それは川のせせらぎの様な…
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カイトに案内され、第二研究所の門の所で待っているとアザレアを連れた彼女がやってくる。
その顔色は相変わらず白く、不健康そうである。
「お待たせしました、客員剣士様。では、行きましょう。」
スタスタとしっかりした足取りで地面を踏む彼女を見ながら後を着いて行こうとすると、カイトとアザレアは門の外に出ないことが分かった。
一心不乱にこちら…、恐らく彼女にだけだろうが、手を振るアザレアは心配そうに彼女を見つめており、懸命なそれに彼女が気付く事は無い。
彼女の背中越しに健気に手を振っているあの女は今にも泣き出しそうで、その声を聞く前に僕は彼女の後を追いかけるように駆け出した。
……煩い女は嫌いだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある川までやってくると彼女は川に近付き、最初はじっと眺めているだけだったが、白衣のポケットから何かを取り出すと白い手袋をしたまま川へとそれを突っ込んだ。と言っても、指先だけだったが。
暫くしてからそれを取り上げると、何やら円柱形のシリンジの様な物で液体を取っていたようだ。
「…なるほど。」
何がなるほどなのかは分からないが、ともかく彼女の目的は達成したはずである。
それならばさっさと研究所へと戻るのが賢明だろう。
「終わったのか?なら帰るぞ」
「少しだけ待ってくれ。」
そのシリンジを軽く揺らしながら再び川を注視する彼女は、目を細め何かを探している様子だった。
はぁと溜息を吐き、彼女へと近付く。
「何を探している。」
「魚だよ。この川には魚が一匹もいない。これがどういう意味か、君には分かるか?」
「…………水質汚染でもしてると言いたいのか?この透明な水で?」
「透明だからと言って中身が必ずしも綺麗な訳じゃない。もしかしたら無色透明の毒が使われているという可能性もある。」
なるほど、そういう事か。
僕はそっち方面には明るくない。いや、一般人が詳しかったらおかしいのだが、これでも武器に使われる類いの毒は網羅しているつもりだ。
まさか、無色透明の毒があるなんて初めて知った。
だからか、僕は彼女に興味が湧いていた。
「無色透明の毒というのは何があるんだ?」
「シアン系や硝酸ナトリウム…、それからエチレン系は無色透明だ。だがそれぞれに特有の臭いがするはず。」
「ほう、詳しいんだな。流石、研究員なだけある。」
次々と出てくる単語には、無知な僕への配慮というものが全く微塵も感じられない。だがそれが僕には心地良かった。
詳細な説明も特に無かったが、彼女の側面が知れた。やはり父が一目置くだけある人物だ。
「…!」
彼女が何かに気付いた様子だったが、一足先に僕の方が気付いて剣を構えていた。
それに少しだけ優越感に浸れる。
「ふん、下がっていろ。僕が片付けてやる。」
「頼みました。」
彼女がすんなり近くの木へ避難を開始したのを見届け双剣を手に、魔物と対峙する。
こちらの方が僕の専門分野だ。研究員如きでは出来ない物を見せてやる。
相棒のコアクリスタルが光り輝いたのを確認し、僕は一気に魔物に突撃した。
簡単な横一閃にも耐えられないのか、魔物が唸り声を上げながら馬鹿の一つ覚えみたいにこちらへ突進してくる。
それにほくそ笑みながら敵を殲滅する。
あっという間の出来事だったが、見てくれていたらしく拍手と共に彼女が木の影から出てきた。
「やはり国仕えの客員剣士様はお強い。その実力、騎士団長にも匹敵する。」
まさか褒められるとは思っておらず、一瞬唖然としてしまったが鼻を鳴らし、視線を逸らせた。
彼女は魔物がいた場所を一瞥した後、こちらへと歩いてくる。
「天才的な剣の使い手…。将来有望という訳ですね。この国は安泰だ。」
「ふん。褒めても何も出らんぞ。」
「私は嘘が苦手です。ご安心を、客員剣士様。」
時折手にしたシリンジを振りながらそう答える彼女は既に思考は川の水質汚染についてらしく、川の方をじっと見つめていた。
それに呆れた様に溜息を吐く僕は……正直認めたくはないが此奴に心を許しかけているのだと思った。
本当に認めたくはないが!!
初日でこんなに絆されるなんて思ってもみなかった僕は、その後彼女が満足するまで付き合わされる羽目になったという事はこの時の僕は知る由もなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おかえりなさーい!!局長ーーー!!!」
相変わらずアザレアとかいう女が彼女に抱き着き、胸に顔を押し当てている。
別に他の奴らがどうして居ようが気にならないはずだったのに、それだけは目に付いたのだ。
しかしそれを難なく受け入れるかと思われた彼女は顔を顰めた後、アザレアを手ではなく腕だけで突き放した。
その事に一瞬悲しそうな顔をしたアザレアだったが、ハッとしたように謝る姿に僕は疑問を抱いた。
勿論、彼女の事を全て把握しているわけではないし、性格も今日会ったばかりなので単に僕の想像に過ぎないが、それでも彼女の今までの様子から突き放すというイメージが湧かなかったので余計にその事が疑問だった。
「局長、おかえりなさい!」
「カイト、アザレアを隔離室へ」
「??」
「え?!局長、危ない物持ってるの?!先に言ってよー!?」
アザレアが渋々カイトに着いていくのを首を傾げながら見遣る。
そこまでしなくてもいいんじゃないか?
その疑問はしかし、口にすることは無かった。
何故なら彼女がさっさと中に入っていってしまい、言葉をかけるには遠すぎたからだ。
無言のまま彼女に着いていくと、彼女は何処かの部屋に入り僕にも中に入るよう促した。
そしてそのまま僕を透明な筒の様な物に入れ、鍵をかけられ漸く僕は頭を切り替えた。
何故僕はこんな物の中に入れられているんだ?!
ガラスを叩く音が虚しい。
近くの操作盤を操作する彼女の手は一切の躊躇もない。
次第に頭上から何か液体の様な物を被せられるが、濡れたと思ったらすぐに乾いて不思議な感覚の液体だ。……じゃない!僕は今、何をされている?!
危機的状況なのが相棒にも伝わったらしくコアクリスタルが激しい点滅を繰り返しており、何故か相棒の方が悲鳴を上げる始末。
液体が乾いたのを確認した僕はもう一度ガラスを叩こうとしたが、透明な扉が開いたので直ぐに飛び出し彼女に詰め寄る。
「貴様…、僕に何をした?!」
「帰り際に説明したように消毒だが。」
そう言われてみれば何か説明されたような気がしなくもない。
その時は警戒しすぎる位警戒していたから空返事をしてしまったかもしれないと思い出し、謝っておく。
それに首を横に振り入口の方を見遣る彼女だったがその行動の意味はすぐに分かることとなる。
「局長!アザレアを無事隔離室へ隔離しました!」
「すまない、カイト。それから、こちらの客員剣士様に何かお出ししてあげて。」
「了解!」
ニコニコしながらやってくる其奴に何故か身構えてしまい、瞬時に彼女に助けを求めたが彼女は既にガラスの向こうの住人と化しており、中から操作し僕と同じように消毒液を浴びている。
瞬時に乾いたそれだったが何故か彼女は出ようとしない為諦めてカイトに着いていく事にした。
暫く歩いていると其奴は案の定、話し掛けてきた。
「何か危ないことでもあったんですか?局長があんな長い時間、あの消毒器に入るなんて有り得ないんで。」
「川の水がもしかしたら毒による水質汚染しているかもしれない、とは零していた。それ以外は知らん。」
「なっるほどねぇ…、だから局長ずっと入ってたのか!」
納得したとばかりに手を打ち合せるカイト。
しかし、僕には何がなんやらさっぱりだ。何故それで消毒器の中にずっと入ってなければならないのか。
「局長はああ見えて不器用なんです。僕たちを毒による影響から護っていたんだと思います。」
「……何だと?」
「僕達があそこに居たんじゃ、局長の持っている毒の影響を受けるかもしれない。それを危惧したんだと思います。」
そんな事まで彼女は気にしていたのか?
ふと思い出したのが水質調査を終え、第二研究所へ帰る道中の時のこと。
僕が彼女の言葉を聞き取れず近付いた事があったが、すぐに声を大きくして僕との距離を空けた事があった。(と言っても僅かな距離だが…)
もしかしてそれを気にしていたのだとしたら、彼女自身は毒の影響をより強く受けているのではないか?
「さっきリオンさんに何かお出しして、なんて気を使ったのはその所為もあると思います。まぁ、一応お客様ではありますしね!」
「一応とは何だ、一応とは。」
「いやぁ、リオンさん歳が近いからかまだ話しやすいんですって!もっとしわがれたお爺さんが来るかと思ってたんで拍子抜けですよ!こっちとしては!」
どんなやつだ、それは。
そんな言葉を飲み込んで先程まで居た場所を振り返るとカイトが分かったように首を縦に振り、ニコニコとした。
それを見た途端嫌気が差して、其奴の横を通り抜けると慌てて着いてきた。
「リオンさん!そっちは違います!こっちですって!」
同じ場所をグルグルと回っている感覚だが、やはりここの研究員にはこの違いが分かるらしい。それに少し悔しさを覚えたが、次の瞬間この廊下を赤いライトが点滅しサイレンが鳴り響いた為、思考を中断させる。
「…まずい!!局長!!」
カイトが慌てたように元の道を辿っていくのを見てそれを追いかける。
何故局長を気にしたんだ?
「リオンさん!侵入者は真っ直ぐ局長の元へと向かってます!!お願いします!局長を助けてください!!」
「どこにいる!?」
「そこを左へ突っ切った所です!!」
カイトの足の遅さに嫌気が差した僕は居場所だけ聞き、先行した。
言われた通り、走る勢いそのままで廊下を左へ曲がり廊下を突っ切る。
途中シャルの案内もあり、その扉を開け放つと壁に追いやられている彼女の姿が見えた。
僅かにその瞳を丸くしこちらを見た彼女は首を縦に振り、確信したように侵入者を見た。
「良いからお前は俺に着いてくれば良いんだ!!!」
彼女の腕を掴んだ侵入者の腕を得物で切り落とす。
途端に上がる悲鳴、そして僕は彼女と侵入者の間に滑り込み敵の腹部を蹴り飛ばした。
片方の腕で腹部を抑えながら踏ん張り、後退を止めた其奴は僕を睨んだが、僕の事をようやく思い出したのか口をパクパクさせ指を指す。
「お、お、お前……、まさか…」
「ふん、残念だったな。僕がここにいたこと、それがお前の敗因だ。」
「なんで、なんでお前がここに?!!」
「僕がどこにいようと勝手だろう?…誘拐未遂と不法侵入でお前を捕らえる!」
「ひっ……」
晶術を使い、あっという間に敵を伸し一息ついた僕は彼女の安否を確認しようと振り返り近寄ろうとした。
しかし、彼女は僕との距離を一定にして空ける。
やはりそうだ。カイトの言う通り、彼女は僕に毒の影響を受けさせない為に離れているんだ。
「ありがとうございます、客員剣士様。まさかこんなに早く来て頂けるとは…」
「ふん、それは他の研究員の奴らの足が遅いだけだ。僕の様な奴らはあれくらいの速さで着ける。」
あの時、確信したような彼女の行動。
それは一体何を確信したのか知りたい。
何故か、そう思ったんだ。
「ひとつ良いか?」
にじり寄る様にすれば彼女もその歩幅分下がっていく。もう少しで彼女は壁に付く。
「あの時、何故確信を持ったような顔をした?絶体絶命だったのに。」
「客員剣士様がこちらに来ていましたから、もう大丈夫だと思った迄です。」
それは僕の事を信頼してくれていたという事か?
今日出会ったばかりの僕を?
ジリッ
更ににじり寄れば彼女はやはり壁に当たった。
しかし分かっていたかのように横に移動を開始し、扉の方へと向かっているので、歩幅を大きくし一気に彼女との距離を詰めた。
「!」
「そんな毒、早くどこかにやってしまえ。出来ないなら捨てろ。」
何故か、口を衝いて出た言葉だった。
そして僕はずっと手が入れられている彼女の白衣の左ポケットへと手を伸ばし、液体の入っているシリンジを取り上げた。
無色透明の毒。
臭いもしない無臭の毒。
彼女から習ったその毒を見遣り、彼女を睨んだ。
「こんな物で人が殺せるなら、とっくに人は死んでいる。違うか?あそこは近くに村や町があった。なら、その町村で何かあってもおかしくは無いはずだ。」
「弱い神経毒の可能性も否めない」
取り返そうという気はないらしく、大人しくしている彼女に鼻を鳴らし、それを持って外に出ようとすると廊下の方からパタパタと足音が聞こえてくる。
「きょ、きょくちょー!!だ、大丈夫ですかぁー!?」
体力が無いのか、ヘロヘロのカイトが中に入ってきて彼女の安否を心配すると、僕の手に持っているシリンジを見て血相を変える。
「それって、もしかして局長が持ってた毒?」
「カイト、客員剣士様を外に案内して差し上げろ。それを捨てに行ってくれるらしい。」
「え?り、了解!」
ヘロヘロで膝に手を置いていたカイトだったが、局長の命令で腰を伸ばし僕を外へと連れ出す。
チラチラと僕の手元を気にしながらだが。
「局長、大丈夫かな?毒がかなり回ってたりして…?」
「馬鹿な事を言うな。それより早く外に案内しろ」
「あ、あぁ。」
その後、外に出た僕はあの川にシリンジごと、それを捨てに行き、第二研究所へ戻って行った。
何も聞かずに僕を消毒器に入れ、消毒を浴びせるカイトを見遣りながら彼女の姿をチラチラ探していると、奴にはバレていたらしくその話題になる。
「局長なら今隔離室ですよ。まぁ、消毒器に入ったし、そんな強い毒でもなかったみたいだから、無事みたいだ。」
ホッとした様子のカイトに、そうかと一言だけ言い消毒器を出る。
やはりあんな透明な筒みたいな物より外の方が断然良い。
「リオンさんって、変わってるね。」
「…なんとでも言え」
しかしその後の奴らの言動で僕は頭を再び抱える事になったのだ。
その言葉は…、
「え?国王様から聞いてないんですか?リオンさんの貸出期間は一年と聞いてますよ?勿論1ヶ月更新ではありますが、そのまま採用だと思われます。」
「…はぁ」
「だからリオンさんが寝泊まり出来る場所も確保しときましたよ!安心してください!」
「そんなものいらん!!僕は帰るからな!!」
僕はその日は屋敷へと戻り平穏な日常を過ごしたのだった。