カイル達との旅、そして海底洞窟で救ったリオンの友達として彼の前に現れた貴女のお名前は…?
Never Ending Nightmare.ーshort storyー(第一章編)
Name change.
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私たちはとある町に着き、それぞれ日頃の戦闘の英気を養うべく観光していた。
かく言う私も一人で観光に勤しんでいる。
「ん~。今日も平和だ…。」
歩きながら伸びをすれば、自然と新鮮な空気が体の中へと入ってくる。
リラックス出来ている、なによりの証拠だ。
辺りを見渡しながら店並びを見ていると、レトロな雰囲気のお店を発見する。
どうやら人形店のようで、店先には窓越しに可愛らしい人形たちが並べられていた。
道行く子供にもそれは人気なようで、窓にしがみついて母親に強請る姿もあり、束の間の可愛らしい光景も見られた。
「前々世では結構グッズとかでぬいぐるみとかフィギュアとか買ってたなぁ…。オタクの性っていうか…。あればっかりは仕方ないよねぇ…?」
思い出すのは、今でも大好きなテイルズシリーズのフィギュアやぬいぐるみ達。
折角頑張ってバイトをして貯金を貯めては集めていたが、すぐに人生を閉じる事となり、今や誰の物になっているのやら…。
それでも誰かに大切にされていたら、それはそれで安心するのだが…何といっても違う世界なので確認のしようがない。
諦めて肩を竦めた私はその店を通り過ぎようとして歩き出したその時、背後から誰かに話し掛けられた。
「こんな所で何をしている。」
『やっほー!スノウも買い物ですか?』
聞き覚えのある声にすぐ振り向けば、腕を組んでこちらを見ているジューダスと、腰に提げられピカピカと光り輝くシャルティエが居た。
偶然出会えたことに笑みをこぼして、私は彼との距離を少しだけ詰めた。
「奇遇だね? こんな所で会うなんて。」
「そうだな。―――人形屋か。」
『あれ? スノウって、そういうのに興味あったんですか?』
「昔ね、集めていたことがあったんだよ。(…君達のフィギュアなんて口が裂けても言えないけど……。)」
私がそう言えば、驚いたような二人が視認できる。
どうやら"意外だ"と思われているようだ。
私が苦笑をすれば、シャルティエが慌てた様子でコアクリスタルを激しく明滅させながらフォローをしてくる。
『あ。で、でも!ほら、スノウも女の子なんですから、そういった物があってもおかしくないですよね?! ね!?坊ちゃん!!』
「あ、あぁ…。………というか、何故僕に振る?」
『坊ちゃん以外居ないじゃないですか!』
「ふふ。今日も二人は仲良しだね?」
私が笑った事に心底ホッとした様な二人に更にクスリと笑えば、彼の視線は店の中へと向けられる。
その紫水晶の瞳は若干胡乱げに中を見ているようにも見えた。
「…。」
「どうかしたかい?レディ。」
「僕はレディじゃないと何度言えば……。まぁいい…。何か欲しかったのか?」
「うん?」
「最後、諦めた顔で店を後にしようとしていただろう?」
「あーー……。」
やはり、見られていたか。
目敏い彼の事だから、私が肩を竦めた様子を見て何か勘ぐっているのだろう。
その上、肯定とも呼べるような生返事を返してしまったから逃げる事も、もう不可能だと思っていいだろう。
彼の事だ、私が言うまでしつこく聞いてくるに違いない。
「で?何が欲しかったんだ?」
「うーん、人形が欲しかったわけじゃないんだ。過去を思い出していてね?それでちょっと諦めていたんだ。」
『あ、もしかして集めてた人形たちの行方……とかですか?』
「おー。正解だ、シャルティエ。」
「何だ、そんな事か。」
「ははっ。君にとってはそんなことかもしれないけど、私には……ああ見えて大事なものだったんだよ。」
再び過去を思い出してしまい、店の中を覗く。
ふと見えた人形があまりにも精巧に出来ているものだから、思わず目を引いてしまう。
まるで人形というより、人間その物の様に細かく作り込まれていて素人目でも良く出来ている。
窓にそっと触れた私はその人形をじっと見つめていた。
その姿をジューダスが探る様にじっと見ているとも知らずに。
「…。(人形、か…。僕には興味ないものだが…こいつがここまで言うんだ。……大事なものだったんだろう。)」
目を伏せたジューダスがスノウに声を掛けようとして口を開いた。
しかし、声を出すその前にほんの少しだけ寂しそうな顔で笑って逃げられてしまった。
「少し、用事が出来たから私は行くよ。」
「あ…、」
伸ばした手は空を切り、スノウは何処かへ行ってしまった。
そしてジューダスが眉間に皺を寄せ頭を少し掻くと、腰にあるシャルティエが話しかけてくる。
『なんだったんでしょうね?スノウにとって、大事な人形って…。中に同じ物でもあったんでしょうか?いやに中を気にしていた様子でしたが…。』
「……入ってみるか。」
『さっすが坊ちゃん!スノウの為ならどこへでも…って、ぎゃああああああ!!!』
ジューダスが青筋を立てながらシャルティエに付属されているコアクリスタルに爪を立てる。
今まで一度も傷がついたことがない事をいいことに、ジューダスは遠慮なく彼を制裁し、強制的に黙らせた。
その行為に不貞腐れたシャルティエだったが、自分のマスターが店の中に入っていったのを優しく見届ける。
何だかんだ、スノウの為に色々としてあげる優しい自分のマスターを誇りに思っているから何も言わないのだ。
___しかし、これが後に後悔することとなる事を彼らはまだ知らない。
‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥………‥‥・*・‥‥
「あっぶな…。」
一度逃げたスノウは、胸に手を置いてホッと安堵の息を吐いていた。
あれ以上聞かれていたら、何も答えられない。
いや…答えられるはずもない。
「君にそっくりのぬいぐるみを持ってます、なんて……言える訳ないじゃないか。」
あぁ、思い出すだけで冷や汗掻きそうだ。
割と足早に逃げたから、彼も流石に追ってくることはしないだろうし……昼食まで適当にぶらつこう。
それで昼食の美味しそうなところを見つけたら、今度こそレディを誘ってデートでもしようかな?
次々と立つ計画に胸を躍らせながら、私は再び町を歩き出した。
__この時の私は知らなかったんだ。
あの時、ジューダスの前から逃げなければ良かった、人形店の前で立ち止まらなければ良かった、と思うなんて。
「あ、ここよさそうかも。」
町を適当にぶらついていた私は、今日の昼食の場所の見当をつけていた。
折角デートに誘うから、良さそうなところを見繕っていたのだが…どうやらここが良さそうだ。
という事は、後はレディさえ見つければ私の今日の計画は完遂される。
「よし、探しに行きますか。」
今来た道を戻りながら目的の人物を探しているが……どうにも見つからない。
おかしい、ここまで探しても見つからないというのはどういう事だろう?
この町は決して広い訳じゃない。
なのに、こんなにも会えないなんて不思議なものだ。
他の仲間達のは途中で逢えて、手を振り返したというのに。
「…もしかして、何処かの店の中に居るとか…か。」
買い物をしていたらしい彼らの事だ。
何処か店の中で買い物をしているのだろう。
一応最初に出会った人形店の店の前までやってきた私は、中に居る店主に彼がどっちに向かったか聞くことにした。
「お邪魔します。」
カランと鈴の音が鳴り、閑古鳥の鳴きそうな店の中へと入る。
店構えの通り古い店なのか、懐かしいような、古めかしいような、そんな匂いが私の鼻についた。
「すみません。」
中に居るだろう店主に声を掛けようとするが、店の中には誰も居ない。
恐る恐る店中を歩けば、そこら中に陳列されている人形の視線が私に向けられている気がして、無意識に緊張が走った。
あまりにも精巧な人形たちだからこちらを見られていると錯覚しているのだ、と考え直した私は一度深呼吸をした。
「……誰も居ないのか?」
口元に手を当て、考える仕草をした私は首を捻りながら店奥を覗き込む。
しかし店自体が暗いせいもあって、奥の方まで見えそうにない。
これは仕方ない、と踵を返そうとしたその時だった。
「~~~!!」
感動したように口を押え、必死に声を出すまいと息を止める。
何故、そのような行動になったか…。
それは、陳列されている人形の中にジューダスに似た……いや、もう本物だと思えるような精巧な人形が並べられていたからだ。
思わず小走りでそれに近付き思い切りしゃがんだ私は、彼と同じ紫水晶の瞳を持つその人形と視線を合わせる様に目線を合わせた。
「可愛い…!!」
口元を押さえていても、思わず零れた本音。
絶対に仲間の前ではそんな女性らしい事はしない。
…絶対に。
「なんて、美しく…綺麗なんだろう…!」
はやる心を止めようにも以前のオタクというやつが前面に出てしまい、どうしようもない。
私は店の中をぐるっと見渡し誰も居ない事を確認してから、そっとその人形に触れた。
何故かほんのり暖かな人形に疑問を持ったが、そんなことよりも彼に似た物がこの世界にもあるということに驚きを隠せず、同時に歓喜と天に召されそうな気持ちをどうにかしようと必死だった。
そっとガラス細工を扱うように両手で優しく持ち、そっと頭を撫でると、嬉しさで顔が緩んでしまう。
「まずい…。前々世での自分が前に出てきてしまう…。」
それだけは何としても抑えなければ…!!
しかしあまりにも精巧に出来ているが、ここの店主は何の目的のために彼の人形を作ろうと思ったのだろう。
…いや、気持ちは分かるが。
「そうだよね…。レディは人形のモデルになれるほど美しいからね…。その気持ち……分かる。」
うんうんと頷き、思わず値札を探す辺りもうオタクが抑えきれていない。
それに気付かず、私は値札を探し続けた。
「……出来上がったばかりなのかな?値札がない…。」
買うつもりである私だったが、そのジューダスの人形がじっとこちらを見ている気がしてその紫水晶の瞳を見つめた。
何かもの言いたげな顔をしているような気がしたが…。
「いやいやいや…。それはもうまずいって…。」
幻覚にもほどがある。
流石に前々世の私でもそこまでは無かった。
うん…断じてなかった。
ほら、今は本物が近くに居るから…、彼の感情の断片を毎日のように見ているからそう見えるだけなんだ。
「…欲しい。」
こうやって人形でも近くに居てくれたら、彼が居ない間の寂しさを埋めれる気がする。
思わず目を伏せた私だったが、後ろに気配を感じて振り返る。
そこには優しそうな眼鏡をかけた男性がこちらを見ていた。
「いらっしゃい。」
「あ、すみません。店の商品に触れてしまって。」
私は元にあった場所へと人形をそっと元に戻す。
そして店主に向けて次に聞くことは、もう私の中で確定していた。
「因みにお値段幾らですか?」
「ふふ、ははは。その人形がとても気に入ったようですね。」
「はい。あの人形のモデルになった人かは知りませんが、そっくりな人がいるんです。もし彼が近くに居なかったらこの寂しさを埋められるかな、と思いまして。」
「そうですね。人形は人の心にある寂しさを埋める事が出来る唯一のものです。あなたにもそれが分かってもらえて嬉しいですね。」
「…昔、沢山持ってたので。」
そう言うと店主は一度目を丸くしたが、優しそうな顔を再び私に向けた。
そして私の頭を撫でた。
「貴女みたいな人に持ってもらえて、その子たちはきっと嬉しいに違いない。僕には分かりますよ。」
「ありがとうございます。」
「因みに値段なんですが…、それは商品ではないので…。」
「そうですよね…。こんな美しいもの、中々複数作れるものじゃありませんし…。」
「すみません、他の人形でしたらお買い求めいただけますよ。」
「ありがとうございます。」
そう言って私は一度そのジューダスに似た人形に目を向ける。
そして気になったことを聞いてみた。
「そういえば、何故この人形を作ろうと?」
「……あぁ。その人形ですか? 何か、作りがいがあると感じまして。それで作ったんです。」
「モデルになった人が?」
「ええ。モデルそのものみたいでしょう?」
「ふふ。はい、全く同じに見えますよ。ディテールが細かくて、こんな人形が作れるなんて私からすると羨ましいです。時間があれば教わりたいくらいですよ。」
「……では、見てみますか?私が人形を作るところを。」
眼鏡の奥の瞳が僅かに揺らぐ。
何故か怪しい光を湛えている気がして、私は目を瞬かせた。
「良いんですか?そんな商売道具を簡単に見せてしまって。」
「ええ。貴女みたいな綺麗な人、滅多に見かけませんし……丁度貴女の人形も欲しくなってしまって。」
そう言って店主は私に手を伸ばした。
その手は何処向かっているのか、私の顔の前に手を翳すと何処からか彼の切羽詰まった声が聞こえた気がした。
《―――逃げろ、スノウ!!》
「っ?!」
思わず聞こえた声に従って逃げてしまった私を、店主は不思議そうに見つめる。
「どうしました?何かありましたか?」
「え、」
私だって分からない。
何故か、さっきの手から逃げないといけないような気がしたのだ。
それに聞こえてきた彼の声も気になる。
「なんか、逃げろと言われた気がして…。」
「……ほう?それはどこから?」
「後ろ、から…?」
後ろといえば、彼に似た人形があるだけだ。
そして声の主も彼だった…。
………遂に私は、人形が声を発するという幻聴が聞こえてしまった、のか?
「貴女には人形の声が聞こえるんですね。」
「え?」
まるで人形が声を出すのが当たり前だとでもいうように、目の前の店主は言う。
それに驚きながらもじりじりと詰め寄る店主に、私は思わず後退していく。
「どうして逃げるのですか?」
「なんでだろうね…?」
後ろにあるジューダスの人形のところまで下がりきってしまい、逃げ場はない。
だが、逃げなければならない気がした。
だって…店主の瞳には先ほどまであった優しさなど微塵もなかったのだから。
「彼を…、ジューダスをどこにやった…?」
確証なんてない。
でも、それくらい店主の瞳は怪しく光って狂気に満ちた顔をしていたし、ジューダスの声がこの人形から聞こえた理由が他にない。
漫画とかでよくある魂を人形に移したんだとか、そういうのだったら…。
「貴女が似ていると言った人なら、恐らく貴女の後ろにありますよ。」
「う、そだ…。」
顔を青くしながら後ろの人形を見る。
何故かその人形は、必死に何かを伝えようとしてくれているように見えた。
私はその人形を大事に抱えると、急に襲い掛かってきた店主の腹に蹴りを食らわせる。
周りの人形を巻き込みながら倒れた店主の横を通り過ぎ、私は急いで店の扉を開けようとした。
「―――開かないっ!!」
どうやら店主は最初から襲うつもりで私に話しかけたのだろう。
今見れば、ショーガラスには既にブラインドがしてあり、外から見れば明らかに閉店の雰囲気を醸し出している。
「いたたた…。酷いですね…。人を蹴るなんて。」
「君が襲い掛かってこなかったらそんな事しなかった。…彼を元に戻せ。」
「折角人形の姿にしてあげたのに。そのままだったら永久に可愛がってもらえたのに。」
「何を言っている?」
「その人は、誰かにプレゼントしたかったみたいですよ?人形を。」
「…!」
それって…、もしかして私がここの前に立っていたから…!
愕然として人形を見れば、その人形は何処か悔しそうな顔をしている気がした。
「自分が人形になればずっと可愛がってもらえる。だってそうでしょう?仲が良いにしろ、大事な人にしろ……その人を模した人形なら誰だって可愛がってくれる…。人形は……"愛されるべきなんだ"。」
「だからって、本物の人間に勝るものは無い!」
「貴女だってさっき仰ってたじゃないですか。"彼が居ないときは寂しさを埋められるかもしれない"とね。」
「そ、れは…。」
店主の言葉に、一瞬で言葉が詰まる。
さっき私の言った言葉がまさかこんなに重くのしかかろうとは…。
怪しく笑いながら近付いてくる店主に、私は動けなかった。
―――逃げられない、そう思った。
《スノウっ!!!》
「…っ!」
まるで諭すような声が人形から響いて聞こえてくる。
私は咄嗟に店主の横を通り、店の奥に逃げ込んだ。
部屋の陰に隠れ、息を乱しながら店主の動向を窺う。
「逃げても無駄ですよ。ここの出入り口はそっちにはないのですから。」
店主の言葉が恐怖に感じる。
思わず息が上がる中、私は大事に抱えた人形を見る。
「貴女も人形になれば分かる。―――その彼と、永遠に一緒に居られますよ。」
「えい、えんに…。」
店主の甘い言葉が、私の胸に突き刺さる。
どうしても声が震えてしまう。
「彼の隣でいつまでも一緒に居られます。それが人形になれば出来るのですよ?―――さあ、貴女も人形になりましょう。」
「っ、」
そんな甘言に屈したくない。
でも、彼といつまでも一緒に居られない事が分かっている私は、その甘言にどうしても拒否が出来なかった。
いずれ訪れる終焉が、お互いを裂くと分かっているからこそ………店主の言葉に頷きたくなった。
「…っ、ジューダス…!」
声を聞かせて。
今、あの甘言に立ち向かえるほどの声を…聞かせて欲しい…!
《―――スノウ》
お願い、もっと聞かせて!!
《スノウっ!!!!》
「―――見つけましたよ。」
同時に店主の声が真上から聞こえる。
私は伸ばされた手を弾き、相棒を手にした。
「魅力的なお誘い、どうもありがとう。」
「魅力的なのに、何故刃をこちらに向けるのですか?」
「確かに永久に一緒にいられるというのは…私にとって魅力的だ。だが、人形になってまで彼と一緒に居ようとは思わない!彼には彼の人生がある…!私がそれを阻む事は許されない。」
「難しい事を考えるのですね。人形になってしまえば彼の人生だろうが貴女の人生だろうが関係なくなるというのに。それに人間なんて私利私欲に塗れた生き物です。その願いを聞き届けて、何が悪いのですか?」
「違う!貴方の言っている事は、ただ人間の悪いところを誇張して自身を納得させようとしているだけだ!」
「…往生際が悪いですね。」
「貴方も、ね。」
「では、こうしましょう。」
眼鏡を押し上げた店主は、ジューダスの人形を見つめる。
それに私が手で隠せば、店主は笑って言い放った。
「貴女が人形になる代わりに、その彼を人間へと戻しましょう。」
「…。」
「人間を人形にするための代償、又は人形を人間に戻すための代償とでも言っておきましょう。誰かの代わりに何かが犠牲になる―――――等価交換ですよ。」
「……錬金術師みたいなことを言うんだね。」
「ですが、事実そうなので。」
「……。」
一度見たジューダスの人形は、何処か焦ったような顔をしている気がした。
彼の腰にある愛剣もピカピカさせては私に何かを伝えようとしている気がした。
フッと笑った私は、ジューダスの人形を持ち上げ小声で伝える。
「――――ごめん、後は頼んだ。」
「で、どうされますか?」
「その条件、呑むよ。」
「そうですか。流石に逃げれないと分かり、聞き分けが良くなりましたね。嬉しい限りですよ。―――大丈夫。貴女が人形になっても、私がずっとずっと……"愛して"差し上げますから。」
そうして、店主が私の顔の前に手を翳すと私の視界は暗転した。
次に意識が戻った時には、私は体も動かせぬ正真正銘のお人形になっていて、声を出すことさえ出来なくなっていた。
ジューダスの人形が近くにないことからして、店主は約束を守ってくれたのだろう。
…そう信じたいだけなのかもしれないが。
「おはようございます。今日も綺麗ですね。」
「(店主か…。態々人形一体一体に話しかけるくらい、彼は人形の事が大好きなんだろうな。)」
動かせぬ視点の先に店主の顔が近付いてくる。
そして他の人形と同じように挨拶をしてくる。
「おはようございます。今日もお綺麗ですよ。愛らしい、とはこの事ですね。」
「…。」
「今日も一緒にここで過ごしましょうね。ソフィーさん。」
どうもこの店主、一体一体のお人形に名前を付けているらしく、私の名前は可愛らしくソフィーらしい。
薄紫色のツインテールの女の子を彷彿とさせる名前ではあるが、返事が出来る訳もなくただただその店主を見つめる。
そして次の人形に話しかけに行った店主を視界の端に見ながら今日も私は人形になっている。
…今頃、ジューダスがちゃんと解決策を見つけてくれたらいいが…。
店先ではいつもの様に子供が可愛らしく店の中を見つめては人形が欲しいと強請っている。
それを母親が笑いながら手を引き、店から遠のく。
今日も今日とて閑古鳥が鳴いているこのお店は、店主が変わらず人形に愛を注ぎ、そして恍惚な表情で人形に触れる―――そんな異空間な場所である。
「(今日も来客は無し、か…。この店、良く続けられるなぁ…?)」
他人事の様に関心していると、店先に金髪の少年の姿が映る。
その金髪の少年はあまりにも見たことがある少年で、見知らぬ少女を引き連れ店の中に入ってきた。
「(カイル…!! でも、隣に居る子は…誰だ?)」
カイルが店の中をぐるっと見てこっちを見た瞬間、口元にシィーと指を一本立てた。
いや、シィーと言われずとも人形が喋り出すことは無いのだが…。
見慣れぬ少女が店主に近付くと、ガタッと音を立てて座っていた椅子から飛びのく。
どうやら、店主にとってその少女は知り合いみたいだ。
「何故―――何故あなたがここに…!!」
「もう、終わりにしよう?…ルダ。」
「何を言っているんです!!僕は、ここに集めた人形たちと一緒に…!」
……感動の再会中、申し訳ないが。一体何が起こっているのだろう。
そんな私にカイルが近付き、優しく持ち上げてくれる。
「良かった…!スノウここに居たんだね!」
「(カイルこそ、まさか君がここに来るなんてね?)」
「へへっ。ジューダスに頼まれたんだ!」
まるで私の言葉が分かったのか、返事を返してくれたカイルに目を丸くする。
まぁ、人形の私の眼は変わらなかったかもしれないが。
「ジューダスがここに来たら一瞬でバレて、スノウが隠されてしまうだろうって。それでオレが来たんだよ!」
「(なるほど…。考えたね、ジューダス。)」
「へへ! でしょ?!ジューダスって頭いいからね!」
「(…さっきから気になってたんだが、もしかして私の声が聞こえているのかい?)」
「え?うん、普通に聞こえるよ?」
「(あ、うん…。純粋な君の事だ。きっと人形の声も聞こえてるんだろう…ね…?)」
いや、本当にそんなことがあるのだろうか。
思わずそう考えてしまったが、それより先に状況を知りたい。
「(えっと、どんな状況なのかな?)」
「あの子、ノーラって言うんだって。ノーラは自分の事を人形だって言ってて…」
「(…ん?あー…なるほど…?なんか展開が読めてきたぞ…?)」
もしかして、悲哀的な話になるんじゃないか?
人形の彼女を人間にするには対価として生身の人間と変えなくちゃいけなくて…とかなんとか、そんな漫画みたいな話になるのではなかろうか。
カイルが見やすい様にそっちへ向けてくれた視界の隅に、心配そうに店の中を覗くロニやリアラ、ナナリーにジューダスまで居た。
そしてカイルの方を見て「こっちだ」と合図しているが、どうもカイルが気付いていないようで、店主と少女の行方を見守っている。
仕方なく私も苦笑しつつ、その成り行きを見守る事にした。
「人形は"愛されるべきだ"!ここに居れば永遠の愛を人形に届けられる…!人形の皆が不遇な事に見舞われることも、不憫な相手に見つかる事もないんです!!!」
「でも―――今のあなたは人形じゃないよ?あなたは人間。いずれ寿命が来る。」
「ですが…!」
「ねえ。そうやって人間として生きてきて、何か報われた?人形だった時代と何か変わった?」
「……ええ。変わりましたとも…!こうやって人形たちに囲まれた幸せな生活が送れています!皆、僕に…」
「そうやって一方的な愛を人形たちに押し付けるのね。」
「違う…!どうして分かってくれないんです?!ノーラ!!」
…あー。結構思ってたよりドラマ的展開…。
店主がノーラという少女の肩に手を置き、説得しようとする。
しかし少女も一歩も引かない様子で、両手に拳を作って確固たる意志を持って店主に話しかけていた。
「もうこんな悲しい事はやめて、終わりしようよ。ルダ。」
「終わらせない―――永久に終わらないよ、ノーラ。」
店主は一体の人形を持つと、少女の顔に手を翳してあっという間に人形にしてしまった。
逆に店主の手に握られていた人形は人の形に戻ると、店主を見て恐怖の顔をしたあと慌てた様子で出ていってしまった。
……どうやら等価交換、というのは本当のようだ。
「ノーラ。君を人間にしたこと、どうやら僕の間違いだったようだ。これで……永遠に一緒だよ、ノーラ。」
ポトリと落ちた少女の人形を大事そうに抱えた店主は、すぐに視線をカイルの方へ向ける。
その瞳には、人形を返せという意志が伝わってきた。
それにハッとして私がカイルに声を掛ける前に仲間達がカイルの前に飛び出し、武器を向けた。
「どうやって人間をお人形さんにしてるか分からねえが、早くスノウを人間に戻してもらおうじゃねーか!!」
「スノウってのは誰の事ですか?その金髪の子が抱えているお人形は"ソフィー"ですよ?」
「何ほざいてやがる!これはどう見たってスノウだろーが!」
「分からない人にはお帰り頂きましょう。」
店主は武器を持つと、それを仲間たちに向ける。
そしてカイルが私をリアラに渡して前に出た。
「もうやめるんだ!ノーラの気持ちも無駄にするのか!?」
「ちがう…!僕たちは、ただ…幸せになりたいだけだ…!!"愛されたい"だけなんだ!!!」
「愛ってのをはき違えてるおめぇさんには、痛~いお灸を据えないとな!!」
ロニがそう言うと武器を振り回し、店主に攻撃しようとする。
それをぎこちなく受け流した店主を見て、ジューダスがロニへ怒鳴る。
「相手は素人だ!あまりバカスカやって下手に傷つけたらスノウを元に戻せないぞ!!」
「わぁってるよ!!」
狭い店中で暴れるのも中々辛そうではあるが、多勢に無勢なのもあるし、相手が戦闘に対して素人だったのもあってか、決着は早くついていた。
尻もちをついた店主が悔しそうに仲間達を見上げる。
そしてリアラが人形の私を店主に近付けて、有無を言わさない声音で話す。
「元に戻して。」
「…。」
「元に戻して!!」
「……出来ない。」
ま、そうだろうね。
等価交換なら代償となる人間が必要だ。
ジューダスが拳を握り、悔しそうにしているのが視界の端に見えた。
今、この体で彼を抱きしめてあげられないのが……辛いな。
「どうして?」
「代償となるものがないからです。あなたたちの誰かが、ソフィーの代わりに人形になりますか?」
「「「……。」」」
全員が黙り込み、結果は最悪な形で終わろうとしていた。
しかし、店主の握られていた少女の人形が光り出すと、それは人の形をとった。
「っ!!何故…?!」
「私が解放してあげる。」
少女はリアラから私を受け取ると、じっと見つめた。
そして申し訳なさそうな顔をして、私に謝ってくる。
「…ごめんなさい。怖い思いをさせてしまって…。」
「(大丈夫だよ。人形になったおかげで、人形の気持ちが分かった気がする。貴重な経験をありがとう。)」
「…うん。こちらこそ、ありがとう。」
私が一瞬で人間に戻ると、そこには少女と店主の人形が床に落ちていた。
そして周りに居た人形たちが人間へと戻り、慌てて店の外へと去っていくのを仲間達が静かに見ていた。
自由に動けるようになった手を動かせば、ジューダスが前から抱き締めてくれた。
「すまない…!スノウ!」
「ううん。ジューダスのおかげで元に戻ったんだから、そんなに自分を責めないでくれないかい?それに悪いのは私だ。ごめんね、この店の前に立ってなかったら君は…。」
『いやぁ、しっかし。もう人形は懲り懲りですよ!!』
場の雰囲気を変えようとしてくれたのか、シャルティエが態々明るい声でそういうものだから、二人して苦笑してお互いを見た。
「というより、シャルティエは何処に居たんだい?」
『ええ?!ずっと坊ちゃんの腰に居たじゃないですか!!というか!スノウ絶対僕と視線合いましたよね?!!見てましたよねー?!!』
「そうだったかな?」
『そうです!!絶対に見てましたって!!』
ぎゃあぎゃあと叫ぶシャルティエに遂に限界が来たのか、ジューダスが制裁で終わらせてしまった。
そんな時、店の中に慌てて入ってくる青年が居た。
「すみませーん!今日からここで働くことになった者ですがー!」
その言葉に全員が顔を見合わせた後、笑って少女と店主の人形をそっと渡した。
それに嬉しそうな顔で人形を見る青年に、全員が安心して店から出ると黄昏が空に見えていた。
「あーあ、もう夕食時だぜ…。」
「ロニ!お腹すいたからどっちが早く宿屋につくか勝負ね!!」
「っておい!そういうのはだなぁ!![V:8265]」
走っていく兄弟の後にリアラとナナリーが続く。
てっきり彼も追いかけていくかと思ったけど、そっと握られた手を私は握り返して笑顔を向けた。
「―――やっぱり、本物に勝るものは無いね?」
「ふん、当然だ。」
『スノウって、前々世では結構違う性格してたんですか?坊ちゃんの人形を見ていた時のスノウって―――』
「あー!あー!早く行かないとー!!」
そう言って私はジューダスの手を引き、強制的に走らせる。
それにジューダスが苦笑いをしながら後を追いかける。
シャルティエは相変わらず私を茶化してきたけど、それでもお互いの無事を喜ぶかのように、今の夕日の色みたいな光をコアクリスタルに映し出していたのだった。
【不思議な人形の物語。】
__「(寂しさを埋めるのに人形を使うのはやめておくよ。だって、本物の彼がこうやって近くに居てくれるから。)」
__「(お前が僕の人形を見つけて嬉しそうな顔をしたとき…、たまには人形もいいかもしれないと思った。……お前の本音が聞けたからな。)」