NEN(現パロ風?)
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─── 些末な事は気にしない。
リオン・マグナスという男は、そう言う男だった。
それは父親であるヒューゴに似たのかもしれない。
大企業の社長ともあれば、そう言った些末なことなど気にも止めないのは、最早日常茶飯事である。
そんな社長を父親に持ち、その実の社長子息様であるリオンは、今日も大豪邸の自宅で目を覚ます。
そして、毎朝聞けるあの優しい声を聞いて思わず微笑みを浮かべるのだ。
「エミリオ。おはようございます。」
「あぁ。おはよう、マリアン。今日も元気そうだね。」
「えぇ!だって昨日もエミリオがあの〈シャドウクリスタル〉相手に大活躍したと聞いたら、嬉しくって!」
「大袈裟だよ、マリアン。僕は僕の仕事をこなしただけだ。」
「それでも、他の人には出来ない事よ? すごいわ、エミリオ。でも……無理はしないでね?」
「分かってるよ、マリアン。」
マリアンと呼ばれたこの女性は、この大豪邸の中の数ある額に飾られた絵の中の一人である、リオンの亡き母親に似たメイドである。
母親の愛を知らずに育ったリオンが唯一、この豪邸で気を許せる相手であり、大切にしているメイドである。
そんなメイドには年相応の声を出して柔らかく笑ってみせるくらい、彼はマリアンの前では少年らしさを出していた。
しかしながら、他のメイドや執事が近寄ろうものなら、冷たい視線で威嚇して遠ざける。
それがリオン・マグナスという男であり、豪邸内では密かに恐れられている男だ。
しかしながらその名前は実は偽名であり、本名をエミリオ・カトレットと言う。
だから先程からマリアンが彼の事をそう呼んでいたのだった。
「今日はどれくらいで帰ってこれそうなの?」
「今日もいつもの時間には戻ってくるよ。」
「分かったわ。…あと、スノウさんを誘えるといいわね?」
「わ、分かってるよ…。今日こそ、必ず…。」
話は変わってしまったが、実はそうなのだ。
いつもいつも帰る時は一緒なのに、自分の方が学校から近いのもあって彼女は道中ここへ立ち寄る。
そしてマリアンと自分が話している間にもう居なくなっているのだ。
……折角ならば、もっと一緒に居たい。
もっと、長い間彼女と一緒に居て、他愛ない話をして盛り上がったり、彼女の顔を傍で見ていたい。
それはリオンにとって、昔からの願いだった。
だからこそ、毎日毎日少しでも一緒にいる為にもここの夕食に誘おうと思って途中で立ち寄るスノウに声をかけようとして……毎回失敗するのだ。
マリアンも毎度毎度一食分多く作るのは大変だろうに、それを歯牙にもかけない。
しかしそんな日々も昨日で終わりだ。
今日こそは、誘ってみせる。……マリアンのためにも。そして自分の心の栄養の為にも。
「エミリオ? 早く食べないと遅刻するわよ?」
「あ、うん。分かった。」
シェフ達が作った豪華な朝食を食べ、そして学校へは自家用車で送迎される。
スノウと一緒に通学というのは父親からの命令で叶わなかったが、帰宅の時だけは彼女との帰宅を許して貰えただけ寛大だと思った。
あの父親は融通が利かないと各所から有名だからだ。
「行ってくるよ、マリアン。」
「行ってらっしゃいませ、リオン様。」
流石に周りに他のメイドがいる状態で彼の本名を呼べるわけもない。
普段使われている名前でマリアンが挨拶をすれば、後ろに控えていたメイドやら執事も辞儀を入れ、声を合わせる。
「「「行ってらっしゃいませ。リオン様。」」」
『相変わらず足並み揃ってますねぇ?』
「……。」
ソーディアン・シャルティエを腰から提げ、家の門を潜り抜ければすぐそこにいつもの自家用車が停まっており、執事が車の扉を開けて待っている。
それを無言で入り込めば扉はすぐに閉められ、暫くの後に無情にも発進する。
「……。」
窓から見る景色はいつも通りだ。
腰にある愛剣がいつもの様に話しかけて来るが、いつもそれに答えると奇異な目で見られるのが嫌だった。だから今は彼の声にも答えないのだ。
再び見た窓の外の景色。
何一つ変わらないと思っていたそれは、今日だけ少しだけ違った。
なんと言ったって、最愛の彼女が慌てた様子で走って登校していたからだ。
いつもなら車が到着と同時に校門の所で歩いているのに、だ。
「…! 止めてくれ!」
「!!」
運転手に慌てて声をかければ、車がブレーキをかけて側道へと停止する。
それを腰にある愛剣が不思議そうな声で聞いてきた。
『どうしたんですか?坊ちゃん。そんな慌てて…』
道の端に停まった車の窓を開けて、慌てて走る彼女へと声を掛ける。
「おい、今日はどうしたんだ!」
「…! おはよう、レディ! その話は後にしてくれないかな?! 遅刻しそうなんだ!」
制服を嫌々着こなして居るはずの彼女は、どうした事か今日は学校指定の体育着を着て登校していた。
黒縁眼鏡の地味な格好も、流石に走るとなると邪魔になるらしく何処かに仕舞われていて、その綺麗な顔を惜しげも無く晒け出していた。
「乗れ!スノウ!」
「え?! いいよ!大丈夫だから! ここなら最短の道知ってるんだ!」
そう言って彼女は通学路から逸れて、かなり細い道へと入っていくのを見てしまい、リオンの心配の度合いは最高潮に達してしまう。
シャルティエもスノウの声を聞いて納得したように、ソーディアンの重要部分であるコアクリスタルをピカピカと光らせていた。
『あれ? 坊ちゃん、スノウは?』
「……細い道に入って行った。」
『えぇ?!大丈夫なんですか?それ。』
「……出せ。」
「了解しました。」
運転手が窓を閉めると、車はすぐに発進してまた同じ景色を映し出す。
心の中では彼女の心配しながら、急ぎ気味の移り変わる景色を見て、大きな溜め息をつく。
……何故断るんだ。
僕らは二人で一つなのに。
〝星の誓約者〟は二人でひとつ。
決して、欠けてはいけない存在だ。
一人でも欠けてしまえば、それはもう〝星の誓約者〟などではない……そこらに有象無象いる一般人だ。
「……スノウ。」
愛してやまない彼女の名前を呟けば、今日も定刻通りに校門へと辿り着く。
しかし今日だけは下駄箱へ向かう後ろ姿の彼女の姿は無い。
いつもなら車を降りて彼女へ駆け寄り、声を掛けるというのに。
日常が少し壊された気がして、ムッとしながら執事の開けた車の扉を見遣り、そして車から降りる。
その瞬間、周りからは女子の黄色い煩わしい悲鳴が聞こえてくる。
……それもこれも、スノウが居ないからこうなってるのだ。
スノウが居れば彼女たちは何も話しかけてこないというのに、今日は彼女が居ないからか、強気な女子達に囲まれてしまう。
『いやぁ…いつもながらモテモテですね!坊ちゃん!』
「邪魔だ。退け。」
『……そして、冷酷な言葉も健在でしたね…。』
シャルティエも、自分の主人の好きな相手くらい認識している。
だからこそ、主人の対応には納得出来る。
だがそのモテモテ具合に、少しばかり羨ましさを感じているのも事実だった。
『……大丈夫でしょうか?もうそろそろホームルーム始まりますけど…。』
「……大丈夫じゃないだろうな。このままだと遅刻だ。」
先程も言ったが〝星の誓約者〟は二人でひとつ。
なれば、自分も遅刻をした彼女を待ち、彼女と一緒に入って教師からお叱りを受けようと校門に腕を組んで待つことにした。
……だがしかし、それでも周りの煩い悲鳴は途絶えない。
まるで彼女との時間を邪魔されているようで、リオンの額には薄ら青筋が立っていた。
「……お前ら、遅刻したいのか?」
「「「え?!」」」
そう言ってやれば、周りの女どもは慌てた様子で下駄箱へと向かっていく。
それに安堵して彼女を待っていると突如辺りに鳴り響くサイレン。
『え?! こんな時に…?!』
「……まずいな。スノウが居ない今、戦う事も出来ない。」
『まぁでも、こう考えましょうよ!“これで遅刻は免れた”って!』
「ふん…。呑気な奴だな?」
シャルティエの冗談にリオンが笑っていると、学校近くの草むらから顔を出した彼女の姿。
頭から足先まで草だらけの彼女に目を丸くしたリオンだったが、すぐさま彼女へと駆け寄り、草を取ってやる甲斐甲斐しさと言ったら……。
「ありがとう、リオン。」
「全く…。あの時、素直に車に乗れば良かったものを…。」
「もしかして……待ってくれてた?」
「あぁ。何処ぞの誰かさんと対になる存在だからな。説教も一緒じゃないとフェアじゃないだろう?」
「…ふふ。君のそういう所、ほんとカッコイイよ…。」
「ふん。いつもの事だろうが。」
「それもそうだね。君はいつもカッコイイよ。」
それを聞いて照れたように顔を真っ赤にさせ、顔を俯かせたリオンだったが、彼の愛剣が慌てた様子で横槍を入れる。
『二人とも!良い雰囲気なのは良いですけど!〈シャドウクリスタル〉が落下したみたいですよ?!』
「あー、そう言えば走ってる途中で聞こえてきたかも…?」
「行くぞ、スノウ。」
「ふふ。待ってましたっと!」
パンッと小気味よい音を出しながら二人はお互いの左手でハイタッチをする。
そして澄み渡る空のような蒼く長い髪と海色の瞳、そしてそれと対と為す彼もまた紫水晶の瞳に黒い服装へと変化させ、剣を大きく振るった。
振り返り相手の瞳を見た二人はそのまま手を合わせ、指を絡ませて暫し目を閉じる。
そして同時に目を開けてはお互いの瞳の中の覚悟を垣間見るのだ。
「行こう、レディ。」
「僕はレディじゃない。僕は男だ。」
「ふふ。」
「ふん……。」
そうしてスノウが右手を差し出し、そして彼も左手を差し出し、その手を握り締める。
覚悟を決めた二人が足並みを揃えて走り出す。
そして探知はスノウとシャルティエに任された。
「今日は何処に落ちてきたんだ…!」
「今探知中だよ!」
『うーん?今日は落下地点が遠いのか反応が悪いですね…?』
「遠いのに呼ばれたのか、僕達は…。」
「もしかしたら強い〈シャドウ〉が現れて、応援要請も兼ねているのだとしたら?」
「……有り得なくは無い…か。」
走りながら息を切らすことなく話す二人。
最早、向かう事に慣れた様子さえ見受けられる。
そんな二人にまたしても背後から例の声が聞こえてくる。
「あんたたち、まだこんなところにいたんですの?!」
「ちょ、ちょっと……二葉…!」
「今回は探知する範囲が広くてね?」
「はぁ?あなたたち聞いていないんですの? 学校の先生たちが言ってましたわよ? 今回の敵は隣町よ。」
「隣町だと?」
「呆れましたわ。ほんっとに聞いてないのね!」
「私が遅刻したからね。それで彼も聞いてないんだ。」
「あらそうなの。じゃあ、〈シャドウクリスタル〉はあたし達が頂くわよ!」
「二葉、そう言ってこの間も……」
「う、うるさいわね!早く行くわよ!和也!」
和也の背中をドンと叩き、先行していく二葉。
慌てて和也がその後を追いかけていくのを見届けた二人は、お互いにいつもの表情を浮かべていた。
一人は苦笑、一人は呆れた顔だった。
「隣町って言ったって……広いんだよなぁ…?ここら辺。」
「探知が得意なお前でも目標物探知がまだなら、相当隣町の奥の方だろうな。」
「隣町の……奥の方……? …お、ビンゴだね!流石リオンだよ。」
『すごいですね!坊ちゃん!』
「単純に推理しただけだ。四の五の言わずに早く行くぞ。」
「『了解!』」
今度はスノウが手を引く形でリオンを案内する。
どうも、探知上に〈シャドウクリスタル〉が引っかかったらしく、迷いなくスノウがリオンを引っ張って行く。
それを嫌がることなく、リオンもまた気を引き締め直し、隣町を見つめた。
建物上を跳んで渡り歩く二人からすれば、すぐそこが隣町なのだが…今回ばかりは運が悪かった。
都市開発の為に建物上にはクレーンやら工事用の重機が乗り上げており、渡る用の足場が無い。
それらを見た案内役のスノウが足を止めそうになったその瞬間、再びリオンが手を引き、先導する。
「っ?!」
「こっちだ、スノウ。僕についてこい。」
『だ、大丈夫ですか?!こんな足場の悪い所に乗って落ちたりしたら…!』
「高い所からの着地なら学校で慣れているだろうが。それに足場が悪いのならこっちにだって考えがある。」
リオンはすぐさまスノウの足を掬うと所謂お姫様抱っこをし、重機の上を軽々と渡っていく。
急に起こった浮遊感に、思わずリオンへとしがみついたスノウを見て満足そうにリオンが笑う。
「ちょっと…?!嘘だろう?!」
『坊ちゃん!すごいですよ!スノウを持って不安定な場所を渡れるなんて…!僕は今、感動しています!!』
「こいつの軽さは折り紙付きだ。僕がこいつを持った所で、僕自身の体幹がブレることは万に一つもない。」
「だとしても!これは無茶だって!」
「無茶でも無理でもない。それにこれなら早く辿り着けるだろう?」
重機の上を難なく渡りきったリオンはそのまま止まることなく隣町へと駆けていく。
それを否定するようにスノウがリオンの肩を叩くが、彼はそれをものともせず走り続けた。
「レディ!悪いよ!もう自分で走れるところだから!」
「朝から拒否されっぱなしで、黙っていられるか。」
「…!」
これはリオンの心の底からの想い。
好いた相手から拒否され続けて、心が悲しく、寂しいのだ。
心の中にポッカリと空いたような穴が涼しくて、涼しくて……仕方がない。
哀しくて、辛くて、少しでも自分に頼って欲しくて。
だからリオンはスノウを下ろさずに走り続けるのだ。
これは仕返し、とばかりに。
「…そういう事なら、少し……甘えようかな?」
「少しと言わずに甘えろ。お前はいつになっても自分だけで解決しようとするから悪い。その癖、この際だから治したらどうだ。」
「はは。善処しますよ。」
「お前のそれは当てにならん。」
毎回“善処する”等と言って、善処された試しがない。
リオンは顔を顰めながらスノウの言葉を否定し、前を見据える。
「スノウ、どっちだ?」
「このまま真っ直ぐだよ。道なりに行けばあと数分で着く計算だね?」
「分かった。」
建物を飛び越えながらリオンはスピードを落とさずに敵地へと確実に向かっていく。
大人しくなったスノウを見れば、欠伸を噛み殺している所だった。
……どうやら昨日は眠れなかったらしい。
今日の遅刻がそれと関係しているかは分からないが、心配な点が増えたのは頂けないところ。
リオンは詳しく聞き出そうと口を開いた瞬間、スノウから案内の声が聞こえた。
「レディ。もうすぐ着くよ…!」
「……分かった。」
リオンは立ち止まり、そっとスノウを地面へと下ろした。
それにお礼を言うスノウだったが、すぐに頭に手を置き探知を開始しているようだった。
暫しスノウのそれを待てば、遠くから聞こえる戦闘音。
おおよその場所の検討をつけたリオンだったが、スノウの探知を待つことにした。
「…思ったよりも、結構混戦してるね。」
『そんなに状況悪そうなんですか?』
「うん。何人か負傷者が出ているみたいで、探知上の反応が動かない物もあるよ。」
「なら急いで行くぞ。それこそ、あいつらに先を越されない為にもな。」
「ふふ…! 結構気にしてたんだ?」
「いや、全くだな。だが、向こうに手柄を取られて偉そうにふんぞり返られるのも癪だ。」
「ふふふっ!君らしい答えだね?」
可笑しそうに笑ったスノウは口元に手を当てて笑っていた。
それに笑みを零したリオンだったが、顔を引締め直し、武器を手に取った。
「……話はここまでだ。行けるか、スノウ。」
「援護は任せてよ?」
「よし。なら行くぞ!」
リオンが先導し、敵地へ向かったのを見てスノウも探知しながら追いかける。
そして〈シャドウクリスタル〉の近くに来たリオン達の目には悲惨な光景が見えていた。
スノウの言う通り、確かに負傷者が何人か居たからだ。
それは逃げ遅れた一般人とかではなく、〝星の誓約者〟達だった。
通常、〝星の誓約者〟は一般人よりも格段に能力が跳ね上がるため、〈シャドウ〉相手でも負けないのだが、その〝星の誓約者〟が負傷しているのを見ると戦闘に慣れているスノウ達でさえも無意識に緊張が走る。
それほどまでに目の前のこれは強い敵なのか、と。
「___防御上昇、バリアブルヘキサ。次いで、キーネスト!」
丁寧に支援術を掛けていくスノウの顔にはありありと不安の文字が浮かび上がっていた。
それを見たリオンがスノウの手を取り、そしてもう片方の手で彼女の頬に触れる。
「……僕は、絶対に負けない。だから、そんな顔をするな。」
「…リオン。」
「それに、怪我をしたらお前が回復してくれるんだろう?」
「っ、勿論だよ…。でも、なるべくなら怪我をしないでくれると嬉しいんだけどな?」
「“善処する”。」
「……なんか、その言葉…不安になるね?」
苦笑いをしながら言ったスノウは握られた手を強く握り返し、頬にある彼の手に擦り寄る。
そして願うように、祈るように目を閉じて口を引き締めた。
「───お願いだ、レディ…。必ず、生きて帰って。」
「当たり前だ、馬鹿。」
額にデコピンをしたリオンは満足そうに笑ってから敵へと走り出す。
おでこに手を当てたスノウだったが、彼が近くに居ないと分かると魔法に集中する。
唱えるは、支援の術技…!
「___泡沫の抱擁…今ここに。…ディスペルキュア。」
全状態異常回復、そして体力回復技であるディスペルキュア。
その効果範囲は周辺の者全てである。
光の波が周辺の負傷者や、その対となった〝星の誓約者〟達に優しく届いていく。
清く、優しい光が全員を温めると、再び戦う勇気をくれる。
怪我の軽かった〝星の誓約者〟達は武器を手にして、再び敵へと向かっていった。
……勿論、二人で。
「「「ありがとう!!」」」
「気を付けて!それから、回復は私に任せてくれ!」
「こっちも回復をくれ!」
「こっちもだ!!」
「了解___ディスペルキュア!」
何度か光の波が押し寄せて、負傷者やけが人を回復させていく。
時折、リオンを見ながら支援を飛ばしたり回復を継続させるスノウ。
その反対でリオンは敵に向かって攻撃を繰り出していた。
時折、光の波が押し寄せては自分の身体を軽くしていくのを感じる辺り、スノウが回復技を多用している事が容易に想像出来る。
「あいつはまた……無茶してないだろうな…?」
『大分、回復技や支援術を方方へ飛ばしています。……それも、かなり急ピッチですね。』
「全く……無茶をしてるのはどっちの方なんだか…!」
襲いかかってきた敵を一撃で沈めれば、再び自分に支援術が暖かくやってくる。
それを睨む様にして返せば、彼女は目を丸くして首を傾げていた。
「くそ。倒しても倒しても減らんな。」
『大元を叩くしかないですよ!やはりここは〈シャドウ〉ではなく、〈シャドウクリスタル〉一択です!』
「それが良さそうだな。」
目標を〈シャドウクリスタル〉に切り替えたのが分かったのか、〈シャドウ〉が一斉に襲いかかってくる。
しかしすぐに別の所から攻撃術が飛んできて、敵を一掃させてしまった。
それが誰かなんて、あの術を見る限り一人しかいない。
「……スノウ!!」
「???」
「無茶をするな、と何度言わせるつもりだ!!!」
「無茶はしてないから大丈夫だってーー!」
遠いが故に小さな声で聞こえてくるその声は、予想通りの答えである。
すぐさま溜め息を吐いたリオンは、背後から奇襲をかけてきた敵を見もせずに武器だけを振りかざし倒した。
「…ともかくやるぞ、シャル。」
『はい!行きましょう!坊ちゃん!』
シャルティエの案内の元、〈シャドウクリスタル〉へと急行していくリオンは、時折襲いかかる〈シャドウ〉を斬り捨てながら確実に距離を縮めて行った。
そして……
パキンッ!
闇色のクリスタルを破壊する事に成功したリオンは、残るは〈シャドウ〉だけだ、と気持ちを持ち直し、次々と敵を屠っていった。
その後片付けをスノウも無遠慮に手伝ったのもあって、ものの数分でケリが着いてしまう。
魔法を多用し、支援や回復…攻撃と色々こなしていた彼女が心配になり、リオンが急いで彼女の元へと駆けつければ、彼女はなんとナイチンゲール精神とでも言うのか、他の負傷者の回復に勤めているではないか。
次々と回復を施していきそうな彼女の腕を掴み、注目を引く。
そして思い切り眉間に皺を寄せれば、彼女はそれだけでリオンの言いたい事がわかったようで、苦笑いを零して彼を見上げていた。
「ごめんって、レディ。そんな怖い顔をしないで? ___キュア。」
リオンに回復技が飛ぶと、彼は更に顔を顰めさせて掴んでいた手の力を強める。
「謝るくらいならもうやるな。お前の中のマナがなくなれば、お前は……」
「分かってるよ。でも、同じ〝星の誓約者〟として…流石に放ってはおけない、かな?」
周囲を見渡すスノウに倣い、リオンも周囲を見渡してみる。
今回の敵は確かに少しは手応えがあったように思うが、ここまで酷い戦闘跡を見るのは今までに無かった気がする。
それこそ、最近噂されている通りなのだと感じさせられた。
「……やはり、最近〈シャドウクリスタル〉との戦いで負傷者が増えているというのは、本当の事の様だな。」
「うん。私もそれは噂で聞いたよ。……確かに今回は少し手応えがあったかもしれない。でも、ここまでの負傷者は……」
『何かあった、と考えるべきなんでしょうが…なにぶん、被害が大きくて話を聞こうにも誰に聞いたら良いか…。』
「それは国がやるべき事だろう?僕たちがそこまで心を砕いてやる必要は無い。帰るぞ。」
腕を掴んでいたリオンは強制的にスノウを立たせて、帰路に就こうとする。
一度振り返ったスノウだったが、すぐに政府直属の医療班が来たのを見て安心した様に彼について行ったのだった。
〈シャドウクリスタル〉も破壊し終え、やっと学校へと戻った二人は結局、遅刻免除して貰えたことに安堵していた。
しかし、リオンにとってそんな事は些末なことだった。
些末な事は気にしない───しかし、今日はなんと言ってもリオンにとって大事な大仕事があるのだ。
そんな帰り道……いつもの様に帰っていくリオン達だったが、彼の心の中では心臓が早鐘を打っていた。
そんないつもと違う彼の様子に気付かないスノウではない。
幼い頃から一緒にいたのだ。彼が今、何か考え込んでいるか、困っている事は一目瞭然だった。
「……どうしたんだい?レディ。」
「……だから、僕は……」
完全に上の空である。
それにスノウが少しばかり驚いた様に目を見開く。
いつも自分と居る時は、上の空になるほど考え込むことなどあまり無かったというのに。
それこそ、何かの話の流れで考え込むならいざ知らず…。
今回はまだ何にも話しちゃいないし、何なら、何の話題提供もしていない今、彼の中ではかなり重要な案件を抱えている事が窺えた。
スノウとしては、そのまま彼を放置しておくような事は出来ないし、彼自身で困った事があったなら相談くらい聞いてあげたい。
スノウは意を決して、口を開く。
「……何か、困り事?」
「……。(どうやってこいつを誘うか…。やはり自宅へ帰ってからでは遅いのか…?)」
『スノウ。』
「ん?」
『坊ちゃんは今、一世一代の困難に直面してるんですよ。だからもし、坊ちゃんが何かスノウに提案してきたら、断らずにそれを受け入れて貰えませんか?』
「え?内容にもよると思うけど…?」
『お願いします。でないと、坊ちゃん……明日休んじゃう勢いなんですよ。』
「え?そんなに?……まぁ、一世一代って言うからには相当な困難に直面してるんだろうけど…私で解決出来るだろうか?」
『寧ろ、スノウじゃないと解決出来ないんです。』
「そういう事なら頑張らせて貰うよ。それで彼の憂いが晴れるというのならば、ね?」
いよいよもってリオンの自宅……豪邸へと辿り着いてしまう。
スノウも一緒に中に入っていけば、マリアンというメイドが一番先に出迎えてくれる。
これもいつも通りである。
スノウは首を傾げながらいつもの様に、リオンとマリアンの会話を見届ける。
「お帰りなさい!リオン様!」
「あぁ、ただいま。マリアン。」
やはり先程と違い、いつも通りに戻っている。
マリアンに対する笑みはいつもと変わりないというのに、何故あんなにも思い悩んでいたのか…?
もしかして、マリアンと仲違いした訳ではないのか。
「(気の所為だったのかな?……なら、私がここに留まる理由もないね。)」
盛り上がった会話を耳にして、フッとスノウが笑うと、すぐに踵を返す。
勿論、その足はいつもの様に自分の自宅へと向かっていた。
『あ、スノウ!待って下さいよ!!』
「!!」
「リオン様…!お早く…!」
「スノウ…!」
リオンは慌てて、帰路に着いたスノウへと駆け出し、後ろから腕を掴んだ。
振り返ったスノウは、またしても目を見開き珍しそうな顔でリオンを見ていた。
「どうかした?」
「その…、」
「??」
『(坊ちゃん…!頑張ってください…!!!)』
「今日は夕食を食べて帰らないか……?」
「え?良いのかい?折角帰ってきて、ようやく大好きな人と二人きりになれるというのに…。」
『(完全に勘違いしてるじゃないですか…。スノウったら…。)』
「駄目か…?」
恐る恐る聞いてくるリオンに、スノウがキュンとならないはずがない。
スノウは首を横に振り、笑顔を見せた。
「……折角のお誘いだし、ご相伴にあずかるよ。」
「…!! あぁ、そうしてくれ。」
本当に嬉しそうな顔になったリオンを見ながら、スノウも笑顔を零す。
お互いに笑顔になれば、二人の心は暖かくなっていった。
こうして、今日も日常が過ぎていく。
今日は少しだけスパイスもあったけれど、これが二人の日常に近い。
さぁ、明日はどんな運命を見せてくれるだろう?