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04.物騒な事件と三者面談
「お前ら、ホームルームの時間だ。」
緊張した面持ちで担任がクラス内に入ってきて、教壇に立つ。
いつもならば、軽快な声で騒がしいクラス内をまとめるというのに、だ。
そんな担任の様子にクラス内が静かにならないはずがない。
生徒たちは静かになると、自分たちの席へと戻って行く。
スノウやリオンもまた、その担任の様子に目を瞬かせて静かに成り行きを見守った。
「悲しいことが学校で起きた。」
「「「 …? 」」」
「先日あった、校内での〈シャドウクリスタル〉飛来事件に……負傷者が出た。」
刹那、クラス内がどよめく。
流石にそんな報告を受けるとは思っていなかったスノウたちでさえ、顔を顰めて担任を見つめる。
一応いち早く駆け付けたとは思っていたが、間に合わなかったのか。
「勿論、ここには優秀な〝星の誓約者〟である二人がいる。二人の前でこう言ってしまうのはなんだが…。その…な。」
「先生、ハッキリと仰って下さい。私たちは大丈夫ですから。」
「……すまないな。〝星の誓約者〟は無論、俺たちと同じ人間だ。だからこそ、皆に考えて欲しい。」
そう言って、一拍呼吸を置いた担任は大きく息を吐いた後、教壇に両手を付き、真剣な視線を生徒たちに注いだ。
「〝星の誓約者〟たちはどんなことがあっても俺ら人間を守ってくれる存在だ。だからこそ、今、俺たち一般人が出来る最善を考えてくれ。誰も犠牲にならない為に、誰も怪我をしない為に。」
「「「……。」」」
困ったような顔を浮かべる生徒たち。
そんな生徒たちに先生は首を振り、再び言葉を掛ける。
「今回起きた事件は、とある生徒が〝星の誓約者〟の戦闘を携帯のカメラ機能で撮ろうとしたのが原因だった。」
「…!」
「……。」
戦闘を一般人が近くで観戦するのは、政府が作った法律で御法度になっていたはず。
それこそ、以前はマスコミが騒いでカメラで撮ろうとした挙句、犠牲になったのがきっかけではあったが。
「俺たちが出来る最善の行動は――――避難だ。」
「先生ー。」
「どうした。」
「その人は法律によって罰せられるのですかー?」
「…対象にはなるだろう。未成年だから良いといった法律ではなく、国民全員が安心して過ごせるように定められた法律だからな。今回の事で罰則は何かしら起こると思っていい。」
「わかりましたー。」
「これで分かったな!お前ら、まずサイレンが鳴ったら避難しろ。近くの頑丈の建物でもいい。校内なら、例の避難施設に避難だ。以上、ホームルームは終わりだ!」
名簿をいつもの様に軽々と持つと、担任は出ていってしまった。
担任の居なくなった後、気まずい雰囲気で静かになるかと思いきや、クラス内では先程の話で持ちきりだった。
一体誰がそんな奇行に走ったのか…と。
「…まさか、犠牲者が出ていたとはな。」
「気付かなかったね…? 私達のほかにもあの場に居た者がいたなんて、ね…。」
「死んでいなかっただけ、まだマシだがな。」
「うん…、そうだね…。」
「…スノウ。今までもこういう事は多々あっただろうが。お前がそこまで気に病む必要はない。」
「うん…。分かってる…、分かってるけど…。」
憂いを帯びた表情で指輪にそっと触れたスノウに、リオンが大きく溜息を吐いた。
そして、リオンはその手の上からそっと手を重ねる。
その暖かな手の温もりを感じて、スノウが恐る恐る顔を上げた。
「〝星の誓約者〟だろうが何だろうが、その場にいる全ての命を守るなんて行為は絶対に無理だ。僕たちが命を懸けようともな。どちらにせよ、いつか取捨選択を迫られる時が必ず来る。…だから、僕達は〝星の誓約者〟として覚悟を決めなければいけないんだ。」
リオンの真剣な表情とその言葉に、スノウが僅かに唇を噛む。
しかしようやく覚悟を持った瞳をリオンへと向けたスノウ。
僅かに頷いて見せたスノウにリオンも安心したように手を離そうとした瞬間、クラス内に慌てた様子で入ってきた人物がいた。
…さっきの担任である。
「悪い!もう一つ、知らせねえといけないことがあったの忘れてたわ!」
「せんせー、忘れすぎー。」
「うるせえ!お前ら、そのままでいい!耳だけ貸しとけ!」
一限目の準備をしていた生徒たちの手が止まる。
そしてにっこり笑った担任の顔を見て、確信する。
悪い報告なんかではなく、とても良い報告なのだ、と。
「お前ら、来月頭に修学旅行だからな!」
「「「いえーーーい!!」」」
予想していて待ちに待っていた修学旅行だ。
全学年がこの時期になると修学旅行に行くのは最早この学校の特色であり、長年続いてきた伝統である。
生徒たちの感情が最高潮に達しているそんな時、担任がスノウを見て手招きをした。
それに首を傾げながら近寄ったスノウだったが、耳元で連絡を伝えられる。
「…一限目、休め。」
「え、何故…ですか?」
「ちょっと三者面談、な?」
「??」
おかしい。自分に親はいないはずだ。
とっくの前に〈シャドウ〉によって殺されたスノウの両親。
それに他の生徒も実施するというのならいざ知らず、自分一人だけ三者面談など……不安要素しかない。
「私、なにかしましたか?」
「いや、そういう訳じゃないんだが…。ちょっとなぁ…?ここでは言えねえことだ、っつー事しか言えねえって言うかなぁ…?」
煮え切らない言葉だったが、あまり担任を困らせるのも可哀想である。
素直に頷いたスノウに担任は柔らかく笑って見せ、頭を撫でてお礼を言った。
「悪いな。スノウ。」
「いえ、大丈夫です。」
「じゃあ、一限目始まったらお前だけ校長室な。」
「分かりました。」
ようやく担任が去って行った後もクラス内では先程の負傷者の話ではなく、明るい修学旅行の話でもちきりである。
だが、スノウの背後に居たリオンだけはスノウを見て顔を顰めていた。
「担任は何だって?」
「三者面談するって。」
「誰のだ?」
「私。」
「は?」
リオンだって知っている。
スノウの両親は既に他界している事を。
だからこそ、三者面談などという言葉に不穏さを感じたし、疑問にも思った。
何故、今更三者面談なのか、と。
それに三者面談の時期でも無い。
ということは、何かしらスノウがやらかしたのかもしれないという事が分かる。
余計に顔を顰めさせたリオンだったが、一限目の始業のチャイムが鳴り席へ戻ろうとする。
しかし最愛の彼女は席に着かず、何処かへと行こうとするのを慌てて止める。
「おい、授業が始まるぞ。」
「うん。でも私だけ三者面談なんだ。だから行ってくるよ。」
「は?今からか?」
ポカンとしたリオンの手をすり抜けてスノウはクラスから出て行った。
追いかけようとしたが、その前に一限目の先生が入ってきてしまう。
「席に着きなさい。リオン君。」
「いや、あいつが…」
「彼女は三者面談で居ないから早くしなさい。」
「……。」
今までに無かった事だったので戸惑うリオンの肩を持ち、教師が席へと誘導する。
そしてリオンの気持ちなど知らないとでもいう様に、無情に授業が始まっていく────
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
____校長室
コンコンとノック音を響かせ、恐る恐る中に入ったスノウは中に居る人物を見て目を剥く。
だって、政府の人間が数人と校長先生……そして困った顔をしながら頭を掻く担任がそこには居たのだから。
その上、何事なのか分からないがガタイの良いSPのような、ガードマンのような人物も二人見受けられる。
物々しい空気感にスノウは、これはいよいよ覚悟を決めなければならないな、と一瞬で気持ちにケリをつけ、すぐに辞儀を入れた。
「遅くなり申し訳ありません。一学年生、スノウ・エルピスです。」
「ふむ、座りなさい。」
校長先生が空いてる席を指し、スノウを誘導した。
緊張しているのを悟らせないように余裕を持って歩き出し、指さされたソファへと座る。
……座り心地は良し。
そんな事を考えなければならない程……いや、そんな別の事を考えたくなるほどこの場から逃げ出したい気持ちが勝っていた。
「見覚えがあるでしょうが、私共はこのような人間です。」
そう言って政府の人間はスノウへ名刺を渡してくる。
それを両手で受け取ったスノウは名刺に目を向けた。
…………やはり、そうだ。
この人たちは政府の人間で、態々ここに来たのには何かしらの理由があってだ。
「今回お話したいのは、貴女の学校生活についてです。」
「……私の、ですか?」
「他に誰が?」
にっこり笑顔の裏側には、腹黒さが見えた気がしてこちらもにっこり笑顔で返しておく。
政府の人間に良いように使われてる分、こちらも負けてたまるかという精神であった。
「どうですか?学校生活は。何か不便はありませんか?」
「いえ、これと言ってありません。皆さん、ご学友として切磋琢磨しながら勉学に励んでおります。勿論、私もその中に入っております。」
「そうですか。何事もないのなら良いのですよ。」
一々癇に障るタイプだ。
校長はニコニコしていて何考えているか分からない顔してるが、反対に担任は気まずそうに横に座っている。
「貴方が担任の先生ですね?」
「はい。」
「この子供は、何か起こしていませんか?例えば……そうですね。進路指導室に投げ込まれるような素行を取った、とか。」
「…………いえ。断じて、エルピスさんに限ってそう言ったことはありません。」
流石に先程の言い方にはカチンと来たのか、担任が先程までの気まずそうな顔を引き締め、怒ったような顔で政府の人間を見た。
しかし、担任の顔など見ていない政府の人間は、担任の言葉につまらなさそうに鼻を鳴らした。
「他には? 授業をサボるとか、遅刻常習犯とか。何でもいいんですよ。素行の悪さを知りたいのです。」
「断・じ・て!ありません!!」
「……そうですか。残念ですね。」
質問している政府の人間の左右に居る別の政府の人間が、紙に走り書きしながら何かを書き込んでいた。
それを見ながら担任はいつもは着ないスーツのネクタイを引き締めていた。
「……そう言えば、もうすぐこの学校では修学旅行というものがあるんですよね?」
「はい。この学校の伝統でして。」
校長先生が誇らしげに笑いながらそう言う。
担任は何を言い出すつもりだ、と構えているようだったが、それ以上の斜め上の言葉が政府の人間から発せられる。
「止めさせてください。その行事。」
「……え?」
流石の校長先生もその容赦ない言葉に笑顔が曇る。
担任も言葉を失って政府の人間を見ていた。
スノウもまた、言葉を失って政府の人間を見る。
凍りついた空気に気付いていないのか、政府の人間は足を組んでその上で手を合わせるとニコリと笑いかけ、もう一度残酷な言葉を言った。
「だから。止めさせてください、その行事。」
「何故、でしょうか?」
「それは勿論、この子供の学校にいる学生を修学旅行という人の多い所を行かせたくないからですよ。」
「……なんだって?」
遂に足の上に置いた手を拳に変えた担任が、政府の人間を睨みつける。
校長先生もあまり良い顔をせず、政府の人間を見て恐る恐る口を開く。
「それは、どうしても実行しなければならない事ですか…?」
「まぁ、条件次第では……行なってもいいですよ?」
「その条件とは?」
校長の言葉を聞いて、チラッとスノウを見た政府の人間は、途端に下卑た笑いを浮かべ残酷な言葉を吐き捨てる。
「その子供の退学処分です。」
「え、」
「この子は関係ないだろう?!!」
担任が立ち上がって弁解するが、校長先生が担任を手で制して止めさせる。
それに口を挟もうとした担任だったが、その前に校長先生は政府の人間に質問をした。
「この学生が何かしましたでしょうか?」
「えぇ、秘匿扱いの情報なのでここでは言えませんが…この子供はここに居てはいけない…とだけ言っておきましょうか。」
「あんた…!さっきから聞いていれば根も葉もない事ばかり言いやがって!!!」
「先生!」
校長先生が担任を止め、グッと堪えた担任は納得がいかないとソファに再び座る。
そして横にいるスノウを心配してチラッと見れば、やはりその顔を俯かせていて表情は読めない。
そんな少女に声を掛けようとすれば、少女はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……私が退学処分となれば、修学旅行は決行しても良いんですよね?」
「…!! スノウ!」
「先生。さっきの生徒達の顔を見ていましたよね? あんなにも嬉しそうな生徒達にどう示しをつけるというのですか。」
「だがっ…!」
「もう1つ、条件があります。」
「あんたら…!!!」
「先生。私なら大丈夫ですから。」
前を見据える少女の顔は覚悟を決めた人間の顔だった。
それに校長先生が一度大きく息を吐き、政府の人間を見た。
「……その条件とは?」
「校長先生!」
「先生。ここは条件とやらを聞いてみましょう。何か事情があるのかもしれませんよ。」
「…。」
ここまで聞いてなんの事情があるというのだ。
担任はまだ納得出来ていない顔で校長を見ていた。
「もう1つの条件。それは、その子供を政府で預かることです。」
「……どういう事ですか?私は元より〝星の誓約者〟で、政府直属の部隊ですが。」
「己に聞いてみるんですね。貴女は本当に〝星の誓約者〟ですか?」
「……。(これはこっちに分が悪い…。だって、私は……政府の聖なる儀式をして〝星の誓約者〟になった訳じゃない…。きっとこの人達は、この事を言ってるんだ。)」
「誰がどう見ても〝星の誓約者〟でしょうが!それにさっきから聞いていれば、政府預りだとかなんとかって、それって誘拐みたいなもんですよ?!あんた、本当に政府の人間なのか?!」
憤慨している先生に少しだけ感動しながらスノウは政府の人間を正面から見据える。
この人達に何を言ってもダメだ。
なら、私が取るべき行動は……
「分かりました。退学処分を受け入れます。」
「待つんだ!スノウ!ここは大人に任せて───」
担任がスノウを説得しようとする傍ら、紙に必死に何かを書き留めていた人間が、コソコソと真ん中の人に耳打ちをする。
それを聞いていた真ん中の人はニヤリと笑うと、言葉を大きくして演技のような仕草で手を挙げる。
「あぁ!なんという事だ。その子供は罪を犯している!」
「はあ?! デタラメばっかり言いやがって、いい加減にしろよ!あんた!」
「先日、ここで〈シャドウ〉にやられた学生が居るのだとか。」
「「…!」」
「〝星の誓約者〟でもあるあなたが?その場にいた一般人を守れなかった、と?これは由々しき事態だ!」
大袈裟な仕草でいう政府の人間の顔は、それはそれはもう誰が見ても悪どい顔をしていた。
そんな顔をしている人間に自分の生徒を託したくない担任が何とか突破口を見つけようとするが……
「保護・救済義務放棄罪で罪に問われなければならない!であれば、退学処分は当然でしょう?」
「そんなことを言ったら他の〝星の誓約者〟だって…!」
「一人処分すればいいのですよ。……兎角、目の前にいるこの子供とかですかね?」
「……。」
体を震わせ、激昂を抑えようとする担任。
こんな理不尽がまかり通っていいのか、と唇を噛んだが、校長先生も為す術なし、打つ手なしとでもいうように首を横に振った。
「……スノウ・エルピス。貴女の退学処分を宣言します。」
「校長!!!」
「謹んでお受けします。」
「スノウも!!」
信じられない、と担任が立った瞬間、向こうも緩慢に立ち上がると社会人らしくその場でスーツを正した。
そして最初と同じでニコリと笑い、満足そうに声を出した。
「では、私どもはこれで。……あなたたち、罪人を捕らえなさい。」
「「はっ!」」
「罪人…だと!」
担任がスノウの前に立ち、両手を広げ守るように立ちはだかった。
しかし政府の人間もかなりガタイの良い奴らばかり連れている。
一人が担任を押えると、もう一人はスノウの腕を掴み、手慣れた様子で後ろに手を回すとそのまま拘束する。
「うっ、」
「やめろ!その子は関係ないだろう?!」
「罪人ですよ?こうして捕まえるのは当然です。これも市民の皆様を守る政府の判断です。(ようやくこれで捕らえた…! 未知の病〝フロラシオン〟を発症した少女…!もしまた発症すれば、その結晶は闇取引で高く売れる…!これで私も大金持ちだ…!!!)」
そうしてスノウは拘束をされながら学校を後にすることになる。
強制的に乗せられた高級そうな黒い車が発進し、後部座席の方で後ろで縛られたまま横たわるスノウ。
身動きが取れないが、その両横に先程のガタイの良い男達が乗ってきて監視される。
「……こんな事せずとも、私は退学処分を受け入れました。政府預りだとしても、これはやりすぎでは?」
「言ったでしょう?罪人に対する扱いだと。早く慣れなさい。」
「……。(慣れろ、ね…? どうも何かきな臭い感じがするけど、取り敢えず様子を見て逃げ出そうかな。)」
今は何処を走っているのか把握しようと体を起こそうとしたが、両隣のガタイの良い男に上から押さえつけられ、余計に身動きが取れない。
「そう言えば、あなた身寄りがないのでしたね?」
「……。」
「私が後見人となりましょうか?そして養子として受け入れますよ?それならまた学校に通えるでしょう?(なんて、嘘をついたが…このガキを学校に行かせるわけないでしょう? もう一生、貴女は私の金のために永遠に監禁されるのですよ…!)」
「……いりません。」
「はい?」
「貴女の受け入れを拒否します。政府預りならそんな事をする必要はないはずです。……それに、貴方の養子になるくらいなら刑務所で過ごしていた方がいいです。」
「……言葉は慎んだ方が宜しいですよ?」
「うぐっ?!」
隣の男がスノウの頭を押さえ、スノウの体ももう一人の男が体重をかけて押さえつける。
その苦しさに思わず呻いたスノウは、睨む様に前の席にいる政府の人間を見た。
「貴女、自分の立場を分かっていないようですね?少しはハッキリとさせた方が宜しいですかね?」
「な、にが…目的、だ…!」
「だから言っているでしょう?今から政府に連れて行きます。そして政府預りの元で貴女はこれから───」
突如急ブレーキ音がして、スノウの上に乗っていた男たちが横に倒れていく。
開放されたスノウは荒い息をしながら状況の把握に努めようと視線を彷徨わせた。
「(一体、何が…?)」
車の扉の開く音がすると、急に誰かに引っ張られ外へと連れ出される。
そのまま誰かに抱き抱えられ、その人物の顔を見てスノウは驚いた。…あまりにも見覚えのあり過ぎる顔で。
「え…。リオンの…お父さん…?」
「……。」
無表情に見下ろされた顔はすぐに車の方へと向けられる。
その視線は何処か鋭く、冷たい雰囲気を放っていた。
「いててて…。一体何が……」
「あいつだ。誘拐未遂で捕らえろ。」
「へ?! な、何ですか!あなたたち!」
何がなんやら分からない状況ではあるが、スノウを誘拐しようとした男が警察によって捕まると、車に乗っていた他の人間も警察にあっという間に捕まってしまった。
それも……こんな交差点の中央で、だ。
「リオンのお父さんは何故…ここに…?」
「助けてやったのに、その言い草か。」
「あ、すみません。ありがとうございます。何が何だか分からなかったもので。」
「ふん、だろうな。経緯についてはこれから説明する。取り敢えず乗れ。」
漸く地面に立たせてもらえ、すぐに後ろの拘束を解かれた。
そしてリオンの父親はこれまた豪華な高級車の方へと歩き出したのを見て、スノウも歩き出す。
優しそうな女性がにっこりと笑顔を浮かべながら扉を開け、リオンの父親を乗せると扉を閉める。
その後スノウに向けても笑顔を見せ、後ろの扉を開けてスノウに入るよう促した。
「もう大丈夫よ。ここに座って。」
「はい。」
恐らく彼の秘書官であろうことが彼女の身なりからして判断がついた。
後部座席に座ったスノウの隣に、先程の女性秘書官が座り運転手へと全員が乗ったことを告げた。
すると車が発進し、どこかへと向かっていくではないか。
「スノウ・エルピス。」
「はい。」
リオンの父親……ヒューゴ・ジルクリストが正面を向きながら話を始める。
眼鏡の下は相変わらず冷たい異彩を放っていて、声音も随分と冷たい。
スノウが大分昔会った時にはもっと父親らしい穏やかな人柄だったというのに、いつの間にこんな冷たい人になったのだろうか。
日頃、リオンからあまり聞かない父親の話の時も、リオンはいつもこんな感じだと思いながら話していたのだろうか?
「今の現状を簡潔に伝える。」
「…はい。」
「お前は誘拐されそうになった。そして私に助けられた。以上だ。」
「……はい。」
あまりにも簡潔過ぎて、話の内容が見えてこない。
それを横で聞いていた女性秘書官がくすくすと笑うと、スノウに小声で補足を説明してくれる。
「ヒューゴ様はこう言いたいのよ?"貴女が無事で良かった"って。」
「え?」
先程の文脈で、それはなんでも無理があるだろう…?
驚いた顔を隠しもせず、スノウが秘書官を見れば秘書官は余計に可笑しそうに笑っていた。
スノウは恐る恐る前に居るヒューゴを見たが、彼が後ろを向くことなど一切ない為感情が読みにくい。
ただ、声音が冷たいだけの印象は受け取った。
「これからお前には私の屋敷で過ごしてもらう。」
「え、えっと…?」
「実は、ここ最近貴女に付きまとう人たちが増えてきているのが分かって、それでヒューゴ様は貴女を保護したいとお考えだったのよ。……まさか、向こうの方から先手を打たれるなんてね。」
「そう、だったんですか…。それって昔取材していたメディアとかですか?」
「ううん。そういう訳じゃないわ。今のメディアに関しては、ヒューゴ様が力を持っているから下手なことは出来ないはずよ?なんてったって、レンズ会社の第一人者であり、オベロン社の総帥様ですもの。」
今や、レンズは人に欠かせないものになっている。
私たちが持っているスマホやテレビ…それから家電などの物は全てオベロン社のレンズ技術が使われていた。
マスコミが使うカメラやマイクだって、レンズ技術の結集である。
だからこそ彼には逆らえないという事なのだろう。
そして、この目の前に居るお方はそのレンズ技術の第一人者であり、リオンの父親であるヒューゴ・ジルクリストは世界で知らないものは居ないほどの有名人である。
また政界にもお呼びがかかっているらしいが、全て断っているらしい……というのを学校の噂で聞いたことがある。
流石に彼の父親の話であり、デリケート情報であるために彼とは一切そういった話はしてこなかったが…、まさかそんな有名人が私を見守ってくれていただなんて夢にも思わなかった。
「でも一つだけ申し訳ない事があって…。」
秘書官が悲しそうに眉根を下げ、スノウを見つめる。
それに気付いてスノウが首を傾げれば、女性秘書官は僅かに視線を逸らせた。
「暫く、貴女を誰とも接触しない様にしないといけないの。」
「はぁ…。なるほど…?」
あの有名人が自分の屋敷に人を招くなど、何事だと思っていたが……なるほど、そういう理由であれば納得も行く。
ここまで有名人であれば隠れられる場所が必要だろうし、何より家電はほとんどがオベロン社が作り出したものだ。
彼の屋敷のセキュリティは何処よりも強固であるだろう。
だが、何故私を外界から切り離す必要があるかは甚だ疑問である。
その疑問に答えてくれるであろう人物に目を向ければ、彼女はスノウの疑問を見通したかのように口を開いた。
「〝フロラシオン〟…。」
「…!!」
何故この秘書官がこの事を…?
この事は政府の超重要秘匿案件であり、外部に漏れてはいけない情報のはずだ。
だからこそ一般人はこの"病気"の事を知らない。
発症しても治療法がない上に、未知の病気でどう扱っていいかも分からない病気。
世界中に発症者は居るが、生き残ったのは僅か数件上がるか上がらないかである。
それほどまでに〝フロラシオン〟は難病であり、そして政府しか知らない秘匿しなければならない危険な病気でもあった。
それをこの女性は知っている。
信じられない気持ちを隠す様に笑顔を張り付けて女性秘書官に首を傾げて見せたが、どうやらこの秘書官…色んな事を知っているらしい。
「大丈夫よ?貴女がその〝フロラシオン〟に発症していることも知っているわ?」
「…。」
「未知なる病気〝フロラシオン〟…。発症すれば体のどこかが痛み出し、そしてそこから花結晶と呼ばれる結晶が放出する。花結晶が"開花"すると、全身が結晶化していく症状が現れ、最後には死に至る病気…よね。……こんな小さいのに、よく頑張ったわね。」
本当によく知っているものだ。
ここまでの情報を集めるのには大分骨を折っただろうに。
スノウは困った顔で女性秘書官を見つめる。
ここまで知られていて、知らないフリなど出来はしないだろうし、何処まで言ってもいいのかと答えあぐねていたからだ。
「よく、ご存じですね。」
「だって、あのヒューゴ様の秘書官ですもの。全ての情報を知っておかないと置いていかれちゃうわ?だから、貴女がその〝フロラシオン〟の生き残りであることも知っているから安心して頂戴?」
「分かりました。」
政府は何をしているのやら…。
こんなきれいな女性に情報を掴まれているなんて思いもしなかっただろうな。
「それで、隔離の理由は…?」
「そうよね、そこが気になるわよね? 未知の病〝フロラシオン〟を発症している貴女を保護する意味もあるのだけど、暫くは貴女の家周辺に貴女を狙うものがごまんと居るからなのよ。彼らのほとぼりが冷めるまで外界から遮断しておこうってわけ。辛いかもしれないけど、貴女の為なの。分かって頂戴?」
「そういうことなら…。」
「あと、申し訳ないけど…修学旅行も行かせてあげられないかもしれないわ。」
「…いえ、どうせ退学になりましたから…。」
「その件だけど、安心して?退学処分は最初から無かったことになってるはずよ?」
「え、」
「初めから校長先生は分かってたのよ。あの人たちが誘拐犯だって。貴女の覚悟を見て、そして私達が貴女を助けに来るまでの時間稼ぎをしていたってわけね。つまり彼もまた私達の協力者、というわけ。」
「…流石というか…。やっぱりオベロン社っていうのはすごいなって改めて感じさせられます。」
「ふふ。じゃなかったら、どんな校長であれ一生徒を助けるために頑張ると思うけど?それに、貴女をあの学校にも入れてあげられないと思うわよ?」
一時期、大人気だったスノウ達がメディアから隠れられた理由。
それはオベロン社が全て裏で手を打っていたからだ。
そしてスノウ達が学校に行けれるようになったのもオベロン社が密かに手を回していて、学校の先生や事務員などの一部の人間をオベロン社の息がかかった者たちを起用していたからだ。
…可哀想な事に、あの担任は本当に外部から来た純粋な先生であることだけは分かった。
「…何から何までありがとうございます。」
「あらら、可愛いわね。でも当然の事よ?なんと言ったって、社長子息様であるリオン様の対となる〝誓約者〟ですもの。ここまでの貴女が感じた恩恵はむしろ私達オベロン社にとっても利益になる事ばかりよ。こちらこそありがとう。スノウさん。」
ここまでされたなら、我儘なんて言えない。
隔離を快諾し、私はヒューゴ様の隠れ家である屋敷で隔離生活を始めるのだった。
「お前ら、ホームルームの時間だ。」
緊張した面持ちで担任がクラス内に入ってきて、教壇に立つ。
いつもならば、軽快な声で騒がしいクラス内をまとめるというのに、だ。
そんな担任の様子にクラス内が静かにならないはずがない。
生徒たちは静かになると、自分たちの席へと戻って行く。
スノウやリオンもまた、その担任の様子に目を瞬かせて静かに成り行きを見守った。
「悲しいことが学校で起きた。」
「「「 …? 」」」
「先日あった、校内での〈シャドウクリスタル〉飛来事件に……負傷者が出た。」
刹那、クラス内がどよめく。
流石にそんな報告を受けるとは思っていなかったスノウたちでさえ、顔を顰めて担任を見つめる。
一応いち早く駆け付けたとは思っていたが、間に合わなかったのか。
「勿論、ここには優秀な〝星の誓約者〟である二人がいる。二人の前でこう言ってしまうのはなんだが…。その…な。」
「先生、ハッキリと仰って下さい。私たちは大丈夫ですから。」
「……すまないな。〝星の誓約者〟は無論、俺たちと同じ人間だ。だからこそ、皆に考えて欲しい。」
そう言って、一拍呼吸を置いた担任は大きく息を吐いた後、教壇に両手を付き、真剣な視線を生徒たちに注いだ。
「〝星の誓約者〟たちはどんなことがあっても俺ら人間を守ってくれる存在だ。だからこそ、今、俺たち一般人が出来る最善を考えてくれ。誰も犠牲にならない為に、誰も怪我をしない為に。」
「「「……。」」」
困ったような顔を浮かべる生徒たち。
そんな生徒たちに先生は首を振り、再び言葉を掛ける。
「今回起きた事件は、とある生徒が〝星の誓約者〟の戦闘を携帯のカメラ機能で撮ろうとしたのが原因だった。」
「…!」
「……。」
戦闘を一般人が近くで観戦するのは、政府が作った法律で御法度になっていたはず。
それこそ、以前はマスコミが騒いでカメラで撮ろうとした挙句、犠牲になったのがきっかけではあったが。
「俺たちが出来る最善の行動は――――避難だ。」
「先生ー。」
「どうした。」
「その人は法律によって罰せられるのですかー?」
「…対象にはなるだろう。未成年だから良いといった法律ではなく、国民全員が安心して過ごせるように定められた法律だからな。今回の事で罰則は何かしら起こると思っていい。」
「わかりましたー。」
「これで分かったな!お前ら、まずサイレンが鳴ったら避難しろ。近くの頑丈の建物でもいい。校内なら、例の避難施設に避難だ。以上、ホームルームは終わりだ!」
名簿をいつもの様に軽々と持つと、担任は出ていってしまった。
担任の居なくなった後、気まずい雰囲気で静かになるかと思いきや、クラス内では先程の話で持ちきりだった。
一体誰がそんな奇行に走ったのか…と。
「…まさか、犠牲者が出ていたとはな。」
「気付かなかったね…? 私達のほかにもあの場に居た者がいたなんて、ね…。」
「死んでいなかっただけ、まだマシだがな。」
「うん…、そうだね…。」
「…スノウ。今までもこういう事は多々あっただろうが。お前がそこまで気に病む必要はない。」
「うん…。分かってる…、分かってるけど…。」
憂いを帯びた表情で指輪にそっと触れたスノウに、リオンが大きく溜息を吐いた。
そして、リオンはその手の上からそっと手を重ねる。
その暖かな手の温もりを感じて、スノウが恐る恐る顔を上げた。
「〝星の誓約者〟だろうが何だろうが、その場にいる全ての命を守るなんて行為は絶対に無理だ。僕たちが命を懸けようともな。どちらにせよ、いつか取捨選択を迫られる時が必ず来る。…だから、僕達は〝星の誓約者〟として覚悟を決めなければいけないんだ。」
リオンの真剣な表情とその言葉に、スノウが僅かに唇を噛む。
しかしようやく覚悟を持った瞳をリオンへと向けたスノウ。
僅かに頷いて見せたスノウにリオンも安心したように手を離そうとした瞬間、クラス内に慌てた様子で入ってきた人物がいた。
…さっきの担任である。
「悪い!もう一つ、知らせねえといけないことがあったの忘れてたわ!」
「せんせー、忘れすぎー。」
「うるせえ!お前ら、そのままでいい!耳だけ貸しとけ!」
一限目の準備をしていた生徒たちの手が止まる。
そしてにっこり笑った担任の顔を見て、確信する。
悪い報告なんかではなく、とても良い報告なのだ、と。
「お前ら、来月頭に修学旅行だからな!」
「「「いえーーーい!!」」」
予想していて待ちに待っていた修学旅行だ。
全学年がこの時期になると修学旅行に行くのは最早この学校の特色であり、長年続いてきた伝統である。
生徒たちの感情が最高潮に達しているそんな時、担任がスノウを見て手招きをした。
それに首を傾げながら近寄ったスノウだったが、耳元で連絡を伝えられる。
「…一限目、休め。」
「え、何故…ですか?」
「ちょっと三者面談、な?」
「??」
おかしい。自分に親はいないはずだ。
とっくの前に〈シャドウ〉によって殺されたスノウの両親。
それに他の生徒も実施するというのならいざ知らず、自分一人だけ三者面談など……不安要素しかない。
「私、なにかしましたか?」
「いや、そういう訳じゃないんだが…。ちょっとなぁ…?ここでは言えねえことだ、っつー事しか言えねえって言うかなぁ…?」
煮え切らない言葉だったが、あまり担任を困らせるのも可哀想である。
素直に頷いたスノウに担任は柔らかく笑って見せ、頭を撫でてお礼を言った。
「悪いな。スノウ。」
「いえ、大丈夫です。」
「じゃあ、一限目始まったらお前だけ校長室な。」
「分かりました。」
ようやく担任が去って行った後もクラス内では先程の負傷者の話ではなく、明るい修学旅行の話でもちきりである。
だが、スノウの背後に居たリオンだけはスノウを見て顔を顰めていた。
「担任は何だって?」
「三者面談するって。」
「誰のだ?」
「私。」
「は?」
リオンだって知っている。
スノウの両親は既に他界している事を。
だからこそ、三者面談などという言葉に不穏さを感じたし、疑問にも思った。
何故、今更三者面談なのか、と。
それに三者面談の時期でも無い。
ということは、何かしらスノウがやらかしたのかもしれないという事が分かる。
余計に顔を顰めさせたリオンだったが、一限目の始業のチャイムが鳴り席へ戻ろうとする。
しかし最愛の彼女は席に着かず、何処かへと行こうとするのを慌てて止める。
「おい、授業が始まるぞ。」
「うん。でも私だけ三者面談なんだ。だから行ってくるよ。」
「は?今からか?」
ポカンとしたリオンの手をすり抜けてスノウはクラスから出て行った。
追いかけようとしたが、その前に一限目の先生が入ってきてしまう。
「席に着きなさい。リオン君。」
「いや、あいつが…」
「彼女は三者面談で居ないから早くしなさい。」
「……。」
今までに無かった事だったので戸惑うリオンの肩を持ち、教師が席へと誘導する。
そしてリオンの気持ちなど知らないとでもいう様に、無情に授業が始まっていく────
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.
____校長室
コンコンとノック音を響かせ、恐る恐る中に入ったスノウは中に居る人物を見て目を剥く。
だって、政府の人間が数人と校長先生……そして困った顔をしながら頭を掻く担任がそこには居たのだから。
その上、何事なのか分からないがガタイの良いSPのような、ガードマンのような人物も二人見受けられる。
物々しい空気感にスノウは、これはいよいよ覚悟を決めなければならないな、と一瞬で気持ちにケリをつけ、すぐに辞儀を入れた。
「遅くなり申し訳ありません。一学年生、スノウ・エルピスです。」
「ふむ、座りなさい。」
校長先生が空いてる席を指し、スノウを誘導した。
緊張しているのを悟らせないように余裕を持って歩き出し、指さされたソファへと座る。
……座り心地は良し。
そんな事を考えなければならない程……いや、そんな別の事を考えたくなるほどこの場から逃げ出したい気持ちが勝っていた。
「見覚えがあるでしょうが、私共はこのような人間です。」
そう言って政府の人間はスノウへ名刺を渡してくる。
それを両手で受け取ったスノウは名刺に目を向けた。
…………やはり、そうだ。
この人たちは政府の人間で、態々ここに来たのには何かしらの理由があってだ。
「今回お話したいのは、貴女の学校生活についてです。」
「……私の、ですか?」
「他に誰が?」
にっこり笑顔の裏側には、腹黒さが見えた気がしてこちらもにっこり笑顔で返しておく。
政府の人間に良いように使われてる分、こちらも負けてたまるかという精神であった。
「どうですか?学校生活は。何か不便はありませんか?」
「いえ、これと言ってありません。皆さん、ご学友として切磋琢磨しながら勉学に励んでおります。勿論、私もその中に入っております。」
「そうですか。何事もないのなら良いのですよ。」
一々癇に障るタイプだ。
校長はニコニコしていて何考えているか分からない顔してるが、反対に担任は気まずそうに横に座っている。
「貴方が担任の先生ですね?」
「はい。」
「この子供は、何か起こしていませんか?例えば……そうですね。進路指導室に投げ込まれるような素行を取った、とか。」
「…………いえ。断じて、エルピスさんに限ってそう言ったことはありません。」
流石に先程の言い方にはカチンと来たのか、担任が先程までの気まずそうな顔を引き締め、怒ったような顔で政府の人間を見た。
しかし、担任の顔など見ていない政府の人間は、担任の言葉につまらなさそうに鼻を鳴らした。
「他には? 授業をサボるとか、遅刻常習犯とか。何でもいいんですよ。素行の悪さを知りたいのです。」
「断・じ・て!ありません!!」
「……そうですか。残念ですね。」
質問している政府の人間の左右に居る別の政府の人間が、紙に走り書きしながら何かを書き込んでいた。
それを見ながら担任はいつもは着ないスーツのネクタイを引き締めていた。
「……そう言えば、もうすぐこの学校では修学旅行というものがあるんですよね?」
「はい。この学校の伝統でして。」
校長先生が誇らしげに笑いながらそう言う。
担任は何を言い出すつもりだ、と構えているようだったが、それ以上の斜め上の言葉が政府の人間から発せられる。
「止めさせてください。その行事。」
「……え?」
流石の校長先生もその容赦ない言葉に笑顔が曇る。
担任も言葉を失って政府の人間を見ていた。
スノウもまた、言葉を失って政府の人間を見る。
凍りついた空気に気付いていないのか、政府の人間は足を組んでその上で手を合わせるとニコリと笑いかけ、もう一度残酷な言葉を言った。
「だから。止めさせてください、その行事。」
「何故、でしょうか?」
「それは勿論、この子供の学校にいる学生を修学旅行という人の多い所を行かせたくないからですよ。」
「……なんだって?」
遂に足の上に置いた手を拳に変えた担任が、政府の人間を睨みつける。
校長先生もあまり良い顔をせず、政府の人間を見て恐る恐る口を開く。
「それは、どうしても実行しなければならない事ですか…?」
「まぁ、条件次第では……行なってもいいですよ?」
「その条件とは?」
校長の言葉を聞いて、チラッとスノウを見た政府の人間は、途端に下卑た笑いを浮かべ残酷な言葉を吐き捨てる。
「その子供の退学処分です。」
「え、」
「この子は関係ないだろう?!!」
担任が立ち上がって弁解するが、校長先生が担任を手で制して止めさせる。
それに口を挟もうとした担任だったが、その前に校長先生は政府の人間に質問をした。
「この学生が何かしましたでしょうか?」
「えぇ、秘匿扱いの情報なのでここでは言えませんが…この子供はここに居てはいけない…とだけ言っておきましょうか。」
「あんた…!さっきから聞いていれば根も葉もない事ばかり言いやがって!!!」
「先生!」
校長先生が担任を止め、グッと堪えた担任は納得がいかないとソファに再び座る。
そして横にいるスノウを心配してチラッと見れば、やはりその顔を俯かせていて表情は読めない。
そんな少女に声を掛けようとすれば、少女はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……私が退学処分となれば、修学旅行は決行しても良いんですよね?」
「…!! スノウ!」
「先生。さっきの生徒達の顔を見ていましたよね? あんなにも嬉しそうな生徒達にどう示しをつけるというのですか。」
「だがっ…!」
「もう1つ、条件があります。」
「あんたら…!!!」
「先生。私なら大丈夫ですから。」
前を見据える少女の顔は覚悟を決めた人間の顔だった。
それに校長先生が一度大きく息を吐き、政府の人間を見た。
「……その条件とは?」
「校長先生!」
「先生。ここは条件とやらを聞いてみましょう。何か事情があるのかもしれませんよ。」
「…。」
ここまで聞いてなんの事情があるというのだ。
担任はまだ納得出来ていない顔で校長を見ていた。
「もう1つの条件。それは、その子供を政府で預かることです。」
「……どういう事ですか?私は元より〝星の誓約者〟で、政府直属の部隊ですが。」
「己に聞いてみるんですね。貴女は本当に〝星の誓約者〟ですか?」
「……。(これはこっちに分が悪い…。だって、私は……政府の聖なる儀式をして〝星の誓約者〟になった訳じゃない…。きっとこの人達は、この事を言ってるんだ。)」
「誰がどう見ても〝星の誓約者〟でしょうが!それにさっきから聞いていれば、政府預りだとかなんとかって、それって誘拐みたいなもんですよ?!あんた、本当に政府の人間なのか?!」
憤慨している先生に少しだけ感動しながらスノウは政府の人間を正面から見据える。
この人達に何を言ってもダメだ。
なら、私が取るべき行動は……
「分かりました。退学処分を受け入れます。」
「待つんだ!スノウ!ここは大人に任せて───」
担任がスノウを説得しようとする傍ら、紙に必死に何かを書き留めていた人間が、コソコソと真ん中の人に耳打ちをする。
それを聞いていた真ん中の人はニヤリと笑うと、言葉を大きくして演技のような仕草で手を挙げる。
「あぁ!なんという事だ。その子供は罪を犯している!」
「はあ?! デタラメばっかり言いやがって、いい加減にしろよ!あんた!」
「先日、ここで〈シャドウ〉にやられた学生が居るのだとか。」
「「…!」」
「〝星の誓約者〟でもあるあなたが?その場にいた一般人を守れなかった、と?これは由々しき事態だ!」
大袈裟な仕草でいう政府の人間の顔は、それはそれはもう誰が見ても悪どい顔をしていた。
そんな顔をしている人間に自分の生徒を託したくない担任が何とか突破口を見つけようとするが……
「保護・救済義務放棄罪で罪に問われなければならない!であれば、退学処分は当然でしょう?」
「そんなことを言ったら他の〝星の誓約者〟だって…!」
「一人処分すればいいのですよ。……兎角、目の前にいるこの子供とかですかね?」
「……。」
体を震わせ、激昂を抑えようとする担任。
こんな理不尽がまかり通っていいのか、と唇を噛んだが、校長先生も為す術なし、打つ手なしとでもいうように首を横に振った。
「……スノウ・エルピス。貴女の退学処分を宣言します。」
「校長!!!」
「謹んでお受けします。」
「スノウも!!」
信じられない、と担任が立った瞬間、向こうも緩慢に立ち上がると社会人らしくその場でスーツを正した。
そして最初と同じでニコリと笑い、満足そうに声を出した。
「では、私どもはこれで。……あなたたち、罪人を捕らえなさい。」
「「はっ!」」
「罪人…だと!」
担任がスノウの前に立ち、両手を広げ守るように立ちはだかった。
しかし政府の人間もかなりガタイの良い奴らばかり連れている。
一人が担任を押えると、もう一人はスノウの腕を掴み、手慣れた様子で後ろに手を回すとそのまま拘束する。
「うっ、」
「やめろ!その子は関係ないだろう?!」
「罪人ですよ?こうして捕まえるのは当然です。これも市民の皆様を守る政府の判断です。(ようやくこれで捕らえた…! 未知の病〝フロラシオン〟を発症した少女…!もしまた発症すれば、その結晶は闇取引で高く売れる…!これで私も大金持ちだ…!!!)」
そうしてスノウは拘束をされながら学校を後にすることになる。
強制的に乗せられた高級そうな黒い車が発進し、後部座席の方で後ろで縛られたまま横たわるスノウ。
身動きが取れないが、その両横に先程のガタイの良い男達が乗ってきて監視される。
「……こんな事せずとも、私は退学処分を受け入れました。政府預りだとしても、これはやりすぎでは?」
「言ったでしょう?罪人に対する扱いだと。早く慣れなさい。」
「……。(慣れろ、ね…? どうも何かきな臭い感じがするけど、取り敢えず様子を見て逃げ出そうかな。)」
今は何処を走っているのか把握しようと体を起こそうとしたが、両隣のガタイの良い男に上から押さえつけられ、余計に身動きが取れない。
「そう言えば、あなた身寄りがないのでしたね?」
「……。」
「私が後見人となりましょうか?そして養子として受け入れますよ?それならまた学校に通えるでしょう?(なんて、嘘をついたが…このガキを学校に行かせるわけないでしょう? もう一生、貴女は私の金のために永遠に監禁されるのですよ…!)」
「……いりません。」
「はい?」
「貴女の受け入れを拒否します。政府預りならそんな事をする必要はないはずです。……それに、貴方の養子になるくらいなら刑務所で過ごしていた方がいいです。」
「……言葉は慎んだ方が宜しいですよ?」
「うぐっ?!」
隣の男がスノウの頭を押さえ、スノウの体ももう一人の男が体重をかけて押さえつける。
その苦しさに思わず呻いたスノウは、睨む様に前の席にいる政府の人間を見た。
「貴女、自分の立場を分かっていないようですね?少しはハッキリとさせた方が宜しいですかね?」
「な、にが…目的、だ…!」
「だから言っているでしょう?今から政府に連れて行きます。そして政府預りの元で貴女はこれから───」
突如急ブレーキ音がして、スノウの上に乗っていた男たちが横に倒れていく。
開放されたスノウは荒い息をしながら状況の把握に努めようと視線を彷徨わせた。
「(一体、何が…?)」
車の扉の開く音がすると、急に誰かに引っ張られ外へと連れ出される。
そのまま誰かに抱き抱えられ、その人物の顔を見てスノウは驚いた。…あまりにも見覚えのあり過ぎる顔で。
「え…。リオンの…お父さん…?」
「……。」
無表情に見下ろされた顔はすぐに車の方へと向けられる。
その視線は何処か鋭く、冷たい雰囲気を放っていた。
「いててて…。一体何が……」
「あいつだ。誘拐未遂で捕らえろ。」
「へ?! な、何ですか!あなたたち!」
何がなんやら分からない状況ではあるが、スノウを誘拐しようとした男が警察によって捕まると、車に乗っていた他の人間も警察にあっという間に捕まってしまった。
それも……こんな交差点の中央で、だ。
「リオンのお父さんは何故…ここに…?」
「助けてやったのに、その言い草か。」
「あ、すみません。ありがとうございます。何が何だか分からなかったもので。」
「ふん、だろうな。経緯についてはこれから説明する。取り敢えず乗れ。」
漸く地面に立たせてもらえ、すぐに後ろの拘束を解かれた。
そしてリオンの父親はこれまた豪華な高級車の方へと歩き出したのを見て、スノウも歩き出す。
優しそうな女性がにっこりと笑顔を浮かべながら扉を開け、リオンの父親を乗せると扉を閉める。
その後スノウに向けても笑顔を見せ、後ろの扉を開けてスノウに入るよう促した。
「もう大丈夫よ。ここに座って。」
「はい。」
恐らく彼の秘書官であろうことが彼女の身なりからして判断がついた。
後部座席に座ったスノウの隣に、先程の女性秘書官が座り運転手へと全員が乗ったことを告げた。
すると車が発進し、どこかへと向かっていくではないか。
「スノウ・エルピス。」
「はい。」
リオンの父親……ヒューゴ・ジルクリストが正面を向きながら話を始める。
眼鏡の下は相変わらず冷たい異彩を放っていて、声音も随分と冷たい。
スノウが大分昔会った時にはもっと父親らしい穏やかな人柄だったというのに、いつの間にこんな冷たい人になったのだろうか。
日頃、リオンからあまり聞かない父親の話の時も、リオンはいつもこんな感じだと思いながら話していたのだろうか?
「今の現状を簡潔に伝える。」
「…はい。」
「お前は誘拐されそうになった。そして私に助けられた。以上だ。」
「……はい。」
あまりにも簡潔過ぎて、話の内容が見えてこない。
それを横で聞いていた女性秘書官がくすくすと笑うと、スノウに小声で補足を説明してくれる。
「ヒューゴ様はこう言いたいのよ?"貴女が無事で良かった"って。」
「え?」
先程の文脈で、それはなんでも無理があるだろう…?
驚いた顔を隠しもせず、スノウが秘書官を見れば秘書官は余計に可笑しそうに笑っていた。
スノウは恐る恐る前に居るヒューゴを見たが、彼が後ろを向くことなど一切ない為感情が読みにくい。
ただ、声音が冷たいだけの印象は受け取った。
「これからお前には私の屋敷で過ごしてもらう。」
「え、えっと…?」
「実は、ここ最近貴女に付きまとう人たちが増えてきているのが分かって、それでヒューゴ様は貴女を保護したいとお考えだったのよ。……まさか、向こうの方から先手を打たれるなんてね。」
「そう、だったんですか…。それって昔取材していたメディアとかですか?」
「ううん。そういう訳じゃないわ。今のメディアに関しては、ヒューゴ様が力を持っているから下手なことは出来ないはずよ?なんてったって、レンズ会社の第一人者であり、オベロン社の総帥様ですもの。」
今や、レンズは人に欠かせないものになっている。
私たちが持っているスマホやテレビ…それから家電などの物は全てオベロン社のレンズ技術が使われていた。
マスコミが使うカメラやマイクだって、レンズ技術の結集である。
だからこそ彼には逆らえないという事なのだろう。
そして、この目の前に居るお方はそのレンズ技術の第一人者であり、リオンの父親であるヒューゴ・ジルクリストは世界で知らないものは居ないほどの有名人である。
また政界にもお呼びがかかっているらしいが、全て断っているらしい……というのを学校の噂で聞いたことがある。
流石に彼の父親の話であり、デリケート情報であるために彼とは一切そういった話はしてこなかったが…、まさかそんな有名人が私を見守ってくれていただなんて夢にも思わなかった。
「でも一つだけ申し訳ない事があって…。」
秘書官が悲しそうに眉根を下げ、スノウを見つめる。
それに気付いてスノウが首を傾げれば、女性秘書官は僅かに視線を逸らせた。
「暫く、貴女を誰とも接触しない様にしないといけないの。」
「はぁ…。なるほど…?」
あの有名人が自分の屋敷に人を招くなど、何事だと思っていたが……なるほど、そういう理由であれば納得も行く。
ここまで有名人であれば隠れられる場所が必要だろうし、何より家電はほとんどがオベロン社が作り出したものだ。
彼の屋敷のセキュリティは何処よりも強固であるだろう。
だが、何故私を外界から切り離す必要があるかは甚だ疑問である。
その疑問に答えてくれるであろう人物に目を向ければ、彼女はスノウの疑問を見通したかのように口を開いた。
「〝フロラシオン〟…。」
「…!!」
何故この秘書官がこの事を…?
この事は政府の超重要秘匿案件であり、外部に漏れてはいけない情報のはずだ。
だからこそ一般人はこの"病気"の事を知らない。
発症しても治療法がない上に、未知の病気でどう扱っていいかも分からない病気。
世界中に発症者は居るが、生き残ったのは僅か数件上がるか上がらないかである。
それほどまでに〝フロラシオン〟は難病であり、そして政府しか知らない秘匿しなければならない危険な病気でもあった。
それをこの女性は知っている。
信じられない気持ちを隠す様に笑顔を張り付けて女性秘書官に首を傾げて見せたが、どうやらこの秘書官…色んな事を知っているらしい。
「大丈夫よ?貴女がその〝フロラシオン〟に発症していることも知っているわ?」
「…。」
「未知なる病気〝フロラシオン〟…。発症すれば体のどこかが痛み出し、そしてそこから花結晶と呼ばれる結晶が放出する。花結晶が"開花"すると、全身が結晶化していく症状が現れ、最後には死に至る病気…よね。……こんな小さいのに、よく頑張ったわね。」
本当によく知っているものだ。
ここまでの情報を集めるのには大分骨を折っただろうに。
スノウは困った顔で女性秘書官を見つめる。
ここまで知られていて、知らないフリなど出来はしないだろうし、何処まで言ってもいいのかと答えあぐねていたからだ。
「よく、ご存じですね。」
「だって、あのヒューゴ様の秘書官ですもの。全ての情報を知っておかないと置いていかれちゃうわ?だから、貴女がその〝フロラシオン〟の生き残りであることも知っているから安心して頂戴?」
「分かりました。」
政府は何をしているのやら…。
こんなきれいな女性に情報を掴まれているなんて思いもしなかっただろうな。
「それで、隔離の理由は…?」
「そうよね、そこが気になるわよね? 未知の病〝フロラシオン〟を発症している貴女を保護する意味もあるのだけど、暫くは貴女の家周辺に貴女を狙うものがごまんと居るからなのよ。彼らのほとぼりが冷めるまで外界から遮断しておこうってわけ。辛いかもしれないけど、貴女の為なの。分かって頂戴?」
「そういうことなら…。」
「あと、申し訳ないけど…修学旅行も行かせてあげられないかもしれないわ。」
「…いえ、どうせ退学になりましたから…。」
「その件だけど、安心して?退学処分は最初から無かったことになってるはずよ?」
「え、」
「初めから校長先生は分かってたのよ。あの人たちが誘拐犯だって。貴女の覚悟を見て、そして私達が貴女を助けに来るまでの時間稼ぎをしていたってわけね。つまり彼もまた私達の協力者、というわけ。」
「…流石というか…。やっぱりオベロン社っていうのはすごいなって改めて感じさせられます。」
「ふふ。じゃなかったら、どんな校長であれ一生徒を助けるために頑張ると思うけど?それに、貴女をあの学校にも入れてあげられないと思うわよ?」
一時期、大人気だったスノウ達がメディアから隠れられた理由。
それはオベロン社が全て裏で手を打っていたからだ。
そしてスノウ達が学校に行けれるようになったのもオベロン社が密かに手を回していて、学校の先生や事務員などの一部の人間をオベロン社の息がかかった者たちを起用していたからだ。
…可哀想な事に、あの担任は本当に外部から来た純粋な先生であることだけは分かった。
「…何から何までありがとうございます。」
「あらら、可愛いわね。でも当然の事よ?なんと言ったって、社長子息様であるリオン様の対となる〝誓約者〟ですもの。ここまでの貴女が感じた恩恵はむしろ私達オベロン社にとっても利益になる事ばかりよ。こちらこそありがとう。スノウさん。」
ここまでされたなら、我儘なんて言えない。
隔離を快諾し、私はヒューゴ様の隠れ家である屋敷で隔離生活を始めるのだった。