魔歌師 ―MELODIA CASTER―
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第35話「宿場町フェナロザ」
荒野を抜けるまでにはあと一日と少しかかる見込みだったが、途中で町へと向かう行商の馬車に乗せてもらえたおかげで、昼を過ぎるころにはフェナロザ町に到着した。
馬車での移動中にスペクターが説明してくれたが、フェナロザ町はイルヴァシオン教団が運営する宿場町なのだそうだ。
町の輪郭が見え始めたころから塔らしき建物が見えていたが、近くなるにつれてどうやら聖堂の鐘塔だとわかった。
そのランドマークたる鐘塔の壁には、フェルナヴァーレンで何度も目にした尾長の鳥――聖獣エリービルが描かれたエンブレムが垂れ下がっている。
荒野や墓所の寒々とした土色の風景がしばらく続いていたせいか、白を基調とする町並みは目を奪われるほどに美しい。
朝日に照らされて煌々と輝き、目を潤す。さながら荒野のオアシスだ。
聖堂騎士が守るゲートをくぐると、さらに驚く光景が広がっていた。
道行く人々から露店の商人に至るまで、みんな白を基調とした服を身にまとっているのだ。
女性はウィンプルをかぶり、男性はフードをかぶっているところからして、町人のほとんどが信徒のようだ。
フェルナヴァーレンでも祭事の際にはサザーラル大聖堂の近辺で白を身にまとう人を大勢見かけていたが、ここは規模が違う。
それに、聖堂騎士が配備されているのは町の入り口だけかと思っていたが、町の至るところに配備されているようだ。
イルヴァシオン教団が運営するだけあり、想像以上に警備が手堅い。
「マシェット……いや、お前たちには"リオラ"と名乗っていたのだったな」
最後尾を歩くスペクターがおもむろに口を開いた。
私のかたわらを歩いていたフィオンは、スペクターの言葉に露骨に顔をしかめつつも肩越しに一瞥を寄越した。
スペクターは彼の鋭い視線を意に介しもせず、淡々と続ける。
「奴は俺と同じく隠密を得意とする。これだけの警備のなかでも怪しまれることなく町人に紛れる程度のことは容易いだろう」
つまり、今も物陰から私たちを見張っていてもおかしくないということだろうか。
途端に背筋に寒気が走り、辺りを見回す。
スペクターは、だが……と続ける。
「ここは警備が手堅い。これほどの手数を相手にしてなおかつこの俺を狙うのは至難の業だ。
奴とてそこまで無謀ではない。少なくとも、人の往来があるうちは行動を起こさないはずだ」
「だったら、今のうちに少し休んでおきましょ。ずっと歩き通しで疲れちゃったわ」
「ならば、宿をとろう。聖堂の裏手の宿であれば顔が利く。多少はまけて……」
スムーズに話がまとまりかけていたと思った矢先、やけに静かだったフィオンが我慢ならない様子でスペクターを睨み上げた。
スペクターは少し驚いた様子を見せはしたものの、視線を逸らすことなくフィオンを見下ろしている。
「……何か物言いたげだな。どうした?」
表情こそ乏しいが、その言葉にはやや挑発の意が込められているように感じられた。
というのも、スペクターが合流してからフィオンはやけに口数が少なくなった。
それに、スペクターが口を開くたびに彼を睨んだり、小さく舌打ちをしたりと露骨な態度を取っていた。
スペクター自身それに応じる素振りは見せなかったが、これだけあからさまな態度を取られ続けていて、気づかないはずがない。
フィオンはぎり、と奥歯を噛みしめ、眉間の皺を深めた。
「僕は一人部屋をとらせてもらう」
「はあ?」
彼の唐突な主張に、ミサンナは素っ頓狂な声を上げた。
「何馬鹿なこと言ってるの?まだまだ先は長いのよ。それに、帰路のことも考えたらそんな贅沢なこと言ってられないことくらいわかるでしょ」
ミサンナのきつい言葉に少しは考え直してくれるものと期待したが、そればかりかフィオンはますます調子づいた様子で、ふん、と鼻を鳴らした。
「金の心配ならいらない。こう見えても僕はフェルナヴァーレンじゃそこそこ名の知れた剣士だ。そこまで言えば、どの程度稼いでたかわかるだろ?」
君なら知ってるよね?と言わんばかりに視線を寄越されるが、どう反応して良いかわからず、スペクターに視線を送る。
私の視線に気づいたスペクターは肩眉を上げると、目を閉ざした。
黙って言わせておけ、ということだろうか。……いや、むしろ困る。
「だからといって、湯水のように使えるもんじゃないでしょうが!道中稼ぎがない以上、資金は減る一方なんだから、節約できるところは節約しとかないと、あとで痛い目見ることになるんだからね」
「そうだよ。ちょうど男女で二手に分かれられるんだし」
「こいつと二人部屋をとれって?」
ミサンナに便乗して説得を試みようとしたが、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
目の色を変えて詰め寄るフィオンに、ぐっと息が詰まる。
「フィ、フィオン、何か問題があるの?」
「ああ、あるね」
鋭いままの視線を私のかたわらに上向けると、人差し指をスペクターに突き付けた。
「こいつと二人きりで手狭い部屋に押し込まれるくらいなら、荒野で風に吹きさらされながら火に薪をくべてる方がずっとマシだよ!」
往来のざわめきが一瞬、しん……と静まり返る。
行き交う人々が私たちをじろじろと見過ごすなか、ミサンナが呆れたように深いため息を吐き出した。
「何を子どもみたいなことを……」
しかし、一度啖呵を切ったフィオンの舌は止まらず、苛立ちを抑えきれない様子でまくしたてる。
「同行することについては仕方なく許してやった。どうやらそこそこ戦えるようだし、ここらの地理にも詳しいみたいだからね。けど、慣れ合うつもりはさらさらない!」
「フィオン、スペクターは私たちの味方なんだよ。彼に私たちを襲う意思があるのなら、今までだってそのチャンスは何度もあったと思わない?」
「僕は別にこいつが敵かどうかを疑ってるわけじゃない。自分の素性は隠したがるくせにやたらと僕らの事情に詳しいところとか、行く先々で君の前に現れるところとか、胡散臭いところまみれだとは思っちゃいるけどね」
「……ちょっと待って」
フィオンの言葉に何か引っかかりを覚えたらしいミサンナが、手で制止をした。
「彼がアタシたちの前に姿を現したのは、首なし騎士と戦ったときが初めてよね?」
ミサンナが口にした疑問に、どきりとする。
フィオンにはこれまでスペクターのことを話したことがない。
それは、スペクターがこれまで私の前にだけ姿を現すようにしていたからだ。
「いいや。こいつは、フェルナヴァーレンを抜けた先の森からずっと跡をつけてきてたと思う。アネリと顔見知りなのは、恐らくそのせいだよ」
そんなに前から彼の存在に気づいていたとは思わなかった。
確かにあのとき、スペクターと入れ替わるようにして幽霊屋敷から転移してきたフィオンは、怪訝そうな顔を浮かべてはいた。
……でも、気づいてる素振りなんてちっとも見せなかったのに。
「やはり、気づいていたか。……気配を消すのはかなり得意なんだかな」
「侮ってもらっちゃ困るよ。何せ僕は……」
得意げになって何かを言いかけたフィオンの顔が、瞬時に曇る。
「話はここまでだ。悪いけど、夕暮れまで別行動させてもらうよ」
声を落としたフィオンの顔つきは、先ほどまでの怒りに満ちたものと引き換えに、どこか暗い色が滲んで見えた。
ミサンナが呼び止める声に振り返ることなく、俯いたまま、彼を避けて通り行く人々のなかへと消えて行った。
第35話「宿場町フェナロザ」 終