魔歌師 ―MELODIA CASTER―
主人公の名前を変更する
この小説の夢小説設定主人公の名前を変更できます。
変更しない場合はデフォルト名の「アネリ」で表示されます。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第29話「冷たい炎:上」
墓石群を覆い尽くすほどの膨大な光に飲まれた首なし騎士の断末魔の叫びが響く。
もがき苦しむように宙を掻いていたアーマーの腕は、錆びがはがれていくようにボロボロと崩れてゆき、辺りを元の闇が包み込むころには、騎士と馬の姿は消え去っていた。
辺りにこだましていた凄惨な叫びが掠れやがて聞こえなくなると、静まり返った墓地に聴こえるのは、私たちの荒い息遣いと荒野を流れゆく風の音だけになった。
「やっと、終わった……?」
安堵の声を漏らすミサンナは、マローナを抱え直しながらこめかみを伝う汗を拭った。
そして、ローブに付着した砂埃を払いながらこちらに近づいてきたスペクターを見上げ、怪訝な顔を浮かべつつも謝辞を述べた。
「どこの誰だか知らないけど、助かったわ」
「礼には及ばない。それに、礼を言うべき相手は俺ではなく、アネリが相応しいだろう」
淡々とそう言うものの、当の私は助けられたお礼を言われたところでイマイチ釈然としない。
確かに、私が持っている石のおかげで危機を脱せたように思えたけれど、正直なところあれは一か八かの賭けだった。
「あの騎士は、どうなったの?」
話を逸らすついでに気になっていたことを尋ねると、スペクターはちら、とこちらに一瞥を寄越した。
「あの騎士の亡霊は消失した。これでしばらくは村に安息がもたらされるはずだ」
その言葉に安堵するが、そんな私に釘を刺すかのようにスペクターは「だが」と続ける。
「やつの消失は一時的なものに過ぎない。今後も油断すべきではないだろう」
「どうしてそうだとわかるの?」
そのとき、私の問いに答え投与したスペクターの背後で火柱が立った。
刀身に燃え盛る炎を、フィオンが一振りでかき消したところだったようだ。
フィオンは炎の消えた剣をしなやかな所作で鞘に納めると、話に割って入ってきた。
「この村には、黒門(ダークゲート)が存在する。……そうだろ?」
疲れ切ったその顔は、なぜだか先ほどから不機嫌そうに歪められている。
鋭い眼光でスペクターを睨み上げるフィオンを気にもかけず、スペクターは泰然とした態度を崩すことなく「そうだ」と返す。
「黒門がここに?」
「あの騎士の禍々しい気配……イェーツ村の洞窟から感じていたものと似てる気がする……」
「その通りだ。察する通り、あの村にも黒門は存在する」
「ずいぶん詳しいじゃないか。それに、どうやらその子とも面識があるみたいだ」
咎めるような視線が突き刺さる。そんな目を向けられるとは思わなかった。
いたたまれなくなり堪らず視線を逸らすと、フィオンはふん、と鼻を鳴らした。
彼が腹を立てていることは言葉の端々から伝わってくるが、どうしてそこまで怒っているのかわからない。
「一体どこの何者なのか、ぜひとも教えてほしいね」
有無を言わせない物言い。スペクターはそれでも動じることなく、少し考えるように顔を俯かせると、意を決したように顔を上げ、私たちを見渡した。
「俺は、スペクターだ。とある名士の指示によりツチラトの動向を探っている」
「とある名士?」
「フェルナヴァーレンの大魔法使い、エイドラムのことだ。御方に関しては門下であるアネリの口から説明するのが賢明だろう。俺よりも彼女のほうが近しい間柄(あいだがら)なのだからな」
やっぱりスペクターは師匠と知り合いだった。
ということは、かつて私を助けてくれた"スペクター"という人物は彼で間違いないのだ。
筆舌に尽くしがたいほどの高揚感。
そうとわかり、何故だかとても嬉しいと感じている自分がいる。
「ふーん、"亡霊(スペクター)"ね。そんな堅物そうな顔しておきながら、なかなかユニークな名前じゃないか」
茶化されたスペクターの眉が、微かに引きつった。
目を伏せながら「……どうも」と不愛想に返すスペクターに対し、フィオンは笑い混じりに「おいおい」とわざと肩を竦めてみせた。
「真に受けてもらっちゃ困るな。偽名は通用しないぞ、って言ってるんだけど」
「名を尋ねられたからといって、初対面の相手に本名を伝える必要性を感じない」
何だろう。
私もいつだか彼に名を尋ねたとき、こうしてさらりと伏せられてしまったところまでは同じだ。
なのに、どうしてだろうか。
妙に角が立つ言い方に聞こえてしまうのは。
そう感じ取ったのは私だけではないらしい。
したたかに切り返すスペクターの冷ややかな声に、薄ら笑いを浮かべていたフィオンの顔から笑みが消え去る。
静かに火花を散らす二人に割って入る勇気などなく、どうにかこの場を収められないかと思考を巡らせる。
だめだ、この空気で何か声を掛けようものなら、絶対睨まれるに違いない。
「みっともないわよ、二人とも」
凍り付いた空気を裂いたのは、ミサンナの呆れたような声だった。
一蹴された二人は、ぎょっとしたように目開き、ばつが悪そうな視線をミサンナへ送る。
なるほど、強気な物言いはこの二人にも効果的だったらしい。
「とにかく!詳しい話はあとにしましょ。まずはマローナを安全なところで寝かせないと」
ミサンナの腕の中で小さく寝息を立てるマローナ。
どうやら大事ないようだとわかり、ほっと一息つく。
フィオンはますます腹を立てた様子で、ミサンナの後について先に地下への階段を下り始めてしまった。
私も慌てて二人に続いて村へ引き返そうとするが、ついてくる様子のないスペクターに気づき足を止める。
「あなたは、来ないの?」
「今回は用向きの前に急遽駆けつけたに過ぎないのでな。申し訳ないが、詳しい説明についてはまた機会を設けさせてほしいとあの二人に伝えてくれ」
やっぱり、彼は今回もすぐに行ってしまうのか。
せっかくまた会えて嬉しいはずなのに、引き留める理由さえ浮かばない。
「……わかった。それじゃ」
もやもやとした気持ちを気取らせないように笑みを浮かべつつ、早々に踵を返す。
しかし、今回はいつもと違った。
「待て」
踏み出したばかりの体は、ぐいっと強く腕を引かれたことにより少しだけ後ろに仰け反りそうになる。
どくんと鼓動が跳ねる。
期待を胸に振り返ると、スペクターは私と視線が絡む寸前に目を逸らした。
「……発つ前に、君と話がしたい」
ぼそぼそと呟かれた言葉。
未だ私の腕を掴んだままの彼の大きな手には、離すまいと力が込められ、ますます私の鼓動を加速させていく。
第29話「冷たい炎:上」 終