カイル達との旅、そして海底洞窟で救ったリオンの友達として彼の前に現れた貴女のお名前は…?
Never Ending Nightmare.ーshort storyー(第一章編)
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久方ぶりに、デザート作りに勤しんでいる。
最近はあまりにも忙しなく時間が過ぎ去ってしまい、デザート作りに勤しむどころか…料理に手を付ける事さえ中々出来ずにいた。
しかしそんな事も過ぎ去ってしまえば後の祭り。
「さて───いちごが沢山のショートケーキを作りますかね。」
彼の好物の中でも、割と上位を占めていた気がするいちごのショートケーキ。
これは彼の為に作る───のではなく、依頼によって作る羽目になったケーキだ。
「スノウ?準備は出来たかい?」
ナナリーが心配そうにこちらを覗き込み、その手には大量の生クリームがあった。
恐らくこれからあの生クリームを泡立てていくのだろうが……大変そうだ。
「そっちを手伝ってあげたいのは山々なんだが…」
「いいの!こっちは気にしないでおくれ!こっちはこっちで、ちゃーんとやるからさ!」
ナナリーが力こぶを見せて腕を叩いた事で私は思わずクスッと笑い、手を振った。
それに手を振り返してくれたナナリーは、嬉しそうに去って行った。
「さて、やりますか。」
いつだったか、ウェディングドレスを着させられたあの“アンシャンテ”という会社から再び私達にお呼びがかかり、改めて依頼をされた。
今度は結婚式の予行練習をするそうで、全体を見直したいから本格的にケーキやらドレス衣装やら…全部が仕込まれた結婚式を上げる羽目になった私達。
その中でも一番の大役はここには居ない。
今頃逃げ出して、そしてあの軍隊のような動きをするメイド達に捕まっている頃だろう。
「離せっ…!!僕はっ、絶対にっ、やらないぞっ!!!」
あぁ……やっぱり捕まってたか。
ケーキ作りに肝心なスポンジ作りをしながら、私はその声に耳を傾けた。
勿論全員が役を決めて依頼を頑張ろうとしていた。
……しかし、だ。
何故か新郎新婦役だけが決まらず、何も役を請け負っていなかったジューダスにその役の白羽の矢が立った訳だ。
今回は新郎側としてやることになったはずのジューダスが何故か激しく嫌がり、抵抗する姿を見せているのに私は不思議な気持ちで彼を見ていた。
前回はウェディングドレスを着させられたからあんなにも嫌がっていたのだが、今回はちゃんと新郎役であり、男の花形である。
ウェディングドレスを着るわけじゃないのに、何故あんなにも激しく抵抗しているのだろうか?
『いやぁ……坊っちゃんに同情しますよ……。』
「同情などいらん…!!それより、この場をなんとかしろ!シャル!」
『いやぁ……無理ですって…。』
メイド達に拘束され、身動きの取れなくなったジューダスは目の前にいるメイド達を睨みつける。
そして───
「ああん!ジューダスさまぁ!」
今回の花嫁候補が身動きの取れないジューダスに思い切り抱き着いた。
その瞬間ジューダスの体は身の毛がよだち、悪寒と恐怖に苛まれていた。
「離れろっ…!!」
「もうっ、照れ屋さんなんだから!」
見た目は美人だ。
そして胸もあり、誰がどう見ても今回の花嫁候補の適任者。
一度私は苺を取りに行く為、例の騒々しい廊下を通る。
「…! スノウっ!!」
「今日もやってるね…?ジューダス…。」
ジューダスの体に擦り寄る花嫁候補さんを見て、苦笑をした私だったがすぐに他の調理員に声を掛けられ慌てて苺を取りに行く事になった。
「スノウ───」
「……あの人、なんかムカつくわ。」
「……?」
急に態度を変えた花嫁候補がスノウが通り過ぎた廊下を恐ろしい形相で睨む。
そして爪を噛み、ギリギリと歯ぎしりをする。
「ジューダス様は私の物なのに、なんか……あの男、ムカつくわ。」
「……!」
見た目や声が中性的なスノウ。
その上、今はパティシエの服を着こなし、髪も後ろで纏めているため見る人から見たらそれは“男”になる。
だからこの花嫁候補はスノウを見て“男”だと言い切ったのだ。
「まるでジューダス様の一番は自分だと言っているみたい。…………腹が立つし、ムシャクシャする。」
『うわっ、完全なる修羅場じゃないですか…!どうするんですか、坊っちゃん。』
「……。」
花嫁候補はジューダスからそっと離れると、再び廊下を睨み付けた。
そして口をへの字にすると、何処かへ颯爽と去って行った。
そしてそれを黙って(身動きが取れないだけ)見送るジューダスだった。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
___束の間の休憩中
私とジューダスはこの施設のラウンジで束の間の休憩をしていた。
二人並んで長椅子に座り、お互いの近況を話し合っている。
「こっちは順調だよ?君の所は……言うまでもなさそうかな?」
「絶対に僕はやらん。……というよりお前、大丈夫なのか?」
「?? ケーキなら順調だけど…。あ、もしかして苺が足りないの聞いてたのかい?」
「そうじゃない。……無事ならいい。」
そんな話をしていると、二人の間に割り込むように何かが入ってくる。
「ちょっと!ジューダス様に近寄らないでくれる?!」
「「!!」」
急に割って入って来られたものだから、二人して驚き中央に座る人物を見る。
ジューダスは一瞬身震いをし、間に入ってきた人物を睨んだ。
「何をしに来たっ!?」
「良いじゃない!花嫁候補の私が花婿候補であるジューダス様の近くに居ることがおかしいとでも?」
「おかしいに決まってるだろう?! スノウ、これには訳が───」
急いでこの修羅場の理由を話そうとしたのか、ジューダスが慌てた様子で私を見た。
しかしポカンとした私に彼も唖然と言葉を止める。
「……あぁ、失礼。麗しきsposa、ご機嫌はいかがかな?」
そう言って私は花嫁候補の手を取ってその甲へとキスをした。
その私の手を叩き、嫌がった花嫁候補へと目を瞬かせると、目の前の花嫁候補は私をキッと睨んでくる。
「やめてくださる?!この手は全てジューダス様の物ですのよ!!それにジューダス様は私の物なんですから!もっと離れて下さいまし!!」
「なっ?! スノウ、違うっ!!」
「……ふふ。」
「「??」」
「ふふ、あっはっはっはっ…!!」
腹を抱え笑い出した私に、花嫁候補は信じられないという顔をしているし、ジューダスは慌てふためいている。
涙が出そうになり、目尻を拭うと花嫁候補は遂に怒り出した。
「な、なによ!!人を見て笑うなんて、信じられないわ!!」
「ふふ、あぁ…失礼。余りにも可愛らしいsposaだと思ってね?」
「大体!貴方、さっきからなんですの?!スポーザ、スポーザって!私にはちゃんと“カルミア”って名前がありますのよ!!」
「そうか。それは失礼した。カルミア嬢?」
胸に手を置き、礼をした私にカルミア嬢は調子が狂ったように戸惑っていた。
「改めて、カルミア嬢。先程の私の無礼な行いを許して欲しい。貴女にはそんな可憐な名前があったのに、不躾に呼んでしまったことに関して、ね?」
「…!」
指を鳴らし、手の中から薔薇を一輪出せば彼女の瞳はみるみる内に輝いていく。
それはまるで子供のように目を輝かせ、薔薇を受け取ったカルミア嬢に私は再び手背へと口付けを落とした。
「あ、あ…!」
「その薔薇を君に差し上げよう。だから許してくれるかな?」
「……。」
顔を真っ赤にさせたカルミア嬢はそのまま私の手をまた叩き落とし、しかし薔薇はしっかりと受け取ってそっぽを向いた。
「ふ、ふん!仕方ないから、受け取ってあげるわよ!!べーっだ!!」
舌を出したカルミア嬢はすぐにこの場から逃げ出して、走り去っていく。
その後ろ姿を微笑みながら見ていれば、隣から何やら視線を感じる。
それを見れば、ジューダスとシャルティエが私のことを胡乱げな表情で見ていたことに気付いた。
『スノウのばーか。女ったらしー。』
「……はぁ。さっきまでの僕を殴ってやりたくなった。」
「酷いなぁ?女性に優しくするのは紳士として当たり前だろう?」
「なら、お前がやればいいじゃないか。花婿候補を。」
「じゃあ、私の代わりに君が苺のショートケーキを作ってくれるのかい?」
「……。」
黙り込んでしまった彼に「ほらね?」と笑えば、無駄なく舌打ちされた。
どうもあの花嫁候補の事が苦手らしいジューダスに苦笑しつつ、私の休憩時間が終わりそうだったので、ここでジューダスと別れた。
「……。」
とある人物がその様子を見ているとも知らずに。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。
___その日の夕食どき
カイル達も仕事がひと段落したようで、それぞれ食事をしようと食堂へと集まっていた。
流石に大手の会社なだけあり、食事もご馳走になる事になった私達は食事を取りに行き、テーブルにつきそれぞれの食事を堪能していた。
時折会話が盛り上がったりもして、それはそれで楽しく食事をしていた。
「……はあー。」
「酷い溜め息だ。」
「お前なら分かるだろう…?僕の苦悩が……。これだから女は…苦手だ…。」
「ふふ。彼女は愛らしい人だと思うよ?とても一途な乙女だ。」
「──お前は僕達のあれを見てどうも思わないのか…?」
隣に座ったジューダスがムッとしたようにそう話す。
しかし私にはその質問の意図が読めず、首を傾げてしまうと彼はそれを見て再び大きな溜息を吐いて「もういい」なんて不貞腐れてしまった。
そこから彼は黙々と食事を食べ進めてしまうものだから怒らせてしまったな、と反省をして私も食事を再開した───その時。
ガキンッ
「っ!?」
私は口内で起きた鋭い痛みに思わず口元を押さえた。
そしてそれを目敏く見つけたジューダスがまだ怒っているのか、こちらを睨んだ。
しかしその表情はすぐに変わることとなる。
スノウの押さえている手と口の間から血が滴り落ちたからだ。
「っ?!」
まさかその光景をジューダスが見ているとは知らない私は、そのまま何事も無かったかのように見せかけるためテーブル上のナプキンを手に取り、そのまま口に当てた後椅子から立ち上がって静かにその場を去った。
「スノウ───」
ジューダスが慌ててスノウの後を追いかけたが、食堂を出たあとスノウの姿を視認することはなかった。
どうやらすぐ何処かに飛んでしまったようだ。
『え、さっきのって血…でしたよね?!という事は、スノウの食事に毒が…?!』
「……こんな事する奴は一人しかいないだろう…!?」
静かに怒りに震えるジューダスは中で呑気に食事を取っている花嫁候補を睨む。
元々花嫁候補はスノウを疎んでいた。
仮に食事に毒が入っていたなら、それを実行するのはもうあの花嫁候補しかいない。
食事後、ジューダスはその花嫁候補を別の場所へと呼び出していた。
「何ですか?!ジューダスさま!」
「……貴様、スノウの食事に何をしたっ…?!」
「???」
しかし花嫁候補はまるで知らないとでもいうように首を傾げていた。
それにジューダスは更にイラついた様に花嫁候補の肩を掴む。
それに強ばる顔だったが、ひたすら知らないの一点張りだった。
『坊ちゃん、本当に知らなさそうですよ?』
「……。」
何が何だかという花嫁候補だったが、ジューダスの顔を見て必死そうな様子は伝わっていた。
と、いうことはきっとジューダスと仲の良かったあの男の人に何かあったのだろうことは窺えた。
「何が起こったのか教えてくださる…?」
「……詳細は分からん。だが、あいつの食事に毒が盛られていた可能性がある。」
「え?!毒…?!」
花嫁候補は慌てて自分の体を見る。
そして顔を真っ青にさせ、両頬に手を当てていた。
その事から彼女はこの事に関与していない気がした。
「…すまない、疑ったな。」
「い、いえ!それで、そのスノウさんは…無事ですの…?」
「…それも分からん。見つかってないからな。」
遠い目をしたジューダス。
それは今は隣に居ない彼女の事を思い出していた。
……
………………
………………………………
「…いててて。あー、深く刺したね…。」
口の中からペッと出したのは、ナイフの欠片。
しかもご丁寧にちゃんと研がれていて、欠片にしては殺意の高めのナイフの欠片だった。
それで口腔内を切ってしまい、そこらじゅう血だらけだ。
……痛いったらありゃしないね。
「(誰かに嫌われるような事したかな…?)」
一瞬思い出したのはカルミア嬢だったが、彼女がこんな奇行に走るとは思えない。
それに調理室の出入りをしない彼女が、これだけピンポイントに…、私の食事だけに異物を入れられるはずが無い。
──と言う事は、だ。異物を入れられたのは限られた人物しか居ない。
この夕食を作った誰か……若しくは、調理員と仲の良い且つ私を恨んでいる誰か、だ。
「……。」
喋ると途端に口から血が出てしまう。
明日に支障が出そうな予感に静かに私は大きな溜息を吐いた。
*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○
___翌日
私は風邪を引いたという名目でマスクをさせて貰い、喉が痛いからと喋られないフリをしていた。
……でないと、口からまた血が滴り落ちてしまうから。
それに気付かないジューダスじゃなかったが、私が笑顔で手を振って去れば彼は悲しそうな顔をしてその場で留まってくれた。
……レディにあんな顔をさせたい訳じゃないが、この問題に突っ込まれると彼にも被害が行きかねない。
だから今日の私は自分の心を鬼にして生きるのだ…!
「(はぁ……)」
午前の休憩中も独りで過ごしているのだが……なんと言っても彼の成分が足りない。
あれだけいつも話をしたりしていたのだ。
急に独りになると途端に彼が欲しくなる。
……彼を充電したい、今すぐに。
「スノウ…さん!!!」
そこにカルミア嬢が現れて、私は目を瞬かせる。
そして、ててて…という可愛らしい音を出しながらこちらに駆け寄ってきてくれるカルミア嬢へ、椅子から立ち上がり待った。
昨日と同じで赤い顔を隠しもせず、私の方に駆け寄ってきてくれた令嬢は手に持っていたものを私にそっと渡してくれる。
「こ、これ…!作ったんですのよ!」
「(カルミア嬢が私にわざわざ作ってくれたのかい?)」
以前やっていた文字入りフリップを出し、カルミア嬢にそれを見せる。
流石に風邪気味だと聞いていたのか、それを見ても何も言わずに目の前の令嬢はただ頷いた。
「あ、朝……食べてないようでしたし。風邪ならこれがいいと思いまして……。」
言葉が尻すぼみになっていく令嬢に、言われるがまま中を開けると、そこには可愛らしくデコレーションされたプリンやゼリーが入れられていた。
そこには明らかに昨日入っていたようなナイフの欠片だとか危険物は見当たらない。
やはり犯人はこの子ではないのだ。
「い、今!食べてくださる…?」
「(後で……と言ったらカルミア嬢を悲しませてしまうかな?じゃあ、遠慮なくいただくよ。)」
フリップを出した私に目を輝かせた令嬢は、今か今かと感想を待つ乙女の顔をした。
それに苦笑しつつ私は血が落ちないようにゼリーに手を付ける。
付属されたスプーンでそれを一掬いして口の中に入れれば、待ちきれないと令嬢が感想を乞う。
ゆっくりと味わった私は再びフリップを出して感想を伝えた。
「(うん、美味しいよ。カルミア嬢の愛情が一杯詰まってるね?)」
「…!!」
嬉しそうにモジモジし出した令嬢を見てゼリーを食べてしまう。
空っぽのゼリーを見せればこれまた嬉しそうに身体を揺らすものだから、あまりの可愛さに頭を撫でた。
「…?」
しかし令嬢が何かの異変に気付いたようで私の口元を見ていた。
……まずい、血が出てたか…?
「…っ!!?」
途端に口元に手を当て、震えながら私を見て後退する。
……やべ。本当に血が出てたみたいだ。
「い、医者を…!!」
駆け出そうとする令嬢の腕を掴んで引き寄せ、そのまま抱き締める。
勿論令嬢に血は付けさせないよ?
「血…、血が…!急いで医者に向かってくださいまし!!!」
「……ごめんね、驚かせたね?」
手で口を覆いながら、それでも令嬢を抱き締める腕は緩めることなく抱き締め続ける。
「ちょっと昨晩ヤンチャしたものでね?口の中が切れてるんだ。」
「そ、それなら尚更早くお医者さまに…」
「大丈夫だよ。これくらいすぐ治るから。」
「……もしかして、昨日ジューダス様が仰ってたのって……」
あぁ、彼にはバレていたのか。
それにカルミア嬢に聞いているなんて、酷い人だ。
これじゃあバレバレじゃないか。
「誰かが毒を盛ったかもって……」
「大丈夫、毒は盛られてないよ。この通りピンピンしてるだろう?」
「ですが…」
その瞬間、何処からかナイフが私目掛けて飛んでくる。
しかしその肝心のナイフ投げも素人同然のお粗末なものだ。
私は令嬢に動かないよう伝え、向かってきたナイフを指で挟みすぐさま指を返し、向かってきた方向と同じ場所へとナイフを投げ返す。
壁に刺さったナイフの近くを誰かが慌てて逃げ出すのを、目を細めながら私は睨んでいた。
「スノウ…さん?」
「あぁ、怖がらせてしまったね、カルミア嬢。」
そっと離した令嬢は何が起こったか分かっていたようで後ろを振り返っていた。
そして壁に刺さったナイフを見て「ひっ…」と悲鳴を零す。
「わ、わたし…!」
「……大丈夫。君は私が守るよ。」
「……。」
不安そうな顔から一変、カルミア嬢は勇ましく腕を捲ると、私の腕を掴んでこれまた力強く引っ張っていく。
どこへ向かうのか。と聞けば彼女は迷いなく振り返りこう答えた。
「医者です!あなたが私を守ってくださるというのなら、あなたも体を大事にしてください!」
「…! ふふっ、そうだね?」
医務室へと連れていかれることになった私は、そのまま大人しく彼女の不器用な優しさを受け取ることにした。
「……。」
『……行きましたね、スノウ…。』
影から一部始終を見ていたジューダスとシャルティエは不安そうな顔でスノウのいた場所を見た。
朝から姿を見せなかったスノウを心配していたが、まさかこんな所で花嫁候補と話をしているとは思っていなかった。
しかし……
『やっぱり犯人は他にいるようですね。さっき明らかにスノウを狙って得物を投げていましたし…。』
「あいつは犯人の見当がついているんだろうな。廊下奥にいた誰かを睨んでいたようだ。恐らくその人物こそ、ナイフを投げた張本人でこれまでの犯人なんだろうが…。」
『僕たちは見当もつきませんよ!?』
「…。」
ジューダスはそのまま悔しそうに拳を握り、天を仰いだ。
__それぞれの思いが交錯していく。
その日の夜、花嫁候補と花婿候補は眠れない夜を過ごした。
そしてスノウは遂に犯人と接触し、とある挑発をしていた。
全ての事が分かるのは、明日に執り行われる結婚式の予行練習、本番当日だ―――
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当日、ジューダスは花婿の衣装に身を包もうとしていた。
そこには大きなため息と一緒に…。
―――トントン
誰かが背後から肩を叩いていた。
それに振り返れば、ジューダスは驚きの表情を浮かべていた。
「お前―――」
……
……………
…………………………
当日、外は生憎の雨になってしまっていた。
しかしそんなじめじめした中でも、結婚式場内はカイル達やスタッフのメンバーで賑やかに溢れていた。
皆一様にその場の相応しい恰好へと身を包み、客席に座っては今か今かと花婿を待っていた。
カイルやリアラも、一度も見たことがない結婚式に胸をときめかせていた。
そんな時―――
ガタ、ギーーーー
結婚式場の重い扉が開く音がする。
そして花婿がその扉から現れた。
澄み渡る空のような蒼色の髪を後ろで纏め、その長い髪を靡かせて堂々と歩くのは―――
「「「え?!/は?!」」」
仲間達の知っての通り、スノウだった。
余裕そうな表情で前を見据え、凛として歩く姿。
そして笑った際の艶やかさといったら……そりゃあ女子受けするに決まっている。
その場の女性が「きゃああ!!」と黄色い悲鳴を上げ、興奮するのを男性が引くかと思いきや、男性は男性でスノウのその艶やかな笑みに引きこまれているではないか。
女性の黄色い声援を受け、その例の笑みで笑いながら手を振れば卒倒する女性。男性も胸を撃たれたように胸を押さえ始める始末。
そうして、ミステリアス且つ妖艶な花婿が壇上に上がり、花嫁を待つように扉の方を見据えた。
「すごい人気ね…?」
「え?っていうか、ジューダスは?」
「僕ならここにいるぞ。」
カイル達と同じ来賓席にいつの間にか座っていたジューダスは花婿の衣装ではなく、来賓用のそれだった。
その上仮面まで外し、惜しみなくその秀麗な素顔を晒している。
どうやらスタッフの面々にその仮面だけは外せと言われたようだ。
「お前…遂に嫌でスノウに任せたのかよ…。」
「違う。あいつに代わってくれ、と頼まれたんだ。」
「「え?」」
「なんだってそんな面倒なことをスノウが?」
「僕も知らん。…だが、何か考えがあるようだな。」
壇上の花婿姿のスノウを腕を組みながら見ていたジューダスの瞳には不安があった。
本番当日に何か起こるかもしれないと思っていたからだ。
しかしそこへ丁度、花嫁が現れる。
ベールで隠された素顔の中には、壇上を見て驚いた顔をするカルミア嬢がいた。
しかし仮の父親役の人にエスコートされ、歩くことを余儀なくされた令嬢はそのまま壇上へ向かって歩き出す。
そしてゆっくりと壇上に上がったカルミア嬢は、スノウを見て呆然としていた。
周りの女性と同じく、その艶やかな笑みに見惚れていたからだ。
そしてこれまた妖艶に手を差し伸べられ、その手をそっと取れば心臓がバクバクと早鐘を打ってしまう。
顔を真っ赤にして困った顔をするカルミア嬢が、その薄いベールの外からでも見えたスノウは一つ笑ってエスコートするように神父の方へ向かせる。
そのタイミングを見計らい、神父が誓いの言葉をこの荘厳な会場に響かせる。
「新郎スノウ。あなたはカルミアを妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時もこれを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います。」
「…!」
更に赤くなるカルミア嬢の頬。
嘘の結婚式だと分かっているのに隣に居るかっこいい花婿のせいでそれどころじゃない。
「新婦カルミア。」
「は、はいっ!」
上擦った声に、僅かに来賓の方から笑い声が聞こえてきてカルミアは恥ずかしさから俯いてしまう。
しかしそれでもスノウが小声で話しかけてくる。
「上を向いて?カルミア嬢。今日はあなたの晴れ舞台だよ?…大丈夫、貴女のその気品は、ここに居る誰にも負けてはいないよ。」
「…!」
スノウの励ましの言葉にカルミア嬢はしっかりと前を向いた。
それに神父が穏やかに笑い、言葉の続きを言う。
「新婦カルミア。あなたはスノウを夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時もこれを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「……誓います。」
「ではベールを。」
二人はお互いに向き直り、スノウがゆっくりと花嫁のベールを上げていく。
そこには頬をピンクに染めた可愛らしい花嫁の笑顔があった。
それにクスリと笑ったスノウは花嫁の左手を掬いとる。
そして指輪を大事な薬指へと通し、花嫁も同様にスノウの左手の薬指へと指輪を着けた。(今頃、セルシウスがポケットの中で騒いでいるに違いない。)
「では、誓いのキスを。」
観客が息を呑んだ音がした。
遂に、観客(主に女性)側が待ちに待った誓いの口づけの時間。
ゆっくりと口が近付いていくのに対して、花嫁はぎゅっと目を閉じ口を閉じた。
それに笑みをこぼしたスノウだったが、観客には見えない所で口が触れる直前で止める。
そして、薄く目を開けたスノウはそのまま扉の方へ視線を向ければ丁度、その扉が荒々しく開かれた。
その現れた人物にスノウはニヤリと笑みをこぼす。
「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁ!!!」
「「「!!!」」」
いきなり入ってきた花婿姿の男性に誰もが扉の方を見た。
その男性はスタッフなら誰もが見たことのある人物―――料理長だった。
まだ若くして料理長となった彼は誰からも信頼されていた。……ちょっとだけ自分に自信がないのが玉に瑕だったが。
「ま、マルス?!」
「カルミア!!」
そう、二人は幼馴染。
今回花嫁候補にカルミアが選ばれた訳は、料理長の知り合いだからということ。
そして料理長マルスは、幼馴染であるカルミアに密かに恋心を抱いていたのだ。
それがどこの馬とも知れぬ男に盗られては、男として……そして恋煩いをしていたマルスにとって許せなかったのだ。
近付いてくるマルスに向かってニヤリと笑ったスノウは、後ろ手に組んで壇上から軽い足取りで降りていく。
「…ようやく来たか。」
「か、カルミアは…渡さないぞ!!」
「「「へ?!」」」
スタッフもカイル達も驚いたように声を上げる。
__「まさかあのマルスがカルミアにお熱だったとは…。」
__「これはどんな展開…?」
仲間達の声が聞こえなかったか、料理長は何処から持ってきたのか木の棒でスノウと対峙した。
それにフッと笑ったスノウは自身の相棒を手にしてマルスへと向けた。
「ここまでやってきたその見上げた根性を称えようか。」
「か、カルミアは…ぼ、僕の…!」
「待ってください!スノウさん!彼は私の幼馴染なんです…!!」
「知っているよ。昨日の夜、本人から確認したからね?」
スノウは艶やかな笑みで、マルスへと手を伸ばした。
そして挑発をした。
「欲しいのなら、自分で手に入れるんだね。」
「うわぁぁぁぁぁぁあああ!!」
へなちょこな攻撃を軽く避けたスノウは、軽く足をかけ彼を転ばせる。
しかしそれに喰いついたマルスはスノウの足にしがみついた。
「うぅぅぅぅぅぅ!!!」
「マルス、止めて!!!」
顔を青くした花嫁がドレスの裾を上げ、急いでこちらに来ようとしたのをスノウが見て、花嫁を止める。
「カルミア嬢、危ないからそこで待っているんだ。」
「で、ですが…!」
「これは、男と男の勝負だからね。女性が入ると危険だよ?」
そう言ってスノウは少しだけ本気を出して足を振り上げた。
しかしその弱い攻撃でもマルスは転がって行ってしまい、少しやり過ぎたかとスノウが反省する。
そんな中マルスがこれで最後だと言わんばかりに叫んで木の棒を振りかざすものだから、皆には見えない程度にスノウが笑い、相棒を構える。
そして木の棒がスノウの手に攻撃をし、スノウの相棒は入口へ飛んでいった。
「「「???」」」
カイル達はその光景を見て疑問を浮かべる。
あんなヘナチョコな攻撃ならば、スノウなら簡単に避けれたし、何なら追撃だって可能だったのはずなのに何故スノウの武器が飛んでいったのだろう?
そんな違和感を拭いきれていないのは今まで戦闘を共にしてきたカイル達だけだった。
他の観客はまるで映画のワンシーンを見ているように、その光景を見ては歓声を上げた。
「ど、どうだっ!!!?」
「…。」
わざとらしく肩を竦めたスノウはカルミアを見ると、苦笑を浮かべた。
「カルミア嬢。」
「は、はいっ!」
「君を守る、と私は言ったけど…どうやらその役目は私じゃなかったようだ。」
「え、」
「カルミアっ!!」
壇上に上がっていったマルスに誰もが視線を向け、釘付けになる。
その間にフッと笑ったスノウは相棒を拾い、そのまま扉の向こうへと消えた。
「…ふぅ…。」
―――酷い雨だ。
外に出ればやはり雨が降りしきっていて、いつものスノウなら嫌がるものだったが今は達成感があるからか、笑みを浮かべて雨の中目を閉じ、天を仰いだ。
そんなスノウにばさりと何かが被せられる。
「おっと…」
「阿呆。風邪をひくだろうが。」
腕を組んで眉間に皺を寄せたジューダスが、スノウを見て口を尖らせていた。
どうやら彼の上着をスノウに被せてくれたようだった。
「ふん。とんだ三文芝居だったな?」
「ふふ。まあね。たまにはこういうのも良いだろう?」
「酷いシナリオだった。」
「良くありがち、と言ってもらいたいね?…でもね、ああいうのに女性は弱いんだよ?折角の結婚式なら、結ばれたい人とやりたいものだろう?」
「…お前、分かってたのか?あの令嬢が料理長の事が好きだと。」
「いや?それについては賭けに近かったよ。」
そんな話をしていると突然中から大きな歓声が聞こえ、それにスノウがふわりと笑っていた。
ジューダスがそれを見て目を伏せ、そしてスノウに近付く。
ジューダスの指がスノウの顎を持ち上げる。まるでそれは今からキスをする恋人同士の様に。
「何かな?もしかして私に口づけてくれるのかい?」
「なっ、」
それに慌てて指を離したジューダスだが、真っ赤な顔でスノウに怒鳴る。
「口の中を見せろと言っているんだっ!!!!!」
「口の中?」
「お前、怪我したんだろう?」
「あぁ…!」
ポンと手を叩いたスノウはそのまま口を開けジューダスに見せる。
しかし、
「あ、やべ…。」
その口の端からは血が滴り落ちていく。
慌てて口元を手で押さえたスノウだったが、もう後の祭り―――
「………ほう?怪我をしているのにこうして動き回っているのか、お前は。」
「あー…。これは退散した方が良さそうだなぁ…?」
「逃がすかっ!!」
走り出した二人だったが、空模様の変化に思わず立ち止まる。
どうやら新たな夫婦の門出に、お天道様も祝福してくれているみたいだった。
「雨が、上がった…。」
「…ふん。中を見てみろ。」
「??」
言われるままにスノウが中を覗くと、料理長とカルミア嬢が顔を真っ赤にして口づけをしているところだった。
それを見て嬉しそうに笑ったスノウは、そのまま指をパチンと鳴らす。
すると、式場の地面には祝福の白い花達が咲き誇った。
「……これは二人に私からの祝い、という事で。」
綺麗な光景に観客も感動したように泣いたり、白い花を見て綺麗だと言っていたり式場はどうやら盛況のようだ。
少しだけ羨ましそうな視線を中に向けていたスノウを見て、ジューダスが少しだけ目を見張る。
「…憧れるのか?」
「うん?」
「羨ましそうだった。」
「そう、なのかな。自分では分からないや。」
それでも先ほどと同じ視線を中へ向けるスノウに、ジューダスがそっとスノウを抱きしめた。
雨でやはり冷えていた体を温めようと強く抱きしめれば、スノウは暖かさを求める様にジューダスへ擦り寄った。
「―――確保、だ。」
「あ、」
その後、ジューダスに引き摺られるように医務室へ連れ込まれるスノウの姿があった。
___2023ジューンブライド記念作品。
【 Je voudrais que tu m’aimes.=貴女に愛されたい。】
___「もっと自分を大事にしろ。…馬鹿。」
___「ふふ。それでもあの夫婦にとってはいい思い出になったと思うよ?」
___「……スノウ、僕は―――」
(*続く…?)