魔歌師 ―MELODIA CASTER―
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第2話「正魔法使い認定試験:上」
マールに連れられてサザーラル大聖堂に到着するころには、少しだけ平静を取り戻しつつあった。
師匠の家を出る前はあんなに緊張していたのに、いざ大聖堂に踏み入れると途端に気持ちが引き締まったのだ。
道すがらマールが親しげに話してくれていたおかげもあるだろう。
あるいは、この聖堂を守っているという聖獣や聖魔法の効果でもあるのだろうか。
祭壇まで真っすぐに伸びるレッドカーペット。
その突き当りの壁には床から天井まであるステンドグラスがそびえる。
陽光を受け色とりどりに煌めくグラスには聖獣と思しき真っ白な尾長の鳥が描かれ、その傍らには白い衣をまとった聖人が描かれている。
つい見入っていたせいだろうか。先導していたマールは、足を止めてステンドグラスを見つめる私を物珍しそうに覗き込んできた。
「聖獣画をお目にかかるのは初めてですか?」
聖獣画とはあのステンドグラスのことだろう。
何だか気恥ずかしくなり、小さく、うん、と頷く。
「実は大聖堂のなかに入るのも初めてなの」
「まあ、そうなのですね」
マールは納得したように頷くと、手を掲げて聖獣画を示した。
「白き衣の人物はこの"魔法界エテルナグロウ"を創造せし"白き神エテルナ"。そして、そのかたわらに描かれた尾長の鳥は"神鳥エリービル"といい、神の御使いであるといわれています。そしてこの聖堂は、あのステンドグラスに込められた聖魔法の加護により悪しき存在の立ち入りを許しません」
笑みを湛え振り向いたマールが何を言いたいのかよくわかった。
つまりは、安心して試験に臨め、ということだろう。
「ありがとう、マール。勇気が出てきた気がする」
「その意気です、アネリ様」
胸元で両のこぶしを固めて全力でエールを送ってくれるマールに自然と笑みがこぼれる。
広々とした聖堂内は、礼拝堂などの街の人々や観光客が訪れられるようなところは天井が高く作られているが、奥に行くにつれ天井が低くなってゆき、最奥の地下へと続く回廊にたどり着くころには私とマールを除いては聖堂職員含め人の気配さえなくなっていた。
それまで談笑を続けながら歩いていたが、薄暗い廊下の突き当りにたどり着くころには、私たちの口数も減り、気づけば私の心臓は再び鼓動を速め始めていた。
いよいよ、最終試験が始まるのだ。
地下へと続く扉の鍵を開けていたマールは、ふと思い出したように顔を上げた。
「あっ、そうでした。忘れる前にお渡ししておかないと」
携えたショルダーバッグに鍵をしまい、代わりになかから細い紙を取り出して私に差し出してきた。
何かの護符のようだ。一般に店で売られるような護符は聖水で清めた紙に呪文を書いただけのものだが、これは本に挟むしおりのように細かで丁寧な装飾が施されている。
デフォルメした聖堂を象っているようだ。
「万が一何かお困りのときは、これに強く息を吹きかけてください」
「……聖堂地下は、聖水の入った水差し以外は持ち込み禁止なんじゃ」
「この護符は例外的に認められているんです。地下はかなり深いですから、もしもの災害のときにこういった緊急用のアイテムがなくては、最悪生き埋めになりかねませんから」
マールの目は真剣だ。そういったことが過去にあったのか、とはさすがに試験直前に尋ねる勇気はなかった。
「……ありがたくいただいておくね」
両手で受け取った護符を額の前にかざし、ポケットにしまった。
万が一の命綱だ。絶対に落とすわけにはいかない。
「それでは」
マールは何かを掬うような仕草で片手を差し出し、もう一方の手をそこにかざした。
「水差しよ。その深き器に神聖なる水を湛え、我が手に召喚せん」
先ほどまでのおっとりとした様子から一変し、厳かに低められた声。
マールの詠唱によりキーンと高く澄んだ音が鳴り響いたかと思うと、彼女の手のなかが淡く光りはじめた。
光が消えるころ、花瓶ほどの大きさの水差しが彼女の手のなかに現れた。
呆気に取られて見ていると、その水差しはそっと私の前に差し出された。
「手順は覚えていますね?」
「この水差しの中身を、水瓶に注げばいいんだよね?」
水差しを受け取りながら、脳内で反芻した内容をそのまま口にする。
マールは、ばっちりです、といつもの優しい笑みを浮かべた。
「いろいろありがとう、マール」
気さくに手を振るマールに手を振り返し、地下への扉を大きく開いた。
重たい空気がぬるりと頬を掠める。
ぼう、とこもった風の音が聞こえてくるのはなぜだろうと疑問に思ったが、天井を見上げて納得した。
礼拝堂ほど高い天井には、無数の小窓がついており、どうやら風を取り込めるようになっているようだ。
あの通気口から入ってきた風が風鳴りを起こしているのだろう。
正体がわかれば大したことはない。
そう言い聞かせ、マールを振り返り笑みを繕う。
「……じゃあ、行ってくるね」
「どうかお気をつけて。私はこちらでアネリ様がお戻りになるのをお持ちしておりますね」
その言葉に背中を押され、後ろ手に扉を閉ざした。
ここからは、自分との勝負だ。
地下への道は長く深くとぐろを巻いた螺旋階段だ。
階段は二、三人程度なら横並びに歩いても問題ないほど幅広いが、壁と反対側には手すりがなく、足を滑らようものなら命はないだろう。
水差しを持つ手が震え、なかの聖水が小刻みに波打つ。
今の自分が立っている場所がどれだけの高所か想像し足が竦みそうになるのをぐっと堪え、一段一段踏みしめて下りていく。
壁には等間隔で松明が焚かれているが、目には鮮やかなその明かりも足元を照らすには頼りない。
なるべく壁際に添うようにしながら、水差しを持つ手と足先に神経を集中させる。
第2話「正魔法使い認定試験:上」終