魔歌師 ―MELODIA CASTER―
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第32話「悋気と疑念:下」
村人たちの集まる避難所にマローナを運び簡易ベッドに寝かせると、ミサンナはさっそくマローナの状態を確認し始めた。
意識は未だ戻る気配はないが、ショックで気を失っているだけで時期に目が覚めるだろうとのことだ。
まあ、ひとまず村の連中の安全は守られたってわけだ。
おかげでこっちはかすり傷だらけだけど。
まったく、あの子は本来の目的を忘れちゃいないだろうか。
村人たちの安堵した顔を見てると文句を言う気も失せるが、この状況……正直、わき道に逸れては振り回されっぱなしだ。
僕一人なら、もっとうまくやれただろう。こんなこと、以前の僕なら絶対にあり得なかった。
けど……どうしても放っておけない。
無性に気になってばかりで、つい油断してしまう。
あの子のことを、よく知りもしないくせに。
深くため息をつき、壁にもたれる。
さっきの戦いで首なしの奴から受けた傷の痛みもあるが、それよりも不快感と頭痛の方がもっとひどい。
吐き気がないだけまだマシだが、正直、こうして立っているのもやっとだ。
唐突に、何かが飛んできた。咄嗟に体が動いて手で受け止める。
何なんだと思いながら開いた手のひらには、先ほどベッドに横になっていたときに受け取ったのと同じような小瓶だった。
投げ寄越してきた張本人を睨めば、ミサンナは未だ眠るマローナの頭をそっとなでながら、こちらを見向きもせずに囁いた。
「アンタはとりあえずそれでも飲んで休みなさい」
折好く求めていたものを渡されたせいか、つい「悪いな」だなんて口走ってしまう。
案の定、ミサンナは「えっ?」と驚いた顔で僕を振り向いた。
それには気づかない振りをして、さっさと小瓶の中身を流し込む。
そんな僕にミサンナは呆れたようにため息をこぼすと、ふたたびマローナに向き直った。
「どうせ、さっき渡した酔い覚ましもまだ飲んでなかったんでしょ。傷薬と一緒に配合しといたから、それで少しは具合もマシになるはずよ」
「……」
彼女の言葉通りだった。
立ちどころに塞がっていく傷と緩和された不快感に、彼女が煎じる薬の薬効のほどを再確認する。
それに、薬というからにはもっと苦味があるものだと身構えていたが、思っていた以上に飲みやすかった。
幼少のころ故郷で厄介になっていた薬師いわく、薬の苦みは良薬の証だとか何とか聞かされた覚えがあるが、どうやらそうとも限らないらしい。
村じゃ嫌われものの魔女だったそうだが、世間に真価が認められていれば、もっと早くに良い場所で店を構えることもできただろうに。
「そういえば、アネリ、まだ戻ってこないわね。話し込んでるのかしら?」
ミサンナの言葉に先の戦いの光景が思い起こされ、「そうなんじゃない?」と不愛想に返した。
騎士の放った魔法攻撃がアネリとマローナを襲うのを、僕は防ぎきれなかった。
攻撃を弾き返してやりたかったが、思いのほか強かったうえ、体が思うように動かなかったせいで間に合わなかった。
酒さえ飲んでいなければあんなことにはなりはしなかっただろうけれど、あのときの僕は酒をあおりたいほど最悪な気分だった。
けど、そのせいで、あのローブの男に特権を許すことにもなった。
「あのさ」
「なに」
次いで投げられるであろう話題はわかっていた。
だからこそ振るなという意図を含んでわざと不機嫌な返答をしたというのに、この薬師は空気を読もうともせず、いやらしく核心を突いてくる。
「あのスペクターって人、何者なのかしら。見たところ、アネリと親密みたいだったようだけど。
……そういえばアンタ、アネリと同じフェルナヴァーレンから来たんだったわよね。何か知らない?」
「さあ。知らないね」
なおも何か言いかけようとするミサンナから視線を逸らした先で映ったものに、不覚にも心臓が跳ねる。
ようやく戻ってきたアネリはなぜか息を切らしていて、汗を浮かせた顔にはどことなく焦りが含んで見える。
こめかみを伝ってきた汗を拭いながら呼吸を整えたアネリは、顔を引き締めると申し訳なさそうに眉を下げた。
「二人とも、遅くなってごめんなさい。少し話し込んでいたら遅くなっちゃった」
すらすらと謝罪を口にする彼女の微笑みは、あらかじめ言い訳を用意していたように胡散臭い。
僕と目が合うなり気まずそうに視線を逸らす彼女に、もやもやとした気持ちが渦を巻く。
まともに目を合わせようともしないのは、あのスペクターとかいう黒いローブの奴と何かあったのか?
それに、どこか思い悩んでいるように見えなくもない。
わざわざ僕から何か尋ねるのも癪だが、あからさまに沈んだ顔でずっといられるのもおもしろくない。
面倒だが、一応確認だけしておくか。
思い切って切り出そうとしたところに、ミサンナに先を越された。
「アネリ、あの人はいったい誰なの?
確か、スペクター……って呼んでたわよね。知り合い?」
ミサンナからすればあくまで自然に尋ねたつもりだろうが、尋ねられたアネリは問い詰められた子どものように困った顔をした。
アネリはしばらく悩むように唸っていたが、やがて慎重に言葉を選びながらぽつぽつと話し始めた。
スペクターとかいうあのローブの男については、彼女も素性を知らないらしい。
ただ、何度か助けられたことがあるそうだ。
「その人、本当に大丈夫なの?」
「悪い人じゃないと思う。私の命が危ぶまれそうになると、必ず助けに来てくれるから。だけど……」
どうして助けに来てくれるのか、なぜ自分にこだわるのか。
動機や目的については一切わからない。
そう語るアネリ自身もまた、スペクターの行動には半信半疑なのがうかがえた。
「あいつが、君をかばうように見せかけて何かしてきてるって可能性は?」
「彼がそんなことするはずない!」
弾けるように僕を見上げた彼女の顔は真剣そのものだった。
明らかに怒っている。
「そんなこと、するわけがないよ……」
けれど、そう結論づけるための理由だけが見つからない。そういったところだろう。
あの男については、直接かかわりのあるアネリにしか判断し得ない部分もあるはずだ。
それはわかっている。わかっちゃいるが、この子があの男のためにここまでムキになることに対して、無性に腹が立つ。
そのとき、避難所へと続く通路の奥から、小さな駆け音が近づいてくる音がした。
間もなく駆け込んできたルースは酷く慌てた様子で、肩で息をしながら必死に声を上げた。
「リオラがいない!」
第32話「悋気と疑念:下」 終