カイル達との旅、そして海底洞窟で救ったリオンの友達として彼の前に現れた貴女のお名前は…?
Never Ending Nightmare.ーshort storyー(第一章編)
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____船内
「大丈夫?レディ。」
「くっ、はぁ…はぁ…」
返事が出来ない程、弱っている彼───ジューダスは現在、船酔いによりダウンしており、船内の一室を借りてそこで休ませてもらっていた。
私が渡した酔い止めを飲んだはずなんだが、今回だけはそれも効かない様子でいる為に、私も心配になってしまう。
いつもならそろそろ酔い止めが効いても良い頃合いなんだが…。
「はぁ……はぁ…」
……どうやら効果が無いらしい。
試しに何度か状態異常回復技を使ってみたものの、それも大して効果があるようには見えなかった。
ぐったりとベッドの上で横たわる彼は、今だけはあの素顔を隠す仮面を外しており、惜しみなくそのご尊顔をさらけ出していらっしゃる。
眼福、なんて口に出しても言えやしないが、それでも私にとってそのお顔は眼福なのである。
……これがもう少し、顔色が良ければ更に良かったのだが。
「___ディスペルキュア。」
本日何度目か分からない状態異常回復技を使ってみたが、彼の荒い息が穏やかになる事はなく、未だ苦しそうに顔を歪めさせ、息を乱していた。
「……ごめんね。」
「はぁ…はぁ…、なに、が…だ…。」
「苦しそうにしている君の前で、私は……あまりに無力だ。何かしてあげたいし、変わってあげられるなら変わりたいけど…。でもそれも出来ない…。何もしてあげられないのが悔しいんだ。」
『スノウ、大丈夫ですよ。その気持ちだけでも、充分、坊ちゃんには伝わってますから!』
「シャルティエ…。……うん、ありがとう。」
きっと困った顔になっているだろう私の顔をチラリと見たジューダスだったが、すぐにまた苦しそうに顔を元に戻し、気持ち悪そうにしていた。
せめて、“手当て”だけでも。
「……知ってるかい、レディ? “手当て”って言うのはね、ただ傷を治したりする手当て…という意味だけじゃないんだよ?」
「……?」
「こうやって、人に触れて撫でる事で、その人の苦しみを取り除く……そう意味も込められてるんだ。」
私は彼にそう言って、彼の背中を撫でた。
優しく、優しく……それこそ、赤ちゃんにするのと同じように優しく撫でてあげる。
暫く、沈黙な空間になる中、私は撫でる行為だけは止めなかった。
すると、荒かった彼の息も心做しか、徐々に穏やかになりつつある気がした。
「……今度、錬金術でも学んでみようかな?そしたら永遠に効く薬とか発明出来たりしちゃってね?」
『スノウ…、君はただでさえ変な物を引き寄せやすいんですから、止めておきましょうよ…。』
「変なもの?」
『“神”とか、〈赤眼の蜘蛛〉とか、〈ロストウイルス〉だとか…。』
「……それ、私の知らない所でなってる奴もあるんだけど…?」
『だからですよ! 錬金術なんて物騒な物を学んだ暁には、変な物をま~た引き寄せそうじゃないですか!!!』
「ふふ…。まぁ、一理あるけどね?」
そんな笑い話をしていると、彼がむくりと起き上がり、ベッド上で片膝を立てて座り、顔を下に向けていた。
相変わらず怠そうにしていたが、それでも、顔色は苦しそうだった時より幾許かマシである。
「ふふ。“手当て”が効いたかな?」
「……あぁ、多少良くなった。…すまなかったな。」
「ううん。君の為なら、何でもするよ。魔物を倒してくる事で君の酔いが治るなら、それがなんであれ倒しに行っても良いくらいね。」
『魔物を倒したら酔いが覚めるなんて、聞いたことないですよ?!』
「だって、例え話だから───」
私がそう口にした途端、急に船体が激しい揺れに見舞われる。
ベッドに座っていた私は、バランスを崩し床に座り込み、ベッドにしがみついた。
彼は何とかベッド上で耐えきった様子だが……、どうやら酔いが復活してしまったようだ。
「うっ、」
『な、何事ですか?!』
「……〈サーチ〉」
探知系の魔法を使えば、どうやらこの船を襲っている魔物がいるみたいだ。
それも……今となってはとても懐かしく感じる、あの魔物が、ね?
「……フォルネウスか。」
『えぇ?! ふぉ、フォルネウスって…あの時の…!?』
「っ、」
ジューダスが立てている片膝の上に辛そうに顔を置いていたが、私のその言葉に、余計に辛そうに顔を歪ませた。
あの時、君を助ける為に銃口を向けたからね…。
それもあるのかもしれない。
「……君達はここにいてくれ。ちょっと魔物を倒してくるよ。」
『えぇ?! 一人で、ですか?!危険です!僕は反対です!!』
「でも、レディは立てないと思うけど?」
『そ、それは…そうですけど…。でも一人は危険すぎますって! アイツの強さは屈指の折り紙付きなんですよ?!』
「ふふ。今の私なら何とか出来ると思うけどなぁ?駄目かな?」
『確かに…昔よりも経験を踏んで強くなっているとはいえ……この揺れの中で戦うのは無理ですよ!? 足を踏み外したら、また海に真っ逆さまに落ちちゃうんですよ?! 前みたいに、衰弱して砂浜に打ち上がってたなんて、僕は見たくないですからね?!』
シャルティエのその言葉を聞いたからか、ジューダスが私の服の裾を掴み、離さない。
辛そうな顔を泣きそうな顔にして、彼は懇願しているような……そんな顔をして私を見ていた。
「っ、行く…な…。頼む、から……ここにいて、くれ…!」
引き留めたいのだろうけど、まさか、彼の口からそんな素直な言葉を言われるとは思っていなかった私は、僅かに目を見張る。
相棒に手をかけていた私は、笑顔で彼の頭に手を置いて撫でてやる。
そして安心させる様に笑顔で彼に接する。
「大丈夫。早い所帰ってくるから、ここで待っててくれないか?レディ。」
「だ、めだ…!行かせ、られない…!はぁ、はぁ…!」
強く掴まれた服に、どうしたものかと困った顔で見遣れば、再び大きな揺れが襲いかかり、今度は反対側へと転ぶ。
服を掴んでいたジューダスまで一緒になって転げ回り、反対の壁へと二人仲良く転がって行った。
「ほら、みろ…!この揺れ、でさえ…!お前、耐えられ、ないじゃないかっ…!!」
「あはは…。返すお言葉もありませんなぁ…?」
ぐったりとしたジューダスと抱き合ってる形で転んで行ったから、そのまま私は彼の体をそっと抱き寄せる。
そしてその背中をポンポンと優しく叩いてあげる。
「大丈夫かい?」
「さっきので、余計っ、気持ち悪、い…。」
『あちゃー、こりゃダメそうですねぇー?』
シャルティエまで近くに転がっていたようで、声が背後に聞こえてくる。
それに苦笑いをしながら私は安心させる様に叩き続けた。
……
………………
………………………………
いつまで叩いていただろう。
彼の荒い息も落ち着きつつある中、私はどうしたものかと思いながらも彼を抱きしめる事は止めない。
……ほら、こんな時でないと抱きしめてあげられないからね。役得、役得。
彼の体温の温かさに恍惚な顔をしつつ、彼の顔が見えないのをいい事に、じっくりと堪能させてもらう。
彼の顔が見えていて、嫌がっていたら悲しいだろう?
その上、足もお互いに絡まった状態だったので、無闇に動けば彼にエルボーやら膝蹴りでも食らわせてしまうのでは、と危惧して動けないでいるのだ。
僅かに彼へと寄りかかる姿勢になると、急に彼は体を硬直させたので、疑念を抱く。
……急にどうしたんだろう?
「レディ?どうかした?」
「……何がだ。」
「いや…、体を緊張させているみたいだけど、何かあったかな?と思ってね。」
『(あー…。なるほど…。結構二人とも足が絡み合ってるから、少しでも動いたら坊ちゃんきっと、スノウの事意識しちゃって、緊張しちゃうんですよねー…?)』
「っ、何もない…!」
「……? そうかい?」
どうやら声音からして、吐き気とかは無さそうである。
酔いが治ったのかと微笑んで、私が体を退かそうとすると余計に硬直していく彼の体。
そしてギュッと、離れないようになのか、私を抱き締める力を彼は更に強めていた。
「……?」
そんなに不安なのだろうか?
それとも、まだ酔いが治っていなかったとか?
私が素直に疑問を口にしようとして、敢無く失敗する。
何故ならば、再び大きな揺れが起きてしまったからだ。
急なその傾き具合に、私達は更に近くにあった壁へとぶつかりそうになり、それをジューダスが私を支えながら壁に手を付き、ぶつからないようにしてくれた。
……さっすが、男の子ー。
「(すご…。)ジューダス、大丈夫? 私退けるよ?」
「良い。そのままでいろ。……今、動かれるのは困る。」
「うん、分かった。」
遠慮なく彼の腕に収まっていれば、船体の傾きが徐々に戻ってきていた為、ジューダスが壁に付いていた手を離し、再び私の背中へと回していた。
……そんなに私をフォルネウスの所へ行かせたくないのかなぁ?
「フォルネウスが暴れてるみたいだけど、応援に駆けつけなくていいと思う?」
「彼奴らが居るだろうが。大人しく任せておけ。」
『そうですよ!スノウが行ったら海にまっしぐらなんですから、絶対に行かないでくださいよ!』
「ふふ。信用ないなぁ?」
『「そりゃそうですよ!/そうだろうな。」』
さっきの事もあるから強く言い出せないし…。
どうしようかなぁ?
私は彼の肩を叩き、離れるように伝えたつもりだったが、どうやら彼はまだ離してくれなさそうだ。
少しだけ体を動かし、ずらせば渋渋と彼は体を離してくれた。
「……ふふ。君の体温を十二分に堪能させて貰ったよ?ありがとう?」
「……ふん。」
そう言って顔は真っ赤にさせて顔を背けた彼に、私がクスリと笑ってしまえば、彼は取っていた仮面を探しているのか、部屋中を見渡していた。
私はその場に立って近くにあった仮面を拾い上げた後、彼に手渡す。
それを受け取り、すぐに着けてしまった彼に僅かに残念な気持ちを抱いてしまう。
折角彼の綺麗な顔が仮面で隠れてしまうのが勿体無い、と感じていたからだ。
そんな私を見てか、ジューダスがじっと私の顔を見上げてきたので、首を傾げさせて彼を見下ろす。
するとその空気をぶち壊すかのように、壁を突き破ってフォルネウスの足が部屋の中に侵入して来たので、咄嗟に相棒を手にしたが、それと同時に激しい揺れが私達を襲う。
「くっ、」
ジューダスもシャルティエを手にしてフォルネウスの足に対峙したが、あまりにも酷い揺れのせいで酔いがぶり返してきそうになり、片膝を着いてしまう。
それを見た私は、すぐさま相棒をフォルネウスの足に振り下ろす。
切り刻んだ足だったが、それだけではどうにも致命傷にはならないようだ。
「彼奴らっ、何を、している…!!」
『どうも苦戦しているようですよ?! 前に居た個体とは比べ物にならない程強くて大きい個体みたいです!』
「取り敢えず、この足を外に出してやろう!」
私は咄嗟に魔法を唱える。
水属性の魔物には……地属性!!
「___握り潰してあげるよ!アイヴィーラッシュ!」
地面に描かれた魔法陣から大量の荊が出てきては、フォルネウスの足に絡み付き、そしてキツく縛り上げる。
フォルネウスが自身の足に食い込んでいる荊を振り払おうとしているのか、余計に暴れる足を避ける様に私はそのまま後ろへと後退した。
周りの家具を巻き込み暴れるフォルネウスは遂に堪らないとばかりに部屋の外へと逃げ出そうとするが、魔法陣から出ている荊に引っ張られ外へ逃げられないようだ。
私が魔法を解除してやると、すぐにフォルネウスの足は逃げ出し、そこにはぽっかりと壁に虚しいくらい穴が空いていた。
そこから外に出た私を中にいた彼が慌てて呼び止める。
「馬鹿っ、…外に、出るなっ!!」
「大丈夫だって!ちょっとアレを倒してくるよ!」
『ちょ、ダメですって、スノウ!!危ないですよー!?』
その声を背後に聞きながら私は相棒を手にして走り出す。
どうやら甲板に大物がいるみたいだしね?
そのまま走っていた私はフォルネウスの全体を船内から確認して驚く。
確かにシャルティエが言う様に、前に居た個体よりは大きい個体の物のようだ。
大捕物になりそうな予感がしつつ、私は甲板にいる仲間たちの元へと駆けつけ、豪快に魔法を使う。
「___出でよ、ロックマウンテン!」
「「「…!」」」
降り注ぐ岩石がフォルネウスを直撃し、何度も何度も複数ヒットする。
極めつけに可愛いウサギさんのとてつもなく重い重い像をフォルネウスに落としてやれば、フォルネウスが怒ったように身体をうねらせる。
「あれ?!ジューダスは?!」
「体調が悪いんだ!彼には部屋で休んで貰ってるよ!」
「分かった!」
カイルが大きく頷き、フォルネウスに向かっていく。
しかしこのフォルネウス……、見た目も図体もデカいが、なんと言ってもその足の多さである。
触手の様な足を何本も甲板に乗せては、甲板をバンバンと叩き、確実に船を壊そうと目論んでいるではないか。
そうはさせるか、と私は船の床へと手を付いて魔法を唱えた。
「___アブソリュート!」
本当ならば、アブソリュートは敵を超低温で凝固させる地属性と水属性の複合系上級魔法……又はセルシウスと同じ氷属性の上級魔法である。
それを私が地面に手を付いたことで、フォルネウスの足を引っ掛けている船の床を凍らせる作戦に出た。
その作戦は見事成功し、ツルッと滑ったフォルネウスは真っ逆さまに海へと落ちていく。
「ナイスだぜ!スノウ!」
遠くで水飛沫を立てる音を聴きながらロニがグッドサインを私へとしてくれる。
それに私もウインクしながらグッドサインを返す。
そして皆で船内から海を見下ろすと、フォルネウスが体をうねらせながら何かをしようとしているのが見て取れる。
私はそれを見て相棒を仕舞い、銃杖を手にする。
船の欄干に片足を置き、銃杖を海に落ちたフォルネウスへと照準を合わせる。
「___氷霧の白薙!」
氷を込めた弾をフォルネウスに向けて放った私を皆が慌てて後ろから支えてくれる。
そのまま長く放たれた氷魔法の銃弾は、フォルネウスを一瞬にして凍らせてしまう。
それに仲間達も笑顔になり、良くやったと全員で歓喜しようとした時だった。
再び衝撃が船内で起きて、私を含めた全員が驚きに声を上げる。
「え?! フォルネウスはスノウがやってくれたのに?!」
「何が起きてるの…!?」
船の状況を確認しようと周りの船員が慌てふためいているのを見て、私は頭に手を置き〈サーチ〉の魔法を使った。
すると反対側の船体に攻撃している別のフォルネウスの個体が居ることに漸く気付く。
「……まずいね。反対側でもフォルネウスが船を攻撃している…。」
「「「え?!」」」
「まずいじゃねえか!」
「は、早く倒さないと!」
カイル達が慌てて向こう側へと向かったのを見て、一度凍ったフォルネウスの様子を見ようとした私だったが、……それがいけなかった。
反対側のフォルネウスが船を掴み、傾かせた事によって私は凍ったフォルネウスの居る海へと落ちる羽目になってしまったのだ。
バシャンっ!!!
激しく海に体を叩きつけてしまい、そのまま海の底へと沈んでいく。
無意識下にトラウマを思い出して、冷たくなる身体…。
必死に手を上へと伸ばし、もがいてみるも、私の体はどんどんと底の方へと誘われるように…引き込まれる様に沈んでいく。
……あぁ、こんな事ならジューダスとシャルティエの言う事聞いておくんだったなぁ…?
ゴポリと口から泡が出て行って、泡は私とは反対に上へと上がっていくそれを、私は無表情に見遣る。
そして諦めた様に手を伸ばすのを止めようと、目を閉じて体を楽にさせていくと、その手を力強く掴む者が居た。
私が驚いて目を開けると、グイッと上へと引っ張られていく感覚がして、その暖かな手の持ち主を確認する。
するといつ間にか私は海から顔を出していた。
肺に入った水を吐き出そうと無意識に咳き込む私の横で、私が溺れない様にと支えてくれている。
その人物は今は仮面を外して、惜しみなくその綺麗な顔を────いや、前言撤回しよう。
惜しみなくその綺麗な顔…なんかではなく、惜しみなくその怒りの表情を私に向けていたのだった。
「ごほっ、こほっ!!」
「ほら、見ろ!! お前、海に落ちた挙句、溺れてるじゃないか!!!」
『僕たちの言う事聞かないからこうなるんですよ?!スノウ!!』
「ご、めん…!ゴホゴホッ、まさか、けほっ、反対側から傾けられる、とは…!」
「とにかく今は喋るな!また水飲むぞ!」
未だ噎せている私を見て、ジューダスが船を見上げると船員達が何かの合図を送っている。
そしてロープが船から下ろされると、ジューダスはスノウを支えながらそのロープの所まで泳いだ。
そのロープをジューダスが掴んだのを見た私は、首を横に振って彼に先に行くよう噎せながら伝えた。
近くには凍ってはいるがフォルネウスもいるし、危険だからだ。
私が凍ったフォルネウスまで取り敢えず泳ごうとすれば、彼の拘束が一段階強くなり、彼はロープを掴んだそのまま上へと合図を送っていた。
すると急に浮遊感が私を襲い、彼が腕で支えてくれている証拠でもある腹部が圧迫される。
それに余計に噎せてしまい、背後ではその私の様子を見て彼が鼻で笑っていた。
船に上がった瞬間、私をボトリと甲板に落としてくれた彼は前髪を掻き上げて私を見下ろしていた。
私はそのまま甲板の上で横になり、顔の前に腕をやりながら咳き込む。
何人かの船員が私を心配してくれて、肺の水を出すのを手伝ってくれるかのように腹部や胸を圧迫してくれる。
しかし船乗りの力は強い……。
無理に圧迫され、今度は呼吸困難に陥りかけて私は必死にその手から逃げるように体を無意識に捻らせる。
『自業自得とはいえ…………あれは、死にそうで可哀想ですねー…?』
「……ふん。」
今度は船乗りさん達から背中を目一杯叩かれ、涙目になる。
無論、優しさでやってくれていることなど、百も承知なのだが…。
「ゲホッ、うっ、ゴホッゴホッ…!」
明らかに咳き込みとは違う咳が出て来るのが分かる。
……これなら、海の中にいた方がマシまである。これはなんて拷問だ…?
止めさせようと声を出そうとするが咳き込むせいで出せず、私は遂に意識を手放した。
「おいおい!このあんちゃん気絶したぞ!!」
「医務室だ!」
筋肉隆々の船乗りの肩に担がれたスノウを見て、僕は再び鼻で笑う。
顔色悪く気絶した彼女から視線を外して、自業自得だと呟いた。
………………………………
………………
……
────あの時、本当に息が止まった。
歓喜の声が上がった甲板へと酔いが回りながらも向かっていた僕は、次の瞬間、傾いた船で壁へと激突していた。
それほど、この船は傾いていたのだ。
流石に船酔いでフラフラしていた僕にはその傾きはキツい物があった。
こんな傾き、普段なら大丈夫だというのに。
……というより、アイツはこの傾きに耐えられているのか?
『大丈夫ですか?坊ちゃん。』
「はぁ、はぁ……あぁ…、大丈夫、だ…。」
『(絶対大丈夫じゃない奴じゃないですか…。あー、こんな時スノウが居てくれたら…。)』
漸く辿り着いた甲板は傾いた船のまま、フォルネウスへと向かう者と、悲鳴をあげて海を見ている船乗り共が居た。
その中でも“蒼空のような髪の兄ちゃんが落ちた”と聞いた瞬間、僕は息を詰まらせた。
そんな色の髪の持ち主を、僕は一人しか知らないからだ。
それにあんな派手な色の髪、他に乗客で乗っていた記憶はない。
と言うことは───
僕は酔いのことなど一瞬で忘れて、慌てて仮面を脱ぎ捨て、船乗り共がいる方の欄干へ手と足をかける。
そして迷わず僕は凍ったフォルネウスのいる海へと飛び込んだ。
「(何処だ…!何処にいる…?!)」
下を見れば、手を伸ばしたまま目を閉じたスノウがいた。
しかしどんどんと沈んでいくその様子に、ただならぬ気配を感じ取った僕はすぐさま潜水を開始して彼女の手を強く掴み、引き上げる。
そのまま僕は海面へと向かって泳ぎ、急いで彼女の顔を海面から出してやると、すぐに息を吹き返して噎せこむ姿を見て、ホッと安堵した。
それと同時に怒りを彼女へ向ける。
「ほら、見ろ!! お前、海に落ちた挙句、溺れてるじゃないか!!!」
『僕たちの言う事聞かないからこうなるんですよ?!スノウ!!』
「ご、めん…!ゴホゴホッ、まさか、けほっ、反対側から傾けられる、とは…!」
「とにかく今は喋るな!また水飲むぞ!」
僕は船乗り共が下げたロープを掴み、スノウを固定している腕を強めたが、彼女は首を横に振って僕だけを先に行かせようとする。
しかもどこに行こうと言うのか、僕の腕から逃げる様に泳ごうとする彼女に僕は更に腕の力を強めた。
……前にも言ったが、こいつくらいの重さならばどんな傾きだろうが、ロープで引き上げてもらうだとか、そんな事は僕にとって簡単な事であり、耐え切れるのだ。
そんな心配する前に自分の心配をしろ、と怒りかけたが、その前にロープが引き上げられていくので更に彼女の腹部を強く固定すれば、流石に彼女の胃の中にあった水が吐き出される。
「う、ぐっ…!ゴポッ!!!」
これで大分水抜きも出来たであろう。
噎せている彼女を横目に、船に戻ってきた僕達。
僕はそのまま甲板に彼女を放り投げれば、彼女は甲板で蹲り、そして咳き込みながら仰向けになると腕を顔の前にやっていた。
そこへ船乗り共が馬鹿騒ぎしながら彼女の胸や腹部を押さえ、水抜きを手伝ってやっているが……。
「(コイツら…、スノウを殺す気か?)」
『自業自得とはいえ…………あれは、死にそうで可哀想ですねー…?』
「……ふん。」
結局呼吸困難で気絶した彼女を見送る羽目になり、その後僕は二体目のフォルネウスへ怒りをぶつける様に参戦した。
無論、こちらの勝利で終わりだ。
『スノウ、大丈夫ですかねー?』
「水抜きもちゃんと出来ていた。彼奴なら大丈夫だろう。」
そんな話をしていれば、何故だかスノウへの面会は禁止されており、そこで僕は初めて顔を顰めさせる。
……そんなに何処か悪かったのか?
それとも、あの屈強で力加減というものを知らなさそうな船乗り共の力で骨を折られたか?
そんな物騒なことを思いながら面会禁止の理由を医師から聞けば、それは僕にとってはどうでも良いことでは無い事が分かる。
僕が海に入った時、海の水温は別に低かった訳じゃない。
しかし彼女は、海に少しでも深く沈んでいたのもあり、……そして彼女の場合は昔のトラウマも有るので余計にだろうが、低体温症気味なのだとか。
……確かに海は底へ行けば行くほど水温が低くなる。
それを数分だろうが数秒だろうが、水温の低い所にいて、更にそこで藻掻けば藻掻いてしまうほど低体温症を引き起こしやすくなってしまい、挙句の果てには病院に搬送…というのは決して珍しくない。
そんな彼女は今、暑い場所で療養しているらしく、他の人が熱中症にならないように面会禁止にさせているのだとか。
僕はそんな医師の言葉を無視して、彼女の元へと向かった。
……彼奴の体を温めてやるのは僕の役目だと…そう思っているから。
「…はっ、」
一室にストーブが焚かれている。
そこに入ると確かに医師の言う通り、あまりの暑さに息が詰まる。
しかしこんな所に彼女一人を置いておくのもどうかと思うが…。
荷物置き場になっているのか、木箱が沢山積まれている一角に、彼女は毛布にくるまってフルフルと小刻みに震えていた。
その海色の瞳は閉ざされたままで、僕は駆け寄って彼女の頬に触れた。
するとこんな暑い部屋の最中に、僕の手は氷のような冷たさを感じ取ってしまった。
低体温症
すると氷のように冷たい彼女の体温。
今の暑さを感じている僕にはその温度が調度良いが、それが異常なんだと気付くのに時間は掛からない。
「馬鹿…!だから言ったのに…!」
またしても彼女は自分の命を軽視している。
こんなにも簡単に、死に脅かされるというのに。
必死になって彼女の体を温めていると、目を閉ざしているのに彼女は僕の服をキュッと握っていた。
それに息を呑んだが、すぐに彼女の体を温めることに専念する。
少しずつ……ほんの少しずつだが、彼女の体温が戻りつつある。
それにホッとしながら、僕はふと自分の事で笑ってしまう。
さっきまであんなに船酔いで酔っていたのに、彼女の事でそれどころじゃなくなったし、あれ程怒っていたというのに今じゃ心配で心配で堪らないくらいだ。
何時だって彼女に振り回されていることに、僕は笑いながら嘆息した。
「……あたたか、い……」
「…!」
彼女の意識が戻ったのか、蚊の鳴くような声で彼女がそう言った。
それに僕が彼女の顔を覗き込めば、彼女の海色の綺麗な瞳がほんの僅かだが開かれていた。
相変わらず血色の悪い唇の色をしていたが、それでも意識が戻った事が今の僕には嬉しくて、彼女を抱きしめる力を強めた。
「……もう、お前は甲板出入り禁止だ。」
「……ジュー、ダス…?」
「まだ寒いか?スノウ。」
「……ううん、とても…温かい、よ…?」
そう言って彼女は僕に擦り寄って、温もりを求めた。
その彼女の体温は到底戻ったとは言えないような体温だった為、すぐに「嘘つけ」と僕は零した。
それでも彼女の口元は、嬉しそうに弧を描いていたので………………まぁ、今は良しとしよう。
【酔いと羞恥、時々、怒りと心配。】
____「(僕は……お前が心配で堪らなくなるんだ。だから、僕の前から消えるな、馬鹿。)」
____「(あー…温かい……。でも、この後きっと…説教だろうなぁ…?クスッ…。)」