魔歌師 ―MELODIA CASTER―
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第34話「メッサー:下」
ルースにマローナを託し、リオラを探しに向かうことになった私たちは、辺りが明るくなるころに墓地を抜け、荒野を探しながら先を目指すことにした。
しかし、彼の姿は平地にも高台にも見当たらず、辺りの景色はさして変わらないのに流れゆく雲のかたちだけが刻一刻と変容していくだけだ。
「痕跡もないのに人探しをしようなんて無茶だよ。彼のことはさっさと諦めて、そろそろ本来の目的を果たすべきだと思うけど?」
マギスの機関長サマとやらも、目的地でお待ちかねなんだろ?
フィオンの言葉に、返す言葉がつかえる。相変わらず容赦なく痛いところを突いてくる。
誤魔化すように額の印をさすっていると、ミサンナが心配そうに覗き込んできた。
「アネリ、大丈夫?痛み止めが切れてきたかしら」
「大丈夫だよ。ありがとう、ミサンナ」
ミサンナは、そう、と微笑むと、私の頭にそっと手を置いた。
ミサンナとはまだ短い付き合いだが、こうされるとまるで本当の姉のようでちょっと嬉しくなる。
――私の旅の目的は、この死の呪いを解くことだ。
「術の無効化」または「術者の死」を以て解呪することが可能であると、フィオンが探し出してくれた古い文献によって知った。
そして、その方法を知ると思われるマギス=クレアシオンの機関長・セリアスに呼ばれるまま、エリービルへと向かっている。
文献の情報が正しければ、セリアスはいずれかの方法にて解呪を行うつもりだろう。
しかし、この世界において殺人は禁忌とされている。
となれば、必然的に考えられるのは前者の方法だと思う。
それがどのような方法で行われるのかは、文献にも具体的な方法が示されておらず、依然として不明なままだ。
この呪いが私の命を貪り尽くすまでに、あとどのくらい猶予が残されているのかもわからない。
だからこそ、フィオンは急かしてくるのだ。
彼にしてはかなりやんわりと呈しているのは、私の心情に配慮してのことだろう。
額の痛みが生じる頻度は、呪いをかけられたあのときから少しずつ速まってきている。
ミサンナの煎じた薬を飲めば、以降痛みは抑えられるが、ふたたび発作が起こった際には痛み止めの効能を打ち消すほどの痛みが発症する。
その痛みは、発症の頻度とともにより激しさを増してきているが、それを伝えることでこれ以上二人に負担を掛けたくない。
フィオンもミサンナも気丈に振る舞ってはいるものの、この道中で疲れていることは二人の顔つきを見ればよくわかるから。
それに、それを伝えようものなら、なおのことエリービルに向かうことに集中しろと咎められるのは明白だ。
私には猶予がない。それは嫌というほど理解している。
けど、だからといってこのまま見過ごすわけにはいかない。
あの村には、リオラの存在が必要不可欠なのだ。
彼がいなければ、村は地図上のみならず本当に滅亡してしまう。
彼のことはよく知らない。
けれど、村人たちの安心して暮らすさまや子どもたちのリオラを慕うあの笑顔を見ていればわかる。
彼が村を思う気持ちに偽りはないはずだと。
去り際に私を脅すような真似をしたのには、それなりの理由があるはずだ。
私に何ができるかなんて、わからない。
ふたたび出会えたとしても拒絶される可能性だってある。
最悪、攻撃をされるかもしれない。
彼が危険なのはわかっている。
だけど、私のなかにある思いは、"助けたい"。その一心なのだ。
そのためにも、まずは彼を探し出して話を聞かなければ。
荒野の果てに町の輪郭が見え始め、先を急ごうと歩を速め始めたときだった。
突如、フィオンが鞘から剣を引き抜き振り返った。
ミサンナもフィオンの様子に状況を察し、ステッキを手に取る。
「誰だ!」
呼びかけに応えるように目の前に黒い靄が発生し、靄のなかから見慣れた黒装束の人物が現れた。
「アナタは、あのときの!」
顔を上げたスペクターと視線が混ざり、どきりと鼓動が跳ねる。
あんなに激しく口付けられたあとで、まともに顔を見ることができない。
しかし、今はあのときのことを気にしている場合じゃない。
消耗しきった顔つきにただ事ではないことを悟り、恥じらいを振り捨てて急いで駆け寄る。
膝から崩れ落ちたスペクターを脇からしっかりと支えると、じんわりと熱気が伝ってきた。
上下する体は熱く火照り、荒々しく吐き出される息がマスクの隙間から漏れ出ている。
あまりに息苦しそうに喘ぐ様子を見ていられなくて、マスクを外した方がいいのではと手を伸ばすが、スペクターは「そう慌てるな」と目尻を下げながらやんわりと私の手を退けた。
「少々走り疲れただけだ……負傷しているわけじゃない」
フィオンは舌打ちをしながらも渋々と剣を鞘に納めた。
「知った顔じゃなかったら斬ってたところだよ」
ステッキを腰に差しながら私のとなりに膝をついたミサンナは、バッグを探ると「あったあった」と小瓶を取り出した。
「これを飲めば、少しは呼吸が和らぐはずよ」
スペクターはすまない、と受け取ると、小瓶の中身を一気にあおった。
スペクターの息遣いがたちまち落ち着いていくのを見て、ミサンナはほっとしたように息をついたが、すぐに真剣な顔になった。
「スペクター、って言ったわね。そんなに息を切らして、一体何があったの?」
空になった小瓶を受け取りながら尋ねるミサンナに、スペクターは立てた片膝に腕を引っかけながら深く息を吐きだした。
「追手に追いつかれてしまってな。だが、紙一重でこうして逃げ延びることができた」
「追手って……」
いつか、イェーツ村近隣の森でスペクターが言っていたことを思い出す。
自分は、悠長にしていられる立場にないのだと。
「マシェット。……先刻まで君たちが同行していた、リオラという青年だ」
スペクターの口から発された名に、息を呑む。
「その様子からして、お前たちは彼を追っているようだな」
「彼は……リオラは、どこにいるの?」
スペクターは膝にかけた手をゆっくりと伸ばし、私の後方に向けて指差した。
これから向かおうとしていた方角だ。
「奴は今、ここから最寄りのフェナロザ町に潜伏している。俺も先刻までそこにいた。恐らくは、俺がお前たちと合流しふたたび町を訪れるであろうことまで見越しているはずだ」
「スペクターが一緒に来てくれるのなら心強いと思う。けど……」
「おいおい、ちょっと待ちなよ」
先ほどから苛立たげに腕組みをしていたフィオンが、トントンと鳴らす指を強めたかと思えば、ついに焦れたように挙手をした。
「あんた、さっき自分で追われてるって言ったよね。僕らと合流してのこのこ追手の前に躍り出ようなんて、無防備にもほどがあるんじゃないの?さっさと遠くに逃げおおせた方が身のためだと思うけど」
「確かに、遠方に逃げて身を隠せば俺の身の安全は守られる。だが、そうなれば奴は血眼になって俺を探し回るはずだ。そうなれば、お前たちは奴に追いつけなくなるだろう」
スペクターの言っている意味はわかる。
だけど、リオラを探すためにスペクターの身が危険にさらされるなんて。
そんなの……。
駄目、と口にしかけた私の言葉を遮るように、スペクターは「心配するな」と囁いた。
「ある者との約束で奴には手を出すことはできないが、実力は俺のほうが上だからな」
「どうしてそんなに自信があるの?」
「俺は、君の師匠から直々に魔法の手ほどきを受けている。そう簡単にやられはしないさ」
そう自信を覗かせるスペクターの言動は、表情と矛盾した様子はない。
きっと彼の言葉に嘘はないはず。
だけど、どうしてか不安で仕方がない。
スペクターが同行してくれることは嬉しい。
そのはずなのに、私の心は吹き荒れる風のように落ち着かない。
支える私の手を振りほどき、スペクターが立ち上がる。
「そういうことだ。悪いが、同行させてくれ」
第34話「メッサー:下」 終