魔歌師 ―MELODIA CASTER―
主人公の名前を変更する
この小説の夢小説設定主人公の名前を変更できます。
変更しない場合はデフォルト名の「アネリ」で表示されます。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第4話「正魔法使い認定試験:下」
「……ふむ、やはり一カ所解いたところで意味を成さぬか。最も結界が強いここを破れば何らかの利があると踏んでいたのだがな」
ぞわり。背後から聞こえた声に、悪寒が走った。
男性のような、女性のような、子どものような、老人のような、無数の人々が同時に、いや、一人が異なる声帯をその身にいくつも持っている。まさにそんな声だ。
「誰っ!?」
即座に振り返った私は、ますます驚いた。
声は少し離れたところからしたと思っていたが、声の主がすでに私の真後ろにいたからだ。
私の背丈を優に超えるほどに背が高いその人物は、黒装束を身にまとい、その顔は目深に被ったフードにより判別できない。
暗がりとはいえここには松明がいくつも焚かれているのだ。
いくらフードをかぶっていようが、微かにでも顔が見えるはずだ。
だが、フードの奥はまるで深い暗闇のようで、そこに顔が存在していないかのようにも見えた。
「驚いているな。まあ、無理もないだろう。何はともあれ、貴様が行った儀式のおかげでゲートは一つ解放された。褒美を授けねばな」
「な、何を言っているの……?人を呼びますよ」
「無駄だ。助けが来るよりも早く、私は貴様を殺す」
幸い、私はまだポケットのなかで護符を手に掴んでいる。
急いで助けを呼べれば、助かるかもしれない。そうしなければ、どの道私はここで死ぬ。
「ど、どうして!?」
護符をポケットから引き出そうとした手が、きつく掴まれでもしたかのように動かない。
それどころか、身体さえ動かなくなってしまった。この人物が、私に魔法をかけたとでもいうのか。
師匠以外で詠唱もなしに魔法を使える人がほかにもいたなんて。
「哀れな子娘よ、ここで貴様の命運は尽きる。せいぜい白き神にでも祈るがいい」
顔は見えないが、目の前の人物がほくそ笑んでいるのがわかり身の毛がよだった。
怖くて顔を逸らしたいのに、視線を動かすことさえ叶わない。
私の額に、顔を覆い尽くすほど大きな手が広げられる。
その大きな手の平から、死の気配をまとった黒い渦が現れたかと思うと、私の額に強く押しつけられた。
途端に、頭が割れそうなほどの激しい痛みに襲われた。
自分の声で鼓膜が破裂するのではないかと思うほどの絶叫がけたたましく響き渡る。
堪えがたいほどの強い痛みに、今にも意識が飛んでしまいそうだ。
むしろ、そのほうが楽かもしれない。
どうせここで死ぬのなら。
そのときだった。
私の身体から、突然まばゆい光が発現した。
その光はまたたくまにあたりを照らし、黒装束の人物は私から手を退けざるを得なかった。
眩しいのか光を遮るように顔を覆っているが、光を浴びようともやはりその顔はこの人物の人格を表すかのように闇に覆われたままだ。
「この忌々しい光は……!」
黒装束は苛立たしげに呻いたが、ようやく金縛りが溶けて崩れ落ちる私を見るなり喉を鳴らして笑い始めた。
「運がいいな、子娘よ。貴様は本来であれば、今まさにここで死に絶えていたのだからな。だが、いずれにせよ、その刻印が貴様をゆるやかに死へと誘うということを覚えておけ。せいぜい絶望に打ちひしがれながら己が運命を嘆くがいい」
黒装束は肩を小刻みに振るわせて高らかな嘲笑を上げながら、霧と化して消えた。
そこには、私以外誰もいなかったかのように再び静寂が訪れる。
時折パチパチと弾ける火の粉の音に、徐々に平静さを取り戻してゆく。
今自分の身に起きたことは、全部夢なのだと思いたかった。
なのに、いまだ額を疼かせる痛みが、吹き出す汗が、震える身体が、すべて現実なのだと無残にも突きつけてくる。
座っているものつらすぎて、身体を横たえる。
冷たい床の感触が、少しだけ痛みを和らげてくれる気がした。
護符を握り締めた口元に添えようににも、手に力が入らない。
だんだんと呼吸が浅くなっていくせいで、今さら強く息を吹きかけることもできない。
せっかく命を取り留めても、もう助けを呼ぶ気力さえ残されていないなんて。
最期なんて、こんなものなんだろう。
……呆気ないなあ。
だったら、いっそこのまま床の心地に身を預けてしまおう。
諦念を浮かべることさえ諦め、だんだんと重くなるまぶたをそっと閉ざす。
「厄介な相手に目をつけられてしまったな」
急な声掛けに、遠のきかけていた意識がすんでのところで浮上する。
視界の端に黒い靄のようなものが立ちあがったかと思うと、次の瞬間、そこには黒装束をまとった人物が現れた。
既視感のある装い。目深に被ったフードに先ほどの人物が戻ってきたのかと思い身体がびくりと跳ねる。
しかし、よく見るとこの人物はマスクで顔の半分が隠れてはいるものの、目元は少しだけ露出している。
装束と同化しそうなほど黒い前髪は長らく切りそろえていないのか、無造作に垂れている。
面立ちはわかりづらいが、髪の隙間から見え隠れしている目元は端正に見える。
背格好からしてどうやら男性のようだ。
黒装束の男は、早足に寄ってくると私のかたわらに膝をつきながら覗き込んできた。
その目は至って冷静だが、微かに揺れ動く瞳からこの人物の動揺が見て取れる。
「あ、あなたは……?」
「俺が何者であるかは知る必要がない」
こちらには目もくれず、私の身体を確認するように視線だけを動かしている。
「せっかくの忠告を無碍にするからこうなるんだ」
忠告?一体何の話をしているんだろう。
おぼつかない思考を巡らせ、今朝のあの声を思い出す。
"大聖堂の地下へ行ってはならない"
そうか。あのときは気のせいだと思って軽視してしまったけれど、このことを予期して……。
黒装束の男はためらいもなく私の腕を取り脈を測っていたが、ふと私の手のなかにある護符に目を留めた。
「ともあれ、その"刻印"を受けながら一命を取り留めるとは大したものだ」
私が何か言うよりも早く、護符を取り上げられる。
そうして、ようやく視線が絡む。深い森のような暗緑の瞳。その冷たい眼差しに、どきりと鼓動が跳ねる。
「その様子ではさすがに自力での歩行が難しいだろう。……助けを呼んでやる」
微かに頷くとそれを了承と捉えたらしく、男は私に背を向けながらずらしたマスクの隙間から護符に息を吹きかけた。
男の吐く息に反応し護符が淡く白い光を放ちはじめる。
その温かな光に安堵してか、辛うじて保っていた意識は今度こそ深く沈んでいった。
第4話「正魔法使い認定試験:下」 終