も来たことが無い筈ですから。
カードキーを使い、中庭へと案内しようとすると扉を開けた先には既に結晶化した中庭が姿を現した。
「っ、(この結晶…。まさか…!) あいつは何処だ?!レンブラント!」
「私は…この先には行けませぬ…。」
「何を―――」
『聞こえるか、リオンよ。』
「…! この声は…!」
『私が道を教える。早いところ行ってやれ。……もうすぐ死ぬぞ。』
『な、何で死にそうになっているんですか?! それにこの状態は…?』
「…早くしてくれ。」
こうしてリオン坊ちゃんは主君の案内の元、この結晶化現象の起きている中庭へと足を踏み入れた。
しかし、その坊ちゃんには結晶化現象が起こらなかった。
「?!(これが…〝フロラシオン〟の時に〝誓約〟を交わした者の力…!! 実に興味深い…!!)」
「……レンブラント。」
「はい、ここに居ます。」
「こいつを預かっててくれ。どうもこいつには…ここは耐えられそうにないからな。」
そう言って、腰に提げた大事なソーディアンを私に預けてくださった。
それに触れれば、多少そのソーディアンが結晶化していることが分かり、私は慌てて中庭からこちら側へと引っこ抜けば、結晶は音を立てて割れていく。
ソーディアンにとって大事な機構・コアクリスタル部分が激しく点滅しているのを見れば、どうも無事な様子ではあるが、私には声が聞こえぬために何を仰ってるのかまでは分からない。
ともかくそのソーディアンを大事に持ち、目の前の彼へと声を掛けた。
「…お気をつけて。リオン坊ちゃん…。」
「…あぁ。」
その時の坊ちゃんの顔は、既に覚悟を決めた男の顔だった。