魔歌師 ―MELODIA CASTER―
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第27話「首なし騎士の襲来:上」
フィオンの後を追いかけ村の外へと急ぐ途中、ミサンナとルースの姿を見つけた。
大声を上げて泣くルースの背中を懸命にあやしながら何かを探すように周囲を見渡していたミサンナは、私の姿を見つけると目を見張り、ほっとしたように声を上げた。
「アネリ、良かった来てくれて!」
「ミサンナ、何があったの?」
「マローナの姿が見当たらないみたいなの。この紙の花だけが残っていたんだって」
大粒の涙を拭うルースの手には、いつもマローナが手にしている紙の花を握られている。
「マローナ……村の外に出ちゃった。きっと、村の入り口に花を供えに行ったんだ」
「何ですって!?」
唖然とするミサンナは、「こうしちゃいられないわね」と腰のホルダーから小さなステッキを引き抜く。
「早く探しに行かないと、危険だわ。まったく、こんな緊急事態だってのに男どもは一体どこに行っちゃってるのよ!?」
「フィオンは飛び出して行っちゃった。リオラは部屋を出て行ったきり見てないよ」
「アイツ、勝手なことばっかりして……!ほんとただじゃ置かないから!」
避難しようとしていた村人にルースを任せ、私たちも急いで地上へと向かう。
騒然と避難場所へと駆けていく村人たちの慄く声に、どれほどの脅威であるかが伝わってきて、緊張の汗が背を伝っていく。
ようやく村の入り口へと続く通路に差し掛かったところで、地響きが響いた。
パラパラと頭上から降りかかる砂埃に空咳が出る。
「まさか、アイツ一人で戦ってるんじゃないでしょうね」
ミサンナの予感は、的中していた。
地上に出た途端、大きな稲光が激しく瞬いた。
稲妻を背に映し出されたシルエットは、甲冑をまとい馬にまたがる騎士の姿だった。
アーマーをまとっているがその頭部にはヘルメットも頭なく、手綱を握る手の小脇に血の滴るナイトヘルメットを抱えている。
まさしく、リオラが語った言い伝えの通りだ。
もう何度も刃を交えたであろうフィオンの炎剣の刀身は傷つき、ところどころ欠けている。
喘鳴を繰り返すフィオンの真っ青な顔は砂埃と汗に汚れ、身にまとうマントはぼろきれのようにところどころ破れて血が滲んでいる。
彼の背後の地面に、倒れ伏すマローナの姿を見つけた。
「マローナ!」
「アネリ、ダメよ!」
急いで駆け寄ろうとする私を引き留めるミサンナの声を振り払い、無我夢中でマローナの元へ向かう。
私の声に反応した騎士の馬がいななき、高く前足を上げた。
その瞬間、首なし騎士(デュラハン)が標的をフィオンから私に変えたのがわかった。
手にした手斧を振り上げ、こちらに走り込もうとしてくる。
「アネリ!!」
私に気づいたフィオンが、声を張り上げて私の名を呼ぶ。
「部屋で待つように言っただろ!!」
「でも、フィオンもそんな状態なのに、じっと待ってられないよ……!」
「君には危険すぎる。僕のことはいいから、マローナを連れて早く戻るんだ!!」
ようやくマローナを抱き起こしたばかりの私に今にも襲い掛かろうとしていた騎士の馬が、たじろぐように足を止めた。
ミサンナの放った氷の魔法が、馬の頭部に命中したのだ。
馬が暴れ出した拍子に体勢を崩した騎士の手からヘルメットが滑り落ちる。
したたかに打ちつけられたヘルメットは、地面を打ちながら転がり、膝をつく私の足元で止まった。
赤黒い染みにまみれた古めかしいヘルメットの隙間から覗くはずの顔はなく、がらんどうの両目の部分には、赤い光がこちらを覗くように淡く光っている。
その光を目にした途端、額に激痛が走り始めた。
たまらず額を抑えた手にぬめっとした感覚がし、指のあいだから滴る生血が、未だ目覚めることのないマローナの頬を汚す。
頭上で炎が燃え広がり、火にあぶられた馬が悲鳴を上げ、馬上から騎士が放り出された。
その体は地面に投げ出されるかに思われたが、騎士の体は宙で制止した。
"口惜しい"
怨恨の込められた不気味な声が、辺りにこだまする。
"この無念、どう晴らしてくれよう……!"
第27話「首なし騎士の襲来:上」 終