魔歌師 ―MELODIA CASTER―
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第15話「悪夢」
白く靄がかった視界が晴れていくと、そこは何もない真っ白な空間がどこまでも続いている場所だった。
辺りを見回してみても、同じ景色が続くばかりで、私以外には人も動物もいない。風のにおいさえ感じない。
ここは、どこ?
一歩足を踏み出したとき、私の足の下で何か黒いものが染み出しはじめた。
それはたちどころに伸び広がってゆき、床一面を覆い尽くしていった。
これは、何!?
この状況をどうにか理解しようと必死に考えるが、気持ちが張り詰めてゆくばかりで何もわからない。
いつしかその黒い何かは頭上をも覆い尽くし、白く明るい空間だったはずのその場所は、自分の手足さえ見えないほどに黒く染まり返っていた。
前も後ろもわからないほどの闇。
助けを呼ぼうにも、声さえ出ないことに気づかされる。
これは、夢だ。
きっと悪い夢を見ているだけ。
そう言い聞かせないと、気が変になりそうだった。
これ以上何も起こらないでほしい。
しかし、その願いは誰にも届かなかった。
暗闇のなか、微かに何かが聴こえはじめる。
ぼそぼそとささめくような声だ。
一人?二人?いや、もっとだ。
大勢の人々が、何かを囁き合っている。
姿は見えないのに、その声がどんどん近づいてくる気配がする。
近づいてくるにつれて、囁くような声は話し声に変わり、次第に叫び声へと変容してゆく。
やめて!こっちに来ないで!
そう叫びたいのに、声にならない。
苦悶に喘ぐ声。
罵倒を散らす怒鳴り声。
つんざくような悲鳴。
耳元で恨み言をささやく声。
それらが執拗に私の鼓膜を震わせ、脳内に直接入り込んでくる。
残響のように何度も頭のなかを巡る騒音。
もう、やめて……。
額が割れるように痛みはじめる。
じゅくじゅくした痛みに恐るおそる手で触れると、ぬめるような感触。
わけもわからないまま、鋭い痛みと人々の苦しみ悶える声に支配され続けるこの状況だけが続いていく。
地獄のように。
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はっと目を見開くと、私を覗き込んでくるフィオンとミサンナの不安そうな顔がそこにあった。
「良かった、やっと気がついた……!」
酷く安堵したような笑みを浮かべるミサンナのかたわらで、フィオンは疲れた様子で深くため息をつくと髪を掻きあげながら手近な椅子にドカッと身を預けた。
重い身体を起こし、部屋を見渡す。
そうだ、昨日はイェーツ村で宿を取ったんだった。
「ミサンナ、どうしてここに……?」
「あのいけ好かない奴がアタシを呼んだのよ」
ミサンナが親指で示した先で、フィオンはばつが悪そうに顔をしかめた。
フィオンはミサンナと面識がないはずだが、私の少ない情報だけを頼りに探しに行ってくれたんだろう。
「真夜中だってのに突然うちの戸を激しく叩くもんだから何ごとかと思って出てみたら、何か妙に落ち着いた様子で緊急だ、なんて言うじゃない?とりあえずついて来てみたら、アンタが苦しそうにしてたから、急いで応急処置させてもらったってわけ」
「そうだったんだ……」
ふと、額に、布切れが巻かれていることに気づく。
これもミサンナが手当てしてくれたのだろう。
「ごめん、二人とも。迷惑をかけて……」
寝具を掴む手に力がこもる。
その手にミサンナの綺麗な指先がそっと触れ、しっかりと重ねられる。
見上げると、ミサンナは小さく笑みを浮かべながらゆっくりと左右に首を振った。
少し離れたところから咳払いが聞こえ、ミサンナの目が眇められる。
彼女の視線を追ってそちらを見ると、フィオンは尊大な姿勢で腕を組みながら顔を逸らせた。
「別に、想定内だよ。僕らが見当もつかないようなことが今後も起こりうるはずだ。その都度対処していくしかない」
「心配しないでってストレートに言ってあげればいいのに。素直じゃないのね」
私には優しい物言いのミサンナはフィオン相手だと容赦がない。
茶々を入れられたことで調子を狂わされてしまったらしく、フィオンはしたたかに舌打ちをした。
「……こんな言い方しかできなくて悪かったな」
初対面のはずなのに旧知の仲のように言い合う二人がおかしくて、つい笑みがこぼれてしまう。
示し合わせたように極まりが悪そうな顔を向けてくる様子がおかしくて、ついつい私も冗談を飛ばしたくなった。
「二人とも、さっそく打ち解けられたみたいだね。それじゃあ、自己紹介タイムはナシでいい?」
「「アネリ!」」
見事に重なった二人の声に、ますます笑いが込み上げる。
二人の陽気さに鬱蒼としていた気持ちが晴れ、目覚める前に見た夢のことなど、とうに忘れ去っていた。
第15話「悪夢」 終