魔歌師 ―MELODIA CASTER―
主人公の名前を変更する
この小説の夢小説設定主人公の名前を変更できます。
変更しない場合はデフォルト名の「アネリ」で表示されます。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第8話「幽霊屋敷:上」
「ふーん、その額の呪いを解くための旅、ねえ……」
酒場じゃ込み入った話をしにくいだろうということで、フィオンの食事が済み次第酒場をあとにした。
街のなか、少し前を歩くフィオンのあとに続きながらこれまでの経緯(いきさつ)を説明する。
「私一人で街の外に向かうには危険が伴うからって、師匠からあなたを頼るようにと言われてきたの」
なるほどね、とこちらを見向きもせず興味なさそうに返事を返される。
ちゃんと話を聞いているのか聞いていないのか。
「やれやれ。君みたいに戦えない奴からの依頼は大抵素材採集か目的地まで護衛がほとんどなんだけど……どうやらあの魔法使いのじいさんはずいぶんと厄介な依頼を寄越してくれたみたいだね」
肩越しに恨みがましい視線を投げかけられ、苦笑いを返すしかない。
「ま、ちょうどおもしろそうな案件も見当たらなくて持て余してたところだし、別にいいけど」
明るい茶色の髪が陽光に煌めきながらさらりと揺れる。
フィオンは腕利きの剣士だと聞いているが、その割には身なりが小綺麗だ。
というより、剣士にしては軽装過ぎる気がする。
というのも、私が知る限り剣士や戦士を生業にするような人は、最低限、鎧や鎖帷子をまとっていることがほとんどだからだ。
護身用の装備は胸当てくらいのもので、剣を携えていなければ一目見ただけではただの旅人にしか見えない。
けれど、あれだけの量の食事をとっていたにしてはすらりとした体形を維持しているところからして、日頃からかなりの運動量なのは間違いなさそうだ。
着ているものも多少擦り切れた箇所はあるものの上等なものを身にまとっている。
それに伴うだけの依頼をこなしているのか、はたまた裕福な家庭の出なのか。
何にせよ、師匠が評すくらいだ。見た目はともかく、腕利きというのは本当なのかもしれない。
「で?……うわっ」
考えごとをしながら歩いていたせいで、唐突に振り返ったフィオンに思わずぶつかりそうになる。
飄々としているとばかり思っていたフィオンの目が丸くなる。正直そんなに驚かせてしまうとは思わなかった。
「ご、ごめんなさい」
咄嗟に謝ると、彼はばつが悪そうに顔をしかめ、ふんと鼻を鳴らした。
あたりを見回して初めて、通りを抜け人気のない路地にいることに気づく。
どうやら話をするためにわざわざここまで連れてきてくれたようだ。
「それで、目的地は決まってるのかい?」
腕組みをし指でトントンと腕を打つ。少し苛立っているような仕草だが、多分手癖なのだろう。
彼の問いに、セリアスから告げられた待ち合わせの場所を思い出す。
「……エリービル」
私の告げた地名にフィオンは少し驚いた素振りを見せたが、即座に思いきり顔をしかめた。
「おいおい、かなり遠方じゃないか。フェルナヴァーレン近辺の依頼のつもりで聞いてるんだけど?」
「そんなに遠いの?」
事前に地図を見せられはしたものの、そんなに距離があるとまではわからなかった。
フィオンの表情からして、嘘を言っているわけでもなさそうだ。
やはり難しいだろうか。
まいったな……と険しい顔で頭を抱える様子に諦めかけていたところ、まてよ、とフィオンは肩眉を上げた。
「奥の手を使えば、最短距離で行けるかもしれない」
そうして連れられた場所を見上げた私は、今すぐにでも旅を断念したい思いに駆られた。
道中だんだんと天候が傾いていくからおかしい、おかしいとは思ってはいたけれど、まさか幽霊屋敷(スプーキーマンション)に連れてこられるとは思ってもみなかった。
「……冗談だよね?」
「この僕がわざわざ初対面の君に冗談を仕掛けるためにこんなところに連れてくるほど暇人に見えるのかい?」
正論で返されるとは想像していたが、相変わらず物言いがきつい。
しかし、先ほど自分で持て余していると言っていたのだから、間違いなく暇人のはずだ。
「こんなところに君を連れてきたのは、何も肝試しをするためじゃない。
この屋敷の地下に移動用の魔法陣があるんだ。厄介なことに特定の場所へしか飛べないけどね」
うろたえる私に目もくれず、フィオンは周囲を確認すると門扉に手をかざした。
何か呪文のようなものを唱えている。開錠するための魔法のようだ。
しかし、フィオンの手から現れた光に抗うように格子戸の前に魔法陣が現れ、彼の魔法を弾いた。
「やっぱりもう変えられちゃってるか……」
その言い草からして、この門扉には何か特殊な制限がかけられているのだろう。
フィオンは残念そうに小さく舌打ちをすると、何かを探るように辺りを見回し始めた。
この屋敷の周りには背の高いフェンスが張り巡らされている。
とはいってもどうにかよじ登れば越えられそうな高さだが、フェンスの上には先の尖った飾りがあり、そうするには危険が伴う。
門扉から少し離れて辺りをよく見渡す。
「あれ?」
植え込みで埋もれて見落としそうだったが、回り込んだところに別の出入り口があるのを見つけた。
「あんなところにも扉があったのか」
私の視線を辿り、フィオンも気づいたようだった。
すぐさまそこへ向かう。
正面の門扉とは異なり、さび付いて手入れがされた様子はない。ずいぶんと放置されてきたようだ。
フィオンが先ほどと同じく手をかざして呪文を唱えてみたが、今度は魔法陣こそ現れはしなかったもののやはり開錠されない。
「うわ、今どき魔法錠じゃなくて鍵で施錠されてるところがまだあるなんて思ってもみなかったよ」
彼の言葉に、柵の上の鋭利な飾りを見上げる。
やはりこれを越えるしかないのか。刺し傷だらけの自分を想像しまたもや引き返したくなる。
しかし、そのときふとあることが浮かんだ。
私は一体何のためにこれまで魔具の研究をしてきたんだ。こういうときのためなんじゃないのか。
「……もしかしたら、これなら開けられるかも」
「何だって?」
ショルダーバッグを肩から下ろすと、急いで地面に置いて中身を探る。
これまで使う機会はなかったが、試すいい機会だ。
一つの小箱に行き当たり、思わず笑みが浮かぶ。
第8話「幽霊屋敷:上」 終