それは川のせせらぎの様な…
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僕達が研究所へ帰るといつもの出迎えは無く、それに何の反応も示さないまま彼女は研究所の中に入り、いつもの消毒器へ入る様に僕を促す。
それに少しだけ嫌悪を示したが、渋々中に入り消毒液を被る。
確かに研究所だから清潔にしなければならないのは分かる。人間が持ち込んだ何かで研究が台無しになるのも嫌だろうし、僕としてもそれは良い所ではない。
だが…嫌な物は嫌なのだ。
頭から水を被っているようで何だかそれに嫌悪する。幾ら身体や服がすぐに乾くからと言えど、だ。
黙ってその工程をやり過ごすと、今度は彼女が中に入り中の操作盤で操作し、消毒液を被っている。
慣れたような顔ですぐに消毒器から出てくる彼女に、以前カイトが言っていた事は本当だったんだな、と一人で納得してしまう。
消毒器から出てくる彼女の速さはこの間のそれとは大違いだったからだ。
「何かありましたか?客員剣士様」
「お前はこれが苦手なのか?」
「逆に、得意な人が居るなら見てみたいものです」
「違いないな。」
彼女のその返答に鼻を鳴らし、部屋を出ようとすると漸くいつもの奴らが姿を現し彼女の無事を確認する。
あの嫌いな女に関しては、甲高い声で彼女の胸に顔を当て収まっている。喋るのか抱き着くのかどちらかにしろ、と何故かイライラしながらそれを見遣り今度こそ部屋を出た。
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彼女が考えを纏めたいから部屋には誰も入るなと忠告してから翌日。
僕はいつも通り屋敷から第二研究所まで通い、例の門の前に居た。
「……」
せめてこの門だけは、僕に鍵か何かを渡してくれないだろうか。毎回インターホンで中にアポを取らないといけないのが面倒で面倒で仕方がない。
今日もその面倒な工程を溜息を吐きながらやり、毎度の事ながらカイトが門を開けるのを待った。
「はいはーい、待っててねー!」
「……早くしろ」
大層な音を立て、これまた大層な門が重い音を響かせながらゆっくりと開いていくのを腕組みで見ながら完全に開くまで待機する。
そして門の向こうには手を振ってくるカイトの姿。これもいつもの事だ。
「待たせたね!どうぞどうぞ!」
「毎回思うんだが、この門はどうにかならないのか?侵入者対策は分かるが、こんなゆっくり開いていたらいざ避難しようとすれば確実に逃げ遅れるぞ。」
「あー、そうだよね。でもボク達に避難は必要ないからね!」
「?? 他の非常扉でもあるのか?」
「まぁそんなとこ!でも、確かにこの門いやに遅いよね。局長に頼んでみようかな…」
門を見て考え込む姿の奴を見て、「そうしろ」と答えれば、何故か嬉しそうに笑みを浮かべ僕の後を付いて来たので眉間に皺を寄せておいた。
そんなに喜ぶような事は言っていない筈だが?
しかし其奴は僕のその様子に特に気にした風もなく、僕の隣に並び並走している。
「いつも思うんだが。」
「ん?何かあった?」
「お前、いつも僕に並んで歩くが、暇人なのか?」
「失礼な!こう見えてボクはここの副局長だよ?忙しいんだからね?」
消毒器のある部屋に辿り着き、カイトの操作で何時もの消毒液を被る。そして乾いていく服や身体。
これにも最早慣れてしまった。
「この消毒器のやり方も教えてくれれば一人でやる。忙しいんならそっちに気を回せ。」
「リオン君を信じていない訳じゃないんだけど、こればっかりは規則だからねぇ?それにいっつもここから家に帰って行くんだからそれを迎えるくらいさせてよ。」
「ふん、勝手にしろ」
「勝手にするよー」
相変わらずニコニコと人当たり良さそうな顔をして笑うカイトを見て溜息を吐いた。
この短期間で此奴について分かった事と言えば、人の話を聞かないくらいだ。
しかも謎を残して行く事が多いので、タチが悪い。
「今日も局長篭ってるからねー。緊急時以外は入らない方がいいよ。……まぁ、あそこはセキュリティロック掛かってるから大丈夫だと思うけど…」
「まだ考えが纏まらないのか?」
「今回はかなり手こずってるね。やっぱりサンプル取らなかったのがここに来て響いているみたいで。でも毒なんて持って歩く局長を考えたら…、考えるだけで身震いするよ!」
「お前ら研究者だろう?毒なんかを怖がっていていいのか?」
「ボク達だって研究者の前に人だよ?!怖い物は怖いさ!…ま、そろそろ別の研究所から毒の結果が分かるかもしれないけどね。」
「毒の判別は他の研究所に委託してるのか。」
「この研究所は毒やウイルスみたいな物は持ち込めないからね。だから局長がこの間毒のサンプルを持ち歩いている時は焦ったよ」
そう話す奴の顔は嘘は言っていない様で、思い出したのか僅かに身震いをしている。
持ち込めないのに彼女があの毒のサンプルを持ち込んだ理由はなんだ?
またこうして謎を残して去っていくのだろうと睨むようにカイトを見れば、なんの事だか分からないという顔で見返してきた。
「あー!!今日も来てる!!」
「チッ…。彼奴か…」
「あははっ、君達ほんと仲悪いよね。」
「だって!!こいつが睨んでくるから悪いんでしょ?!」
そう言われたので嫌々ながらも其奴を振り返れば、其奴の倍はあるだろう木箱を積み重ね、それを楽々と抱え歩く姿が見えた。
きっと、その木箱の中身はすっからかんなのだろう。
でなければ、こんな小さな女に持てるはずがない。
「今日も精が出るね、アザレア」
「カイト。今日は外部から食材が届く日だから、調理室に持っていく途中なの。そうしたら、こいつの姿が見えたから文句を言いに来たって訳! 」
「ふん、こんな所で油を売ってないで仕事をしろ。」
「分かってるわよ!一々うるさいヤツね!?」
明らかな怒りの感情を表し、ズカズカと調理室へ向かう奴の後ろ姿を見て、再び鼻を鳴らす。
最初からそうしていればいいものを。
というより、あれは食材が入っていたのか。
「…あれ、中身入ってたのか?」
「ん?あぁ、そうだね。食材運びはアザレアの仕事だからね。力仕事は全部彼女に任せてるよ。」
「怪力女か。」
あの中に大量の食材が入っているならシャレにならないくらい怪力という事になる。
あんな奴でも少しは役に立てるんだな、と鼻で笑ってやり、カイトと共に施設内の見回りを開始する事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
施設内の見回り中、何度か敵の襲撃を受け赤いランプと共にけたたましいサイレンが研究所内全体に鳴り響いたが、難なくそれらをこなして現在は昼食時。
食堂へと向かえば白衣の研究者共ばかりで、その白さに目が痛いと思っていたのが遠い昔の様だ。
まだ1ヶ月は経っていないのだが、そう感じる程任務に余裕があるし、やる事も少ない。
大抵はこの研究所内の巡視か、周辺の巡視、そしてこの第二研究所局長である彼女の護衛くらいだ。
何故城付きの客員剣士である僕が、こんな研究所の護衛に回らないといけないのか。
…それは、今なら概ね分かる。
恐らく少数精鋭での任務が必須であったこと、そして首都ダリルシェイドの方でも例の川の毒による被害が出ているからなのだろう。
この研究所自体、隠されたような場所にある。
その上個性的なあの研究員たちといい、あの門の厳重さといい、特殊な護衛任務だったり……誰でも任務に就ける訳ではなさそうである。
だからこそ自分に白羽の矢が立ったのか、と思うと……何だか複雑な気持ちではあるがな…。
「……。」
「…なんだ、貴様。」
食堂に入った僕を睨むように見下ろす男がいる。
僕はそれを睨み返すように見上げ、腕を組んだが、暫くの間僕たちの間に沈黙が訪れる。
奴が何かを話すかと思いきや、全然話さないではないか。
僕は何も話さない目の前の男に痺れを切らして眉間に皺を寄せた後、此奴の横を通り抜け食堂の中へと入った。
そしていつものように食券を買い、食堂の受付に放り投げれば今度は嫌な奴の姿が見えてしまい、余計に僕は溜息を吐いた。
「あー!なんでいるのよ!?」
ここの局長である彼女の出掛け前の化粧直しと食材を持っていく姿しか見たことがない、例の女があり得ない量の食事を前にして平然と座っている。
そして其奴は僕を見るとすぐさま睨みつけ、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。
先程食券を出したことを酷く後悔し始めた僕に、腰にある愛剣が同情の声を出していた。
「あんたも食事?」
「それ以外で、ここに来る理由がないだろうが。」
「ま、いいけど。邪魔しないでよね!」
「勝手に静かに食ってろ。」
「きぃーーーーー!!一々ムカつく奴ね!?」
そう言ってムッとした顔をしているものの、奴は机に向かうと大食らいのように食事を次々と口に運んでいく。
…本当にこの量を食べる気か?
この机に溢れかえらんばかりの料理をか?
「…。」
先程入り口にいた寡黙な大男が次々と奴の為に食事を運んでくる。
…よくよく見れば、その寡黙な男はコック服を着ているし、ここの調理場担当なのだろうことが分かる。
あまり他人に興味がない僕でも、流石にその大柄さに圧倒されてしまいコック服を着ていることなど見ていなかった。
「【ガスト】!もっと料理ちょうだい!」
「…ん。」
短い返事でも満足したように笑う女は次から次へと料理を平らげていく。
…見ているこっちが食欲が失せるほど、たくさんの料理が奴の胃の中に消えていく。
徐々に気持ち悪くなった僕は、気持ち悪さを吐き出すように息を大きく吐き出しその場を後にした。
そこへカイトの奴がやってきて不思議そうな顔で僕を見ていた。
「どうしたんですか?そんな青ざめた顔して…。」
「あれを見てみろ…。」
「??」
カイトが食堂の中を見る間、僕は食堂外で待つことにした。
料理の匂いだけでもかなりキツい物があるというのに、何故またあの気持ち悪いところに戻らねばならん。
納得したように僕のところへ戻ってきたカイトの奴はヘラヘラ笑いながら謝ってくる。
それに僕が「もういい」と言い、去ろうとするとカイトは僕を腕を掴んでまで引き止めてきた。
「何の用だ。」
「リオン君、ご飯頼んだままで、まだ食べてないって調理場の人が言ってますけど、どうします?」
「いらん。奴の所為で食う気が失せた。」
「あー、なるほど。まぁ、アザレアは大食漢だからね。見ていて清々しくなるくらいの食べっぷりですけど、外部の人間からするとちょっとやりすぎに見えちゃいますよね。」
「彼奴の食欲はいつもああなのか?あそこまで酷いと、研究所の食材がすぐ無くなるじゃないか。」
「ええ。まぁ食材運びは彼女の仕事なんでアレですが…。アザレアも食べたくて食べてる訳じゃないんですよ。許してあげてください。」
「?」
妙に違和感のある言葉だ。
カイトの奴はいつもそうだ。謎を残していっては去ってしまう。
だが奴の事等どうでもいい――――そう思った僕はそのままカイトと別れ、暫く巡回に勤しむことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
巡回をしながら僕が腰の愛剣と話していると、今日何度目か分からないサイレンの音が鳴り響いた。
辺り一帯を赤く染め上げ、危険を報せる警報を見て僕は一目散に駆け出す。
無論、行く場所など決まっている。
大体は彼女の場所にしか犯人が行かないので、本日セキュリティ室にいるはずの彼女の所まで行く。
…そう思ったら、ここに来た当時の僕とはだいぶ違う。
こんなにもスムーズにセキュリティ室へと迷いなく向かって行けるのだから。
「くそ、ここは本当に何回も侵入されるな…!」
独り言を愚痴れば、愛剣もそれに肯定するように反応してくれる。
しかしこんな無駄話よりも早く彼女のもとに辿り着いてやらねば、彼女が何をするか分からん。
走る速度を更に早めた僕は最後の角を曲がり、セキュリティ室前にいる強盗を目視した。
バールのような物で彼女の居るセキュリティ室を抉じ開けようとする強盗を見て、僕はそのまま何も言わずに強盗共に斬りかかる。
すると、強盗共は呆気なくその場で倒れて息を止めた。
「ふん、他愛ない。」
愛剣が褒めちぎってくれるが、それを無視し、セキュリティ室の扉を確認する。
先程の強盗共の所為で堅牢な扉が物の見事に曲がってしまっている。
早いところ直しておかなければ、研究所の中でも大事な場所でもあるセキュリティ室を簡単に開けられてしまうではないか。
そうすれば、彼女は――――
そこまで考えて僕は首を振った。
何故こんなにも彼女のことを気にしているんだ、僕は。
いや、護衛対象だからに決まっている。
そうだ、そうに違いない。何故僕はこんなことでムキになっているんだ。
しかしここまでの被害を確認してしまった手前、状況報告へと行きたいところだが、持ち場を離れる訳にも行かなくなってしまった。
カイトの奴に知らせて早いところ直させたいところだが、ここを離れている間に警告音が鳴ってしまったら取り返しがつかなくなってしまう。
それこそ、彼女を強盗共に掻っ攫われてしまう。
それだけは自分のプライドが決して許さない。
護衛対象を攫われたり、殺されてしまうなど城付き客員剣士としての恥だ。
僕はその場で座り込み、護衛を兼ねて待機することにした。
どうせ中には彼女が引きこもっているだろうし、出てきたなら扉のことを報告すればいいだけだ。
何もカイトだけに言う必要もないだろう。
彼奴は副局長、そして彼女はここをまとめる局長なのだから。
「…。」
そういえば、暫く彼女と外に出ていない気がする。昨日の午前に出たばかりで、そんなはずはないのに。
未だ篭っているらしい彼女がいるセキュリティ室の扉を一瞬ほど見遣れば、そこは歪に曲がっている扉だけ。
決してそれが開くことはない。
「…待てよ?」
これは、かなりまずいんじゃないか?
ここまで歪に曲がっていたら、扉がうまく作動せず出られなくなるんじゃないか?
この扉はセキュリティ室なだけあって、自動で開閉する仕組みなのだから。
僕は立ち上がり、中にいるだろう彼女を呼んだ。
ついでに扉をドンドンと激しく叩いてみたが、中から反応はない。
思わず舌打ちをして僕は更に大声で中にいる彼女を呼び続けたが、彼女が出てくることはなかった。
「くそ、どうする…?」
丁度ここへカイトが現れたら何の問題も――――
「どうしたの?リオン君。局長なら、声も叩いた音も聞こえてないから出てこないと思うよ?」
噂をすればなんとやら、という奴だ。
丁度現れたカイトに僕は先程までの事と、扉のことを報告した。
するとカイトは納得したように頷き、暫く考え込んだ後に困った顔で頭を掻いた。
何やら問題があるようだが、僕がこのままでは屋敷に帰れないので早く修繕をしろと言ってやりたい。
「こりゃあ、暫くまた研究所内が荒れるなぁ…。局長の許可取ってくるから、リオン君はここで待ってて。」
そう言ってカイトの奴はセキュリティ室の横にある操作盤を簡単に操作して中に入ろうとする。
しかし僕が恐れていた事態となっていた。
無論その扉は作動し開こうとしていた。しかし、それを超える壊れ具合だったようで僅か1センチほど開いたと思ったら、プシューと音を立てて途中で止まってしまったのだ。
…誰がこの1センチ開いた扉の中に入れるというのだ。入れたとしても、虫しか入れん。
「え?!ちょ、局長!!これはまずいですって!!」
流石に事の深刻さに気付いたカイトが慌てて扉を叩く。
それを見て僕は先程奴が言った言葉を繰り返した。
「…声も音も、中には聞こえないんじゃなかったのか?」
「そ、そうだけど…!あぁ…局長、やっぱりまだ中で仕事してるなぁ…?」
「…?そこから見えるのか?」
たかが1センチの幅から奴は中を見たというのか。
僕も扉の中を覗こうとしたが、1センチという小ささにすぐに諦めてしまった。
カイトは慌てた様子で僕をここに留まらせ、自分はさっさと何処かへと走り去って行ってしまった。
「…。」
全く…、次から次へとここは面倒事が起こって敵わない。
中にいる彼女を思い出しながら扉を見てしまえば、愛剣から茶化される始末。
いつものように制裁を加え、そのまま何処かへ去ってしまったカイトの奴を待ち続けていると、見たこともない研究員を引き連れて駆けてきたではないか。
相変わらず運動音痴なのか、膝に手を付きゼエゼエと荒く呼吸をしたカイトと気怠げそうに頭を掻く研究員だった。
「ぜぇ、ぜぇ…。り、リオン君…お待たせ…!」
「…お前、日々の習慣に”運動”というものを取り入れてみたらどうだ?少しはその呼吸もマシになるだろうな。」
「ぜぇ、ぜぇ…。そっ、そんな、暇…、ボク、にはないって…!」
「…まぁいい。で、此奴は?」
「この人はこの研究所の中でも"修理師"と呼ばれる珍しい役職持ちの人だよ。研究所のありとあらゆる機械を修理してくれる天才君。名前は―――」
「…【フェルト】だ。以後よろしく…、客員剣士様。」
気怠げな表情を変えないまま、奴は僕に手を差し出し握手を求めてきたのでそれを鼻で笑ってやる。
すると空気の読めるやつなのか、すぐさま手を下ろし扉を見ていた。
「…これは酷い。」
「いけるかい?材料なら言ってくれれば発注するよ。」
「…………だが、局長が中にいる。まずは局長を外に出してやらないと修理に時間がかかる。自動扉の回路を設定し直すのと、もっと強固な素材で扉を作る必要がある…。じゃないとまたバール如きで壊されるのは癪だ…。」
「(ほう…?傷跡を見ただけで"バール"だと見抜いたのか。)」
「了解。じゃあ、中から局長を引きずり出そうか。」
修理師の【フェルト】が動き出し、何処から取り出したのか機械工具を使い扉を開けようとする。
しかし元々硬い素材だったのか、扉はびくともしない上にそれを分かっていたかのような顔で扉を見つめる此奴を後ろから見ていた僕達は、思わず顔を見合わせてしまった。
困った顔で恐る恐るといった感じで声を掛けるカイトに、僕は思わず鼻で笑った。
「えっと…フェルト?この扉を抉じ開けるつもり…?」
「電子回路がやられている…。どっちにしろ力仕事だ。」
「じゃあアザレアを呼んでくるよ。彼女のほうが適任だろうし。」
「あぁ…頼んだ。」
カイトは再び走り去っていくのを、不憫に思いながら見送る。
…どうせまた、ここに辿り着く頃に奴は息を最大に乱していることだろう。
「ぜぇぜぇ…!つれて、きたよ…!!」
「げ、こいつまでいるじゃん…。」
あのいけ好かない女がこちらを見ては嫌そうに顔を歪ませて、文句の一つを言う。
僕はそれを無視し、視線を外せば奴は再び喧嘩腰にものを言おうとして修理師に止められていた。
「アザレア。これを外してくれ。」
「いいけど…、本当に良いの?壊しちゃうよ?」
「あぁ、精一杯壊してくれ…。」
「フェルトが良いなら、やっちゃうよー!」
奴は腕を捲くりあげ、その小さい手を扉に掛ける。
するとあれほど動かなかった扉がものの一瞬でスパンと開いてしまった上に、その扉は完全に奴の手の中にある。
…つまり完全に壊してしまった、ということだ。
「ふふん♪やっぱり壊すって楽よね!」
「「お前だけだよ…。」」
カイトもフェルトも頭を抱え、奴を見る。
不思議そうな顔をした怪力女は、扉を適当な場所へと投げ捨てたが、その音は自分が思っていた以上の重厚感のある重さの音だった。
思わず顔を歪ませた僕に、自慢げに笑っていた女だったがカイトが中に入っては「局長ー!」と呼んでいたのを確認し、待つことにした。
「局長、出てくると思う?フェルト。」
「…出てこない、に100ガルド。」
「同じくー。」
「考え事をしだしたら止まらないタイプか。」
「うん…そう。局長は…自分の考えを邪魔されるのを嫌う傾向にあるから…。」
「うん!!やっぱりだめだ!!」
そう言ってすっぱり諦めて出てきたカイトに、二人は「ほらね」と言わんばかりに肩を竦めさせる。
だが、諦めるという選択肢はないだろうことは扉を見ても明白である。
僕はさっさと中に入ろうとして慌てたカイトに止められる。
「ちょ、リオン君、だめだって!此処から先は機密に関わる部分だから外部の人は―――」
「人の命が関わっている部分に関して遠慮をする必要性を感じない。よって、僕はあいつをここから引きずり出す。それだけだ。他のものに興味などない。」
そのままカイトの静止を振り切り、僕は暗いセキュリティ室の中へと入った。
コツコツと靴音が響き、後は何も音がしない部屋の中。
所々モニターが光を出し、道を照らしている以外に光源は無い。
頼りないその明かりを見つめながら僕は中へ中へと進んでいき、彼女の姿を探していた。
「…。」
「やっとみつけたぞ…。」
部屋の奥の奥の方のイスに座り込み、眩いばかりのモニターをじっと見つめる彼女は研究者らしく物思いに耽っている顔だった。
知的な顔、と言っても過言ではないそれに、僕は暫く見とれていた。
彼女のそういった顔は外で護衛しているときも見ていたのに、何故か目が離せなかった。
一瞬声を掛けるのを躊躇してしまったが、すぐさま気を持ち直し、僕は彼女へと声を掛けた。
「おい、ここから今すぐ出るぞ。」
「…。」
「おい!」
呆れたような愛剣の声に頷きながらも、今度は彼女の肩を掴み揺さぶってこちらに気を向かせようとしたが、全く反応がない。
その瞳はずっとモニターだけに注がれていたのだ。
思わず溜息を吐いたが、少しだけ…ほんの少しだけもう少しその表情を独り占めできると思ってしまった自分がいるのに気づいた。
自分のその気持ちに驚いて僅かに目を見張ったが、すぐさま我に返り、彼女の気を逸らせるのに注力を注ぐ。
しかし彼女がこちらを振り向くことはなかった。
愛剣が感心したような声を上げてはどうしようかと悩み出した時、僕はふと、とある作戦に出た。
自分の外套を外し、モニターに掛ける。
すると眩しかった空間が一瞬にして真っ暗になり、ハッと彼女の息を呑む声が聞こえた。
「おい、ここから出るぞ。」
「客員剣士様…?何故ここに…。」
「お前が幾ら言ってもここから出ないからだろうが。カイトの奴が困っていたぞ。」
「カイトが、ですか?」
「ともかく、ここから早く出るぞ。」
外套を取った僕はそれをさっと着こなし、彼女の腕を掴んだ。
するとすぐに立ち上がり、彼女は僕の跡を追うようにして歩き出したのだった。
それからはもう煩くて五月蝿くて、敵わなかった。
出てきた彼女を見て誰もが幽霊を見るような顔で彼女を見ては、どうやって外に連れ出せたのかなどと自分に聞いてくる始末。
質問攻めのそれに、額の青筋が浮かぶのに時間はかからなかった。
「煩いぞ!お前ら!連れ出す手段なら何とでも出来るだろうが!!」
「いやぁ…だって、局長機嫌悪くなるからなかなか連れ出せないんですよー…?」
「それに声も聞こえてないしねー?」
「…まぁ、外に出せただけ良しとしよう。早速修理に取り掛かる…。カイト、ここに書いてある材料を集めてくれ。」
「はいはい、了解って………。げぇ?!これ集めてくるの?!」
カイトが嫌そうに紙を見つめ、嫌そうに声を上げるのを僕は鼻で笑ってやり、それを見届けようとすれば横にいた彼女から声を掛けられる。
どうやらこの壊れた悲惨な扉を見て、全ての概要を把握したようだ。
「申し訳ないのですが、暫くここの護衛を頼んでもよろしいですか?」
「……別に構わない。ここは最重要機密があるこの研究所内でも重要な場所らしいからな。………だが、お前はどうする?」
「いざとなったら護身術で身を守ります。それで大丈夫です。私よりも客員剣士様にはここを守っていただきたい。」
「…。」
僕らしくなく、その命令に迷った。
いつもならば、人間のことなど気にするまでもなく機密の情報を守る選択をするというのに、どうしたことか今日の僕はそれが出来ないで居た。
声を出そうとして、何を答えるか迷っていたのだ。
「…阿呆。それは僕の仕事に反する行為だ。」
「…貴方様の考えを聞きましょう。」
「僕はこの研究所に係る全て…。それらを守れ、という任務を陛下から承っている。だから僕はこのセキュリティ室も守らなければならないし、お前もコソ泥どもから守らなければならない。近くに居てもらわなければ僕が困る。」
「それを言うならば、ここにいる研究者全員を守ることになりますが?幾ら優秀である客員剣士様であろうとも、それは難しいのでは?」
「ふん、簡単な話だ。お前さえ僕の近くにいれば良い。コソ泥の大概はお前を狙って行動しているからな。それか、このセキュリティ室を狙ってだ。こことお前さえ守れれば大半どうにでもなるし、僕も任務を遂行できる。だからお前は大人しく僕の近くにいろ。」
そこまで言い切れば、彼女はあの憂いた顔から少しだけ頬を緩ませてふっと笑った。
そして僅かに困った顔をして僕を見ていた。
「…客員剣士様に従いましょう。こちらは"守って頂く身"なので。」
「ふん。命が惜しければそうしろ。」
そう言って気付かぬうちに僕は彼女に笑いかけていたのだった。