魔歌師 ―MELODIA CASTER―
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第20話「リオラ・スターマン」
無視して先へ行こうと急かすフィオンをどうにか説得し、青年のあとについて行くことにした。
彼の性格上、青年の飄々とした態度や掴みどころのない言動に警戒してしまうのもよくわかるが、助けてもらった恩がある以上、それを無碍にして立ち去るのはどうも気が引けてしまう。
それに、完全に警戒を解いたわけではないけれど、さっきの青年の言葉に偽りはないように思えた。
私が少しだけ歩み寄ろうとしているのを感じ取ってか、青年は歩調を緩めると、二人の先を歩いて後ろをついて行っていた私に並んだ。
「俺はリオラ。リオラ・スターマン。そっちは?」
「私はアネリ」
「へえ、アネリか。良い名前だ」
涼やかな笑みを浮かべながらさらりと褒め言葉を口にするリオラに、何だか調子が狂いそうになる。
フィオンとは性格がまるで正反対だ。
「それで、そっちのお嬢さんは?」
リオラの問いかけにミサンナは露骨に顔をしかめた。
「アタシはミサンナ=スメリア。そのお嬢さんって呼び方やめてくれない?」
「おっと、失礼した」
リオラはミサンナの気丈な態度に少し目を丸くしたが、気を悪くした様子はなく、にこやかに「よろしく」と返した。
そうして、少し気まずそうに最後尾のフィオンを振り返り「君の名も聞いても?」と慎重に尋ねる。
「……フィオン・アトレイユだ」
フィオンは未だ不貞腐れた顔で腕組みをしてそっぽを向いたまま、鬱陶しそうに答えた。
その腕のあいだに挟むようにして未だ剣を携えているところからして、警戒を解く気はないと暗にアピールしたいのだろう。
フィオン……と反芻するように口にしたリオラは、何かを思い出したような顔で目を瞬いたあと、突然噴き出した。
急に大きな声で笑い始めたリオラに、フィオンは「何がおかしい?」と不満げだ。
「いやあ、悪い悪い。まさか絵本の主人公みたいな名前の人物が実在するとは思わなくてね」
絵本?何のことだろう。
ミサンナを振り見ると、彼女は声を潜めながら「有名な童話の主人公の名前とフィオンのファーストネームが同じなの」と教えてくれた。
なるほど、リオラはそれに気づいて笑ったのか。けれど、だとしてもそんなに笑うほどのことだろうか。
「誰が何と言おうが、僕はこの名前を気に入ってる」
フィオンはもっと怒るかと思っていたが、至って真面目な顔つきだ。
珍しくきっぱりと言い切る彼に、何だか不思議な気分になる。
「……そうか、悪かったな」
リオラはフィオンの言葉を真摯に受け止め、すんなりと詫びた。
何なのだろう、この感じは。
「ところで、なんであんな崖の上にいたのか聞いてもいいかしら?」
ミサンナの問いに、リオラは「もちろんだ」と気前良く頷いた。
「ペルサーナに商品を卸しに行っていた帰りでね。低地じゃ君たちもあんな目に遭っただろう?あのとおり、この近辺じゃここ最近ずっと狼の群れが蔓延ってるんだ。さすがの俺でも平地であの数を相手にはできない。だから群れが上がって来られない高所から安全に帰路についていたってわけさ」
「なるほどね……ペルサーナって、行商で有名な?」
「そのとおり。恥ずかしながら、うちの村は特産品といえば弓とナイフくらいなもんでね。その儲けで村を訪れる行商人から食品や衣類などを買って賄っているんだ」
「特産品が武器だけ?農産物はないのかしら?」
「……まあ、ついてくれば自ずとわかるだろうさ」
そう濁したリオラの表情には諦念が浮かんでいるように見え、どこか侘しく見えた。
ミサンナ曰く、村はとうに滅んでいるとのことだ。
しかし、リオラの口振りではまだ村人たちは健在だという。
それが事実であるのならば、それなりの人数がひとところに集まっているということだ。
けれど、先ほどからちらほらと点在しているのは家屋らしき建物の残骸ばかりで、とても人が住めそうな状態じゃない。
やはりミサンナの言っていたことが正しいんじゃないだろうか。
そう思い至りかけたとき、それは唐突に現れた。
「さあ、到着だ」
彼の説明に集中するあまり、目の前の光景に意識が向くのが遅れた。
少し早い雲の流れが頭上を過ぎ去ったとき、それは月明かりの光に照らし出された。
「あれは……墓地?」
目の前に広がっていたのは、見渡す限りの墓地群だった。
夜更けに訪れるには相応しくない場所が唐突に現れたせいか、ぞくぞくと悪寒が背筋を這い上がってくる。
墓地はどれも砂埃にまみれ、ところどころひび割れたところやかけたところがあり、長らく管理が行き届いていないことが一目でわかるほどだ。
細く長い風が吹き通り、まるで女性の悲痛な叫び声のようにこだまする。
怖くない、怖くない。
念じるようにそう言い聞かせ、ぶるぶると身震いする体をどうにかおさめようとする私のかたわらで、ミサンナがふう、とため息をこぼした。
「それで?どこに人がいるのかしら」
「ここまで連れてきておいて何もありません、じゃ済まされないよ。こっちは暇じゃないんだ」
彼女に便乗し悪態をついたフィオンは、小脇に携えたままの剣をいつでも抜けるように鞘に手をかけはじめている。
そんな彼らの抗議を冷静に受け止めているリオラは、視線を墓地から逸らすことなく、静かに、だがきっぱりとこう言った。
「……墓の下だよ」
第20話「リオラ・スターマン」 終