魔歌師 ―MELODIA CASTER―
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第19話「金色の青年」
狼の群れを追い払った弓使いは、風魔法で体を浮かせながら崖を下ると、こちらに駆けてきた。
暗がりのなか、遠目にはマフラーを巻いているかに思えたが、近づくにつれ金色の長い髪を一本の三つ編みに結わえているのだと気づく。
甘い顔立ちについ女性と勘違いしそうになったが、「やあ、こんばんは」と気さくにかけられた声質から男性であることを理解した。
「危ないところだったね。怪我はない?」
親近感のある声掛けにもかかわらず、フィオンとミサンナは警戒を解く気配がない。
フィオンの構える剣の刀身には炎がくゆり、いつでも切りかかれる状態だ。
そんな彼と珍しく考えが一致しているらしいミサンナは私をかばうようにきつく抱きしめている。
私たちの様子に悪びれた様子もなく、手にしたままの弓を背負うと両手を胸元で振った。
「悪い、驚かせてしまったかな?」
「別に驚いちゃいないさ。ただ、君がこんな集落もない荒野にどうして身一つでいるのか気になりはしてるけどね」
剣の柄(つか)を握る彼の手に力が込められ、革手袋がぎしりと鳴る。
おどけながらも、フィオンの目は真剣だ。
そんな彼に臆する素振りも見せない金髪の青年は、両の手を掲げると至極残念そうにため息を吐き出した。
「集落もない、ねえ……それは心外だな」
芝居がかった物言い。"誰かさん"にそっくりだ。
だが、当の本人は私がそんなことを浮かべているとはつゆほども思ってもみないだろう。
青年の言い回しに焦れたように眉間の皺を深めている。
ミサンナの腕に支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。
彼女の手当てのおかげですでに膝の痛みはないが、先ほどの恐怖でまだ足が竦んだままのようだ。
青年の含みのある言い方が気になるらしく、ミサンナは私からそっと離れると、杖を握りしめフィオンのかたわらに並んだ。
「心外って、どういう意味かしら?」
すると、青年は彼女の言葉を待っていたかのように緩やかに口角を上げ、片手をかざした。
「お嬢さん、このあたりに墓石群があるのを知ってるかな?」
「……知らない。かつて村が存在したことは知っているけれど、ずいぶん昔に滅んだと祖母から聞いたわ」
彼女の返答は想定のうちだったのだろう。青年はチッチッチ、と人差し指を振ると、「それはちょっと違うな」とやんわりと否定した。
「確かに村自体は滅んだと言っていい。けど、それはあくまで家屋の話だ」
青年のもったいぶった話し方にしびれを切らしたフィオンがあからさまに舌打ちをした。
剣の切っ先を青年の眼前に突き付けると、青年は両手を挙げながら驚いた顔をしてみせ、「おっと」と緊張感のない声を上げながら仰け反った。
「要領を得ないな。何が言いたいわけ?」
「はいはい、わかったよ。降参だ」
何の勝負も始まっていないのにそう言ってなだめようとする青年。
火に油を注ぐだけではと冷や汗が浮き始めるが、寸でのところでミサンナにたしなめられ、ようやく剣を鞘にしまってくれた。
「ありがとう、お嬢さん」とミサンナに一言礼を入れた青年だが、ミサンナのひと睨みに苦笑を浮かべるしかないようだ。
そうして、冗談めかした態度を改め今度こそ真剣な顔つきになる。
「厳密に言えば、人はまだ存在してる。俺らにとってあの村――ジェレマイア村は、まだ滅んじゃいない」
今の今までおどけたような言動をしていた人とは思えないほど、真剣みを帯びた眼差しからは、一切の否定を許さない圧が感じられた。
それに圧倒されたのはどうやら私だけではないようだった。
青年の言葉に真剣に耳を傾けているのか、それともそれ以上何も言えなくなってしまったのか、二人は固唾を飲んで青年を食い入るように見つめている。
「さて、俺はこれから村に帰る。家族を待たせてるもんでね」
青年はひらりと身を翻すと、私たちのかたわらを通り過ぎ、どこかへと去ってゆく。
すれ違いざま、青年と目が合った。
流し目を向けられ思わず背筋がこわばるが、にこりと屈託のない笑みを浮かべられ、かえって戸惑う。
「待ちなよ」
私の背後でフィオンが青年を呼び止めた。
フィオンの呼びかけに、青年はぴたりと足を止めて彼を振り返った。
「建物はすでに損壊して残ってないんだろ?墓石群のどこに村があるっていうんだい?」
訝しげなフィオンの問いに、青年はふむ、と顎に手を添えて宙を仰ぐ。
「人が集まるところを集落と呼ぶか、建物が集まるところを集落と呼ぶか。それは考え方の違いによるところだな」
茶化すようにそう返され、釈然としないのかフィオンは眉根を寄せた。
「俺の言い分が間違っていないことを確かめたいなら、ついてくればいいさ」
第19話「金色の青年」 終