【ぬけがら】
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窓の白さは、学校にいた頃よりも落ち着いてきた。
繭の部屋には、普段は使わないヘアスプレーの香りがほんのりとだけ残っていた。
繭はまだらに色が濃くなる通学バッグを放って、1階への階段を降りた。
一直線に向かうのはキッチンで、冷凍庫の冷気を浴びながら一応分けられるタイプのアイスを取った。
部屋に戻りまずはアイスの封を切る。
凛は既に部屋の壁を背に腰を下ろし、スマホを取り出していた。
繭はチューブタイプのそれを2つに割り、片方をくわえた。
口に広がる癖のない甘さは、子供の頃から何度食べても飽きないから不思議なものだ。
目では自身の通学バッグを探し、綺麗な方を持った腕を真っ直ぐに伸ばした。
「んう?」
一呼吸置いてから、横目に身を伸ばす姿が入った。
それを手元から上に抜かれると、指先が冷えた固さから解放される。
繭は、通学バッグの持ち手を引いた。
中からノートとシャープペンシルを出し、親指の腹で素早く3回押した。
ノートは若干、湿った感じがしないでもないが まあ許容の範囲だ。
装飾のないペンを手元でくるくる操りながら、上の方だけ潰れたアイスを手に持ち変えた。
「なんかさーウチのクラスに転校生が来るらしくて」
「……」
「催しみたいのやる事になったんだけどいい案ないー?」
「……知らねぇ」
返事があっただけマシな方だ。
凛は口元にアイスで、立てた片膝の上には横構えのスマホがある。
イヤホンを耳に突っ込んだ先は微動だにしなくなった。
空白のノートを見ながら髪に指を入れると、こめかみあたりからいつもよりベタつく感じで落ちてきた。
よかれと思ったスプレーは失敗だったのかも、と、髪を強めに耳にかけ繭は視界の隅に回るペンをおさめた。
聞こえるのはシャーペンが走る音と、弱い雨の音だけだ。
ノートの半分くらいが埋まった頃、通学バッグから半端に飛び出たペットボトルの水が見えた。
上半身と腕だけを、そこに伸ばしてみる。
その時、ちょうど白い塊が来た
飼い猫のリティがのっそりテーブルの下を通り首を上げてくる。
繭は伸ばしかけた手の向きを変え、リティの頭を2、3度撫でた。
リティは一瞬身体を固くしてから、身体の重心だけを淡く逃がして離れた。
もう老猫だから、動きは空気を背負っているみたいに落ち着いている。
リティはそのまま、尻尾を下げて繭の部屋のドアの隙間から出て行った。
目を部屋に戻せば、ふと、別のものが視界に入った。
器用にも壁を背にしたまま、凛の意識が静かに落ちていた。
眠っているというには“堅さ”みたいなものを残し過ぎてる感じはあったが。
意識が切れた瞬間、深いまばたきの途中、そんな表現の方がしっくりくる気もする。
少し頭が下がっているから凛の頭の天辺まで見えそうで、つい首を伸ばしてみたりもした。
全体的には安眠感は薄いが、目元だけは力が抜けている。
それだけは、確かだ。
「………………」
こうして見ると改めて。
凛は、冴によく似ている。
前よりもうんと、段々似てくる、そんな感じがした。
それは造形なのか、表情なのか、細かい事は繭にはわからなかった。
落ちそうでなんとか留まっているスマホが気にはなったが。
繭はそのままペットボトルの水を飲み、ノートに視線を戻した。
いつの間にか、全ての音がなくなっていた。
===
凛はふと目を開けた。
狭い視界に入るのはスマホで、30分ほど過ぎていた。
一度、左右に軽く頭を振ってから視界を広げた。
音がない理由は、テーブルに突っ伏し、繭が眠りに落ちているせいだ。
アイスの外装やゴミ、飲みかけのペットボトルやノートやら、散らかった印象はあった。
凛は手元のスマホとイヤホンを片付けはじめた。
小さな物音で繭は目を覚ました。
重い目にまず入るのはアイスの外装で、同時に、脚がピリピリするあの感じだ。
視線を微かに回せば、次に映り込んでくるのは凛だった。
音が止んでいるから立ち上がる瞬間すらもわかるくらいで、繭は目元しか動かしていないのに凛は一瞬で目を向けてくる。
「何見てんだ」
「……さっき寝てたよ」
「お前だろ」
「……」
またも繭の目の前は細くなる。
脚だけはかろうじて動かした。
最後に見えたのはテーブル隅で落ちそうになっている食べ終えたアイスのゴミだ。
あとは、呼吸程度の声を出すのが精一杯だった。
「……じゃあね」
繭のギリギリの記憶に投げられたのは、ゴミ箱の方から聞こえたノイズのみだ。
Fin
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