魔歌師 ―MELODIA CASTER―
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第12話「忌み花ブーリアンの製剤」
すり鉢のなかですりつぶされて粘土のようになっていくブーリアンの花。
すりつぶされてもなお褪せることのないこの白い花は、毒花なんだという。
この毒が浄化されたとき、額の印を起因とするあの痛みを緩和させることができる鎮痛剤へと生まれ変わるのだ。
「この子は可憐な姿で咲き返りながら、人を殺めるほどの猛毒をその身に宿してる。けど、その毒はうまく使えば人の命を救う薬にもなりうるのよ」
ブーリアンがすっかりどろどろになったところに、いくつかカウンターに用意されていた小瓶のなかから何やらハーブのようなものと透明な液体のようなものが加えられ、さらに混ぜ込まれてゆく。
ミサンナがすりこぎをゆっくりと一定の動きで動かしている様子をぼうっと眺めていると、彼女は視線をすり鉢に落としたまま、ぽつりと語り始めた。
「まだ村が大きかったころ、大きな火災が起こった。出火の原因は、村の薬師が火の始末を怠ったせいだといわれている。炎は村はずれの森にまで燃え広がり、洞の付近に咲いていたこの花にまで延焼した。花が燃えた際にあがった煙は村にまで延び広がり、多くの人がその毒に斃(たお)れるほどの大惨事になったそうよ」
ミサンナはその言葉とともに手の動きを止めた。
その手が少しだけ震えているように見え、顔を上げる。
ミサンナの目は至って平静だった。
だけど、どこか寂しげで、何かを堪えているように思える。
「その火の後始末を怠ったのが、アタシのご先祖様だった」
絞り出すように打ち明けた彼女の声は震えていた。
「アタシが村でのけ者にされているのは、何も忌み花を採集しているからじゃないわ。昔から代々村八分にされてきた。けど、アタシは自分のルーツを恨んでなんかいない。むしろ感謝してるくらいよ」
言い聞かせるようにそう言った彼女に、私はただ黙って聞くことしかできない。
どんなに気づかわしい言葉をかけようとも、彼女の受けてきた仕打ちや苦しみを払拭できるはずがない。
「ミサンナ……私……」
私はそれでも何か言葉をかけたかった。
けれど、やっぱり言葉にはならない。
そんな私にミサンナは少し気恥ずかしそうに「ありがと」と呟いた。
「ご先祖様は優秀な薬師だった。僅かな暇(いとま)も惜しんでは村人や旅人のために薬を調合していた。火の始末を怠ったのは、うっかりうたたねをしてしまったからだそうなの」
「そうだったんだ……」
「もっとも、この話は祖母から口づてに聞いただけで、信憑性なんてものはないんだけどね。
でも、この話だけは無条件に、真実だって信じたいんだ」
それが、彼女にとっての唯一の生きる希望なのだろう。
私とは比べ物にならないくらいつらい思いをしてきたに違いない。
けれど、私がこの世界で一切の記憶もなく、魔法も使えないまま生きていくのに、魔具を足掛かりにしたことも、こうして死の呪いを断ち切ろうと足掻いているのも、きっとみんな同じなんだと思う。
みんな、強く生きていくためにはきっかけが必要なんだ。
「すっかり話が逸れちゃった。聞いてくれてありがとね」
にこやかに笑みを浮かべてすりこぎを握り直すミサンナに居ても立っても居られず、彼女の手を握りしめる。
ミサンナは目を丸くして茶化すように「な、何よ、もう」とおどけたが、私は至って真剣だった。
「打ち明けてくれてありがとう」
それが精いっぱいだったが、彼女にはしっかりと届いた。
「そういうこと言うのやめなよね。……泣けてくるじゃない」
潤む彼女の目は、一片の偽りも感じられなかった。
この村に、彼女と向き合う人が一人でもいれば何かが変わったのかもしれない。
彼女は目尻の涙を拭うと、吹っ切れたように息を吹き出した。
「いよいよ精製ね。よーく見てて」
そう宣言すると、ミサンナはすり鉢に手をかざし、何かを唱え始めた。
すると、彼女の手とすり鉢を囲うようにして魔法陣のようなものがぐるぐると形成されていく。
早くてよく聴き取れないが、節々に拾えた単語のなかには馴染みのあるものが混ざって聴こえる。
私が魔具を生成するのに用いている魔石に描かれているものと同じなのだ。
ミサンナのように魔法が使える人はこうして呪文を唱えることによって魔法を発動する。
薬の精製方法は知らなかったが、おおむね魔具と同様の手順らしい。
彼女の詠唱が終わるころ、すり鉢の中身が強く発光し、どろどろとして白かった液体は水と見紛うほどに透明の液体へと変容した。
それを緊張した面持ちで慎重に小瓶に移し終えると、「よし」と息をついた彼女の面持ちが和らいだ。
「さ、鎮静剤の完成よ!」
ふたの縁に小さく紋様が描かれただけののシンプルな小瓶。
そのなかには、彼女の丹精の結晶が込められている。
その小さな揺らめきを目に、私は密かに決意を固めていた。
第12話「忌み花ブーリアンの製剤」 終